※この作品はR-18です。

今の君から続く未来を   作:添牙いろは


原作:君の名は。
タグ:R-18 If 瀧三 立花瀧 宮水三葉
入れ替わって早々に惚れ合ってしまう瀧と三葉さんの話です。

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今の君から続く未来を

 これは、夢などではない――

 瀧は、それを実感していた。

 彼女の姿は何度も夢に見てきている。

 ただ、それは、

 時間と共に朧げとなり、

 もはや、はっきりとは思い出せなかったはず。

 それなのに――

 この膨らみ、

 この括れ、

 そして、この笑顔。

 記憶以上の 質感(ビジョン)に、瀧は 現実(リアリティ)を確信していた。

 ただの女の裸に欲情しているのではない。

 鏡に映る姿を見ていると、胸の底が熱くなってくる。

 彼女に、

 かつて一度だけ出逢った女性に、見蕩れている。

 呼び起こされる記憶と共に。

 一体何がどうなっているのか……それは、瀧自身にも解っていない。

 だとしても、彼女の身で彼女の生活を営んでいるのなら、一分一秒を噛み締めよう。

 そして、不思議な一日を過ごし、夜が明けてみると――

 日付が一つ、飛んでいた。

 

       ***

 

 容姿から入ってしまったことは否めない。

 とはいえ、それは最初だけ――

 だと、三葉は信じている。

 今では、彼のすべてが気になっているから。

 友達もみんないい人だし、

 バイト先からの信頼も厚い。

 そして何より、

“数学の宿題は、俺が済ませておいた。それと、明日の英語の授業についてだが――”

 彼は凄く、気を使ってくれている。

 見ず知らずの自分の生活を掻き乱さず、できる限り平穏に過ごせるように。

 ただ――

 身体は絶対に見られていることだろう。

 変なこともしているはず。

 なのに……そこまで悪い気はしていない。

 男の子だから仕方ないかな、という諦観もある。

 それを除けば、こちらのことを大切にしてくれているのは伝わってくるし。

 むしろ、見てない、触ってない、と言われても……どうして信じられるというのか。

 女の自分ですら、男の子の身体に触れずにはいられなかったのに。

 男の彼が、我慢できるはずがない。

 だからきっと、

 こんな自分の好意は、相手に漏れてしまっていることだろう。

 相手からの好意を、自分自身が感じているように。

 だから、遅からず伝えてくれるはず。

 彼の方から。

 寝ても覚めても、三葉はそのことばかりを待ち望んでいた。

 そして、ついに――

 

“俺は、三葉のことが、好きだ”

 

 その書き置きに、三葉は一人畳の上を転げ回る。

 自分のノートなのに、その筆跡は明らかに自分のものではない。

 彼の文字で、そう記されている。

 好きだ――と。

 他に捉えようがないかと彼女は疑う。

 次のページにオチが隠されているのではないかと捲ってみたり。

 それでも、

 どこにも、

 余計なものは何もない。

 それ以外の意味で受け取りようがない。

 ゆえに、二日後――

 真っ白な頭で、彼女も綴る。

 彼の身体で、

 彼のノートに。

“私も、瀧君が好きです”

 思いを形にしてしまったことで……三葉はもはや、正気ではいられない。

 目が覚めて、互いの身体が元に戻った時――

 逃れようもなく、この想いは伝わってしまう。

 もう恥ずかしすぎて、鏡すら見られない。

 昼は、彼が名前を呼ばれる度に顔を熱く火照らせてしまい、

 夜は、布団に入っただけでドキドキしてくる。

 こんな調子で眠れるのかな、と不安になるも――

 堪らず 扱(しご)き上げてしまったことで、あっさり眠気は訪れた。

 

 翌朝、瀧は歓喜する。

 決死の覚悟で告白したのが三日前。

 昨日は、三葉と入れ替わっていた。

 が、そこに想いの応えはない。

 ただ、あの返事は次に入れ替わった時に――というメモだけ。

 断るのなら、そんなもったいぶったことはしないはず――

 そう自分を鼓舞しながら、瀧は彼女としての一日を過ごしていた。

 今頃三葉は、自分の身体で、自分の想いに何らかの答えを出してくれている、と

 怯えながら。

 だが、待っていたのは、想定しうる中で最高のものだった。

 しかし――

 これまで何度か通話を試みてきたが、今でも電波は不通のまま。

 好きだといってくれる相手が、着信を拒否するはずがない。

 ならば! と勢いのままに押しかけてしまいたい衝動に駆られるが――

 それでは相手にも迷惑がかかってしまう。

 せっかく恋人同士になれたのに、

 結局は入れ替わりを待つしかない。

 だけど、一度でも逢うことができれば――

 もっと彼女を近くに感じられるはず。

 そんな想いを押し留めながら、彼は最低限の言葉を伝える。

 ただ――“逢いたい”と。

 

