臨時編成の五〇一中隊は、防御陣地を構築したものの、友軍の到着を待たずエネミーゾイドの襲撃を受けて大損害を出した。
そして、ドレン・アサクラが乗るレッドホーンAPが、大型エネミーゾイド【ボール】を撃破すると戦闘が引いていき、彼らは友軍に回収された。
中隊は壊滅的な状態を受け、パイロットと共に基地施設へと運ばれると、パイロット達は医療施設に運ばれ、強制的に検査入院させられる。
Z.E. 428年 2月13日 午前10時00分
医療施設での強制検査から解放されたドレン・アサクラは、その足で第三開発部の格納庫へと向かっていた。
そこには、大破した相棒――レッドホーンAPが鎮座しているはずだった。
(あの惨状じゃあ、整備どころか廃車コースだろうが……どうなっていることやら)
格納庫に足を踏み入れたドレンは、思わず足を止めた。
無残な姿で隅に置かれたレッドホーンAP。
だが、その周囲では整備員たちが蟻のように群がり、さらにその奥では、新たなレッドホーンやパーツが次々と運び込まれ、三機同時に組み上げ作業が行われている。
それはさながら、戦場の野戦整備場のような熱気だった。
「なんだ、来たのか?
今日までは完全休息日だと言い渡しておいたはずだが」
背後から掛かった野太い声に、ドレンは反射的に姿勢を正して振り返り、敬礼を送る。
「ハッ! ……失礼しました、オオムラ大佐。
相棒の様子が気になりまして」
「楽にしろ。お前のそういう生真面目さは嫌いじゃないがな」
第三開発部、ヤスジ・オオムラ大佐は苦笑しながら答礼を返し、ドレンに視線を戻した。
「見ての通りだ。お前らが派手に暴れてくれたおかげで、上層部が【レッドホーンは使える】と判断したらしい。予算と資材が降ってわいた」
「……これは一体どういうことですか? ただの補充にしては規模が大きすぎます」
ドレンが訝しんだ、その時だった。
「オオムラ大佐! それに、アサクラ曹長!」
格納庫の入り口から、凛とした声が響く。
セナ・ササツカ少尉が、ヨウコ・イザワ伍長、アカネ・ナシザキ二等兵を引き連れて駆け寄ってくる。
セナはオオムラの前に立つと、慣れない様子ながらも背筋を伸ばし、ピシっと敬礼を行った。
「セナ・ササツカ少尉、他二名。只今、検査入院より退院いたしました!」
「うむ。身体の方は問題ないようだな」
オオムラが鷹揚に頷くと、セナたちは緊張を解いた。
ドレンに向けても、セナは親しげに、しかし上官としての節度を保って会釈する。
「おはようございます、曹長。
貴方も来ていたんですね」
「ああ。……だが、丁度いい。
全員揃ったところで、今後の話をしよう。ついてこい」
オオムラは顎で指揮所をしゃくり、四人を促した。
格納庫内にある指揮所、その会議卓を囲むと、オオムラは前置きなしに切り出した。
「……人事異動だ。
技術工廠に【第五開発部】が新設され、お前たちはゾイドごとそちらへ転属となる」
「第五……ですか?」
聞き慣れない部署名にセナが首を傾げる。
「ああ。従来の区分け――第一(海洋)、第二(航空)、第三(陸戦)、第四(装備)という枠組みに収まらない、独立部隊だ。
任務は、ゾイドや装備の現地改修、実戦データの収集、そして評価試験……要は【何でも屋の実戦運用テスト部隊】だ。
これに伴い、第五〇一中隊は【第五〇一実験中隊】と改称される。
……そして、セナ・ササツカ技術少尉。
明日付で、技術中尉に昇進だ」
「えっ……ま、また昇進ですか!?」
オオムラの告げた言葉に、セナが素っ頓狂な声を上げる。
無理もない。少尉任官から数日での昇進など、戦時特例にも程がある。
「最短記録更新だろうな。だが、拒否権はない。
お前はもう、軍の【顔】なんだ。
中隊長として箔をつけてもらわんとな」
オオムラは有無を言わせぬ口調で告げると、卓上の地図を指し示した。
「作戦開始はおよそ10日後。
先の襲撃で奇跡的にドック内にあったビガザウロAS二機が再生可能な状態にあった。
現在、港では第一開発部がドック施設を修繕し、ビガザウロASを稼働状態にするべく全力を注いでいる。
