「と、言う訳で今ここに紅魔館の未来を、生活を支える勇士が集まった……!」
「おぉー、なんかカッコイイ!」
「わー、ぱちぱち♪ お兄さんたいちょー、カッコイイよ~」
仰々しく宣言した俺にチルノが目を輝かせこいしが拍手を送る。
テンションの高さに付いて来れずぽかんとした顔をしているのは大ちゃんとさとり。
そんな俺達を見守るのは紅魔館の面々だ。
因みにフランは昼寝から起きたばかりな為、若干ぽやぽやしている。
皆が集まったのは紅魔館のロビー。
どこぞのホテルかと見紛う程に豪華で煌びやかだが、嫌らしさの無い気品溢れる内装となっている。
足元はふかふかの絨毯が敷かれており、天井にはやけに艶やかな微笑みを浮かべている半裸の男性を象った彫像が中心に置かれた見事なシャンデリアが吊られている。
モデルが誰なのかはこの際無視する。
乱れた和服の裾に『世界で一番カッコイイ私のご主人様、望月契の彫像。貴方の萃香より、愛を込めて♪』とか言う一文も全く視界には入らない。
恐らく発注しただろうレミリアはシャンデリアを見上げ、うむうむと満足げに頷いている。
何で発注したか小一時間程問い詰めたい。
「まぁ、前置きはこの辺にして本日の目的と今後の予定を話そうか」
「では私から本日の予定を」
俺の隣に美鈴が並び立つ。
ちびっ娘達の前だからか少しお姉さんっぽく振る舞っている所もまた可愛い。
だが普段とは違う雰囲気がちびっ娘達には好評らしく、さとりまでもが目を輝かせている。
「今日は皆さんにメイドがどんな仕事をしているのかを知って貰う為に、私の仕事を見学して貰おうと思います」
「美鈴さんのお仕事ですか?」
「ええ、皆さんはメイドの準備と聞いても余り想像が付かないんじゃないかなぁと思うんですよ」
「確かに解んないや」
「メイドという職業を知ったのも最近ですからね」
「あたい知ってる!」
さとりとこいしが首を捻る横で、チルノが元気良く右手を上げた。
意外な解答者に美鈴も驚きの声を上げる。
「おぉっ、じゃあチルノちゃん、どんな仕事をするか皆に教えてあげて下さい」
「わかったわ! メイドはご主人様が過ごしやすいように、洗濯や掃除、料理なんかをこなすのよ!」
「おぉ~、正解です」
「そして、ゆ、ゆ……そう、優秀なメイドにはご主人様がご褒美としてえっちな事をしてくれるのよ!」
「ぶふっ」
「おい待て、後半を吹き込んだのはどこのバカだ」
予想外の答えに美鈴が思わず吹き出す。
と言うか何だそのエロゲーみたいなメイド観は、本職のメイドから苦情が来るぞ。
すかさず突っ込んだがその甲斐無く、他の三人は顔を真っ赤にしてチルノの説明を信じ込んでしまった。
更に状況を悪化させたのは、まさかの現当主だ。
「日本は基本的に夫が家長になるんでしょう? 当主は私だけど、ご主人様はケイになるわね。つまり優秀な誰かにはケイのえっちなご褒美が与えられる、と」
「け、契さんから……」
「えっちな、ご、ご褒美ですか」
「……お兄さん、ケダモノだぁ……♪」
待てこいし、何で若干嬉しそうなんだ。
と言うかそれ以前に皆満更でも無さそうなのは如何したものか。
──ふっ、年端も行かぬ幼女達を惑わせてしまうとはな、全く罪な事だ。
取り敢えず自己陶酔してみた。
そんな俺の脇腹をレミリアが苦笑しながらつついてくる。
「ケイ、またしょうもない事考えてるでしょう?」
「失敬なお嬢様だな。……だが美鈴、仮に皆を雇ったとして主従関係を教え込むのか?」
「いえ、皆さんにはあくまでお手伝いとして働いて貰おうと思います。まだまだ幼いですから余り染めては良くないでしょうし、何よりお嬢様や妹様のご友人として居て欲しいので。特にこいしさんは妹様と大の仲良しですしね」
