輝夜との語らいから数日。
計画を詰めてどうにかそれっぽい作戦を練り上げ、その下準備として次の満月の時に迎えが来るという話を流布させた。
一応仮にも時の人であるかぐや姫が「実は月の住民で、次の満月に月へ帰る」という話は庶民始め京に住む者に取って最高のゴシップだった様だ。
瞬く間に噂は広がり、程無くして帝の耳にも入った。
すかさず屋敷へ出向き説得という名目のナンパを作戦会議中に行う帝に失笑を漏らしたのは仕方無いと思う。
取り敢えずウザかったので「帝には月の使者の説得と、いざという時にかぐや姫を守る為の迎撃隊の指揮をお願いします」的な事を思い付く限りの丁寧な言葉で告げたら、あっさり承服して部隊の編成に行った。
アレだな、豚を煽てりゃ木に登るが、帝を煽てりゃ部隊が出来るらしい。
まぁ、月の連中に弓矢とか槍で勝つとか無理ゲー以外の何物でも無いと思うが。
因みに帝は勘違い系ナルシストだった。
俺と対して変わらない程度の知略しか無い癖に策謀(笑)を巡らせて自滅するタイプの人間だな、アレは。
まぁ、それはさて置き。
今回の騒動で輝夜が出した願いは「爺さん婆さんと離れる事は我慢出来ても、月に戻るのだけは嫌」というものだった。
なら逃げるか、と冗談半分に告げた所それだ! と言わんばかりに鼻息荒く──実際言ったが──輝夜が乗ってきた為、次の様なプランと相成った。
『ステップ1、月の使者を殲滅する』
『ステップ2、誰にも見つからない場所に隠れる』
『ステップ3、爺さん婆さんに手紙を出して無事を知らせる』
最後のは明らかに蛇足だと思うが輝夜が満足そうなので放って置こう。
差し当たってこのプランの問題点は二つ。
月の使者を殲滅するだけの戦力と、輝夜が隠れる場所だ。
戦力は輝夜に当てが有るらしい。
なんでも『月の頭脳』と呼ばれている人物が居り、そいつは輝夜の家庭教師を務めていたとか。
個人的な親交も深かったし、使者と共に迎えに来る可能性も高いとの事。
なら説得は任せるか、と思考を次に移して……そこで詰まった。
隠れ家にちょうど良い場所に全く心当たりが無いのだ。
幾ら考えても答えは出ない。
今日も輝夜の屋敷で作戦会議をしたが依然として打開策を見つけられず、眉間に皺を寄せたまま帰ってきた俺はちょうど帰って来ていた不比等と玄関で再会した。
「おや、望月君。今帰りかい?」
「ん? あぁ、不比等か。何だってこんな時間に……って、ぐーやの課題こなしてたんだっけか」
どっぷり日も暮れた玄関先で久々に見た不比等は、何故か若干肥えていた。
まぁ、玄関先で立ち話していても門番が困るだろうから取り敢えず部屋へ戻る。
出迎えてくれた妹紅を抱き上げると、幼女特有の甘い香りが鼻をくすぐった。
「にぃに、おかえりなさい♪」
「ただいま、妹紅。良い子にして……おい妹紅、何で眉間をぺちぺち叩く」
「あはは、にぃに、せんはいってる」
触ってみると確かに眉間の中央に線が入っていた。
難しい顔をし過ぎた弊害だな。
とは言え解決策が無いからどうしようも無い。
精々気が付いた時に息抜きしたり眉間を揉む程度の対応になるだろう。
皆で不比等の部屋に集まり、腰を下ろすと同時に半目を向けた。
「で、不比等。何で課題こなしてた筈のお前が若干肥えてんだよ」
「いやぁ、あの時の望月君を見るに僕がやる必要無いなって思ってさ。せっかくの機会だし西の竹林の方へ視察に行ってたんだよ。あ、妹紅にコレお土産だよ」
「ありがとー、とうさま♪」
不比等が取り出したのは竹トンボ。
随分としっかりした作りだ、手掛けたのはさぞ名の有る職人なのだろう。
早速くるくる回してみたり「おー♪」俺に向けて突いてみたり「はー!」簪みたいに髪に挿したり「きらーん☆」ってテンション高いな妹紅。
余程嬉しかったらしい。
いや、それもそうか。
俺は輝夜に懸かり切りで不比等は数日出掛けていた。
普段しっかりしているからと言っても、妹紅は八歳の子供だ。
まだまだ甘えたい盛りだろうに、逆に俺が甘えてどうする。
輝夜の方が一段落着いたら諏訪大社へ連れて行くのも良いかもな。
少ししんみりとしてしまったのを察してか、不比等が口を開く。
「いやぁ、それにしても見事な竹林だったよ。ただ巷では『迷いの竹林』なんて言われててね。地面が軽く傾斜しているんだけど竹は垂直に伸びてるから、真っ直ぐ歩いているつもりでもいつの間にか迷ってしまうんだ。前に望月君が作った方位磁石も、近くに天然の磁石が埋まってるのかさっぱり役に立たなくてね」
へぇ、迷いの竹林か。
磁石が役に立たないとなると探索するのは難しいだろうな……何だって?