その準備が整い次第、マルワ島、ツキシマを含む周辺諸島の奪還作戦が開始される。
お前たち第五〇一実験中隊には、マルワ島およびツキシマへの強襲上陸部隊支援が命令が出ている」
「10日後……そんな急に」
アカネが不安げに呟く。
「準備期間が足りません。ここには第五のスペースなんて……」
セナもアカネの言葉に続けて呟いた。
「そうだ。だから追い出す」
オオムラは悪びれずに言った。
「見ての通り、ここは手一杯だ。
先の襲撃を受けた港の【旧第三貯蔵区画の廃墟】。
崩れかけだが、屋根もある程度は残っている。
第一開発部が復旧させた電力なども使えるはずだ。
機体と装備一式、整備トレーラーも含めて明日送り出してやるから、自分たちで瓦礫をどかして陣地を構築しろ」
「……廃墟、ですか」
オオムラの説明にドレンが呆れたように息を吐く。
「昇進祝いが【瓦礫の山】とは。大佐、俺たちは本当に正規軍なんですか?」
「文句を言うな。海に近いだけマシだと思え。
それに、あそこなら何があっても第一の連中に怒られずに済むし、次の襲撃があったときにも対応がしやすい。
……今、港の施設を喪失すると国が死ぬ」
あまりに乱暴な計画に全員が言葉を失っていると、部屋のドアが控えめにノックされた。
「失礼します、大佐。
広報部の方がお見えです」
入ってきた若い整備兵の報告に、オオムラは露骨に舌打ちをした。
「チッ……相変わらず、嗅覚だけはいい連中だ。
ササツカ中尉、広報部がお前さんのインタビューに来たそうだ。
後ろの二人を連れて愛想を振りまいてこい」
「は、はい! ……あの、アサクラ曹長は?」
セナがドレンを振り返る。
「こいつには、まだ整備の話がある。あとで向かわせるさ」
「わかりました。……行こう、二人とも」
セナは一礼すると、ヨウコとアカネを促して退室していった。
パタン、と扉が閉まる。
その瞬間、オオムラが立ち上がり、部屋の隅にあるコンソールを操作した。
≪ブォン……≫という低い音と共に、部屋の空気が変わる。
防音・対盗聴フィールドが展開されたのだ。
「……なんの真似です?」
ドレンが低い声で問う。オオムラの顔からは、先程までの好々爺然とした表情が消えていた。
「ここからはオフレコだ。座れ、ドレン」
オオムラは重い息を吐き、椅子に深々と体を預けた。
「昨日から、ここは魔窟だ。
奪還作戦の表向きは大義名分のある人命救助だが、議員連中の本音は海洋プラントの利権確保だ。
……その支援として、帝国と共和国が【技術者と人員】を送り込んでくる」
「支援? ……まさか」
「そのまさかだ。
面倒なことに、奴らは身分を【傭兵】に偽装して、お前の第五〇一実験中隊に配属される。
これは上からの決定事項だ」
ドレンは眉間を揉んだ。嫌な予感しかしない。
「……要するに、スパイの受け入れ先になれと?」
「そうだ。……いいか、ドレン。
奴らは【レッドホーンAP】のデータ、特に実弾砲の運用データを狙っている。
機体には近づけさせるな。オペレーター席も、火器管制も触らせるな。
共有するデータは全て、第五に派遣するうちの息が掛かった技術者のフィルターを通せ。
……現場のお前にしか頼めん」
「また、面倒なことを……。
はぁ……それで、何人来るんですか、その【お客様】は」
ドレンの問いに、オオムラは指を広げてみせた。
「帝国からは二名、共和国からは三名。
……計五名の問題児たちが、今夜到着する」
オオムラからその数を聞いた瞬間、ドレンは絶句し、再び胃のあたりを押さえた。
「……その数だと、もし機体ごと運ぶなら、レドラーやプテラスが各三機は必要になりますね。
分解して小分けにすれば運べなくもないでしょうが、この長距離を飛んでくるとなると現実的じゃない」
「おそらくは、そうだろうな。
上層部が了承している手前、ゾイドは第五で用意するしかない。
得体のしれないものを持ち込まれずに済むが、面倒な事だ」
オオムラのどこか他人事のような言葉に、ドレンは疑問が浮かび内心首を傾げた。
「……他人事のようですが、ところで第五開発部の部長はどなたになるんですか?