優しい眼で、美鈴は軽く振り返る。
くぁぁ、と大きな欠伸をする八重歯の特徴的な幼女が、そこに居る。
今回の事で最も懸念していた事項を、美鈴は正しく理解していてくれた様だ。
雇うとなれば当然上下関係が発生する。
一般の企業なら当然の事だが、この場合大元の雇い主が幼女なら雇われる側も幼女と言う不可解極まり無い状況だ。
その上皆が友人同士となれば、上下関係で縛り付けるのは悪手だろう。
重ねて言うが、美鈴以外は幼女なのだ。
彼女達の人格形成や心身の健康や成長を鑑みた場合、家の手伝いの延長として捉えて貰った方が良い。
「給料……もそのまま給金とせず、俺がデザートを振る舞ったり要望を聞いたりと言う形にしようと思うんだが問題無いか?」
「ええ、大丈夫ですよ。その分割り当てる仕事も簡単なものにするつもりですから」
「なら給料は日当で良いな。次に拘束時間なんだが」
「三十分を一つの区切りとして、一日で二時間程度でどうでしょう」
「そんな程度で大丈夫なのか? 三週間を試用期間として考えて、仕事が捗るとは思えないんだが」
「期待してますよ、たいちょー殿♪」
少しおどけてウインクをする美鈴。
それが意味するのは一つ。
チルノ達に混ざって俺も働けと言う事だ。
遂に執事にクラスチェンジか、等と暢気な事を考えている場合では無い。
改めて紅魔館の内部を、特に左右に伸びる廊下を見やる。
デカい。
広い。
長い。
床掃除だけで半日終わりそうな気がしてきた。
そんなだだっ広い空間に箒やモップ片手に放り出され延々床を掃き続けるとか、一体何の訓練だ。
「料理は得意なのに掃除は苦手って珍しいわよね、普通家事として一緒くたに付いて来るものじゃないかしら?」
「不自由しない程度に片付いていれば良いんだよ、実際それで今まで生きて来た訳だしな」
「ケイって意外とものぐさなのね、やっぱりあたいみたいにしっかりしたお嫁さんが居ないとダメだわ!」
「だな。それじゃ俺の代わりに掃除は任せたぞ、小さなお嫁さん」
「任されたわ! 大丈夫、ケイにはあたいが付いてるから!」
腰に手を当て、むふーと得意気に息を吐くチルノ。
非常に扱い易くて良いな。
が、レミリアはそんな俺達を見て、額に手を当ててやれやれと溜息を吐く。
「こうやってケイの毒牙に掛かる娘が増えていくのね……」
「むぅ、起きたらお兄様がチルノちゃんを誑し込んでる~」
「こら吸血姉妹、失敬な事を言うんじゃない。それとフラン、おはよう」
「あ、おはようお兄様! えへへ、お兄様今日もカッコイイ♪」
ぴょんと軽く跳ねて宙に浮かび上がったフランが、俺の首に細い腕を回して抱き付いてくる。
楽しげにシャランシャラン、と水晶の羽が揺れ涼しげな音を響かせる。
と、更に寄り掛かってくる影が有る。
フランの背後から飛び付いて来たのは、無意識の中に入り込む悪戯っ娘こいし。
勿論それを知覚出来るのは俺だけなのだが、不意の行動だった為に二人を受け止められずそのまま倒れ込んでしまった。
幸い床には絨毯が敷かれているので背中を打ち付ける事は無い。
まぁ、例え岩が転がっていても二人に心配させない様に平気な顔はするが。
「もぅお兄様、レディを受け止められないなんてダメダメだよ?」
「その文句はフランの背中にいる悪戯っ娘に言ってくれ」
「ほぇ? わわ、こいしちゃん!?」
「フランちゃん、やほやほ~」
俺の腹に乗ったフランも一緒に抱き締め、ご満悦な顔を見せるこいし。
一方のフランは突然背中から抱き締めてきた友人の姿に目を丸くしている。
