クウェイカーは離婚経験者、医師は独身で、ヒロインは日本人女性というオリジナル設定です。
ここ最近、自分は癇癪を起こしてばかりじゃないか。
部下達が自分に向ける視線から、そんな感情と空気を察してクウェイカーはため息を漏らした。
大きな事件が片づいて、やっとゆっくりできると思ったら、また次の事件だ、正直休む暇もない。
安息の場所である筈の家庭が数年前に崩壊したのは妻の浮気だ。
あなたが私に構ってくれないからと責めたてられたが、結婚前に自分は何度も確認した筈だ。
仕事柄、家庭を顧みないこともあると、寂しい思いをさせるのがわかっていながら結婚に踏み切るほど自分は強い人間ではない。
それでも結婚したのは、あなたと一緒なら我慢するという言葉に押し切られたからだ。
だが、結婚生活が始まると買い物三昧、しばらくすると妻は内緒でデートクラブの若い男との浮気とセックスに明け暮れる日々。
それを傍観し我慢できるほど忍耐強くもないし、聖人でもない。
弁護士を雇うと三日もかからず、あっというまに破局、ジエンドを迎えて離婚になったのは幸いというべきだろうか。
そして、ここ最近はというと、あれほど苦労した日々を今では懐かしく思うのだ。
自分が、もう少し彼女に優して優しくしていたら、たまの休みに朝から晩まで一人で食事をとるなんて事もなくなるのだろうか。
「どうした、電話に出ない、通じないぞ」
年のせいで忘れたのかと忘れずに嫌みまで付け加えたが、すぐには返事がない。
「ドクターは、外出中、ティータイムです、気分転換にお茶でも飲みに出たんです、外に」
若い助手の言葉に連絡がつかないぞ、外出したからといって携帯ぐらい持っていないのかと怒鳴ると、そういう気分の時もあるんではないでしょうかと言われてクウェイカーは話す気力もなくなった。
ジェリコの手術が成功して、ドクターフランクスの名前は有名になった、といっても公にではない。
記憶の移植が可能という実験は今までにも幾つかの事例があったが、中には成功したものもある。
だが、死人の脳からの移植という事例ははじめてだ。
これが公になれば公的機関だけでなく犯罪者達からも目を付けられてしまうことになるので、秘密裏だ。
「忙しいのは結構だが、こちらの仕事をおろそかにして貰っては困る」
金を払っているのだと文句を言うと、部下の一人がデートじゃないですかと笑った。
その言葉にクウェイカーは自分の耳を疑った、それはジョークなのかと尋ねるとアップルパイですよと部下は言葉を続けた。
コーヒーショップで女性と楽しそうにしてました、それも、ここからたいして遠くない店ですよと言葉を続けたのでクウェイカーは黙り込んだ。
「蜂蜜とバニラアイスなんて禁断の組み合わせですね、全部食べたら絶対に太ってしまいそうです」
皿の上に盛られた大きなパイとトッピングされたアイスにたっぷりとかかった茶色の蜂蜜を見て女は笑った。
「アメリカって凄い、日本の店では、お目にかかれませんよ、全部、食べれるかなあ」
「大丈夫だ、そう言って、この間のラズベリーパイ、食べたじゃないか、それも、あっというまにだ」
「あれは美味しくて、朝ご飯も食べていなかったし」
恥ずかしそうな顔で自分をみる日本人女性の顔をフランクスは楽しそうに見た。
「ところで仕事、忙しいんじゃないんですか」
「ちゃんと食事をして十分に休息を取るのも仕事のうちだよ、それに、ある程度の糖分は脳に必要だ」
説得力がありますねと言われてフランクスは、にっこりと笑った。
自分の職業が医者だと伝えてあるが、詳しい事は話していない、普通の病院に勤務している医者だと彼女は思っている。
大きなアップルパイだが、女性が完食するのに、それほどの時間はかからなかった。
職場へ戻ると、怒ってますよね、あの人と言いたげに周りの人間が自分に視線を送ってきた。
気にしところでしかたがない、平静を装いながら、やあ、クウェイカー・ウェルズ、最近の調子は、仕事は忙しいのかいとフルネームで呼ぶと相手は不機嫌な顔をこちらに向けた。
「ああ、お陰様でね、そちらこそ随分と楽しそうじゃないか」
「お茶の時間は必要だよ」
「女と一緒だったとか、随分もてるんだな、まさか、夜の予定も決まっているとか」
「鋭いな、だが、レストランじゃない、手料理を食べる予定なんだ」
「残念だが、それはキャンセルしてもらおう、仕事だ」
「待ってくれ、いきなりじゃないか、それにこちらから連絡はできない、今は携帯を持っていないんだ、彼女」
「だったら、私が直接会って断ろう、ついでに君の代わりに料理をご馳走になってもいいかもしれん」
かなり怒っている、口調は平静を装っているがと思いながらフランクスは仕事と言われて断れない自分を恨んだ。
待ち合わせの時間まで余裕がある、だが、相手は几帳面な性格、日本人だと聞いてクウェイカー・ウェルズは待ち合わせ場所に急いだ。
まったく、あんなことを言い出さなければ良かったと思いながら、ふと自分の顔を濡らした冷たい感触に空を見上げた。
「失礼、ミス・木桜」
公園のベンチで傘を持って立っている女性に声をかけると自分の顔を見た相手は戸惑った表情になった、だが、無理もない。
自分はドクターの友人だと話して、安心させる為にフランクスの携帯を渡した。
会話は数分で終わったが、正直、クウェイカーは相手を見て驚いた。
(付き合っているのか、随分若く見えるのは東洋人だからか)
「もし、よければ」
自分が料理を食べてもいい、材料がもったいないからと自分でも驚くようなセリフが出てきた事に相手よりも自分が驚いた。
数秒の沈黙の後、女が笑った
「本当ですか、じゃあ、行きましょう」
もしかして、断られるか思ったが内心、ほっとして彼は手を伸ばした。
女の荷物を持つ為に。