Z.E. 428年 2月11日 午前5時15分
レッドホーンAPからの荷物を下ろし終え、前方にも幾つかの土塁を作りあげたころ、臨時編成された五〇一中隊の陣地に敵が迫っていた。
<こちらイザワ!
港側からものすごい勢いで砂煙が舞い上がってる!
……何も見えない、ただの砂嵐じゃないよこれ、何かがこっちに来る!>
ヨウコからの悲痛な一報が入る。
ドレンはコンソールを叩いたが、本機は通信機能を強化するために標準の全天候3Dレーダーアンテナを撤去している。
外部のゲーターや僚機からのデータリンクがなければ、ドレンの視界は肉眼と、砂塵に弱い簡易センサーのみだった。
「チッ、金属砂のせいでリンクもノイズだらけだ。どの方角にどれだけいやがるのか、さっぱり掴めねぇ……。少尉、このままじゃ弾の無駄撃ちになる」
「……イザワ伍長、今の位置からさらに港側へ10km進出。強行偵察をお願いします」
セナの指示に、ヨウコの声が裏返った。
<正気!?
さっきの光(荷電粒子砲)を見たでしょ!
あんなのまた撃たれたら……!>
「だから今なんだ。撃った直後なら、あいつの腹は空っぽだ。
チャージが完了する前に、フナムシのツラを拝ませて、正確な座標を叩き出してくれ」
ドレンの静かな、だが拒絶を許さない声。
<……了解だよっ!
行けばいいんでしょ、行けば!>
ヨウコのグライドラーが加速し、激しい砂塵が渦巻く闇の中へと消えていく。
やがてヨウコからのレーザー通信が届く。
<現在位置、防衛拠点から北に12km。
……捉えた! 光学カメラ、最大倍率!
前方10km付近、港の出口からフナムシの群れが溢れ出してきてる!
防衛拠点から見れば距離25km!
でも砂煙が酷くて……正確な数も、ボールの姿も確認できない!>
ヨウコからその一報が入った。
「港からか……。生存者でも探して【掃除】してたのかね」
<それで、こちらへの進撃が遅れていたんですか……>
ドレンの呟きに、セナが応じた。
「さてね。
とりあえず北から接近中の敵の【影】は捉えた。
データを共有する」
<確認しました。
……ノイズが酷くて、私のシーパンツァーHではまだ射程外ですね。
各機の状況は?>
レッドホーンから共有化されたデータは中隊で共有化された。
<こちらナシザキ。
データ受領。ブラキオスも射程外だから待機しているよ>
<防空隊、データを受けた。
我々は引き続きハエの迎撃にあたる>
<沿岸警備隊、問題なし。
西側はゲーターが網を張っている。何かあれば連携する>
セナの言葉に、アカネが答えた後、続いて防空隊のクルゼ、沿岸警備隊のヒナダが続いた。
「少尉、影は見えたがこれじゃまだ座標がボケてて当たる気がしねぇ。
……伍長、悪いがもう数キロ詰めろ。
死ぬ気で【目】に焼き付けて報告しろ」
<……!
もうっ、人使いが荒いんだから!!>
ヨウコのグライドラーが、さらに濃くなる砂塵の奥へと突っ込んでいく。
やがて、苦しげな吐息混じりの通信が響いた。
<現在位置、北に16km……!
見えた、はっきり見えるよ!
フナムシの群れ、先頭が23km地点を通過中!
座標送るから、さっさとぶち込んで!>
「少尉、座標確定。これより榴弾による砲撃を開始します」
<……わかりました。アサクラ曹長、砲撃を許可します。
イザワ伍長、そのまま弾着観測を!>
ドレンが引き金を引くと、レッドホーンAPの背中にある七七式十五糎加農砲が火を噴いた。
金属の砂を切り裂き、放たれた初弾が闇を貫く。
<すげぇ、フナムシが吹っ飛んだ!
