「さて、そろそろ昼飯の時間か。幽香、何か食べたいものは有るか?」
「んひゃぁ……あ、ぅぁあ……♪」
「って聞こえてないか」
長椅子の上で惚けた様に喘ぎながらとろとろに溶けている幽香。
目は快楽に揺れて焦点が合わず口はだらしなく半開きで喘ぎ声を上げ、惜しげも無く投げ出された豊満な肉体は汗や涎や精子でどろどろになっている。
時刻はそろそろ午後一時。
久しく雌の身体を持て余していた幽香にはたった二時間でも濃密過ぎたのだろう。
「おい幽香、起きないなら俺が勝手に風呂入れるぞ」
「んぅぅ、ぅぁ、あ……♪」
「ダメだな、こりゃ」
口の端に苦笑を浮かべ、右手で背中を支え左手は膝の下に潜り込ませる。
頭身が高いからお姫様抱っこがし易くて実に良い。
ちびっ娘達は文字通りの抱っこになるからお姫様と言うよりお嬢様な感じがしてしょうがないんだよな。
う〜う〜☆と楽しそうに唄う吸血お嬢様がその筆頭だが。
ともあれ幽香を抱き上げた俺は風呂場の扉を足で行儀悪く開け放つ。
先程火を入れたとは言えまだ湯は温い。
「冷たいが少し我慢しろよ」
抱えたまま幽香の身体を湯船にゆっくりと下ろしていく。
形の良い尻が水面に触れた瞬間、幽香はぴくんと震えて周囲を見回した。
どうやら冷たさで覚醒したらしい。
「冷たっ、え、ケイ?」
「おはよう幽香」
「あ、うん、おはよう。……って、え、ケイ? やっ、何で抱っこしてるのよっ、下ろして、あ、きゃぁっ!?」
「うおっ、こら幽香、暴れるな!?」
お姫様抱っこされているのに気付いた幽香は恥ずかしいのか身を捩り、その動きでバランスを崩した俺は頭から湯船に突っ込んだ。
どぼん、とお馴染みの音と水柱を立てて湯船に沈む。
「ごはっ、げほっ、大丈夫か幽香?」
「えほっ、えほっ、あ〜、ごめんなさい。やっと起きたわ」
二人してずぶ濡れになり、水面から頭だけ出して気管に入った水を吐く。
見る間に浴槽の水が白く濁って行き、見ように依ってはちょっとした温泉に見えない事も無い。
正体を知っている俺としては少々げんなりしてしまうが。
取り敢えずびしょ濡れになった服を脱ぎ捨て、ぴたぴたと床を鳴らし台所のやかんを取りに行く。
先程、湯船の水を温める為に沸かして置いたものだ。
風呂場に戻り、幽香が火傷しない様に気を配りながら湯を注いだ。
「ほら、もっと身体折り畳め」
「寒いわ……ケイが人肌で温めてくれれば良いのよ……」
「意味無いだろ。またどろどろになるぞ」
「そこはケイが理性を利かせたら?」
「無茶言うな、こんな可愛い嫁さんと密着していて我慢なんて出来る訳無いだろ」
軽口を叩きながら湯の温度を調整する。
そう言えば人間が湯を熱いと認識し始める温度は四十二度かららしいな。
四十六度とかの湯でちょうど良いって言ってる奴等は神経が麻痺してるか老化してるかのどっちかだな。
そう言えば諏訪子は三十九度でも熱いって言ってたが……猫舌ならぬ猫肌か?
