──……ぅ、あ? 朝、か……?
差し込む光が瞼を照らし、沈み込んでいた意識がゆっくりと浮かび上がる。
頭が重い。
ねっとりと絡み付く泥濘の様な微睡みに囚われながらも、どうにか重い瞼を抉じ開ける。
視界に映るのは、艶やかな黒と目映い緑。
睫毛の長い可憐な顔立ちが眼前に有る。
──奈苗か? あー……、そう言えば昨日貪られた記憶が有る様な無い様な。
散々焦らされた所で記憶は終わっているが、この様子から察するに思う存分貪られたに違い無い。
見れば奈苗の口元は幾分快楽に歪んでいる。
幸せそうに眠る姿に少し妬みを覚えて、気怠い腕を持ち上げ頬をつついてやる。
ふにっと柔らかく返る触感に少し遅れて可愛らしい呼気が漏れる。
「……ふみゅ、う……♪」
どうやら幸せな夢でも見ているらしい。
眠り姫を起こさぬ様に布団を抜け出し、静かに襖を開け廊下へ出る。
しん、と張り詰めた朝の空気が淀んだ思考を洗い落としてくれる。
微妙に重い身体を引き摺りながら、居間の方へと足を向けた。
朝食には少し早いこの時間、恐らく起き出しているのは一人だけだろう。
他の皆も寝坊助という訳では無いのだが、皆の食事を作る為にどうしても少し早く起きる必要が有るからな。
静まり返った廊下をひたひた歩き、目的の襖をからりと開ける。
「あら、ケイ。今朝は早いのね?」
澄んだ美しい声が、鼓膜を震わせる。
居間では和服に身を包んだ麗しい女性が座椅子に背を預けて微笑んでいた。
さらさらと風にそよぐ金髪が朝の日差しを浴びて目映く輝いている。
濃紺に満月をあしらったデザインの和服が対比的で美しい。
余りに幻想的なその佇まいに、柔らかな微笑みが加わる。
見ているだけで堕ちていきそうな感覚と共に、どきりと心臓が跳ねた。
何度見ても、心が踊る。
高揚感がうっかり漏れ出ない様にちょっとした意地を張りながら、俺は喉を震わせた。
「おはよう、ルーミア」
「おはよう、ケイ」
いつもの様に、いつもの声が返る。
それが何だかくすぐったく感じて、俺はぽりぽりと頬を掻いた。
「どうかしたの、ケイ?」
「いや、何でもない」
「あら、隠し事?」
「そういう訳じゃ無いんだが……」
「んー?」
気恥ずかしさを滲ませながら答えるも、ルーミアは意地悪そうに笑って追及してくる。
右手で隣の座布団をぽんぽんと叩いて座る様に促してくる。
指示されるままに腰を下ろすと、ルーミアは覗き込む様に首を傾げた。
その姿が、これまた可愛らしい。
微妙な照れ臭さを感じながら、如何にも渋々といった様子を演じて答える。
「その……今日もルーミアは可愛いな、と思ってな」
「え……あ、そ、そう……」
見る間に真っ赤になったルーミアに釣られて、俺の顔も温度を増していく。
恥ずかしそうに顔を伏せながらもちらちらと様子を伺ってくるのが庇護欲やら嗜虐心やらをそそってくる。
無意識の内に左手が伸び、細い身体を抱き寄せる。
肩に手が触れた瞬間ぴくっと身体を震わせるが、直ぐに脱力して凭れ掛かってきた。
触れあった所から心地好い熱が伝わり、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「……ねぇ、ケイ」
「ん、何だ?」
「あのね……大好き」
鮮やかな赤の瞳が、俺を映し出す。
少し恥ずかしそうに微笑むルーミアに、俺は暫し見惚れていた。
数秒程経って、反応を待っている事に気付いて口を開く。
多少の照れが声に混じったのは見逃して貰いたい。
「俺も……ルーミアが大好きだ」
「ん♪」
小さくこくりと頷いて、嬉しそうに目を一層弓にする。
動作の一つ一つが犯罪級の可愛さだ。
すっかり魅せられた俺は真っ赤になった顔を隠す様に膝へ顔を埋める。
急に膝枕をねだられ少し驚いた様だが、すぐに喉を鳴らして受け入れてくれた。
「今日は随分と甘えん坊さんね?」
「ルーミアが可愛過ぎるのが悪い」
「ふふっ、ケイったら。……良い子良い子」
柔らかな手が、頭を優しく撫でていく。
一撫でされる毎に心の重りが外れていく様な心地好さを感じ、代わりに安心感から来る眠気が生まれてきた。
それを察してか、慈愛に満ちた優しい声が届く。
「いつもお疲れ様。ケイが頑張ってるのを、私は知ってるから。今くらいは、ゆっくり休んで良いわよ」
謳う様な声に導かれるまま、俺の意識は夢の世界へと旅立って行った。
「……んぅー、ケイのお腹あったかい♪」
