第19話 それぞれの夜(3)
Z.E. 428年 2月14日 午後10時00分
倭国、アカツキ島。夜の帳が下りた港湾施設の廃墟。
その一角に、傭兵たちの機体――ガイサックTP、マルダーTP、ゲルダーTP――が円を描くように配置され、その中心に一台の車両が停められていた。
カエデ・フジエダが彼らのために用意した拠点、【多目的トレーラー】である。
コンテナを積み上げた居住区画は、無骨な外観とは裏腹に、マルダーTPを外部電源として接続することで、エアコンが稼働する快適な空間となっていた。
トレーラーの内部、居住コンテナ。
外の蒸し暑さが嘘のように冷房が効いた室内には、通路の脇に電話ボックスのような【シャワーユニット】と【トイレユニット】が並んで設置されていた。
本来は基地施設内で使われる運搬車を急造で居住用に改造したもので、廃材や予備パーツを流用して組み上げられた設備だ。
戦場においては贅沢すぎるほどの環境だが、その作りは荒削りそのものだった。
狭いコンテナ内には、へリック共和国、ゼネバス帝国、ガイロス帝国から倭国の【特殊砲弾と運用できる砲】の情報を得るために来た兵士達が傭兵としてひしめき合っていた。
女四人に、男一人。
それぞれが支給された簡易ベッドや床に陣取り、冷風に当たりながらくつろいでいる――ように見えたが、空気は張り詰めていた。
「……へえ。 この湿気た国にしては、気の利いた設備じゃない」
エイラ・ヨルゲンセン軍曹が、心地よい冷風に目を細めて口火を切った。
「歩哨もこのエリアだけでいいという特典付きだ。……俺たちを飼い殺しにするつもりか、それとも優遇しているのか」
ライアン・バークス伍長が、壁に寄りかかりながらぼやく。
昼間の訓練の話、それぞれの演技の話。会話は弾んでいるように見えるが、その実、互いの腹を探り合う喧しい睨み合いが続いていた。
一通りの牽制が終わった頃、不意にカミラ・フォン・アイゼンガルド少尉が立ち上がった。
「……汗を流したい。シャワーを使わせてもらう」
その言葉を合図に、女性陣の視線が一斉にライアンに向いた。
「あら、いいわね。……ところで、そこの野良犬さん?」
エイラが冷ややかな笑みを浮かべ、ねっとりと告げる。
「レディがシャワーを浴びるのよ。……さっさと小屋(ガイサック)に戻りなさい?」
「はあ!? 俺だって汗かいてんだよ! なんで俺だけ……」
「つべこべ言わないで」
エマ・ウィルソン伍長が会話を断ち切るように、冷ややかな視線を突き刺した。
「……特務少尉に『ライアン伍長が覗きを働こうとした』と報告してもいいのよ? ……事実がどうかなんて関係ない。あの少尉がどちらを信じるか、わかるわよね」
エイラの「挑発」と、エマの「実質的な脅迫」。
逃げ場を塞がれたライアンは、「……チッ、わーったよ! 外で見張りしてりゃいいんだろ!」と捨て台詞を吐いて、狭いコンテナから追い出された。
彼は外のガイサックに乗り込み、不貞腐れながら哨戒に就くしかなかった。
邪魔者がいなくなったコンテナ内で、最初にシャワーへ向かったのはエマだった。
彼女は通路に面して設置された、金属製の無骨な箱――シャワーボックスの前に立った。
ドアはない。あるのは、通路との境界を隔てる薄汚れたビニールカーテン一枚だけだ。
脱衣所などという気の利いたスペースは存在しない。
エマは眉をひそめつつ、壁のタイマーをセットする。【制限時間は一人十分】。
彼女はカーテンをめくって狭いボックス内に滑り込むと、通路にはみ出さないように身体を縮めて、きつく巻き付けていたサラシを解いた。
開放された重量感と共に、虫族特有の健康的な茶色の肌が露わになる。
磨かれた金属壁に映る、豊満な曲線と、それを支えるしなやかな肢体。
(……カーテン一枚向こうはすぐ通路。落ち着かないわね)
彼女はシャワーの音に紛れて、継ぎ接ぎだらけの壁をコンコンと叩き、反響音で盗聴器などの異物がないか確認しつつ、事務的に汗を流した。
きっかり十分後、エマと入れ替わりでケイト・グッドマン少尉がボックスに飛び込んだ。
