今日は見事な秋晴れ。
雲一つ無い青空と微風が髪の毛を撫で行く気持ちの良い天気だ。
あの『ルーミア肉パンツ大作戦』から二日が経ったが、未だに松茸の大量在庫が蔵の片隅に残っている。
腐らせるのも勿体無いという事で、村の人々にお裾分けする事にした。
……松茸が余るとか贅沢通り越してコントだな。
まぁ、腐らせるよりは良い。
そんな訳で晴天の下、俺はリュックサックを背負って村を回る事にした。
因みに神奈子と諏訪子は妹紅の勉強、ルーミアは晩御飯の仕込み、奈苗は巫女としての仕事が有るらしい。
ちょうど境内の掃除をしていた奈苗に見送られ、長い石段を下って行く。
久し振りに一人で行動するな。
いつもなら誰かがいる筈の右隣、そこに今日はぽっかりと隙間が空いている。
普段とは違う感覚に、少し浮き足立っている様な、そんな気分になった。
──それだけ、誰かが隣に居てくれるのが当たり前になってたって事だよな。
有り難い事だ、と思う。
まだ高校生をやっていた頃は一人でも寂しいと思う事は無かった。
それが今では、会話の相手が居ないだけで心細さみたいなものを感じている。
「おはよー、おにいさん。お出掛け?」
だから、この娘の存在は有り難かった。
「おはよう、紫。相変わらず神出鬼没な奴だな」
「隙間の有る所が私の居る場所だからね。ほら、今もおにいさんの心の隙間にお邪魔しちゃうし」
「ボッシュートだな」
「あぁん!?」
抱き付く振りをして背負ったリュックサックから松茸を掠め取ろうとした紫の襟首を掴んでぶら下げる。
着ている服は相変わらず少し煤けているが、髪の毛は綺麗なブロンドだ。
あの時以来、髪の毛の色を煤で誤魔化すのを止めた紫は凄く魅力的な女の子になった。
変に怯える事も無く元気いっぱいに子供達と遊ぶ姿は見ていて微笑ましい。
この村の外れに住んでいるらしいが、村人達の反応は上々。
やはり同じ金髪である諏訪子やルーミアの与える影響も大きかった様だ。
今では能力を使って物が腐る境界をずらして賞味期限を延ばしたり、農具が壊れる境界をずらして耐久性を上げたりと、ちょっとばかり特徴的な仕事をしている。
「おにいさん達ばっかりずるい〜、私も松茸欲しい〜」
「安心しろ、紫の分もちゃんと有るから。というか最後にお前の家に行って吸い物や炊き込みご飯作ってやるつもりだったしな」
「流石おにいさん! 愛してるぅ〜♪」
「はいはい」
石段を下り切った所で離してやると、紫はくるりと回ってポーズを取った。
腰を屈めて上目遣いに覗き込み、右手の人差し指を唇に当てる。
本人曰く悩殺の構えらしいが、俺には精一杯大人っぽく背伸びしている女の子にしか見えない。
「紫、左肘の所擦り切れてるぞ」
「え、あ、本当!? あー、こないだ駆けっこして転んだ時のかな」
「帰ったら縫ってやるよ。序でにお前に似合う服も見繕ってやる」
「へ、おにいさん裁縫出来るの?」
「舐めんな、これでも本職の人に弟子にならないかと誘われた事が有る」
実際は服飾系の専門学校から「推薦枠設けるから是非来ないか」と打診されただけだがな。
その専門学校から来てた人が服飾関係のオーナーだったから、一応嘘では無い。
真実でも無いが。
都合良く『誤解』したらしい紫は目をキラキラさせて俺を見上げる。
ふっ、そんなに見つめるなよ。
照れちゃうぜ。
「そう言えば前に話してたアレ、名前決まったのか?」
不意に口から溢れ出た言葉。
以前懲罰房に入れられていた時に遊びに来た紫と交わした世間話。
その中で、紫が語った夢。
『いつか、楽園を作りたい』
人も妖怪も神も、皆が笑って過ごせる様な世界を作ってみたいと、紫は言った。
聞く人に依っては馬鹿にするかもしれない、そんな夢。
だが俺は紫を笑わなかった。
楽しそうに話す紫の笑顔に、少しばかり見惚れていたんだ。
「それがまだ決まってなくて……イマイチ響きがグッと来ないんだよ〜」
そう言って溜息を吐く紫。
疲れた様な表情を浮かべているが、頭をわしわしと撫でてやるとすぐに笑顔になる。
存外単純な奴だな。
「おにいさん、良い名前無いかな?」
「ポチやタマでどうだ?」
「いやいや、犬や猫じゃないんだから」
「冗談だ。……しかし理想郷の名前か」
腕を組み唸ってしまう。
おにいさん格好良いし頭も良いがネーミングセンスだけは壊滅的な自信が有るぞ。
何だろうな、理想郷……ユートピアを弄ってポートピアとかか?