「お兄様って寝顔可愛いよねー。つんつん」
「あ、フランちゃんずるい! 私もお兄さんのほっぺたつつくー」
「チルノちゃん、次は私が契さんのお腹枕使って良い?」
「相変わらず子供みたいに温かいわよね、ケイの手って」
「この温かさは癖になりますね。なんかこう、ほわーって」
何やら騒がしい。
重い瞼を開くと同時、両頬がむにっと押される。
視界に映るのはこちらを覗き込んで楽しそうに笑う幼女が二人、視線を下げれば俺の腹を枕にして抱き付く幼女が二人、その横には俺の手を取り頬擦りしながらだらしなく笑みを浮かべる幼女が二人。
いつの間にか寝ていたらしい。
太陽の位置から察するに、愛しのルーミアは朝御飯の支度に向かったのだろう。
そして寝転がっていた俺は来襲した幼女達の格好の遊び道具になっている、と。
「こら、俺で遊ぶんじゃない」
「あ、ケイ起きた?」
「えへへ、おはようお兄様♪」
「契さん、お茶飲みませんか?」
「あぁ、有り難う」
身体を起こすと大ちゃんが冷えたお茶を差し出してくれた。
有り難く受け取り勢い良く飲み干す。
喉から鼻に抜ける爽やかな茶葉の香りが眠気を完全に吹き飛ばしてくれる。
「ふぅ、ごちそうさま。有り難うな、大ちゃん」
「ふふ、お粗末さまでした」
「ねーねーお兄さん、なでなでして?」
胡座の中に入り込んでむぎゅっと抱き付いてくるこいし。
波打つ灰色の髪の毛に指を通せば、するりと指の隙間を擦り抜けていく。
最初に会った時のごわついた感触は既に無い。
まだまだ小柄だが、女の子らしい丸みも出て来ている。
このまま健やかに育って欲しいものだ。
「こいしちゃん良いなー。お兄様、私も撫でて撫でて!」
シャラン、と虹色の羽を鳴らして擦り寄ってくるフラン。
艶やかな金髪に指を通せば、さらさらと毛先が滑り落ちていく。
そのまま少し力を入れてぐりぐり撫でてやると、フランは嬉しそうに目を細めた。
「うひゃぁ~、お兄様やめてぇ~♪」
「撫でて欲しいって言ったのはフランだろ?」
「ダメぇ~、これ溶けそうなくらい良いの~♪」
「フランちゃんのも良いなぁ……お兄さん、私もぐりぐりってして!」
「ほれ、ぐりぐり」
「「ほあぁぁ~♪」」
にへらぁ、と惚け切った顔でされるがままになっているフランとこいし。
他の四人が羨ましそうな視線を向けてくるが、生憎と俺の手は二本しかない。
どうしたもんかと苦笑を浮かべた所で、からりと襖が開いた。
目を向ければ、小鉢や平皿を載せた盆を両手に、ルーミアと映姫が立っている。
仕方無いわねぇ、と困った様に微笑むルーミアとは対照的に映姫は心なしか頬をぷくっと膨らませている。
その視線はちらちらと、俺に抱き付くフランとこいしに向かっていた。
……成程、一緒に甘えたかったらしい。
「酷いじゃないかルーミア、俺を生け贄に差し出すなんて」
「ふふっ、ごめんなさい」
「起きて手伝ってくれてれば助かったんだけどさ、ルー子も時々悪戯っ娘だからねぇ」
けろけろと笑いながら姿を見せた諏訪子の後ろから、同じ様に盆を構えた神奈子と奈苗が現れる。
やたら数が多い気がするが……あぁ、昨日は宴会で皆酔い潰れたんだったか。
取り敢えずフランとこいしを脇に退けて立ち上がる。
少し物足り無さそうに見上げる二人をもう一撫でして、居間の両隣の襖を開け放つ。
一続きになった部屋の中央に、美鈴と妹紅が持ってきた卓袱台を並べる。
若干眠たげな美鈴と半分寝ながらゆらゆらと歩く妹紅の組み合わせは存外似合うな。
寝坊助コンビ、ここに結成。
「あぁ、皆済まないね。手伝いもせずに朝湯を頂いちまって」
「良いお湯だったよー!」
廊下から威勢の良い声が届く。
姦しい声を響かせながら姿を見せたのは、対照的な鬼っ娘二人。
共通しているのは、その身に纏った艶やかな小紋の色彩。
舞い墜ちる箒星を湛えた白み始めた夜空、という小紋の紋様としては余り類を見ないものをあしらったものだ。
涼しげなその小紋に、二人の白い肌が良く映える。
「あ、おはよう、ご主人様!」
「おはよう萃香。今日も元気だな」
「うん、元気いっぱいだよ!」
「やれやれ、酒呑童子と畏れられた伊吹鬼も今じゃ恋する乙女かい」
「可愛さなら勇儀も負けてないと思うがな」
「うなっ!?」
話を振ってやると、勇儀は顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
存外可愛らしい反応だな?
