※この作品はR-18です。

好色平凡な男がゾイドに乗る   作:触手スライム

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18話 それぞれの夜(2)

 

 Z.E. 428年 2月14日 午後10時00分

 倭国、アカツキ島。夜の帳が下りた港湾施設の廃墟、その一角である砂浜に駐機するレッドホーンAP。

 外装の無骨さとは裏腹に、機内二階の居住区画は空調が稼働しており、外の亜熱帯特有の重い湿気からは切り離されていた。

 

 

 二階前方、備品室を改装した執務室。

 狭い室内に、ドレン・アサクラ特務少尉、ミサト・カグラ曹長、アカネ・ナシザキ軍曹が集まっていた。

 そこに呼び出されたのは、レイラ・ラミレス二等兵とレイシー・ラミレス二等兵の姉妹だ。

 ミサトとアカネが左右を固める中、ドレンはデスク代わりのラックに肘をつき、姉妹を見据えた。

 

 ドレンは手元の操作パネルを叩き、部屋の気密レベルを引き上げた。

 

 ≪第一・第二天井ハッチ、閉鎖。一階側面ハッチ、電磁ロック確認。機密保持プロトコル:レベル4、起動≫

 

 空調の駆動音が低く響く密室で、ドレンはデスク上の薄型タブレットを指先で弾き、姉妹の前に滑らせた。

 

「これより、この機体の武装に関する機密事項を説明する」

 ドレンはモニターに、機体背部に搭載された長大な砲の図面を表示させた。

 

「このレッドホーンAPに載っている武装は、公称では【七七式十五糎加農・改(長砲身型)】としている。……だが、これは偽装名目だ」

 ドレンは一拍置き、声を潜めて真実を告げた。

 

「正体は試験兵器、【試作八〇式電磁投射砲】だ」

「偽装……? まさか、電磁……投射砲!?」

 レイラが驚愕に目を見開く。

 火器管制を行う中で、出力や挙動に色々とおかしい点があるとは薄々気が付いていた。だが、ただのカノン砲だと思っていた鉄塊が、まさか莫大な電力を食らう化け物(レールガン)だったとは。

 ドレンは動揺する姉妹を見据え、さらに重い言葉を重ねた。

 

「ああ。……ここからは、【極秘】の話になる」

 極秘。

 その二文字が持つ意味を理解した瞬間、レイシーが小さく息を呑み、不安げに姉の袖を強く掴んだ。

 軍における【極秘】とは、単なる秘密ではない。知る資格のない者が触れれば消される、死と隣り合わせの領域だ。

 

「お前たちはこれから、これに触れることになるから言っておく。

 知ってしまえば、もう後戻りはできない。ただのクルーでは済まなくなるぞ」

 

「この同意書にサインしてくれ。……降りるなら今だ」

 ドレンはスタイラスペンを放り投げた。

 レイラは怯える妹を背に庇うように一歩前へ出ると、鋭く切り返した。

 

「降りるなら今だ……ね。もしあたしらが【降りる】って言ったら? どうなるんだ」

 ドレンは表情を変えずに即答した。

 

「ここでお前たちの配置転換が決まる。機密を知らなかったことにして、部隊の下働きか、あるいは工廠の下働きか……まあ、少なくともこのレッドホーン(ここ)には二度と戻れない。それだけだ」

(※注:「下働き」=実質的な死、というニュアンスはそのまま)

 それは事実上の死刑宣告に等しかった。後ろ盾のない奴隷が、最前線の一般部隊に行けばどう扱われるか。レイラは痛いほど理解していた。

 

 

(……選ばせてるフリして、道なんて一本しかねえじゃねえか)

 レイラは鼻を鳴らし、ペンを乱暴に掴み取った。

 

「……上等だよ。サインすりゃいいんだろ、サインすりゃ」

 彼女はタブレットに電子署名を走り書きすると、ペンを妹に渡した。レイシーは震える手でそれを受け取り、姉に縋るような視線を向けた後、小さく頷いて自分の名を記した。

 

「……賢明な判断だ」

 二人の署名を確認したドレンは、少しだけ声を緩めた。

 

「勘違いするなよ。これは俺たちがボールを倒した時の武装ではない。そして気が付いているだろうが、火薬を使うカノン砲ではなく、電気で弾を弾き出す特殊な電磁投射砲(レールガン)だ」

 モニターの表示が、複雑な電力制御グラフへと切り替わる。

 

