「それで、出来上がったのがコレか」
言葉と共に目の前の机に置かれた服──白いカッターシャツを持ち上げる。
襟にはピンバッジの様な物が付いている。
良く見れば中心の飾りがカメラのレンズで有る事に気付くが、それを知るにはカメラの存在を知っていなければ無意味だ。
初めて見る者にこれがカメラという物で、このカメラが有る理由を突き止められる者は居ないだろう。
「バッテリーは内蔵型、連続稼動時間は半年間、耐水耐火耐電耐塵耐衝撃を備えた超高性能カメラよ。捉えた映像はこの機器に録画されて、こっちのモニターに映し出されるわ。私はここでデータを纏めて置くから、望月君は安心して皆を誑かして大丈夫よ」
「安心して誑かすってのも妙な話だが……まぁ、良いか。取り敢えず輝夜から試してみるか」
「うふふ、望月君も悪よのぉ」
「永琳様には叶いませぬ」
「「くくっ、はぁーっはっはっはぁ!」」
闇より黒く染まった感情を口の端に乗せ、互いに笑い声を上げる。
さて、悪戯もとい実験の開始だ。
──蓬莱山輝夜の場合──
長い廊下を練り歩き、目的の部屋へと向かう。
立ち止まり襖をガラッと開ければ、布団の上に寝転がり煎餅を齧りながら詰み将棋をする輝夜の姿が目に映った。
「あれ、もっちー。用事は済んだの?」
「まぁな。だがぐーや、流石に気を抜き過ぎだろう。女の子なんだからもう少し慎みを持て」
「良いじゃない、もっちー相手に今更格好付けたって仕方無いし」
「相変わらずだな。……そんなぐーやに惚れた俺の負けか」
「ほぇっ?」
突然呟かれた言葉に動きを止める輝夜。
正気に戻る前に華奢な身体を抱き寄せる。
アレだけ自堕落な生活をしていた筈の輝夜からは、甘い花の香りがした。
何だかんだ言って、こっそり椿油で髪を手入れしていたらしい。
乙女な一面を見れた事に嬉しさを覚えながら、俺は輝夜の瞳を覗き込んだ。
「も、もっちー……?」
「最近生きる事に疲れてな。輝夜に甘えたくなったんだ」
「え、あ……」
頭を撫でられた輝夜は、俺が渾名では無く名前で呼んだ事に喜びと戸惑いを感じている様だった。
駄目押しのつもりで、くぃ、と顎を持ち上げる。
「なぁ、輝夜。輝夜さえ良ければ『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」
「────っ!?」
耳の先まで真っ赤に染まった輝夜は一瞬頷き掛け、動きを止める。
視線が向く先は俺の首元。
見る間に羞恥と怒気が膨らみ、目にも止まらぬ速さで輝夜の頭が近付いて来た。
「もっちーのバカぁぁぁっ!」
「あぐっ!?」
「ちょっと永琳、見てるんでしょ! さっさと来て説明しなさい!」
顎に頭突きをクリーンヒットされた俺は脳を揺すられ崩れ落ち、輝夜は襟首を乱暴に掴んでカメラに歯を剥く。
数秒と経たずに罰の悪そうな顔をした永琳が現れ、二人纏めて正座させられる。
……その後、みっちりと説教された俺と永琳は事情を説明し、何とか輝夜の理解を得られた。
「……確かに、このままだともっちー刺されて死ぬかもね。にしたって、他のやり方は無いの? 流石に悪趣味と言わざるを得ないんだけど」
「ぐーやもそうだったが、ああして説明の段に怒って貰うのも目的の一つだからな」
「どういう事?」
「自分の感情を隠さず晒け出す事で、より相手の感情を深く理解する事が出来る。それが納得出来るかは別問題だがな」
顎をさする俺を見て、呆れた様に溜息を吐く輝夜。
「まぁ、死なない程度に頑張って。私は協力しないけど」
「……因みに姫様、もしカメラに気付かなかったら、何て返事していたのかしら?」
ぴくっと輝夜の身体が跳ねる。
少し頬を赤く染めてそっぽを向き、輝夜は呟く様に言った。
「……そ、そりゃ嬉しかったし、もっちーが私を求めてくれるなら、どんな事でも応えてあげたいって思ってたし……黙ってキスしてたんじゃない……?」
「ぐーやの貴重な産デレシーン」
「二度ネタ禁止っ」
「好感度A+、隷属度B、暴走度E、と」
「永琳も本人の前でデータ取らないで!」
──八雲紫の場合──
竹林を抜けて京の端に有る茶屋でのんびり一休みしていると、背中に柔らかい何かが覆い被さってきた。
「おにいさん、むぎゅ〜♪」
「紫か? どうしたんだ、こんな所で」
「ちょっと野暮用。おにいさんは何してたの?」
「ちょっと野暮用だ」
「意地悪なんだから〜」
「と言いつつ人の団子を盗るんじゃない」
「あぁん、いけずぅ!?」
伸ばした手をぺちっと払うと、紫は頬をぷくっと膨らませる。