迷いの竹林?
それはひょっとして隠れ家にちょうど良いんじゃないのか。
「それに最近噂を聞く様になった妖怪が帰り際に現れてね。何でも『境界をずらす程度の能力』を持つ妖怪だとかで、悪戯のつもりなのか竹林の奥へ行くのにこの布を持っている人間しか通れない様な結界を張られてねぇ」
ほら、と不比等が取り出したのは真っ赤な布の切れ端。
つい先日、それを見た記憶が有る。
「おい不比等、その布は一体どこで!」
喰って掛かる勢いで身を乗り出し不比等に詰め寄る。
突然の事に妹紅もびくっと身体を竦ませて俺を見ている。
だが今の俺にそれを気に掛ける余裕は無かった。
──アレは、俺が幼女に渡したリボンの切れ端だ!
何故不比等がそれを持っているのか。
幼女はリボンを手放したのか。
それとも、手放さざるを得ない何かが起きたのか。
様々な疑問が浮かんでは消える。
混乱した思考は止まる事を知らず、悪い方悪い方へと傾いて思考を続ける。
考え得る最悪は、幼女が妖怪に殺されリボンを奪われたという結果。
それに至った瞬間、一気に身体が冷えた。
怒りか、焦りか、はたまた恐れか。
よく解らない感情に突き動かされていた俺を宥める様に、不比等は軽くデコピンを放った。
「落ち着きなさい望月君、確かに煽る様な言い方をした僕も悪かったが。だけど少なくとも、君が想像し得る悪い事は起きていないから」
「……悪い、不比等。妹紅も、驚かせてごめんな」
「にぃに、だいじょぶ?」
心配そうな視線を向けていた妹紅は不意に立ち上がると俺の前までやってきて、その小さな腕で俺の頭をむぎゅっと抱いた。
ふわりと、妹紅の匂いがする。
妹紅は何度も何度も、優しく指で俺の髪の毛を梳く。
一撫でされる度に、心が落ち着いていくのを感じた。
「だいじょぶ、だいじょぶだよ」
「……ありがとな、妹紅。もう大丈夫だ」
「とうさまも、にぃにいじめちゃ、めっ」
「はっはっは、妹紅に怒られてしまったなぁ。ま、望月君。その布の裏を見てごらんよ」
悪びれる様子も無く布を差し出す不比等。
妹紅から解放された俺はそれを受け取りくるっと反転させる。
そこにはお世辞にも上手いとは言えない文字で、こう書かれていた。
「おにいさん、ありがとう。……か」
「また知らない間に『ふらぐ』でも立てたみたいだね? あの妖怪の娘、生まれて初めて他人に綺麗って言われた、って喜んでたよ」
つまり俺がリボンを渡した幼女が実は妖怪で、よく解らないがその娘の能力で迷いの竹林は隠れ家としてお誂え向きになったと。
──成程、解らん。
結果と事実だけ抜き出せば、あの娘が恩返しのつもりで迷いの竹林を隠れ家に仕立て上げたと言える。
だが俺はあの時以来彼女に会っておらず、また隠れ家を探している事も教えてはいない。
偶然悪戯したのが迷いの竹林だったとも考えられるが、それだと不比等にこの布を預けた理由が解らない。
或いは不比等との会話から俺との接点に気付き、これを渡したのかもしれない。
──実はあの娘にストーカーされてたとか……流石にそれは無いか。
「それとあの娘から伝言を預かっているんだ。『おにいさん、これで隠れ家は心配無いですね』だってさ」
「盗聴器はどこだ!」
ストーカーされてた。