「ん、こんなもんか。こっちに手拭いとお湯用意して置くから、ちゃんと身体綺麗にしとけよ」
「ケイは入って行かないの?」
「もう少し経ったらチルノと大ちゃんが来るんだろ? 二人仲良く風呂に入ってたらチルノはともかく、大ちゃんは恥ずかしがって帰るかもしれん」
「……それもそうね」
「それに、二人で入るのにここの風呂場は少し手狭だからな。幽香を家に連れて行ければ良いんだが、二人を待たせて長く離れる事も出来ないだろ?」
まぁ、本音はどろどろの湯船に浸かりたく無いだけだが。
勿論そんな素振りは全く見せない。
余り長く居て二人が遊びに来ては本末転倒なので、俺は軽く手を振って風呂場を後にした。
向かう先は台所。
しっかりと手を洗ってから釜の蓋を取り、米がしっかり炊けているのを確認する。
取り敢えず米さえ炊けているなら後はどうとでもなるからな。
少々薄情な気もするが今回の埋め合わせはまた今度する事にして、風呂場の方へ声を掛ける。
「幽香、俺は帰るからな。何か有ったら東の人里の神社に来てくれ」
「ん、解ったわ。……って、私妖怪だけど人里に入っても大丈夫なの?」
「あぁ、村人には俺に会いに来たと言えば多分神社まで案内してくれるぞ。うちの村は妖怪、人間、神様が仲良く宴会する特殊な環境だからな」
「……それ、間違い無くケイの影響よね」
「はっはっは、余り褒めるな」
「いえ……もうそれで良いわ」
風呂場の扉越しに何やら疲れを滲ませた声が届く。
少し激しかったか?
次に抱く時はもう少し優しくしよう、とちょっとした反省もしつつ俺は一先ず神社へ帰る事にした。
「成程、それでびしょ濡れだったのか」
「その内遊びに来るだろうな。多分神奈子とは気が合うんじゃないか? 幽香もお人好しで世話焼きで可愛いもの好きだからな」
「他人の評価を通して自分の姿を知るとは思わなかった……」
「神奈子、着眼はそこで良いの?」
「そうだよかなこさん、にぃにったらまたおよめさんつくっちゃったんだよ?」
俺の言で若干照れくさそうな反応を見せる神奈子に、諏訪子と妹紅が渇を入れる。
どうやら二人は嫁が増えた事で構って貰える時間が少なくなると危惧している様だ。
「解っているなら少しくらいは気に掛けてあげても良いのでは?」
「そう言ってやるな、さとり。これでも案外、二人は楽しんでいるんだ」
「……成程、そういうものですか」
神奈子とさとりは二人を見ながらほのぼのと会話を楽しんでいた。
以前「会話の時は相手の声を耳で聞いてから答えろ」とアドバイスしたお蔭か、さとりが持っていた一方的に話を進める癖を直す事に成功した。
これで相手に与える心理的外圧は少なくて済むだろう。
「でね、お兄様がむぎゅってしてくれた時に……」
「わひゃ〜、フランちゃんってばオトナ過ぎる……」
背後でひそひそと会話しているのはフランとこいしのコンビ。
天真爛漫なフランと悪戯っ娘なこいしは相性が良いのか、最近は一緒に行動する事が多い様だ。
今も楽しそうに会話している。
が、題が「どの角度で俺に抱き付いたら匂いが身体に染み付くか」というのは如何なものか。
未調教な二人にはまだまだ純真無垢で居て貰いたい。
「じゃあ紅魔館の建設は早ければ明後日に完了するのね」
「こう見えても萃香は建築の才能が有るから、一気に作業が進むと思うよ」
「はっはっは、任せてよ! ちゃっちゃと仕上げて宴会と洒落込みたいからね」
向こうで元気な声を上げる萃香と、向かい合わせに座るレミリアと紫。
建築中の紅魔館について話を進めているらしい。
にしても萃香に建築の才能が有るとは驚きだな、見掛けに依らず芸達者だ。
紫の話振りでは、萃香が居るだけで作業効率が七割増加するとか何とか。
昨日は古明地家も完成したし、この辺りも賑やかになってきたな。
「はい、卵とネギの生姜スープ。身体が温まるわよ」
「ん、ありがとなルーミア」
「ケイが風邪を引いたら大変だもの。主に周りが、ね?」
「流石は最愛の嫁、良く解ってるじゃないか」
大きめの椀にスープをよそってくれたルーミアに軽く笑みを返し、木のスプーンで黄金色のスープを掬う。
生姜の香りが鼻に抜け食欲をそそり、柔らかな卵の合間からシャキッとしたネギの歯応えが舌を楽しませてくれる。
塩気も強過ぎず、何杯でもお代わり出来そうな程に美味い。
「ルーミアの作る料理は世界一だな」
「おだてても何も出ないわよ。それに、私に料理を教えてくれたのはケイじゃない」
「俺はやり方を教えただけだ、ここまで上達したのはルーミアが頑張ったからだろ? いつもありがとな、美味しいご飯を作ってくれて」
「……も、もう、ケイったら」
そっぽを向きながら頬を掻くルーミア。
照れ隠しのつもりなんだろうが、耳が真っ赤に染まっているので実は隠せていない。
まぁそれに気付かないでやるのも夫の甲斐性か、と俺は素知らぬ顔でスープを再度口へ運ぶ。
──それにしても幼女率が高いな。
神奈子と俺以外は皆幼女だ。
全員で九人か、野球チームが作れるな。
因みに奈苗は守矢神社の裏手で禊ぎの最中らしい。
こっちは神社の形をした別荘みたいなものだからな、巫女の修行には向かないだろうしそもそも設備が無い。
というか奈苗がしっかり巫女をやってた事に驚きだ。
神奈子と諏訪子の世話役にしか見えないのは駄柱が目立つ所為か?
