コツコツ、カンカン。
そんな小気味良いリズムを刻んで石が削られていく。
望月神社の境内に急遽設置された簡易天幕の中で、俺はひたすら鑿を振るっていた。
振り下ろされた腕の先、何処からか諏訪子が調達してきた大理石がその身を削られ、少しずつ形を成していく。
何故俺はこんな事をしているのか?
それを説明するには少々時間を遡る必要が有った。
が、回想するのも面倒なので端折ろう。
早い話が仏教を俺達に都合の良い様に広める為、全て自分達で作ってしまおうと計画した所為だ。
寺院は面倒なので無し、読経も無し、取り敢えず道端に地蔵の一つでも置いとけば妙な僧侶も布教には来るまいと言う所まで話は進んだのだが、肝心の地蔵をどうするかで行き詰まった。
僧侶に貰いに行くのは布教に来ると言って厄介な事になりかねない為却下、そこら辺の地蔵を盗ってくるのも罰当たり過ぎるので却下。
となれば自分達で彫るのが一番リスクが少ない。
そこで暇な俺が一肌脱ぐ事になった。
まぁ、嫁達の柔らかな手に無理をさせる訳には行かないからな。
「むぅ……四八香」
「三八王」
「うぁ〜、うぅ〜……四、七金」
「同王」
「……三五桂」
「五六王」
「うぐ、五四香」
「五五歩」
「……うぁぁっ、また負けたぁ〜」
俺がカンカン彫る横で大の字に倒れ込むのは青いツインテールの河童娘。
何やら開発が行き詰まったらしく気分転換を兼ねて遊びに来たのだが、生憎と俺が作業中なので暇を持て余していた。
暇潰しにスニーキングミッションを始めたにとりは客間に置いて有った将棋盤と駒を見付けて早速やろうとしたらしいが、将棋仲間の紫は紅魔館の完成パーティーでここに居らず、奈苗や遊びに来ていた妖精二人──チルノと大ちゃんも将棋を知らない。
そこでダメ元で俺の所へ将棋盤を携えてやってきたと言う訳だ。
上目遣いにツインテールをぴこぴこ揺らしながら「け、契君〜……あ、あ〜そび〜ましょ〜……」なんて言われたら断れる筈も無いだろうに。
可愛過ぎる罰として一頻り頬をぷにぷに弄んで堪能した後、大理石を彫りながら将棋を指す事にした。
とは言え作業中なので地蔵を彫りつつ口頭で指す。
最初は舐められていると感じたのか「本気でやっちゃうよ〜」と好戦的に笑っていたにとりだったが、十五手辺りから笑みが消え三十三手辺りから余裕が無くなり六十二手目で投了した。
悔しさを滲ませて再戦を何度も申し込み、今ので五敗目を喫した所だ。
「ほらケイ、こっちも忘れちゃダメよ」
「解ってる。パラディンをFf」
「ジェネラルを……Ec」
「ファルコンナイトをDa」
「ちょ、ちょっと待って。……スナイパーを、Baに」
「ソードマスターをFaでチェック」
「……う〜う〜、ま、負けたわ……」
にとりの横でがっくりと肩を落とすのは吸血幼女レミリアだ。
普段はパタパタ動いている羽も心無しかしょんぼりしている様に見える。
にとりと将棋をやっているのを見て遊びたくなったのか、竹を切り出して作った少し歪な駒を持ってきてチェスをしようとせがんで来た。
断る理由も無かったのでホイホイ受け、あっさり返り討ちにしてやった。
何、大人気ない?
──ふっ、勝負の世界は非情なのさ。
単に地蔵を彫るのに神経を使っている所為で手加減が上手く出来ないだけだが。
さとりとの対話で出来る様になった思考分裂を利用した対局だと、問答無用で勝ちを狙いに行くらしい。
文字通りフルぼっこしてしまった二人に苦笑を向け、カンカンカンカン彫っていく。
「と言うかレミリア、ここに居ても良いのか? 今当に紅魔館で完成パーティーやってるだろ」
「あぁ、それならサボって来たわ。ケイに逢いたくて超特急で帰って来たの。大丈夫、フランはしっかり者だし美鈴も優秀な従者だもの。きっと私の代わりに大役を勤め上げてくれる筈よ」
「最悪だなこの姉。後でフランと美鈴には何か良い物を食わせてやるか……。そしてぽんこつ姉はパーティーをサボった挙げ句、自信たっぷりに挑んで来てボコボコにされた訳か」
「う〜、チェスには自信有ったのにぃ」
「私もまさか片手間の対局に負けるなんて思わなかったよ……」
「レミリアは六手前のシューターが悪手だったな、にとりは守りと攻めの切り替えが課題って所か」
細い鑢を使い角を取っていく。
フリルをあしらったミニスカートが可愛らしい……って、ミニスカート?
