「……と言う訳で、何か良く解らんが地蔵が女の子になった」
「最終的にその部分くらいしか情報入ってこないんだけど」
困った様に笑う諏訪子とは対照的に神奈子は難しい顔をして腕を組みながら、俺の隣に座る緑髪の幼女を眺めている。
紅魔館での宴会も終わり帰って来た嫁達と入れ違いに、頭にたんこぶを携えてレミリアは美鈴に回収されて行った。
一日頑張ったご褒美にフランと美鈴に特製甘味詰め合わせをやったら喜んでいたな。
因みにちゃんと三人分入れて置いたから、今頃はのんびりとティータイムと洒落込んでいるだろう。
「まぁ、この娘の扱いは良いとして、だ。俺が気になるのは何故こうなったかだな、理由が解らない事には対処出来ん」
「話を聞いた限りじゃぁ、私もさっぱりだねぇ。神奈子、何か解った?」
「あぁ、解ったぞ」
「だよねぇ、そう簡単には……って解ったんかいっ」
ずびしっ、と突っ込みを入れる諏訪子。
最近この二柱がどんどん俗っぽくなって来ているんだが、そんな神様で大丈夫か?
主に信仰の質が。
ともあれ事態が進むのならそれを止める理由は無い。
視線を向け促すと神奈子は一つ頷き、天高く右手を振り上げた。
そのまま勢い良く振り下ろし指先を俺に突き付け、やたらと気合いの入った声で告げる。
「犯人はお前だ、望月契!」
「神奈子様、お茶が入りましたよ」
「お、有り難う奈苗」
「ちょ、真面目な空気どこ行った!?」
シリアスな雰囲気を霧散させながら湯呑みを受け取る神奈子。
それに堪らず身を乗り出して突っ込む諏訪子。
もうお前等で漫才やれよ。
と言うか奈苗も絶妙なタイミングで入って来たな、もしかして狙ってたのか?
目を向けた先、良い笑顔でサムズアップする奈苗が居る。
……これはネタを会得した事を褒めるべきか、はたまた悪ノリが過ぎると叱るべきか悩む。
「神奈子さん、話を続けて下さい。お三人共、悪ふざけが過ぎるとお父様に飽きられ呆れられ見捨てられますよ」
「あ、あぁ、すまん」
「でへへ、ごめんなさい」
「フヒヒ、サーセン」
「よし、諏訪子だけ境内をマイムマイムステップで五十周」
「フヒィッ!?」
「と言うかそのキャラは止めろ!」
「ちぇー。マイムマイムだけだと飽きるから残り二十はカズダンスで良い?」
「別に良いが、カズダンスで境内を走り回る神様って何なんだろうな」
「夫の家庭内調教に口答え一つしない健気な可愛い妻だよ」
ぱちりと可愛らしくウインクを残してぱたぱたと廊下を駆けていく諏訪子。
境内には確かにとりと妹紅と紫が弾幕の練習をしていた様な気もするが……まぁ諏訪子の事だ、三人を巻き込んで遊びながら時間を潰して来るだろう。
それとなく諏訪子を退席させたのに深い意味は無い。
なんとなくだが、如何にも真面目そうなこの娘と基本ぐだぐだまったりな諏訪子は相性が悪い様に感じた。
「諏訪子さんは随分と自由人の様ですね。後でお話してみたいです」
「お手柔らかにな」
「お父様がそう仰るなら、その様に」
早くも諏訪子をロックオンした彼女は視線を廊下から外し、小皿のお茶菓子を手に取った。
今日のお茶菓子は甘藷のタルトだ。
温かい緑茶の渋さと甘藷のくど過ぎ無い甘味が良く合う。
一口食べてみた彼女も目を細め、幸せそうに熱い吐息を漏らした。
「これがお父様の手作りの味ですか。知識で得ていた以上に素晴らしい味です」
「お褒めに預かり恐悦至極、ってな。しかし得ていた知識か、また一つ奇っ怪なワードが出て来たな。神奈子、そろそろ勿体ぶらずに教えてくれ」