「扱い方は明日から教えるが、徹甲弾と榴弾、この二種類で電圧も何もかもが違う。制御を間違えれば砲身が溶けるか、最悪の場合は誘爆だ。……頼んだぞ」

 ドレンはさらに声を低くし、視線をミサトとアカネ、そして姉妹へと巡らせた。

 

「あとな、お前たちだから言うが……今回合流した傭兵たちは、この機体のデータを狙っているスパイの嫌疑がかかっている」

 その言葉に、再び室内の空気が張り詰めた。

 

「だがあまり動けば、外交的な面倒がある。お前たちは奴らを監視し、何かあった時には俺……いなければ、ここにいる二人に連絡しろ」

 それは情報部からの監視役であるミサトと、共犯者であるアカネの手前、必要最低限の情報を共有するためのドレンなりの布石だった。これでミサトも、ラミレス姉妹に対して協力的にならざるを得ない。

 

 

 機密保持レベル4の重苦しい空気が漂う執務室から解放され、レイラとレイシーは二階中央の居住区画へと戻った。

 吹き抜けになった通路の脇、無骨なラックから吊り下げられたハンモックが、微かな振動に合わせて揺れている。

 天井の配管を伝って、カサカサと音を立てながらワークスパイダー――通称【クモ助】が降りてきた。

 そのマニピュレーターには、格納庫の吹き抜けに張られたワイヤーに干されていた洗濯物が――機体の排熱でパリパリに乾いたシャツや下着が、無造作に掴まれている。

 

「……お、ありがとよ」

 レイラはクモ助から、自分たちが明日使うことになる、夕方に水浴びと一緒に洗ったオーバーサイズシャツと下着を受け取った。

 

「ほら、あんたの分。ちゃんと着な」

「あ……ありがとう、お姉ちゃん……」

 ハンモックに腰を下ろし、レイラは妹にも乾いたシャツと下着を渡しながら、ふと遠い目をした。

 レイシーは大切そうに服をたたむと、備え付けのラックにしまい込む。

 

「……昨日と今日だけで、なんだか何年も経った気がするよ」

 レイラが吐き捨てるように、けれど安堵を滲ませて呟いた。

 脳裏に浮かぶのは、ドレンと街角でぶつかったあの瞬間。

 そして、奴隷商の檻の中で味わった底なしの絶望だ。

 

「なんだか……夢みたい、だね」

 レイシーが消え入りそうな声で言った。

 レイラはその言葉に引き寄せられるように、隣のハンモックから妹を抱き寄せた。

 

「ああ……まったくだね」

 そう言いながら、レイラは今の幸せを噛みしめるように、妹の髪に顔を埋め、その匂いを感じる。石鹸の匂い。生きている匂いだ。

 

(あの時、あの男に買われていなければ……今頃、あたしらは最前線の陣地で、兵士どもの欲望処理係として使い潰されてた)

 それが、どうだ。

 翌日の今日、彼女たちは【兵士】としての認識番号を与えられた。傭兵たちを迎え入れ、共にゾイドを整備し、訓練で汗を流した。

 夕方の給水任務では、十分な真水でシャワーを浴びることができた。肌のこびりついた汚れと共に、奴隷としての惨めさも洗い流された気がした。

 

「シャワー……少し恥ずかしかったけど……ごはんは、美味しかったぁ……」

 

「そうだな。合成ペーストじゃない、まともな温かい飯なんていつぶりだか……」

 レイシーの漏らした言葉に、レイラも余韻の残る食事の味を思い出しながら答えた。

 ニルスの世話を焼けるほどの精神的余裕を取り戻せたことが、レイラには奇跡のように思えた。

 

「……生きてるって、感じがするよ」

 レイラは清潔なシャツに袖を通しながら、実感を込めて呟いた。

 妹のレイシーも、姉の言葉に深く頷き、安堵の表情でその背中に身を寄せた。

 

 

 

 ラミレス姉妹のすぐ隣、右舷中央の壁面をくり抜いて作られた固定寝台(バンクベッド)では、ニルス・カフカ二等兵が天井の配線をぼんやりと見上げていた。

 

(昨日は……まだ借金奴隷として、値踏みされる商品だった)

 彼は自分の細い腕を眺める。

 高級娼館向けのデザインチャイルドとして造られながら、環境適応能力が低い”欠陥品”として廃棄された自分。

 男でありながら少女のような外見を持つこの体は、彼にとって長らくコンプレックスの塊だった。

 

