第20話 狂想曲(ラプソディ)の幕開け
Z.E. 428年 2月15日 午前10時00分
倭国、アカツキ島。港湾施設【旧第三貯蔵区画】。
かつて荷電粒子砲の直撃を受け、地図から消滅した港湾エリア。その焼け残った外縁部にある廃墟に、モルガが輸送部隊のトレーラーを曳いて到着していた。
荷台から降ろされたのは、部品取り用と思われる、コアの無いガイサックTPとマルダーTPの抜け殻。
工場からそのまま来たのか、それは真新しさを感じさせる。
大型の機材については、港のクレーン設備などとうの昔に蒸発しているため、人力とゾイドの力技で荷下ろしが行われていた。
レッドホーンAPのウインチが唸りを上げ、ワークモルガとワークスパイダーが甲斐甲斐しく動き回る。
吊り下げられたのは、組みあがっていないレッドホーンAPの予備装甲板やフレームなどのパーツ群だ。
錆一つない、レッドホーンAPのパーツも工場から来たのかと思うほどに状態がよく、組み上げればもう一体レッドホーンAPが出来てしまいそうだった。
「おい、ぶつけるなよ! 歪んだらハマらなくなるぞ!」
第五開発部の技術者たちの怒号が飛び交う中、鉄塊がドスンと地面に置かれ、土煙を上げた。
その横には、先の戦闘で撃破され回収されたと思われる機体も積み上げられていく。
ブラキオスの長い首を構成する支柱や、それを駆動させる円柱状の電磁モーター。グライドラーの翼の予備パーツ。
コクピットが無くなっているブラキオスや、墜落の跡が残るグライドラーが複数、いずれもゾイドコアはなく、撃破された機体だ。
他にも撃破された機体が並べられる。
脚のもげたグランチュラ、腹を裂かれたモルガ、ひっくり返ったシーパンツァー、そして折れ曲がった対空砲の砲身。
まるで戦場の墓場をそのまま移築したような光景に、ライアンが顔をしかめて鉄屑を蹴飛ばした。
「……ケッ。ゴミの山じゃねぇか。俺たちは廃品回収業者かよ」
だが、戦力増強を急ぐ第五〇一実験中隊にとっては、これらこそが命をつなぐ蜘蛛の糸だった。
だが、真の”異物”はそこではなかった。
港のドック(第一開発部管轄)方面から、輸送部隊によって巨大な物体が次々と搬入されてきたのだ。
海上輸送用の巨大な円筒形フロート。
重量物を無理やり海に浮かせるための追加フロート。
そして、船舶用の簡易バラストタンク。
陸戦部隊には縁のないはずの”海の装備”が、廃墟の広場を圧迫していく。
極めつけは、物資やゾイドのパーツなどを輸送してきた車両群だ。
大型貨物トレーラーが三両。特大型の長物運搬トレーラーが一両。
これら四両の追加車両が、現在レッドホーンAPの整備ドックとして使用している特大型整備トレーラーの横へ、無造作に並べられていく。
最後に、モルガに牽引された複数の装甲コンテナから引き出されたのは、緩衝材に包まれた大口径の砲身やミサイル、魚雷といった各種兵装ユニットの群れだ。
それらに続いて、各種弾薬、精密部品が詰まった大量の合成樹脂製ボックスが、ワークスパイダーやモルガによって次々と運び出されていく。
その中には、赤や紫、あるいは黒で塗装されたボックスも混じっており、その異様な配色は周囲から浮いて見えた。
それらはどれも厳重に梱包されており、機密保持と迅速な補給のために用意された、真新しい最新の軍事物資であった。
黒いボックスはレッドホーンCへ、赤と紫のボックスはレッドホーンAPへと運ばれていた。
「総員、注目」
クロエ・ソウエンジ少佐の凛とした声が響く。
彼女の隣には、油汚れのついたツナギを着た赤銅族の女が立っていた。
「新しく第四開発部から着任した、トメ・カガネ技術曹長です。
彼女は第一小隊に配属となり、整備の責任者を務めます」
トメは短く刈り込んだ水色の髪を掻き上げ、鋭い視線で傭兵たちを値踏みした。
