牛車に揺られてのんびりまったり。
明らかに走った方が速いんじゃね、と言いたくなるスピードでかぐや姫の屋敷へと向かう俺と不比等。
妹紅は留守番だ。
流石に女を誑しに行くというのに嫁を連れては行けない。
思惑はどうあれ一応求婚しに行く訳だから服装は気合い入れた。
黒のYシャツと白地に赤のラインが映えるジャケット、黒のスラックスと奇跡的に無傷だった自前のスニーカー。
例の呉服屋の主人に無理を言って作らせた厨二病トップギアな出で立ち。
見覚えの無いケースに入っていた黒縁眼鏡を装着すれば、超絶堕天使(笑)望月契の完成だ。
いや、正直すまんかった。
ちょっと悪ノリが過ぎた感が半端じゃないが、多分笑える黒歴史として俺の人生を彩ってくれるんじゃないかと思う。
まぁ、最初は冗談のつもりだったんだ。
だったんだが、妹紅に見せた所「にぃに、すごくかっこいい! もこう、きゅんきゅんしちゃった」と夢見るロリボイスで評価された為、つい意外と行けんじゃね的なテンションになってしまいこの服装で出発した訳だ。
よくよく考えたら妹紅は俺にデレデレ状態だから何着てても高評価しか出さなかったんじゃないか、という気がしてきた。
ともあれ未だ厨二病の抜けきらない年齢な俺にしてみればこの服装も悪いとは思えない。
まぁそのセンスが厨二病足る所以なんだろうけどな。
そうそう、学ランの時みたいに焼失しても困るから能力を使って強化しといた。
使ったのは『無傷の発現』というインスタント。
これは好きなタイミングで選んだ色のプロテクションを持たせる事が出来る──早い話が俺の裁量で攻撃に対して耐性を得る事が出来るって訳だ。
反復っていう、忘れた頃にオマケでもう一回使えるという効果も付いてて割と使い勝手は良い。
というか、この反復狙いで使った。
先に使っとけば一々能力を使わなくても、意識を向けただけで効果が発揮されるからな。
──しかし、この行動が後に奇跡を起こす事を俺は知らないのであった。
よし、生存フラグも立てたしこれで抜かりは無いな。
無いとは思うが勘違いした帝から暗殺部隊とか送り込まれても厄介だ。
まぁ来たら片っ端からぶち殺すが。
「……望月君、聞いていたかい?」
「んぁ?」
掛かる声に気の抜けた返事をしながら顔を向けると、やや呆れた様に微笑む不比等と目が合った。
不比等は藤色の着物を大外に誂え、中には幾重にも色鮮やかな羽織を纏っている。
まるで孔雀みたいに煌びやかだ。
ここまで来ると派手さ云々よりも、それ重いし動きにくくね? といった感想が先に浮かぶ。
端から見ると何かの訓練かと訊きたくなる様な格好だが、この時代ではこれがフォーマルらしい。
「悪い、全部聞いてなかった」
「正直は美徳だけど言ってる内容は酷いよね。それとも酔ったかい?」
「いんや、走った方が速いんじゃねって言葉が脳裏を掠めただけだ」
「そこはまぁ……様式美っていうか」
「無駄を尊んで進化してきたのが人間とはいえ、これは無駄にも程が有るだろう。足腰悪くないんなら貴族でも歩けよ。むしろ貴族が率先して走れ」
「いやいや、こうして楽をする為に皆頑張ったんじゃないかな。じゃないと貴族なんて面倒臭いもの誰もやりたがらないでしょ」
