どうしてこうなった。
熱に任せて屋敷を飛び出した俺は、地図とにらめっこしながら山道を歩いていた。
日差しはまだ低い。
何故なら朝だからだ。
適当な木の上に紐を掛けハンモックを作り一夜を過ごすと、幾分頭も冷えた。
同時に昨日の自分が如何にアホだったかも理解出来た。
「……何で行かないって言ってた癖に自分から行くと決めたんだ俺」
かぐや姫との言い争いが不必要にヒートアップした結果、何故か最後にはかぐや姫を娶る事になっていた。
しかも忌避していた筈の風見幽香とか言う妖怪に会うとか馬鹿だろ俺。
まぁアイツもバッチコイ的な事を言ってたし、当初の目的である『かぐや姫への求婚』は成功……で良いんだよな?
ともあれ、来たからには仕方が無い。
序でに風見幽香に関する俺の動揺の原因を確かめる事にしよう。
──そう、動揺だ。
一晩考えて、最初に抱いた感覚が動揺だと気付いた。
同様に恐怖、親しみを抱いている事も解った。
しかしそれを抱く理由と、胸の痛みが何に因るものかは皆目見当が付かない。
俺は心理学のエキスパートじゃない。
だから少々短絡的だが、会って解決する事にした。
多分、荒療治の類になる。
そうじゃなきゃ、この胸の痛みが理解出来ないからな。
そんな感じに腹を括った俺は朝霧が晴れてすぐに出発した。
途中、鮮やかな紅葉や見事な滝に目を奪われながら軽快に道無き道を行く。
意外と単純、そんな評価をルーミアから受け取った俺は正しく単純だった。
雄大な自然を前にテンションも上がり、鼻歌なんかも歌ってみたり。
「~~♪ ~~っ、と」
急に視界が開けた。
一瞬目が眩み、続いて辺り一面の黄金が視界を埋め尽くした。
「────」
余りの凄さに自然と声が出そうになるが、この景色を前に何と言えば良いのか解らず口を噤む。
例えるなら、海。
朝日を浴びて黄金に輝く海が遠く山の果てまで広がっていた。
堪え切れず斜面を駆け下り、一人海へ近付いて行く。
近くに寄れば寄る程、大輪の花は輝いて見えた。
「凄いな……こんな、こんな向日葵初めて見た」
一輪一輪が大きく立派で、今までに見たどの向日葵よりも美しかった。
もっと近くで見たくて、更に一歩前へ。
「っ、と」
踏み出そうとした足を止める。
足元には小さな白い花が、健気に咲き誇っていた。
しゃがみ込み、壊れ物を扱う様にそっと花弁を指で撫でる。
「悪い、お前も頑張って咲いてるもんな。向日葵に負けないくらい綺麗だぞ」
なんてな、と一人笑いを漏らす。
どうもテンションが振り切れているらしい。
普段なら絶対に言わないであろうロマンチックな台詞に苦笑しつつ、最後に花弁をもう一撫でして立ち上がる。
さっき下りてくる途中で、向日葵畑の向こうに白壁の家を見つけた。
多分、あそこに風見幽香が居るのだろう。
胸に有るのは期待か不安か。
解答を求めて一歩踏み出そうとして、
「──誰か、探しているの?」
背後から声が掛かった。
届いたのは、優しく慈愛を感じさせる声。
振り返ると、ウェーブの掛かった緑髪を肩上まで伸ばした女性が立っていた。
柔らかく微笑みを浮かべているが、その紅い双眸には微かな揺れが見て取れる。
様々な感情が入り乱れているらしく、俺には何を抱えているのか解らない。
着ているのは赤いチェックのベストに白いブラウス、ベストと同じ柄のスカート。
白いレースがあしらわれた日傘を持ち、佇む姿は良家のお嬢様といった所か。
「──あぁ、風見幽香と言う名の大妖怪がこの辺りに住んでいると聞いてやって来たんだ。だが……見事な向日葵畑に心を奪われ、当初の目的を忘れていたな」
声に動揺は乗らない。
代わりに抑揚も乗らなかったが。
内心で荒れ狂う感情を無理矢理抑え付け、どうにか平静を保つ。
彼女の方も表面上は何事も無いかの様に振る舞ってはいるが、足先に無駄な力が入って居るのか爪先が小刻みに揺れている。
──ここまで来て置いて、何を後悔する事が有る。
