※この作品はR-18です。

東方恋人探   作:一ノ瀬 崇

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閑話——人、それを献身と言う。

 十一月に入り、朝が段々辛くなってきた。

 昔みたいにケイと同じ布団で眠り、朝と言わず次の日の昼まで抱き合っていたい。

 けど次の日になったら同じ様にまた次の日まで、なんて考えるに違い無い。

 それは私の我が儘だけど、きっとケイは受け入れてくれる。

 少し困った様に微笑み、けれど優しく抱き締めて。

 ……おっと、いけないいけない。

 危うく味噌汁が沸騰しちゃう所だった。

 望月家の台所を預かる身として、料理は完璧に仕上げないとね。

 料理に失敗したらケイにお仕置きされちゃう……うん、お仕置きが嫌じゃない時点で私はもう手遅れだ。

 

 

「ルーミア様、玉子焼き出来ました」

「ありがと。先に箸を持ってって貰える? 私も秋刀魚が焼き上がったら行くから」

「了解でありますぅ〜♪」

 

 

 可愛らしくぺしっと敬礼を決める奈苗。

 ケイが教えて以来、この敬礼という動作をいたく気に入っている。

 ちょっとドジっ娘でノリの軽い所も有るけれど、それすら可愛く見えてしまうのは奈苗の才能なのかも。

 でへへ、と愛らしく笑う奈苗に釣られて私も何となく楽しい気分になる。

 奈苗が巫女になってから、家の中が明るくなった。

 持ち前の元気と柔らかい雰囲気に癒された事もしばしば。

 ケイの言葉を借りるなら、奈苗は家族を支えるムードメーカーだ。

 

 

「ひゃわぅ!?」

 

 

 ……ちょっとドジっ娘だけど。

 自分の足に躓いてべちゃっと倒れる奈苗を助け起こし、怪我が無いか看てあげる。

 うん、大丈夫。

 

 

「でへへ、失敗失敗。でも箸は無事守り通しましたよ!」

「うん、偉い偉い」

「でへへ〜♪」

 

 

 良い子良い子、と頭を撫でると嬉しそうに笑う。

 私の方が背は低いんだけど、撫でられている奈苗は私より小さい女の子っぽい。

 封印を解いた状態だと、本当に親子みたいな感じになる。

 娘が産まれたらこんな感じかな? 

 甘えん坊な奈苗と配膳していると、がらっと音を立てて襖が開く。

 まだ少し眠たそうな顔でぼんやりしている青年が立っていた。

 ドキッ、と胸が高鳴る。

 毎日見てるけど、やっぱり慣れない。

 格好良くて思慮深くて優しくて、ちょっぴり意地悪な最愛の人。

 何だか恥ずかしくて隠れたくなっちゃう時も有るけど、私の目はいつだって彼に釘付けのまま。

 だから、この胸の時めきも照れ臭さも愛おしさも全部、最高の笑顔に変えて届ける。

 

 

「おはよう、ケイ」

 

 

 柔らかい笑みを返すケイ。

 それを見ただけで私の胸は煩いくらいに鳴り響いてしまう。

 早鐘の音色が聞こえてしまわないか、ちょっぴり不安になったりもする。

 そして、私は改めて気付かされるんだ。

 

 

 ──あぁ、やっぱり私はケイの事が大好きなんだ、って。

 

 

 

 

 

 

 食後の一服を終え、奈苗と一緒にわたわたと走り回る。

 食器洗いに洗濯に掃除とやる事は案外多くて午前中はひっきりなしに動いている。

 特に洗濯には時間が掛かる。

 ケイの服の匂いを奈苗と一緒に嗅いでるからだけど。

 運動した後のYシャツなんかはもう最高。

 胸一杯にケイの匂いが広がって、まるで抱き締められてるみたいな気持ちになる。

 ただ気を付けないといけないのは、匂いを嗅いでたらいつの間にか午前が終わっちゃう、って事になりかねないのよね。

 勿論数回有ったけど。

 最初にやらかした時に奈苗が呼びに来てからは、二人でケイの匂いをくんかくんかしてる。

 そんな事もしつつ、手際良く家事を終わらせる。

 時間は十一時くらい。

 お昼ご飯の用意まで少し余裕が有る。

 お茶を淹れて妹紅ちゃんの部屋へ向かう。

 今の時間、ケロ子と神奈子が妹紅ちゃんの勉強を見て上げている筈だ。

 ぱたぱた廊下を歩いていると、襖を開けて神奈子が顔を覗かせた。

 

