「……ふふっ」
ご機嫌な笑い声が耳をくすぐる。
背中にくっ付いたレミリアが、幸せそうに吐息を漏らす。
先日の一件以来、俺への依存度が高まったらしく、レミリアは暇さえ有れば甘えてくる様になった。
フランも真似してぺたぺたくっ付き、俺の両手が空くのは料理中かトイレの時のみとなっている。
美鈴は流石に照れ臭い様で、偶に小指をきゅっと握ってくる程度。
……どうやら以前レミリアがフランにしたアドバイスを横で聴いていたらしい。
まぁ、恥ずかしくて指を握るので精一杯なのかもしれないが。
そんな感じに昼間は四人でイチャイチャ、夜はレミリアを虐めて遊ぶという生活をしている内、この大陸に跳んでから一ヶ月が過ぎた。
砂漠を越えた辺りからスカーレット家を襲った妖怪の事を気にしなくて済んだ為に、多少寄り道をしながら旅を進めた。
途中、ラクダを『聖なる力』で強化するという事を思い付き試した結果、軍馬より優秀なラクダが誕生した。
全盛期のディープインパクト並みの速度が出るラクダとか最早恐怖でしか無い。
ともあれ移動速度が上がったので、せっかくだから各地を観光してみる事にした。
木彫りの猿や日本では見ない宝石細工を楽しんだり、インドで本場のカレーを味わったり。
そんな風に旅を満喫しながら、今日も馬車は日本を目指してのんびり進む。
いつもの様に二号車の天幕にはレミリアとフランが来ていた。
「お姉様とお兄様、らぶらぶー♪」
「あぁ……素直に抱き付けるお嬢様が羨ましいです」
膝上のフランは無邪気に喜び、前の方からは美鈴の呟きが届く。
何だかんだで美鈴も好意を持ってくれている様で、最近は初々しい中学生みたいな反応を見せる。
何?
中学生はもっと生意気で冷めている?
それは培養時に余計なものを混入させた所為だろう。
大人の醜い所を見て、子供は汚れていくのだから。
「また考え事してるのかしら? もう、せっかく私とフランが一緒なのに」
「あぁ、すまん。すぐに思考が飛ぶのは俺の悪い癖でな」
「解っているなら直しなさいな」
「直す方法を考えたらまた思考が飛ぶぞ」
「……厄介ね」
「あはは♪ そういう時はこうするんだよ、お姉様」
急に振り向いたフランはそのまま顔を近付けてくる。
ちぅ、と頬に唇が触れた。
「……えへへ、お兄様嬉しい?」
「おませさんめ」
「あら、大胆ねフラン」
「あぁっ、妹様にも出し抜かれた気がしますっ!?」
顔を赤らめていやんいやんと頬に手を当てるフラン。
何とも可愛らしい。
そして美鈴、その勘の鋭さは何なんだ。
堪らずラクダを止め、後ろの天幕までやってきた美鈴。
とは言え出来る事と言えば、服の裾をちょこんと握るくらいなのだが。
「相変わらず可愛いな、美鈴は」
「な、かっ、かわ……っ!?」
「あはは、美鈴真っ赤っかー♪」
「初々しいわね」
茶化されながらも握った裾を離さないのがまた可愛らしい。
まったりとした空気が流れ出した瞬間、世界の全てが歪んだ。
「っ!?」
「きゃっ!?」
「はわっ!?」
「うっ!?」
咄嗟に三人を抱えて飛び退く。
視界が歪み、空気が歪み、感覚が歪む。
平衡感覚さえ失った俺はレミリアを背中から前に回して美鈴を腹部で庇い、墜ちていく方向に背中を向けた。
直後、固い地面に激突する。
息を吐き切っていた為肺の空気が詰まる事は無く、着地の衝撃を受けて即座に新鮮な空気が肺を満たしていく。
「あうっ」
「んみゅっ」
「うくっ」
三人の小さな悲鳴が耳に届き、同時に衝撃が身体の前面を襲った。
なかなかキツいが、三人に怪我が無い様で何より。
とは言えすぐに起き上がる事は出来ない。
未だ視界はぐるぐると回り続け、寝転がっている筈の地面を『地面』と認識出来ていないのだ。
「あら、随分と同行者が多いのね」
どこか優雅さを滲ませた声が聞こえる。
聞き覚えの有るその声に導かれ左に顔を向ければ、何度見ても派手な赤と青のツートンカラーが目に映る。
「永琳か?」
「久し振りね、望月君」
たおやかに微笑む永琳の奥、多くの人影が見える。
その誰もが見知った人物だ。
……だが安堵の表情を浮かべたと思った瞬間、永琳を含む数人を除いて怒気を滲ませたのは何故だ?
