「……はふぅ」
熱く籠もった息を吐き出します。
腕捲りしていた袖を戻しながら眺める先には、洗い終わってピカピカに輝く食器達がどこか自慢げに佇んでいます。
宴会がお開きになってからもう二時間が過ぎましたけれど、身体に籠もる熱はまだまだ抜け切りそうには有りません。
まだ陽の高い内から始まった宴会。
いつもはなかなか会う機会の無い皆さんに加えて、今回は屋台を営むミスティアさんと向日葵畑に住む幽香さんが来てくれました。
おとーさんの無茶振りで始まったこの宴会、どうやらお二人を紹介するのが目的だったみたいです。
ミスティアさんは少し恥ずかしそうに笑いながら皆さんにお手製鰻の蒲焼きを、幽香さんはたおやかに微笑んでご自分の畑で採れた色とりどりの野菜を持って来てくれました。
中でも一番私が気に入ったのは幽香さんが作った柑橘ドレッシングです。
普段野菜と言えば煮るか炒めるか漬けるくらいですけど、まさか生で食べられる様になるなんて思いもしませんでした!
しかも幽香さんに聞いてみれば発案や試作は何とおとーさんが出したとか。
流石はおとーさんですね。
格好良いだけじゃなく新しい料理を探求する開拓者でも有るなんて、凄過ぎですっ。
それにあのドレッシング、柑橘類が大好物な私の為にこっそり用意してくれてたみたいで……やぁん、おとーさん格好良過ぎですよぉ♪
「何くねくねしてるのよ、奈苗」
いやんいやんと身を捩っていたら、呆れた風に笑うルーミア様が背後に立っていました。
ルーミア様は確か二次会の用意をしに客間へ料理を運んでいた筈です。
私の所に来たという事はつまり、向こうの用意が完了したという事でしょう。
振り向いた私は弛むばかりの表情筋をそのままに、ぴしっと背筋を伸ばして答えました。
「でへへ、おとーさんの事を思い浮かべたら恥ずかしくて嬉しくてくすぐったくて照れ臭くて、胸一杯に幸せが溢れそうになってたんです♪ そうそう、食器全部洗い終わりましたよ」
それを聞いたルーミア様は、相変わらずねと笑います。
世界中の誰よりもおとーさんを愛しているルーミア様だからこそ、そういった反応が出来るんじゃないかなって思います。
普通の人が私の惚気を聞いたら、きっと口から砂糖を吐くんじゃないでしょうか。
「終わったなら早く行くわよ。ケロ子達が待ちきれなくて暴れるかも」
「流石に暴れはしませんよ。二人共遅い~、ってほっぺを膨らませてるかもしれませんけれど」
「多分そうね。奈苗の予感は当たるから」
くすくすと笑い合って、すたすた廊下を歩いていくルーミア様の後を追います。
後ろから見るとルーミア様のスタイルの良さがはっきりと解りますね。
ぴんと伸びた背筋、きゅっとくびれた腰、すらっとした長い脚。
胸の大きさもおとーさんの掌から少し零れるくらいのぴったりサイズですし、お尻もきゅっと引き締まって綺麗なラインを形成してます。
さらさらの金髪も透き通る白い肌も艶やかな赤い瞳も、全部が触れ得ざる神聖なものみたいに完璧な美しさです。
でもそれも全ておとーさん専用なんですよね。
純真無垢なルーミア様を情欲の赴くままに蹂躙するおとーさん……やぁん、おとーさんケダモノですっ♪
おおっと、いけないいけない。
あんまりおとーさんの事を考えたら、私の雌の部分が反応しちゃいますからね。
……まぁ、おとーさんが求めてくれた時は悦んで身体を差し出しちゃいますけど♪
なんて、そんな事を考えながら客間へ。
からりと襖を開ければ、思った通り諏訪子様がほっぺを膨らませていました。
