霧に煙る湖。そして妖精達と出逢う。
翌朝、俺は集落を離れ南東に有る湖へと向かっていた。
理由は湖畔の土地の調査。
レミリア達の住む紅魔館を建設する為に現地を視察する必要が有るからだ。
とは言え近辺の土地神は諏訪子が総括しているので話は通っており、実際に使用する土地を決める際に立ち会って貰い、その後杯を酌み交わして終了だ。
本格的な調査や建設なんかは紫の友人の鬼が全て引き受けてくれるらしい。
──にしても、昨日の今日で行かせるか?
紫曰く善は急げ、との事だが本音を言えばもう少しだらだらさせて欲しい。
確かにレミリア達をいつまでも居候扱いするのも悪いし、何より御家再興を掲げて極東くんだりまで来て貰った訳だから、こうした事案は早めに片付けるに越した事は無い。
解ってはいるのだが……やはりこの寒空の下、モチベーションを保つのは難しい。
だが愚痴っていても仕方無い。
ざくざくと落ち葉を踏み締め一歩一歩道無き道を進んで行く。
にとりが用意してくれたカイロを懐で握り締めながら歩いていると、途端に空気の質が変わった。
駆け抜ける様に木々の隙間を縫って行くと湖が姿を現した。
「おぉ、これはまた風靡な」
思わず爺むさい感想が漏れる。
霧が立ち込める湖は日光を受け白く煙り、向こう岸所が数歩先さえ見通せるか危うい程に視界が悪い。
波打ち際を歩いて行くと、広い更地が見えてきた。
いや、見えてきたと言うのも変か。
音の響きや風の抜け方からそうだと判断したまでで、実際は霧が視界を覆っている。
「っ!?」
微かに風切り音が聞こえ、本能に従い飛び退いた。
数瞬遅れて、先程まで俺が立っていた位置に氷の刃が突き刺さる。
「ふ〜ん、あたいの攻撃をよけるなんて、人間にしてはなかなかやるじゃない!」
「チルノちゃん、そんな、いきなり攻撃したらダメだよ」
どこか勝ち気さを思わせる高い声が届き、続いてややか細い声が遠くから聞こえた。
その声に呼応するかの様に立ち込めていた霧が晴れ、辺りを陽光が照らし出す。
現れたのは腕を組み得意気に胸を張る青いワンピースを着た水色の髪の幼女と、お揃いのワンピースを着て緑の長髪を左で留めたサイドテールの少し気弱そうな幼女だった。
その内の勝ち気そうな元気っ娘が、びしっと指を突き付けてくる。
「あたいの縄張りを荒らすだなんていい度胸ね! 最強のあたいが店長を下してあげるわ!」
「チルノちゃん、店長じゃなくて天誅じゃないかな……?」
「天誅を下してあげるわ!」
自分で編集点を入れた幼女を見据え、どうしたもんかと思考を飛ばす。
幼女の背中に有る六つの氷、アレは羽なのだろうか?
