第12話 第五〇一実験中隊、始動(後編)
Z.E. 428年 2月14日 午後3時00分
倭国・アカツキ島、港湾郊外の砂浜。
強烈な日差しが、白い砂浜を容赦なく焼き焦がしていた。
瓦礫の山と化した拠点――旧第三貯蔵区画の廃墟には、巨大な「特大型整備トレーラー」を展開するだけのスペースが残されていなかった。そのため、ドレンたちは障害物のないこの砂浜まで機体を移動させ、作業を行っていた。
波打ち際では、トレーラーのアームが唸りを上げ、ドレン専用の【レッドホーンAP】に対し、秘密裏に入手した主砲の取り付け作業が進められている。その傍らには、クロエの乗機である【レッドホーンC】も駐機していた。
そんな鉄と油の匂いが立ち込める砂浜の一角で、ミサト・カグラ曹長による、奴隷たちの「適性検査」が開始されようとしていた。
「おい、ニルス! しっかり操縦しろ! 機首が下がってるぞ!」
ミサトの怒号が飛ぶ。
空中でフラフラと揺れているのは、エイ型飛行ゾイド【シンカー】だ。
そのコクピットには、奴隷階級の少年、ニルス・カフカが押し込まれていた。
人手不足のこの部隊では、少しでも適性があれば民間人だろうが奴隷だろうがパイロット候補として扱われる。
だが――。
「あ、あうぅ……! 目が……回るぅ……!」
元々体が弱く、日差しの下での作業で既に体力を消耗していたニルスに、シンカーの急加速Gは過酷すぎた。
離陸直後の上昇旋回。
そのわずかなGに耐えられず、ニルスの意識がブラックアウトした。
「ッ!? 機体制御ロスト! 落ちるわ!」
地上で見守っていたヨウコが叫ぶ。
シンカーは糸が切れたように失速し、海面スレスレの砂浜にバウンドしながら不時着した。
ドガァン! と派手な水柱と砂煙が上がる。
「救護班! 急いで!」
ミサトが叫び、待機していたシェル・モルガが砂煙を上げて急行する。
操縦席からハンナが飛び出し、後部コンテナからトルーデが医療カバンを持って駆け降りる。
コックピットから引きずり出されたニルスは白目を剥いて泡を吹いていた。
「……瞳孔反応、遅延あり。脈拍微弱、体温上昇……!」
トルーデがニルスの瞼を押し上げ、素早く診断を下す。
その表情は、先程までの愛想の良いマスコットではなく、真剣な衛生伍長のそれだった。
「ダメです。重度の脳震盪と熱中症です。
この灼熱のコクピットに、生身のシャツ一枚で乗せるなんて自殺行為です!
すぐに体を冷やさないと、脳に障害が残ります!」
トルーデが強い口調で訴えると、騒ぎを聞きつけて様子を見に来たクロエとドレンは舌打ちした。
シンカーは本来、深海の水圧に耐えるために気密性が高く、分厚い装甲と断熱材で覆われている。
だが、先の防衛戦で墜落したこの機体は、修理の過程でエアコンと排熱システムが不調を起こしていた。
その結果、灼熱の太陽に炙られたコクピットは、逃げ場のない蒸し風呂と化していたのだ。
「チッ、貧弱なモルモットだ。
だが、死なれては困る。シェル・モルガの中じゃ冷却が追いつかんだろう。
……俺のレッドホーンに運べ。あそこなら空調(エアコン)が効いてるし、居住ブロックにベッドがある」
「特務少尉。
部下の失態の責任を取るのは構わないけど、機材による差は埋めておきなさい。
シンカーにも耐Gスーツが必要だわ」
クロエが冷ややかに指摘する。
「……了解しました。早急に手配します」
ドレンは短く答えたが、その内心は穏やかではなかった。
特殊な耐Gスーツなど、高価な装備が今の第五開発部の予算で買えるはずもない。また自腹を切るか、あるいは闇市で中古を探すか……。
その思考を読んだのか、クロエがふっと息を吐いた。
「……と言いたいところだけど、今のうちの懐事情じゃ無理でしょうね。
私が国立ヒノデ技術院の名義で上申しておいてあげるわ。