「ぬぉぉっ!?」
「わ、どうしたの契君?」
「あ……ありのまま今起こった事を話すぜ! 『俺は無心で地蔵を彫っていたんだが、気付けば幼女のフィギュアが出来上がっていた』……。な……何を言っているのか解らねぇと思うが、俺も何をされたのか解らなかった……。頭がどうにかなりそうだった……煩悩だとか秘めたる欲望だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
思わずポルポルしてしまったが、それくらい衝撃だった。
ぶかぶかの長袖ブラウスにベスト、フリルの付いたミニスカート。
ストレートのショートヘアは僅かに左の方が長く、やや釣りがちな瞳がきりりと引き締まった印象を与える。
どう見てもツンデレ系の美幼女だった。
「自分の才能が恐ろしい……」
「わぁ、契君器用だねぇ」
「こういう娘が好みなのかしら?」
「いや、そんなつもりは無かったんだが」
「でも契君、小さい女の子好きだよね。大人の女性って神奈子さんと幽香さんくらいしか居ないし」
「美鈴はケイに掛かれば小娘扱いだものねぇ……」
「色々と失敬だなお前等」
レミリアは後ろから抱き付いて枝垂れ掛かってくるが、にとりは恥ずかしいのかチラチラと俺を伺っている。
手を握りたいらしく、ぐーぱーぐーぱーと指を動かしているのが可愛らしい。
だが俺が手を握るくらいで満足する筈が無い。
素早くにとりの身体を抱き寄せ膝の上にちょこんと座らせ、後ろから思いっ切りむぎゅっと抱き締めてやる。
勢いに揺れるツインテールからはほんのり石鹸が香る。
「わひゃっ、け、契君っ?」
「にとりは可愛いな、うりうり」
左手で柔らかな身体を抱き寄せ、右手でぷにぷにの頬を弄り回す。
「うむ、やわっこくてすべすべだ」
「う、うぁぁ〜、やめてよぅ〜、は、恥ずかしいよぅ〜」
「可愛い奴め、このこの」
「あぅあぅあ〜」
「……ケイ、私の存在忘れて無い?」
顔を真っ赤にしてもじもじするにとりに萌えていると、背後から呆れを滲ませた声が掛かった。
勿論忘れてはいないが背後に居られると俺が弄れないんだよな。
とは言え放置するのも可哀想なのでひょいと首を伸ばし、瑞々しい唇を奪ってやる。
「んむっ」
「可愛い嫁さんを忘れる訳無いだろ」
「……ふふ、そうだったわね」
抱き付く力が少し強くなる。
どうやら機嫌は良くなった様だ。
しかし完成したは良いが、その地蔵が美幼女フィギュアとか前衛的過ぎる。
別の理由で仏教が広まりそうだな。
未だに『かな☆すわ』の特製団扇を桐箱に入れて保存してある家が何件も有るしな、萌え地蔵が受け入れられるかもしれん。
となれば余り遠方に配置はしたく無いんだが……ここの境内入口にでも置くか。
それなら特に問題も出ないだろう。
「ケイ〜〜!」
「そ、そんなに走ったら危ないよチルノちゃん!?」
「そうですよ、わひゃん!?」
楽しげな声に目を向ければチルノと大ちゃんが重箱を携えて駆け、その少し後ろで奈苗が重箱を落とさない様頭の上に掲げた状態でべちゃっと倒れていた。
すぐに復活して天幕の外に敷いた茣蓙の上に重箱を下ろし、巫女服に付いた砂をぱんぱんと払う。
大丈夫か、と目で問い掛ければ少し気恥ずかしそうに肩を竦める。
「ひゅうわこはひひゅひまひらよぉ」
重箱は死守しましたよ、と言いたいらしい。
転んだ弾みで舌を噛んだ様だ。
にとりとレミリアにどいてもらい、奈苗に能力を使おうと指を翳す。
が、奈苗は軽く首を振ると舌を出して瞼を閉じる。
甘えん坊な奴だなと苦笑を漏らし、愛娘のお望み通りこちらも舌を伸ばした。
「んっ、ちゅ、ちゅるちゅる……、ん、はむぅ、れろれろ」
舌同士が触れた途端背中に両手を回し身体を密着させ、情熱的に口内を貪ってくる奈苗。
その行動に多少驚いたが、すぐに『治癒の軟膏』を舌先に纏わせる。
ゆっくりと舌を絡め合い、奈苗の短い舌に軟膏を塗り込んでいく。
が、奈苗は塗り込んだ側から唾液ごと軟膏を飲み込んでいってしまう。
