Z.E. 428年 2月19日 午後11時30分
ツキ島南部に位置する市街地は、ゲッカ基地を中心としていた。
街を守る防壁は所々破壊され、大通りには防壁代わりに放置されたゾイドや家屋の残骸が道を塞いでいる。
嵐で視界が悪い中、照明に照らされた場所には人であった残骸が散乱していたが、それ以上にドレンの目を奪ったのは、進路を完全に塞ぐ【厚い壁】だった。
その光景に、空を飛ぶグライドラーやシンカーは兎も角、地上を進んできた第一小隊は街の入り口で言葉を失う。
ライトが照らし出すのは、無惨に折り重なった家屋の残骸と、防壁代わりに打ち捨てられたゾイドの成れの果てだ。それらが大通りを完全に塞ぎ、入り組んだ【瓦礫の山】を形成している。
(……冗談じゃねぇぞ。
これだけのバリケード、どかしながら進むのにどれだけ時間がかかる?)
ゲッカ基地へと続く最短ルートは、もはや巨大な産業廃棄物集末場と化している。この不規則な瓦礫の陰には、フナムシどころか、それ以上の何かが潜む隙間がいくらでもある。
薬の効果、中隊の疲労、そして目の前の【壁】。
ドレンを黙らせたのは、眼前に突きつけられた【時間制限付きの攻略という難題】だった。
(あの薬は試験中だろうし、本当に効果が三日持つか判らねぇ。
それ以前に疲労の蓄積もある。
真っ直ぐにゲッカ基地に向かわせるか)
ドレンは、状況に僅かに焦りの色を滲ませ、後続のセナに通信を繋げる。
<何か問題がありましたか、特務少尉>
通信に出たセナは、疲労が蓄積しているようだが応答する声には張りがあった。
「街の入り口に到着しましたが、予想以上に街が被害を受けており、加えて人為的な障害物が設置されていて、進路が著しく制限されています。
そこで、ゲルダーTPと、ガイサックTPを先行させ、残骸の撤去をしながらゲッカ基地に向かわせたいと考えています。
ただ、市街地でのレッドホーンAPの行動は制限されるので、マルダーTPと街の入り口で待機させ、後続のトレーラーと合流して簡易拠点を構築したい」
<……一度合流し、補給しましょう。
そのうえで、モルガにも街の探索をさせつつ、ゲルダーTPとガイサックTPが前衛、最後尾に私のシーパンツァーHとブラキオスを付けましょう。
少尉はレッドホーンAPとマルダーTPで街の入り口で、退路を確保しつつ簡易拠点の構築をお願いします>
「了解した」
(この状況で、十日前までとは打って変ってまともな受け答えするようになったじゃないか)
ドレンはセナとの通信のあとにそんな事を考えていた。
しばらくして合流した後、先の編成に加えて、キャノリー・モルガやワーク・モルガも加わり、道を塞ぐ障害物の撤去を行いながらの前進が続いた。
散発的に現れるのはフナムシだけで、ハエはその姿を見せていない。
<薄気味悪いな。こいつらがこんなに出てこないなんて>
ライアンが吐いた言葉にだれも答えなかった。
☨
厚い雲を突き抜けた先には、地上とは無縁の銀世界の静寂が広がっていた。
二つの衛星の光を反射する雲海は、まるで冷たい金属の海のようだ。
その上を、グライドラーとシンカーが滑るように飛行していく。
地上のセナたちが【瓦礫の山】と格闘している間、自分たちはこの高度から【消えたボール】の影を探さなければならない。
<ハエの数が少ないな。 ボールの姿も見えない>
ツボミ少尉の冷静な声が、ノイズ混じりに響く。
彼女の操るシンカーが、雲海から這い出てきたハエの一体をホーミング魚雷で粉砕した。
「この雲の下は嵐の精霊が暴れてすごい嵐なんだろうから、ハエも逃げ出したかな?
