「ふふ~ん、ふんふ~ん♪」
鼻歌も飛び出す午後の陽気の中、俺は小さな手を握り道無き道を歩いていた。
隣で鼻歌を奏でるルーミアは随分とご機嫌な様子で、時折俺の手をにぎにぎしてくる。
お返しと俺もにぎにぎしてやると、ほんわかにへらぁ、と此方まで照れくさくなるような笑顔を見せる。
にぎにぎ、にへらぁ。
にぎにぎにぎにぎ、にへららぁ。
──落ち着け俺、これは俺を駄目人間に陥れる罠だ。
しかしそうとは解っていても、この誘惑を断ち切るのは難しい。
と、ルーミアが手を離した。
どうかしたか、と視線を向けると照れたようにはにかみながら、俺の小指をきゅっと握った。
やだなにこの可愛い子。
あ、妖怪で俺の嫁か。
なら遠慮は要らないか、とルーミアを抱き寄せ頬にキスをする。
唇にはしないぞ、俺が我慢出来なくなるからな。
ルーミアはクスッと笑い、また俺の手に指を絡めて歩き出した。
娘が出来たらこんな感じか?
今度ヤってる時ルーミアにパパって呼んでもら……いや、止めておこう。
それでハマったら二度と帰って来れない気がする。
しばらく進むと視界が開け、長閑な田園風景が見えた。
稲作の技術は有るようで安心。
これで旨い米が食えるな。
更に足を進めようと一歩前に踏み出し、
『カランカラン!』
鳴子に思いっ切り引っ掛かった。
ルーミアが半目を向けてくる。
「そんな顔も可愛いぞルーミア」
「ケイって案外ドジだよね。手前で止まったから気付いたのかなって思ったら、そのまま踏み抜くし。小さな頃『もっとかんがえて、こうどうしましょう』って言われなかった?」
「結構セメントだなルーミア。いいじゃないか、解り切った事ばかりじゃ人生面白く無いぞ」
幼稚園と小学校を通して、大人達から受けた評価がそれだ。
中学では思慮が足りないって言われたな。
そんな事を思い返していると、村の方から弓矢と銅剣で武装した村人らしき連中がこっちに向かって駆けて来るのが見えた。
弓矢はともかく、あの銅剣は間違い無く鈍器だな。
明らかに叩き潰す用だ。
俺達の元に辿り着いたはいいが、全力疾走した為が皆息が荒い。
おいおい、それでいいのか警備隊。
彼等の服装は如何にも古代日本人といった風の布服。
機織物の技術はそこそこ発展しているらしく、よくよく見れば樹木の繊維質で編まれている事が解る。
息を整えた隊長らしき青年が銅剣の先を俺に向ける。
が、重たいのか剣先はぷるぷると震えており定まらない。
「何者だ! ここを諏訪子様の治める土地と知ってか!」
「スワコサマ? 知ってるか、ルーミア」
「ううん、知らない」
「結論、知らん。というかそれ重いだろ、地面に下ろしたらどうだ?」
「そ、それもそうだな。よっこらせっと」
俺の言葉を受けて銅剣を下ろす青年。
……いや、それでいいのか警備隊?
俺が敵だったら攻撃し放題だぞ。
「まぁ、見ての通りただの夫婦だ」
「え……兄妹じゃなかったのか?」
「少し他人より早く結婚したんだ、気にするな」
「いや、待て……その娘、どこかで聞いた事があるぞ。赤い髪飾りを付けた金の髪をした人喰い妖怪が向こうの山に住んでいると」
余計な事を言い出したのは如何にも頭の悪そうな単細胞系の男。
ってか意外と有名人じゃないかルーミア。
一気に空気がピリッと張り詰め剣呑なものへと変わる。
面倒くせぇなぁ。
「何お前等、俺の嫁に剣向ける気?」
「騙されるな、そいつは凶悪な人喰い妖怪だぞ! 目を覚ますんだ!」
「油断するな、そんな見てくれでも人喰い妖怪だ!」
「おい、早くそいつから離れろ! 見た目はガキでも残忍な化け物なんだ!」
おーおー、言うねぇ。
俺はルーミアを後ろに隠す様に庇いながら一歩前へ踏み出す。
突然動いた俺に怪訝な顔を見せる青年の構える剣の先を左手で軽く摘み、手首を返した。
ぐにゃり、と銅剣が歪む。
おぉ、予想以上に力付いてんな。
「ひぃっ!?」
俺の怪力に驚く警備隊の面々に、出来るだけ友好的に微笑んでやる。
「次にルーミアを侮辱した奴は玉を握り潰すぞ」
皆一斉に股間を抑える。
間違い無くタマヒュンしてるな。
満足げに頷いていると、吹き抜ける風の質が変わった。
警備隊の後方に降り立つ影がある。
影の主は、甘く舌足らずな声で喋った。