すっかり固まってしまった勇儀の背後から、数人の足音が届く。
「あら勇儀、何突っ立ってるのよ?」
「はふぅ、良いお湯だったぁ。あ、契君おはよう」
「お兄さん、おはおは~。今日も良い天気だね」
「おはよう、兄さん。いやはや、あんなに大きいお風呂は初めてだよ。凄いもんだねぇ」
「ほら姫様、起きないと望月君に恥ずかしい所を見られてしまいますよ」
「んぁぁ~……もっちー、おはぉ~……」
「おはよう、皆。今朝御飯の支度をしているから、適当に座ってくれ」
幽香と紫、にとりと女将、それに永琳と輝夜が到着する。
輝夜は風呂上がりだと言うのにむにゅむにゅと眠たげに目を擦っている。
その横でくすくすとたおやかに笑っている永琳は、多少重たそうに後ろ髪を肩に乗せていた。
確かにあの分量の髪の毛は水を吸ったらかなりの重さになるだろう。
勢い良く振り向いたら鈍器になりそうだな。
「今日ぉのごっ飯はなんだろなぁ~♪」
調子外れの珍妙な歌を歌いながら箸を構えるのは紫だ。
……待て、今何処から箸を取り出したんだ。
その疑問に答えるかの様に、箸を構えて奈苗と妹紅が音頭を取り始める。
「ごっはん、ごっはん♪」
「美味しいご飯♪」
「わ、なんか楽しそう」
「フランちゃん、私たちも、ほら! ごっはん、ごっはん♪」
「ケイと一緒においしーごっはん♪」
そこにフランとこいし、チルノも混ざっての大合唱。
何だ、この歌は儀式か何かか?
流石に行儀が悪いと年嵩連中……もとい、大人のお姉様方に説教されていた。
説明しつつも混ざりたそうに口の端を時折ひくつかせさえしなければ、まだ威厳が有ったんだが。
「朝から賑やかだねぇ。若いってのは羨ましい」
「みすちーの年齢で年寄り染みた事言われたら堪ったものじゃないのだけれど」
「あ、契君。お醤油そこで良い?」
「大丈夫だぞ。有り難うな、にとり」
珍騒動を見てからからと笑う女将に、呆れた様子の幽香。
確かに女将で年寄りなら、俺は木乃伊か古代人だな。
そんな二人とは別に進んで配膳を手伝ってくれるにとり。
将来は良いお嫁さんになるぞ、多分。
フランとこいしにしてやった様に、お礼の意味も込めてわしわしと力強く撫でてやる。
「わひゃぁう!?」
「良い子良い子」
「うあぁ~、や、やめてぇ~」
「フハハ、初い奴め」
「あうあうあ~」
顔を真っ赤にして固まってしまうにとり。
相変わらず反応が可愛いので、ついついいじくり回したくなる。
と、不意に軽く握られた手が胸板をぽこぽこと叩いた。
精一杯の抵抗の積もりなのだろう。
が、そんな可愛い反応されて黙っていられる程俺は人間が出来ちゃいない。
「わぷっ」
思いっ切り抱き寄せ、指先でくいっと顎を持ち上げてやった。
澄み切った水底の様な麗しい瞳を覗き込めば、わたわたと暴れていたにとりが、ぴたっと動きを止める。
唯でさえ真っ赤だった顔が更に赤みを増し瞳がぐらぐらと微痙攣を始める。
「やれやれ、兄さんも誑しだよねぇ。いつか刺されても知らないよ?」
「こうして毒牙に掛かる娘が増えていくのね……」
何やら背後で花妖怪と夜雀が話している様だが気にせず河童娘を弄ぶ。
指先を滑らせ鎖骨を撫でれば、小さくぴくんと身体が震える。
ニヤニヤしながら初々しい反応を楽しんでいると、後頭部にぽかりと軽い一撃。
振り返れば呆れた様に笑うルーミアが柔く握った拳を構えていた。
「ほらケイ、遊んでないで手伝って」
「遊びとは失礼な、俺は真面目に愛でているぞ?」
「じゃあ訂正するわ。ケイ、手伝って」
「了解であります指揮官殿!」
ぴしっと敬礼を返すと、なんなのそれ、とくすくす可愛らしく笑うルーミア。
