「やっぱうまくいかねえもんだよなぁ…」
黄色のスポーツカーから降りる二人の少年は、浮ついた街の雰囲気とは対照的であった。
「まぁ、しょうがないって。どこもかしこも相手持ちばっかりだしさ」
今宵は聖夜。クロスベル中の男女が浮かれる夜である。彼ら二人のリーダー格の少年が故郷に一時帰っていることもあって、ハイブラッズを自称する彼らも若干沈み気味である。こうして路に自慢のスポーツカーを止めて、住宅街への階段を下りる。
「「はぁ…」」
肩を落としたまま、とぼとぼと降りる姿は惨めでもある。聖夜の気分に煽られてナンパに出かけたものの、どこもかしこもカップル、カップルで、徹底的に打ちのめされた挙句の家路なのだから、やむをえない部分もある。恰幅のいい少年、レジーがせめてユーリがいればなぁ、と愚痴をこぼす。彼がいないと馬鹿騒ぎには身が入らない部分もある。
「野郎二人で聖夜ってのもなぁ…」
自分たち二人で祝う聖夜の画を思い浮かべて、再び肩を落とす。
「「「はぁ…」」」
三人の溜息が重なる。三人?と顔を上げてレジーの顔を見るサイクス。レジーの視線は自分を通り過ぎている。その視線をたどるように振り向いたサイクスと、視線の先にいた人物の目線が合う。一瞬顔がこわばるサイクス。
「な、何かしら……」
紙バッグを抱えた翡翠の瞳の少女は、二人の少年の様子に困惑する。
「あのオマワリ……」
少女はオマワリ――特務支援課という課に所属するれっきとした警察官である。ハイブラッズは暴走行為などでたびたび相対していることもあり、反射的に彼ら特務支援課をはじめとした警察官に苦手意識を持っている。
そんな彼らに対して、はぁ、と再び溜息をつく少女。
「別に貴方たちに用があるわけではないわ。それとも、何かまた悪いことでもしたのかしら?」
エリィは目を細めて彼ら二人を睨む。う、と一歩あとずさるレジー。サイクスはぎこちない笑みを浮かべる。
「いや、別に今日はナンパしてたくらいでさ」
愛想笑いを浮かべるサイクス。
「ナンパ?……聖夜に?」
どこもかしこもカップルだらけなのは承知の通りである。住宅街でナンパもなにもないので、失敗して帰ってきたのであろうことは想像がついて、つい憐憫の眼をむける。
「ご愁傷様、ね…」
とどめの一言にさらにがくんと肩を落とすサイクスとレジー。目じりから涙を浮かべんばかりである。エリィはあわててフォローの一言をかける。
「ま、まぁ、あきらめなければ、いつかは、ね?」
今度はこちらの笑顔がぎこちない。ちくしょー、と悔し涙を浮かべるサイクス。レジーも何度めかわからない溜息をつく。
「せめてネエちゃんのような女をひっかけることができたらなぁ…」
レジーのぼやきにおいおい、とサイクスはオマワリと呼んだ少女に視線を走らせる。ぼやきに目を丸くしている少女は、警察官だということを抜きにすれば、それはもう真っ先に声をかけたくなるに違いない美貌の少女である。最初に出会ったときは極上のホステスが来たと勘違いしたものである。が、同時に隙のない女性であることも、何度か逮捕を繰り返されるうちに身に染みている。冗談にしても怒り出すか、と一瞬身をすくめる。が、彼女が返した言葉は意外な一言であった。
「…じゃあ、ひっかけて、みる?」
二人から視線をそらしてそうつぶやいた彼女に対して、ハイブラッズの二人は目を見合わせる。
「「…マジ?」」
「…いやならば、いいけれど…」
二人して大きく首を振れば、にっこりとしてエリィをいざなう。
「いやいや、大歓迎!酒ならいっぱい用意してあるからさ、ああ、えっと…」
浮ついたサイクスの口が回るが、聞いたはずの彼女の名前が出てこなくて言葉を濁す。すかさずレジーが言葉を付け足す。
「エリィちゃんの好みの酒も、あると思うぜ?」
有頂天といった様子の二人に戸惑いながら、エリィは溜息を払うようにして、彼らの家の門を開けた。
「「「乾杯~~~!」」」