「……とまぁ、そんな訳で隠れ家の心配は無くなった」
所変わって輝夜の屋敷。
隠れ家ゲットの説明を終えて一息吐きつつ湯呑みに手を伸ばす。
うむ、相変わらず緑茶単体だと味が解らんな。
お茶漬けにしたなら甘さや渋さの違いが簡単に解るんだが、どうも緑茶だけで飲むとダメっぽいな。
局地的味音痴とでも名付けるか。
まぁ大抵の緑茶をただただ美味いと感じるだけだから特に問題も無いだろう。
そんな風にまったり湯飲みを傾けていると呆れた様に輝夜が溜息を吐いた。
「もっちー、幾ら何でも幼女の撃墜率高過ぎじゃない? というか幼女趣味でしょ」
「失礼な事を。小さい女の子に受けが良いだけだ」
「そして夜な夜な幼気な女の子を手込めにするもっちー……何という鬼畜眼鏡」
「次その渾名で呼んだら耳の中に灼けた青銅流し込むぞ」
「何その所業!?」
「不死身だから平気だろ」
せんべいをかじると醤油の香ばしさと塩っ気が口の中へ広がる。
美味い。
日本人に生まれて良かった。
「あぁ、今の内に渡しておくな。これがその布だ」
「ん、預かって置くわ」
「……それにしても『境界をずらす程度の能力』か。何か情報上がってきて無いか?」
勿論有るわよ、と輝夜はニヤリと笑う。
悪人面が板に付いてるな。
よっこいしょ、と爺むさい掛け声で立ち上がった輝夜は部屋の隅にある小さな箪笥を開けた。
細い手に握られているのは紙の束。
「んー、有った有った、これね。最近発生したばかりの若い妖怪、名前は八雲紫。人に危害を加える事は滅多に無く『境界をずらす程度の能力』を使って悪戯する、近所の悪ガキの様なものである。ただ金色の髪を持つ事から『洩矢の祟り神』や『金髪の人喰い妖怪』並みに成長する恐れ有り。要観察。……とまぁ、こんな感じね」
「色々突っ込みたいがなんで輝夜がそこまで詳細なレポート持ってんだよ」
「求婚してきた輩の中に妖怪退治屋も居たのよ。気を引きたいのか知らないけれど、度々こんな感じの報告書をくれるのよね」
呆れた様子で手にした紙をひらひらと振る輝夜。
しかし、金髪で名の上がる奴が思いっ切り身内なのはどうした事か。
明らかに諏訪子とルーミアだったんだが。
というか未だにルーミアは人喰い妖怪で通ってるのか。
……ひょっとして人喰い妖怪は通り名じゃなくて種族名なんじゃなかろうか。
数百年は人喰って無い訳だし。
まぁ、俺は最初の頃性的に喰われたが。
長い間お預けしてたし、帰ったらルーミアで肉パンツ試してみるか。
諏訪子はすぐに壊れるからダメだな。
神奈子はアレで『うぶ』だから嫌がりそうだし。
妹紅は……やったら間違い無く廃人になるからダメだ。
うむ、流石ルーミア。
俺の欲望を一心に受け止めるその器、誠に天晴れである。
「もっちー、また悪い顔してるわよ」
「気の所為だ」
「ともかく後は満月の夜を待つばかりね。……上手く行くと良いけど」
「案ずるなぐーや。月の頭脳が味方に付くなら負けは無い。だからこそ、説得は任せるぞ?」
「ん、任された」
おどけて朗らかに笑う輝夜。
その笑顔に一瞬見惚れたが口には出さないで置く。
絶対調子に乗るしな。
ともあれやれるだけの事はやった。
後はのんびり待つとしよう。
すっかり冷めた緑茶を喉に流し込み、輝夜の屋敷を後にした。