偶然出逢った小傘を加え、珍道中は益々賑やかさを増して行った。
響子が無邪気にはしゃぎ、ぬえが左右に振り回され、小傘が目を回して付いていく。
うむ、改めて思うがストッパーが居ない。
と言うか響子に振り回されるのが一人増えただけだ。
まぁ抱き付かれる対象が一人増えた分、ぬえの負担と言うか弄られ係数は減ったと思う。
時折ぬえと小傘から助けを求める視線が向けられるが、自ら止めに行くよりは眺めていた方が面白いから基本放置だな。
そうして暫く道を行き目的地である命蓮寺へ辿り着いたのが、つい昨日の事だ。
住職の聖白蓮と簡単な挨拶を交わし、暫し近くの村に滞在する旨を告げて寺の裏手に有る、通称妖怪村で旅の疲れを癒す事にした。
──予想外に命蓮寺の訪問で疲れたからな。噂の住職があんなに若いとは思わなんだ。
回りに年寄連中……げふんげふん、素敵なお姉様方が多い所為かそれなりに人を観察する事は馴れてきた。
観るに、聖は見た目通りの年齢では無い。
一度妖怪を治療する所を見せて貰ったが、その際妖怪から僅かだが妖気を吸い取っていた。
恐らく吸い取った妖気を使い、肉体を若々しく保っているのだろう。
所作から察した所、聖が若返りを始めたのは或る程度老いてからだろう。
若いまま年を重ねたのとはまた違う落ち着きが窺えた。
とすれば、若返りの理由は死への忌避か。
まぁ、理由は如何有れ良からぬ事を企んでいる訳では無いのは、この村の様子を見れば解る。
皆が笑顔で道を行き交っているのが何よりの証拠だろう。
──余り勘繰っても側仕えの凸凹コンビに怒られるから、まぁ気にしないで置こう。
それに聖本人もなかなかに愉快な人柄だ。
頭を空っぽにした状態で話し合うのも楽しそうだ、と思わせる程度には話が解る。
とまぁ、そんなこんなで取り敢えず当初の目的は達成した。
が、そのまま蜻蛉返りと言うのも詰まらない。
観光と慰安を兼ねて少し羽を伸ばさせて貰うとしよう、というのが賛成多数で可決された。
投票したのは俺だけだが。
ともあれその日は旅の疲れを癒すべくゆっくりと湯に浸かり、序に色々と楽しませてもらった。
従順な幼女二人というのは実に素晴らしいな。
そして朝を迎えた訳だが響子とぬえはまだ夢の中、起こすのも忍びないので適当に暇を潰す事にした。
手始めに何か特産品の様なものが無いか宿の女将に聞いた所、この村で取れる野菜を使った根菜鍋が旨いらしい。
牛蒡、人参、玉葱、馬鈴薯。
それらを赤だし味噌で味付けし、おじやの様にして食べるのが実に旨い。
味噌の代わりに塩漬けにした猪の肉を入れるとこれまた絶品。
早速宿の女将に調理法を習って味を覚えた。
これで郷に戻ったら皆に新しい料理を楽しんでもらえるな、と意気揚々と散歩に出掛けたのがつい今し方。
右隣にはご機嫌な様子で閉じた傘を楽しげに提げた小傘の姿が在る。
朝風呂から戻ってきた小傘に丁度玄関先で捕まった形だ。
「ふふ~ん、ふ、ふ~♪」
即興の歌だろうか、どこか調子の外れた音程を鼻で刻みながら下駄をカランコロンと鳴らしている。
陽気に笑みを浮かべて道を行く姿に思わずこちらも微笑が零れる。
時折、視線を俺へ向けては少し照れ臭そうに笑うものだから何処と無く気恥ずかしい。
照れ隠しに頭を撫でてやれば、くすぐったそうに首を竦めはするが嬉しそうに声を漏らすので何ともまぁ、甘酸っぱいものが込み上げて来る。
何だかんだで好感度は上がっているらしく今は「近所の遊んでくれるお兄さん」みたいな感じで俺を捉えている節が有る。