(でも、ドレン様は僕を買ってくれた。……慰み者にするためじゃなく、部下として) 今日は怒涛の一日だった。

 整備、適性検査、そしてシンカーでの試験飛行。

 Gに耐えられず気絶してしまったことは情けないが、それでもドレンは彼を見捨てなかった。

 

(シャワーも浴びれたし、ご飯も美味しかった。……ドレン様には、ちゃんと恩を返さなきゃ)

 いつか、あの大きくて強い背中を支えられるような男になりたい。

 できることなら、傍に置いてほしい。

 幼い彼は、心地よい疲労感と満腹感に包まれ、憧れの人の名を心の中で繰り返しながら、泥のような眠りにつこうとしていた。

 

 

 反対側、左舷後方の通路に吊られたハンモックでは、アカネ・ナシザキ軍曹がゆらりと揺れていた

 彼女は、自分の首元――かつて重い「首輪」があった場所を、無意識に撫でていた。

 

(2月11日……犯罪奴隷だった私は、捨て石としてあの無謀な防衛拠点構築に行かされた。死刑宣告も同然だった)

 青く染めた髪が、頬にかかる。

 親友に裏切られた過去、社会を憎んで染めた色。

 

(昨日、あのリゾットを食べて……無理を言ってついて行った先で……商品として扱われる奴隷たちを見て、堪らなく嫌になって……恐怖で、あの人に感情を全部ぶつけた)

 思い出すだけで顔が熱くなる。

 だが、その激情を受け止めたドレンは、彼女の首輪を外し、情報部との取引で”軍曹”という地位を与えた。

 今の彼女にあるのは、物理的な拘束具ではない。

 ドレン・アサクラという男との”共犯関係”という、より強く、心地よい首輪だ。

 

(私は、人に戻れたんだ。

 ……いいえ、あの人の番犬になれた)

 アカネは暗がりの中で、妖艶な笑みを浮かべた。

 自由と引き換えに得たこの新しい居場所を、何があっても守り抜くという決意を込めて。

 

 その隣のハンモックで、セナ・ササツカ中尉もまた、眠れぬ夜を過ごしていた。

 

(2月10日……数時間前までは、ただの学生だったのに)

 シミュレーター成績が良かったというだけで技術士官に徴発され、いきなり戦場へ放り込まれた理不尽。

 

(ドレン少尉のことは最初、不気味で最低な人だと思った。デリカシーはないし、セクハラまがいのことばかり言うし……)

 だが、評価は揺れ動いている。

 11日の戦闘中、彼は未熟な自分を庇い、指揮に口を出してまで守ってくれた。

 その時の悔しさと、同時に湧き上がった”頼もしさ”への安堵。

 

(昨日は……あんなに美味しいリゾットを食べさせてくれて、寮から荷物を持ち帰る時……荒らされた部屋を一緒に探してくれて、荷物持ちまでしてくれた)

 レイラとの衝突を収めた時の、あの大人の対応。

 そして今日、14日。

 アカネを昇進させ、傭兵たち(スパイ)を牽制し、部隊をまとめ上げる手腕。

 

(……悔しいけど、私はあの人に甘えている。頼ってしまっている)

 セナは無意識に、整備服の襟元を緩めた。

 ドレンの匂い――機械油と汗の混じった男の匂い――を思い出すと、胸の奥がざわつく。

 それは潔癖な彼女にとって”穢れ”であるはずなのに、今の彼女にとっては精神安定剤のように甘美なものになりつつあった。

 

(さっきの会議……あんな国家機密を聞かされて、味もわからないくらい緊張したけど……あの人は平然としてた。……やっぱり、敵わないな)

 

 

 考え込むセナのハンモックに、横からぬっと手が伸びてきた。

 

「わっ!?」

「ねえセナ~、またあのリゾット食べに行こうねぇ」

 ヨウコ・イザワ伍長が、猫のようにじゃれついてきたのだ。

 セナの脇から手を入れ、抱き着くようにして揺れるヨウコ。

 彼女もまた、この数日の激変を彼女なりに噛み締めていた。

 

(私も学生からいきなり徴発されて、グライドラーのパイロットだもんね。11日にはハエみたいな敵の中を飛んで、文句言いながら必死だったし)

 昨日のリゾットの味。寮への一時帰宅で感じた【日常】の儚さ。基地での整備作業。

 そして今日のアカネの昇進には、心底驚かされた。

 

(この部隊、ムチャクチャだけど……悪くないかも)

 常に明るく振る舞っているが、それは彼女なりの処世術であり、恐怖を吹き飛ばすための儀式でもある。

 