 数日おきの文通の末――

“今度の日曜、糸守で待ってる”

 ついにその機は訪れた。

 彼女と逢うために買い揃えたとっておきの一張羅。

 生活の一部を共存してきたとはいえ、三葉にも見つかっていないだろう。

 そして何より、出逢えた時に伝えようと心の中で温め続けてきた言葉は、決して。

 あんな断片的な一文ではなく、

 もっと、もっと大きな想いを伝えるために。

 どんな状況で切り出せば良いか――瀧は電車に揺られながら糸守の町に思いを馳せる。

 しかし――

 飛騨の山奥に辿り着いた時、

 彼を待っていたのは――

 絶望だった。

 

       ***

 

 初めてのデートをすっぽかされるなんて……

 三葉は落胆を隠せない。

 だが――

 これについて、彼女が瀧に憤りを向けることはない。

 むしろ逆に――彼の身が心配になってくる。

 どこかで事故などに巻き込まれたのかもしれない。

 そんな懸念とは裏腹に――

 不幸があったのは、彼(・)女(・)の(・)方(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 

 もう二度と入れ替わりが起きなかったらどうしよう……

 そんな不安に苛まれながら三葉自身としての日常を過ごし、

 水曜日が訪れた時、彼女は瀧が糸守に来なかった理由を知ることとなる。

 正しくは、来れなかった理由を。

 

“糸守町が、なくなっていた。”

 

 彼はあの日以来、学校にも行かずに糸守のことを調べ回っていた。

 再度現地にも足を運び、

 当時の記録を漁り集めて。

 だとしても。

 そんなものを聞かされたところで、普通は信じるはずがない。

 精魂の込められた悪い冗談として受け止めるだろう。

 だが、彼女は――

 瀧を愛していた。

 付き合い始めたばかりの恋人に、すっかり惚れ込んでいた。

 私の瀧君が、そんな稚拙な嘘を作り上げるはずがない――

 ゆえに、信じた。

 全面的に。

 彼が、未来に生きていることさえも。

 だからこそ――

「私……死にたくないよ……!」

 三葉は、瀧と送る人生を一ヶ月余りで終えたくはない。

 そして瀧とて、三葉と死に別れている現実など受け入れられるものではない。

 ゆえに足掻く。

 三葉だけを東京に避難させるのは最終手段。

 できれば、糸守のみんなも救いたい。

 そのための、共同戦線。

 瀧の身体が瀧のものでも、

 三葉のものでも、

 二人は足繁く糸守跡地へと通いつめた。

 そして、高校の敷地がそのまま残っていることに着目し――

 避難訓練などはどうか。

 テッシーに協力を仰げば……

 少しずつ計画も固まってくる。

 みんなで生き延びられる気がしてくる。

 惨憺たる未来の前で泣いているだけではない。

 これならきっと上手くいく――!

 その勇気は、確信へ。

 父・俊樹の協力の算段も立つと、三葉の気持ちも落ち着いてきた。

 すると、顔を出すのは――恋心。

 交渉の進捗を報告するため、彼女は自分のノートにメモを残す。

 だが、その末尾に――

“今の瀧君が中学生で、私のことを知らないのも解ってる。だけど――”

 

 ――逢いたい。

 

 糸守救済計画は絶対に成功すると信じている。

 だとしても――

 確実な未来なんてどこにもない。

 何より、わずかな違いで……隕石の落下地点が変わってしまうかもしれない。

 一番重要なタイミングすらも。

 そうなれば……きっと後悔する。

 一度も恋人に逢えなかったことを。

 だから……

 糸守でできることはすべてやった。

 心残りなのは、ただそれだけ。

 遠くから眺めているだけでもいい。

 自分のこの身で、大好きな男の子を……!