俺達の遣り取りを見て奈苗が「ルーミア様が大隊長ですか!」と目をキラキラさせていたり「ルーミアが大隊長なのかー」とチルノが納得していたりと、終始賑やかな空気で準備は進む。
擦り寄ってくる奈苗をあしらいながらもチルノにお家芸の台詞を取られてショックを受けていたルーミアが可愛かったので、こっそり尻を撫でてみた。
手の甲を抓られた。
痛い。
「もっちー、アホの子みたい」
「失敬な!?」
賑やかな朝御飯を終えてふらふらと郷を練り歩く。
昨日の宴会が響いているのか余り活気は無く、穏やかな空気が流れている。
冷やかしに酒屋を覗き込めば、辛うじて帳簿台の前に寝転んでいる店主の姿が見えた。
二日酔いが辛いのか、眉間に皺を寄せて白髪混じりの頭を右手で押さえていた。
俺の姿を認め、何とか身体を起こそうとするのを片手を上げて押し留める。
「うぁ、契様ですかい。あたたた……」
「無理して起き上がらなくても良いぞ。流石に昨日の量は抜け切らないか」
「ははっ、面目無い。酒屋が二日酔いとは下手な演目にも劣りますな」
「酒屋が七升空けたとなれば充分な種だろうに。というか為助、お前が呑み比べなんか始めた所為で主だった連中が倒れてあらゆる店が閑散としてるぞ?」
「それは仕方無い事ですな。男には避けては通れぬ勝負というのが……あいたたた」
「やれやれ、余り無理はするなよ。序でに『望月』を一本持って行くぞ、お代はここに置いていくからな」
「あんなに呑んでてまだ迎えるんですかい!? いやはや、契様も豪気な神様ですなぁ。また来てやってくださいよ」
寝転んだまま会釈する店主にひらひらと手を振り酒瓶を左手に提げて、またふらふらと歩き出す。
通り掛かる店は皆一様に気怠そうな雰囲気を醸し出している。
「変わらず元気なのは子供ばかり、か」
広場の方から聴こえてくる楽しげな声に、自然と笑みが零れてくる。
あっちへふらふら、こっちへふらふら。
御多分に漏れず二日酔いに悩まされる店主を冷やかしながら商店通りを歩いていく。
途中駄菓子屋で大量におやつを買い込み、ふらふら揺れ動く幅を広げながら目当ての屋台を目指す。
年期の入った木目が歴史を感じさせる屋台の中、桃色の髪の毛がゆらゆらと揺れている。
寄り道している間にどこかで追い抜かれたらしく、俺が家を出た時はまだ皆と談笑していた筈の女将が布巾を片手に動いていた。
「っと、到着」
「おやおや、凄い荷物だねぇ。そんなに担いでどうしたんだい、兄さん」
屋台の中、のんびりと掃除をしていた女将が目を丸くして声を掛ける。
流石に昨日の今日で客が来る筈も無く、ゆったりのんびり過ごす積もりだった様だ。
形だけ出してあった椅子に腰を下ろすと、女将は温かいお茶を出してくれた。
それを有り難く飲み干し、ふぅと一息吐く。
「ちょいと暇潰し、それと皆の様子を眺めにな。予想通り、二日酔いでぐったりしていたぞ」
「そりゃあ、ねぇ。職業柄呑みなれてる私や鬼の姐さん達ならいざ知らず、郷の皆は普段から酒盛りしてる訳じゃ無いから」
「違い無い。そうそう、これ女将にお土産だ。大事に呑めよ?」
「おや、私にお土産だなんて嬉しいねぇ。お礼に何かあげたい所だけど、生憎気の利いたものも無いのさ」
女将は受け取った酒瓶を小型の冷蔵庫──チルノとにとりの共同開発の新型機だ──にしまい込み、色っぽい仕草でカウンターに寄り掛かった。
組んだ腕の上に二つのたわわな果実が乗り、蘇芳色の小袖から魅惑の谷間が覗いている。
柔らかそうで辛抱堪らん。
「おやおやぁ、兄さんはみすぼらしい夜雀にもお目零しをくれるのかい?」