それはそれで美味しいシチュでは有るか、皆には内緒のえっちなお医者さんごっこを仕掛けるのも楽しそうだし、と一人頷いた所で『再び』後頭部の辺りをチリチリと焼け付く様な感覚が走り抜けた。
「小傘」
「あ、うん。ちょっと待ってね」
呼び掛けに呼応して前を向き何事も無く歩いている小傘が如何にも『何となく』と言った体で右手に提げた傘をくるりと回す。
言うまでも無く、小傘の本体だ。
少々特徴的な色合いの唐傘に見える様擬態したそれが、薄っすらと眼を開く。
……本人は意識していないだろうが、まるで映画の中のスパイの秘密道具みたいだ。
「うん、また紙切れが飛んでる。えーと、付かず離れず?」
そうして返ってきた答えは想定通りの内容。
やはりと言うべきか案の定と言うべきか、予想通り紙切れが空を飛んでいる様だ。
一見すると何の変哲も無い紙切れに見えるが、それが『常に俺の周囲を監視する様に』漂っていると在れば話は別だ。
余り考えたくは無いが、熱狂的なファンが俺には付いているらしい。
タマネギみたいな髪型はしていないだろうな?
ともあれ紙切れが風に流されている程度ならば捨て置けば良い、とそう思える程度の状況は当の昔に過ぎ去っている。
何度目かは知らないが、最初に気付いたのは小傘と出逢う少し前。
丁度山小屋の近辺へ差し掛かった辺りだ。
その時は「こんな山道で珍しい」と思ったが然して気には留めなかった。
次に見たのは小傘を連れて命蓮寺へと向かう道中で。
ひらひらと漂いながら、しかし風に流される事無く振り向いた視界の端にギリギリ入り込むか否かと言う位置で飛び続ける紙切れに違和感を覚えるのはそう難しい事では無い。
……いい加減観察されているのにも飽きた所だ。
モニターが有るかは知らないが監視者の方にはそろそろお引取り願おうか。
「どれどれ……、よっと」
気楽な掛け声を残して背後へ飛びそのまま垂直に跳躍し右手を伸ばす。
乾いた音を鳴らして握り締めると同時、手の中の紙切れへ能力を向ける。
「白符『拭い去り』」
能力を向けられた紙切れは掛かっていた式──俺の能力で言う所のエンチャント──を消し飛ばされ、文字通りただの紙切れへと変わる。
エンチャントに包括されるものは、それが物体に作用し続けているもので有る限り魔術だろうが法術だろうが、それこそあのちっこくて可愛らしいミシャグジが掛けた呪いだろうが問答無用で消し飛ばず事が出来る。
まぁ、この紙切れに掛かっていた術がこちらの動きに対応して発動するものであるなら『拭い去り』は効力を発揮しないのだが。
──だから例えば、こんな風に。
足裏に着地の衝撃が伝わるのを待って握り締めた手を開く。
手の皺の形に走る赤い線が紙切れに残っていた。
裂傷は綺麗に治っているが滲み出た少量の血が紙切れの抵抗を示している。
これこそ、俺が紙切れを解呪した事に対応した術の効力だな。
「治るとは言えど全く痛くない訳じゃ無いからなぁ……地味な嫌がらせをしてくるもんだ」
「え、あ、あれ? 契くんが消えた!?」
「後ろだ、後ろ」
「わぁっ!? いつの間に瞬間移動したの!?」
「なに、小傘が俺に見惚れている間にちょっとな」
「うえぇぇぇぇっ!? そ、そんな見惚れてたりなんてっ」
両手をぶんぶん振り回し顔を真っ赤にする小傘の姿を微笑ましく眺めながら、右手の中の紙を破らぬ様に折り畳む。
自分一人ならいざ知らずぬえや響子、小傘に何か不都合な事が起こり得るかも解らん。