 その書き置きを目にして――

 瀧は、ついに過去が動き出したのを感じていた。

 記憶の一部は曖昧になっている。

 が、覚えていることも多い。

 あの日逢った女性のことだけではなく、

 それが、土曜日だったこと。

 そして、雨が降っていたこと。

 だが、他の細かな経緯は忘れてしまった。

 自分が、どの道を通っていたのかも。

 それでも。

 宿命ならば、きっと出逢うのだろう。

 ゆえに、それ以上を彼が告げることはない。

 ただ――

 もしその日、広い東京という街で自分を見つけることができたなら、

 そこまでは同じ時間をなぞっている、ということだ。

 ならば、一〇月四日に襲い来る惨劇も変わらない。

 だが、そこから先だけは変えてみせる。

 そんな祈りを込めて――

 彼は三年前を見守ることにした。

 

“もし、土曜日に雨が降っていたら、逢いに来て欲しい”

 三葉は、瀧からの奇妙な条件に首を傾げる。

 だが、彼がそういっているのだから、そうすれば良いのだろう。

 折しも、明日は土曜日である。

 天気予報士の解説によれば、晴れ。

 だが、

 にわか雨の恐れもあるため、雨具の用意はしておいた方がいい――

 恋する少女は、その一縷の可能性に賭けた。

 未来からのメッセージは、土曜日に雨が降っていたら逢いに来て欲しい、とだけ。

 とはいえ。

 雨(・)が(・)降(・)ら(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)東(・)京(・)に(・)来(・)て(・)は(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)とは書かれていない。

 だから、これはただの観光旅行。

 でも、もし、偶然雨に降られたら――

 その時は、瀧君に逢いに行こう。

 苦しい詭弁であることは自覚している。

 だけど――

 もしかすると、自分の余命はもう半月もないかもしれないのだから。

 どんな形だとしても、恋人との時間を過ごしたい。

 大好きな人を、見つめていたい。

 ただ、それだけのために――

 三葉は糸守の町を発った。

 

 が、その願いは呆気なく通ずる。

 電車の外を流れる雲はみるみる暗くなってゆき、

 現地に着く頃には、本格的な雨模様。

 予報を外してくれて、ありがとうございます……!

 三葉は、傘を差しながら天の采配に感謝した。

 しかし……

 逢いに来て欲しい、と誘ってくれたのは三年後のこと。

 今を生きる瀧少年は知る由もない。

 当時の家の住所は本人から聞いている。

 が、呼び鈴を慣らすだけの建前もない。

 とりあえず、その場所へと向かってみるも……集合住宅の部屋は高く、在宅かどうかすら見えなかった。

 帰りの電車のことも考えず、三葉は区画をぐるぐると回り続ける。

 傘はあってもアスファルトを叩く水飛沫は躱しようもない。

 靴下までずぶ濡れになりながら、彼女は闇雲に徘徊していた。

 が、一向に逢えそうな気配もない。

 こうなったら一か八か、自宅を訪ねてみようか。

 だが、どんな理由で?

 セールスのための小道具もなく、

 宗教的な話も巫女という立場上したくない。

 間違いなく、二度は許されない一発勝負となるだろう。

 あまりに深く考え込んでいたからか――

 バチャリ。

 とうとうやってしまった。

 大きな水溜りに、左足がしっかりと嵌まり込んでいる。

 が、右足はまだ無事だ。

 無駄な抵抗かもしれないけれど、少しでもマシなところに着地したい。

 思い切って前方へと踏み切ってみるも――

 それは完全に裏目となった。

「わっ、うわぁっ!?」

「きゃあっ!?」

 その少年は、傘を忘れていたのだろう。

 雨から逃れようと俯き加減に先を急いでいたところ――曲がり角での正面衝突。

 三葉はせっかく通り越した水溜りへと押し倒されて……

 二人揃ってもつれ込む。

 少年は、真っ青になって顔を上げた。

 自分の不注意で、女の子に怪我をさせてしまったかもしれない。

 だが、下敷きにしてしまったその少女は怒ることなく、

 驚いたまま、呆然と、

 男の子の瞳を見つめている。

「あの……大丈夫……ですか?」

 そんないじらしい気遣いにも、三葉は応じることができない。

 何故ならば、

 このような形で若き日の恋人と出逢うことになるとは思ってもいなかったから。

 