リビングに三人の声が響く。ただし、いつもの男三人の声ではなく、清楚な少女の声が混じっている。エリィ、サイクス、レジーは乾杯のグラスを合わせる。男二人がぐいっとグラスの中のアルコールをあおると、エリィもそれにならって、普段はしないような飲み方でグラスを空にする。
「……美味しい」
ほんのりと頬を赤くした彼女をみながら、レジーはワインを並べていく。
「だろ?どうせユーリいないんだし、いい酒のんでいきなよ」
「相手がいない同士、ぱーっとさ」
アルコールのせいか淡い色気をエリィに感じて、二人の浮つきも激しくなる。笑顔に見とれながらも、視線は自然と豊かな山脈に向かう。少し動いただけで揺れそうなそれは、青少年の眼を引き付けてあまりある。エリィはあわてて腕で胸を隠すようにして頬を膨らませる。
「もう、どこを見ているのかしら?」
「い、いやぁ、悪い悪い」
そういう仕草にも愛らしさを感じて、余計にニマニマとした笑顔を浮かべる二人。にしてもさぁ、とサイクスが言葉をつなげる。
「エリィちゃんみたいな美人と一緒に酒を飲めるなんてなぁ」
彼女のような美人、まず男が放っておくわけがない。まともに考えれば、聖夜をすごす相手がいて当然であろう。そう告げるとエリィは少し笑顔をこわばらせて、少し、ね。と言葉を濁す。
「そういやエリィちゃん、溜息ついてたけどさ…ひょっとして」
相手に振られでもしたのだろうか、と想像の翼を広げる。
「ああ、いえ、そういうわけじゃないんだけど、ね…。ん、いえ、まぁ、似たようなものかしら」
若干投げやりにそうつぶやくと、グラスに半分ほどそそいだ葡萄酒を再びあおる。グラスについた口紅のあとにレジーの視線がそそがれる。
「いろいろ、準備したんだけどね…」
グラスを傾けながら、持っていた紙袋に目線をちらりとやる。つられて、男二人もその袋に目を向ける。
「なんだい?これ。プレゼントか何か?」
流石に袋を開けるような真似はしないが、中身に興味をそそられる。彼へのプレゼントといったところだろうか。
「ん…プレゼント、そうね…。プレゼントっていうか、パーティーを盛り上げようと思って、衣装をね。特別なドレスだったんだけど、着る機会、逃しちゃったわね」
「へぇ……」
彼女なら、確かにどんなドレスでも似合うだろう。
「着ずに終わっちゃうの、勿体ないんじゃない?」
「それはそうだけど、ね。今日に合わせたドレスだし…」
「じゃあ、今着ればいいじゃん」
「へ?……」
何の気なしのサイクスの言葉に、エリィは目を丸くして、グラスを置く。
「い、今?ここで、かしら?」
「今日のためのドレスなんだろ?せっかくだから見てみたいしな」
「だよな。エリィちゃんならどんなドレスでも似合いそうだし」
令嬢の雰囲気を醸し出す彼女には、ドレスが合うことは間違いなさそうである。
「で、でも……」
「なんなら、ここで着替えてくれても…」
着替える彼女を想像して、サイクス、レジーが頬を緩ませて目をみあわせる。
「し、しません!」
紙袋をばしっと手に取ると、すたすたと奥に向かう。途中、振り返って二人をジト目でにらむエリィ。
「……覗かない、わよね」
「だ、大丈夫だって。警察相手に覗きなんてしないって」
なぁ、と目を再び見合わせる二人。再度にらまれればあわてて背筋を伸ばしてしません!と声をそろえる。それを確認してエリィがドアを閉める。流石におっかねぇ、と首をすくめるハイブラッズであった。
「…エリィちゃん、まだかな」
「着替え、とまどってんのかな?…」
声をかけにいこうとした矢先、ドアの向こうからエリィの上ずった声が聞こえた。
「…おまたせ」
「お、待ってました!」
二人ともソファから立ち上がって、扉に視線を向ける。すぅ、と息を吸う音が聞こえたかと思えば、勢いよくドアが開けられる。二人の視線は釘付けになったままだが、開けられた瞬間、目に飛び込んできたエリィの姿に、大きく口をあける。聖夜にふさわしい真紅のドレス、だが―ー
「に、似合ってる?」
