蛇足っぽくなっちゃうので、続編あっても完全不定期です。
このまま終わるかもしれないので完結はそのままにしときます。
教室のドアが開き背広の胸をコサージュで飾った三〇代の男性が入ってきた。このクラスの教師だろう。眼鏡をかけその目は少し細い。体は痩せており狐にも似た目もあって第一印象は『神経質』な人間だと思われる事が多い。
実際は生徒思いで、弓道部の顧問もしており彼を知っている生徒は『山ちゃん』と少し舐められている風もあるが、実際には親しみを込められての呼称であり意外と人気は悪くなかった。
ただ生まれつき左目の視力が弱く眼鏡で補正しても大雑把な輪郭しか把握出来ないので学生時代の弓道の成績は大した事はなかった。しかし弓道は矢を的に的中させることだけが目的ではない。彼の弓道部での指導は概ね生徒に好評だった。
「今日から一年このクラスを担当する山尾修司だ。担当は国語。弓道部の顧問もしている。興味があったら入部してくれ」
山尾は教壇に出席簿を置くと自己紹介を始めた。山尾の前にいる生徒たちは全員新入生だ。今日から高校一年として新しい生活をスタートさせた。入学したばかりで慣れぬ環境に緊張していることだろう。男子は特にシャイな子が多いのか下を向いている生徒が多かった。真っ直ぐに山尾を見ている眼の前の生徒一人だけだった。
山尾は毎年入学してくる生徒の初々しい姿が好きだった。これから学校生活に慣れていき、徐々にふてぶてしくなって行く生徒達。そんな生徒の成長を見守る仕事は天職だと思っている。そのうち彼らからも『山ちゃん』なんて呼ばれるのかな?
そんな風に思いながら山尾は号令の挨拶をしていないことに気がついた。いけないけない。もう中堅教師からベテランの域に突入するのに。
「すまん。先生も緊張していたのか皆でする挨拶を忘れていた。中学と同じ要領だ。号令の声に合わせて立って礼をして座る。簡単だろ?」
小学生でも出来る簡単な事だ。さて誰を号令係にするか。この後のホームルームで委員長を決めるまでの仮の係だ。一回だけだし誰でもいいか。
山尾を目の前で真っ直ぐ見つめる生徒に決めた。出席簿で名前を確認すると『桐山』とある。
山尾は桐山にお願いする。
「桐山。悪いが声がけ頼む。何、一回だけだ。次からはクラス委員長の仕事だ」
桐山と呼ばれた生徒は一つ頷き了承の意を伝えた。
この生徒もシャイなのかな?
声を出さない桐山に山尾は気を悪くすることなく一人納得した。こんな小さな事で怒るようでは教師なんてできないのさ。
「起立」
桐山が「たて」の号令を出した。生徒が合図に合わせて椅子から立ち上がった。
しかし様子が変だ。女子生徒しか立ち上がらない。男子生徒は桐山を除いて全員下を向いたまま座っている。これはどうしたことだ。教師生活一四年にして初めて学級崩壊の目にあってしまうのか?
「起立」
山尾の焦りに気を使ってくれたのか再度桐山が号令を発した。だが男子生徒は桐山を除いて誰も立ち上がらない。
「どうしたお前たち!?何故立たない!?何かあったのか!?」
山尾は焦る。一四年間の教師生活でこんな事態は一度もなかった。一体彼らはどうしたんだ!?
一際体が大きく丸坊主の生徒が一人、下を向きながら手を上げた。記憶では野球部希望だったはずだ。
「……先生……たてません…いえ…たってま……なんでもありません……」
大きな体に似合わず小さな声で言われた。何故だ?もう舐められたのか?まだ何も始まっていないのに。
「どうしてだ?立てるだろう?」
髪を軽く染めた生徒が一人、下を向きながら手を上げた。
「……すいません…トイレ…いってもいいですか…」
髪を染めた生徒の一言で、次から次へと下を向きながら手を挙げる生徒が続出した。
「……先生…俺もトイレで…」
「……俺も…すぐに…」
「……いかせて…ください…」
「……はやく…いき…たい……」
一体何があったのか集団食中毒でも発生したのか?だが食堂は今日開いていない。入学式なので何か食べ物を提供するイベントは一切ない。それに女子生徒は全員平気だ。
山尾は混乱する。
「あぁ……いってこい…」
仕方なく山尾は許可を与えた。生徒たちは椅子を引くと腰を屈めて辛そうにトイレに向かった。教室で動かなかった男子生徒は桐山ただ一人だった。
数人の生徒が教室の扉まで辿り着けずその場に下を向いたまま座り込んでしまった。努力虚しく耐え切れず力尽きたように見えた。しかしその後直ぐに立ち上がり何か悟りを得た様子で教室を出ていった。
「一体何が……」
山尾修司三八歳。教師生活一四年。熱意も実績も人気も人並み以上。
彼は幸運だ。
子供の頃、視力のせいで虐められた事がある。母親と一緒に泣いた事もある。しかし高校、大学と彼を多くの人達が支えてくれた。視力は悪い。だが彼はこの目のお陰で沢山の得難い友人・恩師に恵まれた。悲しんだ事がある。恨んだ事もある。だが今となっては過去の事だ。今はこの目に感謝している。
そんな山尾の感謝の気持ちは天に通じた。
彼は幸運だ。
学校内の男性教諭の中で、たってはいけないのたってしまう、いけない教師の枠から、唯一外れる未来が待っているのだから。
彼は幸運だ。
山尾の左目の大雑把な輪郭しか捉えられない視界の中、出席番号が若く廊下側の席で立ち、金色に輝くハニーブロンドの髪を背中まで伸ばし、美しく可憐で淫靡な容姿を奇跡のように一つの体に体現した少女が、桐山と呼ばれる生徒をうっとりと頬を染めて見ていたことに気が付かなかったのだから。
山尾は学校内で唯一無二の誠実な男性教師として女子生徒から絶大な信頼を得ることになり、男子生徒からは『聖・山ちゃん』と呼ばれるようになる。しかしそれはもうしばらく先の話だった。
教師生活一四年 山尾修司 三八歳 頑張ります!
でも二度と出番はない。
アーガ―様のご意見を参考にさせて頂きました。
これが第三部と仮定した場合、プロローグに位置づけされると意識して全体をぼんやり構成した上でぼんやり書いてみました。
こんな雰囲気でプロローグを開始したほうがとっつきやすかったかもしれませんね。