第10話 第五〇一実験中隊、始動(前編)
Z.E. 428年 2月14日 午前8時00分
【場所】港湾郊外の【旧第三貯蔵区画の廃墟】
第五開発部の拠点予定地である【旧第三貯蔵区画の廃墟】は、朝八時だというのに、気温はすでに三十度を超えていた。
屋根の半分が吹き飛び、潮風が吹き抜ける元資材倉庫の中は、朝特有の爽やかさとは無縁の、ねっとりとした湿気に支配されている。
「……暑い。朝からサウナかよ、ここは」
ドレンは支給されたばかりの少尉階級章がついた軍服の襟元を大きく開け、袖を肘までまくり上げながら毒づいた。
額から流れる汗が、首筋を伝って背中へと落ちていく。
彼の前には、昨晩【購入】した十名の男女と、真新しい軍曹の制服に身を包んだアカネ、そして昇進したセナが整列していた。
さらにその横には、この亜熱帯の酷暑などどこ吹く風で直立不動を貫く、ミサト・カグラ曹長の姿があった。
「整列。……これより、第五〇一実験中隊の編成完結式を行う」
ドレンの声が倉庫に響く。
目の前に並ぶ「部下」たちの姿は、軍隊というよりは、奇妙な収容所の光景だった。
彼らは全員、昨晩ドレンがあてがった【不揃いな色のオーバーサイズシャツ】を身に着けている。
ニルスたち男性陣は、ダブダブのシャツの袖をまくり上げているが、下は何も履いていない状態で、頼りない生白い足を晒している。
女性陣も同様だ。ハンナ・リリエンタールと二人の娘、エルザとミナ。
そしてラミレス姉妹やマルガレーテたち。
彼女たちはシャツの裾を膝まで伸ばしてワンピースのように着ているが、その下にはまともな衣服がない。
動くたびに裾から素足が覗き、彼女たちは恥じらいと不安から、シャツの裾を握りしめて身を縮こまらせている。
特にハンナは、娘たちを庇うように立ちながらも、自身のシャツの襟元をかき合わせ、母親としての威厳を保とうと必死だった。
「……本隊の指揮系統について通達する」
ドレンの声は、先ほどまでの苛立ちを抑え、冷徹で事務的な響きを帯びていた。
「我々、第五〇一実験中隊は、第五開発部・第五一大隊の隷下に置かれる。
大隊長および直属の指揮官は、クロエ・ソウエンジ少佐だ。
作戦行動における命令は、全て彼女から下される。顔と名前は後で叩き込んでおけ」
ドレンが告げたその名前に、奴隷たちは顔を見合わせる。
まだ見ぬ上官だが、ドレンが敬称をつけて呼ぶ相手だ。
「……勘違いするな。
彼女は兵器開発の責任者でもある。
貴様らがテストで無様なデータを出せば、即座に【使用不適格(エラー)】の判定が下る。
だが、俺は高い金を払って貴様らを買ったんだ。
ただの鉄屑(スクラップ)として処分させてやるつもりはない。
死に物狂いで食らいつけ。俺の投資を無駄にするな」
ドレンの釘を刺すような言葉に、再び緊張が走る。
「返品」という言葉が、彼らにとっては「死」よりも恐ろしい「元の地獄への逆戻り」を意味することを、全員が理解していたからだ。
「次に、補給および管理統括は、第五開発部副部長であるアヤメ・フジエダ中佐。
そして、物資配給の管理責任者は、カエデ・フジエダ少佐だ。
食料、水、弾薬。貴様らの命綱はこの方々が握っている。粗相のないように」
「まず、人事発令を伝える」
ドレンは彼女たちの惨状を気にする素振りもなく、手元の端末を読み上げた。
「本日付をもって、セナ・ササツカ少尉は中尉へ昇進。本中隊の中隊長に任ずる」
「は、はい!……頑張ります!」
セナが緊張した面持ちで敬礼する。
「次に、私、ドレン・アサクラ曹長は特務少尉へ昇進。中隊副官および第一小隊長を兼任する」
ドレンは自らの襟の階級章を指で弾いた。現場叩き上げの成れの果て、特務士官の証だ。
「そして、アカネ・ナシザキ二等兵」
「はっ」
名前を呼ばれたアカネが一歩前に出る。
その身を包むのは、サイズの合った女性用軍服。
袖からはほっそりとした、しかし引き締まった腕が伸びている。
何より、昨晩までその首にあった【首輪】がない。
シャツ一枚で怯える奴隷たちとは対照的なその姿は、彼女が【選ばれた側】であることを残酷なまでに示していた。
「貴様を軍曹に昇進させる。私の補佐として、こいつらの管理を徹底しろ」
「はっ! ……命に代えても」
アカネは短く鋭く応え、完璧な敬礼を捧げた。
氷のようなアイスブルーの髪が揺れる。その瞳には、ドレンにだけ分かる熱っぽい共犯の色が宿っていた。
「最後に、陸上戦闘司令部より戦術指導官として派遣された、ミサト・カグラ曹長だ」
紹介されたミサトが、無駄のない動きで前に出る。
