調子に乗って中出しを決めてしまったので再度朝風呂……というよりは昼風呂になってしまったが妹紅を綺麗に洗い上げ、さっぱりした所で新しい服に着替える。
シャツとズボンは昨日と同じだが、今日は赤いリボンが腕章の様に括り付けられているジャケットを着てみた。
またもや妹紅の絶賛を受けかなりご機嫌になった俺は、ケロ帽子と日傘片手に意気揚々と屋敷へ向かう。
三日と経たずに課題をこなしたと知れば一体かぐや姫はどれ程間抜けな顔を晒すだろうか。
「クフッ……フハハハ、ハァーッハッハッハァー!」
若干の寝不足と妹紅を抱いた高ぶりが未だ落ち着かない事による妙なハイテンションに引き摺られ、最高に悪役な三段笑いを披露してしまう。
住民達は突然邪悪極まりない笑い声を上げる俺にギョッとして、すぐさま道の端に避ける。
その様子はさながら海が割れるかの如く。
だが気分の良い俺に取っては、その怯えと驚きの入り混じった視線さえ心地良い。
「フハーン?」
「ひぃっ!?」
顔を左に向けると、いい年した青年が身をびくっと竦ませる。
あ、何だコラやんのか?
今度は視線を右に向ける。
「フハハーン?」
「きゃぁっ!?」
お手玉片手にぷるぷる震える幼女が居た。
煤けた茶色の癖っ毛と大きな瞳がなかなか可愛い。
幼女は目に涙を湛えて怯え一色に染まった視線を寄越してくる。
なんかゾクゾクくるなあの表情。
もっと苛めたくなる。
が、今の俺は気分が良い。
諏訪子の所から補給してきた飴玉をポケットから取り出し、幼女に優しく微笑みながら渡してやった。
「嬢ちゃん、コレをやろう。あぁ、噛まずに舌の上でころころと転がすんだ」
「ひぅっ……!? んっ、んぅ……んっ、わ、甘い!?」
恐らく初めて体験するだろう砂糖の甘さに目をぱちくりとさせる幼女。
頭をがしがし撫でてやると、爪で汚れが弾けたのか根元に薄い金の色が見えた。
──珍しいな、ブロンドの髪か。
よくよく見れば顔立ちもやや西洋的だ。
もしかしたら漂流した外国人の血でも混ざっているのかもしれない。
というか珍しいには珍しいがルーミアと諏訪子の二人も金髪だしな、身内で言えば二分の一か……存外打率高いな?
いや待て、確かに打率は高いがルーミアは妖怪で諏訪子は神だ。
珍しいのはあくまで俗世……下界?
まぁ、人間の中に於いてだな。
実はこの幼女、人間じゃ無かったりしてな。
そんな事を思いながら幼女の髪の毛に視線を向ける。
「綺麗な髪だな」
「っ!?」
何となく呟いた言葉に、幼女はハッとして頭を両手で抑えた。
頻りに怯えた目で周囲の様子を窺っている辺り、珍しさよりも異端という反応が多いのだろう。
特にこの文明レベルだと遺伝の概念すら無いからな、同じ人間とは思えないと考えるのが或る種正しい。
だがまぁ、と俺はもう一つ幼女の口に飴玉を放り込んでやる。
唐突な行為に目を白黒させている所へ囁いてやった。
「言ったろ? 嬢ちゃんの髪は綺麗だ。隠したり誤魔化したりするな、寧ろ誇ってやるんだ。わたしの髪の毛は黄金の様に輝いているぞ、ってな」
「あ……」
もう一度髪の毛をわしゃっと撫でて曲げた背筋を起こす。
その時、ふと思い至りジャケットのリボンに手を伸ばした。
軽く力を込め、ぶちっと取り外す。
きょとんとしたままの幼女の手を取り、細い手首にくるっと巻いてやった。
外側に向く様に蝶々結びを作り、ふんわりと軽く締める。
更に長い間巻いていても肌が痛痒くなったりしない様に内側には『治癒の軟膏』を塗り込んで置いた。
「うむ、更に可愛くなった」
「え、あ、あの」
「さて、俺は行かなければならない。またな嬢ちゃん」
フハーン、と妙に高いままのテンションで息を吐きつつ幼女に背を向け歩き出す。
目指すはかぐや姫の屋敷。
待っているが良いわ!