感謝なさい」
「……助かります」
ドレンは安堵と感謝の入り混じった表情で、頭を下げた。
「は、はい! ありがとうございます!」
ハンナとトルーデたちが、ぐったりしたニルスを担架でレッドホーンの方へと運んでいく。
こうして、適性検査の一番手だったニルスは、無残な姿で脱落した。
その光景を目の当たりにした残りの奴隷たちは、これから自分たちが乗り込むコクピットを見上げ、戦慄することになる。
†
「……何を見ている。次は貴様らの番だ」
ミサトの冷徹な声が、凍り付いた空気を切り裂いた。
彼女は、ニルスが運ばれていった方向を呆然と見つめるエルザやハンスたちを振り返ることなく、次の機体を指し示す。
「ハンス、フリッツ、トルーデ! 貴様らはガイロスの学校で基礎を叩き込まれているはずだな。
それぞれのモルガに乗れ。ブランクがあるなどという言い訳は聞かん」
「は、はいっ!」
指名された三人は、弾かれたようにそれぞれの機体へと駆け寄った。
ハンスはキャリア・モルガ、フリッツはワーク・モルガ、そしてニルスの搬送を終えて戻ってきたトルーデはシェル・モルガへ。
彼らは恐怖を押し殺し、慣れた手つきでハッチを開け、コクピットへと滑り込む。
(……動きは悪くない。腐っても帝国の教育を受けているだけはあるか)
ミサトは手元の端末(データパッド)にチェックを入れながら、小さく頷いた。
問題は、残りの【お嬢様】たちだ。
「次。エルザ・リリエンタール、ミナ・リリエンタール。
貴様らはそこのキャリア・モルガだ。起動手順はレクチャーした通り。動かすだけでいい」
「う……動かすだけ、ですの?」
長女のエルザが、おそるおそる手を挙げる。
彼女が身に着けているダボダボのオーバーサイズシャツは、既に汗で肌に張り付き、体のラインを浮き上がらせていた。
「ええ。貴様らに高度な戦闘機動など期待していない。
コンテナに物資を積み、指定されたポイントまで運ぶ。それだけができれば、とりあえず飯を食う資格は与えてやる」
「……わ、わかりましたわ」
エルザとミナは、顔を見合わせ、覚悟を決めたように頷いた。
だが、いざ操縦席に座ると、その動きはぎこちない。
キャリア・モルガの重い操縦桿と、体に伝わるエンジンの振動に、二人の顔からはみるみる余裕が消えていく。
「きゃっ!? 揺れますわ! すごく揺れますわよ、これ!」
「姉様、あっちに行きません! このレバー、固すぎます!」
<……無駄口を叩くな。モニターを見ろ、地形センサーが警告を出しているだろう>
ミサトの容赦ない通信が入る。
結局、二人の機体は蛇行しながら砂浜をノロノロと進むのが精一杯だった。
戦闘など論外。文字通り【運搬】が彼女たちの限界だった。
そして最後の一人。
「マルガレーテ・アドラー。貴様は私のマルダーに乗れ」
「……はい」
色素の薄い髪をした地味な印象の少女、マルガレーテが静かに進み出た。
彼女が指示されたのは、カタツムリ型の支援ゾイド、マルダーTPの背部に背負った巨大な殻(シェル)の内部にある電子戦席だ。
操縦と火器管制を行う頭部コクピットのミサトとは、完全に隔離された配置となる。
ミサトは頭部に乗り込むと、コンソールを操作して殻内との回線を開いた。
サブモニターに、薄暗い殻の中で計器に囲まれたマルガレーテの姿が映し出される。
<ターゲット識別、通信周波数の同調(シンクロ)。やってみろ>
「了解……」
マルガレーテはコンソールに向かった。その手つきは迷いがなく、正確だった。
だが、モニター越しの彼女の様子に、ミサトは違和感を覚えた。
彼女はディスプレイに顔がくっつくほどの距離まで近づき、目を細めて数値を追っているのだ。
マルダーの電子戦席は情報量が多いとはいえ、あまりに不自然な姿勢だった。
<……マルガレーテ>
「っ、はい」