「……成程、今の怠惰は過去の勤勉有ってこそ、か」
「怠惰を求めて勤勉に。なかなか逆説的だね?」
「俺は最初から最後まで怠惰が良い」
「何という『にーと』根性」
「働きたくないでござる!」
そんな風に不比等と遊んでいたら、いつの間にかかぐや姫の屋敷に着いたらしい。
牛車を降りて軽く身体を伸ばすと、背中や肩がべきべき鳴る。
そういや最近運動不足だったな。
早く色々終わらせてルーミアと山へ狩りに行きたい所だ。
この季節なら葡萄にコクワ、ボリボリなんかも採れるだろう。
ボリボリは大根おろしと合わせて味噌汁にすると上手いんだよなぁ。
「藤原様、望月様、会合の支度が整うまで今暫くお待ち下さい。これより控えの間に御案内致しますので、それまではどうぞそちらで御寛ぎ下さい」
良い感じに思考を飛ばしていると、嗄れた声に呼ばれた。
振り向くと人の良さそうな笑みを浮かべた老人が腰を曲げて立っていた。
──この爺さんがかぐや姫を育てた『さぬきのみやつこ』って爺さんか。
下男とは違った気品というか気迫が有り、口元には笑みを浮かべながらも目は獲物を見定める猛禽類の様な鋭さが見え隠れしている。
小さな頃に絵本で読んだくらいしか知らないが、どうやら只の爺さんでは無いらしい。
かぐや姫への求婚を取り纏め、断った相手に逆恨みを貰わぬ様根回しをしたりと、一介の爺さんが奔走するには少し荷が勝ち過ぎるのも当然だが。
一分の隙も無い足取りを追いながら控えの間とやらを目指す。
通された部屋は十二畳程の広さ。
不比等とは別の部屋が宛てがわれた様だ。
まぁ、他の面々とは恋敵になるんだから要らぬ火種とならない為の配慮なんだろう。
下女が淹れてくれた緑茶を飲みながら庭の鹿威しの音に耳を傾ける。
──良いなぁ、鹿威し。やっぱ日本の心に染み渡る音色と言えば、このカコーンって音だよなぁ。
帰ったら諏訪子に許可貰って大社の庭に作ってみるか。
縁側に腰掛け紅葉を楽しみつつお茶菓子を食べ、右肩にはルーミア左肩には諏訪子が寄り掛かって景色を眺め、膝の上に乗った妹紅はすやすやと昼寝を、そして背中合わせに身体を預けた神奈子は静かに読書。
そんなゆったりスローライフ。
……はっ。
いかんいかん、思わずまったりしてしまった。
と、気を抜いていた俺の耳に廊下の足音が聞こえてきた。
ガラッと開いた襖の向こう、下男が畏まってお辞儀をする。
「望月様、用意が整いまして御座います。これより御案内致します」
何も言わずに立ち上がり、下男の後ろを着いて行く。
下女にお茶の礼でも言いたかったんだが、一応神様って事になってるから鷹揚な態度を取らなくちゃならない。
心の中でごちそうさま、と告げて廊下をひたひた歩く。
目的の部屋は意外と近く、中には不比等以外に四人の男が鎮座していた。
不比等以外皆一様に、期待に胸を膨らませている。
その様子がどうにも滑稽で思わず吹き出しそうになったのは内緒だ。
だってなぁ、俺と同年代の青春真っ盛りな奴なら解るが良い年したオッサン連中が逞しい妄想にぐふぐふ笑いを漏らしてるとかキモイ以外の形容が見付からないぜ?
