※この作品はR-18です。

東方恋人探   作:一ノ瀬 崇

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彷徨う姉妹。そして奴の名は蠍犬。

 

 

 ──すっかり遅くなってしまったな。

 

 

 幽香の家でのお茶会を終えて、霧の湖まで二人を送り届けたのが今し方。

 昼間から夕方に掛けては心地良い青空が広がっていたのだが、先程から雲が姿を見せ始めた。

 見上げた先、星を覆い隠した雲が空を暗く染め上げている。

 日が暮れるのも早くなってきた。

 本格的に冬が近付いて来ているな。

 沁み入る冷気にぞくりと背筋を撫で上げられながら、足裏を地面から離す。

 まだぎこちないが、一応空を飛ぶ事は可能だ。

 エンチャントの効果で飛行を得ている為、本来なら何の問題も無く宙を駆け回る事が出来る。

 それでもどこか危なっかしいのは、俺が空を飛ぶ事に慣れて居ない所為だ。

 

 

 ──さて、急いで帰らないと妹紅やフランや諏訪子が拗ねるな。

 

 

 まだ幼い二人が拗ねるのは解るが、下手したら俺の三倍は生きて居そうな諏訪子が同じ様に拗ねるのは如何なものか。

 それで良いのか洩矢諏訪子。

 ともかく急いで帰った方が良いのは間違い無い。

 多少視界が悪いが、湖の上を突っ切って行けば二十分足らずで帰れる筈だ。

 一直線に進むだけの簡単な飛行。

 鼻歌でも歌いながら行くとしよう。

 

 

 

 

 

 

「とか考えていた数分前の俺を殴りたい」

 

 

 霧の中を突っ切った結果、抜け出た先は見覚えの無い山の中だった。

 目指す方向九十度から百八十度ズレて到着したらしい。

 飛行していたから見える景色が違っているんだな、と考えていたがその考えこそが間違いだったと気付く。

 が、既に遅い。

 更に高く飛んでみても湖から広がりだした霧と上空に広がる厚い雲の所為で、遠方の景色は疎か周辺の地形さえ把握出来ない。

 こうなりゃ勘に頼る他無いか、と早々に諦めのんびり地面を歩く。

 焦っても無駄に体力を消耗するだけなのでいっその事、この状況を楽しむ事にした。

 

 

 ──お、まだ木に紅葉が残っているな。酒でも有ればここで一杯傾けるんだが。

 

 

 京から戻って以来、酒を良く呑む様になった。

 あの喉を焼く感覚と軽くふらつく程度の高揚感、それと酒を呑み酔っ払った皆の可愛らしい姿が癖になる。

 酔っ払って一番可愛くなるのは美鈴だな。

 普段控え目なのにぺたぺた甘えてくる所と構って貰えない時のしょんぼりとした不安げな瞳が、何というかもう虐めたくなって堪らない。

 ルーミアは普段と変わらない様に見えてこっそり手を握ってきたり、さり気なく肩に頭を乗せてきたりする。

 諏訪子はすぐに発情するし、神奈子は恥ずかしいという自覚が有りながら抱き付いてくる。

 妹紅は説教臭くなるし、奈苗は……ん? 

 奈苗は普段と変わらないか? 

 レミリアとフラン、輝夜や永琳やにとりがどうなるかは未確認だ。

 ん、紫? 

 あいつは散々騒いで誰よりも先に寝る。

 前に寝落ちした紫をお姫様抱っこで運んでやったが、本人は意識が無い事を悔しがっていたな。

 お姫様抱っこくらい、素直に甘えてくれば幾らでもやってやるんだが。

 まぁ、格好付けで意地っ張りなのが紫だしな。

 そんな事を考えながらふらふらと揺れる様に落ち葉を踏み締めて行く。

 倒木を跨ぎ軽快に斜面を登り切った所で、脳がチリ、とひりつく様な感覚が有った。

 

 

「無符『この世界にあらず』」

 

 

 反射的に能力を使い干渉してくる何かを打ち消し、発生源が有ると思われる方向へと右手を翳した。

 がさっ、と落ち葉が鳴る。

 射抜く様に向けた視線の先、二人の幼女が立っていた。

 片方はウェーブの掛かった灰色の髪の毛を肩上まで垂らし、もう片方は紫陽花色の癖っ毛でショートボブ。

 二人に共通しているのは至る所に枝で引っ掻いたのか小さな傷が有り、ボロボロで所々赤く染まった布切れを纏い、三本のコードが延びる眼球の様なアクセサリーを付けている所だ。

 そのアクセサリーも、紫陽花色の髪の娘は目を見開き、灰色の髪の娘は目を固く閉じている。

 灰色の髪の娘はどうやら気を失っているらしく、紫陽花色の髪の娘に凭れ掛かる様にして抱かれている。

 

 

「ひぅ……っ!?」

 

 

 俺に睨まれた紫陽花色の髪の娘は小さく悲鳴を漏らすが、気丈にも灰色の髪の娘を後ろに庇った。

 それを見て、内心舌打ちをする。

 

 

 ──くそっ、初対面の幼女を怖がらせてしまった! 

