※この作品はR-18です。

好色平凡な男がゾイドに乗る   作:触手スライム

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16話 第五〇一実験中隊(配置)

 

 Z.E. 428年 2月14日 午後8時30分

 

 倭国、アカツキ島。港湾施設の一角にある【旧第三貯蔵区画の廃墟】は、亜熱帯特有の湿った夜気に包まれていた。

 

 廃墟の瓦礫撤去は未だ終わっておらず、平坦な地面を確保できないため、天幕を張る十分なスペースが取れずにいた。

 そのため、兵士(奴隷)たちは巨大なレッドホーンAPの機体そのものを屋根代わりにして、その側面に天幕を横張りすることで、どうにか雨露をしのぐ場所を確保することになった。

 

 幸い、レッドホーンAPの前部格納庫の隙間から、わずかに流れ出る空調の風が涼しく、蒸し暑さを和らげてくれている。

 その結果、野営地はレッドホーンAPを中心とし、その周囲を複数のモルガ――キャリア・モルガ、ワーク・モルガ、シェル・モルガ――と、ミサトの乗るマルダーTP、セナのシーパンツァー重砲型、そしてヨウコのグライドラーが取り囲む形で駐機する配置となった。

 

 巨大な金属の獣たちが身を寄せ合い、その足元で人間たちが休息を取る、奇妙な共生空間がそこにはあった。

 

 時刻は午後8時45分を回る。

 給水任務から戻った水タンクを、兵士たちがワーク・モルガやキャリア・モルガを使ってトレーラーや各天幕へと運び込んでいく。

 重労働だが、水はこの高温多湿な環境で生き抜くための命綱だ。誰もが黙々と、しかし慎重に作業を進めていた。

 

 一方、食事の準備も佳境に入っていた。

 シェル・モルガに備え付けられた簡易炊事場では、ハンナ・リリエンタールが手際よく調理を進めている。

 そのハンナを、同じく【お嬢様】育ちであるはずのエルザとミナが懸命に手伝っていた。

 そこへ食材や機材を運んでくるのは、ハンス・クラフトとフリッツ・ヴェーバーだ。

 

 彼らの恰好は、軍隊の野営としては異様なものだった。ハンスとフリッツは下着一枚の姿だ。

 先ほどの水浴びの際、支給された唯一の衣服であるオーバーサイズシャツを洗濯してしまったため、着るものがないのだ。シャツは今、モルガの装甲板の上で夜風に晒されているが、この湿気ではなかなか乾きそうになかった。

 

 そして、それは少女たちも同様だった。

 ハンナたち三人も、洗濯したばかりの生乾きのオーバーサイズシャツを、湿った肌に直接纏っていた。

 布地が肌に張り付き、体のラインが露わになっている。ハンスとフリッツは、食材を運びながら汗を拭うふりをして、甲斐甲斐しく働く少女たちのそんな姿に、あからさまに鼻の下を伸ばしていた。

 

 

 今夜のメニューは、部隊結成のささやかなお祝いも兼ねていた。

 塩ゆでされた合成パスタに、緑色で粘度の高い酸味のあるソース――味はトマトソースに近い――がかけられ、その上には僅かに粒状のゼリーが浮いている。

 このゼリーがひき肉のような食感を演出するのだという。

 さらに配給の合成ベーコンと、貴重な塩、そして水筒いっぱいの水。

 戦場の食事としては、豪勢な部類に入った。

 

 午後9時00分

 ドレン・アサクラ特務少尉をはじめとする指揮官グループ――クロエ・ソウエンジ少佐、セナ・ササツカ中尉、ミサト・カグラ曹長、アカネ・ナシザキ軍曹、ヨウコ・イザワ伍長――は、シェル・モルガの炊事場前に集まり、ハンナから直接椀を受け取った。

 

 ドレンは緑色のソースがかかったパスタを凝視し、眉をひそめながらも、その場で一口、スプーンを口に運んだ。

「……見た目はともかく、味はいいな」

 ドレンは咀嚼した後、不安そうに見守っていたハンナと娘たちに短くそう告げた。

 