こっそり不比等に耳打ちしたら、不比等も若干口の端をピクピクさせながら俺の脇腹を小突いてきた。
庭でも眺めて笑いを噛み殺していると、背後の襖から人の気配がした。
姿勢を正し、庭に背を向け振り返る。
俺の行動の意味を正しく捉えたのは不比等だけ。
残りの連中はいきなり雰囲気の変わった俺を怪訝な目で見ている。
最も、余り目立つつもりの無い不比等は他の者と同じ様に庭を向いたままだったが。
直後、背後の襖──俺に取っては正面のだが──が音を立てて開く。
「ほぅ、望月様以外は見合いに乗り気では無い様ですな」
続いて聞こえた声は爺さんのもの。
開いた襖の奥、やや手狭な部屋の中央に一見してそれと解る美少女が愛想笑いを浮かべて座っている。
その横にはニヤリと笑う爺さん。
突然の事に慌てふためく貴族連中に助け舟を出すかの様に、不比等が口を開く。
「これはご無礼仕った。なかなかに趣の有る庭を見て、かぐや姫は美的感覚も優れた方なのだろうと思いを馳せていた所」
「お、応、正にその通りである!」
厳つい身体のオッサンが乗ったのを切っ掛けに皆が追従する。
口々にやれ良い庭師をお抱えで羨ましいだの、やれこの庭に見惚れぬ人は居ないだの、遠回しに俺を詰りつつ自分の株を上げようとする根性に少し感心した。
つか不比等、その口調は何だ。
予想外過ぎてポカーンとしそうになっただろうが。
まぁ、それはともかく。
俺は考えの読めない愛想笑いを浮かべたままのかぐや姫に意識を向ける。
艶の有る黒髪、潤みを帯びた瞳、柔らかそうな赤い唇、白磁の如きキメ細やかな肌。
どれも一級品と言って良いパーツが互いに調和して出来上がった美しい造形。
十人居れば十人が振り返る美少女だ。
──けどまぁ、それだけだな。
無邪気さや初々しさは妹紅に劣り、取っ付き易さや健康的な活気は諏訪子に劣り、艶めかしさや庇護欲は神奈子に劣り、包容力や安心感や美しさや可愛らしさはルーミアに劣る。
確かに魅力的では有るが、尖って訴えるものが無い。
──やっぱ噂は当てにならないか。
ほぅ、と小さく息を吐く。
紛れもない落胆の息だが正面に座る爺さんや周りのオッサンは、それをかぐや姫の美しさに中てられて吐いたものだと勘違いしたらしい。
不比等はそれには気付かず、かぐや姫に見惚れている様だ。
俺もルーミア達に出逢わなかったら、あんな反応をしていたんだろうな。
そう考えると、不思議と笑みが浮かんで来た。
「──っ」
一瞬、殺意が飛んで来た。
意識を戻すと、相変わらず愛想笑いを浮かべたままのかぐや姫と目が合う。
袖から取り出した扇子で口元を隠すが、目は凍り付く様な鋭さを秘めている。
……ひょっとして、溜息に気付かれたか?
オッサン達が美辞麗句を並べ立てている間も、かぐや姫はニコニコと愛想笑いを浮かべながら偶に鋭い視線を俺に飛ばしてくる。
とは言っても威圧感は皆無だ。
普通コレ程の美少女に睨まれれば多少なりともプレッシャーは有るんだが、如何せん凄みが足りない。
俺をビビらせたいなら、諏訪子の妊娠が発覚した直後のルーミアと神奈子くらいの笑顔を浮かべて迫って来ないとな。
アレは怖かった。
鬼気迫る、とはあの二人の威圧感を指すのだろう。
対してかぐや姫の威圧は、なんと言うか、ひどく幼い。
子供が我が儘を言ってむくれている様な、そんな微笑ましいものに近い気がする。
「……では皆様への課題はその様に」
おっと、気を抜いていたら知らぬ間に話が進んでいたらしい。
てか課題って何の話だ。
「望月様」
「何か」
幼くも愛らしい声がかぐや姫の口から零れる。
成程、声だけなら惚れそうだ。
というか咄嗟に尊大な返しをしたが良かったんだろうか。
かぐや姫は俺の言葉に少し面食らいながらも気を取り直し、教科書に載せたいくらいのどや顔をして言い放った。
「望月様ともなれば他の方々とは違う繋がりをお持ちなのでしょう。なれば望月様への課題は『洩矢の禍帽子』を持ち帰る、というものにしましょう。同じ神で有れば祟り神をも出し抜ける筈、望月様のお帰りを心待ちに致しましょう」
……は、祟り神?