皆の視線を辿って見れば、状況が解らずにぽかんと呆ける三人の姿が有る。
落下の際に怪我をしない様庇った為に、端から見れば俺の両手は三人を抱き締めていると取れる。
フランは幼過ぎるかもしれないが、三人共可愛らしい容姿なのは間違い無い。
特に美鈴は腰付近に顔を埋め、尚且つ先程のイチャイチャで顔に紅が差している。
──さて、この死亡フラグは叩き折るのが難しそうだな。
平衡感覚は先程よりマシになったが、流石に走って逃げるのは厳しい。
それに戻ってこれたかはまだ定かでは無いが、三人を置いて逃げる様なヘタレでは在りたく無い。
説得しようにも頭に血が上った嫁さん達が話を聞いてくれるとは思えない。
冷静な人物の内、にとりはあの性格だし無理強いは出来ない。
永琳は苦笑を浮かべていて助けるつもりは無いらしい……少し熱の篭もった視線を向けてくるのは気になるが。
と言う訳で俺は最後の望みを繋ぐ為、奈苗に視線を向けた。
黙って嬉しそうに微笑んでいた奈苗はすぐに俺の意図を理解してくれた様で、こくんと可愛らしく頷いた。
「……一先ず彼女達を休ませたい」
「ではお茶を淹れますね。御三方、どうぞこちらへ」
「三人共、取り敢えず行ってこい。……俺も話を終えたら逝く」
漢字は多分有っている筈だ。
まだ処理が追い付いていない三人は言われた通り、奈苗に付いて行く。
それを見送って、俺は立ち上がった。
多少ふらつくが問題は無い。
寧ろこれからが問題だった。
周囲の景色から察するに、ここは俺の神社の裏手らしい。
前にあの辺りで神奈子を犯したなぁ、と視線を向ければ神奈子は怒気の代わりに羞恥を滲ませる。
が、諏訪子に脇腹を突かれてすぐに気を張り直した。
……余計な事を。
「一応聞くが、遺言は」
「必要無いよ」
一ヶ月振りに見た鮮やかな金髪が風に靡いて、艶やかに揺れる。
歓喜と嫉妬と安堵と寂寥をごちゃ混ぜにした様な表情を浮かべ、ルーミアは右手を大きく振り翳した。
「心配させた罪と女の子とイチャイチャしてた罪で、半殺しの刑にしてあげる」
「異議ありっ!」
「却下。大丈夫、ケイが悪い事をしてないのは解ってるから。でも、無罪だけど私刑に処すね? 賛成多数で可決されたよ」
「俺は今、数の暴力を目の当たりにしている……ッ!」
「数の暴力? 本当の暴力って言うのはこういうものよ」
ルーミアが言い終えると同時、永琳とにとり以外の面々が空中に弾幕を形成した。
隙間無く埋め尽くされた色とりどりの弾幕に気圧され、ぐうの音も出ない。
──やはり茶化さず即刻土下座で挑むべきだったか……!
後悔先に立たず。
圧倒的な弾幕(オンバシラ含む)に晒された俺は回避する間も無く光と圧の中に飲み込まれていった。
「……と言う訳で、私達はケイの故郷に新しい住居を構えようと思って同行させて貰ってたのよ」
「成程ねぇ……私はてっきり契がまた女の子拾って来たのかと」
「だがこの辺りの土地となると……森の奥にもう一つ湖が有ったな。その湖畔に開けた土地が有るから、そこなら屋敷も建てられるんじゃないか?」
「なら今度おにいさんに頼んで土地の調査してきて貰おうかな。鬼の知り合いに声を掛けたら一週間くらいで完成するだろうし」
いつの間にか望月神社の敷地が広がり、守矢神社と変わらぬ大きさの母屋が建っていた。
その広間で夕食を囲みながら──と言うよりは宴会に近い形で──レミリア達の歓迎会を催していた。
レミリア、諏訪子、神奈子、紫の四人は向こうで今後の話を進めている。
何だかんだで皆、根は真面目で誠実。
一番良い形で収まるだろうから、そこら辺は彼女達に任せよう。
「でね、にぃにったら、こーんなにおおきなわたあめをつくってくれたの♪」
「わぁ、もこちゃん良いなー。私も今度お兄様に作って貰おうかな?」
「では今度皆でおとーさんにお願いしてみましょうか♪」
その隣で平和な会話を楽しんでいるのは妹紅、フラン、奈苗の純真三人衆。