となれば抱え込む理由も無い。
亀の甲より年の功、と回りの奴等に聴かれれば非難轟々間違い無しの──本人は怒る所か頼ってくれて嬉しいと言いそうな──事を考えつつ、俺は一先ず宿屋へと歩みを向ける。
幸せいっぱい夢いっぱいの幼女達を回収しなくてはな。
「たのもー♪」
「た、たのもー?」
「こんにちはー」
三者三様の声が御堂横の母家へと響き渡る。
ぱたぱたと駆け寄ってきたのは黄金色から毛先へ向けて紫色に変わる不思議な髪の毛をした妙齢の女性。
こちらを認めると嬉しそうに微笑む。
「あらあら、いらっしゃい」
「よぅ、聖」
なんともほんわかした雰囲気の女性に片手を挙げて応える。
この何とも毒気を抜かれそうな女性こそ、命蓮寺の住職である聖白蓮だ。
普通の……と言うか住職を見た事が殆ど無いので解らないが、恐らくは正式なものでは無いであろう装飾の付いた袈裟を着ている。
黒の法衣に細く白長い布を巻き付けた様な、とでも言えば良いだろうか。
「こんにちは、聖さん! 遊びに来たよー♪」
「こんにちは響子ちゃん。大歓迎よー♪」
にぱー、と笑う響子と同じテンションで返せる辺りこの女性のポテンシャルが知れる。
しかも演技や愛想笑いでは無く本気でやっているのだから凄い。
昨日その余りのキャラクターっぷりに思わず「何とも元気な……」と呟いたところ「はい、おばあちゃん元気ですよー♪」と返され全身の緊張感を持っていかれた。
妖怪を惹き付けるカリスマ性を持った人物とは一体どんな切れ者だろうかと多少俺も身構えている所は有ったのだが、出会って早々に気勢を削がれ、言葉を交わして毒気を抜かれ、止めの一撃と言わんばかりに掛けられた帰り際の「また来てね契ちゃーん♪」と言う間延びした声を受け俺の中のシリアスは一気にシリアス(笑)になってしまった。
「聖さん、今日はお寺のお仕事は良いの?」
「ぬえちゃん達が遊びに来てくれそうな気がしたから先に終わらせて置いたわよ♪」
「そうなんだ、ありがとう聖さん」
「うふふ、どういたしまして♪」
だが待って欲しい。
気分屋の多い妖怪達を纏め上げ穏健派の陰陽師とも独自の繋がりを持っていると噂された遣り手の住職がこんなほんわか天然キャラだと誰が予想出来るだろうか。
人を惹き付ける、と言う意味では十二分にカリスマ性が有るのは間違い無いのだが。
「おや、何か賑やかだと思ったら君達か。いらっしゃい」
「あ、ナズーリンさん。こんにちは」
「うん、こんにちは。聖、玄関で立ち話と言うのも味気無い、上がって貰わないか?」
「あらあら、うっかりしていたわ。それじゃみんな、上がって行って」
「お邪魔しまーす!」
「はーい、お邪魔されまーす♪」
そして奥から顔を出したのは命蓮寺の頭脳と呼ばれる鼠の妖怪ナズーリン。
腰に提げているダウジングロッドも目立つが、何より目を引くのはその頭にぴょこんと伸びる円い耳だ。
……シルエットの状態でハハッとか笑われたら色々と危険な香りのする形の耳だな。
背は低く響子より少しだけ大きいくらい。
物知りで格好良いお姉さんとしてぬえと響子からは羨望の眼差しを受けるクールビューティーだ。
今まで周囲にクールキャラが居なかった分、ナズーリンの立ち振舞いは何かと新鮮に感じる。
永琳はクールと言うよりは落ち着いた大学院生のお姉さんみたいなイメージが有るし、幽香は世話好きな親戚のお姉さんと言った所か。
どちらにしてもクールと言うよりは優しく見守る保護者みたいな雰囲気が有るからな。
ガンキャナコ?