あ、着弾確認、敵の中心集団よりやや西側!>
「了解した。誤差修正し、次弾発射」
砲撃後数秒してヨウコから感嘆の声が上がる。
ドレンはレーダーに頼らず、ヨウコの報告だけを信じて「感覚」で射撃諸元を修正した。
再び七七式十五糎加農砲が咆哮をあげると、即座に報告が入る。
<フナムシの中央付近に着弾した!
すげーな、おい!……って、やば!!>
ヨウコは興奮して地の言葉が出ているが、至近を通った火線に焦る言葉が飛び出た後、回避運動に専念する。
「これより効力射を行う、毎分6発で7分後に給弾のため、後方の整備トレーラーまで下がる」
ドレンはそう言いながら、座標データから射撃諸元を入力し終えると、射撃を開始する。
その直後、周囲にレッドホーンAPの七七式十五糎加農砲から連続した轟音が響き渡り、遠くに砂煙と爆炎が連続する。
高く打ち上げられた何かの破片は、フナムシのものであろうことは誰の目にも明らかだった。
<すげぇな、これがもっとあれば楽になったんだろうが、これ開発部のだろ?>
沿岸警備隊のヒナダがそう漏らす。
<すみません。
詳細は言えませんが、第三開発部の機体ですね>
セナが申し訳なさそうに言う。
<別に少尉が謝ることじゃないさ。
早い所、前線にこの装備がまわってくることを祈るだけだよ>
ヒナダは軽く流すように言った。
そして、すぐにその時は来た。
<ちょっと後ろのどうにかして、増えてる!
ええと、フナムシが大体8kmまで接近してる>
レッドホーンAPが補給を受けた後砲撃に入る準備に入ろうとした所で、上空で直掩についているヨウコから報告が入る。
ヨウコの操縦するグライドラーは、低高度を高速で飛行しつつ、防御施設へと向かっていた十五機に増えたハエに追われ、攻撃する余裕などなく、旋回しながら上下に軌道を変えていた。
<もう少しは武器で応戦したらどうだ>
<今日渡されて、はいそうですかって撃てるわけねーだろ!>
防空隊のクルゼの言葉に、怒鳴り声に近い声でヨウコの反論が返る。
<わかった。
今後ろのハエを落としてやるから、もう少し待っていろ。
全機、グライドラーの尻を追いかけるハエに集中砲火>
クルゼの宣言通り、防空隊の砲撃で二機三機とハエが撃墜される。
<ありがとよっ>
それでもまだ三機に追われているのが厳しいらしく、言葉は短かった。
「少尉、ブラキオスとレッドホーンの光学観測機で、敵の位置がシーパンツァーHの榴弾射程に入ったようです。
射撃を合わせましょう。
イザワ伍長は、可能な範囲で弾着観測を頼む」
<できる余裕があればなっ!
また増えやがった!!>
ドレンの言葉に、ヨウコはキレながら応答する。
(民間人なのに、腕がいいのか運がいいのか?
なんにしても良いパイロットだ)
「無理はしないでいい。
最悪ボールだけ見たら教えてくれ」
<あいよっ!
ああ、もうっ!!>
ドレンの言葉にヨウコが返事をしたが、グライドラーは急降下してハエを振り切りにかかる。
アカネのブラキオスが、ビームキャノンを連射する。
<くそっ!