「こら、いきなり客人に失礼な事を言うんじゃない!」
「諏訪子様!」
警備隊の面々は影の主に平伏した。
如何にも威厳たっぷりに言い放ったのは──見た目だけで考えるならルーミアと同い年くらいの幼女だった。
頂部にデフォルメされた目の様な飾りが付いた特徴的な帽子を被った、ルーミアよりもやや薄い金髪の幼女。
サテン・ブロンドと言うのか、さらさらと風に揺れる金髪がなかなか可愛い。
幼女は俺達に向き直ると、ぺこっと頭を下げた。
「うちの若い衆が迷惑をお掛けしました」
「……まぁ、今回は君の顔を立てて置くさ。いいか、ルーミア?」
「うん、ケイに任せるよ」
「だそうだ」
「有り難う、後でキツく言っておくよ。お詫びといっちゃアレだけどついて来て、お茶くらい出すよ」
「なら、お邪魔させて貰うか」
短いスカートを翻し、先導する幼女。
お、縞パン。
水色と白のストライプとはセンスが良い。
「ケイの浮気者」
じとっとした目で俺を見上げるルーミア。
いやな、アレは男としては仕方無い反応なんだよ。
取り敢えず幼女の後を追って誤魔化してみるが、ルーミアは頬を膨らませている。
それでも握った手は離さないのが、とても微笑ましい。
幼女に連れられやってきたのは立派な神社だった。
イマイチこの世界の技術力が解らんな。
鳥居を潜り石畳を越え母家の方へ。
からからから、と引き戸を開ける幼女に続いて家の中へお邪魔する。
おおぅ、日本建築の匂いだ。
居間に通されると、すぐに幼女が湯呑みを持ってきた。
「粗茶ですが」
「お構いなく」
ルーミアは多少緊張しているのか、背筋を伸ばして正座している。
俺は胡座だ。
足が痺れでデストロイするからな。
ぐいっとお茶を飲み干す。
二番茶だな。
嘘だ、適当に言ってみただけだ。
まぁ美味けりゃ何でも良いってのが俺のスタンスだからな。
幼女がお代わりを持って来ようとするのを手で制する。
さて、と俺はわざとらしく口火を切った。
「それで、何から聞きたい?」
俺の言葉が意外だったのか、少し目を丸くする幼女。
「へぇ……どうやら普通の人間とは肝の据わり方が違うみたいだね」
「隣に嫁さんが居るからな。好きな女の前で格好付けたがるのは男の性だ」
「あはは、違いない。じゃあ自己紹介から始めようか? 私は諏訪子、この辺一帯を治めてる祟り神だよ」
「俺は今の所は人間をやってる望月契だ。こっちは俺の嫁で元人喰い妖怪のルーミア」
「初めまして、ルーミアだよ」
「名の聞こえた人喰い妖怪に人間の組み合わせとは珍しい……元?」
「あぁ、布団の中で乳繰り合いながら『約束』させた。もう人は喰わないってな」
「約束ねぇ、果たして効力があるかどうか怪しいとこだけど」
「なに、破ったらもう抱かないつもりだからな」
「初耳なんだけど!?」
「この通り効果は抜群だ」
「……そうみたいね」
「ちょっとケイ、どういう事なの!?」
がっくんがっくん、と俺の襟首を掴んで振りたくるルーミア。
いい感じに脳がシェイクされて気持ち悪い。
黙らせる為に膝に乗せ頭を撫でてやる。
「そこは後で説明してやる。今は諏訪子の話を聞こうぜ」
「むぅ……」
撫でられて大人しくなる。
扱いやすくて実に良い。
へその上に手を置いてやると、気持ちよさそうに微笑む。
これでしばらくは安泰だな。
で、何の話だっけか。
「それで、契は何故私の村に?」
「あぁ、俺の誇りと矜持が懸かっているとても重要な事が有ってな」
「穏やかじゃないねぇ、一体何さ?」
居住まいを正す諏訪子。
いや、理由は穏やか極まりないんだが。
「──時に諏訪子。米と味噌、それに白菜や大根、人参といった野菜は有るか? 出来れば鍋も有ると尚良い」
「は? 一応全部有るっちゃ有るけど」
「頼むっ、俺に幾つか譲ってくれ! 兎や鳥の肉や旬の山菜と交換でも良い!」
物凄い勢いで諏訪子に頼み込む。
身体を前に出したもんだから、膝に座るルーミアが「わぷっ」っと可愛らしい悲鳴を上げた。
怒るかと思ったが俺の胸板に頬を擦り付けてアヘアヘしてる様なので放って置こう。
対する諏訪子は俺の勢いに圧されて若干腰が引けている。
「べ、別に構わないけど」
「本当か!? 有り難う諏訪子!」
ヒャッホゥ!
