第11話 第五〇一実験中隊、始動(中編)
Z.E. 428年 2月14日 午後1時00分
【場所】港湾郊外の【旧第三貯蔵区画の廃墟】・特大型整備トレーラー
昼食休憩という名の【燃料補給】を終えた第五〇一実験中隊は、再び灼熱の整備ドックへと戻っていた。
午後の作業は、午前中のような地味な配線作業ではない。
この部隊の【牙】となる、主砲の取り付け作業だ。
クレーンが唸りを上げ、ドレンのレッドホーンに巨大な砲身を吊り上げる。その作業を、ケイトは首を傾げながら見守っていた。
「うーん……おかしい。
どう見てもカノン砲の形状じゃないわ。あのジャケットの太さ、それに回路の配置……」
共和国の技術士官として、ケイトの目は誤魔化せない。
彼女がドレンに「これは本当にカノン砲ですか?」と問い詰めようとした、その時だった。
「――作業の手を止めて申し訳ありません。ご紹介します」
凛とした声と共に、二人の女性がドックに現れた。
一人は、事務官の制服を着たアヤメ・フジエダ。
そしてもう一人は、彼女に案内されてやってきた、涼やかな顔立ちの女性将校だ。
「こちらが、第五〇一大隊の大隊長、クロエ・ソウエンジ少佐です。
次の作戦に関する司令部会議が長引き、到着が遅れておりましたが、只今着任されました」
アヤメが恭しく紹介し、午前中の不在理由(公務)をさらりと付け加えた。
その言葉に、ケイトは恍惚とした表情で、熱を帯びた砲身に頬ずりせんばかりに肉薄した。
「えっ……ウソ、本物!?
クロエ・ソウエンジって……あの国立ヒノデ技術院の!?
【流体炸薬における燃焼効率の最適化】の論文を書いた、あの天才開発主任ですか!?」
ケイトが食い入るように見つめると、クロエは少し照れくさそうに、しかし優雅に微笑んだ。
「ええ。昔の話よ。今はただの現場指揮官だけれど」
「貴女があの論文の! あの排熱理論の矛盾をどう解決したんですか?
実証データは? あぁ、脳髄が痺れそう……!」
ケイトが一瞬で【ファンの顔】になった。
研究熱心すぎる彼女にとって、敵国の開発者であっても【本物の天才】はアイドルのようなものだ。
アヤメはドレンに向かって密かにウインクをした。
「これで技術屋は手懐けましたよ」とでも言いたげな表情だ。
ドレンは内心で安堵しつつ、クロエに近づいた。
「人気者は辛いな、少佐殿。会議でお疲れのところ、悪いが……」
「……ここには他所のお客様もいるわ。言葉を慎みなさい、特務少尉」
クロエは小声で釘を刺しつつ、ドレンの機体を指差した。
彼女の慧眼は、偽装された砲身の【異常さ(リニアキャノンであること)】を一瞬で見抜いていた。
だが、今の彼女にとってケイトは【自分の信奉者】だ。うまく使える。
「……随分と、【燃費の悪そうな】改造を施したようね?
あれだけ太いジャケット、よほどの熱を持つの?」
「ご名答。流石は天才開発主任だ」
ドレンはニヤリと笑い、彼女の【嘘】に乗った。
「こいつは【次弾装填】に難があってな。
一発撃つたびに、加熱した砲身を強制冷却して、燃焼ガスを排出しなきゃならねぇ。
その【強制冷却ファン】に全電力を食われて、再装填の間、他の機能がダウンする欠陥品だ」
「あぁ……なるほど! やっぱり!」
ケイトがポンと手を打つ。
先程までの疑念はどこへやら、彼女の目はキラキラと輝いている。
「だから、あんなにコンデンサが大きいんですね!
瞬時の強制冷却……なるほど、燃焼効率を極限まで上げるための排熱システム……!
普通なら設計ミスですけど、ソウエンジ少佐の理論なら……あはっ、エネルギー効率を無視してでも冷却を優先させたんですね? 変態的だわ……!」
「天才が関わっているなら、変な設計でも正解なはずだ」という強烈なバイアスがかかっている。
クロエは内心の呆れを隠し、もっともらしい顔で頷いた。
「ええ、その通りよ少尉。
この砲は、装薬の燃焼効率を上げるために特殊な高電圧点火を行うのと同時に、冷却コンプレッサーをフル稼働させるの。
だから、FCSの設定は通常弾道計算では制御できないわ。
……私が計算式を渡すから、貴女なら実装できるわよね?」
「はいっ! 光栄です!