 俺のうち、すぐ近くですから――という瀧の言葉に、

 うん、よく知ってるよ、と三葉は心の内で密かに応える。

 それでも、それは口には出さずに、

「……うん、ありがと」

 これまで接してきた瀧は、同い年だった。

 が、隣にいる瀧は、三つも歳下。

 男の子って、この時期から急に大人びていくんだなぁ……と感慨深く見つめながらも、瀧少年に、また別の想いを募らせていく。

 ……可愛い。

 初めて見る大好きな彼の幼い姿に、三葉はこれまでとは異なるときめきを感じていた。

 開き直ってずぶ濡れになりながら歩いているが、彼の姿は気を張った子犬のようにも見える。

 雨に降られていることも忘れて、水の滴る頭を抱きしめたくなってきた。

 が、それは何とか思い留まり、

 ぴったりと傍に寄り添うだけ。

 だが、それだけでも、

 女子の急接近に、瀧は照れずにいられない。

 軟な男心を隠そうとして、

「足とか……痛みますか?」

 背伸びした気遣いの言葉を口にしてみたりする。

 三葉としては――勿論、全力でぶつかって硬いアスファルトの上に叩きつけられたのだから、痛いといえば痛い。

 が、彼女を痛めているのは、もっと深く。

「大丈夫……では、あるんだけど――」

 これまで想いを繋いできた相手からの余所余所しい口調。

 それが、こんなに堪えるとは思わなかった。

 だけど何より――声に出して、彼の名を呼びたい……!

「敬語とか要らないから、私のことは、三葉、って呼んでくれる?」

 だから、瀧君にも名乗って欲しい。

 私にその名を呼ばせるために。

 大好きな人が、そこにいるって感じたいから……!

「それで……君の名前は……?」

 

 瀧君、瀧君、瀧君……

 三葉は、浴室で独り囁く。

 これまで、ずっと呼びたかった。

 だけど、お互いの時間はズレていて――

 こんな形で呼びあうことはできなかった。

 だけど今は、自分の傍に、彼がいる。

 呼べば、返事をしてくれる。

 だから、もっと呼びたい。

 君の名前を口にしたい……!

 とはいえ。

 これはこれで、厄介なこともある。

 その声が彼の耳に届いてしまえば、相手はそれを無視できない。

 用もないのに声を掛けることはできない。

 それがもどかしくて……彼女はブクブクと膝を抱えて泡音を立てる。

 とはいえ、あまりのんびりしてもいられないだろう。

 九月の雨ともなれば、彼の身体もすっかり冷え込んでいるはず。

 やせ我慢して、震えながら待っているのかもしれない。

 もし、高校生の彼とだったら、一緒に入っていたのかな……?

 妙な妄想を思い描いては、いよいよのぼせてしまいそうだ。

 そろそろ上がっておこうかと、湯船から腰を上げたところで――

「替えの服、俺ので悪いけど」

 やはり、泥水に浸された服をもう一度着ろとは言わなかった。

 が、三葉にとって、そんなことはどうでもいい。

「ありがとう……瀧君」

 瀧君、瀧君……

 もっと、

 何度も呼びたかったのに……

 彼はそそくさと脱衣所を後にしてしまった。

 当たり前なのだけど。

 女のコが入浴中なのだから。

 でも……

 私、瀧君の身体、全部知ってるよ。

 腿の付け根にほくろがあるところや、

 もう少し上から生えてる……男のコのところまで。

 ソコって、三年で急成長したりするのかな?

 もしかして、まだちんまりしてる?

 そんなところ気にしてどうするの!? と自分に問いかけるも……

 私たちは、そんなところを気にする関係なんだよ……

 少なくとも、私から、瀧君への想いは。

 三葉は、風呂上がりの前に、自分の身体を入念に撫でていく。

 出掛ける前にチェックしてきたつもりだけれど……一応。

 

 邪な想いは拭えないまま、三葉は彼のジャージに袖を通した。

 下着はないから、素肌にそのまま。

 瀧君が体育の授業の度に着ている服を、裸の私が……!

 彼の前では何とか自分を保っていられたものの、

 浴室へと消えていった後はもうダメだった。

「❤❤❤❤❤」

 もうどうしていいか判らない。

 自分の膝を抱えて、三葉は床をゴロゴロと転げ回る。

 身体に押し付けられる化学繊維の感触は瀧君のもの。

 そう考えただけでも耐えられそうにない。

 だが……

 行き過ぎた幸福感が、三葉の心を急速に冷ましていく。

 さすがに泊まっていくのは……無理だろう。

 今日のうちに糸守に帰るのは難しいから、どこか別の宿を探すしかない。

 そこで別れてしまって……いいのだろうか。

 また明日は逢えるか判らない。

 そして、最悪の場合、半月後には……!

 実のところ――彼女の心に不安はない。

 三葉は、瀧を信じている。

 こんなに綿密に計画してきたのだから、生き延びられないはずがない。

 それは、心の奥に根付いている。

 が、

 彼女はあえて、そこから目をそらす。

 自分が抱いている欲望を押し通すために。

 もしかしたら、ダメかもしれない。

 そんなこと、微塵も思っていないのに。

 不安を抱えている、と自分を偽っている。

 それすらも気づかないフリをして……!