予定通り島の北端まで見たら、すぐに戻りましょう」
<了解した>
ヨウコはグライドラーを大きく北へと旋回させると、シンカーはグライドラーにぴったりと追従し、夜の雲海を北へと突き進んだ。
☨
Z.E. 428年 2月20日 午前1時30分
深い闇と豪雨に閉ざされた市街地を、第五〇一中隊は這うように進んでいた。 先行したカミラのゲルダーTPとライアンのガイサックTPは、散発的な抵抗を退けながら、ようやく軍のゲッカ基地へと到達する。
基地の通信設備は破壊され、守備隊は地下シェルターへと避難していたが、地上エレベーター施設から呼び掛けることで相手との間接的な交信ができるようになった。
北側ではエルザとミナ、南側ではハンスとフリッツの各キャリア・モルガ、そしてワーク・モルガが、進路を確保するために黙々と瓦礫を排除し続けている。
その確保されたばかりの細い道を、セナのシーパンツァーHを先頭に、アカネとサクラのブラキオスが警戒しながら進んでいる。
「警戒しながら基地まで急ぎます」
セナの言葉を受けて動き始めるのと、厚い雲を割って【ハエ】が急降下してきたのは同時だった。
不意を突かれたサクラの首無しブラキオスは、回避行動が間に合わず、上空からのビーム爆撃の直撃を受ける。
機体がよろけ、大通りを塞いでいた残骸の山に突っ込んだその瞬間。
積み上げられた瓦礫の中に潜んでいた【フナムシ】が、死角から這い出てきて装甲の薄い箇所に食いつく。
<しまっ――!>
閃光。
フナムシによる自爆攻撃が、ブラキオスのコア付近を正確にえぐり取った。
巨体が断末魔のような金属音を立てて、横倒しに崩れ落ちる。
「ヨノミヤ中尉! ……クライン伍長、聞こえますか!
ヨノミヤ中尉がやられた、至急救助を! 周囲のモルガも警戒を怠るな!」
叫びながらも、セナは操縦桿を離せなかった。
上空からは次なるハエが、瓦礫の陰からはさらなるフナムシの熱源が迫っている。
セナとアカネは救助活動を行うモルガたちの楯となるべく、血走った目で戦術モニターを睨みつける。
ほどなくして、トルーデのシェル・モルガとトメのグランチュラCEが、雨を跳ね飛ばしながら現場に滑り込んだ。
トメがグランチュラのクレーンを駆使して装甲を剥ぎ取り、トルーデが負傷したサクラを迅速にシェル・モルガの内部へと収容する。
<収容完了! これより街の入り口まで搬送します!>
搬送されていくモルガのテールランプを見送り、セナは喉の奥に溜まった苦い唾を飲み込んだ。
「……行きましょう、ナシザキ軍曹。
これ以上、足を止めるわけにはいかない」
二機のゾイドは再び動き出し、沈黙するゲッカ基地の深部へと足を踏み入れた。
Z.E. 428年 2月20日 午前4時30分
ゲッカ基地にようやく安息が訪れた。
基地守備隊の生き残りとササツカ中尉が合流を果たし、ようやく後方のビガザウロASとの連絡線が確保される。
セナが基地に到着すると、複数のザットンが 基地施設地下から現れた。
<こちらはゲッカ基地のツキ島守備隊だ。
そちらのアヤメ・フジエダ中佐から話は聞いている。
天候回復後の民間人の移送まで我々が周囲の警戒を引き継ぎます>
「第五〇一実験中隊のセナ・ササツカ中尉です。
了解しました。……こちらは、支援機による通路確保を継続させつつ、街の入り口まで後退します」
セナが基地周辺の残骸除去を行っていると、ドレンから通信が入る。
<中尉、ソウエンジ少佐からの指示で、嵐が過ぎ去るまで簡易拠点で待機するようにと連絡が入っています。
サクラ・ヨノミヤ中尉とヒダマ・ツボミ少尉には多目的トレーラーで休んで貰い、レッドホーンAPを解放したいと考えます。
一度休息を与えないと重大事故が起こりえます>
ドレンからの連絡と提案を受け、セナ自身も限界を超えていることを認識していたこともありそれを受け入れる。
「わかりました。
各機は街の入り口に集結、休息をとりましょう。
この嵐と街の様子だと、まともに休める場所は限られていますから、レッドホーンAP内での休息を許可します」