ソウエンジ少佐の特殊弾道計算……うへへ、どんな数式なんだろう……」
ケイトは完全に技術的恍惚状態に入り、端末を抱きしめた。
チョロい、とドレンは思った。
アヤメの根回しとクロエの権威、そしてケイトの技術的偏愛によって、【第五〇一実験中隊の嘘】は完璧に守られたのだった。
Z.E. 428年 2月14日 午後2時00分
【場所】【旧第三貯蔵区画の廃墟】近くの市街地
整備作業が一段落した頃、基地の広場では、けたたましい駆動音と土煙が舞い上がっていた。
ミサト・カグラ曹長による、傭兵たちの【ゾイド適性確認(慣熟訓練)】が始まったのだ。
だが、それは訓練というよりは、多国籍部隊ゆえの【小競り合い】の始まりだった。
「遅いッ! そこ、旋回時の重心移動が甘い!
ここは舗装路じゃないのよ! 泥濘地だと思って操作しなさい!」
ミサトの怒号が無線を通じて響き渡る。
彼女の目の前では、ライアンの乗るガイサックTPが、猛烈なスピードでスラローム走行を行っていた。
「へっ、言うねぇ教官殿!
こちとら荒野のロデオで鍛えてんだ。この程度の不整地、庭みたいなもんだぜ!」
ライアンは軽口を叩きながら、多脚ゾイド特有の複雑なステップで障害物をクリアしていく。
操縦は荒っぽいが、機体の限界ギリギリを見極める感覚は天才的だ。
彼はそのまま加速し、先行していた鈍重な機体――カミラのゲルダーを追い抜きざまに煽った。
「おーい、亀さん! そんなトロい足じゃ日が暮れちまうぞ?
装甲が重すぎて膝が笑ってんじゃねぇのか?」
「黙れ野良犬! 貴様こそチョロチョロと……踏み潰すぞ!」
カミラが激昂し、ゲルダーの砲塔を旋回させる。
茹でダコのように火照った体に鞭を打ち、彼女は操縦桿を押し込む。
山岳族(ハイランダー)の肺活量が、湿った熱気を必死に拒絶していた。
「小賢しい動きなど不要……! 前進あるのみ!」
彼女は障害物を避けるのではなく、重装甲に物を言わせて真正面から踏み潰して進む。
速度は遅いが、その進撃は揺るぎない【壁】のような安定感がある。
帝国軍人の誇りにかけて、軽薄な共和国の傭兵には負けられないという意地が滲み出ていた。
そして、その後方では、さらに陰湿な火花が散っていた。
もう一機のゲルダーに乗るエイラだ。
「あーあ、鈍い。本当に鈍いわ、この亀……」
マイクを切ったコクピット内で悪態をつきながらも、彼女はゲルダーを奇妙なほど滑らかに動かしていた。
サウナのような機内。本来なら暑さに弱いはずの彼女だが、カミラのように顔を赤くして喚いたりはしない。
全身に塗布したオイルが玉のような汗を閉じ込め、その青白い肌は、まるで熱病に冒された幽霊のような不気味な質感になっている。
彼女は体力の消耗を避けるため、岩陰で獲物を待ち続ける豹(ヒョウ)のように代謝を極限まで落とし、最小限の動きだけで機体を操っていた。
本来は突撃機であるゲルダーを、まるで猫科のゾイドのように障害物の陰に隠しながら進めている。
機体特性とは真逆の運用だが、その技量は不気味なほど高かった。
彼女の視線の先には、同じく隠密行動を取ろうとしているエマのガイサックがあった。
「あらぁ? そこのガイサックさん、お尻が見えてるわよ?
相変わらず隠れるのが下手ねぇ、【蟲女(バグ)】さん」
エイラが通信回線に割り込んで囁く。
「ッ……! うるさいわね、泥棒猫(キャット)!
