チルノ、大ちゃんと別れた俺は土地神に連れられ湖に程近い山林の麓に有る小さな小屋へと到着した。
ルーミアと熱い夜を過ごした小屋と良く似ている。
「…………?」
「あぁ、何でもない。これに良く似た小屋を見た事が有るから、少し思い出して呆けていただけだ」
こてん、と可愛らしく首を傾げる幼女に苦笑を返す。
白い髪、白い肌、白い着物、白い瞳。
全身が白一色で彩られたこの幼女こそ、今回顔合わせを行う土地神のミシャグジだ。
ぽやぽやとした雰囲気の無口っ娘で、背は妹紅より少し低い。
この愛らしい姿で祟り神だと言うのだから人は見掛けに依らない……いや、神は見掛けに依らないと言うべきか。
何せ土地神を取り纏める土着神の頂点が諏訪子だからな。
ちんまいケロケロ雌蛙が上司とか……ん、ご褒美か?
というか土地神と土着神の違いが解らん。
前に諏訪子が教えてくれた気もするが特に必要の無い情報だと聞き流していたしな。
「ん?」
思考を飛ばしていると、くぃくぃと袖を引かれる感覚が有る。
視線を下げると、不思議そうに俺を見上げる白い瞳と目が合った。
入らないの? と問い掛ける視線がこれまた可愛らしい。
「悪い、また呆けていた。じゃあ、お邪魔させて貰おうか」
その言葉に、にぱーと無邪気な笑顔を返す幼女。
持って帰ろうか真剣に悩む。
ともあれ幼女に手を引かれて小屋の中へ。
入ってみると意外な事に内装は洋風だ。
小さなテーブルと椅子が有り、シックな色合いの家具が落ち着いた雰囲気をさり気なく演出している。
キッチンの横には紫に頼んで置いた食材がケロ印の盥に入っている。
荷物になるから、と先に転送して貰ったのは正解だったか。
幼女は部屋の中央に立つと、くるりと回ってぺこりと頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました」と言ってくれている様だ。
「本日はお招き頂き有り難う御座います」
こちらも深々とお辞儀をする。
頭を上げると、同じタイミングで頭を上げた幼女と視線がぶつかる。
にぱー、と眩しい笑顔を浮かべる幼女に釣られ、自然と笑みが浮かんだ。
「とまぁ、そんな感じで終始ほのぼのとした雰囲気でな。久し振りにゆったりと穏やかな時間を過ごせた」
一息吐いて紅茶を口に含む。
微かな酸味と甘い香りが喉を通って鼻に抜け、清々しい気分を呼び起こす。
先程焼き上げたクッキーにはレーズンを加えてある。
生地の甘味は極力抑えレーズンの持つ甘味と香りを引き立たせてみた。
これがまた紅茶に合う。
「はぁ……、で、何? その後暇を持て余した貴方はわざわざ暇潰しの為だけに、山を越えて私の所まで来たの?」
「良く解ったな、流石は幽香」
はぁ、と再度溜息を吐いて幽香は紅茶のカップを手に取った。
充分に温い筈だが癖なのだろう、ふぅ〜ふぅ〜と童女の様に紅茶を冷ましている。
端から見れば優雅なんだが、んくんくと紅茶が喉を通る際に小さく声が漏れている辺りが可愛らしい。
普段は優雅なお姉さん然としている幽香だが、時折こういった微笑ましい所が垣間見える。
このギャップは萌えに値するな。
等と考えていたら幽香がジト目を向けてきていた。
ニヤニヤ笑いがバレたか?
