「ねぇ、もっちー。ポテチ取って」
「ん、ほれ」
「あーん」
「ん、あーん」
「……んぐんぐ。いや、もっちー。頼んだのは私だしやってくれたのは嬉しいんだけど、その、恥ずかしくない?」
「ん、別に。楽しいぞ、ぐーやの可愛い所が見れて」
「口説かれた! もこちゃん、私口説かれたよ!」
「かぐやちゃん、てれかくしでもそんなはんのうしてたら、にぃにのこころはつかめないよ?」
「うぐっ、た、確かに……で、でも恥ずかしいんだもん!」
「恥ずかしがるぐーや萌えー」
「も、萌えんなー!」
適当に返事をしながら台の上に置かれたポテチに手を伸ばす。
程良い塩加減とパリッとした食感が旨い。
お土産に持ってきたジャガイモで試しに作ってみたが存外大成功だったな。
永琳も大絶賛しながら皿一杯に乗せて研究室へ持って行ったが、薬を調合しながら食っても大丈夫なのか?
そんな疑問が浮かんだがパリパリ食べ進める内に考えるのが面倒になり思考を放棄する事にした。
矢張りこの兵器の威力は恐ろしい。
「そう、その名は炬燵……っ!」
「は? いきなり何よもっちー」
「抗えぬ、人が人で在る以上は。炬燵こそ世界を統べるに相応しい……」
「ちょ、ちょっともこちゃん、もっちーが壊れたわよ!?」
「あはは、にぃにもいいかんじにとけてるねー」
「笑って済ませて良いの!?」
輝夜が何やら騒いでいるな、元気の良い事だ。
俺はすっかり炬燵の魔力に溶けていると言うのに。
いよいよ冬目前といったこの時分、俺と妹紅は永遠亭へと泊まり掛けで遊びに来ていた。
何だかんだで暇しているだろう二人に襲撃を掛けると共に、ちょっとした気分転換も兼ねての来訪だ。
永琳曰く、永遠亭の周辺に張り巡らせた防護結界の調整が終わったとの事で、以前の様に隠れ潜む必要が無くなったらしい。
とは言え引き隠る生活が長く続いた事で余り出歩くのも気分が乗らない。
そこで比較的気心の知れた妹紅を伴って、今回遊びに来たという訳だ。
まぁ、妹紅には俺が迷わない様に手を引く役目も有るが。
何度来ても迷うんだよな、ここ。
──何故か妹紅は迷いもせず、一直線に永遠亭を目指せるが。
何でだろうな、と若干眠たげな視線で妹紅を見やる。
炬燵で溶けている俺と違って、妹紅は床の間の横に設けられたディスプレイに向かって元気良くゲームをしている。
妹紅がやっているのは何の変哲も無いサウンドノベルだ。
永琳が暇を持て余した輝夜の為に作ったらしいが、内容がホラー寄りな所為かイマイチ食指が伸びないとか。
しかし平城京の時代にゲームが有るってのもミスマッチだな。
「し、しかしもこちゃん、よくそんな怖いの出来るわね。私には絶対無理だわ」
「こわくないよ? にぃにとはなればなれになるほうがこわいもん」
「その怖さとはまた別だと思うけど……あぁぁ、また何か曲が怖くなったぁ」
『何だ、濡れてる……?』
『シャワーでも浴びてたんだろ、ほら、タイルも濡れてる』
『いや、違う。足をよく見てみるんだ、水なら、そんな濡れ方はしない』
『見るったって明かりも無しじゃな。確か他の部屋にはこの辺にスタンドが……お、有った有った。これで明るく……っ!?』
薄暗かった画面に白熱灯のぼんやりとした明かりが点り、室内を照らした。
浮かび上がるのは一面の紅。
「ひぃぃぃぃっ!?」
『な……なんだこりゃ。こりゃぁ……ち、血だ!』
『う、うわぁっ!? よ、浴室が血塗れだ!』
『……どうやら、犯人は余程猟奇趣味が有るらしいな』
『キャァァァァッ!』
「きゃぁぁぁぁっ!? な、何!? なになに!?」
『悲鳴!?』
『一階からだ!』
ゲームに合わせて輝夜が面白いくらいに悲鳴を上げる。
それにしても随分とスプラッタだな。
妹紅は平気な顔してこの怪事件を推理しているが、正直俺もびくっとなる程怖い。
登場人物はシルエットのみ、背景は実写取り込みという構成の所為か、フィクションと現実の境目が曖昧になる。
更に休符を一、二音毎に挟む不協和音が不安を駆り立て、日本独特の雰囲気から来る恐怖を見事に演出している。
トドメとばかりに悲鳴だけがボイス付きな為、端から見ているだけでも充分怖い。
『……何だ、ゴキブリかよ。脅かしやがって』
『なによ、怖いものは怖いんだから仕方が無いじゃない!』