茶色の肌にグレーの髪。ボタンを喉元まで完璧に留めた軍服には、汗染み一つない。
虫族(インセクト)特有の環境適応能力と、鉄のような自制心が、彼女をこの蒸し風呂の中で唯一の【機械】のように見せていた。
「ミサト・カグラ曹長である。
本来なら貴様らのような【消耗品】に名乗る必要はないが、私の管理下にある以上、無能な働きで死ぬことは許さない。
教範(マニュアル)通りの動きができない者は、私が直接指導(矯正)する。以上」
彼女は【情報部】という本当の所属を伏せ、あくまで【融通の利かない本部の教育係】として振る舞っていた。
その冷徹な青緑の瞳が、シャツ姿のニルスたちを射抜く。
眼鏡の奥の光に感情はなく、ただ【使えるか、使えないか】を選別するスキャナーのような視線だった。
「……さて、ありがたい訓示は終わりだ」
ドレンは手を叩いて空気を変えた。
「支給品を配る。
まず身分証(IDカード)、これがお前らの命綱だ。
無くしたらその場で脱走兵として処理する。
それと……いつまでもシャツ一枚でウロウロされては目の毒だ」
ドレンが足元のコンテナを蹴ると、中からジャラジャラと金属音を立てて食器セットと、布袋に入った衣類、そして琥珀色の液体が入った業務用ボトルがこぼれ落ちた。
「倉庫に残っていた在庫処分品だ。
下着が二日分。サイズはバラバラだ、合わない奴は紐で縛って調整しろ。
あとは金属製のカトラリー(食器)だ。大事に使えよ、失くしても代わりはない」
床に散らばったのは、色褪せた色気のない軍用下着と、無骨なスプーンやフォーク。
ズボンやスカートはない。それでも、ハンナたちは恥も外聞もなくそれに飛びつき、自分の大事な部分を隠せる布を求めて手を伸ばした。
「それと、日中は身体に油(オイル)を塗っておけ」
ドレンは転がったボトルを顎でしゃくった。
「ここの日差しと湿気は殺人級だ。ナマの肌のままだとすぐに火傷して爛れるぞ。
……テカテカ光ってる方が、見栄えもいいしな」
ドレンは、元軍人や経験者であるハンス、フリッツ、マルガレーテ、レイラたちに視線を向けた。
「ハンス、フリッツ、マルガレーテ。そしてトルーデ。
貴様らは【伍長】として扱う。
それぞれの班の【二等兵】――ニルスやリリエンタール一家の命を預かれ。
二等兵が死んだら、その班の伍長も責任を取って死んでもらう。
……ここは軍隊だ。連帯責任(ワン・フォー・オール)の意味を履き違えるなよ」
ドレンはそこで一息つくと、おどおどと身を縮こまらせている小柄な女性に目を向けた。
トルーデだ。彼女はフリッツたちと同じくガイロス帝国の正規訓練を受けた衛生兵だが、その性格ゆえに前線を追放された過去を持つ。
「トルーデ。お前は【衛生伍長】だ。
技術はあっても、コストを度外視して誰でも彼でも助けようとするその【甘ったれた性格】……ガイロスでは不良品扱いだったようだが、ここでは役に立つかもしれん。
こいつらの健康管理と、怪我人の修理はお前の責任だ」
「は、はいっ……! が、頑張ります……! 皆さんの命、守ります!」
トルーデは涙目で、しかし力強く敬礼した。
小柄で非力な虫族だが、その知識と「命を捨てられない優しさ」は、この過酷な部隊の生命線となるだろう。
「ハンナ。お前は【シェル・モルガ】の操縦と、給養(飯炊き)だ。
衛生室もそのモルガのコンテナにある。移動中はトルーデ伍長の助手として働け」
「わ、わかりました。……運転なら、昔少しだけ……」
ハンナは不安げに答えた。特権階級の奥様だった彼女だが、衛生伍長であるトルーデの下につくことで、自分の役割を理解したようだ。
ドレンは視線を端末に戻し、淡々と告げた。
「レイラ・ラミレス二等兵、レイシー・ラミレス二等兵。前へ」
「……はっ」
指名されたレイラが、妹の手を引いて前に出る。
その表情は硬い。昨日街中でドレンに縋り付いた時の必死さが、今は「主人の期待に応えなければならない」という重圧ある緊張へと変わっている。
その後ろで、レイシーは不安げに姉の背中に隠れている。
「貴様ら二名は、本日付で私の指揮下に入ってもらう。
配置は、私の乗機【レッドホーンAP】のクルーだ」
「――ッ!?」
予想外の辞令に、レイラが息を呑む。
周囲の奴隷たちからも、どよめきが起こった。
最も安全で、最も待遇が良い指揮官機。
そこは、本来なら信頼できる正規兵が座るべき場所だ。
昨日買われたばかりの奴隷が、足を踏み入れていい場所ではない。
「本隊は慢性的な人員不足だ。適性検査を待っている暇はない。
レイラ、貴様は元・共和国の傭兵だな?