これで鍋が出来るぜ!
上がり切ったテンションのまま、つい諏訪子の手を握って上下にぶんぶん振ってしまった。
若干体温が高いのか、諏訪子の手は熱を帯びていた。
「諏訪子の手、あったかいな」
「ふえっ!? あ、ありがと……」
「それに柔らかいし触ってて気持ち良い」
「あ、あーうー……」
口をぱくぱくさせながら頬を赤く染める諏訪子。
おっと、男に触られるのに慣れてないのかもしれない。
余りぺたぺたしないで置こう。
握った手を離すと諏訪子は自分の手と俺の手を交互に見つめ、ほぅ、と熱い吐息を吐き出した。
「──ケイは私のだからね」
ぞくり、と背筋を冷たく撫で上げる様な声が部屋に響いた。
気付けば胸元のルーミアがえらく濁った瞳で諏訪子を睨み付けている。
諏訪子は諏訪子で、真っ直ぐにルーミアの視線を受け止めている。
ばちばちばち。
火花が散る様な音が聞こえてきそうなくらい、激しく水面下の戦いを繰り広げる二人。
幼女バーサス幼女。
うぉっ、どっちを応援したらいいんだ!?
と、アホな思考を巡らせてみる。
とは言え幼女同士が争うのは宜しくない。
俺は釘を刺して置く事にした。
「喧嘩したら二人とも鍋食わせてやらないぞ」
「ケイっ!?」
「あーうー!?」
悲痛な叫びを上げ、二人は大人しくなる。
いや、それでいいのかお前等。
まぁいいか、話も纏まった事だし。
早速諏訪子主催で宴会をやる事にした。
諏訪子は村人に喧伝と使えそうな人材の確保、俺はメインの鍋の仕込み、ルーミアは俺の手伝い兼精神安定剤。
村の女性達に時折鍋の極意を伝授しつつ、材料を刻んでいく。
ん、極意?
今回みたいに肉が主役なら鰹節は使ってもいいが魚が主役の時は魚の味を際立たせる為になるべく鰹節を使わない様にするとか、その際は昆布も沈めておくんじゃなく湯にサッと潜らせるだけで充分とか。
一番重要なのは大勢で食う、って事だけどな。
一人で鍋とか正月の大学生みたいで寂しいじゃないか。
彼女作れよ。
「ケイ、こっち仕込み終わったよ」
っと、各方面に喧嘩売ってる場合じゃなかった、俺も仕事せねば。
軽く塩で下味を付けた鳥の胸肉を串に刺していく。
そう、皆大好き焼き鳥だ。
ネギが無いのが残念だが贅沢は言えない。
手際良く鳥串を並べて行く俺を、村の女性達やルーミアは驚いた様に見ている。
「ケイ、何で男なのに料理出来るの?」
「べ、別に調理実習で手際良い所見せてモテようと画策して普段から家で練習してた訳じゃ無いぞ!?」
「調理実習?」
「いや、なんでもない。将来結婚したら嫁さんに愛情の篭もった手料理の一つくらい、作ってやりたいじゃないか。いつも有り難う、愛してるよ、って言葉でも添えてな」
俺の答えに黄色い声を上げる女性達。
ふっ、危うく本音が漏れたがカモフラージュは完璧だな。
嫁さんであるルーミアは女性達に冷やかされて真っ赤になっている。
頬に手を当ててはぅはぅ言ってる姿がクリティカルだ。
──にしても、案外受け入れられてるな。
先程の男達の様に身構えられるかと思っていたが、そこら辺は女性達の方がさっぱりしてるらしい。
……色恋沙汰に関して、ルーミアがからかうのにちょうど良いだけかもしれんが。
その中から何人か、俺に熱い眼差しを向けてくる少女達が居る。
恋に恋するお年頃、という奴だろう。
あの年代にルーミアの惚気話は少し刺激が強いのかもな。
後は……俺の身長か。
俺の身長は170cmと、現代日本ではそこまで高くもなければ低くもない。
だがこの古代日本っぽい場所では、チラッと見た限り男の平均身長は152cmとかなり低い。
やはりというか、身長も低いよりは高い方が良いらしい。
顔も、まぁ、そこまで悪くは無い。
そこへ来て気障な台詞を吐いて料理も出来る……あれ、フラグ立てまくってないか俺?