「二人共遅い~」
「すみません、諏訪子様」
「予想通りの反応ね。そんなに早く終わらせたかったなら奈苗を手伝ってあげれば良いじゃない」
痛い所を突かれた諏訪子様はそっぽを向いて聞こえていない振りをします。
あ、おとーさんがジト目を向けてます。
後でお説教コース入っちゃいましたね、これは。
そんなおとーさんの膝の上を占拠しているのは一次会に引き続き映姫ちゃん。
ご機嫌な様子ですね。
今でアレだけおとーさん大好きだと、雌にして貰ってからが大変ですね。
チルノちゃんはおとーさん大好き皆も大好きってタイプだから特に心配も無いですけど、映姫ちゃんは妹紅ちゃんと一緒で嫉妬深い所が有りますし。
でも大丈夫です、映姫ちゃんが嫉妬した分だけおとーさんがとぷとぷ中出ししてくれますから♪
……おっと、また想像して涎が出ちゃう所でした。
危ない危ない。
やっぱり今日はいつもよりテンションが高いままですね。
原因はおとーさんが優しくて格好良くて勇ましくて意地悪で可愛くて素敵な所為です。
私の心まで操っちゃうだなんて、おとーさんは罪な人です。
「お疲れ様、奈苗。いつも有り難うな」
「でへへ、おとーさんの為なら平気なのです♪」
「それじゃ契、乾杯の音頭を頼むよ」
神奈子様が杯を片手に今か今かと待ち構えています。
我が家で一番お酒が好きな神奈子様ですからね、この甘いアルコールの匂いを前に耐えるのはなかなか厳しそうです。
そんな神奈子様におとーさんは苦笑を一つ返して皆さんへと視線を巡らせました。
「あー、ごほん。先ずは一次会お疲れ様。主役を張った女将と幽香に今一度拍手」
その言葉を皮切りに拍手が部屋を包み込みます。
ミスティアさんと幽香さんは少し恥ずかしそうにしていますね。
特に幽香さん、隣がチルノちゃんと大ちゃんですし。
天真爛漫純真無垢なチルノちゃんとお姉さんの様な存在に憧れる大ちゃんのキラキラした視線がかなりくすぐったそうです。
「ここから先は身内ばかりの気楽な呑み会だ、存外に羽目を外してくれ。では二人に出逢えた感謝と喜びを讃えて、乾杯!」
『かんぱーい!』
おとーさんの音頭に合わせて手中の杯を傾けると、甘く透き通った酒気が喉から鼻へと抜けていきます。
こくりこくり、と喉を鳴らせば胃から熱がふわりと舞昇って来ました。
なかなか強いお酒ですね。
度数は高めなのに口当たりは優しくてすっきり爽やかな味わいです。
流石おとーさんの名前を冠するだけ有りますね。
私が余韻に浸っている間に、皆さん思い思いに動き始めた様です。
二次会は部屋の中央におつまみと取り皿、お酒やお冷やが置かれていて、それを手に各々好きな所で騒ぐスタイルです。
私の正面では、早くもフランちゃんとこいしちゃんが神奈子様と諏訪子様に抱き付いて甘えてますね。
「神奈子さんむぎゅー♪」
「おっと、どうしたんだフラン?」
「んー、なんでもない♪」
「今日は随分と甘えん坊だな」
「あーうー、神奈子助けて」
「ケロちゃんぷにぷに」
「こりゃ、こいひ! ぷにぷにすりゅな!」
「あはは、ケロちゃん可愛い」
無邪気に抱き付くフランちゃんに神奈子様の頬は弛むばかりですね。
諏訪子様はこいしちゃんに良い様に弄られてますね、満更でも無さそうですけど。
そんな様子に苦笑を返すのは私の左でお酒を楽しんでいるレミリアちゃん。
その横で頭を抱え込むさとりちゃんを慰めているのは妹紅ちゃんと輝夜さんです。
「あぁ……またこいしったら」