腕に覚えがあるなら、その技能を私の機体で活かせ。
火器管制を任せる。私の目の代わりになってもらうぞ」
「……本気、ですか」
レイラはドレンを見上げた。
その目は、与えられた役割の重さを計っていた。
(あたしらを……肉壁としてではなく、戦力として扱うというのか?
それも、あんた命を預ける席で)
それは破格の待遇であり、同時に「失敗は許されない」という究極の試練でもあった。
「……愚問でした。
やります。元傭兵の腕、錆びついてはいません。
……あんたの目でも手足でも、なってやる」
レイラは拳を握りしめ、低い声で誓うように答えた。
地獄から救い出してくれたこの男への恩義を返すには、結果を出すしかない。
「レイシー、貴様はオペレーターだ。
学校を出ているそうだな? 文字が読めて計算ができるなら、最低限の役には立つ。 姉の傍を離れたくないのだろう?
なら、死ぬ気でマニュアルを覚えろ。足手まといになれば即刻降ろす」
「あ、ぅ……! は、はいっ……!
が、頑張ります……! お姉ちゃんと一緒なら……!」
レイシーは姉の袖を握りしめたまま、涙目で何度も頭を下げた。
「なお、本機は居住区画も兼ねている。
戦闘以外の時間は、清掃および私の身の回りの管理を【副任務】として命じる。
……不服か?」
「不服? まさか」
レイラは首を横に振った。
「掃除でも洗濯でも……夜伽でも。命じられれば何でもしますよ、特務少尉殿。
あたしたちを『ここ』に置いてくれるならね」
その言葉には、媚びではなく、自らの全てを差し出してでもこの「居場所」を守り抜くという、悲壮な覚悟が滲んでいた。
「口を慎め。貴様らの働き次第だ」
「着替えたら仕事だ。
お客様がお着きだぞ。……これから来る連中は、お前らよりもたちが悪い【ハイエナ(傭兵)】どもだ。
舐められないように、腹に力入れておけ」
Z.E. 428年 2月14日 午前8時30分
ドレンたち第五〇一実験中隊の面々が整列する中、施設の入り口――フェンスがねじ切れてできた巨大な開口部から、独特の重低音が響いてきた。
砂煙を上げて現れたのは、【キャリア・モルガ(輸送用モルガ)】の車列だ。
芋虫型ゾイドの背中に直結された【兵員輸送用コンテナ】は、窓が小さく、断熱材も薄い金属の箱だ。
各国の【協力者】たちは、この蒸し風呂のようなトレーラーに揺られてやってきたのだ。
先頭のモルガが低い唸り声を上げて停止し、後ろのコンテナのハッチが開く。
そこから這い出すように降りてきたのは、ヘリック共和国から派遣された三名の男女だった。
「うへぇ……なんてこった。芋虫の腹ん中で蒸し焼きにされるかと思ったぜ」
ライアン・バークス伍長。
十八歳という若さながら、天才的な操縦技術を持つ共和国の【野良犬】。
サンド・グレイ(砂色)の髪を短く刈り揃え、左頬から首筋にかけて「羽根」のタトゥーが入っている。
彼は所属を示すワッペンを剥がした、ボロボロのフライトスーツを着ていたが、暑さに耐えかねて上半身を脱ぎ、腰に巻いていた。
トレードマークのカウボーイハットで必死に顔を扇ぎながら、ドレンを見つけてニカっと笑う。
「よう、あんたが新しいボスか? こいつは歓迎のサウナってわけかい?」
「……少しは黙っていられないの、ライアン。暑苦しいわ」
続いて降りてきたのは、エマ・ウィルソン伍長。
茶色の肌にグレーのボブカット。国籍不明の作業シャツを着ているが、その目つきは鋭い。
彼女は今回の任務にあたり、ただのパイロットではなく【憲兵(MP)】という偽装身分を与えられていた。
そして最後に、小柄な女性が何かに取り憑かれたような形相で飛び降りてきた。
彼女は自分の足元も確認せず、すぐに後ろの連結車両(トレーラー)へと駆け寄った。
「ちょっと! Gセンサーの数値、見た!?
今の急制動で、衝撃厳禁の【解析用データリンク・ユニット】のキャリブレーションが0.03ズレたじゃない!