「うわー、面白い構造……! これ、小型ゾイドのラジエーター配管を流用してるんだ?」
ケイトは狭さに文句を言うどころか、目を輝かせて配管をペタペタと触り始めた。
服を脱ぐのも無造作で、脱いだものが床に落ちそうになっても気にも留めない。
砂族特有の薄茶色の肌と、研究室に籠もりがちなスレンダーで凹凸の少ない身体が現れる。
腰まである白髪が、湿気で肌に張り付くのを煩わしそうに払いのける。
「水圧よし、温度安定……へぇ、ポンプの出力制御、けっこう強引なバイパス組んでるなぁ。参考になるかも」
彼女にとってシャワーは”体を洗う時間”である以上に、”敵の技術レベルを解析するフィールドワーク”だった。
三番手のカミラ・フォン・アイゼンガルド少尉は、軍人らしくこの劣悪な環境にも動じなかった。
狭いボックス内でも効率よく服を畳んでビニール袋に入れると、山岳族特有の雪のような白い肌が、薄暗い照明に輝く。
その身体は、厳しい訓練で鍛え上げられた筋肉質で、無駄な脂肪は一切ない。そして山岳族の貴種らしく、体毛の一本も生えていない陶磁器のように滑らかな肌だった。
「……残り四分で洗髪、三分で身体、三分で清掃」
彼女はカーテンが揺れるたびに外を警戒しつつ、ブツブツと工程を呟きながら熱い湯を浴びる。
冷房で冷えやすい白い肌が、熱気でほんのりと桜色に染まっていく。
(……戦場なら水があるだけマシだ。だが、この無防備さは……)
彼女は貴族としての羞恥を軍人としての規律で抑え込み、時間通りに全てを終えて、逃げるようにカーテンを開けて出た。
最後はエイラ・ヨルゲンセン軍曹だ。
彼女は制限時間など気にも留めない様子で、カーテンを少し開けたまま、通路に見せつけるようにしてゆったりとストッキングを脱いだ。
現れたのは、風族の薄緑色の肌ではなく特有の青白い、どこか不健康そうで病的な肌。
小ぶりな胸と、折れそうなほど細い腰。
しかしその肢体は、猫のようにしなやかで柔軟性に富んでいる。
彼女は黒髪に入れたブラッドレッドのインナーカラーを濡らしながら、鼻歌交じりにシャワーを浴びた。
薄いカーテンが体に張り付く感触すら楽しんでいるようだ。
(十分なんてケチくさいわねぇ。……ま、廃品利用のシャワーにしては上等じゃない?)
蒸気の充満した狭い個室で、彼女は口元を歪め、わざと数分オーバーして優雅に身体を拭いた。
全員がシャワーを浴び終え、さっぱりした顔で簡易キッチンを囲んだ。
支給された合成保存食と、インスタントのタンポポコーヒー。
味気ない食事だが、エアコンの効いた部屋で座って食べられるだけマシだった。
「……で、明日はどうするの? またあの特務少尉の『おままごと』に付き合うわけ?」
エイラがコーヒーを啜りながら、気怠げに問いかける。
「……口を慎め、軍曹」
カミラが背筋を伸ばしたまま、低い声で制した。
「内容はともかく、これは上位の決定事項だ。我々は与えられた任務(ロール)を完璧にこなす。……それだけだ」
だが、その手元のカップを握る指には、微かに力が込められていた。
「私はデータの解析ができればそれでいいけどね。……ねえエマ、あんたのガイサックのセンサー、ちょっと感度いじらせてくれない?」
ケイトが興味津々といった様子で身を乗り出す。
「お断りよ。私の機体に余計な手出しはしないで」
エマが即座に却下する。データの収集を主とする情報屋と、改造を好む技術屋。
同じ共和国軍であっても、その溝は深かった。
夜も更け、日付が変わる頃。
女性陣はそれぞれのベッドで毛布にくるまり始めた。
狭いコンテナ内は、女たちの体温とシャンプーの香りで満たされていた。
そこへ、外での哨戒を終えたライアンが戻ってきた。
「おーい、もういいだろ? 入れてく……」
ドアを開けようとした彼の耳に、内側から鍵をかける音が響いた。
「……おい」
「男は外で寝なさい。狭苦しいのよ」
中から聞こえた非情な通告と共に、コンテナの明かりが消えた。
「……ふざけんなよ! ここ俺の部屋でもあるんだぞ!?」
ライアンの抗議は無視され、彼は夜露に濡れるガイサックのコクピットへと、惨めに引き返すしかなかった。