「こいしちゃん、元気有り余ってるわね」
「でもまぁ、アレくらいの年代の子って皆あんな感じじゃない? 差程年離れてないのにしっかりと落ち着いちゃってる二人や妹紅ちゃんの方が珍しいと思うけど」
「そう言って頂けると助かります」
「だいじょぶだよ、さとりちゃん。げんきいっぱいなところも、こいしちゃんのみりょくなんだから」
「妹紅ちゃんは人間が出来てるわよねぇ。フラン所か私も見習わないといけないくらいだわ」
「いちばんみならってほしいのはかぐやさんだけどね」
「ちょっ、妹紅ちゃん!?」
「ちくりんにーとじゃだめだよ? ちゃんとえーりんさんのおてつだいしなきゃ」
「あ、はい、すみません」
あはは、妹紅ちゃんが一番年上っぽいですね。
小さいのにしっかりしてるのは親御さんが素晴らしい方だからなんでしょうね。
卓袱台を挟んで向かい側では萃香さんと紫ちゃん、にとりさんと美鈴さんが何やら相談中ですね。
ちょっと聞き耳を立ててみましょう。
「……だから、やっぱり積極的に行った方がおにいさんも応えてくれるんじゃないかな、って思うんだけど」
「ええぇ、でもそれはちょっと……」
「うん……恥ずかしいよー。だって契君、間違い無くこっち見てくるでしょ? あの目に見詰められたら、って思うだけでほっぺ熱くなっちゃうよ」
「解る解る。何でご主人様って、あんなに素敵な瞳なんだろうねぇ」
「契さんの目って、どんな宝石よりきらきらしてて、どんな水底よりも深い色してますよね」
「私の大予想だと、おにいさんの目は所謂魔眼って奴なのかもしれないよ」
「魔眼?」
「いやいやまさか」
「でも美鈴、思い当たる節無い? ご主人様と目が合うだけで心がふわふわして頭がくらくらして、もう堪らないくらい好きって気持ちが溢れてきちゃったり」
「……うわゎ、思い返しただけで溢れそうです」
「今でこれだけ好きなのに、契君と、そ、その……ち、ち、ちゅぅとか、それ以上の事までしちゃったら、私どうなっちゃうのかな……」
「きっとおにいさんが居ないと生きていけないくらい溺れるんじゃない? 私も萃香もそうだし。美鈴もでしょ?」
「私は……そこまでは」
「美鈴は立場が有るから、溺れたくても溺れられないんだよ。レミリアやフランをしっかり支えて行くっていう信念が有るからねぇ」
「成程ね、納得納得」
「一番良いのは契さんがスカーレット家に婿入りしてくださる事なんですけど、そういう訳にも行きませんからね」
「あはは、契君の色男っぷりがこんな形で効いてくるなんてね」
「はぁ……全く、おにいさんってば罪な男なんだから」
「契さんが格好良過ぎるのが、色んな意味で悩みですね」
「だねぇ」
ふむふむ、どうやらおとーさんを上手く誘う方法を議論していたみたいです。
いつの間にかおとーさんの格好良さに題目が入れ替わってましたけど、それはおとーさんが格好良過ぎる所為ですね。
罪なおとーさん、という図式は存外皆さんの共通認識なのかもしれません。
そんな議論が繰り広げられている横では、幽香さんとチルノちゃんと大ちゃん、そして映姫ちゃんとルーミア様がまったりと杯を傾けていました。
端から見ていると第一夫人と第二夫人が娘達と優雅なお茶会を楽しんでいる様にも映ります。
実際はおとーさんのお嫁さんとお嫁さん候補なんですけどね。
因みに幽香さんが第二夫人というのはおとーさんが自分でも気付いていない無意識下での認識ですね。
記憶を失っていた間の正妻ですし、その分他の皆さんよりちょっと有利かも?