あたらない!!>
アカネの弱音が漏れ出る。
それでも、グライドラーを追っていたハエ六機の内、三機は回避行動を行い、機首をあげて上空へと離脱する。
(ある程度覚悟していたが、制空権がない状態は厳しいな。
ある意味、ヨウコが囮になっているから今はいいが落ちたら積むぞ)
「少尉、弾着観測はできないものと諦めて、ゲーターからの共有データとシーパンツァーのレーダー観測による管制を行います。
目標座標を入れれば勝手にやってくれるので、散布範囲を広めで発射間隔を毎分3発で試し、修正していきましょう」
<わかりました。
座標データを頼みます>
ドレンの提案にセナが了承すると、すぐにドレンは座標データを送る。
<座標データを確認しました。
……砲撃を開始します>
セナの乗るシーパンツァーHの七六式七糎半野戦高射砲が咆哮をあげる。
目視できる爆炎が見え、レーダー上も目標に対して、フナムシに有効打を与えているように見えた。
「レーダー上で効果を確認した、散布範囲に注意しつつ効力射を、こちらも砲撃を開始します」
<了解しました>
セナからの応答の後、レッドホーンAPの七七式十五糎加農は再び咆哮をあげる。
それでも敵は止まらずに、目視距離まで到達する。
「榴弾の再補充は?」
<今終わりました>
最後の補給はドレンのレッドホーンAPが先に済ませ、その後にセナのシーパンツァーHが行っていた。
「各機、こちらの主砲は至近でも榴弾を使用する。
砂塵が強く舞うのでレーザー通信も不調になると予想される。
おそらく上空への影響は少ないがあの状況じゃ中継は無理そうだ。
なので連絡をとるなら機体を寄せて対応することになる」
<わかりました。
機体の一番大きなレッドホーンAPと拠点のトレーラーを何かあった時の集結点にします>
<了解だ。
沿岸警備隊は、西側からブラキオス側面を援護する。
西方からの敵影はなしだ>
<防空隊は拠点トレーラーを中心にしている。
何かあれば言ってくれ>
ドレンからの注意喚起に、セナが応じて指示を出すと、沿岸警備隊のヒナダと防空隊のクルゼもそれに応じた。
レッドホーンAPの砲がほぼ水平で撃ち始める。
アカネのブラキオスは、機体の角度を変えながら正面のビーム砲と背中のビームキャノンを交互に撃つ。
<あたってぇ。
……なんでビームキャノンはあたらないの!!>
アカネの操縦経験からか、背面のビームキャノンの命中精度が悪く徐々に正面ビーム砲だけになっていった。
防衛拠点のトレーラー周囲にいるブラキオスの正面ビーム砲も時折、接近するフナムシを射抜く。
接近中の先頭集団に、シーパンツァーHの七八式三連装誘導魚雷ポッドからホーミング魚雷が発射された。
それらは全て命中したが、残骸を乗り越えてフナムシが接近する。
これまでの攻撃でフナムシの数は、港襲撃時五十四機から、十六機に減っていた。
<…………ちょっ……てる?
き…………てる…………ボー……>
数を減らすフナムシに、榴弾とビームの弾幕が襲う中、途切れた音声が流れる。
Z.E. 428年 2月11日 午前5時30分 防御陣地より北方15km地点の上空
この時、ヨウコの操るグライドラーは防御陣地の直掩をしつつ、港から押し寄せるエネミーゾイドを観測するため、やや北側の観測区域にまで進出していた。
「地上も大変だけど、こっちも大変なんだけどなぁ」
何度目かわからない急降下の後に、ロケットブースターで上昇する敵を引きはがす。
(ん? いまなんかいた!?)
急上昇中、グライドラーの機体をひねるような回避をしたとき、一瞬青い海に何かが見えた。
高度限界まで上がり、旋回しながら高度を下げて、ハエから逃げつつヨウコは海を見た。
(っ、でっか!
あれ……ボール?
まんま、巨大な鉄球(ボール)じゃん)
ヨウコは、この事を知らせるために高度を一気に下げた。
「緊急! 緊急!
ボール接近中、港の上にいる」
ヨウコの声に誰からも応答はなかった。
地上はフナムシとの乱戦で通信に応じる余裕がなく、金属砂のノイズが彼女の声をかき消していた。
高度5000m以下で、フナムシからの砲撃も飛び交う中、ヨウコは必死で呼びかけた。
<お……どうし…………>
そんな中、レッドホーンAPの上空を掠めると、微かに通信がつながった。
「ふざけんなよ!