 

「お、丁度良い所に」

「どうかした?」

「いやなに、妹紅の頭が熱暴走を始めたからここらで一息入れようと思ってね」

 

 

 そう言って神奈子は襖を引き、部屋の真ん中に置いてある卓袱台へ指を向ける。

 ぷしゅー、と頭から煙を出した妹紅ちゃんが卓袱台に突っ伏していた。

 その対面ではケロ子が足を崩してまったりと寛いでいる。

 

 

「お、ルー子ご苦労である」

「何神様ぶってるのよ」

「いや、私一応神様なんだけど……」

「はい、お茶。妹紅ちゃんも甘いもので糖分補給した方が良いよ」

 

 

 コト、と湯飲みを置く。

 今日のおやつは氷室で凍らせて置いた、みかんのシャーベット。

 小さい銀の器に盛ったシャーベットが何とも風流。

 だけど妹紅ちゃんやケロ子は花より団子、量が少ない事に不満みたい。

 

 

「これっぽっち?」

「もうすぐお昼じゃない、それに食べ過ぎてお腹壊したら大変でしょ?」

「おなかひえたら、にぃにがあたためてくれるもん」

「それだ!」

「諏訪子、妹紅に釣られるんじゃない。というか妹紅、お腹壊したら契が心配するが良いのか?」

 

 

 流石は神奈子、ただダメだと抑え付けるんじゃなく、妹紅ちゃんが自分から自分を律する様に上手く誘導した。

 ケイに構って貰えるのは嬉しいけど、ケイに心配は掛けたく無いものね。

 言われた妹紅ちゃんは、ちょっとしょんぼりしながらも頷いてくれた。

 

 

「うん……にぃにのために、もこうがまんする!」

「偉いぞ、妹紅。ご褒美に私のを一口分けてやろう」

「わ、ありがとかなこさん♪」

「もこちゃん良いなー。ねぇ、ルー子」

「あげないわよ」

「けちー」

「何やら美味しそうな匂いがしま、わひゃぁっ!?」

 

 

 賑やかな気配とシャーベットの甘い香りに誘われて、奈苗がやってきた。

 早速躓いて転んだけど、丁度その先に居た私の背中に倒れ込んでくる。

 むにゅっ、と背中に胸が当たる。

 いつも思うけど、諏訪子のどこに巨乳遺伝子が有ったんだろう。

 今の諏訪子からは想像も付かないし、諏訪子は神様だから肉体的には成長しないし。

 やっぱりケイの血筋かな? 

 そんな事を考えていたら、奈苗は両腕を回して擦り寄ってきた。

 後ろから抱き付いたかと思えば、気持ち良さそうにほっぺを合わせてくる。

 

 

「う〜ん、ルーミア様のほっぺすべすべでぷにぷにです♪」

「甘えん坊なんだから。怪我は無い?」

「はい、大丈夫ですよぉ!」

「なら、くっ付いて無いで隣においで。奈苗のシャーベットも用意してあるから」

「でへへ、はぁ〜い」

 

 

 見てるこっちまでとろけそうになる様な甘々な笑顔を浮かべ、私の隣に腰を下ろす。

 シャーベットを差し出すと目を輝かせた。

 みかんは奈苗の好物。

 それを知ったケイが昨日の夜に「ただ冷やしたみかんじゃ芸が無いな。シャーベットでも作るか」と言って手早く仕上げたお手製の一品。

 何だかんだ言って、奈苗に一番甘いのはケイかもしれない。

 鼎を構ってあげられなかった分、奈苗には寂しい思いをさせない様全力で可愛がってあげているんだろう。

 こないだも奈苗と一緒に、物を盗んだ後にワッフルを置いていく怪盗ワッフルごっことか衛兵役のケイを物干し竿で正面から暗殺する暴れん坊アサシンごっことかやってたし。

 つくづく親バカだなぁ、とは思った。

 多分ケイと神奈子に育てられたらどんな子供でも真っ直ぐ育つだろう。

 物凄い甘えん坊になりそうだけど。

 

 