等と思考を飛ばしていると恨めしげな視線を感じた。
意識を戻せばルーミア、フラン、古明地姉妹以外の面々が不満そうに俺を見ている。
「ん、どうした?」
「にぃにのにぶちん」
右腕に抱き付いてきた妹紅が額をぺちぺちと叩いてくる。
ぷくっと膨らんだ頬を指先でつついてやると額を叩くのは止めたが、ご機嫌斜めなのは変わらない。
「……まぁ、契らしいっちゃ契らしいかなぁ。ルー子が羨ましい」
「おにいさん、何だかんだでそこは譲らないもんねぇ。或る意味一途なのかな?」
「待て、話が見えないんだが」
「あら、気付いていなかったのかしら?」
「だから何がだ?」
レミリアがふわりと宙に浮き首に抱き付いてくる。
そのまま顎を俺の頭に乗せ、脱力した様に凭れ掛かってきた。
「ケイは私に愛を囁いてくれる事は有っても、今まで『最愛』とか『誰より一番』って言葉は向けてくれなかったのよ」
「……そう、だったか?」
「皆の視線が答えよ」
改めて視線を巡らせれば皆レミリアの言葉に頷いている。
……確かに、意識はしていなかったがルーミア以外にそういった言葉を掛けた記憶は無かった。
「まぁ、契がルー子を大好きなのは別に良いのさ。昔からおしどり夫婦だったし、今更どうこう言わないよ」
「だな。だがこの場合問題なのは」
『誰が二番目に愛されてるのか!』
嫁達が声を揃えて言い放った。
その勢いにフランとこいしは思わず拍手を送り、さとりはぽかんと呆けた様に口を開き、ルーミアはどう反応したものかと微妙な笑みを浮かべていた。
恐らくどう反応しても本妻の余裕としか受け取られないから空気になっていた方が良いと思うぞルーミア。
「俺が言うのも何だが、着地点がそこで良いのかお前等」
「だっておにいさん、ルーミアにぞっこんだからどう頑張っても一位は狙えないし」
「だからもこうはかんがえたの。るーみあさんにかてないなら、るーみあさんはおいといて、もこうたちでけっちゃくをつければいい、って!」
「清々しいくらい後ろ向きに突破したな!? と言うかその理屈は間違ってるだろ!」
「ふふふ……私の御柱で契に仇為すものは全て吹き飛ばす。だから契、私の元にカモンベイベー!」
「待て神奈子、テンションが一人だけおかしい」
「ねぇケイ、産まれてくる子の名前は何が良いかしら?」
「レミリアは吸血鬼として成体にならないと孕めないんじゃないのか?」
「私、ご主人様の為に頑張るよ! だから、捨てちゃヤダよ……?」
「そんな心配しなくて良いぞ萃香。大切な嫁さんを捨てるものか」
「あっ……えへへ」
不安そうに瞳を揺らして見上げてきた萃香の頭にぽんと左手を乗せ、優しく髪の毛を梳いてやる。
すっかり従順になった萃香は嬉しそうに頬を緩めて抱き付いてきた。
それを見て皆がこぞって抱き付いてくる。
「あー萃香ずるい! 私もおにいさんむぎゅってする!」
「なら私は契の腰元に!」
「発情するなよ諏訪子」
「じゃ、じゃあ私は背中で……契の背中、広くて温かいな……」
「神奈子、地味にその台詞は恥ずかしいんだが」
首にレミリア背中に神奈子、右腕に妹紅左腕に紫、胸元に萃香腰元に諏訪子が抱き付いている。
何だこの嫁合体ロボ。
フランとこいしは俺に抱き付きたい様子だったが、嫁達の気配に圧されて遠巻きに見ている。
さとりは俺を見て楽しそうにクスクス笑っているし、ルーミアはどう収集を付けたものかと苦笑いしていた。
そんな賑やかな部屋に襖をからりと開けて入ってくる姿が有る。
「ただいまです。いやぁ〜見て下さいこの釣果、今晩のおかずは豪華に……って何ですかこの空気」
「美鈴、おかえりー。今皆でお兄様を誘惑してるの」