「……ってな事をやっていたな」
「ぷはっ、あははは、アンタ馬鹿過ぎるでしょ!」
「流石に今となってはあのテンションの高さが信じられん。何だフハーンって」
「あははははは、だ、だめ、お腹痛いぅははははは!」
文字通り腹を抱えて呼吸困難に陥っているのはかぐや姫改め輝夜。
屋敷に辿り着いて早々に課題のアイテムを叩き付けたら急に大人しくなった輝夜に「ま、最初はお友達から始めましょう」とか言われたので、取り敢えず互いに名を名乗る所からスタートした。
というか互いの名前を知らないまま求婚するとかギャグでしかない。
まぁ自己紹介も終わった辺りで俺のテンションも漸く冷め、機を見た輝夜がアイテムを手に入れてからここに来るまでの経緯を尋ね、細かい所は端折りながら先程の奇行までを語って聞かせ、現在に至る。
最初に有った妙な気構えの様なものはあっさりと霧散し、求婚相手と言うより高校の悪友みたいな雰囲気だ。
色気よりも悪巧み食い気よりも馬鹿騒ぎ、といった風。
「はー、おっかし。危うく笑い死にする所だったわ。にしてもその飴玉ってどんなやつなの?」
「こんなやつだ、ほれ」
取り出した飴玉を輝夜の口に放り込んでやる。
多少驚いたらしく、目が大きく開いた。
「ちょっともっちー、この飴玉もそうだけどその包装紙どうやって作ったのよ? 明らかにこの時代の技術で作れない物じゃない」
「は?」
輝夜の疑問に今度は俺が疑問を返す。
因みにもっちーとは俺の渾名だ。
いやそれはともかく、俺は輝夜のリアクションに驚かされた。
飴玉の甘さに驚いたり、どこでこれを売っているか尋ねるのが普通の反応だ。
だが輝夜は「この時代の技術で作れない」と言った。
この言葉を発するという事は『この時代』以上の技術力を知っている事と同義。
俺は両手で輝夜の肩を掴んだ。
「ぐーや、お前一体何者だ?」
「え、ちょ、もっちー」
「答えろぐーや。お前今この時代と言ったな? それはつまり他の時代若しくは文明を知っているって事だ。お前本当はこの時代の人間じゃないな?」
尋問が目的なので痛いだの何だの言われない様に力は抜いてあるし、答えないという選択肢に気付かせない為に冷静な声色で淡々と問い掛ける。
口にした言葉も一見それっぽい事を並べているが、一文ずつよく見てみればどの文も繋がっていないのが解る。
論理として連結させる為に、抜けている言葉は相手が無意識に補ってくれる。
しかも誤魔化そうにも自分が補完した論理だから上手く逃げ道を探す事は出来ない。
補完した場所こそが突破口だが、それを否定するには自分の論理・思考を無意識下で否定しなければならない。
どんな状況でも自己の否定は避けるのが人間だ。
とまぁ長々と言っているが、要は単に勢いとノリと雰囲気で口を割らせようとしているだけだ。
序でに飴玉関連を誤魔化す意味も有る。
輝夜がうやむやにしたら俺もうやむやにするだけだからな。
ん、ぐーや?
それは私のおいなりさん……違った、輝夜の渾名だ。
「それは、その、えっとぉ」
輝夜は華麗なフォームで目を泳がせる。
余りの動揺っぷりに何も言えねぇ。
等と懐かしいネタを思い出した所で輝夜は恐る恐る、といった風に口を開いた。
「もっちー、聞いても信じて貰えないかもしれないけど」
「言ってみろ、盛大に笑い飛ばすから」
「笑うの前提!?」
せっかくの決意やら何やらをいきなり挫かれ、思わず突っ込む輝夜。
真剣な空気を木っ端微塵にしつつ、ニヤリと笑い掛けてやる。
「お、良い突っ込みだ。……ほれ、肩の力も抜けただろ?」
「あ……」
「本気で言うなら驚きはすれど笑ったりしねぇよ」
気負った状態で何かを口にしても、上手く伝えられないのはお約束だからな。
それならこうして世間話の一環みたいなペースで話した方が、聞いてるこっちも理解し易い。
程良く力の抜けた輝夜は軽く口の端を上げて見せた。
案外可愛く笑うじゃないか。
「ありがと、もっちー。実はね、私」
そうして輝夜は口を開いた。
但し、その言葉に暫く呆然としてしまったが。
「私ね、月人なの。一応地球外生命体になるかしらね」
「……はっ?」
輝夜の話を聞き終えた俺は、余りに自分の知る知識とかけ離れた内容に口を閉じる以外出来なかった。
月の住民である輝夜達──蓬莱人は、大昔地球上に住んでいた人間らしい。
輝夜は詳しく知らない様だが、地上は穢れがどうのこうので蓬莱人の身体に適応仕切れない状態になったらしく、ロケットで穢れの無い月へ移住したとの事。
その後氷河期やらなんやで蓬莱人の居た痕跡は消え去り、代わりに今の人間が台頭してきた。
輝夜は月で生まれまったりニート生活を送っていたが、ある日家庭教師の家で小瓶に入った薬を見つける。
その家庭教師、薬師が本業で度々栄養ドリンク等を作っては机の上に放置していたらしい。
いつものドリンクと思い飲んでみた所、実はそれが不老不死の秘薬。