 

 

 紳士にあるまじき行為だ。

 焼き土下座級の失態だがそれに関する償いは後程にしよう。

 先に状況を把握する必要が有る。

 最初に、俺が感じた不可思議な干渉は彼女達がやった事か? 

 他に生命体の気配や反応が無い以上、答えはイエスだろう。

 次に、それを行った彼女達は俺に敵意や害意が有るか? 

 彼女達の反応を見る限り、答えはノーだ。

 最後に、彼女達に戦う意志が有るか? 

 勿論、ノーだ。

 

 

 ──と言うか、俺が戦いたく無い。

 

 

 灰色の髪の娘を庇ってはいるが、瞳に浮かぶのは俺への恐怖と守り抜くという意志。

 恐らく庇っている幼女は家族若しくは親友なのだろう。

 自らの命が失われようとも、彼女を守る事に何の躊躇いも無い。

 その強い瞳に、俺は暫し見惚れていた。

 

 

「……ォォォォォオン……!」

「ひっ!?」

 

 

 そう遠くない場所から響いてきた遠吠えに幼女は身を竦ませる。

 その反応から判断するに、彼女達は野犬の類に襲われここまで逃げて来たのだろう。

 全身の傷やボロボロになった服も、そう考えれば説明が付く。

 

 

 ──なら、俺のやる事は決まったな。

 

 

 くぃ、と中指で眼鏡を押し上げ彼女達の元へ歩み寄る。

 再び小さく悲鳴を上げられるが、俺は腰を屈め視線を同じ高さにして、出来るだけ柔らかく微笑んだ。

 

 

「白符『疲弊の休息』『天使の慈悲』『治癒の軟膏』『不死の標』」

 

 

 一気に四つも使った所為で、彼女達の身体が淡く光り周囲を照らし出す。

 仮に彼女達のライフが一だったとして、三十八まで回復した計算になる。

 取り敢えずはこれで一安心だ。

 後は幼女に群がる駄犬を格好良く華麗に討ち滅ぼすのみ。

 

 

「ここでじっとしているんだ。すぐに怖い奴等を倒してやる」

「え、あ、あの……」

「その娘は家族か?」

「あ、はい、妹、です」

「そうか。しっかり妹を守れる、良いお姉ちゃんだな」

 

 

 笑い掛けてやると数瞬戸惑っていたが、やや緊張した面持ちながら頷いてくれた。

 さて、と勢いを付けて腰を上げる。

 気配を探ってみれば、濃厚な殺気を放つものがこちらに近付いて来ている。

 木々をへし折りながら姿を現したのは、体長三メートル程の犬。

 だがこの犬、普通のものとは違う。

 脇腹の辺りから甲殻類を思わせる節足が生えており、背中には蛇腹型の甲羅、尻尾は上に折れ曲がり先端部分は鋭く尖り毒液の様な液体を薄く滲ませていた。

 

 

 ──鰻犬ならぬ、蠍犬って奴か? 

 

 

 成程、こんな醜悪な妖怪に追い掛け回されたら彼女達も怯えるわな。

 しかもこいつ、彼女達を態と逃がして楽しんでいた様だ。

 最初は口の端を歪めていたが、俺の姿を認めた途端不機嫌そうに唸ったからな。

 だが不機嫌なのは俺も同じだ。

 迷った腹いせと彼女達の好感度アップの為、貴様にはここで死んで貰おうッッ! 

 

 

「白符『刺し込む光』」

 

 

 言葉を紡いだ瞬間、上空の雲が晴れ月光が形を成して蠍犬に突き刺さる。

『刺し込む光』は攻撃かブロックに参加しているパワーが三以下のクリーチャーを破壊するインスタントだ。

 並大抵の妖怪ならこの一撃で沈む。

 

 

「……耐えたか。まぁ、そう簡単に沈まれても面白く無い」

 

 

 忌々しそうに光を振り払った蠍犬。

 その身体には傷が付いていない。

 光は硝子が砕け散る様な音を残して空気に溶けていった。

 この蠍犬、どうやらパワーは四以上有るらしい。

 それなりに力の有る妖怪という事だ。

 

 

「白符『畏敬の一撃』」

 

 

 今度はこちらの番だと言わんばかりに、長い尻尾を振り回してくる。

 周囲の木々をいとも簡単に薙ぎ倒すその攻撃は、俺の右手に受け止められた。

 同時に活力が湧き上がる。

『畏敬の一撃』はクリーチャー、一体を対象としてこのターンそれが次に与えるすべてのダメージを軽減し、あなたはこれにより軽減されたダメージに等しい点数のライフを得る、という効果のインスタント。

 つまり相手のキツい一撃を防ぎつつ回復まで出来るという、後ろ向きデッキには堪らない呪文だ。

 回復の感覚からして蠍犬のパワーは五。

 諏訪子が酔った勢いで障子を突き破った時の威力と同じくらいか。

 ともあれ、この程度のパワーなら特に焦る事も無い。

 こちとら度重なるエンチャントでパワーとタフネスが三桁を優に超えているんだ。

 今なら語尾に「キリッ」を付けても許される気がする。

 