「えぇぇぇぇ!? そ、そんな昼間からだなんて、は、破廉恥ですよっ」
両手をぶんぶん振りながら顔を赤くする美鈴に、若干癒された気がした。
と言うかフラン、色々言葉が足りて無いだろうに。
「……まぁ、冗談はここまでにして」
「冗談じゃないのに」
「諏訪子の発言は前半と後半を無視して話を続けるが──」
「全部スルーだよ!?」
「神奈子、最近神々への信仰の集まりが鈍り始めたと?」
けろーん、と嘘泣きを始めた諏訪子を取り敢えず撫でてやりながら神奈子へ顔を向ける。
神妙な顔で一つ頷いて……チラッと諏訪子を見る。
「後で神奈子も撫でてやるから話をしろ」
「や、その、別に催促したつもりは無いんだが……ご、ごほん。実はそうなんだ。私達の地域で影響は出ていないんだが、西の方では大陸から来た仏教に八百万の神々が押され気味でな」
「成程、仏教か」
「ねぇねぇお兄様、ブッキョーって何?」
フランが身を乗り出して聞いてくる。
その小さな身体をひょいと抱き上げ膝の上に乗せ、頭をぐりぐり撫でてやる。
「ブッキョー……奴の名はブッキョー・ザ・ボサツと言ってな、大陸の果てからやって来た男だ。両親を夜盗に殺された奴は仇を討つ為に全国を駆け巡り、やがて夜盗を動かした真の仇で有る帝国の支配者キラーストライク・イエスマンを探す旅に出た。数々の試練を仲間と共に乗り越え、仇の足取りを追って今日本に来ているんだ」
「こらケイ、フランに嘘教えないの」
「えっ、今の全部嘘だったの!?」
ルーミアの突っ込みにフランのみならずレミリアやこいしも驚いた顔を……おい神奈子、何でお前までびっくりしてるんだ。
「ブッキョーについては嘘を言っていないぞ?」
「それはケイの好きな漫画『宗教列伝ブッキョー』の話でしょ、フランが聞いたのは浄土宗とかそっちの仏教よ」
「むぅ……愛妻がボケを封じ込めてくる」
「老後も安心ね?」
「更にボケを重ねてくるとか鬼畜な。一体誰の影響だ?」
「ケイよ」
「契だよ」
「契だな」
「にぃにしかいないよ」
「おにいさんに決まってる」
「ケイじゃないかしら」
「今俺は酷い虐めを受けた」
「大丈夫だよ、ご主人様が鬼畜でも私は気にしないから」
「萃香が一番ひでぇ」
「フランちゃん、今の内にお兄さんむぎゅむぎゅ出来るよ!」
「こいしちゃん策士だ! お兄様むぎゅむぎゅ〜♪」
色々と収集が付かなくなりそうなので仕方無い、取り敢えずボケは封印する事にしよう。
両腕にフランとこいしを抱えて、一つ咳払いをする。
「仏教ってのは、まぁ簡単に言えば修行の進めだな」
「修行?」
「あぁ、フランは輪廻転生──生まれ変わりって知ってるか?」
「うん、知ってるよ」
「人間に限らず全ての生物は一度死んだら長い年月を経て、再びこの世界に生まれ変わる。その輪廻に囚われている限り平穏は無く苦しみだけが続いていく。だから修行して魂をパワーアップさせてその苦しい輪廻から抜け出そうじゃないか、ってのが色々と端折った仏教の考え方だ」
「でもさ、お兄さん」
口を挟んだのはこいしだった。
くりくりとした瞳で俺を見上げてくる。
「抜け出す必要、有るの?」
「ほぅ、どうしてそう思った?」
「だって死んじゃっても暫くしたら、お兄さんと会えるんでしょ? 生まれ変わって見た目は違ってても、また一緒になれるんなら無理に抜け出す必要なんて無いよ」
そう言って抱き付きを再開するこいしに微笑みが漏れる。
確かにこいしの言う通り、想い人と再び巡り会えるならそれも良いだろう。
が、それは現状が恵まれている者が口に出来る驕りの様なものだ。
「じゃあこいし、仮にこいしが俺と出会っていなかったらどうだ?」
「え?」
