Z.E.428年 2月18日 午後9時50分
マルワ島北東沖、座標【AV-24】地点
天候は急速に悪化し、行き足が鈍る中、作戦開始時間は刻一刻と迫っていた。
月明かりすらない闇夜の洋上を、黒い塊となった一団が移動している。
第五〇一実験中隊による【鉄屑の船団】だ。
波を蹴立てて進む先頭の【ブラキオス(アカネ機)】。それに曳航される形で、フロートを装着した巨大な【特大型整備トレーラー】が続く。
その荷台には、赤い巨体――【レッドホーンAP】が鎮座し、暴風雨に耐えていた。
レッドホーンAPの暗いコクピット内。
情報を映し出すモニターには、そう遠くない場所を低空飛行するエネミーゾイド【ハエ】の反応が断続的に映っている。
(さて、目的地に着くが小休止をとるように進言するか。
あの薬に頼るのは危険だが、戦場で怯えて死ぬよりはマシだと考えるしかない)
ドレンは、内心でそう呟くとセナの【シーパンツァーH】に通信回線をつなげた。
「ササツカ中尉。そろそろ目的の【AV-24】地点に到達します」
ドレンが無線でセナに問いかける。
「突入前に10分間の小休止を提案します。今のうちにレーションとカフェインを腹に入れ、兵士たちの脳を叩き起こしておくべきかと」
<そうですね。この後はそんな時間も取れないでしょうし、そうしましょう>
セナとの個別通信が切れると、一拍の間が開いた。
<集結地点への到達を確認しました。各員、これより戦闘になりますが、最後に十分間、飲食の時間を取ります。また、カフェインの摂取許可を出すので飲むように>
セナからの部隊全体への通信が終わる。
続いてドレンが口を開く。
「お前ら、ここから先は戦場だ。飲み食いなんて贅沢はしばらくとれねぇ。食いたくなくても、胃にカロリーと塩、水をカフェインと共に流し込んでおきな」
ドレンはあえて通信を切らず、戦闘糧食を口に放り込み、水で塩タブレットと共に流し込む音を聞かせた。
ただ、カフェインだけは口に入れずに忍ばせた後、ゴミに紛れ込ませた。
「お前らもこうやって食っとけよ。後になって動けねぇなんて泣き言は聞かないからな」
それだけ言うと、ドレンは外部回線を切り、機内の内部回線に切り替える。
「お前もだぞ、カフェイン飲むついでにちゃんと食っとけ」
「……はい」
後部座席(ガンナーシート)に座るレイラ・ラミレスが、むせながら慌てて食事を摂る音が、狭いコクピットに響いた。
「イザワ伍長、お前も一度降りて食ったらどうだ?」
ドレンが、上空を旋回する【グライドラー】のヨウコに声を掛ける。
<じゃあ……ちょっとだけ>
無線越しの声の後、ヨウコがレッドホーンAPの乗るトレーラーへと降り立つ気配がした。
十分後。
<ありがと! しっかり食べられたよ>
「おう、気をつけてな」
再び飛び立ったヨウコの言葉に短く答え、ドレンは時間を確認する。
<作戦時間になりました。以降は予定通り【AP-20】へ向かいます>
セナの声が響く。
<グライドラーは周辺を警戒しながら、目標上空を偵察。ブラキオスは天候が悪化していますが、牽引状態でポイントへの上陸移動を開始してください。
ギリギリまで接近しますが、敵に見つかった場合、戦闘指揮は予定通りアサクラ特務少尉に一任し、私は広報部の支援隊と先行して突入します>
☨
Z.E.428年 2月18日 午後10時00分
この時刻、南東沖【AM-45】に【ビガザウロAS】が配置についた。
一方、【攻略部隊本隊】である皇室近衛第四連隊は【M-47】まで進出していたが、そこで予期せぬ遭遇戦に突入していた。
全長十メートル、モルガのような形状をした水陸両用エネミーゾイド【フナムシ】。
その六機ごとの集団が確認され、座標【K-45】【G-46】【M-43】【G-42】で衝突。水中で激戦を繰り広げていた。彼らはこの戦闘を終わらせ次第、【L-26】に向けて移動を開始する手はずとなっている。
☨
<敵が気づいたみたい! 雲の上までは保証できないけど、前方にハエが一個小隊(六機)、後方に三個集団!>
ヨウコの緊迫した報告が入る。
<上陸目標には少し広がっているけれど、一個集団のフナムシがいる。……これからはちょっと、報告が大変になるかな!>
ヨウコの報告にドレンは少し考えるが、あえて周囲全ての味方に伝わる広域通信を開いた。
「ササツカ中尉。これからハエとの防空戦闘に入る。
上陸目標まで多少距離があるが、【マルダーTP】、レッドホーンAPの対地攻撃の準備をしておく。本来ならトレーラーの護衛について貰うのだが、それは特別支援隊に任せ、中尉は先行してフナムシが水中に入る前に撃破をしてくれ」
<わかりました。【シーパンツァーH】より各機へ。
これより防空戦闘を行いつつ上陸地点に向かいます。戦闘指揮はアサクラ特務少尉に一任します>
そう言うと、それまでブラキオスの脇にいたシーパンツァーHは加速し、波を切り裂いて上陸地点へと先行し始めた。
「呆けている時間はないぞ! マルダーは上空に対空ミサイルを上げる準備を!