それ所か舌を伸ばし俺の唾液腺を刺激して、もっともっとと可愛らしくねだってくる始末だ。
たっぷり一分、俺とのキスを堪能した奈苗は頬を上気させながら微笑んだ。
「でへへ……おとーさん、大好きです」
「甘えん坊だな、奈苗は」
「やぁん、そこはおとーさんも好きって言う所ですよぉ」
いじけた様に眉尻を下げる。
そんな仕草も可愛くて押し倒したくもなるが、流石に今は自重が必要だ。
チラリと横目で伺えば大ちゃんやにとりは言うに及ばず、あの色恋沙汰には関心の無さそうなチルノまでもが顔を真っ赤にして俺達を見ていた。
「お、大人のちゅうです……」
「契君ってば、大胆過ぎだよぅ……」
「なんかあたいドキドキしてきた……」
「初々しいな、ちびっ娘達は」
「おとーさんおとーさん、また悪い顔になってますよ?」
「このニヤリ笑いがケイの持ち味よね」
とは言え遊んでいてはせっかくのご飯が冷めてしまうので皆を茣蓙に座らせ昼食を取る事に……おいチルノ、何で胡座の中に入って来る。
「ケイ温かいわね。よし、今日からここはあたいの定位置よ!」
「ほぅ……?」
チルノの発言に珍しくカリスマ全開なオーラを纏って威嚇を始めるレミリア。
だが悲しいかな、右手に握られた焼き鳥串の所為で格好良さは微塵も無い。
「退きなさい、そこはケイの寵愛を受ける私の特等席よ」
「残念だったわね、早い者勝ちよ!」
「残念なのは貴女の方よ、そこはケイのお嫁さんでも無い娘が座れる様な場所じゃ無いの」
「喧嘩するな二人共、飯が冷めるだろ」
「はぁーい」
「くっ、ケイに免じて一先ず休戦よ」
さらりと注意した事で二人は矛を収めてくれた。
何だかんだ言っても空腹には勝てないらしく、視線は早くも重箱へと向かっている。
今日の昼食は少し豪華だ。
紅魔館の完成祝いにかこつけて鬼達が酒盛りを始めた為、それの肴を何故かこちらで用意する事に。
大量に作った序でに俺達の分も用意したのが、この重箱に入っている。
俺も昼食作りと酒盛りに参加したかったんだが、村から神様が全員居なくなると言うのも体裁が悪いらしく少なくとも一人、正確には一柱はここに残る必要が有った。
なので不本意だが俺が残る事になり、下拵えだけ済ませて後はルーミアに任せた。
昼食係にルーミアと妹紅、こちらの代表として神奈子と諏訪子、宴会の仕切りと監視役に紫と萃香、来賓枠で古明地姉妹が向かった訳だ。
──いや、どう考えてもレミリアがここに居たら拙いだろ。
視線の先、紅魔館現当主のちびっ娘はパタパタと楽しそうに羽を揺らして玉子焼きを味わっている。
まだ五歳の妹に当主代理を押し付けて帰って来たとか何たる鬼畜。
美鈴もストレスで肌が荒れなければ良いんだが……。
ともあれ考えるのは後にしよう。
お絞りで手を拭い、奈苗特製おむすびを手に取る。
わかめ、小ネギ、じゃこ、青菜を小さく刻んで混ぜ込んだおむすびは塩気控えめながらも口の中に広がる磯の香りが絶妙に美味い。
「塩加減が良いな、これなら幾つ食べても舌がいがらっぽくなる事は無い。後で奈苗にはみかんのクッキーを焼いてやろう」
「でへへ、おとーさんに褒められちゃいました」
小さく拳を握って喜ぶ奈苗。
日に日に料理の腕前が上達していくな、守矢神社の厨房を預かっているだけ有る。
と、チルノが俺の袖をくいくい引いているのに気付いた。
「ん、どうした?」
「玉子焼き!」
満面の笑みで答えるチルノ。
俺は苦笑を一つ返してすぐ前の玉子焼きを箸で掴み、チルノの口元へと運んだ。
「ほれ、あーん」
「あー……んむっ、んぐんぐ♪」
両手を頬に当て幸せそうに咀嚼する。
チルノといい、こいしといい、ちびっ娘に甘い玉子焼きは大好評だな。
諏訪子もまぁ、身体が小さいから括りはちびっ娘で良いだろう。
小皿を手に取り鹿尾菜と蒟蒻と大豆の煮物へ箸を伸ばした所で、漸く再起動して声を上げる娘が二人。
「チルノちゃんっ!? 何て羨ましい事を!」
「ちょ、ケイ!? 何してるのよ!」
ん、二人の台詞逆じゃ無いのか?