「……生きててよかったー、ホントに」

 ヨウコはセナの体温を感じながら、大きなあくびを噛み殺した。その顔には、生き延びた者だけが許される、満ち足りた幸福感が浮かんでいた。

 

 左舷前方の通路が見渡せる位置のハンモックに横になっていたミサト・カグラ曹長は、眉間を揉みほぐしていた。

 

(明け方に監視任務で配属されて……初日よ? 嘘でしょ)

 今日は朝から最悪だった。

 スパイ容疑のある他国の傭兵たちの出迎え、整備の手配、能力確認のための訓練指導。 今回の機密だらけの機体運用は限度を超えている。

 

(あの男……情報部を敵に回しているくせに、私をこき使うことに関しては天才的ね)

 呆れと軽蔑。しかし、その奥底には奇妙な高揚感もあった。

 規律に縛られた自分が、あの男の破天荒な命令に振り回され、理不尽に扱われることに、無意識下の興奮(マゾヒズム)を覚えてしまっているのだ。

 

(……これからが頭の痛くなる日々ね。まったく)  彼女はため息をつきつつも、その表情はどこか楽しげですらあった。

 

 

 夜も更けた頃。

 ドレンはハンモックから身体を起こした。

 周囲は女、女、女。しかも全員が薄着や下着姿で寝ている。

 冷房は効いているはずだが蒸し暑く感じる。

 そこに、むせ返るような女の匂い、そして視覚的な刺激に耐えかねたのだ。

 

(……やってられるか。俺は外で寝る)

 ドレンは足音を殺し、一階への内階段(タラップ)へ向かった。

 しかし、その目論見は一瞬で崩れ去った。

「少尉、どこへ行かれるんですか!」

 鋭い声と共に、セナが身を起こした。それに反応して、ラミレス姉妹までもが目を覚まし、懇願するような濡れた瞳を一斉に向けてくる。

「ドレン様……行かないでください」

「私たちを置いていくのですか……?」

 まるで捨てられた子犬のような視線の集中砲火。

 ドレンは天を仰ぎ、観念したように肩を落とした。

 

「……わかった、わかったよ! 中で寝りゃいいんだろ、中で!」

 ドレンは渋々、自分のハンモックへと戻った。この「ハーレム」という名の牢獄からは、逃げ出せそうになかった。

 

 

 ドレンが再びハンモックに身を沈めようとした、その時だった。

 闇に紛れるようにして、レイラ・ラミレスが音もなく現れた。

 彼女は無言でドレンの手を引いた。

「……少し、よろしいですか」

 その真剣な眼差しに、ドレンは抵抗を諦め、再び先ほどの執務室へと連れ込まれた。

 

 二人きりになり、電磁ロックされた密室。

 レイラはドレンに向き直ると、静かな、しかし強固な意志を込めた声で言った。

 

「あの件……承諾する代わりに、報酬をお願いします」

「報酬だと? 機密に触れさせてやるだけで十分だろう」

「いいえ。自分たちの待遇を良くしてほしいのです。妹のためにも」

 そう言いながら、レイラは着ていたシャツの裾に手をかけ、躊躇いなくそれを脱ぎ捨てた。

 照明の下、露わになった全裸の肢体。豊満でありながら引き締まった元傭兵の肉体が、惜しげもなく晒される。

 しかし、その表情に「女」としての媚びや羞恥はない。あるのは、自らの身体すら交渉材料(カード)として切る、戦士としての悲壮な覚悟だけだった。

 

(この匂い……鉄と油と、強い雄の匂い)

 ドレンの体臭を至近距離で嗅ぎ、本能の部分で高揚しながらも、レイラは理性を保ってドレンを見据えた。

 

 対するドレンは、眉一つ動かさなかった。

 

「服を着ろ。成果も無しに報酬は出せない」

 冷徹な拒絶。 しかし、レイラはそれで引き下がるどころか、むしろその対応に信頼の色を強めた。

 体を求めてくるような安っぽい男ではないことの証明だからだ。

 彼女は静かに服を拾い、身を整えると、強い光を宿した瞳でドレンを射抜いた。

 

「……わかりました。でも、必ず認めさせてみせます。私はどうなっても構わない……でも、妹だけは諦めませんから」

 いきなり全てを開放しろとは言わない。だが、必ず私の価値を認めさせ、妹に安住の地を与えてみせる。

 レイラは小さな、しかし確実な「未来への要求」を突きつけ、一礼して部屋を後にした。

 

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