中に衝撃厳禁のコア・アナライザーが入ってるのよ! 人間はともかく、機材は丁寧に扱って!」
ケイト・グッドマン技術少尉。
白髪を青いリボンで纏めた、本来なら見目麗しい女性だが、今は分厚い整備服にボサボサ髪、焦点の合わない目つきという【残念な美人】ぶりを遺憾なく発揮している。
彼女が血相を変えて守ろうとしているのは、自分ではなく、後ろのコンテナに積まれた【計測機器】だった。
「へいへい、分かってますよ、少尉殿。
その共和国製の【のぞき見趣味(モニタリング)】セットを設置するのが、俺たちの大義名分なんでしょ?」
ライアンは呆れたように肩をすくめた。
続いて、後続のキャリア・モルガからは、ガイロス帝国とゼネバス帝国から派遣された対照的な二人の女性が降りてきた。
「……整列。ダラダラするな」
カミラ・フォン・アイゼンガルド少尉。
ゼネバス帝国の貴族出身である彼女は、高山地帯での生存に特化した山岳族(ハイランダー)で、金色の髪は肩辺りで切り揃え、赤い髪留めがされている。
長身で鍛えられた無駄のない均整の取れた身体。
この蒸し暑い倭国にあっても、彼女は襟元の詰まった私服のブラウスに、乗馬ズボンという出で立ちだ。
本来は雪のように白いその肌も、今は茹でダコのように赤いが、【貴族の意地】だけで涼しい顔を作っている。
彼女は降りるなり、鋭い視線で共和国のライアンを睨みつけた。
「フン……どこかで見た顔だと思えば。
まさか、あの【野良犬】と同じ部隊とはな。そっちは人材不足か?」
「おっと、手厳しいねぇ。
そっちこそ、相変わらず頭が固そうな【鉄女(アイアン・レディ)】っぷりじゃないか。
今度の機体も、また俺にひっくり返されないように気をつけな」
ライアンが軽口を叩くと、カミラのこめかみに青筋が浮かぶ。
因縁浅からぬ二人の空気がバチバチと火花を散らす中、もう一人の女性が、音もなく歩み出た。
「…………」
エイラ・ヨルゲンセン軍曹。
ガイロス帝国から来た彼女は、黒髪のロングヘアのインナーにブラッドレッドが入り、風で煽られると視線を引く、薄緑の瞳をした青白い不健康そうな肌を持つ美女だ。
黒いロングTシャツというラフな格好で、常に薄ら笑いを浮かべている。
彼女は共和国のライアンを無視し、茹で上がったカミラの顔を覗き込んだ。
「少尉……。そんなに頬を赤くして。その汗、本当は【心地よい】のでしょう?」
「なっ……! 貴様、何を……!」
エイラが放った短い一言は、カミラが必死に隠している【被虐的な本性】を的確に抉るものだった。
カミラの白い肌が、暑さとは違う理由でさらに深い朱に染まる。
エイラはその反応に満足したように鼻を鳴らすと、今度は共和国のエマの方へと歩み寄った。
「あらぁ〜? 奇遇ねぇ。
そこにいるのは、砂漠でお見かけした【蟲女(バグ)】さんじゃない?」
「ッ……! あんた、どうしてここに……!?」
エマの顔が引きつる。
彼女にとってエイラは、かつて任務で出し抜かれた憎き【泥棒猫】だった。
「どうしてって? 私も貴女と同じよ。
この無法者部隊の【憲兵(風紀委員)】を仰せつかったの。
……ウフフ、仲良くしましょうね? 同業者(スパイ)同士」
エイラは楽しそうに笑い、エマは「最悪だわ……」と頭を抱えた。
「……ようこそ、地獄の湿地帯へ」
ドレンは整列した彼らの前へ進み出ると、皮肉たっぷりに歓迎の言葉を述べた。
一癖も二癖もある連中だ。まともに扱えば火傷するだろう。
「私が隊長のドレン・アサクラ特務少尉だ。
長旅ご苦労だった。だが、息をつく暇はないぞ。
まずは、その暑苦しい服を脱ぎ捨てろ」
ドレンが指を鳴らすと、アカネと、控えていたヨウコ・イザワ伍長が、用意していたコンテナを開けた。
中に入っていたのは、カーキ色の薄手の衣類だ。
「倭国軍支給、【熱帯地用野戦服(トロピカル・ファティーグ)】だ。
生地は薄いが丈夫だぞ。……ここでは、お前たちの国籍は関係ない。
今日から全員、この薄汚い作業着を着た『第五〇一実験中隊』のモルモットだ」
ドレンはアカネたちに目配せし、それぞれの手に野戦服と、階級章(ベルクロ式)が貼られた端末(辞令書)を渡させた。
「ライアン伍長、エマ伍長。
君たちの機体は【ガイサックTP(先行試作型)】。サソリの尾で敵を刺すのが仕事だ」
「カミラ少尉、エイラ軍曹。
君たちは【ゲルダーTP(先行試作型)】だ。重装甲で敵の攻撃を受け止める盾になってもらう」
「ゲルダー……? 冗談でしょ?」
不満げな声を上げたのは、カミラではなくエイラだった。
ヘルキャットのような隠密・高速機を好む彼女にとって、鈍重なゲルダーは最も相性の悪い機体だ。
「私に、こんな鈍重な棺桶に乗れって言うの?