震える心を怒鳴り付け、出来るだけ内心の動揺を悟られない様に微笑んでみた。
すると彼女は一瞬、ほんの一瞬苦痛に顔を歪めた。
いや、待て俺。
何故に初対面の女性に微笑んだだけで悲しみを噛み潰した様な顔されてんだ。
「……そう、ならあの丘を越えた所に立つ白い家へ向かうと良いわ」
「情報提供に感謝するよ、お嬢さん。俺は望月契、ただのしがない人間さ」
ここで半神と偽る理由も無い、そう考えて以前の形容を口にする。
まぁ色々と規格外だが、一応人間の筈だ。
対して彼女は一度目を伏せてから、俺を見据えて微笑む。
どこか空虚というか晴れ晴れとした透明な笑みにやや違和感が有るが。
「──初めまして。私は風見幽香、ただのしがない花妖怪よ」
「ちっ、まだやんのかよ!?」
迫り来る色鮮やかな光弾を避け、弾き、打ち消しながら悪態を吐く。
ここへ来た詳しい理由を話すと、幽香嬢は或る条件と引き換えに日傘を譲ってくれると言った。
その条件を満たす為、向日葵畑から離れた空き地へ向かうと突然光弾が頬を掠めた。
幽香嬢が提示した条件は、どちらかが倒れるまで戦う事。
半ば強制的にやり合う羽目になった俺は適当に距離を取りつつ、幽香嬢の攻撃をいなし続けていた。
「煩いわね、避けてばかりいないで打ち込んで来なさい!」
「んな事出来るかっての!」
前面を覆う様に飛び交う弾幕。
腰を落とし前へ駆け出し、数歩進んだ所で右足を踏み抜く。
一拍遅れて背後から飛んできた光弾を爪先でなぞる様に避け、同時に前面の弾幕を飛び越える。
着地の際、地面を踏み抜く様に蹴った。
やや傾斜している地形では足を地面に載せるよりも、強く叩いて跳ね上がる方が上半身を安定させられる。
勢いを殺さず、更に前へ。
視線の先、幽香嬢が日傘を俺に突き付ける様に構えている。
一見すると無表情に見えるその顔からは、作られた仮面の如き印象を受けた。
「このっ、ちょこまかと、逃げるんじゃ無いわよ!」
薙ぎ払う動作に追従して、日傘の軌跡から半弧を描く様に新たな光弾が生まれる。
眼前に迫ったそれを、空に飛び上がる事で回避としよう。
「白符『力強い跳躍』」
パワーとタフネスに三ずつ修正を与え飛行を与えるインスタント。
使った瞬間、全身に力が漲ってくる。
その勢いに逆らわず、両足を地面から離した。
ふわりと浮き上がる身体。
その下を光弾が過ぎ去り、着弾し地面を抉っていく。
一度距離を空けた所で漲っていた力が霧散した。
──インスタントは便利だが効果時間が短いのが欠点だな。
インスタントは十秒、ソーサリーは二十から一分、エンチャントは割るまで永続。
咄嗟に使う分には良いが、やはりエンチャントの方が楽だ。
「っ、いい加減に──」
鈴が鳴る様な声が上から聞こえる。
気を飛ばした一瞬を好機と見たのか、幽香嬢が遠く前方上空で日傘を俺に向けて構える。
拙い。
本能的に危機を察知した俺はどう動けば良いか思考を巡らす。
右か左か、前か後ろか、はたまた上か。
答えが出る前に、幽香嬢の周囲に妖力と思しき力の収束が生まれた。
「──倒れなさい!」
視界を埋め尽くすのは光線。
一目で解る、アレは喰らえば消滅する程の威力が有ると。
圧倒的な質量で迫り来るそれを回避する術は無いかと、僅かな猶予の間に探す。
身体強化で耐えられそうも無く『この世界にあらず』は既に四回使った。
MTGの制約なのか、同じ能力は一時間に四回までしか使えない。
ライフ回復では一体どれだけの数値で計算すれば良いのか解らない為に却下、戦闘ダメージを軽減して0にするタイプの呪文──『聖なる日』『天空のもや』『畏敬の一撃』──も粗方使い切った。
残るはプロテクションを持たせる呪文だが焦りの所為か全く思い浮かばない。
──何か、何か無いのか!?
歯噛みする俺の視界の端、ジャケットの袖が淡く光るのを見た。
そうか、反復!
まさか本当に生存フラグになるとは思わなかったが、何にせよこれで一安心、
──待て、どの色を防げば良い!?