あんたこそ、そんな重たい機体でコソコソして……似合わないのよ!」
エマが喚き返す。
過去の任務で因縁のある二人は、訓練そっちのけで互いの足を引っ張り合おうと牽制しあっていた。
「(……全員、腕は確かね。性格に難はあるけれど)」
ミサトは手元の端末にデータを記録しながら、小さく息をついた。
協調性は皆無。だが、個々の戦闘能力は第五開発部の正規兵を遥かに凌駕している。
特に、一番後ろで「わぁぁ! センサー感度が良すぎる! 情報処理が追いつかない、脳みそが焼けるぅ……最高!」と歓喜を上げているケイト(マルダー搭乗)が、実は正確に戦場のデータを収集していることも、ミサトは見抜いていた。
そしてミサトはマルダーTPに乗り込み、砂浜へと向かった。
Z.E. 428年 2月14日 午後2時30分
【場所】港郊外の砂浜、特大型整備トレーラー内
演習場の喧騒から少し離れた整備ドックでは、別働隊が黙々と作業を続けていた。
ヨウコ・イザワ伍長は、自身が搭乗するグライドラーの翼を入念にチェックしていた。
この灼熱の空気が生み出す乱気流は、軽量な飛行ゾイドにとって命取りになる。
彼女は余計な口をきかず、職人のような目つきで整備に没頭している。
そんな中、もう一つの整備ライン――【レッドホーンC】の足場の上で、二人の女性指揮官が対峙していた。
「……ここ、排気ダクトのフィルターが逆よ。
倭国の湿気だとすぐに詰まるわ。メッシュの粗いものに変えて」
「は、はいっ! すぐに交換します!」
指示を出しているのは大隊長のクロエ・ソウエンジ少佐。
そして、油まみれになってフィルターを外しているのは、中隊長のセナ・ササツカ中尉だ。
本来なら中隊長であるセナが、いち整備員のような作業をする必要はない。
だが、人手不足と、何より【天才・クロエ少佐】の着任により、セナは自ら志願して(というより、半ば巻き込まれて)彼女の機体の整備手伝いに駆り出されていた。
「手際がいいわね、中尉。
自分の機体(シーパンツァーH)も、いつも自分で整備しているの?」
クロエが、作業するセナの手元を見ながら声をかけた。
セナは緊張で肩を震わせながら答えた。
「は、はい。
私は……元々、前線の叩き上げですので。自分の命を預ける機体は、自分で見ないと落ち着かなくて」
「ふふ、いい心がけね。
ドレンもそうよ。あいつも、他人の整備を信用しない性格だわ」
クロエは優しく笑ったが、その瞳は鋭くセナを観察していた。
ドレンが【お飾りの中隊長】として連れてきたこの女性。
気が弱そうで、いつもオドオドしているが、その手つきには確かな経験と、機体への愛情が見て取れる。
一方、ドレンのレッドホーンAPの周囲を、油断なく巡回する影があった。
アカネ・ナシザキ軍曹だ。
彼女は演習場の喧騒を気にせず、自身が搭乗するブラキオスは技術者に任せ、レッドホーンAP周囲をゆっくりと歩き警戒していた。
その姿は沿岸警備隊の捜査官によく似ていた。
(……私はあの人に捨てられたくない、やっと自由になれた。……傭兵は寄せ付けない)
彼女の鋭い視線は、周囲を行き交う整備兵や、特に休憩中のエマ(憲兵偽装のスパイ)の動きを監視していた。
偽装された【リニアキャノンの秘密】を守るため、彼女は猛暑の中、水筒の水を被りながら怪しまれないよう移動し警戒していた。
その首には、昨日まであったはずの【首輪】はなく、腕には真新しい【軍曹】の階級章が輝いている。
そんな彼女の元へ、二人の女性が歩み寄った。
中隊長のセナと、整備の手を止めたヨウコだ。昨日まで同じ第三開発部、そして今も同じ第五開発部の同僚だが、その空気は不信感を漂わせている。
「……アカネちゃん」
ヨウコが混乱した様子で声をかけた。
「ねえ、その階級章……どういうこと?
犯罪奴隷から抜けるなんてどうしたの? 昨日の今日で、わけがわからないよ」
ヨウコにとって、状況は理解不能だった。
昨日の夜は自分たちと同じく【実験動物(モルモット)】扱いだったはずの同僚が、一夜にして特務少尉の懐刀のような立場になり、正規の階級まで与えられているのだ。
アカネは無表情にヨウコを一瞥した。
「……仕事よ。機密の塊があるレッドホーンAPに傭兵に入ってほしくないんだって」
「仕事って……」
ヨウコが絶句する横で、セナが一歩踏み出した。
「アカネさん。
貴方の前歴はみれませんでした。
……でもその能力を、なぜドレン特務少尉の個人的な従者のような真似に使うんですか?」
セナの悲痛な訴えに、アカネはまっすぐ面と向かった。
そこには、かつての大人しい同僚の面影はなく、狂信的な光が宿っていた。
「……あのね。
私は自らの意志で、全てをあの人に捧げたの。
だから私はあの人に恩を返す……言えるのはそれだけ。
……私のことなんかより、あの傭兵たちにもっと注意を払って。
第五開発部は機密情報の塊よ、あいつらがデータや装備品の情報持ち出したら、
下手すると物理的に首が飛ぶとわかっている?
……中隊長ならその職務をちゃんとこなして」
「なっ……」
セナが言葉を失う。
「これ以上は、今は言えない。
……言えないけど夜、レッドホーンAPのオペレーター室に来て。
無理に聞き出すというのなら……」
アカネは腰のホルスターに手を添え、セナとヨウコを威圧した。
その異様な雰囲気に、二人はたじろぎ、それ以上踏み込むことができなかった。
アカネとの決定的な亀裂。
第五〇一実験中隊の結束は、まだ遠い未来の話だった。