私が乗機としているレッドホーンAPもそうですが、ゾイドの調達で相談したいのですが」
ドレンの問い掛けに、オオムラは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「お前さんのレッドホーンAPは、フレームから破断していたからな、
実戦データを基に重量バランスを再設計した【レッドホーンAP先行量産機】にゾイドコアを移植する。
それと武装面でも重量を軽減するため、第四開発部の提供で、主砲はそのままに、副砲の【七六式七糎半野戦高射砲】だけ【80ミリ地対空2連装ビーム砲】に換装するんだが、お客様の手土産として各種電子装備も入れ替えになる。
しかし、連中はそれを自分達の技術者にやらせろとも言っているようだ」
「それならいっそ、先行量産型のレッドホーンAPをもう1機用立てられませんか?
あれの運用人数は最低1人ですが、居住スペースはベッドを増やすことで10人は入りますし、コクピットに二人、オペレータ室に三人は乗せられます。
それにお客様をまとめてしまえば……」
ドレンの言葉に、オオムラは溜息を吐く。
「馬鹿をいうな。
停戦合意から1か月、最後の目立った戦いから2か月だぞ。
……暴発して面倒ごとになるのが目に浮かぶ。
それに、既に五〇一に配備されているゾイド以外で、第五に配備されるゾイドで軍部が合意しているのは、データ供与のあった共和国のガイザック、帝国のマルダーだ。
作業支援として、モルガやグランチュラを配備するのは文句もでないだろうが、前線が欲している新型をまわすのは難しい。
なにより、昨日の今日でまだ紹介もできていないが、お前らの上司達を納得させなきゃいかん」
「たしかに、まだ耳にしていませんでしたね」
「……直属の上司は、お前も知っている相手だ。
若くして特殊砲弾の開発にかかわった、クロエ・ソウエンジ。
彼女は第五〇一を指揮下に置く第五一〇実験大隊の大隊長になる」
「彼女が……。
なら、話は通じやすい気もしますが」
ドレンが苦い思いと共に、僅かな期待を滲ませると、オオムラは首を横に振った。
「そう簡単な話じゃない。
彼女の上――第五開発部の部長に据えられたのは、ナオスグ・ウルヤだ」
「ウルヤ……? 第二開発部の、補給課長だったあの?」
ドレンが眉をひそめると、オオムラは苦々しげに頷いた。
「そうだ。航空戦力の枯渇で横領する物資もなく、出世コースから外れて女遊びで鬱憤を晴らしていたあの無能だ。
だが、その女遊びが情報部の目に留まったらしい。
奴らの神輿に乗って、部長の椅子を手に入れた。
奴はただの【飾り】だ。技術のことも、現場のことも何一つ分かっちゃいない」
「……最悪ですね」
「ああ。そして実権を握るのは、副部長兼事務局長として送り込まれた情報部の人間だ。
第五開発部は、今回の件を理由につけて情報部の糞(巣窟)になる。
連中は、薬物や機械的洗脳のようなヤバい代物を持ち込んで、技術工廠内に種を撒きたいんだろう」
「それは、技術工廠の発足理念に反するのでは?