各機の対空砲は急降下してくる機体を確実に狙え!
この天候だ、目で追っても見られるものじゃない、計器を信じろ!」
ドレンが檄を飛ばしたその時、後方の部隊から【シンカー】が飛び出し、急降下に入っていたハエを海に叩き落とした。
セナのシーパンツァーHが前に出たことに引きずられ、後方から追従していた特別支援隊(広報部隊)の撮影用ブラキオスやシンカーも動き出し、それを護衛するブラキオス部隊がトレーラーの周囲にまで展開してくる。
彼らは皇室近衛第4連隊から派遣された【情報局広報部】の護衛部隊だ。撮影機材を積んだ機体が前に出れば、護衛も前に出ざるを得ない。
その時、レーダー上でシーパンツァーHが陸に近づきつつあるのを確認する。
「榴弾を装填しろ。目標【AP-20】【AO-20】【AO-19】」
ドレンは機内無線で、後部座席のレイラに指示を出す。
「えっと、出力50%……榴弾装填。連射三、いつでもいけます!」
レイラの復唱を確認し、ドレンは各機へ指示を飛ばす。
「マルダーTP、グッドマン少尉は【AO-20】に対地攻撃!
カグラ曹長のマルダーTPは【AO-19】だ!
様子を見るため、マルダーTPは一発撃った後は対空攻撃に戻ってくれ」
<こちらグッドマン。……座標入力、弾道計算完了。
ふふ、実戦での精密射撃データ、楽しませてもらうわ。いつでもいけるわよ>
<カグラ機、照準固定(ロック)。
いつでも撃てます>
Z.E.428年 2月18日 午後10時45分
「よし、斉射開始!」
対空砲がまばらに飛び交っていた空気が一変し、一斉砲撃が開始された。
上陸目標地点【AP-20】周辺に叩きつけられた砲撃の雨により、待ち構えていたフナムシが次々と吹き飛び、破壊されていく。
上空では、セナを狙うハエをヨウコのグライドラーが巧みに誘導し、洋上の対空砲火の射線へおびき寄せて沈めていく。
戦闘は激化していたが、部隊は順調に上陸地点へと近づいていた。
セナのシーパンツァーが上陸を果たし、生き残っていたフナムシに距離を詰めさせず、【七六式七糎半野戦高射砲】の正確な射撃で次々と葬り去る。
それを見た特別支援隊の撮影班は、「仕事は終わった」とばかりに洋上へと退避を始めた。
「お前ら、呆けてる場合じゃねぇぞ! とっとと上陸するんだよ!」
ドレンの怒号に応えるように、アカネのブラキオスが必死に浅瀬へ脚をかけ、巨体を震わせて登り始める。
<早く上陸しなさいよ>
ドレンへの直通回線に割り込んできたのは、特別支援隊のサクラ・ヨノミヤだった。
(相変わらずだなぁ。
黙っていればすこぶる美人だろうに、性格が漏れ出ているぞ)
ドレンは溜息が出るのをこらえる。
「それができれば苦労しませんよ。でかいのをブラキオス一機で牽引しているんだ。せめてもう少し浅瀬に出なけりゃ、こいつ(レッドホーン)で降りて牽引もできない」
呆れ半分でドレンが返すと、サクラは何か面白いものでも見つけたような声色になった。
<今回の件、全然気乗りしなかったけど……揚陸は手伝ってあげるわ。
要は後ろから押し上げればいいんでしょ?>
サクラがそう言うと、後続のブラキオスがトレーラーを押し始めたらしく、上陸地点へ向かう速度が目に見えて上がった。
☨
特大型整備トレーラーが礫(つぶて)の浜に乗り上げた時点では、敵の攻撃はまだ散発的だった。
ハエは当然のように襲ってくるので油断はできないが、致命的な数ではない。
トレーラーが浜に乗り上げると、レッドホーンAPはすぐにそこから降り立ち、【牽引装置】を接続してトレーラーを奥地へと引き込み始めた。