「と言うか貴方、前別れる時に随分と気持ちの良い啖呵を切っていたじゃない」
「そんな事も有ったな」
「そんな事って」
「良いじゃないか。少なくとも俺は久し振りに幽香に会えて嬉しいぞ?」
からかい甲斐も有るし、との言葉は紅茶と共に飲み込む。
正直弄りたくて仕方が無いが、それはもう少し親密になってからにしよう。
言われた方の幽香は澄まし顔で紅茶を飲んでいるが、耳はこれ以上無く真っ赤だ。
心無しかカップを持つ手も小刻みにぷるぷると震えている。
照れ屋の割には頑張った方だな。
「そうだ幽香、最近面白い話を聞いた事は無いか?」
「何よ、唐突に」
「暇潰しに面白い事でも有れば遊んでみようかと思ってな」
ここで言う遊びとは『力比べ』と言い換える事が出来る。
理由としては、俺が居ない間も勉強していた妹紅が霊力を使った弾幕を撃てる様になった。
そのお披露目会兼模擬戦をする際に無様な姿は見せられないと考えた俺は、その肩慣らしの相手を探しているという事だ。
ふっかけられる側にしてみればこの上無い厄介事、若しくは謂われの無い宣戦布告と言っても良い。
勘の良い幽香は気付いた様で、好戦的な笑みを浮かべる。
「なら私が相手になっても良いわよ」
「悪いが幽香はダメだ」
「何でよ」
断られた事にぷくっと頬を膨らませる。
ちょっとした仕草が子供っぽい。
そんな微笑ましい幽香に苦笑を返して、俺は口を開いた。
「先のアレで幽香の攻撃を簡単且つ完璧に防げる手段が有るからな。最初から保証された逃げ道が有る戦いで本気になれる程、俺は純粋じゃない。それに一度は幽香を気絶させたが、もう幽香には傷付いて欲しく無いんだ」
「うなっ!?」
危なくなったらプロテクションで完璧に防げる、そんな気持ちが有れば必ず慢心や油断は生まれる。
その一瞬しか攻撃を防げない『この世界にあらず』や『畏敬の一撃』とは違い、或る程度持続して攻撃を無効化出来るプロテクションを使えるという選択肢を持つ事自体が、この場合は足枷となる。
それに知らぬ仲では無い幽香と殴り合う等以ての外だ。
俺が見知った女性に手を上げるのは、叱る際の拳骨か双方望んでのSMプレイの時だけだ。
こないだ幽香にジャーマン仕掛けたのはノーカウントな。
──それに、この幽香を殴るとか不可能過ぎるだろ。
最後に言った台詞を勘違いした幽香は、真っ赤になった耳たぶを落ち着かない様子で弄っている。
チラチラと窺う様な視線を向けてくるが、俺が目を合わせるとすぐに俯いてしまう。
予想以上の可愛さでノックアウト寸前だ。
綺麗なのに可愛いとか反則だろ。
だが俺は慌てる事無く冷めてしまった紅茶を飲み干す。
美女、美少女、美幼女の前では紳士足れ。
これが俺の掟その五だ。
──とは言え、幽香から情報は聞き出せそうも無いな。
この状態にした奴に全力で責任を取らせたいが、やったのは俺なので自業自得と言うより他無い。
まぁ、楽しかったので良しとしよう。
その後少し幽香をからかって、俺は太陽の畑を後にした。
冬も目前だというのに、向日葵はまだまだ元気そうだった。
「ケ〜〜イ〜〜!」
「ん……アレはチルノと大ちゃんか」
再び山を越え湖へとやって来た俺に遠くから声が掛かる。
秋晴れの下、キラキラと輝く水面の上で大きく手を振る小さな姿が有った。
猛スピードで迫り来る青いワンピースの幼女はその勢いのまま俺の胸に飛び込んだ。
くるりと左回りに一回転し勢いを殺し、優しくきゅっと抱き締めてやる。
ひんやりとした空気が頬を撫でた。
「こんにちは、チルノ。大ちゃんも」
「こんにちは!」
「はぁ……はぁ……はふぅ……、こんにちは、契さん。もう、置いて行かないでよチルノちゃん」
全力疾走した所為か荒く息を吐き恨めしそうにチルノを見る大ちゃん。
対するチルノはごめんごめん、と軽いノリで謝りそれを受けた大ちゃんは再度もう、と頬を膨らませた。
ふくれた頬を指でつついてやると、ぷちぅという可愛らしい音と共に空気が抜ける。
「契さんも遊ばないで下さいっ」
「悪い悪い」
「もうっ、二人共意地悪なんだから」
そうは言いつつも、柔らかい微笑みを浮かべている辺り嫌では無い様だ。
と、腰の右側からかさりと音が立つ。
視線を下げるとチルノのキラキラした瞳が俺を見上げていた。
「ねぇケイ、これ何? お土産?」
「チルノちゃん、そういうのは聞いちゃダメなんだよ。それが大人の礼儀作法なんだから」
「そうなの? 流石は大ちゃん、大人っぽくて格好良い!」
「……えへへ」
照れた様に笑う大ちゃん。
どうやら大人っぽいと言われるのが嬉しいらしい。
背伸びしたい年頃って事か。