 

「よっと」

「グウッ!?」

 

 

 掴んだ尻尾を支点に前方へ放り投げる。

 大木に背中を強か打ち付けた様だが、すぐに起き上がり歯を剥き出して威嚇する。

 だが威嚇というものは自らが優位に有ってこそ効力を発揮する。

 従って今の蠍犬は酷く滑稽に映る。

 これ以上遊んでいても仕方無いので、俺は蠍犬を殺しに掛かる事に決めた。

 どうせ戯れるなら背後の幼女達との方が良いに決まっている。

 

 

「白符『太陽の槍』」

 

 

 言い終えるが早いか、突如中空に生まれた陽光が細い槍と成り、蠍犬の脳天に勢い良く突き刺さった。

 声を上げる間も無く地に伏せる。

 一撃で絶命したのか、振り翳された尻尾は風穴を開けられた頭蓋の上で力無く揺れていた。

 その様子に俺は満足を以て頷いた。

『太陽の槍』は白でないクリーチャー、一体を対象としそれに三点のダメージを与えるソーサリーだ。

 俺の見立て通り、この蠍犬はタフネスよりパワーに偏った、所謂頭でっかちだった。

 タフネスが三というのは、神奈子が照れ隠しで放った御柱でギリギリ生き残れるくらいのタフさだ。

 

 

 ──つまり酔っ払った諏訪子の頭からの突進は御柱よりも威力が高い……ッッ! 

 

 

 凄いぞ諏訪子、やるじゃないか諏訪子。

 腐っても雌蛙……間違えた、腐っても祟り神と言う事か。

 いかんいかん、どうも諏訪子相手だと俺の右腕に封印された鬼畜眼鏡が首を擡げてくるな。

 ともあれ脅威は去った訳だ。

 振り返り幼女二人の無事を確認する。

 

 

「大丈夫だったか?」

「は、はいっ、あの、助けて下さってありがとうございます!」

「礼には及ばない。最初に怖がらせてしまった事のお詫びだ」

 

 

 目線を合わせて微笑んでやると、キラキラした瞳を向けられた。

 やだこの娘可愛い。

 

 

「そっ、そんな、可愛くなんて無いです」

「いやいや、充分に可愛い……ん?」

 

 

 思わず口に出ていたか? 

 まぁ、こんなに可愛い幼女の前で本心を偽る事は不可能に近いが。

 それはさて置き、見た所怪我は治った様だが精神的な疲労は抜け切っていない。

 早く休ませた方が良いだろう。

 幸い先程の『刺し込む光』のお陰か頭上の雲は晴れ、星の位置から方向を割り出す事が出来る。

 

 

「話は後でゆっくり聞くとして、一先ず俺の家に来て休むか?」

「え、そんな」

「部屋は余ってるし風呂や夕食も提供出来る。どうしても嫌なら無理にとは言わんが、どうする?」

「えっと……迷惑では無いですか?」

「このまま別れた方が心配で眠れなくなってしまうさ」

 

 

 多少冗談めかして肩を竦めると、幼女はくすりと笑い声を零した。

 うむ、やはり笑顔が可愛らしい。

 

 

「は、恥ずかしいです」

「ん? あぁ、また声に出していたか。悪いな、どうも最近口が緩い。……年かな?」

「……ふふっ、お兄さんまだ若いじゃ無いですか」

「お、良い笑顔だ」

 

 

 良し、和やかな空気に持って行けたな。

 円滑な対人関係は笑顔から、とは良く言ったものだ。

 

 

「さて、お嬢ちゃん。移動するから背中に負ぶさって貰えるか? 妹さんは俺が抱えて行こう」

「いえ、妹を運んで頂けるだけでも恐縮ですから」

「ならお嬢ちゃん、空を飛べるか?」

「……えっと」

「はっはっは、冗談だ。普通の人間なら空は飛べないからな。だが安心してくれ、俺は普通の人間じゃないから空だって飛べるんだ」

「本当ですか?」

「あぁ、だから二人共連れて行こうと思ったんだが……ひょっとしてお嬢ちゃん、抱っこの方が良いか?」

「なっ、か、からかわないで下さいっ」

 

 

 ニヤリとした笑みを向けると、幼女は頬をほんのり染めて俯いてしまった。

 反応が初々しくて実に良い。

 意地悪の仕返しに背負う際耳たぶを摘まれたが、そんな所も可愛かった。

 背中にお嬢ちゃん、胸に妹さんを抱えて準備完了。

 可愛らしい幼女二人を引き連れて、西の山の麓に有る俺の神社へ向け空を行く。

 

 

 ──あ、皆に何て報告しよう。

 

 

 最初に土下座を強要されそうな気がした。

 無論、帰りが遅くなった事と幼女二人を連れて来た事に対して。

 

 

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