Z.E. 428年 2月16日 午前9時00分
アカツキ島、港湾施設【旧第三貯蔵区画の廃墟】。
朝からの作業が一区切りつき、湿った海風が吹き抜ける日陰で、トメ・カガネ曹長が油で汚れた軍手を外して休憩をとっていた。
そこへ、少し遠慮がちにニルス・カフカ二等兵が近づいてくる。
「あの……カガネ曹長。今、少しだけお時間いいですか?」
「ん? なんだいニルス。藪から棒に改まって」
トメは水筒のぬるい水を一口煽ると、怪訝そうな、しかし邪険ではない視線を向けた。
「その、この部隊……【第五開発部】について、少し教えてほしくて。
僕たちみたいな奴隷兵がいたり、傭兵の方がいたり、編成がすごくバラバラじゃないですか。これって、軍の組織として普通なのかなって」
「あぁ、なるほどねぇ。お前さんは配属されて日が浅いから、不思議に思うのも無理はないか」
トメは納得したように頷き、ニルスの隣に腰を下ろすよう顎でしゃくった。
「いいかい。そもそも私(わたし)らが所属する【第五開発部】ってのは、一言で言えば【実験の請負人】なんだよ」
「実験の、請負人……ですか?」
「そうさ。これまでは第一開発部が海、第二が空、第三が陸と補給、第四が装備……ってな具合に、それぞれの部で開発から実験まで全部やってたんだ。
だけど、それじゃ効率が悪いってんで、実験運用を順次、この第五開発部が請け負う形になったのさ」
トメは停泊中のレッドホーンや、整備中の機体群を指さす。
「だから、私(わたし)ら第五〇一実験中隊は【初期の混成部隊】……平たく言えば【何でも屋】なんだよ。
テストする機体や目的に合わせて編成が変わるから、お前さんの言う通り変な組み合わせでもおかしくないし、必要なら別の部隊が作られることもある」
「はあ……。じゃあ、上の【第五一大隊】っていうのは?」
「ありゃあ【管理・指揮する箱】さ」
トメは空っぽの空中で箱を作るジェスチャーをした。
「元々、軍の管理で識別用の数が当てられるんだが、第五開発部は【500】が割り当てられている。
そして中隊は、第五開発部直属になる。
第五開発部の、一番目の実験中隊だから第五〇一実験中隊。
実働部隊全体を管理する本部機能が第五一大隊」
「なるほど、だから501とか510なんですね」
「そう。開発課は【五二】、補給課は【五三】みたいにね。勿論、他の開発部も似たようなもんだ。
第五開発部が特殊なのは、部隊管理は任務や作戦ごとに中隊を入れ替える権限を持っててね。
例えば他の課、そうだな……補給課が中隊を借りたくなったら、今ある中隊から選抜して【第五三(補給)大隊】みたいに組むこともできるんだよ」
「なるほど……。だから固定された形じゃなくて、こんなに色々な人がいるんですね」
ニルスは腑に落ちた様子で、忙しなく動く部隊の姿を改めて見つめ直した。
Z.E.428年 2月16日 午前10時00分
レッドホーンAPの内部、備品室。
本来は予備パーツや清掃用具を放り込んでおくための狭いスペースを、無理やり「作戦会議室」として使用しているため、人口密度は限界に近かった。
主催者であるミサト・カグラ曹長を中心に、マルガレーテら各班長としての【伍長】たち、ハンナと娘のリリエンタール姉妹やラミレス姉妹といった奴隷兵たち、そしてライアンら傭兵組がひしめき合っている。
「これより、対エネミーゾイド講習を行う」
ミサトの冷静な声が、熱気のこもる室内に響く。
特に初めて実戦に参加する奴隷兵や、中央大陸での戦闘経験しかなくエネミーゾイドを知らない傭兵たちに向けた、直近の戦訓共有会だ。
ミサトは壁に設置されたモニターに表示された、粗い映像データを指し示す。
「まずは【フナムシ】。倭国での通称だが、この水陸両用の多脚型は厄介だ。
外殻が硬く、小口径弾では有効打になりにくい。主な攻撃手段はビームだが、最も警戒すべきは取り付いてからの【自爆】だ」
「自爆……!?」
最前列で聞いていたミナが息を呑む。
「ああ。至近距離で張り付かれたら終わりだと思え。距離を取って戦うのが鉄則だ」
ミサトはモニターの画像を切り替える。
「次は飛行型の【ハエ】。こいつはエネルギーシールドを持っていて、小口径の対空砲火では簡単に撃ち抜けない。
攻撃はビームによる急降下射撃で、コクピットをピンポイントで狙ってくる。ただ、直撃さえ避ければ大抵は装甲で防げる。パニックにならず対処しろ」
そして、最後に不気味な球体のシルエットを表示させた。
「最後は【ボール】。潜水と浮遊が可能で、大型だ。
こいつの荷電粒子砲はチャージに時間がかかるが、威力は極大。基地施設すら蒸発させる。
さらに推定105ミリのレールガンを装備しており、射程は10km程だ。電磁スクリーンを展開しているためレーダーや電波での照準は不可能。常時ではないが、エネルギーシールドで並みの攻撃は無効化される」
傭兵の一人、ライアンが手を挙げた。
「そのシールドってのは、ビーム兵器なら抜けるのか?」
「試作ビーム兵器を試したデータがあるが……シールドで減衰したあと拡散してしまい、効果はなかったそうだ」
その言葉に、室内の空気が重くなる。
「カグラ曹長、質問よろしいかしら?