何となく二人の扱いが解った所で右腰に提げた包みを持ち上げる。
甘い香りと包みに描かれた花の模様に二人共釘付けだ。
中身は幽香の家で作ったクッキー。
包みは幽香がお気に入りだと言う柄のものを貸してくれた。
幽香曰く「女の子に持って行くならそういう所にも気を遣わないとダメよ。幼くとも女の子なんだから」との事らしい。
──なら、今度幽香の家に行く時はちょっとした気を回してやるかな。
そんな悪戯心を抱いたのは内緒だ。
ともあれ二人共お気に召した様で、見るからにうずうずしている。
余り意地悪するのも可哀想なので早速包みを開く事にした。
途端に広がる焼き菓子特有の甘い香りが鼻をくすぐる。
「さっき焼いてきたレーズン入りクッキーだ。二人共レーズンは大丈夫か?」
「レーズンって何?」
「干した葡萄の事だよ、チルノちゃん」
「おぉ、大ちゃん物知り! でも大ちゃん、葡萄って何?」
そこからかと俺は苦笑を滲ませ、大ちゃんはコケッと態勢を崩した。
チルノはそんな俺達の反応に首を傾げている。
頭の上に? が三つ程浮かんでいる様だ。
「葡萄ってのは果物だな。そのままだと少し酸味が強いが、干すと甘さが強くなるんだ。まぁ、味が特徴的な分嫌いな人も多いけどな」
「じゃあこれは?」
「滅茶苦茶甘い。本当なら紅茶やコーヒーや緑茶といった甘くない飲み物と一緒に食べると良い」
「ケイのオススメは?」
「やはり紅茶だな。紅茶に一番合う様に甘さや香りを調節したから、一緒に食べるとこれがまた美味い」
「なら紅茶と一緒に食べたい!」
「と、言う訳で再びお邪魔した訳だが家主の美女がジト目を向けてくる」
「まさかたった二時間で帰って来るとは思わなかったわよ」
「お、帰って来ると言ってくれるとは嬉しいな。ならここはただいま、と言った方が良いのか?」
「記憶が戻ったなら幾らでも言ってあげるわよ」
そんな軽口を叩き合いながら、リビングで待つちびっ娘二人に紅茶とクッキーを持って行ってやる。
チルノは初めて見る家具や小物にキョロキョロと楽しそうに視線を動かし、大ちゃんはどこか落ち着かないのか頻りに座る位置を変えている。
性格が解りやすくて良いな。
と、俺達の話を聞いていたチルノが爆弾でキャッチボールを試みた。
「ねぇねぇ、幽香ってケイの恋人?」
「……っ、いいえ、違うわよ」
一瞬悲痛に眉尻を下げるが、すぐに笑みを浮かべて誤魔化す。
が、大ちゃんは見逃さなかったらしくチルノを止めようと袖を引く。
気が回るのも考えものか。
ともあれ妙な空気になるくらいだったら自分から矢面に立った方が良い。
少なくとも俺の所為にはなるのだから。
「昔は恋人だったんだが、振られてな」
「そうなの? 何で?」
「ちょっと、チルノちゃん」
「気にするな大ちゃん、聞いて貰った方が後腐れ無くて良い。……理由は俺の都合で勝手に居なくなったからだ。離れている間も連絡取らなくてなぁ、帰って来たらグーで殴り掛かられた」
「うわ、ケイ酷い。それは幽香も怒って当然よ!」
「だよなぁ。仲直りしたくて色々やってみてはいるんだが、今の所空回りしかしていないんだ」
「ケイは女心が解って無いのね!」
「はっはっは、良く言われる」
チルノに説教される俺を、大ちゃんと幽香は驚いた様な目で見ている。
大ちゃんは突然暴露された内容に、幽香はその事を話し出した俺に。
先に表情を変えたのは幽香だった。
しょうがないわね、と声が聞こえてきそうな少し呆れを滲ませた笑みを浮かべる。
俺の意図を正しく理解してくれた様だ。
うむ、聡い娘は好きだぞ?
「仕方無いわね、あたいがケイに女心の何たるかを教えてあげるわ!」
「おぉ、そりゃ心強い」
「私からもお願いするわ、チルノ。ケイ、女心を理解出来たら許してあげる」
「これは頑張らないといけないな」
「任せなさい、あたいがケイを完璧な紳士にしてあげる!」
むふー、と胸を張るチルノ。
それを見る幽香は楽しそうに口の端を吊り上げている。
案外子供好きなのかもしれない。
すっかり置いてけぼりを食らった大ちゃんはと言うと、先程葡萄に頭を悩ませていたチルノより混乱している様子。
頻りに首を傾げ、何がどうなっているのか理解しようとしている。
──大ちゃんは真面目過ぎるな。
そこが美徳でも有る。
必死に考えてはいる様だが、答えに辿り着けるだけの人生経験……妖精経験が無いのだろう、頭からぷすぷすとショートする音が聞こえてきそうだ。
ともあれ雰囲気も持ち直し、和やかな空気でお茶会は進む。
その後もチルノと幽香に弄られたが、そこはまぁ、紅茶代として払って置こう。
沈みがちだった幽香の笑顔が見られるなら安いものだ。