それに一拍遅れて、他の皆がこいしに気付いた。
「あぁもう、ダメでしょこいし! お兄さんごめんなさい、妹がご迷惑を」
「気にするな、せっかくだしさとりも抱き付いてみるか?」
「え、えぇぇっ!? いっ、いえっ、私はそんな、ダメですよ!? ……で、でも、ちょっとだけなら」
「ほら大ちゃん、あたい達もケイの事むぎゅーってしてあげよ!」
「わっ、チルノちゃん!? えっと……し、失礼します」
存外あっさり陥落したさとりが控えめに右腕へと抱き付いてくる。
それを見たチルノが大ちゃんと一緒に肩口の辺りに腰を下ろし、チルノは左腕に抱き付いた。
大ちゃんは少し気恥ずかしそうにしながら俺の頭を持ち上げ、大胆にも膝枕をしてきた。
後頭部に柔らかい感触と優しい温かみが伝わってくる。
「ケイ、鼻の下が伸びてるわよ」
「錯覚だ。……だがこうして居ても仕方無いか、大ちゃんの膝枕は名残惜しいが屋敷を回るとしよう。皆、一旦退いてくれ」
俺の言葉で皆素早く離れてくれる。
が、立ち上がった途端わらわらと集まり出して再び幼女に取り囲まれる。
小学校低学年の教師になった気分だ。
チルノを背負いこいしを抱っこ、両手はそれぞれさとりと大ちゃんが握り、フランは肩車だ。
「お兄様、しゅっぱつ~♪」
「わー、落ちるー♪ お兄さん、ちゃんと支えてよー」
「ケイ、屈んだらあたい落ちちゃうよ」
「契さんの手、大きくて温かいですね」
「何だか優しい手ですよね。安心するって言うか、ほんわかするって言うか」
何とも賑やかなちびっ娘を引き連れ、苦笑を浮かべる美鈴とレミリアに先導され広い廊下を行く。
高そうな壺やら見事な風景画やら、一体どこから掻き集めて来たのかと問い質したくなる様な内装が広がっている。
それら調度品が実に優雅な印象を与えるのだが、どうにも気になる事が一つ。
紅、紅、紅。
視界に入るものの殆どが紅い色で染め上げられていた。
屋敷の名そのままに紅を基調としたのは良いかもしれないが、流石にこれは如何だろうか。
紅一色の室内を見ていると平衡感覚がおかしくなりそうだ。
侵入者除けには効果を発揮しそうだが、その前に住人が発狂しないかコレ。
そんな事を考えて前の二人を見やると、美鈴は紅い景色等意に介さぬと言わんばかりに涼しい顔をしている。
だがレミリアは心無しか左右にふらふらと揺れている気がする。
家主が慣れない屋敷って何なんだろうな。
レミリアは何度か躓きそうになるが、その都度美鈴がそれとなく支えてやり事無きを得ている。
流石メイド長、身のこなしが瀟洒だ。
と、途端に目の前が暗くなる。
「ん?」
「お兄様、美鈴のお尻見てる」
「ひぇえぅ!?」
フランのややむくれた言葉に美鈴が可愛らしい悲鳴を上げる。
成程、視界を塞いでいるのはフランの小さな手か。
と言うか突飛な事を口にするのは止めて欲しい、お陰で身体に抱き付く力が幾分強まった気がする。
どうなっているのかは解らないが端から見る分には余程面白いらしく、レミリアが凄く楽しそうな声を掛けてきた。
「ふふっ、やぁねぇケイったら。まだ陽も高いのにお盛んなんだから」
「冤罪だ!」
「ケイのえっちー」
「お兄さんえっちー」
「お兄様えっちー」
「お前等解ってて言ってるだろ!」
そんなこんなでちびっ娘達に振り回されながら紅魔館を行く。
正直幼女のパワーを甘く見ていた、何なんだあのバイタリティは。
一部屋回る度に簡単な部屋の説明と掃除の際に気を配るべきポイントを美鈴が解説してくれるので、それを皆真剣に聞き入れるのだが次の部屋に移動する段になった途端じゃんけんを始める。
