駄神二柱への説教を終えて程無く、ルーミアが姉妹を連れてきた。
二人共どこか落ち着かない様子だったが、姉の方は俺を見て若干警戒心を解いた。
「おはよう、二人共。昨日は眠れたか?」
「おはようございます、お兄さん。お陰様でぐっすりと」
ぺこりと頭を下げる姉の後ろで妹が隠れながら様子を窺ってくる。
昨日は汚れてくすんでいたが、二人の髪の毛は鮮やかな色を取り戻していた。
姉はやや赤みの強い深紫、妹は白み掛かった緑銀の髪色。
「いつまでも名無しだと居辛いので先に自己紹介を。私は古明地さとり、こちらは妹のこいしです」
「これはご丁寧に。俺は望月契、半分人間で半分神様をやってる暇人だ。さとりとこいしを連れてきたのがルーミア、そっちの二人は神様で大きいのが神奈子、小さいのが諏訪子だ。白髪で半分寝てるのは妹紅、配膳してくれているのが巫女の奈苗」
各々小さく手を振ったり軽く会釈したりしてコミュニケーションを取る。
何やら諏訪子が「小さいのって……」とかぶつぶつ言ってたが、淫乱雌蛙と紹介されなかっただけマシだろう。
と、さとりの後ろに隠れていたこいしがひょっこり顔を覗かせた。
ぱちっと目が合う。
暫く睨めっこの様な状態が続くが、僅かにこいしの頬が赤みを帯びた。
直後、さっと隠れてしまう。
恥ずかしがり屋さんめ。
「さて、お互いの名前も解った事だし朝食にしよう」
「ささ、こちらへどうぞ」
奈苗が二人を席に着かせて準備完了。
楽しい朝食の時間だ。
「いただきます」
早速味噌汁を含む。
ワカメと豆腐とネギのシンプルな味噌汁だが、出汁と磯の香りが絶妙にマッチしていて非常に美味い。
少し濃いめな所が、朝の胃袋を程良く刺激してくれる。
甘い玉子焼きに醤油を垂らして口に運び間髪入れず白米を掻き込めば、何とも言えぬ幸福感が湧き上がってくる。
ビバ、日本食。
「ケイ、お代わりは?」
「貰うか……ってルーミア、それは何杯目のお代わりだ?」
「まだ二杯目よ」
「本当は?」
「……四杯目」
「食った分育てば良いんだが」
太るぞ、とは言わない。
寧ろ少し肉を付けないと心配なくらいだ。
身体を後ろに軽く反っただけで肋骨が浮き出るからな。
大人形態なら程良い肉付きが色欲をそそって堪らんのだが。
「隙有りっ!」
「てぃっ」
「あいた!?」
横から箸を伸ばして玉子焼きを掠め取ろうとした諏訪子の手をぺしんと叩く。
あーうー、と恨めしそうに見てくるが玉子焼きはやらん。
と、妹紅が自分の玉子焼きを差し出した。
「良いの、もこちゃん?」
「うん、けろちゃんにたまごやきあげる。かわりに、にものもらうね」
そう言ってひょいと小鉢から煮物を──具体的にはこんにゃくと白滝を持って行く。
妹紅はこの二つが好物で、おでんの時はこんにゃくと白滝だけで俺の食べる量の三倍を食べている。
一体どこに入るのか。
妹紅曰く「こんにゃくとしらたきは、べつばらなんだよ」との事。
その所為か誰よりも肌が綺麗だ。
年下の妹紅としては皆に自慢出来る数少ないポイントらしい。
「ありがとう、もこちゃん大好き!」
「ごめんね、けろちゃん。もこう、にぃにのおよめさんだから」
「振られた!?」
「はっはっは、残念だったな諏訪子」
「こうなったら失恋の腹いせにヤケ食いじゃぁー!」
ニヤリと意地の悪い笑みを向けてやると、諏訪子は勢い良く白米を掻き込んだ。
ふと二人の方を見ると、何とも賑やかな朝食の風景にやや呆けていた。
確かに初見でこのノリはキツいか。