 少しの間、幸せをもたらしてくれた男の子の体操服。

 だけど、もうこれだけじゃ満足できない。

 もっと、欲しいものがある。

 したいことがある。

 大好きな瀧くんとだから、できることが!

 ファスナーを開き、

 ゴム紐を下ろし、

 三葉は脱衣所に踏み込んだ。

 が、そこで脱ぐものは何もない。

 浴室から見て、磨りガラスの向こう側に肌色のシルエットが浮かび上がっていることだろう。

 でも、逃げないで欲しい。

 拒まないで欲しい。

 私は……もっと君の傍にいたいから!

 ガチャリ……っ!

「み、み……三葉……!?」

 開かれた扉の方を、瀧は無意識に見やっていた。

 が、そこに立ちはだかる柔らかな肢体に男子中学生は驚き、無意識にザブンと頭を湯に沈める。

 そんな彼を追い詰めるように――

「部屋が寒くてね、もう一度温まりに来ちゃった♪」

 でも、どんなに暖房強くしてもダメなんだよ?

 私の心を温めてくれるのは……瀧君だけなんだから。

 浴槽の中は、少し冷めかけている。

 だが……

 二人の胸は、熱く沸き上がっていた。

 

 一気に距離を詰めてしまった後で――三葉は気づく。

 来月で死ぬつもりなんて全然ないけれど……

 今日、瀧君と仲良くなりすぎてしまって、

 万が一、上手くいかなかったら……

 残された彼が、あまりに不憫すぎる。

 勿論、死ぬつもりはない。

 死ぬつもりはないけれど!

 本音と建前の間で、三葉の心は揺れ動く。

 そして行き着いた結論は――

 今は、一日だけの仲。

 だけど、運命の日を乗り越えられたら……

 その時はちゃんと、お付き合いしよう。

 中学生の瀧君と。

 でも。

 三葉は、彼のことをよく知っている。

 こと、女性関係については、瀧自身よりも。

 紳士的――というより、むしろお堅い。

 行きずりの関係など、絶対に受け入れてくれないだろう。

 だから、本気の想いを彼にぶつける。

 決して変な遊びなどとは思われないように。

「瀧君……私ね――」

 君に、一目惚れしちゃったみたい。

 三葉は、自分の気持ちに嘘をついた。

 彼と過ごしてきた日々は、一瞬と呼ぶには長すぎる。

 二人で積み重ねてきた想いを“一目”なんて軽く集約したくもないのだけれど。

 それでも、今は“言い訳”が必要だ。

 彼女はそれを、考えてこなかった――わけではない。

 自分のことを知らない瀧君に、どうすれば受け入れてもらえるか。

 それは、彼のことを考える度に、

 同じ時を過ごしている彼と逢うことを考える度に、

 自ずと頭の中を駆け巡ってきた。

 だから。

 この 設定(シチュエーション)は、その一つ。

「東京って冷たい人ばっかりだったのに、瀧君は家に入れてくれて、こんなに優しくしてくれて……」

 それはウソ――というより、もはや作り話。

 だから、何をされたかなんて言えようもない。

 が、言えないほどツラいことだと取り繕うこともできる。

 しかし、瀧もまた、何も訊かない。

 訊く余裕もない。

「…………」

 彼らは向き合って浸かっている。

 だが、男子は正面を見据えることも、視線を落とすこともできず……ただひたすらに、顎を上げていた。

 天井を眺めながら、考えていた。

「そんなの……俺だけじゃないよ」

 彼には、三葉に対して特別優しくしたつもりはない。

 それより、ただひたすらに申し訳なかった。

 だから、こんな好意を抱かれるほどのことではない――

 少なくとも、女のコに裸の付き合いをさせるほどでは。

 照れ隠しのような、自己否定。

 それを、三葉は受け止める。

「……かもね」

 彼女自身、そんなことで惚れ込んでしまうのは無理があると思う。

 無理は、承知で。

 そこから、どうにかして辻褄を合わせるために。

「だから、一ヶ月後、もう一度逢いに来て、いいかな」

 私が、彗星の衝突を生き延びられたら。

「その時まで、瀧君のことを考えていたいの」

 その時まで考えていられる判断材料が欲しい。

 瀧君との、思い出が。

 これも、そのための一つ。

 と、言われても――

 瀧少年には、刺激が強すぎた。

 それでも、女のコからの捨て身の好意を、彼には拒むことなどできない。

「……そ、そうか」

 一般的な思春期の男子として、瀧の幼い知識の中にもソ(・)レ(・)に関することは少なからず含まれている。

 このような形で絆を深めようとしてくる三葉に対して――

 彼も彼で、邪な想いを拭えなくなってきていた。

 

