Z.E.428年 2月17日 午前10時00分
倭国、アカツキ島、港湾施設【旧第三貯蔵区画の廃墟】
急遽招集された第五〇一実験中隊の面々を前に、クロエ・ソウエンジ少佐がよく通る事務的な声で告げた。
「気象台からの発表によると、作戦開始予定日は発達した低気圧が直撃する見込みとなりました」
彼女の背後では、波が高くなり始めた海面が、黒々としたうねりを見せている。
「しかし、要救助者の救援は急務です。よって予定を二日前倒し、本日ただいまをもって作戦を開始します」
ざわめきが広がる暇もなく、クロエは矢継ぎ早に指示を飛ばした。
「今朝の物資輸送で、ゾイドの武器弾薬および個人支給品が届いています。それらの積み込みと受け取りを急ぎなさい。ゾイドは積み込みが終わり次第トレーラーに固定。残留するモルガ部隊は海岸までトレーラーを押し出し、すぐに海へ出ます」
クロエは視線を傍らのセナに向けた。
「私のレッドホーンC、そしてササツカ中尉のシーパンツァーHはビガザウロASに搭載します。以上、解散!」
十分後の午前10時10分。
物資の配給所となったコンテナの前では、実務担当のドレン・アサクラ特務少尉とセナ・ササツカ中尉が、慌ただしく支給品を手渡していた。
その横では、ミサト・カグラ曹長が腕を組み、氷のような視線を光らせて監視している。
ドレンは兵士一人一人に【生態データ収集ユニット】――通称ライフ・タグを手渡しながら、淡々と説明を加えた。
「お前らへの支給品だ。
水一リットルの携行缶二つ、戦闘糧食(レーション)、塩、栄養剤。これで五日分だ」
渡されたのは、粉っぽさを固めただけの味気ないバーと、どこかの解体現場から拾ってきたような無骨な金属製の水筒だった。
「それから、夜間上陸作戦のため【合成カフェイン】も支給する。……だが、これは許可が出るまで飲むなよ。夜間戦闘時、指示があった時のみ使用を許可する」
ドレンは黒い錠剤の入ったケースを放るように渡すと、衛生兵のトルーデに顎で示した。
「簡単な治療薬は個人用と、トルーデに預ける医療キットに分けてある。……包帯やタオルは、まあ、新品じゃねぇが我慢しろ。どこかの廃病院から回収したもんだ」
最後に、腕時計型の端末を指差す。
「そのライフ・タグは常に装着しておけ。時計、コンパス、簡易通信、それにバイタルチェック機能が付いている。お前らの健康管理をするためのもんだ」
それは表向きの説明だ。
ドレンは知っている。その端末の裏の機能が、血液中の薬物濃度監視やストレス値の測定、そして死亡時の自動発信にあることを。
ミサトが冷ややかに告げる。
「……作戦後に回収予定だから、無くさないように」
回収予定。
その言葉に、ドレンは喉の奥で苦いものを噛み潰した。
それが意味するのは「生きて帰れ」という温情ではない。【兵士(モルモット)は使い捨てても、薬物の臨床データだけは確実に持ち帰れ】という、実験部隊としての冷徹な優先順位だ。
ドレンはその真意を部下たちに悟らせないよう、無言で小さく肩をすくめるに留めた。
☨
配給場所から離れた一角では、キャリー・モルガへの積み込み作業が行われていた。
リリエンタール姉妹の姉、エルザと、妹のミナが、二人掛かりで20mmガトリング砲の弾薬箱を抱えて呻いている。
「……重いわね。何なのこの鉄の塊は。これだから野蛮な兵器は嫌いよ」
エルザは額に浮いた汗を乱暴に拭いながら、悪態をつく。しかし、その手は休めることなく弾薬箱を押し込んでいた。
「お、お姉ちゃん、声が大きいよ……。誰かに聞かれたら……」
妹のミナがおどおどと周囲を気にするが、エルザは鼻を鳴らした。
「聞こえたって構わないわ、事実だもの。
……ほらミナ、手を動かしなさい! 私たちは【使える】ってことを証明しなきゃいけないんだから」
「う、うん……」
二人は協力して、最後の弾薬箱をコンテナへ押し込んだ。
「ふぅ……。よし、これで規定量ね。