「……いえ、こんなに楽しい食事は久し振りなので、少し浸っていました」
「騒がしくて悪いな。その分、味は保証するぞ?」
「ええ、とても美味しいです。この玉子焼きというのも初めて食べますが、甘くて美味しいです」
「口に合った様で何より。玉子焼きは余り他の所では見ない料理かもしれんな。鶏の卵を溶いたものに砂糖と塩を入れて焼いたんだ」
「え、塩入ってるのに甘いの?」
そこで初めてこいしが声を上げる。
風鈴の様な澄んだ声。
見れば甘いのがお気に召したのか、玉子焼きは殆ど無くなっていた。
「お、初めて声を聞かせてくれたな? 予想通り、いや想像以上に綺麗な声だ」
「えぅ、あ、ありがと……」
「さて質問は塩を入れたのに何故甘いか、という事だったか。感覚的な答えになるんだが……ただ砂糖を加えるよりは少量の塩を入れた方が、味が丸くなるんだ」
「丸く?」
「砂糖だけだと甘さだけが強くなるが、塩を入れると味が均されて美味しく感じるんだ」
「……良く解んないや」
「だな。後で実験してみるか」
可愛らしく首を傾げるこいしに微笑みを返して箸を進める。
程無くして全員食べ終わった。
綺麗になった皿を見て、奈苗とルーミアが嬉しそうに目を細める。
作った御飯を残さず食べて貰えるのは料理人に取って最高の賛辞だからな。
ともあれ和やかな食事で緊張も解れただろう。
ちらと視線を巡らせるが、その前に皆腰を上げていた。
……どうやら俺の意志を正しく読み取ってくれた様で、自然に部屋を後にする。
残るのは俺と姉妹。
──さて。
愉快とは言えない話をするとしよう。
題目は「彼女達が襲われていた経緯と、この後の行動」について。
それと、もう一つ。
「そうですね、私の事も説明が必要でしょう」
「あぁ、頼む」
言葉を介さずに話が進むこの状態についても、そろそろ明らかにするとしようか。
一時間後、俺は脳細胞が死に絶えていく感覚というものを存分に味わっていた。
理由は普段使わない思考回路を無理矢理繋げた所為だ。
堪らず『不死の標』で灰色の脳細胞を黄金色まで復活させた。
元気になり過ぎて、一瞬どピンクに染まったが。
まぁそれは良い。
「なら、後は住む所を用立てれば大丈夫だな。何か希望は有るか?」
「そうですね、やはり人里からは離れていた方が無用の諍いを起こさずに済むと思います。普通で有れば私の能力は忌まれるものでしょうし」
そういって力無く笑うさとりに、俺は肯定も否定もしなかった。
さとりの持つ能力は、何の力も無い人間は元より傲慢不遜な妖怪にも受け入れ難い厄介なものだ。
『心を読む程度の能力』。
奇しくも自身と同じ名前の妖怪、サトリが彼女の正体だ。
自分の考えが筒抜けで有り、口にしようとした事の先を取られ続ける為に会話は成り立たないと思って良い。
意思疎通は出来ても会話が出来ない為に嫌われるとは、世も無情と言うべきか。
「なら守矢神社の奥に建てるか。あの辺りなら人も寄り付かないだろうし、何か有った時は奈苗達に知らせる事も出来る。ぐるっと回れば直接ここにも来れるしな。で、こいしは何をやってるんだ?」
「んー、気にしないで良いよ」
会話に参加していなかったこいしは俺の右隣にぺたんと座り、楽しそうに俺の右手をにぎにぎと弄んでいる。
さとりは俺の言を聞いて初めて、自分の隣に座っていた筈の妹が向かいに居る事に気付いた。
『無意識を操る程度の能力』がこいしの持つ力。
文字通り無意識に溶け込んだこいしは姉の目を逃れてちょっとした悪戯をする。