おとーさんの中での立ち位置はルーミア様に近いですね。
「……そう、チルノもケイに愛して貰えたのね。ふふっ、おめでとう」
「ありがと、幽香!」
「となると、次は大ちゃんかしらね?」
「え、えぇっ、わ、私はまだそこまでの覚悟は無いですよルーミアさん!?」
「大ちゃんはチルノの恋を応援するので精一杯だったものね」
「あらそうなの、幽香?」
「えぇ、そうなの。大ちゃんはまだ淡い恋心しか持ち合わせていないのよ。これが貴女みたいにケイ一直線だったなら、私がおめでとうを言う相手がもう一人増えていた所よ」
「ゆっ、幽香さんっ!?」
「あらあら、ごめんなさい。ふふふっ、大ちゃんの慌てる顔が可愛らしくって」
「……サドね、幽香」
「サド?」
「あたい知ってる! サドっていうのはね、かぎゃく趣味の事なのよ!」
「加虐……言うじゃないルーミア」
「否定したかったら両手を映姫のほっぺから離しなさいな」
「えー、だって映姫のほっぺすべすべでぷにぷにで柔っこいのよ? それにほら、嫌だって言わないし」
「アンタが弄くり回してる所為で喋れないだけでしょうに」
「ううん、映姫寝てるよルーミア」
「あ、ほんとだ。このお酒映姫ちゃんには強かったのかな?」
「なら布団に寝かせてあげないと」
「んー……ルーミア、このまま私が抱きかかえているわ。だって、ほら」
「……んぅ……くぅ」
「服の裾、握って離さないのよ」
「随分懐かれたわねぇ……」
「あらルーミア、羨ましい?」
「ふふん、私には大ちゃんが居るわ」
「ひゃわっ、ルーミアさん!?」
「へぇ、大ちゃんも肌ふにふにしてて抱き心地良いわね」
「あ、こらっ、大ちゃんを離しなさい!」
「あらあら、風見幽香とも在ろう者が嫉妬かしら?」
「ぐぬぬ」
「おー、良く解んないけど二人が盛り上がってる! えっと……じんぎ無き戦い?」
なかなか楽しい事になってますね。
特にルーミア様、余程おとーさんのお酒が口に合ったのかだいぶ酔ってます。
私もルーミア様にむぎゅってして貰いたいなぁ。
でも私だと流石に身長が高過ぎますか。
大ちゃんやチルノちゃんくらいの身長だった頃が懐かしいです。
そしてすやすやと眠る映姫ちゃん。
あどけない寝顔を見ていると生まれたばかりの、って表現が一番しっくりきます。
やっぱり中身は赤子とそう変わらないみたいですね。
睡眠時間が赤子とまでは行かなくても、一日の半分は超えてますから。
睡眠中に元から持ち合わせていた知識と新たに実感として得た経験とを摺り合わせているのでしょう。
「よっ、呑んでるかい?」
気を抜いていた私の肩に、ぽんと触れる感覚が有りました。
振り向くと、世の男性垂涎間違い無しのスタイルをした女性が立っていました。
ぷるんぷるん揺れるおっぱいと引き締まったお腹周り、高い身長に無駄な肉の無い綺麗な脚。
額からぴんと伸びる見事な丹色の一本角が特徴的です。
「ええ、美味しいのでついつい呑み過ぎちゃうくらいです。勇儀さんは……早くも瓶七本ですか?」
「良く解ったね」
いえいえ、横に無造作に転がっている空の瓶を数えただけです。
勇儀さんも鬼の名に違わずかなりの酒豪みたいですからね。
「いやね、そっちで契を相手に絡み酒でも楽しもうかと思ってさ。勿論アンタもやるだろう?」
「お供させて頂きますっ♪」
「そうこなくっちゃね」
何やら上機嫌な勇儀さん。
聴いた話では以前の記憶を失っていたおとーさんと今のおとーさんとのギャップに戸惑いを見せているとの事でしたけど、そんな気負いは見受けられません。
今宵の席でお酒の力を借りつつ、新しい関係を築く心積もりなのでしょうね。
手早く追加の酒瓶とおつまみを抱えて、部屋の右手へ。
そこにはおとーさん、永琳さん、ミスティアさんが待っていました。
「お、奈苗も捕まえてきたのか」
「おつまみとお酒の追加ですよー」
「でかした奈苗、褒めて遣わす」
「でへへ~」
持ってきた酒瓶やおつまみを置くと、おとーさんがわしゃわしゃと頭を撫でてくれました。
おとーさんの手には不思議な力が宿っているに違い有りません。
撫でられただけで、心がふわふわ飛んでいっちゃいそうになりますから!