「食感はともかく、味付けはまともだ。これなら食える」

 

 その言葉に、ハンナたちの表情がパッと明るくなる。

 ドレンはそれ以上言葉を交わさず、椀を持ち直すと周囲に声を張り上げた。

 

「俺たちは会議がある」

 

 短くそう告げると、彼らは食事が入った椀を手にしたままレッドホーンAPの側面へ向かった。

 分厚い装甲板の一部が展開し、階段状に変形した【エアステア】となっている。ドレンたちはそのステップを踏みしめ、機内へと姿を消した。

 

 指揮官たちが去り、残された者たちの間に、少しだけ砕けた空気が流れる。

 ハンナが手際よくパスタを盛り付けた椀を差し出すと、待っていましたとばかりに声が上がった。

 

「おっ、やっとメシか。待ちくたびれたぜ」

 

 先頭を切ったのは、傭兵のライアン・バークス伍長だった。彼は差し出された椀を受け取ると、大げさに匂いを嗅いでみせる。

「へえ、合成パスタにしちゃ上等な匂いだ。なあエマ、俺たちの前の雇い主よりマシなんじゃないか?」

 

 同じく傭兵のエマ・ウィルソン伍長が、肩をすくめて苦笑する。

「違いないわね。あそこはカビたパンと泥水しか出なかったもの。……いただきまーす」

 

 エマはハンナに軽くウインクをして椀を受け取ると、さっそく一口頬張り、「ん、悪くない」と呟いた。

 

「フン……野良犬どもは餌の味にまでうるさいのか」

 冷ややかな声とともにスプーンを運んでいるのは、カミラ・フォン・アイゼンガルド少尉だ。

 彼女の周りにはケイト・グッドマン少尉とエイラ・ヨルゲンセン軍曹が集まっている。

 カミラは姿勢を正したままパスタを口に運び、咀嚼してから小さく頷いた。

 

「だが……悪くない。野戦食にしては味付けもしっかりしている。貴族の舌を満足させるほどではないが、カロリー摂取の任務には十分だ」

 その言葉に、エイラがニヤリと笑って水を煽った。

 

「出たよ、お嬢様の食レポ。素直に美味いって言えばいいのに」

 

「なっ、貴様! 私は事実を客観的に述べたまでだ!」

 カミラが即座に食って掛かる。その様子を見て、ケイトが「はいはい」と苦笑いしながらとりなした。

 

「ま、試作機に乗せられるだけの待遇はあるってことかしら。……ねぇ、そこのお嬢さんたち、水のおかわりをもらえる?」

 

「は、はい! ただいま!」

 傭兵たちに声をかけられ、エルザとミナが慌てて水筒を持って駆け寄る。その拍子に生乾きのシャツがまとわりつくが、彼女たちはそれどころではない様子だ。

 

「あらあら、お嬢様が下着同然の姿で給仕なんて。……ご苦労なこった」

 ライアンが意地悪く笑いながら、視線をカミラへと流す。

 

「おい鉄女(アイアンレディ)、お前さんも濡れてるなら脱いだらどうだ? 風邪ひくぞ」

「黙れ野良犬! 貴様と一緒にするな! ……はしたない」

 カミラは顔を真っ赤にして憤慨し、ふいっと顔を背けて食事に戻った。

 

 一方、兵士(奴隷)たちの輪でも会話が弾んでいた。

 

「へへっ、ハンナさん。俺のは特盛りで頼むよ。力仕事で腹が減ってんだ」

 下着姿のハンス・クラフト伍長が、筋肉を誇示するように腕をまくる。

「俺も頼むよ。整備班は体だけじゃなく頭も使うから、余計に腹が減るんだ」

 同じく裸に近い格好のフリッツ・ヴェーバー伍長も、負けじと椀を突き出してアピールする。

 