事件が起きそうで嫌だな。
横文字じゃなく和風な感じで攻めてみるか?
理想郷から郷だけ残して前半を変える。
米堕郷とか死酢の暗黒郷とか……ダメだ、なんかフォースがどうのこうの言ってきそうだ。
というか前の感覚だと神とか妖怪とかファンタジーな存在でしか無かったんだよな。
こっちに来てから身近な存在になったけどな。
それでも文明が発達したら同じ様に否定されてしまうんだろうか。
──ファンタジー、か?
日本語に訳すと何だったっけか。
空想……違うな、妄想……でも無い、アレは確か、
「……幻想」
「え?」
「ああ、そうだ幻想だ。郷を付ければ幻想郷か、案外まともなのが出来たな」
自分にとっては会心の出来。
満足の行くものを思い付きスッキリとした気分で紫を見ると、手を口元に置き何やら考え込んでいた。
最近解った事だが、紫は真剣に考えれば考える程無表情になっていく。
顔をしかめるでも眉尻を下げるでも無く、無表情になるのだ。
普段はどことなく胡散臭い微笑みを浮かべている事が多いだけに解りやすい。
何回か胡散臭い微笑みを止めろとは言っているんだが、本人はあの笑い方が格好良いと思い込んでいるらしく聞く耳を持たない。
普通に笑った方が可愛いんだがなぁ。
と苦笑を漏らしていると、突然弾かれた様に顔を上げた。
「おにいさん、それ頂きます!」
「あん?」
「楽園の名前は今日から幻想郷に決定しました!」
鼻息荒く、むふーと得意気に胸(AA)を張る紫。
なんとなく将来が楽しみな胸だな。
奈苗くらいには大きくなるかもしれん。
じっくり眺めていたのに気付いた紫はそれとなく周囲を窺うと、着物の前を少しはだけさせて恥じらいながら口を開いた。
「おにいさんなら吸っても良いよ?」
「また今度な」
その提案は嬉しいが、今は松茸配りという崇高な使命が有る。
て言うかすっかり忘れていたが。
にべもなく却下された事に紫は不満げだ。
着物を直しながら頬を膨らませて俺をむぅ〜っ、と睨み付けてくる。
「美幼女に恥を掻かせるなんて、おにいさん酷いよ」
「自分で言うな。美幼女なのは認めるが」
「もしかして噂の賢者たいむ?」
「違うわい! そうじゃなくて、紫まだ男に抱かれた事無いだろ? なら初めての時くらい優しくしてやりたいんだよ。流石に初めてが石段の前とかムード……雰囲気無さ過ぎだろ」
愛し合う様になったなら台所や風呂場や境内裏等、色んな場所でヤるのも良いだろう。
だが初めてくらいは布団の上でしっぽりむふふといきたい。
……実は俺って神奈子に負けず劣らず『うぶ』なんじゃ無かろうか。
紫はぽかんとした後、喉をくくっと鳴らして笑い出した。
「意外と紳士だよねおにいさんって」
「当たり前だ、いつだって俺は紳士だぜ」
俺の物言いがツボに入ったのか、紫は益々笑みを濃くする。
ふと笑みを消した紫は、俺の右手を取ってふわりと優しく笑った。
「じゃあ、私が大きくなったらおにいさんのお嫁さんにしてね」
「覚えてたらな」
「またそうやって煙に巻く〜」
右腕にしがみ付きぶんぶんと振りたくってくる。
不機嫌そうに纏わり付いてくるが、顔は笑みのまま。
幼女にくっ付かれるのは嬉しいが、何となく紫は……いや、勿論嫌いとかそう言う事は無いんだが……まぁ、苦手だ。