ともあれ賑やかな下拵えも終わり、いよいよ楽しい宴会の始まりだ。
「今日は二人の客人を迎えての宴だ、まずは音に聞こえた『元』人喰い妖怪ことルーミア」
演台の上で長い袖を振り回す諏訪子が、舌足らずな声で俺達を紹介する。
名前を呼ばれたルーミアは慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
人喰い妖怪と言う肩書きにざわめく人も居れば、元と言う言葉に興味深げな視線を向ける人も居る。
大丈夫だ、と隣に座るルーミアの頭にぽんと手を乗せる。
小声で有り難う、と呟いたのが聞こえた。
「そしてもう一人、ルーミアにもう人を襲わせないと約束させた唯一の男、望月契」
ひらひらと手を振って応える。
諏訪子と、俺に好意的な目を向けている少女達に軽く微笑んでやった。
と、右脇腹を抓られた。
「いででっ!?」
視線を下げるとむくれ顔のルーミアと目が合った。
ヤキモチさんめ。
「今回の鍋はなんと契のお手製だ、皆有り難く頂戴する様に」
「さ、堅っ苦しいのはそれまでにして皆で食おうぜ!」
俺の声に歓声が続く。
皆の手元には丼程の大きさの椀が行き渡っており、中央にはお代わり用の鍋が鎮座している。
ちなみに焼き鳥は一人三本までだ。
俺は立ち上がり酒──の代わりに水が並々注がれた湯呑みを片手に乾杯の音頭を取る。
「今日の良き出逢いと、諏訪子の縞パンニーソに乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
「あーうー!?」
男連中の野太い声が響き、釣られる様に女性達の乾杯が続き、諏訪子はスカートを押さえる。
うむ、実に良い反応だ諏訪子。
男連中だけ先に縞パンニーソの素晴らしさを説いておいたのは正解だったな。
女性達に知られたら袋叩きにされそうな気もするが、まぁそれはそれで。
満足げに水を飲み干すと、横からルーミアがじと目で見上げているのに気付く。
「ん、どうしたルーミア」
「ケイの変態」
「そう言うな、アレは良いモノなんだぞ」
「もうっ、ケイはすぐ他の女の子に目が行くんだから。……私が居るのに」
ぼそっと呟いたのを聞き逃さなかった俺はルーミアの腰を持って抱き寄せた。
きゃん、と可愛い悲鳴を上げるその唇に、俺の唇を重ねる。
びくっ、と震える顎を右手で掴み固定し舌で唇を割ってやる。
「ふむぅっ、んっ、んんっ!?」
柔らかく熱を帯びた小さな舌を探り当て優しく絡めてやると、少しずつルーミアの力が抜けて行く。
じゅわっ、と奥からよだれが滲む。
それを舐め取り、飲み込んだ。
甘く蠱惑的な香りが鼻へ抜けていく。
そっと唇を離せば銀の糸がつぅ、と空に垂れ下がった。
「愛してるよ、ルーミア」
「……きゅぅ」
耳元で囁くとルーミアは目を回した。
二人切りだとえろえろでも衆人環視の中では精神が保たなかったらしい。
優しく抱き上げ膝に寝かせ、髪の毛を梳いてやる。
これからもルーミアがヤキモチ妬いたら愛情と云う名の毒でも注ぎ込んでやるか。
っと、また思考が鬼畜に走ってたな。
クイッと眼鏡を中指で押し上げる。
余り鬼畜思考が過ぎると『鬼畜眼鏡』の称号を授かってしまうからな。
ふと辺りを見渡せば、前屈みになる男連中と顔を真っ赤にしている女性達、それと羨ましそうに指をくわえてルーミアを見る諏訪子。
男連中は逝って良し。
俺のルーミアに発情してるんじゃねぇ。
若干妖しげな空気を纏いつつも、恙無く宴は進む。
途中で起きたルーミアに焼き鳥を箸で食べさせてやったり、酔った男が円陣組んで大合唱したり、それを嫁さんが殴りつけて大人しくさせたり、少女達が代わる代わる俺にお酌──中身は緑茶だが──をしたり、お返しに採ってきたバライチゴを食べさせてやったら顔を真っ赤にしてたり、諏訪子がいつの間にか俺の左腕に抱き付いていたり、負けじとルーミアが右腕に抱き付いたり。
東の空が白み始めるまで、宴会は続いた。
俺を含む数人を残して酔い潰れた結果お開きとなったのは言うまでもない。