延命はまだしも不老不死は大罪らしく、死罪にしようにも死なないので取り敢えず地上に放逐するかとお上の達しで、輝夜は地上に降ろされた。
いきなり我が家を追い出されたニート輝夜、どうしようかと途方に暮れながらも逞しく放浪していたら竹取に来ていた爺さんに保護され、気付いたら養子になっていた。
爺さん婆さんと過ごす内に情も湧いて「このまま地上でまったり過ごすのも悪くは無いか」と思った矢先、月から「もうそろそろ反省したろ、迎えをやるから帰って来い」と一方的な通告が。
帰りたく無いけど爺さん婆さんに迷惑は掛けたくない。
どうしようかと悩んでいたら男共から求婚の嵐、ウザったくなった輝夜は無理難題を出してストレス発散。
誰もクリア出来なかった中、唯一クリアした奴に愚痴を含めて状況説明をした。
──以上、無職姫君ぐーや『その時ニートが動いた』をダイジェストでお送りしました。
だいぶ端折ったがこんな所か。
概略は竹取物語から大きく外れちゃいないが、背景が色々と酷い。
というか月の連中も大概だな。
家庭教師も不老不死の秘薬を放置してんじゃねぇよ。
「てか待てぐーや。それを俺に話したって事は、何らかの形で巻き込もうとしてるだろお前」
「勿論。毒を食らわば来世まで、よ」
「転生しても同じ要因で死ぬのか俺は」
「だってねぇ。肉弾戦最強の風見幽香と最凶の祟り神洩矢諏訪子から認められるって人材、世界中探したってもっちーだけでしょ。何か良いアイディア出しなさいよ」
「アイディアってかあ……おい待て、何で輝夜が英語を知ってる?」
「英語が何かは知らないけど、これは月の言語学者が作り上げた言語の中の単語よ。ってかアンタも何でアイディアって言葉が解るのよ? しかも意味ちゃんと通じてるっぽいし」
「俺の居た世界で使われてた外国語にその単語が有るんだよ。意味は……………………発想、だっけか」
「随分時間掛かったわね」
「うっせうっせー、英語は苦手なんだよ」
「ちょっと待って、もっちー今『俺の居た世界』って言ったわよね?」
「ん、あぁ、そういやまだ俺の事は話して無かったな。俺、実は異世界人なんだ」
「はぁぁぁ────ー!?」
と、いう訳で俺の事も話す。
そう言えば俺の秘密を話すのは輝夜が初めてだ。
なんだかんだでルーミア達には言って無かった気がする。
諏訪子や神奈子は疑問が有るみたいだったが何も言わず、ルーミアはそこら辺全く気にしていない気配が有ったな。
正直会ってすぐの頃はまだ混乱してたし、ルーミアに聞かれても答えられなかっただろう。
最悪現実を認められず錯乱していたかもしれない。
何も聞かずただ好意だけを向けて側で支えてくれたルーミアには頭が上がらないな。
そんな風に改めてルーミアの偉大さや素晴らしさを認識しながら、俺は輝夜にこの世界へ落ちるまでを語って聞かせた。
「……ほへぇ~、もっちーも随分珍しい人生送ってるのね」
「まぁな。取り敢えず昔語りはこんな所で充分だろ。それよりも」
「月から迎えがいつ来るのか、かしら?」
言葉の先を取った輝夜は得意気にふふんと胸を張った。
年の割に余り成長していない不憫な胸だ。
「しっ、失礼な事言わないでよっ! それに蓬莱人は地上人と成長のスピードが違うんだから!」
「おっと、口に出てたか。因みに今のぐーやの年齢を地上人に直すと幾つだ?」
「女性に年を尋ねるのはマナー違反よ!」
「良いじゃねぇか減るもんでも無し」
「むしろ経るわよ!」
「お、上手い。座布団一枚」
差し出した座布団を乱暴に受け取り、二枚重ねの座布団に腰を下ろす輝夜。
受け取んのかよ! と突っ込んではいけない。
それは話を逸らそうとする輝夜の罠だ。
「まぁどっちにしても不老不死なら成長の見込みは無いが」
「ウワァー!?」
あ、突っ伏した。
心に酷いダメージを負った様だ。
一体誰がこんな酷い事を。
取り敢えず輝夜の頭を撫でながら、慰めの言葉を口にする。
「安心しろぐーや、俺は小さい胸が大好きだからな」
「ぐすっ、本当?」
「あぁ、四人居る嫁の内三人は幼女だ。ぐーや、お前の胸も勿論許容範囲内だ。だから元気出せ」
「うわーん、もっちー! と泣き付くと思ったか馬鹿め!」
「うぐふっ」
胸元に身を寄せた輝夜が0距離コークスクリューを放ってきた。
ふっ、良いパンチ持ってるじゃねぇか。
そんな風に戯れていたらいつの間にか日が暮れていた。
時間が経つのは早い。
特に無駄な事をしていると尚更。
「結局ぐーやがどうしたいか、とか月からの使者にどう対応するか、とか全然考えてねぇや」
「だったら、また明日来なさいよ。その……待ってるから」
「ぐーやの貴重な産デレシーン」
「何よその海亀みたいなフレーズ!?」
ともあれまた明日輝夜の屋敷を訪れる事に決まった。
まぁ、なんとなく月からの使者が来る日は想像付くけどな。
──時が動くのは、恐らく次の満月。