知らんな。
「おや、どうかしたかい? 契以外はもう居間に移動したよ」
「ん? あぁ、すまん。ナズーリンが可愛いから見惚れていた所だ」
「物好きだね、契は。さ、私みたいに平凡な顔を眺めてないで上がった上がった。お姫様達が待ちくたびれてしまうよ?」
くすりと軽く笑みを零して廊下を行くナズーリン。
ブラウスとスカート、ソックスと全て鼠色で揃っている所為ですらりとした手足やうなじが眩しい。
ひょこひょこ揺れる尻尾に誘われながら居間へ案内されると、早くも炬燵で溶けている響子とお茶を啜り幸せそうに脱力する小傘の姿が目に映る。
ぬえは聖と一緒に台所で何かしているらしい。
「思いっ切り寛いでるな」
「平和で良いじゃないか」
「ナズぅぅ! 何処ですか、ナズぅぅぅっ!」
「……私の平和は終わったみたいだがね」
頭痛を堪えるかの様にこめかみを押さえるナズーリンを呼ぶ声は段々と近付き、ガラリと勢い良く襖が開かれその声の主が目に涙を浮かべて現れた。
「騒々しいぞご主人。客人に失礼だろう」
「え? あ、契さんに響子ちゃん、小傘ちゃんも。いらっしゃい」
「ぬえは聖と台所だ」
「そうでしたか、ゆっくりしていってくださいね」
「で、ご主人。最早訊ねるのも億劫なんだが……またかい?」
「あっ、そうでした! ナズ、宝塔を見掛けませんでしたか!?」
わたわたと落ち着き無く両手を振り回す金髪の女性。
所々髪の毛の跳ねたショートカットの中に入り雑じる黒の髪が何処と無く虎っぽい。
胸の辺りから赤、袖とフードは白い法衣と虎の腰巻きを着た姿は遠くからでも目立つだろう。
まぁ、本人の動きも中々に目立ってはいるが。
「宝塔と言うと……昨日も探していたおでんの串みたいな奴か」
「こらっ、契さん! 有り難い宝塔をおでんの串とは何事ですか!」
「同じ様に有り難いと思うぞ? 鍋料理だから温まるし大根や牛蒡に人参も入って栄養は抜群、余った汁に米を入れて雑炊に出来るから無駄も無く美味しい。作るのも手軽だから男の独り暮らしにも良し、家族で囲んで食べるも良しだ。冬にほっと一息吐ける大変素晴らしい料理じゃないか?」
「……成程! おでん凄いですね!」
「あっさり洗脳されたがアレで良いのかお前のご主人。それに昨日の今日でその有り難い宝塔を失せ物にした様だが」
「言わないでやってくれ。本人に悪気は無いんだ」
「有ったら逆に吃驚だよ」
ナズーリンの日頃の苦労が偲ばれる。
と、何やらもぞもぞと響子が動き出した。
「星さん星さん、ほーとー見付けたー」
「おぉ!?」
まったりしたまま響子が炬燵から取り出したのは、はんぺんと玉子とちくわをおでん串に刺した様な物体。
何処と無く儚げにくすんだ光を反射しているのが哀愁を誘っていた。
「それは宝塔!」
「何かコタツの中にあったよー」
「そう言えば朝御飯食べた後炬燵で微睡んだ様な……」
「おいご主人」
「と、ともあれ響子ちゃん有り難う!」
「にへへー、どういたしましてー♪」
宝塔を受け取った星は腰元の衣嚢へと宝塔を仕舞い込む。
随分とゆったりした造りの所為か、半分以上宝塔が外へと出ている。
あれでは走ったり座ったりした拍子に零れ落ちてしまいそう……あぁ、だからか。
原因に気付いている筈のナズーリンに目を向けると、出来の悪い妹を見る様な目を星へと向けた。
「あの衣嚢、聖が同じ柄の生地を態々探して取り付けてくれたものでね。本来は小銭や髪留め何かを入れて置く為のものらしいんだが……」