……ミナ、コクピットの荷物は? ミナのことだから、どうせ詰め込みすぎたんじゃないでしょうね」
エルザが鋭い視線を向けると、ミナは小さく首を横に振った。
「……なんとか、入れたよ。
……お水、足元の隙間に固定したから……0.5リットル分も、無駄にしてない……」
「ならいいわ。さあ行くわよ。誰よりも早く準備を終わらせて、見返してやるのよ」
エルザは強気に言い放つと、狭いコクピットへと身を滑り込ませた。
☨
一方、シーパンツァーHの前では、セナが困り果てた顔でコクピットを覗き込んでいた。
「困ったなぁ……入らない。コクピットが狭すぎます」
そこへ、自分の愛機であるレッドホーンAPの点検を終えたドレンが通りかかる。
「なんだ、どうした」
「あ、特務少尉。
……コクピットに追加の水筒が入らなくて。他のは無理やり収めたんですが」
セナが申し訳なさそうに、足元に転がった金属製の水筒を指差す。
ドレンは呆れたように、だが手早くワイヤーネットを持ってくると、コクピット内のフレームに即席の棚を作り始めた。
「それならワイヤーネットで上から下げておくか。しっかり固定すりゃ、落ちてはこないだろ」
「あ……そうですね。頭にはヘルメット被ってますし」
「そういう問題じゃねぇが……まあいい。ほら、貸してみな」
ドレンが水筒を固定すると、セナは嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます、特務少尉」
「礼はいい。中尉は他の準備を急げよ」
☨
グライドラーの駐機スペースでは、アカネ・ナシザキ軍曹の怒声が響いていた。
「あんだねぇ! 巣穴くらい掃除しなさいよ!」
「掃除してるってー!」
ヨウコ・イザワ伍長が耳を塞ぐが、アカネは止まらない。
「整備ちゃんとしていると思ったら、これじゃあ支給品入れるスペースないでしょ!」
アカネがコクピットから菓子の空き袋や謎の雑誌を引っ張り出す。
「だってさー、狭いんだもん」
「ほら、これは寝床にしまっておいてあげるから、その支給品よこしなさい!」
アカネの手際の良さに、ヨウコは感心したように、支給されたばかりのレーションを手に取った。
「これ今食べちゃダメ?」
「ダメよ! 作戦中なにを食べるのよアンタは!」
そこへ、準備を終えたセナが駆け寄ってきた。
「イザワ伍長。私がビガザウロASに行っている間、同行をお願いします」
「ふぇ? いいけど。……いいの?」
ヨウコがポカンとする中、セナは真剣な表情で頷く。
「はい。アサクラ特務少尉と話したんですが、予定と違う目標への直進コースになるので、ビガザウロからブラキオスまでの道案内がないと、迷子になりかねないと」
「あー、島の東西だもんね。わかった、ついていくよ」
ヨウコが軽く敬礼すると、アカネがため息交じりに腰に手を当てた。
「アンタたち、ビガザウロで変な事に巻き込まれないでよね……」
☨
Z.E.428年 2月17日 午後2時00分
第五一大隊は二手に分かれての移動を開始していた。
港のスロープからうねり始めた海面へ向けて、改造された六両のトレーラーが列車のように連結され、その先頭にはワイヤーで接続されたアカネのブラキオスが、既に波打ち際まで身を沈めていた。
足元は舗装されていない、荒い礫(つぶて)の地面だ。湿った海風が吹き抜ける中、乾いた礫を濡らし、嫌な滑りを生み出し始めている。
「ほら! ブラキオスが海から引っ張るから、タイミングを合わせてモルガは押し出しな!」
陸側に残る特大型整備トレーラー(一号車)の天板から、整備班長のトメ・カガネが大声を張り上げた。
その号令に合わせ、最後尾についたモルガたちが唸りを上げる。
本来は基地内用である無骨な鉄輪(ソリッド)が、濡れた礫を噛み砕き、耳障りな金属音を響かせながら回転を始めた。
「重いって……! ブラキオスの推進機と水平安定化装置が、最大を振り切れて悲鳴上げてる!」