「美味しそうです〜♪ では早速、いただきます! ……んぅ〜っ、美味しいです!」

「みかんのさわやかさと、でしゃばらないひかえめなあまみ、それにしゃくっとしたはざわりがぜつみょうなおいしさをえんしゅつしていて、とてもおいしいです!」

「もこちゃんに全部言われちゃったね」

「しかし寒い時期に冷たいものを食べるというのも、案外良いものだな」

「ケイは真冬にアイス食べるのが好きだったみたい。凍った噴水を眺めながら食べるアイスクリームは最高だ、って前に熱く語ってたし」

「あいすくりぃむ?」

「牛乳や生クリームを使った氷菓子らしいわよ? 何でも柔らかくとろける食感と甘さがたまらないとか何とか」

「ははぁ、それで契が牧畜に力を入れていた訳か」

「アイスクリーム……食べてみたいです! 今度おとーさんに頼んでみましょう!」

「おー!」

 

 

 可愛らしく木のスプーンを握ったまま右手を振り上げる奈苗と妹紅ちゃん。

 ……偶に奈苗の年齢が解らなくなる。

 そんな風にまったりしていると、庭の方で何かが落ちる音と「きゃぁぁっ!?」と聞き覚えの有る悲鳴が聞こえてきた。

 目を向ければ庭に倒れ込んだ紫の姿が見える。

 紫は朝ご飯の後ケイと一緒に出掛けたんじゃなかったっけ? 

 なら、ケイは? 

 私が疑問を口にするより速く、立ち上がった神奈子が庭に出て紫を助け起こした。

 

 

「紫じゃないか、どうしたんだい。地面にキスなんかして」

「ぺっぺっ……スキマ開くの失敗しちゃって……って、それどころじゃ無いの! おにいさんが!」

 

 

 悲痛な響きを孕んだ声に、胸がきゅっと締め付ける様に痛んだ。

 ケロ子と神奈子も同じ感覚が有ったみたいで、一瞬動きが止まる。

 

 

「紫、まずは落ち着くんだ。じゃないと私等が話を把握出来ない」

「う、うん……」

 

 

 深呼吸させて身体の焦りを解いた紫を座布団に座らせ、皆で固唾を飲んで話を聞く事にした。

 嫌な予感がする。

 どうか違っていて欲しいと微かな望みに縋る私に、紫の言葉が突き刺さった。

 

 

 

 

「おにいさんが、居なくなったの」

 

 

 

 

 思わず紫から視線を外し空を見上げる。

 そのまま視線は天井に向かい、ゆっくりと身体が重量に引かれて背後に倒れ込む。

 でも、伝わってきたのは固い畳の感触じゃなく、柔らかく包み込む様なもの。

 同時に両腕が前に回され抱き締められる。

 

 

「紫さん、続けて下さい」

 

 

 先を促すのは凛とした、けれども優しく穏やかな声。

 視線を巡らせた先、透き通った微笑みを浮かべる奈苗が居た。

 奈苗は私を抱き締めたまま、呆けている皆に首を傾げた。

 

 

「どうしたんですか、皆さん? まだ紫さんから結果しか聞いていませんよ、そこに至る過程を聞いておとーさんを探す方法を考えましょう!」

「あ……あぁ、そうだな。紫、頼む」

「う、うん……解った」

 

 

 いつもと雰囲気の違う奈苗に混乱しながらも、居住まいを正して向き直る。

 私は奈苗に抱き締められたままだけど。

 

 

 

 

 話を聞き終えた私は途方に暮れていた。

 転移した場所もケイを探す方法も解らず、こちらからケイの位置を辿るのは限り無く不可能に近いらしい。

 にとりって娘が探査装置を作ってくれているみたいだけど、その完成まで相当な時間が掛かる。

 流石にどうしたら良いのか解らず、皆一様に口を噤んでいる。

 そんな中、ふと奈苗が妹紅ちゃんに顔を向けた。

 

 

「妹紅ちゃん、ちょっと良いですか?」

「なぁに、ななえちゃん?」

「前に話してくれた『月の頭脳』って方に連絡取れます?」

「えーりんさんに? うん、それならだいじょうぶだよ」

 

 

 会話を聞いて、はっと紫が顔を上げる。

 どういう事かと奈苗に視線を向ければ、穏やかな微笑みの中に嬉が滲んでいるのに気付いた。

 

