ぷかり、ぷかりと口から紫煙が浮かび流れていく、まるで魂が抜けでるかの様にみえて何処か滑稽だ。
白坂小梅は、今日も仕事前の一服をそんな風に楽しんでいる。
「あ、先生!また煙草吸ってるんですか!」
そんな楽しいひとときは、研修医の龍崎薫に邪魔をされてしまった。
「い、いいでしょ…?一本ぐらい…」
「駄目です!先生は体が丈夫じゃないんだから!私、先生の司法解剖するなんて嫌ですからね!」
「か、薫ちゃんなら、解剖されてもいいかな…」
「馬鹿なこと言ってないで、お仕事しましょうよ。今日はアパートで見つかった子供の司法解剖があるんですから…」
白坂小梅は監察医をやっている。
元々、ホラー映画が好きで死体には興味があったし、何より合法的に死体を解剖できてお金が貰える。
小梅にとっては夢のような仕事であった。
研修医の龍崎薫の様に正義感に溢れているという訳ではないが、小梅のずば抜けた観察眼とちょっとした「特技」のおかげで若手ナンバーワンの実力なんて評判もある。
「こ、子供…?何歳ぐらい?餓死?衰弱死?腐ってる?この時期だから原型ないかな…まあ、死亡時期ぐらいはわかるかな…」
「先生…とりあえず資料読んでくださいね?それと、応接室で警察の方がお待ちですから」
「は、はい…」
応接室に向かいながら、小梅は薫から渡された資料を読む。
(年齢は5歳、男の子、死後一週間…くさそう…)
小梅は死にたての綺麗な死体が好きだ。腐った死体は臭くて、汚くて、危ないからだ。腐っているのは映画の中のゾンビだけでいい。
そのうちに、応接室に着いた小梅がドアを開けると、中からむわっと濃い香りがただよってきた。
焼肉弁当の香りが。
「おう、白坂先生お出ましだな」
応接室のソファーにどっかりと座る髭面の恰幅のいい男が一人。
「こ、こんにちは…ヒゲクマさん…」
「こんにちは、すまねぇなメシ食わせてもらってるぜ」
恰幅のいい男の名は熊田浩一。髭の生えた顔と熊みたいにつぶらな瞳から、ヒゲクマの愛称で呼ばれている。口ぶりと風貌はヤクザのそれだが、ヒゲクマは立派な刑事だ。元暴対の凄腕で、新宿区警察署刑事課の中でもかなりの武闘派だ。
「お、おいしそう…」
「なんだあ?また朝飯抜いたのか、メシは食っとけって言ってるだろ!特にお前さんは身体が細ぇんだからよ、肉食え肉!肉こそパワーだぜ!」
「そ、そんなこと言っても…忙しいんだもん…」
ぶうと頬を軽くふくらませて、小梅が反論する。
「しょうがねぇなあ…じゃあよ、今回の死体の検案終わったらな、焼肉おごってやる!」
「ほ、ほんとう…?」
「ああ、いつもんトコだけどな」
「が、がんばる…!がんばるよ…!」
小梅の目がきらきらと輝き、やる気にあふれている。おごってもらう焼肉は小梅の大好物だ。
「それでな、今回のホトケなんだが…」
ずずりと茶を啜りながらヒゲクマが話をきりだす。
「し、資料読んだよ…子供だよね…」
「おう、だが普通の子供じゃあねえ。「存在しない」子供なんだ」
「どういうこと…?」
存在しているから死体があるのではないのか、存在しないのに死体があるのは矛盾している。
「戸籍がねぇんだよ。それに死体も損傷が酷くてな…顔形が復元しなきゃあわからん。その上、見つかったアパートが厄介でなヤクザモンが住んでるボロアパートだ」
ヒゲクマはため息混じりに話を続ける。
「んな所からマトモな聞きこみなんぞできやしねえ、分かったのはその子供が住んでたことをアパート住人の誰も知らなかったってことぐらいだ」
「だ、誰かと住んでたんだよね…?お母さんとか…」
「ああ、部屋の借り主は確かに女だったんだが、戸籍上子供はいなかった。その女も今は行方不明で、ウチの向井が追いかけてるな」
「そ、それで今回の検案はどこを、重点的にみればいいの…?」
「おう、とりあえず死亡時期と死因がわかりゃあいい。ついでにお前さんの「アレ」で余計なことを調べてくれたら尚更だな」
「もう…「アレ」は余計なことじゃないよ、大事なことだよ…」
少し、ムッとしながらも抑える。「アレ」は小梅にしかできないことで、決して共感など得られないことだからだ。