「もう、ハンスさんもフリッツさんも。ちゃんと皆さんの分もありますから、慌てないでください」

 ハンナは困ったように笑いながらも、二人の椀に少し多めにパスタを盛ってやった。

 

 そんな喧噪から少し離れた場所で、レイラ・ラミレス二等兵とレイシー・ラミレス二等兵が身を寄せ合って食べている。彼女たちもまた、湿ったシャツ一枚の心許ない格好だ。

 

「レイシー、ちゃんと食べなさい。これからの戦いは体力が資本よ」

「うん……お姉ちゃんもね」

 姉妹の静かな会話の向こうでは、マルガレーテ・アドラー伍長が黙々と食事を進めていた。

 

 その時、ゴホッ、と咳が聞こえた。

 

「……ごめん、ちょっとむせた」

 ニルス・カフカ二等兵が、慌てて水を飲み干している。

 

「もう、ニルス。慌てて食べるからよ」

 衛生兵のトルーデ・クライン伍長が呆れたように笑いながら背中を叩いた。

 

「情けないな……腹が減りすぎて、つい」

 ニルスは照れくさそうに頭をかき、またスプーンを動かし始めた。

 その様子に、周囲からも軽い笑い声が漏れる。

 

 傭兵たちの遠慮のない笑い声と、兵士たちの日常的な会話。

 立場も階級も異なる者たちが、同じ湿った風の中で、同じ釜の飯を食う。

 廃墟の夜に、カチャカチャと食器が触れ合う音が響き続けていた。

 

 場所は変わり、レッドホーンAP内、執務室。

 空調の効いた室内で、クロエたちは椀に入った食事を片手に、第五開発部および第五〇一実験中隊としての今後の配置と配備を決めるための話し合いを始めていた。

 

 クロエが「ササツカ中尉、模擬戦の結果を踏まえた編成案を」と促すと、セナが端末を操作しながら口を開いた。

「了解いたしました。

 まず、既にゾイドが確定している者から確認します。

 シーパンツァー重砲型に私、ササツカ。

 グライドラーにイザワ伍長。

 ブラキオスにナシザキ軍曹」

 

 ここでセナは言葉を区切り、視線で周囲を見渡す。

 緊張した様子で始めたセナは、アカネとヨウコ、続いてドレンに視線を向ける。

 アカネとヨウコの2人はそれに気が付くと頷く。

 ドレンは口いっぱいに頬張っていたパスタを飲み込むと、無言で頷き返した。

 

「俺のレッドホーンAPは、ラミレス姉妹。火器管制にレイラ二等兵、オペレーターはレイシー二等兵にやらせる」

「……そうですね。わかりました」

 

 ドレンの言葉を受けて、セナがそれを了承すると、少し自信なさそうにクロエに視線を向ける。ややあって、セナは傭兵たちのリストを表示する。

 

「傭兵に割り当てられた機体は上層部からですので固定です。

 ガイサックTPにはライアン・バークス伍長とエマ・ウィルソン伍長。

 マルダーTPにケイト・グッドマン少尉。

 ゲルダーTPにカミラ・フォン・アイゼンガルド少尉とエイラ・ヨルゲンセン軍曹」

 

 特に反対意見もなく、続けて、話題はそれ以外の隊員たちの配置に移る。

 

 

「そういや。あいつらの適性検査の結果はまだ聞いてなかったな」

 唐突にドレンがそう口にする。

「……残るメンバーですが、カグラ曹長から昼間の適性試験の結果も踏まえて提案をお願いします」

 

「はい。ゾイドの特性と本人の適性から、実質的に固定せざるを得ない組み合わせがあります」

 少し迷った後、告げられたセナの指示に、ミサトが言葉を継ぐ。

「昼の適性検査で私はマルダーTPに搭乗し、操縦を担当、電子戦席にはアドラー伍長がついておりました。

 彼女は目が悪いらしく、眼鏡を支給しなければなりませんが、狭い電子戦席では問題なくオペレートができています。

 併せて、シェル・モルガはハンナ二等兵が操縦兼給養、後部格納庫はクライン伍長が衛生担当。

 今日の昼から既にこの運用で動いていますが、問題ないかと」

 