「……あの満足そうな笑顔には勝てなかったか」
むふー、と鼻息を荒くしてドヤ顔を決める星。
宝塔をセットする事は神奈子が御柱と注連縄を着ける様なものなのだろう。
何処と無く雰囲気がキリッとしたが両手を腰に当てて胸を張る姿に若干の憐憫を覚える。
「何だろう、この懐かしいアホの子の臭い」
「余り言わないでやってくれ」
「苦労してるな……。星、宝塔が見付かったならナズーリンを借りて行っても良いか?」
「はい、私の用事は宝塔だけでしたので大丈夫ですが……どうかしました?」
「愛らしいので口説き落としてみようかと思ってな」
「成程……って、ええっ!?」
「さて、それじゃ少し席を外すぞ」
今度は顔を真っ赤にして固まってしまった星。
動きと言うか反応が実に初々しい。
少し離れた所に有る茶室を借り、座布団へ腰を降ろす。
続いてナズーリンも座るがその際、チラリと健康的な太ももがスカートとソックスの間から覗いた。
うむ、挟まれたい。
「何やら邪な気配を感じるね?」
「それだけナズーリンが魅力的な女性って事だな」
「やれやれ、息を吐く様に口説き文句が出て来るね君は」
「全て本心だぞ?」
「それはどうも。さて、何が聞きたいのかな?」
「中々手強いな……。まぁ、事が終わったら存分に口説かせて貰うとしてだ、ちょいと見て欲しい物が有る」
そう言って懐から取り出すのは先程の紙切れ。
和紙で在る為俺の血痕が少し滲んで透けている。
ナズーリンは受け取ると訝しげに紙を開いた。
「これは……?」
「先程掴まえたものだ。何らかの式が符呪されていたらしくてな、少なくとも二つ以上有ったのは間違い無い」
「少なくとも二つ、か。もしやこの血痕は」
「俺のだ。式諸共握り潰した時に反撃のものが仕込まれていたらしい。あぁ、気分を悪くしたならすまん」
「契、手を見せてごらん」
素早く紙を畳んで膝元に置くと両手で包み込む様に俺の右手を取った。
指を開けさせ、傷が無いかを確認すると同じ様に左手も確認していく。
「ふむ……? 余程綺麗な断面だったのか傷痕は残っていない様だね」
「あ、あぁ、俺自身の能力の副作用みたいなもんでな、傷の治りが異常な迄に早いんだ」
「そうかい、傷口に黴菌が入っては大変だからね。では失礼して……んっ」
断りを入れたと思った矢先、ナズーリンは俺の両手を取るとそのまま自らの両頬に当てた。
少しひんやりとしたモチモチほっぺの感触が気持ちいい。
否、そうではなくて。
「もし、お嬢さん。一体何をしているのかね?」
「何、世間では恋人同士はこうやって暖を取りつつ互いに好意を伝えるものだと聞いてね。試しに私もやってみた訳だ」
「……色々と言動が予想の斜め上を行っている所為か何から突っ込めば良いのか解らん。取り敢えず何故俺相手に突然そんな事を」
「おや、私を口説いてくれるのだろう? 残念ながらこの年まで異性との良縁には恵まれなかったのでね、契の様に格好良い男性に口説かれては直ぐに堕ちて行ってしまうのさ」
くつくつと喉を鳴らして笑うナズーリンを見て、漸くからかわれていた事に気付く。
だが良く見るとナズーリンの頬も僅かに朱が差している。
気恥ずかしさを覚えはしたが、それはお互い様と言った所か。
と、不意に可愛らしい顔の眉間に皺が寄った。
「どうかしたか?」
「これは……ふむ、成程」
「何か解ったのか」
「少しばかり奇妙な事が、ね。今の戯れで契に付いていたものとは違う妖力をこの紙から感じ取ったのでね」