これまで手を染めなかったのは真面な技術開発に専念するためですし」
「連中に言え。クロエ中佐は今頃、その【無能】と【獅子身中の虫】を相手に、補給の手配から改造申請まで、一人で悪戦苦闘しているはずだ。
少なくとも実働部隊にお前がいるのなら、彼女を支えて上手く立ち回るしかなかろう。
……そこでだ、ドレン。独り言だと思って聞け」
オオムラは声を潜め、ドレンの目を鋭く見据えた。
「ナシザキを抱き込め。アレは良い経歴(キズ)を持っている。
……多少連中との交渉は必要だが、そこはお前が現場指揮官として上手くやれ。
そして、闇市でもどこでもいい、今日中にゾイドに乗れる奴を探してこい」
「今日中……ですか? それはまた急な」
「急ぐんだ。【席】を埋めろ。
お前のレッドホーンAPの空いている同乗席(シート)も、中隊の定員(ポスト)もだ。
空席があれば、連中は【データ収集】の名目でスパイを同乗させるか、あるいは【戦力補充】と称して、薬漬けの実験動物(モルモット)を送り込んでくるぞ。
一度入り込まれれば、排除するのは困難だ」
オオムラの話を、ドレンはゆっくりと飲み込む。
「……なるほど。五〇一中隊という【枠】を、こちらの身内(手駒)で満たしてしまえと」
「そうだ。中身がゴロツキだろうが犯罪者だろうが構わん。
【人員は充足している】という既成事実さえ作れば、奴らも強引には割り込めない。
……今日までなら、俺が人事書類を通して面倒を見てやれる。
お荷物(情報部)も、座る椅子がなければ駄々は捏ねまい」
オオムラの言葉に、ドレンは覚悟を決めたように頷いた。
「了解しました。
……ツテを当たって、とびきり質の悪い連中を拾ってきます」
「ああ、頼んだぞ」
フィールドが解除され、部屋に元の空気が戻る。
ドレンは敬礼をすると、重い足取りながらも、確かな目的を持って部屋を後にした。
ドレンがオオムラ大佐との、濁り切った沼の底のような密談を終えた頃。
格納庫の一角では、修理を待つセナのシーパンツァーの前で、広報用の撮影が行われていた。
カメラマンの指示で、セナがぎこちなくポーズを決める。
その華やかな「英雄」の輝きの裏側で、照明用の反射板を持たされているのは、アカネとヨウコだった。
「ほらアカネ、もっとまじめに手伝いなよ。
中尉がニコッと笑うたびに、あたしたちの給料が上がるんだからさ」
ヨウコの茶化すような言葉に、アカネは汚れたウエスで汗ばんだ顔を拭い、ハスな笑みを浮かべた。
「……軍曹、本気で言ってんの?
あの子が【決意】とか口にするたびに、あたしたちの寿命が削られるんだよ。
綺麗な英雄様の後ろで、泥を被って死ぬのは誰だと思ってるわけ?」
「相変わらず可愛くないねぇ、あんたは」
アカネの毒づいた言葉を受けても、ヨウコは年の差などものともせずに笑い飛ばす。
「そんな年じゃないし、可愛さは中尉に全部あげたのよ。
……さ、仕事しよ。カメラに映り込むと、こっちまで【お綺麗な中隊】の一部にされちゃう」
ヨウコとの会話を避けるように、アカネは反射板をもってカメラの死角へ、影の方へと移動する。
そんな彼女たちが撮影を終え、機材を片付け始めた頃だ。
ドレンがスポーツバッグと、数枚の書類をヒラヒラさせながら歩み寄ってきた。
「アサクラ曹長?
……お疲れ様です、それは何ですか?」
三人を代表するように、セナが尋ねた。
「ん? ……ああ、こいつは外出許可書だ。
アカネは身分上、誰かの同伴が必要だがな。
俺らの生還祝いと、少尉……いや、中尉への昇進祝いを兼ねて、お前らに飯を奢ってやろうと思ってな」
ドレンの提案に、セナの瞳が驚きに見開かれる。
「えっ、外出ですか?