彼らの前に立った彼女は、少しはにかむ。視線をやった先の二人の男は、ぱくぱくと口を開け閉めしながら、エリィのドレス姿にじっくりと視線を這わせてしまう。ふわりとしたスカートは短く、むちっとした彼女の魅惑的な白い太ももはあらわになっている。腰のきゅっとしたくびれのベルトが抜群のスタイルをひきたたせる。風がふわっと舞えば、スカートから下着が見えてしまいそうなきわどさもある。ミニドレスの肩と胸元ははだけており、極上の乳房はいまにもはちきれんばかりであり、また、紐でドレスを締め上げているのも、ほどいてしまった時のことを想起させてしまう。何も言わない彼らに不安を覚えて、再び彼女が尋ねる。
「あ、あんまり、似合ってなかった…かしら?」
無言で首を横にふる二人。少しほっとしたようで、よかった、とつぶやいてソファに腰を下ろす。
「ど、どうしたの?さっきから無言で」
はっと我に返ったような二人は、顔を見合わせる。
「い、いや、だってさぁ…」
「その、なんつーか…」
二人の頭に共通して浮かんだ言葉は、エロい、の一言である、言葉を濁したものの、顔に思い切りでてしまっている。再び睨みつけられそうになり、慌てて二人はごまかす。
「いや、まぁでも、さ、ほら、本当に最高の聖夜のプレゼントもらっちまったっつーか、な?」
「だ、だよなぁ、こんな最高のエリィちゃんが見られるなんて……」
浮ついた言葉だが、本心からの言葉である。本来、エリィが今夜すごす相手に見せられるものであったことを思えば羨望の念もわくが、実際に今この煽情的な聖夜の衣装を拝むことが出来ているのは自分たちなのである。
「よ、喜んでもらえたなら、まぁ…少しは価値があったのかしら」
大げさな二人の喜びように面はゆいものを感じながらも、ここまで喜んでもらえるなら、買った価値はあったかもしれない、などと思い違いをしてしまうエリィ。
「ああ、でもちくしょー!」
「俺たちがエリィちゃんの彼氏ならなぁ……」
いやがおうにも二人の妄想はほとばしる。自分がエリィの相手であったら、聖夜に彼女を放っておくことはしないだろう。彼女という名のプレゼントの、谷間の紐をするりとほどいてしまうことを悶々と頭に思い浮かべる。だが、当然、自分たちとエリィはそんな関係ではないので、手を伸ばすことすら不可能である。エリィはもう、とあきれたようにしながら、どこか二人をほほえまし気にみる。何の気はなしに足を組み替えると、それだけで彼らの視線が集中する。
「いやらしいんだから…」
彼女のつぶやきにレジーが反発する。
「い、いや、でもそんな恰好されたらさ、なぁ…」
「あ、あなた達が着てほしいっていうから…」
「そ、そりゃこんなエロいのだとは思わなかったから、さ…」
なんとなく気まずくなり、三人ともが黙り込む。
しばらくの間、かち、こちと時計の秒針と、杯を傾ける音だけが聞こえる。酒だけが進んでいくせいで、アルコールのまわりゆえか次第に彼女の眼がとろぉんとしてくる。その間も痛いくらいの視線を感じて、みじろきをする。だが、彼女は視線を追い払うどころか、逃げるような真似すらしなかった。
「ねぇ…」
沈黙を破ったのはエリィのほうである。気まずい雰囲気でもしっかりと彼女のドレス姿を目に焼き付けていた二人がはっと我にかえる。
「な、何だい?」
「その…見たい?」
「……へ?」
「何を?」
思わぬ問いに、二人が間抜けな声を返す。エリィは俯いて、もごもごとする。
「……い…」
「な、何?」
小声のエリィに耳をそば立てる二人。
「……ぱい…」
「…え?」
すぅ、とエリィは小さく息を吸って、薄い紅を引いた唇を湿らせて、二人が向けている耳に向かって上ずった声で囁く。
「おっぱい…」
耳をくすぐるその声に、二人して同じように目を丸くしてエリィを直視する。前かがみになってるせいで、こぼれんばかりのそれに目を奪われて、こくこくと何度も縦に首を振る。一度こくん、とエリィはうなずくと、ソファにもたれかかって、胸元の紐を緩めはじめた。
再び、リビングを静寂が支配しはじめた。紐の擦れる音しか、かれらには聞こえなかった。