「……そうですね。

 私はその場にいませんでしたが、マルダーTPはカグラ曹長、あなたが操縦で、電子戦担当にアドラー伍長ではどうですか」

「問題ありません」

 

 セナの確認にミサトが頷くと、続けた。

「それからキャリア・モルガですが……クラフト伍長は力仕事要員として。

 エルザとミナの両二等兵は、正直なところお嬢様育ちで複雑な作業は期待できません。

 文字通り【運搬】しかできないので、キャリア・モルガへの配置が妥当でしょう」

「妥当な判断だな」

 ドレンが苦笑交じりに同意する。

 

 

「問題はカフカ二等兵ですが……」

「あのシンカーね」

 クロエがため息をつく。

「機体は墜落時の損傷に加え、元々の不調もあってすぐには出せない。

 交換パーツと対Gスーツの手配もこれからよ。

 だから、機体が直るまでの間は、このレッドホーンAPで事務仕事に従事させるのが最善だわ。……どうかしら特務少尉」

「……異論はない。あいつには戦場の空よりも、デスクワークの方が向いていそうだしな」

 

 午後9時20分

 現状の戦力を整理し終えたところで、セナが姿勢を正し、表情を引き締めた。

「これらを踏まえた上で、第五〇一実験中隊としての最終的な編成案を提示します」

 

 セナが手元の端末を操作すると、中央のモニターに新たな組織図が映し出された。倭国軍の教範にある編成規則――「サイズポイント制」の数字が注釈として添えられている。

 

「倭国軍における小隊編成の基本ルール。

 一小隊あたりの最大機数は六機。そして、ゾイドのサイズポイントの合計は『12』が上限。

 サイズポイントは、SSが1、Sが2、Mが3、Lが4、LLが5、XLが6……これが基準です。なので、このように提案します」

 セナが画面上の図面を指示棒でなぞっていく。

 

「まず、第五〇一実験中隊の本隊。

 陸海空の混成部隊として、シーパンツァー、グライドラー、ブラキオスを配置。合計7ポイント」

「先に第二小隊は補給・支援部隊。

 カグラ曹長のマルダーTPを小隊長に、モルガ系列五機を配備。合計12ポイント」

「次に第一小隊。小隊長は特務少尉、レッドホーンAP、4ポイント」

 ここでセナは傭兵たちのアイコンを枠外へ弾いた。

 

「ここに傭兵たちの先行試作機五機を組み込みます。ポイントは16とオーバーしてしまいますが、正直経験のない私が扱える自信もなく、第二小隊は後方支援でまとめることが最善と考えます」

 

 画面に映し出された緻密な編成図を、ドレン、クロエ、ミサト、アカネ、ヨウコの五人が凝視する。

 

「……異論はないな」

 ドレンが真っ先に口を開き、深く頷いた。

「寄せ集めの部隊にしては、これ以上ないほど理に適っている。俺はこれでいいと思う」

 ドレンの言葉の後に、クロエが立ち上がった。

 

「承認するわ。

 傭兵たちは書類上【貸与装備】あるいは【外部委託戦力】としてカウント外にするわ。

 正規の構成員は特務少尉、あなた達だけ。

 これでサイズ制限を回避しつつ、傭兵がいつ抜けても小隊の存続に影響が出ないようになる」

 

「ありがとうございます」

 クロエの判断の後、セナの言葉により緊張が和らぐ。

 書類上のマジックを使いつつも、各員の特性や機体の適正、さらには軍規上の制限までをも完璧にクリアしたその布陣に、一同の間に沈黙が流れた。

 

「明日正式な通達と作戦が説明されるのだけど、実は次の作戦に向けてわたしも編成案を考えていたの。

 海上戦力、陸上戦力、補助戦力、詳細は言えないけど、この編成はそれに合致するいい案だわ」

 