「俺に付いていた妖力?」
「ぬえ、小傘、響子の三人娘さ。ぬえと響子のは特に強く付いていたが……稚児趣味かい?」
「女性の趣味が上下に広いだけだ」
「私の貧相な身体付きでも興奮して貰えるのだから良い情報では有るよ。まぁ、それはこの際置いておくとして、だ。その三人以外の妖力が僅かに残っていたんだ」
「村の誰かの妖力じゃないのか?」
「否、村の人達の妖力は覚えているからね。全く違う質のものだよ。そしてその妖力がこの紙に付いていると言うのが、引っ掛かっている事なのさ」
紙を広げたナズーリンは姿勢を正して告げる。
「この紙に付いていたであろう式とは恐らく陰陽師の使う術。言わずもがな、陰陽師は退魔師としての側面も有り妖怪の敵とも言える存在だ。その陰陽師の使う式紙に妖力が付着していた、と言うのは少々異質な事だとは思わないかい?」
「……確かに、違和感が有るな」
「加えて狙われていた──と仮定するけど、相手に選ばれたのは諏訪の地で人も妖怪も神も仲良く暮らしていると噂の郷を支配している望月契その人だ。反撃の呪を組み込んだ式紙で追わせていた以上、如何にも友好的では無さそうだよ?」
ナズーリンの見解を受け、顎に手を当てて考え込む。
先ず、この式の付いた紙の持ち主は陰陽師の可能性が有る。
知り合いの陰陽師と言えばぬえを追い駆けていたあの妙に存在感の有る男しか居ないが、不比等が居る以上その可能性は無いと見て良いだろう。
となれば俺の知らない奴がこれを仕掛けたと考えるべきか。
──誰が、はこれ以上進まないか。なら次は何の為に、を考えてみよう。
この紙が現れたのは命蓮寺へ向かう山道の途中、小傘と出逢った山小屋の近く……否、命蓮寺へと向かう分かれ道を通り過ぎた辺りからだ。
命蓮寺へ向かう者を監視する名目なのか、はたまた俺があの道を通ると予想して待ち伏せていたのか。
どちらにせよこの紙がここに有る以上更なる反応が起こる事は想像に難くない。
無作為に選ばれた中の一人が俺だったのか、或いは俺を狙って式を飛ばしたのか。
「……駄目だな、まだ解らん事が多過ぎる」
「まぁ、用心しておくに越した事は無さそうだね」
「だな。さてと、そろそろ戻るとするか。台所で聖とぬえが何をしていたのかも気になる所だしな」
言うが早いか、廊下から僅かに甘い匂いが漂ってくる。
餡子の匂いだ。
となれば汁粉かおはぎか、はたまた餅か。
途端、腹の虫が高らかに声を上げる。
「ふふっ、随分と正直な身体だね」
「食道楽だからなぁ」
「それじゃ行こうか、皆も待っているだろうから」
すくっと立ち上がったナズーリンに続いて腰を上げて……降ろす。
俺の挙動に首を傾げるが、直ぐに合点がいった様で笑い声を漏らしていた。
「くくっ、つついても良いかい?」
「足以外なら構わんぞ」
「では早速」
「あ、こら! 今痺れて、ぬぁー!」
「はっはっは、悶える顔も中々良いものだね」
「ちょ、やめ、アッー!」
俺の背後に回りつんつんと両足を突いて来るナズーリン。
こいつ隠れドSか!
苦悶の声を上げていると様子を見に来た響子とぬえが何故か参戦してきた。
三人に弄ばれながら、俺は復讐を心に誓うのであった。
「お前らいい加減に……ぬわーっ!」
「あはは、契さんぷにぷにー♪」
「ふくらはぎもむにむにー」
「くくっ、悶える表情が実に良いね。ゾクゾクしてくるよ?」
騒ぎを聞き付けた小傘に救出されるまで三人の襲撃は続くのであった。
小傘マジ天使。