「余り引き伸ばしても契に悪いしネタバラシと行こう。この娘は契が生み出した新しい神だよ」
ずずず、と美味しそうに緑茶を啜りながら事も無げに言い放つ。
お代わりを貰おうと隣を見やるが、奈苗はタルトの美味しさにトリップしている為自分で淹れる他無い。
が、それも絵面的にアレなので苦笑しつつ俺が代わりに湯呑みへ注いでやる。
「ん、有り難う。まぁ神を神たらしめているのは現状人間な訳だから、契が新たに神を生み出しても問題は無い。ましてや自分で彫った地蔵だし、或る意味でお膳立ては完璧だったって事だね。……少し気になる事は有るけど」
「つまりは意図せず魂を吹き込んだって訳か。人形職人が作った市松に魂が宿るのと原理は一緒か? それと、気になる事とは?」
「まぁ、考え方はだいたい合ってると思うよ。気になるのは契の持つ神力とか霊力が、だね。普通なら相当の力を持っていないと他者の存在そのものへと干渉する事は出来ないんだ。この場合は契の力が具現化して地蔵菩薩を生み出したって事だから、契の神力や霊力その他諸々が急激に消耗していても不思議じゃない。今は大丈夫そうだけど後々身体に不調が現れるかもしれないから、少し確かめて置きたい」
「ふむ、積年の想い等の下地が無いまま生み出した訳だからな。確かに多少損耗していても不思議は無いか」
「しかし契、いつまでもその娘呼ばわりじゃ可哀想だ。何か良い名前を付けてやったらどうだ?」
その言葉に彼女はぴくりと耳を動かす。
無表情を装っているが、少しそわそわしているのが伝わってくる。
どうやら期待しているらしい。
ぶんぶんと左右に揺れる尻尾を幻視しつつ、俺は普段使わない方面に脳を動かした。
「……そうだな、映姫と言うのはどうだ」
「映姫──不思議な響きを持った名前ですね。何か由来は有るのですか?」
「俺の力を元にした知識は沢山有るかもしれんが、実際に体験する事で新しく発見する事も有るだろう。さっき食べたタルト味みたいにな。そんな新しい発見をその綺麗な瞳に映し出して欲しい、って所だな。姫と付けたのはお姫様の様に清楚で愛らしいからだ」
ぽん、と音が聞こえた気がした。
姫の下りを聞いた辺りで映姫の頬が熱を帯び始め、耳の先まで真っ赤になっている。
「そうですか、お父様に名前を付けて頂けるとは光栄です」
「大丈夫か、顔が真っ赤だが」
「そんな訳無いです、顔が真っ赤に見えるのは太陽光の所為です」
ぷいっと顔を背ける映姫。
褒められたのが照れ臭いのか、俺と目を合わせようとしない。
どうやら恥ずかしがり屋なのを悟られるのが嫌な様だ。
そんな可愛らしい仕草に思わず笑みを零すと映姫はそれが不服だったらしく、小さな掌で俺の太腿をぺちぺちと叩いて抗議してくる。
親を叩くとは失礼な奴め、と俺のゴーストもとい鬼畜眼鏡が囁くので、映姫にちょっとした仕返しをする事に決めた。
両手で優しく映姫の頬を持ち上げ、コツンと額を合わせる。
突然の行動に慌てふためく映姫に、最高級の笑顔を向けてやった。
「お、お父様、何をっ」
「ふむ、熱は無い様だな。なら本当に太陽光の所為らしい」
「だ、だからそう言ったじゃないですか。そ、それより、か、顔が近いです」
「……映姫の眼、綺麗だな」
「ひにゃっ!?」
奇声を上げて固まってしまう映姫の耳に、そっと言葉を掛けてやる。
「ずっと抱き締めていたいくらい可愛いぞ、映姫」
「な、あ、う……きゅ〜」
「おっと」
恥ずかしさが限界突破したのか、映姫はくにゃりと倒れ込んできた。
この耐性の無さ、本当に俺の力から生み出されたのか?