『まぁ、皆が無事で良かった』
『そう言えば叔父さんは? 一緒じゃなかったの?』
「これはフラグが建ったな……」
「え、ちょ、フラグって何よもっちー」
『まだ三階に居るんじゃないか?』
『そうだ、三階に凄い量の血溜まりが有ってよ……って、おい望月?』
『嫌な予感がする、戻るぞ!』
キャラクターの名前は自由に決められるんだが、苗字は俺達のものを使用している。
というか永琳、最初に主要人物の名前自由に決めさせて置いて一人ずつ死んでいくとか鬼畜過ぎるだろ。
何で最初ほんわかまったりした感じで進めたんだよシナリオ。
『お、おい、隣の部屋から水音が聞こえないか?』
『さっきは鍵が掛かっていた筈だが、っ、開いてる……?』
「あぁぁ、ダメだって、もこちゃん開けたらダメだってばぁ」
『風見の旦那、居るんだろ? 冗談は止めて出て来てくれよ!』
『……シャワールームか。開けるぞ』
「ダメ、ダメだってばぁ」
『う、うわぁぁぁっ!』
「いやぁぁぁぁっ!?」
『なっ、か、風見の旦那……』
『クソッ、一体誰だ! 何の目的で俺達を襲う!』
開かれた浴槽の扉の先、首を切り裂かれたシルエットがシャワーに打たれて倒れ込んでいた。
珍しい事に死体がそのまま残っている。
今までは被害者を特定出来る様な箇所一部分のみが現場に残っていたのだが。
悲鳴を上げる輝夜を余所に、妹紅はぶつぶつと呟きながら思考を纏めている様だ。
「みんながいっかいにおりたのは、ひめいのせい。でもひめいはぐうぜん。したいがのこっているのは、いままでとくらべてふしぜん。ということは……」
「死体を残したのでは無く、死体を残さざるを得なかった、か?」
言葉を継ぐ様にして答えを返すと、妹紅はハッとした顔で俺を見た。
どうやら上手い事発想を転換出来たみたいだな。
「ひめいは、はんにんにとってはよけいなことだった。それか、のこってたおじさんが、はんにんがかくしてたもの、つごうがわるいものをみつけちゃったんだね」
「それで口封じに殺された、か。死体が残っていた事の説明は付くな」
「わざわざおじさんのしたいをかくしたうえに、しゃわーをだしてみつかりやすくしたのも、なにかりゆうが?」
「主人公達をこの部屋に引き付ける為だろうな。その間に何かを回収、或いは工作を行ったか。何れにせよ引き付けられた時点で犯人を探し出すのは厳しい、なら犯人が残した手掛かりを探すべきだろうな。恐らく犯人は慌てた筈だ。今までと比べると随分稚拙なトリックを用いて陽動を図ったくらいだからな」
「はんにんもきづかなかった、じゅうだいなみおとしだね!」
早速とばかりに捜索パートへ移行して手掛かりを探す妹紅を、輝夜は信じられないものを見た様な顔をする。
存外グロに耐性が有るのかはたまた未熟な精神ではそれを理解出来ない所為か。
まぁ、どちらにせよ輝夜には少々厳しいものが有った様だ。
もぞもぞと炬燵の中を潜り抜けて俺の所まで来ると、むぎゅむぎゅ抱き付いてきた。
「何で二人共冷静にプレイ出来るのよぉ、あんな恐ろしいの」
「俺は向こうに居た時にあの手のゲームを飽きるだけやってたからな」
「わたしはかんがえるのにいそがしいからこわがってるひまがないんだよー」
「ふふ、随分と賑やかですね」
たおやかな笑みを浮かべた永琳が盆に湯呑みを乗せてやってきた。
香りから察するに玄米茶なんだろうが、永琳のマイカップがビーカーなのはビジュアル的に如何なものかと突っ込みたくなる。
「姫様、お茶が入りましたよ」
「ちょっと永琳、何であんな怖いゲーム作ったのよ!?」
「良い暇潰しになるかと思いまして。望月君、はいお茶」
「有り難う永琳。しかしビーカーに淹れてくるのは如何かと思うぞ」
「永い事研究職やってるとこんなものよ?」
「嫌な習慣だな。というかその様子じゃしっかり食べて無いだろ?」
「そうでも無いわ。野菜を中心に三品程、時折近くの森の屋台でヤツメウナギの蒲焼きも買うしね」
「屋台で鰻?」
突然出て来た文明の香りに目を見開く。
鰻の蒲焼きとはまた豪勢だな。
あの少し焦げたタレの匂いと柔らかくふんわりと口の中で崩れていく食感、濃い目の味付けがほかほかの白米に良く合い付け合わせの吸い物がネギの甘味と共に喉を通り抜ける……いかん、腹が減ってきた。