「それじゃ、改めて乾杯と行こうか」
「何を祝ってかしら?」
「この旨い酒を呑める事に、ってのはどうだい?」
「あはは、そりゃ良いねぇ」
かちん、と互いの杯を打ち鳴らして皆さんが勢い良くお酒を呷ります。
おとーさんと勇儀さんは見た目通りですけど、永琳さんとミスティアさんも存外酒豪なんですね。
神奈子様や諏訪子様とは違った、呑み慣れた風格みたいなのが窺えます。
私はそこまで強くは有りませんから、余り量は呑みませんけど。
「そう言えばさっき女将に聞いたんだが、西国では人と妖とが盛んに争いを繰り広げているらしいな」
その言葉に片眉をぴくりと跳ねさせる勇儀さん。
表情から察するに、面白そうだと感じたみたいですね。
力比べとお酒が大好きな鬼としては、どんな抗争で在っても強い相手が居れば食指が動くのでしょう。
「どんな争いなんだい?」
「正面切っての殴り合いというよりはお互いに奇襲合戦だねぇ。姐さんが楽しめそうな戦いじゃ無いのは確かだよ」
「なんだ、詰まらないね」
「血気盛んだな、勇儀は。まぁそれは良いとして、本題はそこじゃ無い」
そこで切り、くいっとお酒を流し込むおとーさん。
女性を焦らす技巧も堂に入ってますね、勇儀さんは話を急かして杯を爪でぴんぴん弾いています。
ですがおとーさんはそれを「勇儀さんがお酒のおかわりを要求している」と勘違いした振りをして、酒瓶を手に取りなみなみと注いであげました。
そうじゃない、と突っ込みたそうにしていた勇儀さんですが杯からお酒が零れそうになったのを見て、慌ててそれを迎えに行きます。
ミスティアさんと永琳さんはそんなお二人を見て笑ってます。
端から見るとおとーさんやんちゃ坊主みたいですからね。
「望月君、余り女の子を虐めちゃ駄目よ? 女の子は優しく扱ってあげなきゃ」
「ぶふっ」
「わ、こら勇儀、酒が掛かる」
「げほっ、い、いや、だってあたしを女の子って」
「多分私がこの中で最年長よ?」
「見た目は二十歳過ぎくらいにしか見えないけどな」
「あら、中身はおばさんって事?」
「中身の方が若いかもな。落ち着いてはいるが、お茶目だし可愛らしい所も多い」
「うふふ、望月君ったら」
「全く、兄さんってば人を口説くのが上手いんだから」
和やかに笑い合った所でおとーさんが胡座を組み替えます。
ここからが本題ですね。
ですがなるべく背筋が伸びない様に、出来るだけほんわりした空気を持ち続けて置きます。
その方がおとーさんも話し易いですからね。
「まぁ勇儀が可愛いのは置いといて、だ。その諍いに釣られる様にして名が知られ始めたものが有る」
「……色々納得行かないけど、流されてあげるよ。で、そんな勿体ぶる様なものってのは何だい?」
「命蓮寺、という寺だ」
その名前に反応したのはミスティアさんだけで、他の皆さんは聞き覚えが無いみたいですね。
命蓮寺。
最近、郷を訪れる方が口にするお寺です。
とある噂の所為でその知名度を上げているんですが、やっぱりおとーさんの興味を引いてしまいましたか。
「女将にその寺の名前を聞いて、茶屋の彦壱や呉服屋のお嬢にも確認を取った。どうやらその寺の住職、なかなか面白い事に手を出しているらしい」
「つまり信憑性は高い、と。それで、望月君。その住職さんは一体何をしているのかしら?」