まぁ、可愛いから問題は無いが。
ふと視線を戻せば一連の遣り取りを見ていた神奈子は呆れた様に溜息を吐き、奈苗は楽しそうに笑っていた。
「契、自分の娘まで口説くのは流石に節操無さ過ぎないか?」
「可愛いんだから仕方が無い」
「いや、そんなキッパリ言われても」
「将来的にはおとーさんの家族だけで京が一つ出来上がりそうですね」
「なら奈苗には沢山子供を産んで貰わないとな」
「でへへ、ならおとーさん。私をいっぱい孕ませて下さいね?」
愛らしいおねだりをする奈苗の頭をぐりぐりと撫でてやり、空いた左手で気絶中の映姫を膝に乗せる。
小柄な身体は随分と軽い。
しっかり栄養を取らせてやらないとな。
「と言うか神奈子、俺の力を測るんじゃなかったか?」
「あ、そうだった。契のタルトが美味しいからすっかり忘れていたよ」
「おだてても何も出ないぞ?」
とは言いながらも俺の小皿に乗ったタルトを一つ摘み、神奈子の口元へ運んでやる。
「ほれ、あーん」
「あ、あーん……」
頬を朱に染めながら小さく口を開ける。
いつまで経っても慣れないらしいが、そんな所も神奈子の可愛いポイントだな。
緑茶を啜り、ふと考える。
こうして嫁と愛娘二人に囲まれて過ごす時間と言うのは、きっと掛け替えの無い素晴らしいものなのだろう。
──敢えて贅沢を言わせて貰うなら。
ちらりと視線を境内の方へ向ける。
「あぁっ、私のタルトが!?」
「けろちゃん、かえしてよぉ〜!」
「オーッホッホッホッホ! 契のタルトを返して欲しくばこのわたくしを捕まえて御覧なさいな!」
「にとり、左から回り込んで!」
「ふっ、甘い、甘いぞぉぉっ! 契が耳元で囁く『愛してる』より甘、ぐふっ」
「ナイスもこちゃん、そのまま諏訪子を抑えといて!」
「けろちゃん、しんみょうにおなわをちょうだい、だよ!」
あの何とも賑やかな声がまったりした空気をぶち壊してくるのはどうにかならないものか。
とは言え諏訪子を退席させたのは俺なので自業自得と言えない事も無い。
それに何だかんだで皆楽しげな様子だからな、まぁ今回は口を出すのも野暮と言うものだろう。
「くっ、ここで捕まると有っちゃぁ、天下の盗人けろ衛門の名が廃るぜぃ! 秘技、契の未洗濯シャツ隠れの術!」
「わわっ、何このシャツ!?」
「ハッ、にとり近付いちゃダメ! おにいさんの匂いに囚われてしま……あぁっ、もこちゃんがやられた!」
「にぃにのにおい、いっぱいだぁ……♪」
「ふはははは、こんな事も有ろうかと契の肌着を新品とちょいちょいすり替えて置いたのさ!」
「待てやコラァァァァァァ!」
「ごめんなさいでした」
「うむ」
頭にたんこぶを拵えて綺麗な土下座を披露する諏訪子に頷きを返す。
俺のシャツはスタッフが美味しく頂こうとしていたので全力を以て阻止・回収して置いた。
諏訪子の処理は映姫に任せるとして、この後は何をして時間を潰したものか。
「いやいや、契の力を調べるって言ったばかりじゃないか」
「おっとそうだった。少しボケてきたかもしれんな」
「ケイがボケたと聞いて」
「どこから湧いたルーミア」
「やぁねぇ、愛する夫の為ならすぐに駆け付けるわよ」
「でもルーミア様、おとーさんが居なくなったって聞いただけでへなへなと崩れ落ちちゃったんですよ。だからおとーさん、余り心配掛けちゃダメですよ?」
「ちょっ、奈苗っ!?」
慌てて奈苗の口を塞ぐが、奈苗は気にせずルーミアに抱き付いて甘えている。
端から見ると姉妹みたいだな、二人共。
「じゃあ境内で良いか?」
「うん、特に問題も無いだろうから結界も要らないんじゃないか」
「そこはかとなくフラグ臭がするね」
「諏訪子さん、聞いているんですか? そもそも貴女は一つの事に対する真剣さが足りません。確かに視野を広く持ち多角的な面から物事を見る事も大切ですが、時には一つの所に全力を向けるのも必要な事です。今までは自分で色々な事をこなす必要も有ったのでしょう、ですが最適と言うものは常に流動していきます。神奈子さんやお父様も居るのですから自分一人で何でもやろうとせず、時には助けて貰う事も大切ですよ。勿論自分でやろうという姿勢は立派なものですが……」
背後から届くマシンガン説教をBGMにぞろぞろと境内へ向かう。
アレだな、映姫の説教は次々に話が飛ぶから聞いてる側は最終的に何で怒られてるのかさっぱり解らなくなる。
しかも一方的に悪いと決め付けるのでは無く、ベストな選択肢が有った事を考えさせる様な諭し方だから反論もし難い。