いえ、そんな! まだ任務も……」
「え、マジ!? 行く行く!」
「……はぁ」
一呼吸遅れて遠慮するセナの横で、ヨウコは諸手を挙げて歓声を上げ、アカネは面倒くさそうに溜息をついた。
「おいアカネ、そんな薄汚れた作業服で俺の横を歩くなよ。これに着替えろ」
ドレンはアカネの返事も聞かずに、持ってきたバッグを彼女の胸に押し付ける。
「略式の制服だ。サイズは在庫から見繕ってきた、お前の体型なら合うはずだ」
「……まだ行くとは言ってないんだけど」
アカネがバッグを抱えたまま睨むと、ドレンはニヤリと笑ってトドメの一言を放った。
「そう言うな。……言っとくが、今日の配給もレーションだぞ。
最悪な事に、昼のメニューは【魚介風味】……あの生臭い合成ペーストだ」
その言葉に、三人の顔色がサッと変わる。
「なぁ、行こうよアカネ。曹長が奢ってくれるんだし、あの生臭いのは勘弁だよ」
「……なんか断る雰囲気じゃなくなりましたね。行きましょう、アカネさん」
動こうとしなかったアカネに、ヨウコとセナが左右から声を掛ける。
レーションの不味さは、彼女たちの連帯感を高めるのに十分すぎた。
「……わかったわよ。着替えるから少し待ってて」
アカネは観念したように肩をすくめると、バッグを持って物陰へと消えていった。
しばらくして再びドレンの前に現れたのは、化粧こそしていないが、髪を整えて、キッチリと制服を着こなしたアカネだった。
作業服のやさぐれた雰囲気とは違う、引き締まった肢体に、ドレンは無言で頷いた。
Z.E. 428年 2月13日 午後01時00分
四人は基地を出る輸送トレーラーの荷台に便乗し、街へと向かっていた。
グランチュラが牽引するトレーラーには、復興資材が山積みになっており、揺れるたびに固定ワイヤーが軋む音がする。
四人は荷物の隙間に収まるように身を寄せ合っていた。
ドレンの隣にセナが座り、向かいにヨウコとアカネがいる。
赤道近くにある倭国の湿度は高く、日が高くなる時間という事もありじっとしていても汗が噴き出してくる。
汗を吸い布が透けるにも構わず、全員が堪らず軍服の襟を緩め、セナは手でパタパタと胸元を扇いでいた。
ガタンッ!
トレーラーが瓦礫の段差を乗り越え、大きく跳ねる。
「きゃっ!?」
狭い荷台でバランスを崩し、三人がドレンに折り重なるように倒れ込んだ。 汗ばんだ肌と、それぞれの柔らかな膨らみが押し付けられる。
「……おい、暑苦しいぞ」
ドレンが軽口を叩くと、三人は慌てて身を離し、気まずい沈黙が流れた。
その空気を変えるように、セナが口を開く。
「……それで、オオムラ大佐とはどんな話をしたんですか?」
「お前らも当事者だから話すが……中隊に【傭兵】を入れることになった」
「傭兵、ですか?」
ドレンの言葉に、三人は口を半開きにして顔を見合わせる。
「ああ。名目上は、同盟国からの支援だ。
だが、軍事機密に近い俺たちの部隊に傭兵が来るのは異例だろ?
……国籍もわからないから、最大限警戒するようにってな」
ドレンは声を潜め、オオムラから受けた密命に嘘を混ぜながら噛み砕いて伝えた。
「そこで、だ。人手が足りない。
第五は新設部署だが、まともな人員は他の部署が囲い込んでいて回ってこない。
だから、今日中に街で【空席を埋める人員】を探してこいと言われてね」
「人員って……どんな人をですか?」
「誰でもいい。
ゾイドの操縦ができれば御の字だが、そうでなくても洗濯か掃除ができればいい。
とにかく【第五〇一中隊の枠は埋まっている】という既成事実を作って、
変な奴をこれ以上押し付けられないようにするんだ」
「急にお祝いと言われて驚きましたけど、本当はそっちが目的ですか」
セナが呆れたようにジト目を向ける。
「いや、【レーションより遥かにマシな食事】に誘うのは本当だ。
この二日、生き残った祝いも兼ねてな。