 

「前におとーさんに聞いたんです。永琳さんは空を飛ぶ船や山を動かす車を発明した天才だそうです。薬学が専門みたいですけど、にとりさんがやっている科学にも明るいのは間違い有りません。ダメで元々、一つ助太刀を頼んでみませんか?」

「そっか、それならおにいさんを探せる可能性だって……! もこちゃん、永琳さんの所まで案内して貰える?」

「うんっ、すぐにしゅっぱつしよ!」

「では一度こちらに来て頂き、その後にとりさんの『らぼ』へ向かいましょう。紫さん、妹紅ちゃん、永琳さんの事はお任せしましたよ」

「うん、まっててななえちゃん!」

「じゃあもこちゃん、早速竹林まで移動するから道案内宜しくね? みんな、行ってきます!」

 

 

 慌ただしく紫がスキマを開き、妹紅ちゃんと一緒に飛び込んで行った。

 一瞬の静寂が訪れる。

 誰も言葉を発せずにいる中、奈苗だけが何事も無かった様にお茶を啜っている。

 またケイが厄介事に巻き込まれた事もそうだけど、普段からは想像も付かない奈苗の凛とした態度に私は驚きを隠せなかった。

 と、奈苗が私の視線に気付きへにゃりと首を傾げた。

 

 

「ルーミア様、どうかしました? それに諏訪子様も神奈子様も、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔してますし」

「えっと……奈苗だよね?」

「はい、奈苗ですよ♪」

 

 

 笑顔を浮かべてむぎゅむぎゅ抱き付き甘えてくる姿は、いつもの奈苗だった。

 そのギャップに固まっていたけど、何とか再起動した神奈子が口を開く。

 

 

「いや、奈苗が普段と余りにも違うから少し驚いてな」

「んぅ?」

「いつもぽけぽけしていた奈苗があんなに凛とした態度で皆を纏め上げるのが……何と言うか、意外だった」

「ぽけぽけだなんて酷いですよぉ」

 

 

 口では拗ねて見せるけど顔は笑みのまま。

 眉尻を僅かに下げて困った様な笑いを漏らす。

 ケイがよくやる笑い方だ。

 

 

「だっておとーさんは居なくなっただけですよ? 話を聞く限り怪我をしている事も無いでしょうし、おとーさんだって帰ろうとする筈です。ならこちらからおとーさんに向けて何らかの接触を計れば、必ず応えてくれます。第一、おとーさんが帰って来ないなんて有り得ません。何年何十年何百年掛かっても、おとーさんは待っている人達の元へ帰って来る人です。だったら私達がする事は決まってます。おとーさんが早く帰って来れる様におとーさんを手伝う事。それと、帰って来たおとーさんに『お帰りなさい』って言う事です」

 

 

 その言葉に、私は胸を打たれた。

 ケイが帰って来ないなんて有り得ない。

 そうだ、前だって時間は掛かったけれどちゃんと帰って来てくれた。

 ただいま、って言ってくれた。

 また闇に囚われ掛けていた心が、奈苗の手に因って引き揚げられる。

 

 

 ──奈苗に追い抜かれちゃったなぁ。

 

 

 一番側でケイを見て来た筈の私が、ケイを信じる事が出来なくてどうする。

 ただ待っているだけが、私達の役目じゃないんだ。

 ケイが居ない時こそ、ケイの為に何が出来るかを考えなきゃいけない。

 それを奈苗は教えてくれたんだ。

 ……でも、ケイの事を一番理解してるのが奈苗だって思うと、ちょっと悔しい。

 私だってケイのお嫁さんだ。

 負けてはいられない。

 沈んだ気持ちが浮上した事に因る軽い躁状態と子供みたいな嫉妬心に煽られ、私は奈苗を恋のライバルとして認める事にした。

 

 

 ──でもケイったら、目を離すとすぐにどっか行っちゃうんだから。

 

 

 自分からふらっと出て行った訳じゃないけど、何となく怒りたくなっちゃう。

 帰って来たら、首輪でも着けてみよう。

 ケイがペット……うん、良いかも。

 不穏な事を考えた所為か、口の端が吊り上がっていくのが解る。

 

 

 ──ふふっ、ペットが嫌なら早く帰って来てね、ケイ♪ 

 

 

 

 

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