「す、すみませんっ、不肖の妹が粗相をぷみゅっ」
「あはっ、ぷみゅって言った」
「こらっ、こいし!」
正面から鼻を抓みに行ったこいしに気付かず、さとりは可愛らしい声を上げる。
すぐさま両手を振り上げて愛らしく怒るが能力を使ったこいしは悠々と逃げ仰せ、再び俺の隣に……おい、何故胡座の中に入って来る。
無意識を操るだけ有って殆どの者はこいしを知覚する事が出来ずにいる。
だが、何故か俺がこいしを見失う事は無かった。
特に能力も使わずとも自然と知覚出来ているのは不思議だったが、弊害は無いので気にしない事にした。
アレだ、俺の幼女に対する愛がこいしの能力を上回ったんだろう。
……さとりは不思議そうに尋ねてきたが、流石にそう答える訳にもいかないので適当に誤魔化して置いた。
ともあれ自分を見失わずに見ていてくれる事が嬉しかったのか、こいしは俺にべったりと懐いた。
頭を優しくうりうり撫でてやると、嬉しそうに顔を胸板へ擦り付けてくる。
「……でも、会えたのがお兄さんで良かったです。私もこいしも、受け入れて貰えるなんて思ってもみませんでした」
「俺は変わり者だからな。類は友を呼ぶと言うし……ん、と言う事はさとりもこいしも変わり者って事か?」
「ふふ、かもしれませんね」
お互いにまったりとした空気を醸し出しつつ、内心でほくそ笑んだ。
──心を読む、か。文字通り心しか読めない様だな。
この思考の切り替えに多少手間取ったが漸く適応出来た。
死んでいった脳細胞に敬礼。
等と無駄に思考を散らすが予想通りさとりは俺の思考を読み取れていない。
それもその筈、今俺は心で考えていない。
頭で考えているからだ。
心と頭。
考えるというプロセスは同一のものだが、それを行う場所が違う。
そしてそれを意識し使い分ける事で、俺はさとりの能力をこちらから遮断した。
言葉にしたならば酷く簡単な事に聞こえるが、実際はかなり面倒だった。
お陰でブドウ糖が不足したのか甘いものを食べたくてしょうがない。
それは置いとくとして、何故俺がさとりの能力を遮断したのか?
理由は簡単だ。
【さとりの可愛さにやられたのが理由の一つでは有るが】
「────はぅっ!?」
こうやって心を読ませて遊ぶと楽しいからな。
今までは能力の気味悪さが祟って本人の愛らしい容姿さえも、嫌悪や忌避の対象となっていたのだろう。
こんなに可愛らしいのに勿体無い。
いや、避けていたからこそ艶やかな蕾に毒蛾が寄り付かなかったと考えるべきか。
因みに言って置くが、さとりに読ませる心の言葉は全て偽りの無い本音だ。
伊達や酔狂で幼女は口説かない。
欲しいなら全力で堕とす、それが俺の幼女に対する心構えだ。
──というか本当に色欲魔神になってきた気がするな。紫を怒るに怒れん。
にとりや輝夜と永琳、チルノと大ちゃんや幽香に加えさとりとこいしも俺の嫁リストに列挙しようかと考え中だ。
目指せ俺の嫁三十人とか冗談混じりに語った時も有ったが、何故かその戯言が現実味を帯びてきた。
将来刺されないかと心配になるが、肉棒を持つ俺が刺す側に回るのは決まっているので特に問題は無い。
抱く時間と中に出す回数が増えるだけだ。
──俺が『不死の標』に頼らざるを得ない状況になるかもしれんが……まぁ、それは無いだろう。
と、比較的安全で心も身体も気持ち良いフラグも建てた。
これ以上妙なフラグが建っても困るので言及はこの辺で終わろう。
……はて、何の話だったか?