「わかった、わかった。とりあえず死体は運んどいたから行こうぜ。薫ちゃんスタンバってるんだろ?」
「うん、あの子また吐かないといいな…」
薫はよく吐く、腕はいいが耐性がない。
はじめての検案で死体に嘔吐したせいで、薫のDNAが採取され、殺人事件の犯人にされてしまった事もあった。
それから30分後、解剖室には小梅、薫、ヒゲクマの三人がいた。
「じ、じゃあ始めようか…」
「おう…薫ちゃんマスク二重にしといた方がいいんじゃねえか?鼻栓はいいのかい?」
ヒゲクマは薫から距離を取りつつ、心配そうに声をかける。
「ヒゲクマさん、吐くとしてもご遺体には吐きませんから大丈夫です!それに、匂いはご遺体の死因を見抜くヒントになりますから!」
バケツを脇に置きながら、薫は元気に答える。
「ホントかなぁ?オジサン心配だよ…」
「薫ちゃん、吐くならお昼ごはん食べなきゃいいのに…」
「嫌です。ごはんを食べるのは私の自由です。食べなきゃ元気でませんし、先生こそお昼ごはん食べたんですか?」
「か、カロリーメイトのハーフを食べたよ…」
「少ないです!もっとお肉食べましょうよ…」
「おう、そうだ肉食え肉!」
「野菜もです!ヒゲクマさんはバランスよく食べてください!」
こういう健康に気を使う事に薫は頑固だ。
監察医やるより、普通の医者をやる方がよっぽどいいのではないかと小梅は思う。
「そ、そろそろ始めたいから静かにね…」
ぴしゃりと小梅が会話を制する。
「あっ、はい」
「おう」
「じゃあ………始めます」
しいんと静まり返った解剖室に、小梅の凛とした一言が響く。
まず小梅が遺体に合掌し、薫とヒゲクマもそれに続く。
数十秒合掌し、薫が遺体袋のマジックテープを外してビニールにくるまれた遺体を取り出す。
「うっ…」
酷い臭いに、小さく薫が呟く。
「か、薫ちゃん、大丈夫…?」
「大丈夫です…大丈夫ですから…」
薫は努めて冷静に、遺体の回りのビニールを剥いでいく。
ビニールから現れたのは、とても痩せ細った男児の遺体だった。
遺体は腐敗が進んでいて、原型をとどめていなかった。
「か、かなり小さいね…身長は95cm、体重は…残留が5kg…たぶん12kgぐらいかな…?」
「はい」
「体前面に死斑あり…うつ伏せで倒れてたんだね…死後一週間…首に扼殺痕は………あるね、皮膚が傷んでるから見えにくいけど…あとで、脛椎の状態も見よっか…」
「はい」
薫は検案書に細かく遺体の状況を書き記していく。
「ヒゲクマさん、ここ…見えにくいけど殴られた痕があるよ。頬骨にヒビがある…」
「てぇことは、死因は首を絞められてか?それとも殴られてからのショック死か?」
「たぶん首を絞められて…ほら、脛椎がズレてる…扼殺だね…」
「うーし、一週間前で扼殺だな。それじゃ後は頼んだ」
「はい…虐待の痕跡も見られるから、そこも調べておくね」
「あの先生」
「な、なに…?」
「吐きます」
そう言うやいなや、薫はバケツを抱えて部屋の隅へと走り出した。
「薫ちゃん、しっかりしなよ…まだ始まったばかりだぜ…」
ヒゲクマはため息をつきながら、薫のそばへ行き背中をさすってやる。
薫の嘔吐する音がする中で、小梅は男児の遺体の口から声を聞いた。
『お…かあ……』
じゅうじゅうと焼ける上カルビを、キラキラとした目で小梅は眺めていた。
滴る脂、立ち上る香り、むわっとする熱気、そのどれもが小梅を上機嫌にさせてくれる。
「先生!カルビそろそろ良さそうですよ!」
「あ、ありがとう…!」
良い焼け色の上カルビを1枚とり、冷めないようにサッとタレにつける。辛口のタレが小梅の好みだ。そのまま口に運びいれると、上カルビ特有の柔らかさと濃厚な旨味、上品な脂が口一杯にひろがっていく。
「美味しい…」
「先生はホントに焼肉好きだよなぁ」
「だ、だって美味しいんだもん…お肉だいすき…」
しかも、ヒゲクマの奢りときてるのだからこんなにも嬉しいことはない。小梅はビールを一口あおり、続けて上カルビをタレをつけずに口へ運ぶ。
ビールの苦味の後の肉の脂は甘く、蕩けそうだ。
「先生、チチカブとハツとモヒート頼んでいいですか?」
「うん…あ、あとビールと上ハラミもね…」
「はい!」