「トメだ。よろしくな、モルモット共。
……へぇ、いいゴミが揃ってるじゃないか。これなら商売になりそうだ」
その背後には、彼女の愛機となる【グランチュラ改】が、異様な改造を施された状態で鎮座していた。
「作戦開始まで時間がありません」
クロエは淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で告げた。
「これより、我々の保有するトレーラー群の中から、作戦に必要な車両を選抜し、フロート取り付け作業を行います。
基地の維持に必要な居住区画用の車両と、二番機(予備)用の整備ドックは残置します。これらを全て持ち出せば、この拠点はただの灼熱の廃墟に戻ってしまいますから」
「夜を徹しての作業になりますが、遅れは許されません。
今回、動員するトレーラーは計六両」
以前レッドホーンAPを運んできた、特大型整備トレーラーが一両。
予備戦力として旧式を改良済みの、多目的トレーラーが一両。
そして今日到着した、特大型長物運搬トレーラーが一両と、大型貨物トレーラーが三両。
すべてが、ゴムタイヤではない無骨な鉄の車輪で構成されており、それらがずらりと並ぶ様は異様であった。 改修作業の指揮権はトメに委ねられた。
「やれと言われればやるのが商売さ」
トメが請け負うと、クロエはさらに人員を指名した。
「整備要員として、ケイト・グッドマン少尉、マルガレーテ・アドラー伍長。貴官らは曹長の指揮下に入り、作業を補佐しなさい」
「ええーっ、私が? ……まあ、面白そうな改造なら手伝うけど」
ケイトがボサボサの頭を掻き、マルガレーテが無言で眼鏡の位置を直して前に出た。
その横で、ドレン・アサクラ特務少尉が、整備主任となったトメと話をしていた。
話題は、ドレンの所有物であるニルス・カフカ二等兵の乗機、シンカーについてだ。
「……フレームがいってる。修理は間に合わないよ」
トメの報告に、ドレンは眉を寄せた。
「そうか。……なら、ニルス。お前は俺の補佐に回れ。届いた物資のデータ入力だ」
ドレンは振り返り、不安そうに立っていたニルスに指示を出した。
「書類仕事を手伝え。涼しい部屋でできる仕事だ」
「えっ……僕が、ご主人様の補佐……? はい、ありがとうございます!」
ニルスがパッと顔を輝かせる。
「機体の方はどうする? 邪魔なら捨てるが」
「まさか。……【修理名目】でバラさせてもらうよ」
トメはニヤリと笑った。
炎天下での作業を免れたニルスに対し、ハンスとフリッツが「マジかよ」「あの野郎……」と露骨に羨望の眼差しを向け、エルザが「チッ」と舌打ちをして睨みつけた。
ニルスはハンナのシェル・モルガ近くへ移動し、熱中症対策をしながら端末に向かうことになった。
現場は戦場のような慌ただしさに包まれた。
アカネ監視の下、エイラ、カミラ、エマ、ライアンといった傭兵たち、そしてエルザとミナのリリエンタール姉妹も動員され、瓦礫の撤去作業が進められていく。
「なんで私がこんな肉体労働を……」
エイラが爪を気にしながら瓦礫を放り投げる。
「文句を言うな、泥棒猫。働かざる者食うべからずだ」
エマが冷ややかに返し、重い鉄骨を黙々と運んでいる。
ハンスとフリッツのコンビは、届いたばかりの弾薬箱やデリケートな電子機器パーツの搬入を指示しながら、自らも精密機器の入った小箱を慎重に運び込んでいた。
「へへっ、これだけ弾がありゃあ、少しは派手に撃てるな」
「バカ、これは予備だぞ。無駄撃ちしたらドレン特務少尉に殺される。……ほら、さっさと運ぶぞ」
一方、レイラとレイシーのラミレス姉妹は、レッドホーンAPを使って給水作業に駆り出されていた。
近くの砂浜まで移動し、ポンプで海水を汲み上げ、ろ過装置を通してからタンクに戻す。地味だが、部隊の生命線となる重要な作業だ。