プロテクションは呪文や効果、戦闘ダメージ等を防ぐ事が出来るがそれには制約が有る。
プロテクション(赤)やプロテクション(ドラゴン)の様に括弧の中に書かれている発生源からのものしかシャットアウト出来ないのだ。
そして先程使った『無傷の発現』に因って得られるプロテクションは任意の色一つ。
機械で無い限り、大抵の生物は神だろうが妖怪だろうが基本色五つのどれかに分類されている。
今なら幽香嬢の持つ色を選択すればプロテクションに因って防護を得られるが、もし選んだ色が幽香嬢の持つ色と一致しなければ、俺はここで死んでしまうかもしれない。
確率は五分の一、分の悪い賭けだ。
──向日葵畑の主という事は緑か? いや、向日葵は太陽を表しているかもしれん。そうなると色は赤か、もしくは白……一体どれなんだ!?
迷っている暇は無い。
強化エンチャントのお陰でこれまでの思考を一瞬で行えたが、発動に宣言が必要な事を考えるとこれ以上の猶予は無い。
一か八かだ、と口を開こうとした瞬間、光線を透かして幽香嬢の姿が見えた。
光線が生む風圧でスカートが翻り、黒いレースの下着がチラッと覗く。
気付けば、自然と言葉が溢れていた。
「プロテクション、黒!」
宣言を終えると同時、光線が着弾した。
咄嗟に目を瞑るが、それでも圧倒的な光量に目が眩む。
足を踏ん張り歯を食い縛り、荒れ狂う暴風に耐える。
今にも吹き飛ばされそうな感覚に冷や冷やしながら耐える、ひたすら耐える。
漸く風が収まり、まだチカチカとする目を開くと周囲にはクレーターが出来ていた。
プロテクションは正解だったらしく、四肢も千切れたりはしていない様だ。
ほっと一息付くと、遠くで幽香嬢が驚愕に目を見開いている。
──まぁ、端から見たら直撃だったからな。流石に今回は死ぬかと思った。
安易なフラグ立ては心臓に悪いから止めようかとも思ったが、生存フラグを立てていなかったら死んでいたかもしれない。
取り敢えず生存フラグだけ立てて置く事にしよう。
「あ、掛けたの昨日だから普通に『無傷の発現』使えたんじゃ……ま、いっか。念の為もう一度使っとくか、白符『無傷の発現』『無傷の発現』『無傷の発現』『無傷の発現』」
シャツ、ズボン、ジャケット、スニーカーの四つに掛け直した所で再度幽香嬢に意識を向ける。
こちらに駆けて来るが肩が上下に振れている。
どうやら先程の光線、体力も妖力も大量に消費するらしい。
「このっ……!」
「おっと」
勢いをそのままに殴り掛かって来るのを軽くいなし、後ろから抱きかかえてやる。
急に持ち上げられた幽香嬢は一瞬ぽかんと呆け、すぐに両手両足を振り回して暴れ出す。
「こら、暴れるなはしたない」
「降ろして、降ろしなさいよっ!」
「仕方無いな、よっと」
左手で背後の地面に手拭いを敷き、抱きかかえた幽香嬢をそのままに身体を反らす。
逆エビに反った俺の身体と同調して幽香嬢も背後に倒れ、
「かふっ」
ゴッ、と鈍い音を立てて頭から地面に激突した。
ジャーマンスープレックス……だったか?
余りプロレスには詳しく無いから見様見真似でやってみた。
幽香嬢は女性なので髪の毛に土が付かない様、手拭いを敷いて置くという心配りも忘れない。
身体を起こし幽香嬢の様子を窺うと、目を回して失神していた。
綺麗系の美女だと思ったが、こういったコミカルな表情も可愛らしくて実に良いな。
「……あ、気絶したら話が聞けねぇ」
元々話を聞き出すつもりで攻撃を控えていたのに、ついついやってしまった。
これでは何の為に能力を使いまくって耐えていたのか解らない。
「つい殺っちゃうんDA☆」
某道化師の物真似をしてみるが、返ってくるのは風が木々を揺らす音ばかり。
ちょこっと寂しくなった。
取り敢えず幽香嬢を背負って、白い家に向けて歩き出した。
介抱してやれば、少しは話を聞くだろう。
いつの間にか消えていた心の動揺に気付く事無く、俺は背中に当たる胸の感触を楽しみつつ足を進めた。