 互いが意識していれば、その接し方も否応なしに変わってくる。

「やっぱり……部屋は寒いね、瀧君❤」

 なら服を着ればいい――などと言い出せる雰囲気ではない。

 彼もまた、別の手段を望んでいるから。

 肌と肌で、温め合いたい、と。

 二人の思惑が一致すれば、自ずとそのように進んでいく。

 暖房を入れることなく、彼らは瀧の私室へとやってきていた。

 そこで、シングルベッドを前にして、

「一緒にお布団入って、いいかな?」

 本当は、瀧君から引っ張って欲しいのだけど。

 今の想いは、自分の方が遥かに強い。

 愛を告げ、愛を口にして欲しい。

 その準備が、三葉の方にはできている。

 が、一時間あまり前に出逢ったばかりの彼に、それを求めるのは酷というものか。

 ゆえに、これは、そのための一歩。

 次なる一手へ。

 少しずつ、少しずつ。

 だけど、早急に。

「夜には帰らなきゃならないから……それまで、ね?」

 逃げ腰になっている男の子の退路を塞ぐ一言。

 時間限定の勇気。

 今をおいて、次はないかもしれない。

 そんな、脅迫まがいな。

 だけれども。

「……あ、あぁ……うん」

 それは、彼にとっても“言い訳”として作用した。

 今だけというのならば、その願いを無碍に断ることもできない、と。

 ただ、布団に入るだけだし。

 その続きは、しっかりと予感しているけれど。

 あえてそれを考えないようにして。

 彼は、三葉と床を共にする。

 一糸纏わぬ姿で、

 一糸纏わぬ女のコと、

 広くもない寝台で。

 そこにあるのは必然的な密着。

 胸を胸で埋め合わせ、

 息の届く距離で見つめ合い……

 これまで、自分で触れてきたのとはやっぱり違うな、と三葉はその硬さを味わっていた。

 だが、それは逆も然り。

 瀧もまた、彼女の柔らかさを味わうこととなる。

 決して肉付きが重いわけではない。

 それなのに、どこもかしこも男にはない甘ったるさを感じてしまう。

 男にないものを求めて、男の身体が反応してしまう……!

 三葉は彼に抱きしめられて、女としての幸福感に浸っていた。

 これで思い残すことは何もない。

 彼が許してくれる限り、ずっとこの温もりを感じていよう。

 だから。

 ここから先は、彼次第。

 もし彼がこの先を求めるのであれば――

「あ、瀧君、エッチなこと考えてる?」

 彼女は無知ではない。

 その身をもって、異性の身体を熟知している。

 別段変なことを考えてもいないのに……何故か変化が生じることがあるとも。

 それでも、

 あえて彼女は無知を装う。

 自分に向けて、

 最も熱く、

 最も硬くなっているところを、

 女の指で握り締めながら。

「そ、そんなの……」

 瀧は否定しつつも、、

 否定できない。

 きっと、彼女も同じだと思っていたから。

 そして三葉は、それを吐露する。

「実はね……私もエッチなこと、考えてたんだ」

 横になって見つめ合う彼のために、

 彼女は大きく片膝を上げる。

 開かれた女の秘所に、

 彼の手を取り、

 その暗幕の内側で――

「……っ!?」

 男の子は、初めて女の子を知る。

 情報としか知り得なかった女の子の痴態を、その指で。

 こんなに濡れるものだとは……

 女の子の身体もまた、男の子の身体を求めていることは疑いようもない。

 だけど。

 最後の一線だけは――

 願わくは、男の子の方から。

「もし、エッチなことしたいのなら……キスして」

 その勇気がなければ、このままでもいい――

 三葉は目蓋を閉じて彼を待つ。

 これに瀧は……その先のことなど考えられない。

 ただ、目の前のことを。

 彼女と、唇と唇で触れ合いたい。

 そのためだけに、

 キスのための、キスを交わす。

 しかし、それで――

 三葉の中に潜んでいた感情が自覚させられた。

 どっちでもいい――なんてことはない。

 求めている。

 やっぱり、瀧君に触れて欲しい。

 自分の身体を、瀧君の身体で……!

 これまでの、優しい抱擁ではない。

 力いっぱい、確かな意志で男の子の身体を引き寄せて――!