「人間の身に在りながら、傷付いた妖怪を保護しているらしい。その所為で都の退魔士連中には受けが悪く、妖怪寺と呼ばれているとか」
「へぇ、面白い奴も居るもんだね」
「面白いのはそいつの考えだな。何でも、人間と妖怪の共存を目指しているとかなんとか」
その言葉に永琳さんは驚いて目を見開き、勇儀さんは剣呑に切れ長の目をすうっと細めました。
ミスティアさんは変わらず、薄く微笑みながら杯を傾けています。
ほぅ、と鳴る吐息が色っぽいです。
「そりゃあ随分と面白い事を考えるじゃないさ。契の噂に触発でもされたのかい?」
「いや、そういう訳でも無いらしい。詳細は不明だが、妖怪が集まっているのは確からしいからな」
「……それでおとーさん、今回はどうやってルーミア様を説得しますか?」
あぁ、いけません。
戸惑いが僅かとは言え漏れ出た挙げ句、それを言葉にしてしまうなんて。
予想通り、皆さんが呆気に取られた様子で私に顔を向けて来ます。
ここは開き直ってさも当然の様に振る舞うのが吉ですかね。
そうと決まれば後は簡単、いつもの締まりの無い笑みを浮かべるだけです。
「この前のは事故に近いものですから先立って何か言伝る事も有りませんでした。けれども、今回はおとーさんが自発的に動く訳ですから、それなりの理由が無いとルーミア様が離してくれないと思いますよ?」
「……相変わらず凄いな、奈苗は。全部お見通しか」
「いえいえ、おとーさんの話と表情を見ていたら偶然気付けただけですよ」
「そんなに解り易いか、俺」
「あぁん、悩めるおとーさんも格好良くて素敵ですっ♪」
困った様に笑うおとーさん。
その表情が母性本能をくすぐって、何かもう、ぎゅーってしたくなっちゃいます。
と、くねくねしていた私に再起動を果たした勇儀さんが声を掛けました。
「ちょ、ちょっと、二人して何を」
「──噂の真偽と内容を確かめに、命蓮寺へと赴く。その心積もりという訳ね、望月君?」
その勇儀さんの言葉を遮ったのは永琳さんでした。
洞察力、推理力、観察力、それら全てが能力を使った私に迫る勢いですね。
月の頭脳、という二つ名は存外過小評価なのかもしれません。
「噂の内容自体も気になるが、上手く事を運べば仏教を取り込めるかもしれん。映姫を旗印に掲げる事が出来るなら俺達が望む形、望む範囲で仏教を介入させる事も出来る様になるだろう。勿論、映姫の負担にならない様存分に駆け回るつもりだしな」
「ははぁ、兄さんが一人で立ち回るから万が一誹りを受ける事になっても、兄さん一人で責を引き込んで皆には波及しない様にする、って魂胆だね? そりゃあ確かに最大限の効果と最小限の被害で済むかもしれないけれど、果たして先方が如何受け取るやらねぇ」
「望月君は今や郷を代表する一柱。望月君の言動が郷の総意と受け取られ兼ねない。ましてや、そんな望月君だけにそんなリスクを背負わせる事を皆が承諾するか。悩み所ね?」
お二人共頭の回転が早いですね、ちょっと羨ましいです。
惜しむらくはおとーさんの思考に追い付いたのがこのお二人という点ですが、それ以上は流石に高望みでしょう。
とすれば、どなたかに止めて頂きたいですね。
私ではおとーさんを止められませんから。
「……って事は何だ、契は一人で命蓮寺とやらへ視察に行こうって腹かい」