ありゃぁ、閻魔の説教に比肩する厄介さかもしれん。
そんな事をつらつら考えながら階段を下りた所で、不意に影が差した。
頭上に迫るのは青く透き通った羽と、空の色を映したワンピース。
「ケイ、捕まえたー!」
「ウワー、ツカマッテシマッター」
棒読みで答えたのは気にしないらしく、そのまま両足を肩に乗せ肩車の様に抱き付いてきた。
むぎゅむぎゅと顔に回される腕がふにふにとして気持ち良い。
「タルト美味しかったわ! ケイってお菓子作りの天才なのね?」
「おや、天才はチルノの特許じゃなかったのか」
「ケイにも分けてあげる! 夫婦揃って天才で最強よ!」
「そうか、それは凄いな」
「でしょー、えへへ。あ、ケイ何するの? さっきはケロちゃんが暴れてたけど」
「ん、これから俺の封印されし力を現世に解き放ち三千世界の果てまでをも狂気に染め上げようかと思ってな」
「おぉ、よく判んないけどカッコイイ!」
「こらチルノ、興奮するのは良いが眼鏡をぺたぺた触るんじゃない。指紋が付いちゃうだろ」
テンションの上がったチルノはぺちぺちと頭を叩いてくる。
きっと瞳には幾つもの星が瞬いているに違い無い。
と、普段ならこの辺りで飛んでくる相方の大ちゃんの姿が見えない事に気付いた。
「大ちゃんはどうした?」
「上だよ!」
「上……ほほぅ、白か」
首を上げた先、チルノとお揃いのワンピースの裾と、可愛らしい白い下着が視界に飛び込んできた。
その上には頬をぽっこり膨らませた大ちゃんが口元に両手を当てている。
「大ちゃんはどうしたんだ?」
「ケイのタルトが美味し過ぎて食べるの勿体無いから、飲み込めないんだって」
「何だその可愛い理由は、けしからんな。大ちゃんには罰として甘藷のタルトをお土産に持たせてやるか」
「おぉっ、大ちゃん良いなー! 流石はあたい専属の分子ね!」
「惜しい、それを言うなら軍師だ。それにチルノ、お前の分も用意して置くから楽しみにしていろ」
「やったー! ケイは話が解るわね!」
ご機嫌に鼻歌を歌うチルノと漸くもごもごと口の中のタルトを食べ進める大ちゃん、それに境内の横でのんびりお茶会の続きをしていた紫、にとり、妹紅も合流した所で本題の計測を始める。
「で、神奈子。具体的に俺は何をしたら良いんだ?」
「そうだなぁ……私の御柱を撃ち抜いた時みたいに力を入れてみたら良いと思う」
「え」
「ん、どうかしたかい妹紅」
「にぃにって、かなこさんのおんばしら、うちぬいたの?」
「あぁ、そうなんだよ。特に霊力や妖力も纏わずに拳一つでぱかーんってなぁ……」
妹紅は明かされた真実に目を丸くし、神奈子は何やら遠い目で力無く微笑んだ。
まぁ、アレは若気の至りだな。
それにあの後にもエンチャント重ね掛けやらライフ倍プッシュやら仕込んだから、少なく見積もっても当時の三倍は力が増している筈だ。
どうなるかな、と多少お気楽に考えながら俺は深く息を吐き出した。
意識を練り上げ呼吸が止まる瞬間を狙って気を全身から迸らせる。
「……渇!」
裂帛の気合いと共に呼気を吐き出す。
が、何も起きない。
しんと静まり返った空気が何となく居心地の悪さを演出している。
「失敗したか?」
「……みたいだ。契、イメージが悪かったんじゃないか?」
イメージか、確かに漠然としたものしか無かったからな。
次は体内からエネルギーの波を外側へ均等に押し出す様な感覚で行ってみるか。
再度呼吸を整え、両手を降ろしたまま軽く握る。
息を吐き出し終えたその一瞬を狙い、全身に力を漲らせた。
「渇!」
「うわぁっ!」
「きゃぁ!?」
力を入れたと同時、周囲に強い風が吹き荒れた。
皆突然の事に体勢は崩したものの、誰一人転んだり怪我をしたりはしなかった様だ。
「大丈夫か、皆?」
「ええ、私もチルノちゃんも何とか」
「何今の! 何かケイからぶわーってきたけど!」
「もこうもななえちゃんも、だいじょぶだよー」
「支えてくれてありがとうございます、妹紅ちゃん」
「契君凄いね、あんなの初めてだよ」
皆口々に感想を漏らしているが、神奈子と紫、そしてルーミアは顔を苦々しげに歪めていた。
それに若干不安を覚える。
「どうした、三人共」
「いやぁ……まさか、だよねぇ」
「ケイならいつかやるんじゃないかと思ってたわ」
「おい、一体何が起きたんだよ」
「契、落ち着いて聞いて欲しいんだが」
要領を得ない答えに首を傾げながら神奈子へ視線を向けると、神奈子は珍しく重々しい前置きをしてから口を開いた。
「契の存在が半神半人から、完全な神へと変異した」
「……はぁ?」