洩矢って事は諏訪子だよな、つまり諏訪子の帽子を持ってこいっていう事か。
「あのケロ帽子、何処に……あぁ、思い出した。確か箪笥に入り切らないから神奈子が物置にぶち込んでたな」
「──!?」
あのケロ帽子、前はいつも被っていたが俺が悪戯してたらいつの間にか被らなくなってたからなぁ。
今思えば諏訪子の奴、悪戯されたくて帽子被らなくなったんじゃなかろうか。
トレードマークだった筈なのにな。
なんて不憫なケロ帽子。
扱いもぞんざいになってるからな、その内怨みを抱いて九十九神に成るやもしれん。
来たら返り討ちにするが。
と、周りが騒がしいな。
「しかし一度出した課題を引っ込める訳にも」
「だがこのままでは彼だけ難度の低い課題になり不公平」
「然らば課題をもう一つ増やす方向で」
「あの口振りでは他の神々にも顔が利く様に思える」
「ならば妖怪退治と言うのは」
「確か東に風見幽香と言う大妖怪が住んでいるとの噂が」
風見幽香。
何故だろう、その名前を聴いた途端全身に蕁麻疹が出て来た。
序でに寒気もする。
何故かは解らない、解らないがその風見幽香とか言う妖怪は嫌だ。
会ってはいけない気がする。
気付けば、俺は叫ぶ様に口を開いていた。
「止めてくれ。他の課題なら良いが、その風見幽香とか言う妖怪の所には絶対に行きたくないんだ」
「あら、望月様程の方なら簡単にあしらえるのでは無いのですか?」
「並大抵の妖怪なら幾らでも屠ってやる、だがその風見幽香とか言う妖怪にだけは会いたくない、いや会ってはいけないんだ」
「そこまで仰るなら課題としては相応しいのでは有りませんか。見事苦難を乗り越えた殿方こそ、私の夫に」
「黙れへちゃむくれ。お前がそれを課題にすると言うなら俺は帰らせて貰う」
「へ、へちゃ……!? ふ、ふんっ、この程度で怖じ気付くとは半神も大した事は無いのですね」
「何とでも言え、お前程度の女にそこまで尽くしてやる価値も無い」
「なっ、なんですって!? わっ、私を一体誰だと」
「多少顔が整っているだけの勘違い女だよ馬鹿やろう」
「~~~~っ!?」
真っ青な顔をした俺と真っ赤な顔をしたかぐや姫が互いに言い争う光景。
爺さんはあんぐりと口を開け、オッサン達は呆然と事の成り行きを見つめ、不比等は俺の慌て振りに驚いている。
だが俺自身、この妙な感覚に戸惑っているんだ。
風見幽香。
名前を思い浮かべるだけで寒気が身体を襲い、名前を口にするだけで胸が潰れそうに痛み、名前を耳にするだけで心が凍える様に冷える。
──くそっ、一体何だってんだ!
会った事は一度も無い。
名前を聞くのも今日が初めてだ。
なのに、まるで長い間共に居たかの如く心に馴染んでいる。
気安さと心苦しさ。
異常な二つの感覚に振り回されながら、俺はそれを誤魔化す様に喋り続ける。
「頼まれたってお前なんか娶らねぇよ!」
「くっ、言ったわね! いいわ、絶対に貴方を私のものにしてみせるから!」
「誰がなるか!」
「ふんっ、すぐに私の虜にしてやるんだから。結婚を泣いて請う姿が目に浮かぶわ」
「はっ、そりゃこっちの台詞だ! 一生俺の事しか考えられない様にしてやる!」
「だったら課題こなして来なさいよ! 風見幽香の日傘を持って、貴方が私を奪いに来るまで待っててあげるから!」
「上等だ! 俺がお前を奪ってやるから首を洗って待ってろ!」
吐き捨てる様に言い放ち、どたどたと荒々しく足音を立てて部屋を後にする。
慌てて追ってきた爺さんから地図を受け取り屋敷を出た。
急に外へ出た所為か、日差しが眩しい。
向かう先は東、太陽の花畑と呼ばれている場所だ。
チラッと屋敷を振り返り、若干の苛立ちを混ぜて口を開く。
「待ってろ、へちゃむくれ。すぐにお前を奪いに来てやる」
言い争いで血の上ったまま、俺は東へ向けて歩き出した。