ここ(高度5000m)からフナムシの対空砲火を避けながら、通信が届く距離まで一気に数千メートル急降下するのかよ!
あー、もう、ちくしょうめ!」
ヨウコは悪態をつくだけつくと、地上に向けて落下するように機体を滑らせる。
(ああ、まったく。
身体を強化していなきゃ、こんな加速で死んじまうよ!)
己の生まれを呪いながら、高度500mで血を吐く思いで機首を起こし、ハエを地面に叩きつける。
「港の出口に、バカでかい【ボール】がいたよ!
確かに伝えたからね!! 確かに伝えたからね!!」
それだけ言うと、ヨウコは返事も聞かずに上空へと舞い戻っていった。
(……ボール、だと?)
ドレンは、昨日の記憶――見晴らしのいい場所で砲身が焼きつく程に砲弾を浴びせた、あの巨大な鉄球の悪夢を、今の報告に重ね合わせた。
(……また、あれをやるのか)
しかもフナムシとの近接戦闘という最悪なタイミングだ。ここから港まで最長45km。
ヨウコがあの位置から視認できたのなら、その巨体は推して知るべしだ。
ドレンの背中と手に汗がにじむ、それでも表に出すわけにはいかなかった。
(遠方でも相手の有効射程は正確に解ってはいない。
前と同じなら25kmあたりだろうが……)
ドレンはそこで思考を切り替える。
正面からフナムシが接近しており、レッドホーンAPの顎下、20mm機関砲で攻撃する。
それでも接近してきたフナムシを、クラッシャーホーンで貫いて粉砕すると派手に爆発する。
(ち、この混戦でどこまで伝わるか……)
「各機、イザワ伍長より急報。
港方面に大型エネミーゾイド【ボール】を確認。
現在こちらに接近中と考えていい。
本機はこれよりボールを最優先目標とし、捕捉次第、対ボール戦に移行する。
フナムシの残りは任せたぞ」
<……了解。レッドホーンAPに指一本触れさせません。
フナムシは、私たちがここで食い止めます>
<え、うそでしょ?
レッドホーンAPなしで、まだこれだけいるフナムシ相手にするの……>
応答が返ってきたのは、セナとアカネだけだった。
アカネのブラキオスは、ビームキャノン、小銃、ビーム砲のすべてを使って、フナムシの足を止めて、そこを沿岸警備隊のグランチュラが集中攻撃して撃破していた。
「当たれ、当たれ、当たれぇっ!」
被弾の衝撃で、耐火繊維の厚いツナギが肌を強く擦るのも構わず、アカネは必死にレバーを叩いた。
その度に、人工的なアイスブルーの髪が跳ねる。
ブラキオスが悲鳴を上げるたびに操縦席が激しく揺れるが、彼女は逃げ出したい気持ちを飲み込み、ドレンの背中を守るために引き金を引き続けた。
しかし正面から攻撃を受け続け、頭は垂れ下がり、胴体部も数か所溶けた跡があった。
セナのシーパンツァーHは、小型ミサイルポッドの一斉射を行い、三体の足を止めると七六式七糎半野戦高射砲で連射を行い、徹甲弾で一機を撃破し、もう一機を中破させた。
(ち、機関砲の弾が切れた)
至近射撃武器の20㎜機関砲の弾が切れると、セナのシーパンツァーHの砲撃がそれをしとめた。
Z.E. 428年 2月11日 午前6時00分
<……やっぱり、来ましたね>
<でけぇ>
<でけぇ……。あれが噂のボールかよ>
<うそでしょ……>
いつの間にか集まっていたのか、セナの呟きに反応し、ヒナダ、クルゼ、アカネの呟きを拾った。
<レーダーは死んでるが、光学照準に捉えた。これより本機は対ボール戦に移行する>
恐怖に指揮が低下する中、淡々としたドレンの声が無線から聞こえる。
<……ササツカ少尉!……各員、背中を任せるぞ>
シーパンツァーだけに届いた無線越しのドレンの一喝が、セナの乗る凍り付いた無線を叩き割る。
「呆けてる暇はないぞ。あんたのシーパンツァーで、俺の死角を埋めてくれ!」
その声に、セナは弾かれたように顔を上げた。
恐怖を飲み込み、コンソールを鷲掴みにする。
「……っ! り、了解!