隠れることも逃げることもできないじゃない。ただの的(マト)よ」
「フン、これだからガイロスのコソ泥は困る」
逆に、カミラは腕を組み、まんざらでもない様子で鼻を鳴らした。
「装甲こそが力だ。被弾を恐れてコソコソ逃げ回るより、正面から敵の砲火を受け止めて粉砕する……。
レッドホーンには及ばないが、貴様のような臆病者には勿体ない機体だ」
「あら、そう。じゃあ貴女が二機とも乗れば? 石頭さん」
バチバチと火花を散らす二人を無視し、ドレンは最後に一番の問題児――技術士官の方を向いた。
「そして、ケイト少尉」
「……はいはい、聞こえてますよぉ」
ケイトは手元の端末から視線を外さず、面倒くさそうに片手をひらりと振った。
(……んー、この排熱効率だと3分持たないけど、ま、いっか)
「アンタが大事に持ってきた【監視ユニット】と、帝国製【FCS】の取り付けもな」
「……ん。了解(ラジャー)」
ケイトは短く答えると、焦点の合わない目で虚空を見つめ、ニタニタと笑い出した。
「未知の技術体系との物理接続(バイパス)……ふふ、どんな悲鳴(エラーログ)を吐いてくれるのかしら……楽しみ」
ケイトは先程までの怯えから一転、マッドサイエンティストらしい怪しい笑みを浮かべた。
「ちょっと待て!」
その言葉に、カミラが血相を変えて割り込んだ。
「まさか! ……苦労して手に入れた最新鋭FCSを、得体の知れない技術屋にいじらせる気か!?
あれはブラックボックスの塊だぞ! 機密保持はどうなっている!」
ドレンはニヤリと笑い、肩をすくめた。
「だったら、お前がやるか? カミラ少尉」
「くっ……! 私はパイロットだ、専門的な接続作業など……」
カミラが言葉に詰まる。
「そういうことだ。
ケイト少尉、失敗は許さんぞ。
説明書もない帝国製の機械に、共和国製の機械を無理やり繋げるんだ。
……配線一本間違えれば、俺のレッドホーンはお釈迦だ。責任重大だぞ?」
「はぁ? 正気ですか?
……帝国の規格は、信号配列が変態的な独自仕様なんですよ?
それを繋ぐなんて、猫とトカゲを縫い合わせるような悪趣味だわ。
……でも、面白い。電圧のバイパス経路さえ確保できれば、理論上は……ククッ、やってみる価値はあるかも」
ケイトはカミラの殺気など意に介さず、ブツブツと計算を始めた。
「さて、挨拶は終わりだ。着替えたら仕事にかかれ。
後ろを見ろ。君たちの可愛い相棒(ゾイド)と、それを整備する【手足(奴隷)】たちが待っている」
ドレンが指さした先、ちょうど新たな輸送部隊が見え、それに合わせて手足となる者達が動き出した。
カミラ達女性陣は、着替える場所として瓦礫となった廃墟で着替えることとなった。
他の女性たちが、湿気など気にする様子もなくさっさと着替えていく中で、カミラだけは石像のように固まっていた。
その横で、エイラは躊躇なく黒いTシャツを脱ぎ捨てると、先ほどドレンから配られたボトルの油(オイル)を掌にたっぷりと取った。
不健康そうな青白い肌に、琥珀色の粘度のある液体が塗り広げられていく。
彼女は、まるでそれが当然の儀式であるかのように、胸元から足先まで全身を油膜でコーティングしていく。それは奴隷たちに命じられた処置と同じだったが、彼女にとっては「環境への適応(擬態)」の一環だ。
素性を隠すスパイとして、自分だけが【肌を大事にするお嬢様】として浮くわけにはいかない。やるなら徹底的に、現地の底辺に溶け込む。
「あら、塗らないの? 少尉」
エイラはヌラヌラと光る指先をカミラに向け、薄ら笑いを浮かべた。
「郷に入っては郷に従え。……このベタつく油膜だけが、私たちの皮膚を腐敗から守る唯一の【鎧】よ。ほら、あなたたちも塗りなさいな」
エイラはエマや、戸惑うリリエンタール姉妹たちをも巻き込むように声をかけた。