……だから、飯を食いながらでいい。使えそうな奴がいたら教えてくれ」
「そう言えば、広報の用事は何だったんだ?」
その言葉にセナが少し慌てて、手を振るとはだけた胸元から小ぶりな胸が丸見えになったのをドレンは見逃さなかった。
「ボール戦の話とか、ちょっとだけ写真撮影をしただけですよ!」
そんな話をしている間に、トレーラーが街の前で停車する。
Z.E. 428年 2月13日 午後01時30分
瓦礫の山と化した街並み。
そこでは、ボロを纏った男女が瓦礫の隙間を漁り、別の場所では防護服に身を包んだ兵士が、瓦礫の下から掘り出された遺体を無造作にトラックへ積んでいた。
モルガや、クレーンを付けたグランチュラが、壊れた建物を解体する重低音があちこちから響いている。
そんな混沌とした瓦礫の街の一角に、人が賑やかに屯し、湯気を立てている場所があった。
「……ここだ」
ドレンが足を止めたのは、大通りから一本入った路地裏、湯気と少し生臭いような、だが食欲をそそる香りが漂う屋台の前だった。
屋台から漂う香ばしい匂いは、僅かに漂う腐臭を打ち消し、四人の空っぽの胃袋を強烈に刺激した。
「曹長、この匂い……ひょっとしてエビとかカニですか?」
ヨウコが鼻をひくつかせると、ドレンはニヤリと笑った。
「合成米と、商品にならないクズ蟹やエビを殻ごと粉にして混ぜたリゾットだ。
見た目は悪いが、味は保証する」
ドレンは三人を先導し、人ごみをかき分けて店の前へ進み出た。
店主らしき親父に指を四本立てて見せる。
「女将さん、四つくれ。一番デカい椀でな」
「あいよ。適当に座ってておくれ!」
店の奥から、威勢のいい声と共に蒸気が噴き上がる。
「じゃあ、座るか」
四人が簡易な丸椅子に腰かけると、程無くして椀に盛られた黄金色のリゾットが運ばれてきた。
「この店はこれだけなんだが、安くて量があるから人気なんだ」
そう言ってドレンがスプーンで山盛りのリゾットを掬い、口に入れる。
それを見ていた三人はゴクリと喉を鳴らし、自分達も匙を手に取った。
「……ん、美味い!」
ヨウコが一口食べて目を輝かせ、セナも恐る恐る口に運び、驚いたようにドレンを見た。
「本当……! 殻の香ばしさが凄いです。見た目は泥みたいですけど」
「だろ? 殻に含まれるカルシウムも摂れるし、何より安い」
ドレンは満足げに笑うと、隣でスプーンを止めているアカネに気づいた。
彼女は椀を持ったまま、戸惑うように少しずつ口に運んでいる。
「……口に合わないか?」
「いえ、美味しい……わね。
こんな温かい食事、久しぶりで」
アカネの言葉に、ドレンは鼻を鳴らした。
「なら、もっと食え」
ドレンは自分の椀から、スプーンでたっぷりとリゾットをすくうと、アカネの椀へ無造作に移した。
「え、あの……?」
アカネが驚いて顔を上げる。
「俺は味覚が馬鹿になってるからな、質より量がありゃいいんだよ。
……それに、少しは精をつけないと持たないぞ」
山盛りになったリゾットを見て、アカネは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに小さく頷いた。
「……ありがとう」
彼女は椀を持ち直し、今度はしっかりとスプーンを動かし始めた。
ドレンはその様子を横目で見届けると、自分も減った分のリゾットを豪快にかき込み始めた。
食事が終わり、席を追い出されるように店を出た四人は大通りを歩きながら街並みを観察していた。
「思っていたより、結構無事な建物が多いわね」
アカネがそう言うとセナとヨウコも同意するように頷き返す。
だが、すれ違う人々は皆、煤けた服や包帯姿で、物資の欠乏は明らかだった。
「そう言えば、ササツカ少尉。着替えの予備はあるのか?」
ドレンが不意に尋ねる。
「え? いえ、支給された分しか……」
セナは驚きながらも、素直に答える。
「もし、学生寮が近くだったら、私物を取りに行ったらどうだ?