各員、レッドホーンの砲撃を支援します!
私に続いて!」
ドレンは静かに告げると、七七式十五糎加農を最大仰角で固定した。
――セナ・ササツカ視点
(ドレンさんに、一発もフナムシを寄せてはいけない。私たちが、盾になるんだ)
セナは自分を鼓舞するように、コンソールを強く握りしめた。
「各隊、レッドホーンAPの支援を優先。
グライドラーはハエを近寄らせないで。
私のシーパンツァーが最前線に出ます。
沿岸警備隊、空いた穴の埋めをお願いします!」
<了解!
砲火が弱まって通信が通ったと思えばこれか……死神に愛されてるな、俺たちは!>
防空隊のクルゼが珍しく毒づく傍ら、グライドラーは上空でハエの迎撃を開始する。
<沿岸警備隊がレッドホーンAP周囲に展開する。
本隊のブラキオスがひどい状況だ、下げた方がいいと思うぞ>
沿岸警備隊がレッドホーン周辺につくといい、ヒナダはアカネの機体について報告してきた。
(報告ができる状況じゃないですもんね)
「連絡に感謝します。
ナシザキ二等兵、防衛拠点で補修を受けてください」
<わかった。
助かったよ>
アカネはそう言うと、ブラキオスを反転させてトレーラーに向けて移動を始める。
その直後、瓦礫となっていたはずのフナムシの残骸がブラキオスの脚に体当たりした後に自爆した。
<くそったれっ!
生きてやがった!!
姿勢が維持できない、後左脚が制御不能>
アカネの乗ったブラキオスは、そのまま横転する。
<アカネ、無事ならレッドホーンのハッチ開けるから入れ!
生身で後方まで移動するのは無理だ、中に退避しろ>
レッドホーンAPは即座にブラキオスとフナムシの射線を塞ぐように移動させる。
(私はこういう時、何もできない!)
弾丸は尽きかけ、光学照準は砂に霞む。
それでも、セナはシーパンツァーHを前進させ、装甲越しに伝わる敵の駆動音を肌で感じ、レッドホーンを狙うフナムシを超硬度マニピュレーターで殴り飛ばした。
榴弾を撃ち出すが、激しい振動で射線が逸れる。頭の中で考えだけが空転し、焦燥感が肺を灼く。
七六式七糎半野戦高射砲の榴弾が轟音とともに撃ち出されるが、射線が逸れて撃破には至らなかった。
(アサクラさんは凄い。これだけの混乱の中で、私を補佐しながら、たった独りで【あの怪物】と向き合っている……!)
目の前に迫るエネミーゾイドへの対応で言葉にできないが、頭の中で考えだけがまわっている。
<ナシザキの保護に成功。
これより、ボール戦に入る>
ドレンの重厚な声が、機内のスピーカーから響く。
その裏で、レッドホーンの腹の中にあるオペレーター室では、
アカネが激しく咳き込んでいた。
備え付けのベッドなど目に入らなかった。
もっと狭く、もっと機械に囲まれたこの場所だけが、今の彼女には唯一の安全地帯だった。
ブラキオス脱出の際、ひしゃげた装甲が彼女の脇腹を裂こうとしたはずだった。
だが、技研支給の耐火ツナギが、鋼鉄の牙をその厚みで食い止めていた。
アカネは焦げ臭い繊維の匂いと、皮膚に伝わる鈍い痛みに、自分が「この服」に守られたことを痛烈に自覚し、涙を流しながら座席にしがみついた。
直後、レッドホーンAPの主砲が咆哮を上げた。
吸い込まれるような砲撃。
青い電磁膜に阻まれながらも、ドレンは正確に一点を穿ち続ける。
単発から、狂気じみた速射への切り替え。
「あと四体! 状況を!」
叫ぶセナの前に、グランチュラ三機が集結する。
<レッドホーン周辺は、少尉の前の4体だけだ。
補給は済ませた、支援する!>
ヒナダの言葉に、セナは残弾計を見る。――「0」。
(補給なんて待てない。……殴るしかない!)