……撃破したと聞いたけれど、弱点くらいは教えてもらえるのかしら?」
「その詳細については第四開発部の管轄だ」
エイラの質問にミサトは表情を変えずにさらりと流した。
「今は【倒せる手段はある】とだけ覚えておけばいい。現場で遭遇したら、指示に従え」
ボール撃破の鍵となった特殊徹甲弾の存在は、まだ一般兵には伏せられている情報だった。
☨
同時刻、外の作業現場ではトメたちが大忙しだった。
「ほらケイト、そっちのフロートの油圧クランプを強制ロックしな!」
「わかってますよトメさん!
でもこれ、ジョイントの公差が微妙に外れてるんです!」
「四の五の言わない! パワーレンチを叩き込んで無理やり噛み合わせな!
夜明けまでに浮力の取れねぇ機材は、海じゃあただの重りなんだよ!」
トメとケイトは、シンカーの推進器やフロートの取り付け作業に追われている。
上陸作戦に使う特大型整備トレーラーを、即席の上陸用舟艇に仕立て上げるための突貫工事だ。
☨
波打ち際では、アカネが操縦するブラキオスが、改造途中のトレーラーを牽引して海に入っていた。
<どう? ちゃんと浮いてる?>
アカネの声が通信機から飛ぶ。
「ええ、浮力は問題なさそうですね。バランスも悪くありません」
補助のためにシーパンツァーHで海に入っているセナが答える。
トレーラーの上には、グライドラーに乗ったヨウコが待機しており、高い位置からの視点でチェックしていた。
本来は基地内の舗装路用である無骨な鉄輪(ソリッド)が、濡れた砂利を無理やり噛み砕き、嫌な金属音を響かせながら海中へと引きずり込まれていく。
<こっちからも問題なし。ただ、波が高いとちょっと怖いかもね>
アカネは慎重にブラキオスを動かし、少しばかりの曳航テストを試みた。
☨
一方、陸側の集積所ではドレンがワークスパイダーを指揮していた。
「よし、次! そのコンテナはC型へ、残りの弾薬はAPの砲弾庫だ!」
ドレンは今回の上陸作戦では使用しない特大型整備トレーラーを作業台代わりに使い、レッドホーンAPとCの後脚上部にある砲弾庫へ、次々と弾薬を積み込ませていく。
誰よりも汗をかき、現場で怒鳴り声を上げる姿は、将校というより現場監督のそれだった。
☨
一通りの作業と講習を終えた後、ミサトたちはシミュレーション演習へと移行した。
実際に上陸訓練を行う時間的余裕も燃料もないため、図面とシミュレーター上での机上演習だ。
「いいか、今回のマルワ島東海岸【AP-20】への上陸作戦、手順を確認する」
ミサトが地図上に駒を置く。
「敵戦力予測は、我が国の編成にあわせている。前方にフナムシ一個集団、6機約12ポイントのようにだ。ハエ一個集団も同様だ」
彼女は順序立てて説明を続ける。
「まず、ササツカ中尉のシーパンツァーHが先行し、進路を確保。
イザワ伍長のグライドラーは上空から航空支援を行う。
続いてナシザキ軍曹のブラキオスが前進。可能な範囲で攻撃を行い、敵を牽制する」
駒を海岸線へと進める。
「岩や小石の混じる礫浜に乗り上げた時点で、各ゾイドはトレーラーから発進。
この時、レッドホーンAPは特大型トレーラーを奥まで牽引する。
他の機体が上陸する中、ブラキオスが前に出て戦線に参加。その間にレッドホーンAPが車両を引き上げる。
尾部の電磁石式牽引装置を使う形だ」
ミサトはドレンや傭兵たちの駒を配置した。
「上陸後は、アサクラ特務少尉率いる第一小隊が敵の前面に出て、本隊は水際防衛に当たる。
最終的に【AM-20】から【AL-17】付近まで前進。
攻略部隊本隊の補給拠点として、山を背にした陣形を展開する」
「……以上だ。各自、この動きを頭に叩き込んでおけ」
ミサトの言葉に、全員が真剣な表情で頷いた。
実戦形式の訓練はできない。このイメージトレーニングだけが、本番での生存率を握っていた。