<貴様、目が悪いな?>
通信機越しの指摘に、画面の中のマルガレーテの肩がビクリと跳ねた。
パイロットにとって視力の低下は致命的だ。それが露見すれば、即座に不適格の烙印を押され、最悪の場合は――。
彼女の脳裏に、ニルスの無残な姿がよぎったのか、その顔が蒼白になる。
「……はい。強度の近視です。
ですが、眼鏡を持っていなくて……ここに来る前に、失くしてしまって……」
彼女は震える声で、正直に申告した。
奴隷として売られた際、身に着けていたものは全て剥ぎ取られたのだろう。今の彼女は、ほぼ手探りの状態で計器を操作していたのだ。
ミサトは無表情のまま、モニターを見つめる。そして、短く息を吐いた。
<……いいだろう。申告は評価する。
だが、目が悪い人間に引き金は預けられん。
本来なら殻(シェル)側で行う火器管制だが、全て私が頭部で引き受ける。
貴様はモニターにへばりついてでも電子戦に専念しろ>
「あ……はいっ!」
<見落とし一つが部隊全員の命に関わると思え。
この件は、お前の持ち主(ドレン)にも伝えておく。部隊の問題として、度数の合った眼鏡を手配させるようにな>
「――! ありがとうございます!」
マルガレーテは安堵と感謝の入り混じった表情で、モニターの向こうのミサトに深く頭を下げた。
午後5時00分。
全ての検査が終わる頃には、太陽は水平線へと傾き始めていた。
奴隷たちは全員、魂が抜けたような顔で砂浜にへたり込んでいる。
ニルスのような重篤者は出なかったものの、慣れないゾイドの操縦と極度の緊張、そしてコクピット内の暑さは、彼らの体力を限界まで奪っていた。
「本日の検査は以上だ。
各自、機体の後片付けを済ませたら給水だ。ニルスの様子も見てやれ」
ミサトの言葉に、彼らは弱々しく、しかし確かな生の実感を込めて「はい」と答えた。
彼らの長い一日は、まだ終わらない。
この後には、野営の準備と、あの悪魔のような指揮官――ドレンへの報告が待っているのだから。
Z.E. 428年 2月14日 午後5時30分
【場所】第五開発部拠点・資材置き場周辺
太陽が水平線に沈みかけ、空が紫がかった赤に染まる頃。
戦闘訓練の喧騒が去った後、拠点の一角では地味ながらも過酷な作業が続いていた。
ハンス、フリッツ、そしてニルス以外の男たちが、黙々と瓦礫を撤去しているのだ。
かつての貯蔵庫が崩れ落ちたまま放置されていた鉄骨やコンクリート片。
それらを人力と、ワーク・モルガのクレーンを使って片付け、平らなスペースを作っていく。
そこは明日以降、増設されるテントや物資置き場となる予定の場所だ。
「……ふぅ。これで大物はあらかた片付いたか」
ハンスが汗を拭いながら呟く。彼の手は泥と錆で真っ黒だ。
「ああ。だが、まだ細かい破片が多い。夜に誰かが足をくじいたら大変だ」
フリッツが箒代わりの鉄板で破片を集めながら答える。
彼らは奴隷だが、元軍人としての性分か、あるいは「自分たちの居場所を少しでもマシにする」という生存本能か、手を抜くことなく作業を続けていた。
「皆さん、お疲れ様です! 冷たいお水、持ってきました!」
そこへ、トルーデが駆け寄ってくる。
彼女はニルスの搬送を終えた後、すぐにまた水筒を持って現場に戻ってきたのだ。
「ありがとう、トルーデ伍長。……ニルスの具合はどうだ?」
「はい、今はレッドホーンの居住区で休んでいます。熱も下がってきているので、一安心です」
トルーデが笑顔で報告すると、男たちの間に安堵の空気が流れた。
過酷な労働と理不尽な命令。
だが、その中で【仲間が生きている】という事実と、トルーデのような存在が、彼らを精神的な崩壊から辛うじて繋ぎ止めていた。
日が落ち、気温が少しだけ和らいだ風が、汗ばんだ男たちの肌を撫でていく。
第五〇一実験中隊の長い一日は、こうして暮れていった。