「……命蓮寺から帰って来たら、思いっ切り揉みしだいてやる」
「うふふふっ、楽しみに待ってようかねぇ」
「夜雀の名に恥じず人を惑わすのは得意な様だな、女将?」
「閨で兄さんの為だけに歌ってあげるよ」
くすくすと心底楽しそうに笑う女将に妙な敗北感を覚えつつ、妖しげな空気を振り払う様に勢いを付けて立ち上がる。
若干女将の谷間に後ろ髪を引かれるが、そこは精神力で振り切った。
相変わらず妖艶な笑みを浮かべたままの女将に見送られて、またふらふらと歩き出す。
賑やかな声に誘われながら、路地を右へ左へ。
辿り着いた広場では、子供達がごっこ遊びをしている最中だった。
どうやら題目は冒険ものらしい。
「あ、ケイさまだー!」
お姫様役をやっていた女の子が俺に気付いて声を上げる。
それを合図に子供達が、わっと一斉に集まってきた。
抱き付いてきたのはそのまま抱き付かせてやり、他の子に遠慮しているのか少し遅れて寄ってきた子はくしくしと頭を撫でてやる。
「けいさま、こんにちわー!」
「あぁ、こんにちは」
「契さま、昨日はお疲れ様でした!」
「おう、有り難うな」
「けい様、ぼくも撫でてー」
「ほれ、ぐりぐり」
「わひゃー♪」
「あ、那彦ずるい!」
纏わり付かれて若干動きにくい。
人気者はツライな。
しかし子供達も目敏いもので、多少意識が俺の左手に提げられた大きな袋に向けられている。
「ねーねー契さま、何持ってるの?」
「これはな……皆へのお土産だ!」
ばばーん、と大仰に効果音まで付けて取り出したのは大量の駄菓子。
一瞬皆の動きが止まり、直後歓声が響き渡った。
大木を切り倒して作った広い台の上へ駄菓子の山を広げると、更に歓声が大きくなる。
が、我先にと手を伸ばす奴はいない。
何だかんだで皆行儀は良いのだ。
好きなのを持っていって良いぞと声を掛ければ、思い思いに駄菓子を手に取る。
大きい子は小さい子に欲しい駄菓子を取ってやり、小さい子はそれを大人しく待っている。
全員に駄菓子が行き渡り、俺も何か摘まむかと麩菓子に手を伸ばした所で視線が集まっている事に気付いた。
「お、どうした?」
「契さま、ありがとうございます」
「けいさま、ありがとー♪」
「ありがとですー」
「ありがとう、ケイさま」
「おおきくなったら、およめさんにして!」
皆がぺこりと頭を下げる。
大胆な子も一人居たが、喜んで貰えた様で何よりだ。
「はっはっは、皆の笑顔が見れたならそれで充分だ。それと亜理沙、俺は浮気でダメな男だから止めておいた方が良いぞ? 亜理沙みたいに素直で可愛い子なら、俺より格好良い奴が求婚してくる筈だからな」
「けいさまがいちばんカッコイイと思うんだけどなー」
多少舌足らずな所が愛らしい少女。
名前は霧雨亜理沙、霧雨雑貨店の一人娘だ。
箱入り娘というのか、少し他の子達とは違ったセンスを持った子だ。
俺を格好良いと思う辺り、なかなか見処が有るな。
だか流石に若過ぎる。
幾ら下にストライクゾーンが広い俺と言えど三歳は如何かと思う。
「まぁ、元気なのは良い事だ。はしゃぎ過ぎて怪我するなよ?」
「はーい!」
「契さまはこれからどうするんですか?」
「んー……、亜理沙の所で色々と買い揃えようか。実は西の方へ出掛ける用事が有ってな、その下準備をしなけりゃならん」
「そーなのかー。いっぱい買っていってね!」
「あぁ。それはそうと、余りルーミアの台詞取ってると噛み付かれるぞ?」
「呼んだかしら?」
耳に届く、余りに涼しげな声。
ぞわりと鳥肌が立つのと同時、子供達が「ひゃあー!?」と悲鳴を上げて後退る。
その反応に背後でむくれた様な声が上がった。