何とも愛らしい姿に絆され、俺は苦笑しつつ店員に団子とお茶を追加注文した。
これで良いか、と振り向けば紫はにへらぁと甘ったるい程の笑みを浮かべる。
「流石おにいさん、優しい♪」
「余り食べ過ぎるなよ、夕飯が入らなくなるからな」
「だいじょーぶだいじょーぶ、おにいさんのご飯は別腹だからね!」
「主食が別腹とかどんな状況だ?」
俺の突っ込みを受け流し、紫は美味しそうに団子を頬張る。
小動物っぽい食べ方に思わず笑みが零れるが、それを見た紫は不思議そうに首をこてんと傾げた。
「にょうしひゃの、おにいひゃん?」
「食ってから喋れ」
「んぐんぐ、んぐんぐ……んぐんぐ」
「飲み込んだのに新たな団子を口に運ぶんじゃない!」
「こくん。ふふ、流石に冗談だよ〜。で、どうかした?」
「……いや、もうどうでもいい」
どうも紫と話していると調子が狂う。
前の様な苦手意識は無いが、紫にからかわれる様になった。
勿論それが甘えからくる可愛いものだとは解っているが、精神的に疲労が溜まるのは確かだ。
──折角の機会だ、紫にも試してみるか。
ニヤリと吊り上がる口角を見えない様に隠し、俺は口を開いた。
「紫は幻想郷を創り上げた後、どうするんだ?」
「へ、後? ん〜、余り考えて無いかも」
「そうか」
「どうしたの、急に?」
「いやなに、紫が楽園を創り上げたなら何か祝いというかご褒美というか、そういうものが有っても良いんじゃないかって思ってな」
「え、きゃっ」
隣に座る紫を抱き上げ膝の上に乗せ、くぃっと顎を優しく持ち上げる。
たっぷり三秒目を合わせ、告げた。
「幻想郷を創り上げたら『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」
「っ、え、えぇっ!?」
おーおー、良い感じに混乱しとる。
悪戯が成功した様な高揚感を覚えほくそ笑むが、それは外に出さない。
少しずつ顔を赤く染めていく紫だったが、耳まで赤が到達した途端かくんと首を折ってしまった。
どうやら激しい妄想をしたらしい。
真っ赤になって気絶した紫を苦笑混じりに背負い、店員に団子を数本包んで貰う。
その後紫の家まで送り届け、事情を説明した紙とお詫びに団子を置いて家路に着く。
流石に面と向かって事情を説明する勇気は無い。
まぁ、今回はドッキリという事で勘弁して貰おう。
──東風谷奈苗の場合──
たんたんたん、と小気味良いリズムで石段を刻み上って行く。
この季節になると神社と村とでかなり気温差が有るな。
身体を暖めるには持って来いかもしれん、と思考を飛ばしながら軽快に七段飛ばしで駆け上がる。
廃スペックになってきた俺の身体だが、耐久性は依然として人間のままだ。
人間辞めたらもう少し頑丈になるのか?
「っと、到着」
「おとーさん、お帰りなさい♪」
石段を上り終え中程まで進むと、境内を掃いていた奈苗が満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
抱き締めると石鹸の香りがした。
嬉しそうに顔を胸板へ擦り寄せる姿は、甘えん坊の子犬みたいだ。
「でへへ、おとーさんっ♪」
「今日は随分と甘えん坊だな?」
「本当ならずぅーっとくっ付いていたいですけど、いっつも我慢してるのですっ♪」
「なら、いっぱい甘えさせてやらないといけないか?」
「でへへ、覚悟して下さいね。甘えさせてくれなかったらパンチしちゃいますよ? こんな風に、しゅっ、しゅっ♪」
丸めた手で可愛らしくパンチする動作を見せてくる奈苗。
それならと腕ごと抱き込んでやった。
これで奈苗は動けない。
「きゃぁん、捕まっちゃいました♪」
「これでパンチ出来まい」
「おとーさん、ずるいですよ〜」
「はっはっは、奈苗が可愛過ぎるのがいけないんだ」
「やぁん、おとーさんったら♪」
甘ったるい空気を醸し出しつつ、ふと奈苗の反応が見たくなった。
ちょっとした悪戯心に突き動かされ、俺はあの言葉を口にする事にした。
「奈苗、もし二人っきりで過ごせるとしたらどこが良い?」
「ふぇ?」
「北の大地で雪にはしゃいだり、南国の島で泳いだり。色々楽しいと思うが」
「……おとーさんと一緒なら、どんな所でも楽しいですよ♪」
「嬉しい事を言ってくれるな、奈苗。……どこか遠い無人島にでも行って『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」
その言葉に数度目を瞬かせた奈苗は、普段とは違う穏やかな笑みを見せた。