もし羽だとしたらなかなか特徴的でセンスが良い、等と普段ならのんびり感想を抱く所だが今回は少しばかり事情が違う。
キラキラと光る水晶体状の羽を、出掛けに見てきたばかりだ。
アレに良く似た、フランの七色の羽。
ありふれた形では無い。
ならば似た羽を持つ彼女がフランと同じ吸血鬼かと言うと、その答えには少々疑問が残る。
──デイウォーカーという可能性は無いと見ていいだろう。アレは俺の血が齎した突然変異の様なものだからな。というか、もしデイウォーカーなら未熟過ぎる気がするな。
突然襲い掛かってきた割には殺意も無く、隙だらけだ。
幼子特有の無邪気な殺意に因る行動とも考えられるが、それにしては力が弱い。
ここまで考え、俺は彼女が吸血鬼である可能性を棄てた。
──何にせよ、どう対応したものかな。
すっかり勝ち誇った顔の幼女を見据える。
身体から溢れる快活さが健康的な魅力を存分に引き出しており、ややツリ目がちな青い瞳がまた可愛らしい。
こんな可愛い幼女に手を上げられようものか。
男なら問答無用で叩き伏せるが、可愛らしい幼女が相手では叱る時の拳骨が精一杯の攻撃方法だ。
ほっぺぷにぷにで撃退出来るか真剣に悩む俺を見て、幼女はふふんと鼻を鳴らした。
「どうやらあたいの攻撃に恐れをなしたようね! あたいの子分になるなら見逃してやってもいいわ」
「またチルノちゃんったら、そんな事」
「大ちゃんはお口チャックよ! さぁ、あたいの子分になるか、それとも氷付けになるか選びなさい!」
再びびしっと指を突き付けてくる幼女。
はっきり言って妹紅でも余裕で勝てるんじゃないかと思うくらい、この娘の攻撃は脅威足り得ない。
先程はフェイントの可能性も踏まえて反応したが、襲い来る氷刃は遅く狙いも甘ければ威力も物足りない。
その為やろうと思えば簡単に無力化出来るのだが、ふと悪戯心が芽生えた。
どうせなら少しからかってみよう、と。
「子分になれば、見逃してくれるのか?」
「もちろんよ、最強のあたいに二言は無いわ!」
「氷付けにしたり、背中に氷を入れたりしないでくれるのか?」
「もちろん! さぁ、最強のあたいに『子分にして下さい』ってお願いしなさい!」
「だが断る」
「え!?」
やべぇ、アドレナリン出て来た。
まさかあの名台詞を正しく突き付ける事が出来る日が来るとは。
等と感動していたら氷刃が俺に向かって飛んできた。
無論、軽快なステップで避ける。
視線を戻せば、幼女はぷるぷると震えながら涙目で俺を睨んでいた。
やべぇ、可愛い。
「よくもあたいをバカにしたわね!」
「はっはっは、すまん。ちょっとした出来心ってヤツだ」
「あんたなんか氷付けにして、けちょんけちょんにしてやるんだから!」
「……怒った顔も可愛いな」
「〜〜〜〜っ!?」
その言葉を聞いた幼女は顔を真っ赤にして更なる猛攻を掛けてくる。
おかしい、褒めた筈なんだが。
涼しい顔して攻撃を避けるのも、幼女は気に食わないらしい。
冷気の所為で涼しい所か寒いくらいだが。
ともあれ避けてばかりでは話が進まないので、俺は幼女に賭けを申し出た。
「なぁ、お嬢ちゃん」
「あたいはチルノよ!」
「ご丁寧にどうも。俺は望月契、半分人間で半分神様だ」
「中途半端なのね!」
「これは手厳しい。それはさて置きチルノ、俺と賭けをしないか?」
「は、賭け?」
「チルノが勝てば、俺はチルノの子分になる。逆に俺が勝てば」
「あんたの子分なんてイヤ!」
「子分は要らない。だからチルノ、俺が勝ったら友達になってくれ」
「……どうせあんたは負けるんだから、そんなの気にしなくていいわよ!」
大きく吼えたチルノは一度氷刃を放つのを止めると、俺の頭上に移動した。
両手を上に翳すと、見る間に巨大な氷石が出来上がる。
少し視線を下げると、風で捲れたワンピースの裾から白い下着がちらりと覗く。
絶景かな絶景かな、と思った俺は順調に変態の階段を七段飛ばしで駆け上がっているに違い無い。
「つぶれろ──!」
幼女の裂帛の気勢と共に、三メートルは有ろうかという巨大な氷石が俺の頭目掛けて落ちてくる。