飛びかかるフナムシを、セナはマニピュレーターで強引に受け止めた。装甲が軋む音。そのまま地面ごと敵を突き刺し、握りつぶす。
衝撃で、黒髪の隙間から鮮やかな青(インナーカラー)が覗く。
「防空隊も敵影見えず、何体かフナムシとハエが来たが整備トレーラーは健在だ」
「こちら、上空直掩イザワ。
さっきシンカーが二機、ボールの偵察に来たよ。
それで状況を伝えたら、健闘を祈るって言って帰還していった」
クルゼとヨウコの報告の直後、レッドホーンAPの背後で砂柱が爆ぜた。
大型エネミーゾイド【ボール】から放たれた105ミリレールキャノンの直撃。
その衝撃波が、セナのシーパンツァーHを後ろへ弾き飛ばす。
「きゃあああっ!」
マニピュレーターが両方とも砕け散り、魚雷ポッドが脱落する。
視界が歪む。水密コックピットの構造物が剥がれ、普段は見えない隙間から地獄のような戦場の外光が差し込んでいた。
「機体、大破……拠点まで後退します!
皆、各個の判断で下がって!」
セナは壊れかけた機体を這わせ、拠点へと後退する。
歪んだ砲塔を見上げ、彼女は歯を食いしばった。
(武器が残っちそうならすぐに積んで、アサクラ曹長を助けなきゃ……!)
――ドレン・アサクラ視点
世界が激しく揺れていた。ショートする火花と焦げた匂い。
「オペレータ室! 砲は生きているか!」
ドレンは怒鳴りながら、目前のボールを睨みつけた。
<ひぃ、もう嫌だ!
逃げよう、やばいって!
砲は無事だけど……正面装甲が、半分ないよぉ!>
アカネの悲鳴が届く。
モニタは死んでいたが、彼女が恐怖で理性を失いかけているのは明白だった。
「弾が撃てるなら最後まで撃つだけだ。外に出た瞬間、衝撃波でミンチになるぞ。
……椅子にしがみついとけ!」
ドレンは生き残っている後部コンソールへ飛び移り、手動で照準を固定した。
最後の咆哮。
ボールの装甲シャッターが閉じる直前、抉られた隙間に特殊徹甲弾が吸い込まれた。
一発、二発――そして三発目が、剥き出しの核(コア)周辺を捉える。
「トドメだ。……喰らいな!」
放たれたのは榴弾。装甲の内側で金属片を撒き散らし、連鎖爆発を誘発する。
空に浮いていた巨体が、断末魔のような爆炎を上げ、地上へと墜落した。
凄まじい砂の津波が周囲を呑み込み、やがてカーテンが晴れていく。
そこには、前足を失い、特徴的なフリルも砕け散ったレッドホーンAPが、物言わぬ屍のように伏していた。
「地底族の面目躍如か……助かったのはいいが。これは、高くついたな。」
コックピットの天井が落ち、割れた装甲板がドレンのすぐ横に突き刺さっていた。
首の皮一枚の生存。
コンバットシステムはダウンし、ゾイドコアの脈動も感じられない。
(……くそ暑い中、装備やらヘルメットを被る重要性ってのを、今更理解できたよ)
割れたヘルメットの感触を確かめながら、ドレンは意識の端でそんなことを考えていた。
五〇一中隊が救助されたのは、本隊が到着する二時間後のことだった。