【慌てた顔も良いな。見ていて幸せになれる程愛らしいとは、さとりは将来魔性の女になるかもな】
「なっ、そんな、なりませんよっ」
【少し赤らんだ頬も滑らかで綺麗だな。思い切り抱き締めたら、どんな可愛い顔を見せてくれるのか】
「ぅ、ぅぅ〜……」
【あぁ、恥ずかしがって俯いた姿も良い。天使の様な、という言い回しはさとりの為に有るに違い無い】
……あぁ、さとりを愛でて遊んでいたんだったか。
まだ頭だけで思考する事に慣れていない所為か、思考があちらこちらに飛ぶ。
ネットサーフィンを自分の思考で経験するとは夢にも思わなかったな。
心の方はと言うと、流石本音を垂れ流していただけ有ってさとりを口説いてばかりいた。
真っ赤になり俯いてもじもじしながら人差し指をつんつん合わせる姿に一瞬くらっと来たが、そこで獣になる程の性欲は無い。
奈苗を抱いて無かったら危なかったが。
「お茶をお持ちしました」
襖が開き、奈苗が緑茶を盆に乗せてやってきた。
良いタイミングだ、奈苗。
そんな意味を込めて視線を向ければ、でへへと普段の甘ったるい笑みを浮かべる。
「難しい話はこの辺にして、のんびりまったり寛ぐとしよう。奈苗、皆を呼んで来てくれ」
「了解です、たいちょー」
ぺしっと可愛らしく敬礼する。
ててて、と廊下に消えて行く後ろ姿に微笑みを預けて口を開く。
「走って転ぶなよ?」
「大丈夫ですよー、わ、きゃぁっ!?」
ドタタッ、ドスンとけたたましい音が廊下から響いてきた。
案の定転んだらしい。
あのドジっ娘振りは一体誰に似たのだろうか、甚だ疑問で有る。
そしてこいし、ずっと胸板に顔を押し付けているのは良いが臭いを嗅ぐのは止めなさい。
「やっほー、おにいさん♪ 遊びに来たよ……って、また女の子攫って来たの?」
「人聞きの悪い事を言うなぽんこつ」
「ぽんこつ呼ばわりされた!?」
また面倒なのが増えた。
更に玄関の方からドタバタと愉快な足音が近付いてくる。
一体誰がと思うより早く、七色の羽が飛び込んできた。
「お兄様、遊びに来たよー! あれ、お客さん?」
「おはようフラン、一先ず離れるんだ。もう一人のお客さんが潰れそうだぞ?」
「え? あ、わぁっ!? ごめんなさい!」
「あはっ、大丈夫大丈夫。お兄さんと密着出来たから良いよ」
「存外逞しいなこいし?」
俺とフランに挟まれたこいしは少し赤くなった鼻を押さえながら微笑む。
庭の方からは妹紅と諏訪子が顔を覗かせており、一気に部屋の幼女率が高まった。
さとりは突然の来訪者達に目を白黒させている。
しっぽり口説かれていた所に賑やかな幼女が加わった事で、自分の気持ちをどう落ち着ければ良いのか戸惑っている様だ。
「すまんな、さとり。一気に賑やかになってしまった」
「いっ、いえっ、大丈夫です」
何に対して大丈夫なのかは不明だ。
レミリアや美鈴、神奈子やルーミアも駆け付け更に部屋が騒々しくなる。
女三人寄れば、とは言うが十一人寄ったらどうなるのか。
取り敢えずサッカーは出来るかもしれん。
俺の嫁ジャパン。
「というかレミリア達はどこへ行っていたんだ?」
「鬼の所へ家の間取りとかを決めにね」
「お兄様の部屋も有るよ!」
「完成したら契さんには執事長をやって貰いたいですね」
「ダメだよ、契には私と神奈子に料理を教える予定が有るんだから!」
「けろちゃんはともかく、かなこさんはりょうりできないとたいへんだよ? しんこうへっちゃうかもしれないし」
「う、妹紅にそれを言われるとは」
「ルーミア様、執事って何ですか?」
「身の回りの世話をしてくれる使用人で、主人の信頼を勝ち得た一握りの優秀な執事には『セバスチャン』の称号が与えられるのよ」
「おいルーミア、後半間違いしか無いぞ」
取り敢えず収集が付かないのは解った。
部屋の収容人数に制限を掛ける事を前向きに検討しつつ、俺は湯呑みに手を伸ばす。
今日もお茶が美味い。
ん、投げっぱなし?
馬鹿言え、誰がこの状況で纏められるんだよ。