勝った者から俺のどこに抱き付けるかを決められるらしい。
唐突に始めるので俺は置いてけぼりだが。
そうしてちびっ娘達の真剣勝負が一部屋毎に繰り返され、毎回違う形態の幼女タワーが廊下を練り歩く事となる。
因みにさとりは心が読める為じゃんけんには参加せず、一番目二番目三番目……と順番を交代で決める。
「一先ずはこんな所ですかね」
「お疲れ、美鈴」
「いえいえ、それを言うなら契さんの方がお疲れかと」
謙遜しながらも柔らかい朗らかな微笑みを返してくる美鈴。
本当に良く出来た娘だな、その綺麗な心をいつまでも大切にして貰いたい。
そんな事を考えつつ紅い廊下を歩き、漸く出発したロビーへと戻ってきた。
時間にして約二時間。
途中遊びながらとは言え、この広さを美鈴一人で支えるのは確かに無理が有る。
それでも今回見て回った部屋に埃が積もっていなかった辺り、美鈴は相当に優秀なのだろう。
本格的に欲しくなってきた。
一家に一美鈴の時代が来るかもしれん。
「さ、到着だ。皆整列」
「「「「「はーぃ」」」」」
五人が声を揃えて返事をし、各々掴んでいた手を離す。
早くもシャツがヨレヨレになってしまったな、帰ったら洗濯籠に放り込むか。
横一列に整列したちびっ娘達を眺め、俺は一つ頷いて右手を伸ばした。
「フランはこっちだろ」
「あ、そうだった」
素で間違えていたフランの手を引きレミリアに預け、改めて四人に向き直る。
「……さて、紅魔館を見て回り美鈴がやっている仕事をざっくり説明した訳だが、皆どう思った?」
「仕事量の多さに驚きました。これを美鈴さんが一人でやっているなんて、まだ信じられませんよ」
「さとりは普段家事を手伝ってくれているから、余計に大変さが伝わったか。大ちゃんはどうだ?」
「部屋ごとに注意する所が違ってて、でもそれを全部覚えて掃除している美鈴さんが凄いです」
「だよなぁ、俺も聞いてて驚いた。掃除にそんな頭使った事無いからな。こいしはどうだ?」
「これって私達が手伝ってもまだ人手足りない様な気がする」
「……確かにな。いっそ街道を整理して住み込みで働ける様な環境にして村で遊んでる連中でも働かせるか。じゃあ最後にチルノ」
「骨は折れそうだけど問題無いわ、だってあたい達が手伝うんだもの! 頑張って仕事を覚えて、みんなでケイと遊ぶのよ!」
その言葉に大ちゃん、さとり、こいしがハッと顔を上げる。
唯一気後れしていないチルノが強気に言い放った言葉は他の三人の心を強く打った様だ。
「……うん、そうだよね。美鈴さんにはお世話になってるし、ちょっとずつでも恩返ししていかないと」
こいしの言葉に二人も頷きを返す。
仕事の大変さに目が行く余り尻込みしていた様だが、今はやる気に満ち溢れた瞳を向けてくる。
図らずとも最後にチルノへ振った事が功を奏した形だ。
もしかしたらチルノには上に立つ者の素質が有るのかもしれないな。
当の本人はそれを知ってか知らずか、むふーと得意げに鼻を膨らませている。
時折ひくひくと小鼻が動くのが何とも可愛らしい。
「じゃあ美鈴、早速仕事を割り振ってくれ」
「お、契さんやる気ですね?」
「皆もやる気だからな。さぁ、終わったら俺が何かおやつ作ってやるぞ」
「おー、ケイのおやつ!」
おやつ、という言葉にチルノを始め皆が更に活気付いた。
見ればフランとレミリアまでもがやる気満々に雑巾を手にしている。
美鈴まで目を輝かせるのはどうかと思うが……まぁアレだ、甘いものの誘惑に女性は弱いと言った所だろう。
微笑ましくそれを眺め、一息付いて俺は右手を振り上げた。
「よし、紅魔館清掃部隊、出撃だ!」
『おーっ!』