まったりほのぼのとした空間に一歩足を踏み入れたなら、同じく童心に還るか自分の汚れっぷりに吐血するかの二択を迫られるだろう。
見ているだけで顔が綻んでしまうのは仕方が無い。
「にしても、もっちーの周りには綺麗所が集まるわねぇ。もっちーって面食い?」
「雑食じゃない? 下は八歳、上は見た目良ければ幾らでも、って感じだし。実際フランちゃんには手を出して無いみたいだけど、妹紅ちゃんは立派に調教されちゃってるし」
「うぅ、契さんがこんなに好色な方だったなんて……」
「なんて怪しから、いや羨ましい! 私まだ口付けしかした事無いのに」
「本音と建て前が逆よ、輝夜。それに夜這い掛ければケイはホイホイ抱くわよ? 色欲魔神だし。美鈴がケイの毒牙に掛かるのも、そう遠くは無いでしょうね」
「わ、私もですか!? で、でも、乱暴な契さんも良いかも……」
色々と失敬な話題を振っているのは輝夜、ルーミア、美鈴の突っ込み属性グループ。
比較的大人しい筈の面々が揃ったが、実は一番カオスな組だ。
久し振りの外出で輝夜はテンションが上がり、ルーミアは寂しさと心配の反動で口数が多くなり、美鈴は日本酒を気に入ってか早いペースで飲み進めあっさり酩酊。
予想の斜め上を行く賑やかさに唖然としたのは内緒だ。
「姫様も楽しそうで何よりね」
「流石に毎日引き篭もり生活を強いられるのはストレスが溜まるだろうしな。ん、にとり。ほっぺにマヨネーズ付いてるぞ」
「ひゃわっ!? ……あ、ありがと……」
そして俺はにとり、永琳と共にゆったりと食事をしていた。
余り話す機会の無かった二人と親睦を深める、というのが目的だ。
単に先程の嫁さん達の合体攻撃を受けて、動き回れないという理由も有るが。
「それにしても、このマヨネーズって胡瓜との相性抜群だよぉ……」
「気に入って貰えて何より。お代わりも有るからな」
うっとりとした表情を浮かべるにとりに、思わず微笑みが零れる。
以前遊びで作ったマヨネーズが有るのを思い出し、にとりに出した所いたく気に入ったらしく、幸せそうに胡瓜をぽりぽり食べ進めている。
ぴこぴこ揺れるツインテールを眺め、やはり河童は胡瓜が好きなのかと再認識する。
「にしても、まさか次元を超えていたとは……平行世界に干渉出来るだけの力が紫には有るのか?」
「いえ、偶然の産物ね。都合良く隣の世界へ飛べたけれど、最悪次元の狭間に飲み込まれていた可能性だって有るわ」
「次元の狭間か……時空乱流に飲み込まれる様なもんか?」
「結果は似た様なものね。望月君が飛んだ平行世界の暦は一五〇六年の六月七日、それから一ヶ月後の七夕に細君達と再開を果たしたわ」
「おぅおぅ、ロマンチックだ事。まさか対岸に渡った彦星も、織姫連中にボコボコにされるとは夢にも思うまいさ」
「ふふっ、それだけ愛されてるのよ」
「今度確認してみるか。果たしてその愛がどれ程重くて厄介なのかを」
「面白そうね、是非データを譲って欲しいものだわ」
「見返りは?」
「私の身体で」
「釣りを返せない代金は受け取らない主義でな」
「残念だわ。なら、望月君が望む薬を色々作ってあげる。傷薬でも不老不死の秘薬でも惚れ薬でも」
「それは……まぁ、必要になったら頼むとしよう。しかし、世界を渡るとは驚きだ」
「あら、その割には驚いていない様に見えるわね?」
「一応二度目だしな」
「詳しく聞きたいわね、その話」
ずいっ、と身を乗り出す永琳。
気の所為かもしれないが、何となく永琳の距離は普通の人よりも近い。
例えるなら抱き付いてこないフラン、擦り寄ってこない妹紅、甘えてこない奈苗。
さして心を交わしていない永琳がそんな距離で接してくる事に、妙な違和感を覚えるが特に害は無いので放って置く。
くいっと杯を煽りアルコールで喉を焼き、俺はゆっくりと口を開いた。
「……そう言えばまだぐーやにしか話していなかったな。俺はこの世界の生まれじゃ無い、別の世界から来たんだ」
しん、と室内が静まり返った。
突然皆の声が消えた事を不思議に思い視線を巡らせる。