続けて上陸を果たしたのは、【特大型長物運搬トレーラー】に積載されてきた【モルガ】部隊だ。
「そこの小僧ども! さっさとトレーラーを上げろ!」
浜では、先に上陸していた【グランチュラCE】に乗ったトメが、モルガたちに指示を飛ばして牽引作業を急がせている。
レッドホーンが戻ってきたところで、【大型貨物トレーラー】に乗ってきた【ゲルダーTP】が浜に降り立った。
<陸(おか)が恋しいものだな>
<今回ばかりは同意してやる>
ゲルダーに乗る傭兵のカミラとエイラのやり取りを、ドレンは事務的に断ち切る。
「ゲルダーTPは【AM-20】に向かえ。お客さんが接近中だ、すぐに応援は出す」
<承知した>
<人使いが荒いこと>
ドレンは大型貨物トレーラーを、特大型整備トレーラーと同じ座標【AO-19】に並べるよう指示を出した。
続いて、【ガイサックTP】が浜に降り立つ。
空になった大型貨物トレーラーは、再びレッドホーンの牽引装置に接続され、移動を開始する。
「お前らも【AM-20】に行ってくれ、敵が来ているぞ」
<へいへい、人使いが荒いこった!>
<……最悪。湿気で髪が痛むわ>
ガイサックTPからライアンとエマが軽口を叩きながらも、指定された防衛ラインへと展開していく。
☨
後方のブラキオスから戦況を見守っていたサクラは、一つ息を吐いた。
「よし、揚陸部隊は順調に展開しているわね。シンカー隊は制空戦を継続」
第五〇一の上陸を見届けた彼女は、任務完了の判断を下す。
「問題は広報部ね。武器もなくこんな所まで来るから面倒な……。各機、上陸支援は無事に終了。集結して、帰還します」
サクラがその命令を出した、その時だった。
薬にもならないと放置していた後方の広報部隊(撮影用ブラキオス)から、信号弾や照明弾が放たれた。
カッと輝くその光は、第五〇一実験中隊の位置も姿も、無慈悲に浮き彫りにした。
「貴方たちは何をしている!」
サクラが通信機に怒鳴る。
<そのような命令(帰還)は出ていない>
返答は無機質だった。
「ふざけるな!」
サクラが吠えようとも、照明弾で姿を晒した洋上の部隊――つまり自分たちを含めた全員に、光に誘引された敵の大群が襲い掛かる。
「全機密集隊形! ここを突破します!」
☨
Z.E.428年 2月18日 午後11時40分
最後のマルダーTPが砂浜に降り立った時、事件は起きた。
つい先ほどから雨風が強まる中、周囲が真昼のように明るく照らされたのだ。
「ふざけるなよ畜生め!」
思わずドレンは叫んでいた。
あと引き上げるトレーラーは二つ。【多目的トレーラー】と【大型貨物トレーラー】だ。
この異常事態に、セナのシーパンツァーは水辺まで戻ってきており、ヨウコのグライドラーも混乱しながら旋回し、異様な速さで集まってくるハエの群れを振り払うのに難儀している。
「全機に通達! 原因はともかく、我々の存在はエネミーゾイドにバレた! これから大量にやってくるから覚悟しろ!」
ドレンは即座に決断を下す。
「グッドマン少尉のマルダーは【AM-20】に行ってくれ! 海岸線はこれまで通り、ブラキオスとシーパンツァー、それにカグラ曹長のマルダーTPで支える! 抜けたのはモルガと俺(レッドホーン)で何とかする!」
ドレンはレッドホーンAPを動かしながら叫ぶ。
「トレーラーの回収は予定通り継続する! 物資はこの際、命綱だ! 敵がどれだけ来るかわからんが、まずはこの布陣で様子を見たい。異論がある奴はいるか!?」