コクピットの中で、アカネが悲鳴に近い声を上げる。
彼女のブラキオスは首まで波を被りながら、水中の推進機(スラスター)を全開にして、陸上の重りを海へ引きずり込もうとしているのだ。
だが、うねる高波と潮流が巨体を容赦なく叩きつけ、機体の姿勢制御だけで限界に近い。
「文句言わない! 一号車さえ浮けばこっちのもんだ、気張んな!」
トメの檄が飛ぶ中、鉄屑の船団は、軋みを上げながら少しずつ、曇天の海へとその身を滑り込ませていった。
☨
同時刻。倭国マルワ島沖、洋上。
港を出るのにも悪戦苦闘している五〇一実験中隊の本隊とは異なり、先行した【ビガザウロAS】は順調に港を離れ、沖合を航行していた。
ビガザウロAS――。
Z.E.182年に居住コロニーの中核として運用するため三ヶ国共同で開発された超大型ゾイド【ビガザウロ】を、海洋強襲揚陸艦(アサルト・シップ)として改修した機体である。
満載した物資で喫水線が下がっているが、8つのコアが唸りを上げて波を砕いて進む巨体は、全長99m、全高48m、全幅16m。
機体内に広大な格納庫を有し、正面ハッチからのゾイド乗降が可能となっている。
最大の特徴は、背部の後ろ半分に増設された短い飛行甲板だ。
これにより、航行中のゾイドの出入りや、飛行ゾイドの離発着が可能となっている。
現在、その飛行甲板には、クロエ・ソウエンジ少佐の乗機【レッドホーンC】が鎮座していた。
本来は飛行甲板だが、ビガザウロASの砲塔が故障して使用できないため、代わりの固定砲台としてレッドホーンCが据え置かれ、その脚部をワークスパイダーによって甲板に厳重に固定されている。
そのレッドホーンCのコクピット内。
「乗降に使う側面ハッチも使用できず、辛うじて正面ハッチだけが出入り口。
……まるで蜘蛛の巣に掛かった獲物みたいね」
火器管制席に座るアヤメ・フジエダ中佐が、モニターを見下ろしながら呟く。
操縦席のクロエが、計器を確認しながら静かに返した。
「そうですね。 ……この機体の砲撃が、必要になるんでしょうか?」
クロエの問いかけに、アヤメは一拍の間を置く。
「見つかっていないということは、どこにでも【それ】はいるとも考えられる。
……備えはしておかないとね。あの砲弾は積み込んであるんでしょう?」
「はい。いざという時は、こちらから仕留められます」
「なら、なにも問題はないわ」
アヤメは冷たい水筒の水を一口含み、灰色の水平線を睨み据えた。
☨
一方、同じ甲板上の少し離れた位置では、広報部の撮影班が活動していた。
彼らは強めの海風に煽られながらも、一人の女性将校――セナ・ササツカ中尉を囲み、カメラを向けて熱心に指示を飛ばしている。
広報班の要求に、セナは困惑した表情を隠しながらも、淡々と応じていた。
彼らの目的は、この作戦の指揮官の一人であり、若きエースとして売り出し中のセナを【英雄】として記録することだ。
その背後には、彼女の愛機である【シーパンツァーH】が鎮座している。
セナの横では、護衛として付き添っているヨウコ・イザワ伍長が、呆れたように帽子を押さえていた。
「うわぁ……。本格的だねぇ。セナ、芸能人みたい」
「……茶化さないでください、伍長。これも任務です」
セナは口元だけで返すと、カメラに向かってぎこちない笑顔を作った。
「これでいいですか?
……あまり時間を取ると、他の任務に支障が出ますが」
「ああ、最高です中尉!
その【憂いを帯びた若き指揮官】の表情、絵になります!」
広報官は興奮気味にシャッターを切る。
セナは内心で小さく溜息をついたが、表情には出さず、求められるままにポーズを取り続けた。
しばらくして、ようやく広報官が満足げにカメラを下ろした。
「OKです!
素晴らしい画が撮れました。ご協力感謝します!」
「……任務完了ですね。では、我々はこれで失礼します」
セナは短く敬礼すると、逃げるようにその場を後にし、レッドホーンCへ向かっていった。