「その上で、ササツカ中尉。この編成で戦闘に入った時の想定を実戦経験をもとに立ててみて。……想定戦場は私達がいる港の防衛ね」

 

 そう言うと、机上演習の画面がパネルに映し出され、海と砂浜から港に押し寄せるフナムシが六個集団(一個集団あたり六機)、空を飛ぶハエの三個集団(一個集団あたり六機)が現しだされる。

 

「……特務少尉、カグラ曹長。提案はありますか?」

 セナが二人に尋ねる。

 

「そうだなぁ……」

 ドレンがモニター上の配置図を睨みながら、スプーンを口に運ぶ。

 

「海は第一小隊で事にあたり、第二小隊を港の南方へ。

 第三小隊は港に侵入した敵を撃退する、といったところか。

 細かく言えば、港の北にガイサックとマルダーTPをまわして、レッドホーンAPとゲルダーTPが南方になるんだろうが」

 

「基本的にはそうでしょう。問題は、耐え忍べば援軍が来るのか、敵の殲滅を行うのか。……また、ボールが出ていないのも気になります」

 ミサトがドレンの案に同意しつつ、冷静に懸念点を挙げた。

 

「……ボールの荷電粒子砲は、悪夢だな。基地施設が蒸発しちまうんだ、喰らったらひとたまりもねぇ」

 ドレンが忌々しげに呟く。

 

「そうですね。でも、推定105ミリレールガン、あれでシーパンツァーの正面装甲が吹き飛んだんですから、ボール以外も怖いですよ」

 セナが眉間に皺を寄せて補足する。

 

「水陸両用のフナムシは、モルガみたいに集団でやってきて、ビームとフォノンメーザーの砲撃。近接に持ち込まれるとヒートカッターや極至近距離での自爆を仕掛けてくる、悪夢のような奴でした」

 セナの言葉に続いて、ヨウコも空を仰ぐように顔をしかめた。

 

「ハエも厄介だよ。大量に群れてて、エネルギーシールドで落としにくい上に、急降下でビームを落とすから見極めないといけなくて」

 

「そうなると対空重視でマルダーTPを運用するのか、敵を撃つためにゲルダーTPと歩調を合わせた対地攻撃は欠かせないだろう」

 ドレンが顎に手を当て、傭兵たちの機体運用を思案する。

 

「我々の運用するモルガには、近接小火器しかありませんから、対空は装甲で耐えられるでしょうが長続きしません。

 廃墟の影に隠しておいて、突破されたフナムシとの交戦だけ考えるようにしないと」

 ミサトが画面上の廃墟エリアを指先で叩き、冷徹な生存策を提示した。

 

「こう考えると、ガイサックは近距離も対空もできるので、バランスいいですよね」

 セナが、北側に配置されたサソリ型のアイコンを見て、僅かに表情を緩める。

 セナの言葉に、場の空気が一つの結論へと収束していく。

 

「ええ、悪くない配置だわ」

 それまで黙って議論を聞いていたクロエが、静かに口を開いた。

 彼女は画面上のシミュレーション結果──TP機と正規軍機が互いの穴を埋め合い、モルガを廃墟の影で守り抜く生存ルートを確認し、頷く。

 

「北側の防衛ラインにガイサックとマルダーTP、南側の主戦場にレッドホーンAPとゲルダーTP。

 ……そしてモルガは直掩を付けずに廃墟へ隠匿。この【サイズ制限外】の混成部隊で、港を防衛するにも何とかなりそうね」

 

 クロエは環状に並んだ一同を見回し、告げる。

「部隊配置は決定よ。

 明日の正式通達の前に、各機の整備状況を最終確認しておいて。……解散」

 

 同時刻、午後9時45分

 会議が続く機内の外では、高湿度の夜気に包まれながら、ハンナたちが後片付けに追われていた。

 