間髪入れずにぐぅと鳴り響いた腹に、永琳はくすっと笑みを零した。
「あらあら、これは望月君を案内しないといけないかしら?」
「一人でも突撃するが確実に迷子になる自信が有る」
「まぁ、変な自信ね」
楽しそうに笑う永琳。
こうしていると友人の姉にしか見えなくなってきた。
当の友人役は妹紅が話を進めていく度に悲鳴を上げて震えているが。
「しかしこの辺りに屋台が有るとは知らなかったな」
「竹林を北西に抜けた雑木林の辺りでやってるのよ。女将は夜雀の妖怪だけど、滅多に人を襲う事も無い友好的な娘よ。おまけに器量良しで性格も言う事無し」
「夜雀の妖怪か、まだ見た事が無いな」
「あら、後半は流すの?」
「それを聞いてどう反応しろと」
「膝頭をぱしんと叩いて舌なめずり?」
「似た様な字面で舌切り雀は聞いた事が有るが、流石にその展開はあらゆる意味で無いな」
「あら残念」
笑みを湛えながらビーカーの緑茶を飲む姿はちっとも残念そうには見えない。
自然とからかわれていた辺り、年上の魅力というのにやられたのかもしれん。
実際、永琳と話す時は何故か終始永琳のペースで進む。
和やか系姉属性と言った所か。
と、一人納得していると袖をくいくいと引かれる。
視線を下げると輝夜が不満そうに俺を見上げていた。
目に涙が溜まっているのは妹紅のプレイ画面を見ていた所為だろう。
そんなに怖いなら見なければ良いのにな。
「もっちーの馬鹿ぁ、腕の中で震える女の子が居るのに何で放って置くのよぉ」
「ちょっとした意地悪だ、ぐーやは虐めると可愛いからな。普段は勝ち気な所も有るぐーやが怯えて小さくなってる姿は愛らしいもんだぞ? まぁ、ぐーやはいつでも可愛いが」
「う、ぅぅ、そ、そんな甘い言葉に騙されないんだからね! ……ほ、本当よ?」
頬を朱くしてちらちらと見上げながら胸の前で人差し指をつんつん突き合わせる。
思いっ切り騙されてんじゃねぇか。
ともあれ俺相手では旗色が悪いと感じ取ったのか、輝夜は矛先を永琳に向けた。
「だ、大体永琳もそんなにデレデレしてもっちーとイチャイチャしないの! その……ず、ずるいわよ!」
「あらあら、私そんなにデレデレしてました?」
「してたわよ! 私でさえ滅多に見ない様なとろけた笑顔なんか浮かべちゃって」
「ふふ、ごめんなさい。姫様にヤキモチを妬かせてしまいましたね」
「や、ヤキモチなんか妬いてないわよ!」
「大丈夫ですよ、私は姫様も大好きですから」
「そうじゃなくて!」
「あら、姫様は私がお嫌いですか?」
「そんな訳無いじゃない! 大切な家族だもの、嫌いな筈が……あ、あぅぁ……」
盛大に自爆した輝夜は真っ赤になって俯いてしまう。
若干精神が幼児化しているのはゲームで受けた恐怖の所為だろうな。
永琳はそんな輝夜を見て嬉しそうにくすりと笑いを零し、右手を頭にぽんと乗せた。
「あ……」
「ふふ、こうやって姫様の頭を撫でるのも久し振りですね。昔は良くやっていたのですけど」
「そうなのか?」
「ええ、望月君は今の姫様しか見た事無いから解らないでしょうけど、昔の姫様は凄く甘えん坊だったのよ」
「え、昔って……?」
「姫様は小さかったから覚えて無いでしょうけど、家庭教師となる以前に姫様のお守りをしていた事も有るんですよ? あの頃の姫様は私の後ろを付いて回って、私が振り向く度に『なでなでしてー』と甘えてきまして」
「え、嘘!? 全然覚えて無い!」
「はっはっは、随分と可愛らしい姫様だな?」
「でしょう? 撫でてあげたら炬燵に入った猫みたいに『ほにゃー』って、見てる私がとろける様な笑顔を見せてくれたのよ」
「ちょ、や、やめー!? 覚えて無いけど恥ずかしいからその話題禁止!」
「良いじゃないか、なぁ永琳」
「ええ、他にも色んな思い出が有るわよ。例えば夜中眠れなくて兎のぬいぐるみを抱いた姫様が私の研究室まで来て」
「それは若干記憶に残ってる気が、って言うなー!」
何とも賑やかに、それでいてどこか微笑ましい暴露大会が開かれる。
いつの間にかゲームを消してこっちにやってきた妹紅も加わり、輝夜の愛らしい幼少時代のエピソードを堪能した。
……色々燃え尽きて開き直った輝夜と最初放置されて寂しかったらしい妹紅の二人に後で責められたのは割愛して置こう。