この状況だ、サイズが合う衣服は貴重品だぞ」
「えっ! たしかに近くにありますけど、この状況で私の私物を取りに行くというのも……」
ドレンの提案に、セナは何かに気を遣うようにアカネたちを見る。
自分だけ贅沢をするわけにはいかないと思ったのだろう。
「いいじゃない、お嬢様の暮らしぶり、ちょっと興味あるしね」
ヨウコが茶化すように背中を押す。
「あたしのことなら、気にすることはないわよ。
……それに、少尉が少しでも快適に過ごせるなら、その方がいいわ」
アカネも控えめながら、優しい笑みを向けた。
二人に促され、セナは戸惑いながらも頷いた。
「じゃあ、決まりだな。
案内は任せるとして、人探しの間を除けば、荷物持ちくらいはしてやるよ」
その言葉に先導され、セナが歩き始める。
大通りから外れ、住宅街に入ると人通りが消えた。
そこに、セナの通っていた寮があった。
「ここですね。
守衛もいませんし、所々壊れていますけど……まだ残っていて良かった」
外壁には亀裂が入り、窓ガラスも割れているが、建物自体は崩壊を免れていた。
「あの攻撃の中、形が残っているだけマシだ。
……イザワ、チャカ(拳銃)は持ってるな?」
「うん、一応支給されたのが懐にあるけど」
ドレンの問いに、ヨウコがジャケットの裾を捲ってホルスターを示す。
「上出来だ。お前たちは一階の入り口ホールで、外からの侵入者を警戒してくれ。
ナシザキは丸腰だが陸戦訓練を受けている、目は利くだろう。
だが装備がない、何かあればイザワの後ろに隠れていろ。
中に潜んでいるネズミは俺が追い払う」
「了解。……セナちゃん、何かあったら大声出すんだよ」
ヨウコが真剣な顔で頷き、アカネを背に庇う位置に立つ。
ドレンは腰の拳銃を抜き、スライドを引いて装填を確認すると、セナを背後に置いて慎重に階段を上がり始めた。
建物内部は比較的綺麗な状態だったが、物取りが入った様子で、各部屋の扉は開け放たれて散乱していた。
女子寮だったのか、通路上に女性物の衣服が散乱し、その上に天井や窓の破片が混じりあっている。
「私の部屋はここです」
そう言ってセナはゆっくりと部屋に入る。
セナの部屋も例外なく荒らされていた。
ワンルームの中にある引き出しはすべて開けられ、中身が床にぶちまけられている。
そして、ベッドの上には――。
「ひぃっ……!」
セナが短い悲鳴を上げてドレンの背にしがみ付いた。
ベッドの上には、数枚の下着が丸まって放置されており、部屋には青臭い異臭が充満していた。
下着の傍らには、踏みつけられた学生証とアルバムが転がっている。
「貴重品が残っているかわからないが、この状態で探すか?」
ドレンは表情を変えずに前に出ると、精液に塗れ放置された下着を一瞥し、それ以外の場所へ視線を移した。
即座に「生存に不要な情報」として切り捨てたのだ。
その冷静な背中に、セナはおそるおそる顔を出す。
「……少しだけ探させてください。
ただ、遠くに行かないでくださいね」
「ああ、わかった。
口に入れるものはやめた方がいいが、衣服は貴重だ。
汚れていないものを持って帰って洗濯すればいい」
そう言ってドレンは壁際に落ちていたシャツやズボンを拾い上げると、真顔で鼻を近づけ、臭いを確認し始めた。
「……よし、こっちは被害なしか」
確認を終えた服を、ドレンが無造作にセナに見せる。
「あ、ありがとうございます……けど」
セナの顔が、恐怖とは別の理由で赤く燃え上がり、うつむいた拍子に黒髪の隙間から鮮やかな青(インナーカラー)が覗く。
生存本能に忠実なドレンは、衣類の胸や股の部分に匂いがないか、あくまで【検品】として鼻で確認しているのだ。
だが、その光景は乙女心には刺激が強すぎた。
「それ、すごく複雑です。
……真顔で嗅がないで、さっさと袋に入れてください!」
気が付けば三時間位作業をしただろうか。
結局、使える衣類と小物をいくつか回収した頃には、帰るのにいい時間が経っていた。
「すみません。 いろいろと手伝って貰って、アサクラ軍曹の用事を済ませる時間が殆どなくなってしまって」
建物から出てきたセナは、膨らんだ背負い袋を肩に担いだドレンに頭を下げた。
入り口で待っていたヨウコとアカネが、無事な帰還に手を振って迎える。
「異常なしよ。何もなかったわ」
ヨウコがそう報告する。
「そうか、なら長居は無用だな。
帰りのトレーラーがなくなる前に帰るか」
そう言ってドレンが歩き出し、四人は寮を出て路地を歩き始めた。
緊張が解け、セナが改めて礼を言おうと口を開く。
「あの、本当にありがとうございました。このお礼は――」
「いや、どうせ当てもなかったんだ、気にするな」
ドレンがぶっきらぼうに答え、路地の交差点に差し掛かった、その時だった。
「――っ!?」
ドレンの野性の勘が、左手の死角から迫る気配を捉えた。
だが、反応するよりも速く、砲弾のような勢いで何かが飛び出してきた。
「きゃあ!?」
「うおっ!?」
ドンッ、という鈍い衝撃音と共に、ドレンとセナが弾き飛ばされる。
脇道から現れたのは、肌が透けるように薄い布で作られた貫頭衣を纏った二人の女だった。