率先して彼女が【奴隷の作法】を実践し、周囲を誘うことで、その異様な行為は【この部隊の当然のルール】へとすり替わっていく。
周りの女性陣も彼女に倣ってオイルを手に取り始めたことで、カミラはいよいよ逃げ場を失った。
彼女の故郷――ゼネバスの高山地帯では、布地が肌に【張り付く】ことなどあり得ない。まとわりつく不快な熱気と、自らの肌から滲み出る汗、そして強制される油の感触。そのすべてが、彼女にとっては「制御不能な侵食」だった。
カミラは屈辱に震えながら、ヌルリとしたオイルを白い肌に塗りたくり、支給された安物の野戦服に袖を通した。
湿気と油を吸って、生地がじっとりと肌にまとわりつく。
「……おがめるうちに拝んでおくか」
ライアンの砂色の瞳が、不機嫌そうに肩を震わせるカミラを捉えた。
疾風族の鋭い眼光は、彼女が着替えたばかりの野戦服の襟元を、我慢ならんと言わずに何度も直そうとする指先の、微かな苛立ちまでも見逃さない。
Z.E. 428年 2月14日 午前9時00分
再び、ズズズ……と腹に響くような地響きが周囲の空気を震わせた。
先ほどの兵員輸送とは比べ物にならない、重量級の振動だ。
施設の入り口――といっても、かつての防爆扉は赤錆びて動きそうになく、横のフェンスがねじ切れてできた【巨大な開口部】から、技術工廠から派遣された大規模な機材輸送部隊が姿を現した。
先頭を行くのは、巨大な装甲殻を持つ【重輸送用モルガ】たちだ。
彼らが牽引する長大なフラット・トレーラーの上には、ドレンの新たな愛機となる【レッドホーンAP】が固定されている。
それは、先日の激戦で大破した機体ではない。
昨晩、第三開発部にて【ゾイドコア】の移植手術を終えたばかりの、卸したての新品(ニュー・ボディ)だ。
真新しい装甲は工場のオイルの匂いがしそうなほど輝いているが、武装類はまだ何一つ装備されていない。
背中の主砲マウントやハードポイントは空っぽで、接続用の極太ケーブルや油圧パイプが、まるで内臓や血管のように剥き出しのまま揺れている。
まさに「生まれたて」の猛獣が、牙と爪を与えられるのを待っている状態だった。
そして二台目のトレーラーには、【レッドホーンAP】の指揮通信設備を増設した指揮官仕様の【レッドホーンC(クロエ機)】が鎮座している。
その後ろには、武装パーツやコンテナを満載した貨車を引く【ワーク・モルガ(作業用)】たちが列をなして入場してくる。
その中には部隊に新たに配置されたゾイドも含まれていた。
「……やっとお出ましか。待ちくたびれたぞ」
ドレンはハンカチで首筋の汗を拭いながら、その到着を出迎えた。
「到着しました、特務少尉殿!」
最後尾のモルガから飛び降りてきたのは、技術工廠から派遣された応援の技術者たちだ。
彼らは挨拶もそこそこに、すぐに展開作業を開始する。
「よし、野郎ども! 休憩時間は終わりだ!」
ドレンが振り返り、日陰でへばっていた奴隷たちに声を張り上げた。
彼らは油でテカテカに光る身体に、不揃いなシャツと下着という格好で、慌てて飛び起きた。
「見ての通り、俺たちの【新しい手足】が届いた。だが、まだ中身のないドンガラだ。
これからこいつらを、戦える状態に叩き直す」
ドレンは二台の巨大な輸送トレーラーを指差した。
「展開せよ!」
技術者の号令と共に、トレーラーの側面から油圧式のアウトリガー(支持脚)が伸び、地面に食い込む。
次の瞬間、荷台部分が左右に大きく展開し、折り畳まれていたクレーンアームやキャットウォーク(足場)、照明ユニットが次々とせり上がっていった。
ガション、ガション! と重厚な金属音を立てて組み上がっていくその様は、まさに圧巻だ。
クレーン一つ残っていなかったこの「廃墟」に、わずか数分で【二つの最新鋭整備ライン(移動ドック)】が出現したのだ。
「ハンス、フリッツ! お前らは技術者の指示に従ってケーブルを繋げ!