「ん、ん……ん……っ!?」

 瀧少年を驚かせたもの――

 それは、舌。

 彼の予測を超えたところから、艶めかしいものが潜り込んでくる。

 が、そこに不快感はなく、

 むしろ、きちんと受け止めれば、それはむしろ自分から吸い寄せられるようだ。

 だから彼は、されるがままにされていた。

 三葉の、求めるがままに。

 だが、それもここまで。

 三葉は彼の身体の下に自分の腕を差し込むと、グイと持ち上げようと試みる。

 当然、女ひとりの力では難しいが――その意図を汲み取って、瀧は彼女の胸に乗り上げた。

 掛け布団は、半分くらい肌蹴ている。

 ひんやりとした空気が二人を撫でていくが、むしろそれが心地よい。

 その冷たさが、互いの肌の温かさを実感させてくれるから。

 しかし、三葉は更なる熱を請う。

「色んなところに触ってね。瀧君が、欲しいと思ってるところに……」

 それはきっと、瀧君も触りたいと思っているところだから。

 彼女は、男の子の欲望に身を委ねる。

 瀧もまた、それに応えたいとは願いながらも、

 自分の欲望のままに、三葉の欲望を満たしていく。

 戸惑いや恥じらいの気持ちが、ないこともない。

 だが、他のあらゆる感情を差し置いてでも、

 彼女の身体を求めている。

 ただそこにあるものとくっついているのではなく、

 確たる意思で、

 その手の内に――

「ん、ぅぅん……❤」

 女の子の恥ずかしいところに触れているのに、彼女が嫌がることはない。

 それどころか、もっと欲して男の腰を撫で回してくる。

 更には、先程触れさせてくれたところを求めるように、

 自ら足を開かして……!

 これには瀧も、すっかり夢中になっていた。

 唇に、

 乳房に、

 そして、三葉の女性のところに。

 三葉もまた、彼の背中を撫でつつも、

 その右手は、彼の男の子に。

 これまで、自分で触ったことならある。

 が、こうして自分の指で、

 他人の身体として握り込むなんて……!

 他人の身体だから、できることがある。

 女子の身体だから、できることが……!

「 挿入(い)れたい……よね?」

「それは……」

 瀧は知っている。それが意味するところを。

 そして、その先に成されるものを。

 だからこそ――戸惑う。

 ここまでは流されるままに流されてきた。

 その一歩先さえ考えずに。

 だが、逢ったばかりの女のコと、

 いきなりこのようなことを……?

 当然、用意はできていない。

 心の準備も。

 避妊具も。

 だが――

「私は、 挿入(い)れてみて、欲しいな」

 それは、人として備わった本能。

 初めては痛いと聞いている。

 なのに、 子宮(カラダ)が求めている。

 大好きな男の子と、

 深く、

 深く交わることを。

 おそらく、心がその先を思い描いている。

 刹那の快楽だけでなく、

 新たな命を紡ぎ、

 育んでいくことを。

 はるか遠くまで、未来を。

 果てしなく続いていく、未来を。

 だから、返事は訊かない。

 今日だけは、私の好きにさせて……!

 唇を唇で塞げば、伝わり合うのは恋慕だけ。

 好きだから、好きにして欲しい。

 声にならない声は心に響く。

 男の子の、心に。

 迷いは、残されている。

 だが、それ以上に、

 三葉の身体が、欲しい……!

「ん、っあはぁ……!」

 喉の奥から息を搾り出しながら、成長前で良かったかな、と彼女は思う。

 苦しいことは苦しいのだけど……まだ楽な方なのだろう。

 だが、細かな痛覚の問題はどうでもいい。

 今、大切なのは、

 今、嬉しいのは、

 瀧君と繋がっている、ということ――!

「瀧君……動いていいよ、瀧君……!」

 そして、

 彼の名前を好きなだけ呼んでいいということ。

 彼も自分の名前を好きなだけ呼んでくれるということ。

「三葉……何だか……凄い……っ!」

「大好きだよ……瀧君……もっと……!」

 しかし、彼女は知っている。

 この至福の時間はすぐに終わってしまうことを。

 男の子が 絶頂(イク)のは、女の子と比べてビックリするほど早い。

 あっという間に高まって、すぐに堪えきれなくなる。

 自分の 膣(なか)に 性感(カン)じるのは、瀧君の荒々しさ。

 これはきっと……長くは持たない。

 だから、今のうちに言ってしまおう。

「瀧君……っ、今日は、大丈夫な日だから、そのまま……っ!」

 本当は、全然大丈夫じゃない。

 むしろ、 妊娠(でき)てしまう日。

 でも、このまま最後まで抱いていて欲しい。

 もしかしたら、これが、最初で最後の思い出になるかもしれないから……!