大ちゃんの口から出た言葉に思わず顔を向けると、視線に気付いて顔を赤くし俯いてしまった。
存外むっつりさんだな、大ちゃん。
レミリアはレミリアで羨ましそうな視線をチルノに向けながら焼き鳥串をがじがじと噛んでいる。
一体この数秒で何本食ったんだ、串が束で皿の上に転がってるぞ。
「良いなぁ、契君のあーん……」
「ならにとり様もおとーさんの側へ」
「え、わ、私は遠慮するよっ」
「まぁまぁ、そう照れずに♪」
「と言うかケイ、嫁で有る私に対して愛情とイチャイチャが足りないわよ」
「フランと美鈴に押し付けてサボった報いだ、ちょっとは反省しろよ?」
「唐揚げ!」
「ん、あーん」
「あーん……ぱくっ♪」
「チルノちゃん、良いなぁ……」
「お父様、玉子やお肉だけでは栄養が偏ります。こちらの枝豆を」
「お、気が利くな。ほれチルノ、あーん」
「あーん、んむんむ」
「レミリア様、お茶が入りましたよ。熱いので気を付けて下さいね」
「ありがとう奈苗。……あちゃっ」
「お約束だなレミリア。しかし猫舌吸血鬼とか字面的にどうなんだ」
「今更だと思いますよ、お父様」
「それもそうか。……皆、注目」
パンパン、と二度掌を打ち鳴らし会話を切り視線を集める。
皆何事かとぽかんとした表情を浮かべているが、それは流石に注意力散漫じゃないのか?
「面倒だから単刀直入に言おう。……この娘を連れて来た、若しくは見覚えの有る奴は居ないか?」
そう言って俺は右隣に座る緑髪の小さな女の子を指差した。
その動きに漸く乱入者の存在に気付き、皆が反応を示す。
が、彼女を知る者はいなかった。
いつから紛れ込んだのかは不明だが、身なりを見る限り浮浪児では無いらしい。
ぶかぶかの長袖ブラウスにベスト、フリルの付いたミニスカート……ん、この格好どこかで見なかったか?
左の方が少し長い特徴的なショートヘアも吊り上がった凛々しい瞳も、微妙に見覚えが有る気がする。
一体どこでと頭を悩ませていると、にとりが小さくあっと声を上げた。
「契君、この娘、さっき彫ってた地蔵じゃないかな?」
「……地蔵?」
言われ、まじまじと美幼女を見つめる。
長い睫がしっとり艶やかで綺麗だ。
柔らかそうな頬は見るからにもちもち肌で思わず触りたくなる。
「んっ」
おっと、無意識の内につついていた。
しかしこの柔らかさは実に素晴らしい、妹紅やフランに勝るとも劣らないぷにぷに加減だな。
と、現実逃避はこの辺にして置こう。
まぁ、色々と疑問は有るが差し当たって一番の謎は『彼女が地蔵だとして、何故動き出すに至ったか』だ。
九十九神に成るには時間が無さ過ぎる。
と言うかさっき俺が削り出したばかりの地蔵に魂が宿るとは考えにくい。
が、見た目は間違い無く俺が彫っていた美幼女フィギュア……もとい地蔵だ。
「君は俺が彫っていた地蔵なのか?」
「ええ、そうですよ。私はお父様に生み出して頂いた地蔵菩薩です」
「あっさり肯定されると反応に困るが。……いや、今はそれよりも大切な事が有る」
幾分声を落とし真面目なトーンで話す俺に、彼女だけでなくにとりやレミリアも背筋を伸ばす。
皆の視線が集まったのを感じ、俺は厳かに口を開いた。
「取り敢えず食おう、飯が冷める」
ゴッ、と鈍い音を立ててレミリアが頭から背後に倒れた。
ナイスな反応だな、次の宴会でレミリアとコントでもやってみるか。
にとりは「えぇー……」と毒気を抜かれた様にタマネギ形の汗を浮かべ、大ちゃんと彼女はぽかんと口を開けている。
いつも通りなのはチルノと奈苗だけか。
チルノは解っていないだけだろうが、奈苗は間違い無く俺の思考を読んでいたな。
「よく解んないけどいいや。ケイ、次は大根の煮物!」
「ん、あーん」
「あーん、んぐんぐ。美味しー♪」
「おおっ、流石はおとーさんです。私のが霞んじゃうくらい美味しいです」
「奈苗の作った挽き肉と獅子唐の炭火焼きもなかなか美味いぞ。流石は俺の嫁」
「やぁん、照れちゃいますよぉ♪」
マイペースに食事を進める俺達を見て真面目にやっているのが馬鹿らしくなったのか、その後は皆思い思いに箸を伸ばした。
うむ、やはり食事の時は考えるのを止めて自然体で味わうのが一番良いな。
彼女の事は後で考えよう。
神奈子と諏訪子もアレで一応神様だし、神様としては俺より先輩だからな。
そんな適当っぷりを存分に発揮しながら、俺は少し遅めの昼食を楽しんだ。