ニルス! お前は物資のリスト確認だ。一つでも数え間違えたら承知しねぇぞ!」
「は、はいっ!」
奴隷たちが慌てて走り出す。
シャツの裾を翻し、重いケーブルや資材を運ぶ彼らの姿は、まさにドレンが望んだ【労働力】そのものだった。
ミサトもまた、手元の教範(マニュアル)を閉じ、腕まくりをするような気迫で指示を飛ばし始めた。
「整備班、最優先事項はアサクラ機の武装換装よ。
第四開発部から提供された【80ミリ地対空2連装ビーム砲】……これの取り付けを急いで」
彼女の指示で、移動ドックのクレーンが巨大なビーム砲身を吊り上げる。
本来なら空調の効いた工場で数日かける作業を、この炎天下の野外で行うのだ。
まさに狂気の沙汰だった。
その狂騒の中心には、ブツブツと呪詛を吐きながら端末を操作するケイトと、仁王立ちするカミラの姿があった。
「ええい、貸せ! ここをバイパスすれば繋がるはずだ!」
「あ、ちょ、触らないでくださいよ。そこは電圧が……」
「うるさい! 気合で繋げ!」
バチバチッ!
と火花が散り、周囲に焦げ臭い匂いが漂う。
「……あーあ。ショートしましたよ? 言わんこっちゃない」
ケイトは顔の前で煙を鬱陶しそうに払うと、ジト目でカミラを見上げた。
どうやら前途多難のようだ。
その喧騒の脇で、給養係を命じられたハンナは、真っ赤な顔で大鍋をかき混ぜていた。
彼女がいるのは、給水タンクと簡易キッチンを備えた【シェル・モルガ(補給用モルガ)】の横に展開された天幕だ。
この廃墟では水も電気も通っていないため。【ろ過/浄水機能】は重要だったが、今は給水に行けず節水が必要で、ハンナは予備タンクから水を確保する。
シェル・モルガに積まれた【予備タンク】から濾過された生暖かい【冷却水】を鍋に引き込み、部隊に支給された【合成米】を煮込んでいるのだ。
その横では、トルーデがシェル・モルガに積まれた【飲料水タンク】の給水バルブから水筒に水を注ぎ込んでいた。
「あ、あのっ、お水です! 熱中症にならないように、こまめに飲んで、怪我をしないようにがんばってくださいね」
そう言って彼女は次の水筒を受け取り、再び水を注ぎ込む。
「すまない、助かるよ衛生伍長殿」
「えへへ……い、いえ! 私の仕事ですから!」
彼女の治療は的確で、何よりその献身的な態度は、ガイロスでは「弱さ」と断じられたかもしれないが、ここでは男たちの荒んだ心を癒やしていた。
野菜も肉もない。あるのは塩と、味気ない固形栄養剤だけ。
出来上がったのは白くドロドロとした糊のような粥だったが、ハンナはそれでも娘たちに少しでもマシなものを食べさせようと、焦げ付かないよう必死にヘラを動かしている。
エルザは栄養剤の袋を開けて中身を鍋に投入しながらも、手元より別の場所を見ていた。
彼女の視線は、上半身裸で汗を流しながら指示を飛ばすドレンの背中に釘付けだ。
彼女は熱っぽい溜息をつくと、広い襟ぐりをずらして肩を出し、無意識に自らの谷間を強調するように服を整えていた。
ミナはただ、モルガの駆動音が怖いのか、母のスカートの裾を掴んで震えている。
「おいおい、俺たちも手伝うのか?」
ライアンが呆れたように言うが、ドレンはニヤリと笑った。
「当たり前だ。自分の機体の整備が終わったら、こっちを手伝え。
……安心しろ、演習(ダンス)はまだお預けだ。今日は日が暮れるまで、油と泥にまみれてもらう」
エイラは不満げに舌打ちし、エマは不慣れな手つきで工具箱を運んでいる。
太陽は高く昇り、気温はさらに上昇していく。
第五〇一実験中隊の初日は、熱中症寸前の過酷な【設営・整備作業】から幕を開けたのだった。
Z.E. 428年 2月14日 午後0時30分
太陽が天頂に達し、地面の温度計が五十度を振り切りそうになった頃、ようやくドレンから「昼食休憩」の号令がかかった。
だが、それは憩いのひとときとは程遠いものだった。
巨大な輸送用モルガが作るわずかな日陰に、傭兵たちと奴隷たちが入り混じって座り込んでいる。
全員、全身が汗で濡れ鼠のようになり、会話をする気力すら削がれているようだ。
「……おい、嘘だろ。これが【飯】か?」
ライアンが、配給されたアルミの食器を覗き込み、絶望的な声を上げた。
そこに盛られているのは、ハンナが汗だくで作った昼食――白くドロドロとした【合成米の粥(のようなもの)】だ。
具材は一切なし。唯一の味付けである塩と、砕いた栄養剤の粉末が黄色い斑点のように混ざっている。
「……これを、人間が食べるというのか?
我が家の猟犬でも、もう少しマシな肉を食べているぞ……」
「あら、意外と栄養バランスは完璧らしいわよ?