「三葉っ、三葉ぁ……っ」

 女のコが、大丈夫だと言っている。

 そのまま続けろと言っている。

 これを疑う余裕など、瀧にはない。

 何故なら、それはすぐそこまで迫ってきているから……!

 

 ビュクリ、ビュクッ、ドクン、ドクン、ドクン……っ!

「あぅっ、くっ、瀧君っ、瀧君、瀧君……❤」

 

 これが……射精……

 これが…… 膣内射精(なかだし)……

 私、本気で瀧君と子作り、しちゃったんだなぁ……

 赤ちゃん、 妊娠(でき)ちゃう?

  妊娠(でき)ちゃったら、どうしよう?

 色々考えなくちゃいけないことはあるけれど。

 それは、生き延びてからにしよう。

 今は、生きることだけ考えよう。

 生き残れるって、信じているクセに。

 だけど、厄介なことは全部後回しにして……

 もう少しだけ、この幸福感に浸っていたかった。

 父親と母親になる前の、

 男と女を導く青い気持ちの中で。

 

       ***

 

 昨日も今日も、入れ替わりは起きていない。

 だが……

 瀧の日常は一変していた。

 見たこともない部屋。

 見たこともない女性。

 しかし、その寝顔を眺めていると、彼女が三葉だということだけは判る。

 成長して、少し大人びた彼女だと。

 それが糸口となって、新たな記憶が植え付けられていく。

 むしろ、それまでの記憶が失われていく。

 上書きされていく。

 彼女と過ごした、三年間が。

 それは、確かに体験してきたものとして。

 だから、彼(・)女(・)の出現にも、決して驚くことはない。

「おとーしゃん、おかーしゃんー、あさー、あさー!」

 パタパタと小さな足音を響かせながらやってきたと思えば、無遠慮に布団の上に飛び乗ってくる。そしてそのまま泳ぐように、今度は三葉の身体の上に。

「起きてる! 起きてるから落ち着いて、五葉っ!」

 布団を跳ね除けて、彼女は娘を包め取る。

 そう、彼女の名は――五葉。

 中学生の瀧が身籠らせてしまい、

 大学生の三葉が産み落とした、二人の子。

 今年で満二歳となる。

 祖母の一葉や、義妹の四葉のお陰で、二人は通学しながら我が子を育むことができている。

 三葉の懐妊を知った瀧は、大学には行かずに生活費を稼ぐ立場になろうとしていたが――

 長い目で考えて、進学を勧められた。

 そして、今に至る。

 瀧は昨夜――別の人生を歩む夢を見ていたような気もするけれど……

 夢なのだから気にしても仕方がない。

 五葉がダイニングに戻っていったところで、三葉はこっそりと耳打ちをする。

「今日は、瀧君なんだね」

「あぁ……うん」

 瀧だけでなく、三葉もまた彼の入れ替わりについて認識していた。

 時々恋人の中身が昔の自分になっている、と。

 だからこそ、不思議な思い出に得心がいった。

 どうして、彗星が落ちてくる年に限って、

 よりにもよって祭りの日を選んで、

 父親に避難訓練などを進言したのか。

 我ながら幸運に満ちた思いつきだと奇跡的な偶然に感謝したものだけど、

 彼の不思議な現象を目の当たりにして腑に落ちた。

 今の三葉に当時の入れ替わりの記憶はない。

 それでも、入れ替わっているのが過去の自分だということだけは理解できる。

 だから、彼女にとっては、生還の軌跡をなぞるだけ。

 父親に避難訓練を認めさせる手筈を。

 記憶どおりにやれば、必ず助かるはずなのだから。

「ホント、間違えないでよ? うっかりしたら、私死んじゃうんだから」

「それは、あっちの三葉に言ってくれ……」

 こんな軽口を叩けるのも、生きているが故か。

 だからこそ、二人の目先は未来へ向いている。

 もうすぐ迎える瀧の一八の誕生日。

 これまで口癖のように繰り返されてきた『年齢差が逆ならもっと早く……』という三葉の小言もその日でようやく成就される。

「やっと名実ともに夫婦になれるんだから……五葉のためにもお互い頑張って勉強しようね、お父さん♪」

「ォ……オゥ……」

 頬にキスをされただけで、瀧は真っ赤になってしまう。

 どうしても、彼女には頭が上がらない。

 それは、偶然出逢ったあの日に決まった宿命なのかもしれないが――

 昨夜見ていた夢よりずっといい。

 独り身でバイトに明け暮れる普通の高校生に憧れないこともないけれど……

 やっぱり、三葉が傍にいてくれた方が幸せだから。

 


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