「俺やフラン達と出会えずさとりともはぐれ、たった一人で生きて行かなければならなかったとしたら。人間には追われ妖怪からは疎まれ、誰とも分かり合えないままひっそりと一生を終える。そんな人生の繰り返しだ」
「そ、そんなのヤダぁ……」
想像して悲しくなったのか、瞳を潤ませてぷるぷる震えるこいし。
小動物チックで可愛らしいが、余り虐めては可哀想なのでむぎゅっと抱き締めてやる。
すると少しは落ち着いたのか、へにゃんと脱力した。
「怖い想像させて悪かった。だが、大陸の向こうではそんな事がザラに有る。人種の違いで迫害され今日の糧にさえ不自由する生活を送る人も多い。仏教だけじゃない、宗教ってのはそうした人々が最後に縋る細い糸みたいなもんだ。だから人々は救いを求めて宗教を信じるんだが」
「お兄様、何か問題が有るの?」
ふにゃふにゃしているこいしに代わって、今度はフランが口を開いた。
シャラン、と羽を鳴らして首を傾げる。
「実は身近な問題なんだ。神様ってのは信じる心、信仰に依って支えられている。その信仰が途切れたら、神様はどうなると思う?」
「えっと……弱くなっちゃう?」
「正解だ、フラン。信仰を失った神様はやがて力を失い、最終的には──存在が保てなくなる」
「死んじゃうの?」
「いや、もっと悪い。存在を保てなくなった神様は、消えて無くなってしまうんだ。例に上げると神奈子と諏訪子、この二人が信仰を失ったら二度と会えなくなる」
「正確には信仰を失った神は妖怪になるんだが……信仰されない時点で忘れ去られている様なものだから妖怪として存在出来ずにすぐ消えてしまうだろう」
神奈子の言葉にフランとこいしは息を飲んだ。
身近な人と二度と会えなくなる恐怖は幼い二人に充分過ぎる程伝わったらしい。
フランは神奈子に、こいしは諏訪子にそれぞれしがみつく様に抱き付いた。
「か、神奈子さん消えないよね!? 消えないよね!?」
「だ、大丈夫、大丈夫だフラン。私はずっとここに居るから」
「ケロちゃん、居なくなっちゃダメだからね?」
「あ、あーうー。私は大丈夫だよ、ってかこんなに慕われてると思わなかったからちょっぴり照れ臭い……」
神奈子は慌てるフランを優しく宥め、諏訪子はこいしの真っ直ぐな好意に照れている様だ。
レミリアとさとりが若干羨ましそうに神奈子と諏訪子を見ているのは放って置こう。
気持ちは解らんでも無いが。
「まぁ俺は仏教徒じゃないから今の説明にも間違っている箇所は有るだろうがな。でだ、今日の議題は仏教への対応についてなんだが」
「絶対反対!」
「仏教は追い出せー!」
鼻息荒くフランとこいしが反対する。
何とも直情的な反応だが、それはそれで子供らしくて微笑ましい。
他の皆はどうかと首を回せばレミリアとさとりと妹紅は仏教に良い印象は持っていないらしく、紫は何やら思案顔。
萃香とルーミアは俺に任せると言いたげに微笑んでいる。
美鈴は……おい、鼻提灯膨らませて寝てるんじゃない。
妙に静かだと思ったら寝てたのか。
「そこの居眠りメイド長は放って置くとして話を進めるが」
「ちょ、美鈴!?」
「仏教を排除するのは難しいだろうな」
その言葉にフランとこいしはぷくっと不満そうに頬を膨らませる。
その後ろではレミリアが美鈴にチョップをくれていたが、まぁ見なかった事にする。
「仏教を信仰したからと言って迫害や弾圧を加える訳には行かない。そんな事をした所で仏教徒が八百万の神々を信仰する筈も無いし、逆に悪い噂が広まり現存の信仰が離れる事になるかもしれん」
「でもケイには何か考えが有るんでしょ」
「勿論だルーミア。ここで俺が提唱するのは──仏教と八百万の神々との両立だ」
「そんな事が出来るのかい?」