味覚さえ死んでいれば、素晴らしいレーションだわ」
向かい側で、エイラが涼しい顔でスプーンを口に運んでいる。
オイルで整えられたその肌は、汗を弾いているのか、それとも最初から体温がないのか、周囲の暑苦しさとは無縁の冷たさを漂わせていた。。
彼女はガイロス帝国の過酷な環境で育ったせいか、あるいは味覚がおかしいのか、表情一つ変えずにドロドロの物体を咀嚼し、飲み込んだ。
「……うぷっ」
それを見ていたエマが、口元を押さえてえずく。
彼女は一口食べただけでスプーンを置いてしまっていた。
そんな中、ドレンは上半身裸のまま、ドカリと弾薬箱の上に座り、無言で粥をかきこんでいた。
その横には、給仕役のエルザがぴったりと寄り添っている。
「あ、あの……少尉殿。お水、いりますか?」
エルザは自分の分には手を付けず、甲斐甲斐しくドレンの世話を焼いている。
胸元のボタンを限界まで外したシャツから、汗ばんだ谷間が露わになっているが、今のドレンには食欲(と性欲)よりも、水分と塩分の方が重要だった。
「……ああ、もらう」
ドレンはエルザから水筒を受け取ると、一気に煽った。
そして、スプーンが止まっているカミラたちを一瞥した。
「食え。
不味い、汚いと文句を言うのは自由だが、ここでは食わない奴から死ぬ。
午後からはFCSの通電試験だ。倒れられたら迷惑なんだよ」
ドレンの言葉に、カミラは屈辱に震えながらスプーンを握りしめた。
そして、【貴族の意地】を見せるように、決死の覚悟で粥を口に放り込んだ。
「んぐっ……!!」
あまりの不味さと喉越しの悪さに、彼女の目が白黒する。
だが、決して吐き出しはしなかった。
「……ご、合格点だ。
戦場においては、カロリー摂取も任務のうち……!」
震える声でそう言い放つカミラに、ライアンが「やるねぇ」と口笛を吹く。
その少し離れた場所では、奴隷の男たちが黙々と食事を摂っていた。
彼らにとっては、たとえ合成米の粥であっても、腹を満たせるだけで御の字だ。
トルーデは自分の食事もそこそこに、傷だらけになったニルスの手の甲に、貴重な消毒液を塗って回っていた。
「ニルスくん、痛くない? これ、沁みるけど我慢してね」
「ありがとう、トルーデ伍長。
……君も食べて」
「私は大丈夫。みんなが無事なのが一番だから」
トルーデはそう言って微笑み、空になった水筒を回収し、また給水タンクの方へと歩いていった。
そんな殺伐とした昼食風景の中、突如として整備ドックの方から歓声が上がった。
「つ、繋がったぁぁぁぁッ!!」
狂喜乱舞しながら走ってきたのは、油まみれになったケイトだ。
彼女は顔中ススだらけで、前髪の隙間から覗く瞳をギラギラと輝かせている。
食事も忘れて没頭していたらしい。
「あはははは! 見てくださいこれ! 入りましたよ、ねじ込んでやりました!
物理接続こそ正義!
信号来てます、美しい波形……! やはり帝国の13ピンは、削って整形すれば共和国の ポートに適合するんですよ、あはは。
……配線図? そんなもの、現物合わせの【勘】の前ではゴミですよ!」
「……ほう」
ドレンがスプーンを止める。
「で、誤作動の確率は?」
エイラが意地悪く尋ねると、ケイトはさも「明日の天気」でも答えるように即答した。
「計算上の暴発率は30パーセントですね。あ、でも大丈夫ですよ!
理論上は撃てますから! 当たりさえすれば!」
「30パーセントで暴発だと!?」
やっと粥を飲み込んだカミラが激昂して立ち上がった。
「貴様、私の持ち込んだFCSを何だと思っている! そんな【愚者の回転(フールズ・ロール)】みたいな状態で……!」
「無茶言わないでください! ブラックボックスの配線図なんて、透視でもしないと見えないわよ!」
ケイトが逆ギレ気味に叫ぶ。
「上等だ」
ドレンはニヤリと笑い、食べ終わった食器をエルザに放った。
「三割のリスクなら安いもんだ。採用だ、そのプランで進めろ」
「は……?」
カミラが素っ頓狂な声を上げる。
暴発率30パーセント。
それは兵器として欠陥品以外の何物でもない。
常識的な軍人なら、即座に却下する数字だ。
だが、この男は今、それを「安い」と言い放ったのだ。
「しょ、正気か……貴様……」
カミラの戦慄をよそに、ケイトだけが「素晴らしいご判断です、特務少尉!」と歓喜の声を上げて手を叩いている。
他の全員が(こいつら、関わりたくねぇ……)という顔で遠巻きにする中、焦げ付くような日差しの下、第五〇一実験中隊の昼休みは、不穏な熱気を孕んだまま幕を閉じた。