柔らかい微笑みに、自然と胸が高鳴る。
「もう、おとーさんったら。本意じゃない言葉で女の子を拐かしたらいけませんよ? 悪戯っ子なおとーさんは、めっ、です」
いつの間にか拘束を解いた奈苗が人差し指で俺の額を押す。
仕草、表情、雰囲気の全てが母性に溢れ、気付けば俺は目の前の娘に見惚れていた。
──奈苗って、こんなにも綺麗だったんだな。
聖母の如き微笑みにすっかりやられていた俺は、暫く境内で惚けていた。
……まさか返り討ちに遭うとは。
叱られた子供の様にどことなく居心地の悪い感覚を抱え、俺は母屋へと退散した。
一番お母さんなのは奈苗かもしれない。
──ルーミアの場合──
まったりと緑茶を啜る。
紅葉もほぼ終わり冬の足音が近付いて来ているのが、庭に植えられた木から解る。
「で、どうしたの? 背中が煤けて見えるわよ、ケイ」
「いや……時間に取り残された気がして」
「は?」
「知らない間に耄碌したかもな」
何言ってるのよ、と呆れた様に笑いながらお茶請けを持ってきたのは金色の髪が見目麗しい幼女。
コトリ、と皿を置いて対面の座布団に腰を下ろし柔らかな笑みを向けてくる。
「いやなに。最初にルーミアと出逢ってから、周りの環境が激しく移り変わっていったと思ってな」
「……ふふっ、確かにね。最初は二人で始めた暮らしも、ケロ子に神奈子に、香苗と鼎、妹紅ちゃんや紫や奈苗も加わって毎日が凄く楽しくて賑やかになった。出逢ったあの頃が遙か遠い昔の様に思えるわ……」
そう言って目を細め静かに緑茶を啜る。
年季の入った落ち着きがすっかり板に付いたルーミアを見て、思わず苦笑が漏れる。
慌てて無表情を取り繕うが一足遅かったらしく、怪訝な瞳が俺を捉えていた。
「何よ、急に笑ったりして」
「いや、まぁ、その」
「きりきり白状しなさい、隠し事はダメって決めたでしょ?」
「……まぁ、アレだ。ルーミアも出逢った頃とは変わって落ち着いたと言うか何と言うか、その、なぁ?」
「後半全く伝わらないわよ?」
くすくすと笑い声を零す。
確かに何が言いたいのかさっぱり解らない文面では有る。
だが、ルーミアはしっかりと汲み取ってくれた様だ。
ふっと息を吐いて遠い目をする。
「それはケイも同じだと思うわよ? あの頃のケイはやんちゃで向こう見ずで落ち着きが無くて……」
「待った待った、余り言われたら俺の心が砕け散っちゃうじゃないか。それにルーミアだって昔は無邪気で子供っぽかったのに、今はすっかりお姉さんになったし」
「どこかの誰かさんが四百年も放って置くから、大人になるしか無かったのよ」
意地悪そうに口の端を吊り上げるルーミアに、うぐっと口を噤む。
それを言われては何も言えなくなる。
視線を逸らして頭を掻くと、小さく笑う声が聞こえた。
見ればルーミアがしてやったり、といった顔を向けている。
「ふふっ、冗談よ」
「……出逢った時から尻に敷かれっぱなしだな。女は強し、ってヤツか?」
「ケイが優し過ぎるのよ」
「そうか?」
「そうよ」
また小さく笑う。
気付けば俺も釣られて笑っていた。
だがやられっぱなしというのも癪なので、俺は例のアレを口にした。
「なぁ、ルーミア」
「ん、何かしら」
「誰も居ない場所で『俺と退廃的で淫逸な日々を過ごさないか?』」
慌てるか、恥ずかしがるか、それとも気付いて怒るか。
多少不謹慎な心持ちで答えを待っていると、言われたルーミアは落ち着いた様子で緑茶を飲み干し、ほぅと息を吐いた。
そのまま静かに立ち上がり、俺の隣まで来ると腰を下ろす。
何を、と思うより早く俺の頭はルーミアの胸に抱かれていた。
耳に届くのは、甘く沁み入ってくる声。
「ケイが心からそれを望むなら、私はいつだってそれに応えてあげる。だから、そんな試す様な言い方はしなくて良いわよ? ケイが寂しい時や心細い時に呼んでくれれば、私はすぐに駆け付けて抱き締めてあげる。ケイが望むだけ、側に居てあげる。だから忘れないで? 私はケイの事を、心の底から愛しているわ」
ぽんぽん、と背中を小さな手が叩く。
ふっと心から色々な感情が抜け落ちていくのが解る。
最後に残ったのは、愛おしいという感情。
ぎゅっと抱き返せば、ルーミアもぎゅっと抱き締めてくれる。
その暖かさに包まれながら、あぁ──やはり俺にはルーミアが必要なんだな、と素直に思えた。
こんなさっぱりした気分で悪戯は出来そうも無い。
心の中で永琳にすまんと謝って、俺はそっと襟首に手を伸ばしカメラの電源をオフにした。