「昔私と神奈子が戦った時みたいには行かないんじゃないの?」
二柱から疑問の声が上がる。
やはり自身に直接関係するだけ有って、言い知れぬ不安を抱えている様だ。
だが、それは杞憂に終わるだろう。
曲がりなりにも日本の宗教の行き着く先を直に見ていた俺と賢者の卵の呼び声高い紫が居るんだ、少なくともこの一帯は仏教の支配を逃れられる。
「一先ず知って置いて欲しい事は、修験者でも無い限り仏教を正しく理解する事は出来ないと言う事だ」
「どういう事?」
「前の世界でも仏教は有ったし、俺の居た国では八割以上が仏教徒だった。だが心から仏教に帰依している人の割合は一割にも満たないだろう。当たり前の様に仏教が広まってはいたが、その分希釈されて生活に浸透していたからな。大方の人間は『なんとなく』仏教らしいものを知っていたに過ぎない」
やれ日蓮宗だ浄土宗だと細かい宗派が存在する仏教だが、日常生活に於いて重大な位置を占めているかと言えば間違い無く答えはノーだ。
俺も遠い親戚が亡くなった時の葬式で初めて仏教に触れたくらいだからな。
それに仏教の……六波羅蜜だったか?
アレも現代日本で慎ましく普通に生活していれば程度の差は有れど、自然にやっている事だ。
それ程仏教が生活に取り入れられているとも言えるが、逆に考えれば仏教を特別視する為のハードルが跳ね上がっているとも取れる。
「仏教の目指す所は先に述べた通りだが、それが必ずしも求められているとは限らない。例えば妹紅、畑を耕している人が望むのは輪廻からの解脱か、それとも秋の豊作か」
「もちろん、あきのほうさく!」
「そうだな。日々を生きる人に取っては死んだ後の事より生きている今の方が大事だろう。それを踏まえて紫、八百万の神々と仏教の両立──可能だと思うか?」
問い掛けた先、表情を消していた紫は不意にニヤリと口の端を吊り上げた。
俺の言いたい事を余す事無く理解してくれた様だ。
「つまりおにいさんは現世での信仰は神々に、死後の信仰を仏教に宛行おうと言いたいのね」
「正解だ、紫。簡単な事だ、生きている間に何かをしてくれるのは八百万の神々で、死後の世界で苦しみを和らげてくれるのが仏だと触れて回れば良い。事実加護や恩恵を与えてくれるのは神々で、死後導いてくれるのは仏だと仏教も認めているのだからな」
地獄の閻魔なんかが判りやすい例だ。
アレも元々は地蔵菩薩の化身でうんたらかんたらとか聞いた記憶が有る。
まぁ、地蔵が身代わりになったり子供を助けたりという話も有るが、それはこの際無視するとしよう。
仏教を広めたいと言うのなら寧ろ協力してやろうじゃないか。
そして細部をこちらの都合の良い様に変えて流布してしまえば、信仰は減らずに仏教も広まって万々歳だ。
紫と黒い笑みを浮かべていると、ルーミアが呆れ顔で溜息を吐いた。
「相変わらず悪知恵は働くのよね」
「失敬な。望まないものを望ましい形に変えるだけだぞ」
「ふふっ、褒めてるのよ。さぁ、難しい話はこれくらいにしてお昼ご飯にしましょ? すっかり遅くなっちゃったけどね」
お昼ご飯、と言う言葉に誰かの腹がくぅ〜と可愛らしい音を立てる。
皆慌てて自分じゃないとアピールする。
別に腹が鳴ったくらいで恥ずかしがらなくても良いんだが、と思うのは俺が男だからだろうか。
そんな事を考えつつ視線を隣に向ければ、力無い微笑みを浮かべるルーミアが居た。
「お腹が空いて力が出ないわ」
「犯人はお前か、はらぺ娘……まぁ、可愛いから良いか」
「やっと終わりましたー。ルーミア様、ご飯の支度もう済んで……あれ、何ですかこの空気」
どこかで見た登場の仕方で、修行を終えた奈苗が姿を見せた。
もう今日は色々とぐだぐだな一日になりそうだな。