 ハンナ・リリエンタールは、大きなたらいに溜めた貴重な水を使って、娘たちと共に調理器具の洗浄に当たっている。

 

「……もう、嫌になりますわ。この油汚れ、なかなか落ちませんのよ、お母様」

 次女のミナが濡れた生乾きのシャツを不快そうに張り付かせながら、スポンジを動かして小声で愚痴をこぼした。

「爪もボロボロですし……。ドレン様は、こんな汚れた手でも嫌いにならないでしょうか?」

 

「あらあら、ミナったら。

 文句を言うのかと思ったら、やっぱりそっちなのね」

 長女のエルザが、洗い終わった皿を布で拭きながら、くすりと笑った。

 

「でも、よかったじゃありませんか。貴女が味付けしたソース、褒められましたわよ。あの【野良犬】と仰っていた傭兵の方々も、文句も言わずにおかわりしていましたし」

 

「ええ。それに……あの方、アサクラ特務少尉も仰っていたでしょう?」

 母のハンナが、優しく娘たちを見守りながら言葉を継ぐ。視線はレッドホーンAPの方へ向けられていた。

 

「『見た目はともかく、味はいい』って。あの恐ろしげな方が、最後は綺麗に平らげてくださったじゃない」

 

「ふ、ふん。当然ですわ!

 リリエンタール家の味は、戦場だろうと通用しますのよ! ドレン様だって、きっと私の味の虜になったはずです」

 ミナはまんざらでもない様子で鼻を鳴らし、再び洗い物に精を出し始めた。

 エルザはそんな妹を見て、少しだけ目を細める。

 

(……ええ、そうね。まずは胃袋を掴むこと。これも大事な投資よ)

 

 その少し離れた天幕の隅では、トルーデ・クライン伍長が怪我人の手当てをしていた。

 

「動かないで、今、浄化水で洗うから」

 瓦礫で腕を切った兵士に対し、トルーデが慎重に水をかける。

 

「……痛い?」

「いえ、大丈夫です。……消毒液は?」

「悪いけど、それは使えないの。本当に重傷の人が出た時のために取っておかないと。今は水と包帯だけで我慢して」

 

 洗浄、在庫管理、そして応急処置。

 わがままを言いながらも手を動かす娘たちと、それをなだめる母。そして限られた物資で命を繋ぐ衛生兵。

 廃墟の闇の中に、彼女たちの【生活】の音が響き続けていた。

 

 

 会議を終えたドレンは、執務室を出てすぐ、前方オペレーター室と備品室の間にある通路で足を止めた。

 通路の壁面に固定されたステップに足をかけ、天井のメンテナンス用ハッチへと手を伸ばす。

 パネルを操作すると、電子ロックが解除され、油圧シリンダーが低い唸りを上げて分厚い装甲板を持ち上げた。

 開いた隙間から、亜熱帯特有のまとわりつくような湿気と夜風が、空調で冷えた機内へと流れ込んでくる。

 

 ドレンはステップを登り、レッドホーンAPの背部装甲の上へと身を乗り出した。

 そこからは、自分たちの足元に広がる【野営地(廃墟)】が一望できた。

 

 ドレンがふと視線を巡らせると、モルガの影で小さく揺れるランタンの灯りが目に入った。

 

 そこには、先ほどの食事の味を話題にしながら、愚痴りつつも働くミナたちの姿があった。

 会議室のモニター上で【守るべき駒(ユニット)】として廃墟へ隠した存在。

 それが今、ドレンの目の前で、懸命に今日を生きようとする「人間」として息づいている。

 

(……結局、どっちが幸せだったのかね)

 

 ドレンは視線を彼女たちから外し、暗い海の方角──敵が現れるであろう闇を見据えた。

 

(なんにしろ、生き残らねぇと意味はないな)

 

 ドレンは夜空を見上げ、深く息を吐き出した。

 頭上には、明日の戦場となるであろう星空が広がっていた。

 

 

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