気立ても良いし悪戯好きな所も可愛い。
無邪気に笑った時の顔も癒されるんだが、不思議と……アレだ。
ルーミアの言葉を借りるなら、俺と紫の持っているリズムが大きくズレているのだろう。
「遊んで無いでちゃっちゃと配るぞ、嫁さん候補」
「はぁーぃ」
とは言え一緒に居るのは苦痛じゃない。
ペースを乱されはするが紫の持つ空気は好きだし、こうして話すのも楽しい。
……やっぱり幼女に弱いんだろうか。
頭を軽く左右に振って気を取り直し、右腕を引かれながら村をてくてく練り歩く。
門戸を叩いてリュックサックから松茸を取り出し配って次の家へ。
流石は松茸、皆一気にテンションが高くなる。
赤松が有る場所というのが近くでは守矢神社の裏山しか無い為、余り松茸が出回らないとの事。
そう言う事なら豊穣祭でもやって皆で松茸を堪能するか。
帰ったら神奈子に提案してみよう。
「ありがとう、契さま!」
「本当にありがとうございます、こんなに立派な松茸を頂けるなんて」
「いやいや、いつも信仰で神奈子や諏訪子を支えて貰っているからな。日頃のお礼……ってのも変か? まぁ、幸せのお裾分けみたいなもんだと思ってくれ」
最後の家に松茸を配り終え、すっかり軽くなったリュックサックを左肩に引っ掛ける。
行く先行く先で野菜やら何やら持たされそうになったが、今度の宴会にでも持って来てくれと説得して置いた。
配って回るっつってんのに帰りの方が荷物多くなるとかどんなギャグだよ。
ともあれこれで仕事は終了。
グッと伸びると背骨がバキバキ鳴る。
後は紫の家で昼御飯を作るだけだ。
服は途中回った呉服屋で適当に見繕って買ってやった。
隣で楽しそうにくるくると回っている紫が着ているのは煤けた着物では無く、白の下地に薄紫のラインと紫陽花の刺繍が施された雅な着物だ。
詳しい着物の種類とかは解らないが、一番上等なのを選んでみた。
京で不比等に貰った給金の半分が飛んだが喜んで貰えたならそれで充分だ。
「余りはしゃぐなよ、また転ぶぞ?」
「大丈夫だよ、もう。おにいさんってば心配性なんだか、きゃっ!?」
回転の最中右足の踵を左足の爪先に引っ掛け、バランスを崩した身体は背後に倒れ込む。
幸いにも俺の方向に倒れて来たので無事受け止める事が出来た。
「言わんこっちゃ無い」
「あ、ありがと……おにいさん……」
抱き止めた紫は惚けた様に俺を見上げていたが、密着しているのが解ると途端に擦り寄ってきた。
胸元に顔を埋めて気持ち良さそうに脱力している。
妹紅や奈苗もこうやって抱き付いてくるがそんなに気持ち良いんだろうか。
今度ルーミアに抱き付いてみよう。
ともあれこのままでは動きにくいので、紫の両膝裏辺りに左手を伸ばしヒョイと持ち上げる。
お姫様抱っこだ。
「さ、日が暮れない内に参りましょうかお姫様」
「お、おにいさん……」
お姫様呼ばわりは流石に恥ずかしかったのか顔を赤らめる紫。
どうやらこういった事に耐性は無い様だ。
──成程、良い玩具になりそうだ。
ニヤリと口の端が吊り上がる。
どんな風にからかってやろうかと無駄に思考を走らせながら、俺は紫を抱えて村外れの家屋へと歩いた。
さて、紫はどんな声で鳴いてくれるかな。