「もう、皆酷いじゃない。私の顔見て逃げ出すだなんて」
「そりゃあ謀った様な機で現れるからだろうに」
「何か言った、ケイ?」
「何でも有りません、マム!」
やれやれ、と溜め息を吐きつつ背中に凭れ掛かってくる。
そのまま両腕を俺の肩の前に回し、むぎゅりと抱き付いてきた。
さらさらの金髪が右頬に触れる。
少し、くすぐったい。
普段の様に甘えてきたルーミアを見て、遠巻きに見守っていた子供達もわらわらと集まってきた。
「びっくりしたぁ……。こんにちは、ルーミア様」
「こんにちわー!」
「こんにちは、皆。驚かせて御免ね?」
「ううん、だいじょぶー」
「ケイさま、いけにえ?」
「大体有ってるのが悲しい所だな」
「けいさま、かなしいの?」
「いたいのいたいのとんでけー」
「有り難うな、亜理沙、那彦。それはそうと、どうしたんだ?」
心配してくれたちびっ子達にお礼を言いつつ、右手で柔らかい頬をぷにぷにとつつく。
「んみゅ、ケイの事だから旅糧だけ大量に持っていって日用品忘れていくんじゃないかと思ったのよ」
「はっはっは、そんな訳は……無いぞ? 多分」
「本当に? 爪切りとか手拭いとか、着替えや毛布なんかも必要になゆ……ちょっひょ、つついて誤魔化ひゃにゃいでよ」
「誤魔化してる訳じゃ無いぞ、ルーミアが可愛いからな」
「もう、またそんにゃ事言って……んみゅ」
抱き付く力が少し強くなり、背中に幸せな感触が広がる。
何だかんだでお互い甘えん坊なのは変わらないな、と気付き自然と笑みが零れた。
ふと静かになった子供達が気になり、視線を向けてみる。
すると、何故か皆は手で目を覆っていた。
が、指の隙間からこちらをばっちり伺っていた。
「……何してるんだ、お前ら?」
「お気遣いなく~」
「オトナのらぶらぶだぁ……」
「きゃーきゃー♪」
「けいさまおんなたらしー♪」
「言われてるわよ、ケイ?」
「どう反応したもんか」
なかなか反応に困る。
諏訪子や神奈子が相手なら手刀の一発や二発をくれてやるんだが、流石にロリショタ相手に強く出る訳にもいかん。
取り敢えず背後の愛妻の身体を引き、くるりと回して抱き上げる。
お姫様抱っこ状態だ。
「ふぇ?」
「おー、お姫様抱っこだ!」
「ルーミア様良いなぁ……」
子供達の歓声が上がる。
腕の中のお姫様は目を丸くしていたが、自分の状態を認識すると途端に顔を赤くした。
このお姫様、キスしたり抱き締めたりされても照れないのだが、抱っこされる事は何故か恥ずかしがる様だ。
わたわたと両手を振り回して抵抗してくるがバランスが崩れるのを嫌ってか、余り大きな動きはない。
それがまるで童女の様で、庇護欲を掻き立てられる。
「や、ちょっと、ケイっ」
「それじゃあ雑貨店に行くか。皆も夜遅くなる前に帰るんだぞー」
「はぁい」
「またね、けいさま」
「お菓子、ありがとうございました」
「ちょっ、お、降ろしてってばぁぁ……!」
「恥ずかしがるルーミア様萌えー」
「那彦、もえって何?」
賑やかな子供達に見送られ、来た道をのんびり練り歩く。
というか、那彦は何処で萌えを覚えてきたんだ。
「うぅぅ~……!」
「全く、可愛さも過ぎれば毒だな。……世界一可愛いぞ、嫁さん?」
「も、もぅ……ケイのバカぁ……」
すっかり大人しくなったルーミアを抱え直し、額に軽く口付けてやる。
ふにゃり、と脱力した姿も可愛らしい。
雑貨店に辿り着くまでの短い距離。
普通に歩けば十五分程の道だが、お姫様を連れてゆっくりゆっくり歩いていく。
……到着して降ろした後、照れ隠しにぽかぽか叩かれた。
それを見た店主に笑われたのはお約束と言うべきか。