その横では、ハンナとトルーデが、負傷者が出た時のための救護所設営と、作業員たちのための食事――といっても味気ない合成ペーストだが――の準備に追われていた。
Z.E. 428年 2月15日 午後02時00分
港に停泊しているレッドホーンC(クロエ機)。
その内部に増設された【指揮通信室】に、第五〇一実験中隊の主要メンバーが招集されていた。
外の喧騒とは隔絶された、冷房の効いた静謐な空間。
進行役のアヤメ・フジエダ中佐、オペレーター席のカエデ・フジエダ少佐。
そして、クロエ、セナ、ドレン、ミサトが顔を揃えていた。
「では、現状の戦況について説明します」
カエデがモニターに地図を表示させる。
「まず、ヒルコ島方面。……『キューブ破壊作戦』は、現在も継続中です」
2月5日、ヒルコ島で発見された超大型エネミーゾイド「キューブ」。
その破壊のため、主力艦隊は北回りと南回りの二手に分かれて進軍していた。
「2月10日 午前9時。両艦隊はイシ島とヒルコ島の中間で合流。直ちに作戦を開始しました」
画面上の艦隊アイコンが、巨大な四角い敵アイコンへと迫るシミュレーション映像が流れる。
「同日正午。第一一二、一二二護衛戦隊が盾となり、その隙にビガザウロ強襲揚陸型(AS)六機が、輸送艦隊と共に上陸を敢行しました」
「ですが……上陸地点には小型種『フナムシ』が待ち構えていました。洋上射撃と航空攻撃で対応しましたが、上陸中に新種のエネミーゾイドによる強襲を受け……」
カエデの声がわずかに曇る。
「午後04時00分、戦線は大混乱に陥りました」
「以降、戦線は膠着状態。……つまり、主力艦隊はヒルコ島にかかりきりで、こちらに手を回す余裕はないということです」
カエデの淡々とした報告に、室内の空気が重く沈んだ。
「さらに悪いニュースがあります」
アヤメが引き継ぐように口を開いた。
「2月9日 未明。アカツキ島を含む周辺島嶼――マルワ、ツキ、フタバ、セオリ、イシの各島が、一斉にエネミーゾイドの攻撃を受けました」
「幸い、アカツキ島はヒノデを含め、ほぼ駆逐に成功しています。……貴方たちの活躍のおかげですね」
アヤメはドレンたちに柔らかな微笑みを向けるが、その瞳の奥は氷のように冷たい。
「詳細な観測データはまだですが、アカツキ島の西の海上で低気圧が発生しています。……作戦にどう影響を及ぼすかは不明ですが、今後の作戦時間変更に留意してください」
モニターには、不穏な渦を巻く雲の衛星写真が表示されている。
「そして、マルワ、ツキ、フタバ、セオリの各島からは、有線海底ケーブルを通じて救援要請が届いています。……まだ、生存者がいるのです」
「以上の状況を踏まえ……上層部より、周辺島嶼奪還作戦への参加命令が下りました」
カエデがキーを叩くと、通信音声が再生された。
『我らが祖国の地が、エネミーゾイドに襲撃されている!
そこで、わ・た・しは全方位奪還作戦を考えたのだ!
北西方面、マルワ島、ツキ島方面にビガザウロAS一隻と皇室近衛第4連隊と補助戦力!
南東方面、フタバ島、セオリ島、イシ島の順で上陸部隊を電撃侵攻させうち滅ぼすのだ!
できるだろう? できないはずがない!
我々は勝てる! 進めば勝てるのだ! 諸君、怯えるな!!
どんな相手でも愛国心と勇気、知恵をもって前進すれば勝てるのだ!』
スピーカーから響くのは、現実を見ていない、陶酔しきった男の声だった。
「……あれは、ボンボンでね」
音声が止まると、アヤメがふぅ、とため息交じりにこぼした。
「今回、手柄を立ててどこかの島の防衛責任者の椅子を狙っているみたいなのよ。……趣味はシミュレーションゲームみたいね」
その言葉に、ドレンは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。