「まぁ、身も蓋も無い言い方をするなら、そうなる」
おとーさんは解り易く視線を逸らして、くいっと杯を呷ります。
命蓮寺に行こうという決心は堅いみたいですけど、皆に悪いかなという気持ちも有るみたいですね。
今の所おとーさんが何処かへ行くとなると、必ず何かに巻き込まれてますからね。
鉄砲水に流されて、爆発に巻き込まれて、異世界に飛ばされて。
多分、今回も何かイベントが有るに違い有りません。
それを感じ取ってか、背後にもぞもぞにじり寄る気配が有りますね。
知覚してからすぐ、背中にぽふりと柔らかな感触が生まれます。
「わわっ、ルーミア様」
「なによぉ、またケイったら私に内緒で出掛けるつもりぃ?」
両腕を私の前に回して上から凭れ掛かってきたルーミア様。
吐息にはかなりの酒気が混ざっているみたいです。
私の右肩に顎を乗せてほっぺをくっ付けてくるルーミア様は普段のきりっとした姿とは違って、ひっじょぉぉぉに可愛らしいです。
理性が飛んで若干退行した精神が纏っている空気を変えて、保護欲を駆り立ててきます。
「んぅ……奈苗やわっこいー……」
「甘えてくるルーミア様ハァハァ」
「おいそこのでへへ巫女、羨ましいから代われ」
「ケイやわっこくないから嫌」
「ルーミアに振られた!?」
「新しいパターンですね」
ともあれこのタイミングでルーミア様に知られた事が吉と出るか凶と出るか。
おとーさんの腕の見せどころですね。
ぷにゅぷにゅほっぺを指で弄びながら視線を向けると、何か吹っ切れた様に軽く溜息を一つ零してキリッと凛々しい表情を見せました。
アレです、ヤバイです。
おとーさん格好良過ぎて堪りません。
もう鼻血ぶーしちゃう勢いですよ。
「まぁ、その、なんだ。もう聞いた通り、俺は命蓮寺へと行ってみようと思う」
「で?」
「いや、こっそり行こうとしていた訳では無くてな、さっき思い付いたと言うか」
「帰ってくるんでしょ?」
「あ、あぁ」
「なら、良いわ。ちゃんと帰ってきてね、旦那様」
そう言って柔らかく微笑むルーミア様。
隣で聞いているだけでくすぐったくなるくらい、ルーミア様はおとーさんが大好きなんですね。
改めて懐の広さを見せ付けられました。
まぁ、流石に他の皆さんはおとーさんに聞きたい事や言いたい事が山程有るみたいですけど、本妻のルーミア様が納得しているから言い出せない様です。
背中にひしひしと伝わって来てますし。
私は納得してないぞー、って。
そんな空気を嫌ってか、勇儀さんが杯を打ち鳴らして酒瓶を空にしました。
意図を察した萃香さんが、杯片手に追従します。
萃香さんも私寄りですね、思う所は有る様ですがおとーさんの意志は全面的に肯定していますから。
「ま、契が何処かに出掛けようってんなら旅の安全と事の成就を願って呑もうじゃないさ」
「そうだね、偶には勇儀も良い事言うじゃん」
「偶には余計だ!」
「あはは、それじゃあ皆。杯の用意は良いかい?」
「おーし、奈苗、酒瓶持ってこーぉい」
「用意してますよ、ルーミア様♪」
「じゃあ皆、ご主人様のより一層の活躍と躍進を願って!」
『かんぱーい!』
──さて、綺麗に纏まりましたね。ですけど、今日はこれで終わりじゃないですよ。夜はまだまだこれからです。ふふっ、覚悟してくださいね、おとーさんっ♪