ただ避けるのも芸が無い。
ふとそんな事を考えた俺は、両手の拳を氷石の面に沿って何度も繰り出した。
「オラオラオラオラオラオラオ、っぅ、痛ぇ、舌噛んだ」
気分はスタンドだったが舌が着いて行かなかった。
要練習だな。
とは言え遊びながらも腕の動きは止めずにひたすら氷を穿ち続ける。
既に勢いを殺された氷石は打たれるまま宙に浮き、少しずつ形になっていく。
「っと、こんなもんか」
最後の一撃を放ち眼前に下ろす。
出来上がった氷像は我ながら会心の出来だと胸を張って言える。
「わ、あたいだ!?」
「ふぇぇ……凄いね」
幼女達から感嘆の声が漏れる。
何を隠そう、俺が作り上げた氷像は腰に手を当て威風堂々とした青い幼女のものだ。
多少デフォルメしてあるが、少しアニメチックな佇まいがこれまた可愛い。
ふっ、完璧だな。
「これをチルノ、君に贈ろう」
「え、良いの!?」
「あぁ、気に入って貰えたら嬉しい」
「ありがとう! あんた良いヤツなのね」
「良かったね、チルノちゃん」
降りてきた幼女達は氷像の周りを楽しそうにくるくると駆け回っている。
やはり幼女は笑顔が一番だな。
「笑った顔も可愛いじゃないか、チルノ」
「え、な、なぁっ!?」
「わぷっ」
言われたチルノは顔を真っ赤にして立ち止まる。
が、急に止まった所為で緑髪の幼女が背中に思いっ切り突っ込んだ。
痛そうだなアレ。
「そう言えばチルノ、勝負は途中だったがどうする?」
「あ、忘れてたわ。ん〜、引き分けで良いわよ、こんなに凄いもの貰っちゃったし」
「そうか。ならチルノ、改めて俺と友達になってくれるか?」
「別に良いわよ。でも、何でそんなにあたいと友達になりたいの?」
「チルノは最強なんだろ? なら、俺には最強の友人が居ると嫁さん達に自慢出来るからな」
ニヤリと笑ってやると、チルノは満足そうにふふんと鼻を鳴らした。
どこか得意気な表情がまた可愛らしい。
不意に、チルノは右手を伸ばす。
どういう意図かと首を傾げていると、ニコッと花が咲いた様な笑みを浮かべた。
「あたいはチルノ、妖精だよ!」
「……俺は望月契、半人半神だ」
「改めて宜しくね!」
差し出された手をしっかり握る。
小さな手は少しひんやりとしており、触っていて気持ち良い。
すべすべの感触を楽しんでいると、緑髪の幼女がチルノの背後から顔を出す。
それに気付いたチルノは、彼女を俺の前に押し出した。
「この娘は大ちゃん! あたいの一番の親友なんだよ!」
「えっと、大妖精と申します。皆からは大ちゃんって呼ばれてます」
「そうか、俺も大ちゃんと呼んでも?」
「はい、宜しくお願いしますね」
「こちらこそ、宜しくな」
大ちゃんとも握手を交わす。
手が触れてちょっと恥ずかしがっている所が愛らしい。
「ねぇ、ケイ。一緒に遊ぼう?」
「今からか?」
「当たり前じゃない、友達になった記念に今日は遊び倒すのよ!」
「チルノちゃん、契さんにも予定が有るかもしれないんだから強引なのはダメだよ」
「大ちゃん、女は度胸よ!」
「チルノちゃん、使い所間違ってるよ」
何とも賑やかな事だ、と苦笑しつつ思考を巡らせる。
建築に使えそうな場所はすぐ横に有る。
豪邸と言うか、文字通りの屋敷が建てられそうな程に広い更地だ。
ここならレミリア達も気に入ってくれると思う。
後は土地神との顔合わせだが……遊んでいれば向こうが見つけてくれるだろう。
と言うか土地神がどこに居るのか解らないしな、探しても迷子になりそうだ。
同じ迷子なら二人と遊んでいた方が精神的にも良い。
そんなトンデモ理論を引っ提げた俺は、二人に微笑みを向けた。
「俺なら大丈夫だ。さぁ、何して遊ぶ?」
「さっすがあたいの友達ね! じゃあ鬼ごっこでもしよう!」
こうして童心に還って遊び呆けた俺は、土地神が申し訳無さそうに迎えに来るまで二人と一緒に過ごした。
別れ際にぶんぶんと両手を振るチルノと控え目に手を振り微笑む大ちゃんを見て存分に癒された。
やはり幼女は良いものだ。