「うおぁぁっ!?」
いつの間にか輝夜以外の全員が俺の周りに集まり、じっと俺を見据えていた。
解るだろうか、この恐怖が。
名状し難い感情を乗せた瞳が自分を取り囲んでいる。
下手なホラー映画より余程恐ろしい。
「な、何だ一体!?」
「あらあら、興味津々の様ね。せっかくの機会なのだから皆に聞かせてあげたら?」
くすくすとたおやかに微笑む永琳。
他人事だと思って随分気持ちの良い事言ってくれるじゃないか。
輝夜は輝夜で片肘着いて日本酒をちびちび傾け、ニヤニヤしながら俺を眺めていた。
と、唇が小さく震える。
『助けて欲しかったら今晩抱いて』
『うるせぇ処女ビッチ』
『ちょ、ひどくないっ!?』
『黙ってろ色ボケ姫。そんなに抱かれたいなら裸で寝てろ。気が向いたら好き勝手に犯してやる』
『は、初体験が睡眠姦とかマニアック過ぎる……!』
以上、唇を微かに動かしての無音会話。
満更でも無い表情を見る限り、まだドM気質は治っていないらしい。
だがまぁ、ここは話す他無いらしい。
一つ苦笑を漏らし、俺は口を開いた。
内容は以前輝夜に語ったものとほぼ同じ事に加え、学生時代の日常生活。
初めて聞く俺の過去に驚いたり笑ったりと楽しそうに反応する嫁さん達。
偶にフランと妹紅が聞き慣れない料理やお菓子に目を輝かせ、にとりと紫が文明に興味を示し、諏訪子と神奈子は世知辛い世の中に溜息を零す。
……平成の世に妖怪や神様は存在し難いからなぁ。
ともあれ語り終わった後は、また気楽などんちゃん騒ぎ。
と言うよりは酔いと宴会の空気でテンションが上がったフラン、妹紅、奈苗の無邪気組が手当たり次第に甘え始め、それに振り回されながら杯を傾けるという感じだ。
「ルーミア様も諏訪子様もふにふにですよぉ〜むぎゅむぎゅ♪」
「わ、ちょっ、奈苗ってば!?」
「神奈子も見てないで助けてよ! あ、こらルー子、一人だけ逃げるな!」
「でへへ〜♪」
「奈苗も甘えん坊だからな、存分に甘えさせてやれば、っ、フ、フラン?」
「うぅ〜、美鈴も神奈子も永琳も、何でこんなに胸大きいの〜ずるいずるい!」
「そうだー、ずるいぞ永琳ー」
「妹様、落ち着いて下さいぃ」
「姫様も悪乗りしないで下さい」
「れみりあちゃん、にぃにはね、とってもきちくなんだよぉ!」
「妹紅、それ私じゃなくて掛け軸なんだけれど」
「でも契さん、格好良いし優しいよ? 胡瓜もくれたし」
「にとり、騙されてるよ。おにいさんは鬼畜眼鏡の称号を欲しいが儘にする極悪非道な色欲魔神なんだから」
「ほぅ、言うじゃないか紫」
「ひぃっ!? お、おにいさんっ!?」
「ほらケイ、そんな怖い顔してるから不名誉な渾名が付くのよ」
「しかしな、ルーミア」
「夜伽の時も優しく無いし、いつになったら優しくしてくれ、きゃあっ!?」
「でへへ〜、捕まえました♪ ルーミア様、おとーさんはいっつも優しいですよ?」
「え、ちょっ、奈苗っ、あ、やんっ、や、やめなさいっ」
「でへへ、嫌よ嫌よも好きの内、です♪」
「あんっ、やっ、どこでそんな言葉、んぅっ、わ、解ったわ、そこの鬼畜眼鏡ね!」
「さて、久し振りにルーミアをお仕置きするとしよう」
「「「お仕置き?」」」
「目を輝かせるな諏訪子、垂れ掛かって来るんじゃないレミリア。あぁ、ぐーや。テメーはダメだ」
「私にだけ酷くないっ!?」
「虐めた時の顔が一番可愛いからな」
「え……か、可愛い、かな……?」
「また一人おにいさんの毒牙に……にとり、これでおにいさんの本性が解った?」
「……え、あ、うん、大根だね」
「大根って何が!? 話聞いて無かったでしょにとり!」
「私も契君に虐めて欲しいかも……」
「にとり!?」
程良くカオスだ。
こんな風にして夜は更けていく。
突然の帰還、突然の弾幕、突然の宴会……激動の一日も、漸く終わる。
──アレだな、取り敢えず難しい事は明日考えよう。
早々に思考を放棄して、俺は杯を勢い良く煽った。
帰還の理由?
知らん、明日誰かが教えてくれるだろう。