「おーい、先生に薫ちゃん?お金払うの俺だよ!俺!」
「ヒゲクマさんは何でも食べられるからいいんですー」
「ふふっ…そうだね、ヒゲクマさん好き嫌いないもんねぇ…」
小梅はそう笑いながらビールをあおった。
それから2時間後、すっかり酔っぱらった薫をタクシーに乗せて帰し、小梅とヒゲクマは小さなパティスリーに来ていた。
パティスリーと言っても、ここは夜になると酒もだすので、パティスリーバーと言うべきか。
小梅は真っ赤なストロベリーパイを、ちびちびと食べながら、器用に煙草を吸っている。
対するヒゲクマはビックサイズのストロベリーサンデーをガツガツ食べながら、山崎のロックをチビチビとやっていた。
「ふふ…薫ちゃんに見られたらお説教されちゃうね…」
「おお、確かにな!あの子に言われちまうなぁ「ダイエットしてください!」ってよ!」
「で、でも美味しいものね…やめられないよね…」
「だな!やめられねぇよなぁ!」
ヒゲクマは豪快に笑うと、山崎を一口あおり、神妙な顔つきになった。
「なあ…先生、今回も「アレ」あったのかい?」
「うん…あったよ…」
「それ、教えてもらえる?」
小梅は少し、沈黙して煙草を吸うと、ぷかりと煙をはいた。
「な、ないしょ…ただ、ヒゲクマさんの役に立つことじゃないのは確かだよ」
「そうかい。ま、無理に聞くこたぁねえやな」
ヒゲクマは寂しげに少し笑うと、ストロベリーサンデーを大きな口でパクリと食べた。
「ね、ねぇ…あの男の子のお母さん見つかったの…?」
「まだだ。だが男と逃げてんのは分かってる。どこに行ったかは知らねぇけどよ。でもな、向井が追ってるんだぜ?アイツの野良犬みてぇに良く効く鼻ならもうすぐだろ」
その時、ヒゲクマのスマホから着信音が鳴った。
「おう、向井か?………そうか、身元の確認は取れてんだな?よし!良くやった!何人かそっちに寄越す!逃がすなよ!見張っとけよ!」
「見つかったんだね…」
「おお!Nシス使って川越のホテルに泊まってるの突き止めたとよ!やっぱアイツ鼻が効くな!」
「ふふ…ご褒美に焼肉連れてってあげなきゃね…」
「今度はお前さんの奢りかい?」
「まあ…たまにはいいかな…」
「うっし!向井が聞いたら喜ぶぜそれ!じゃ、俺は取りあえず署に戻る!またな、先生」
「うん、またね…」
小梅はぷかりと煙をはきながら、ドスドスと歩くヒゲクマの後ろ姿を見送りながら、 あの言葉を思い出していた。
『おかあさん…』
「で、事の顛末は分かったんですか?」
応接室のテーブルにコトリと小梅とヒゲクマの分のコーヒーカップを置いて、薫はヒゲクマに訪ねた。
「おう、母親が全部話したぜ。ヒモ同然の内縁の夫が妻と子供を虐待しててよ。その上、金はむしられるわ、ウリセンやらせるわ。トイレで産んだ子供は、出生届も出してなかったしよ…」
「そ、それで戸籍がなかったんだね…」
「ああ…金もねえ、希望もねえ、それを悲観して心中するつもりで子供の首を絞めて殺した…。ま、よくある話だ」
「全然よくある話じゃないです!」
「そりゃそうだ。ニュースじゃここまで言わねぇもんなぁ。『将来を悲観して心中目的で首を絞めた』の一言で締めくくっちまうからよ」
ずずりとコーヒーを啜りながら、ヒゲクマは事も無げにそう言った。
「ま、薫ちゃんにゃ関係のねぇ話…って訳でもねぇやな。監察医を目指すなら、こういうヤマと山ほど付き合わなきゃいけねぇ。世の中、割と捨てたもんだぜ?」
「そんな…そんなことって…」
言葉を詰まらせる薫にヒゲクマは少しやり過ぎたと罪悪感を感じていた。
だが、嘘は言ってない。こんなのまだ序ノ口も良いところだろう。変死体には、えげつない貧困が付き物だ。
貧乏だから変な死に方しかできない。学校に行けず、まともな職に就けず、トラブルに巻き込まれて死ぬ。そんな死体をヒゲクマはこの街で山ほど見てきた。
だからそういった側面からの発想がないと、この街の変死体の死因を明かすことが出来ない。
難儀だろうが、これも勉強だ。
「ま、薫ちゃんは死体見て吐かないようにするのが先決だよなぁ」
「余計なお世話です!最近は5分ぐらいは耐えられるようになったんですから!」
「薫ちゃん、それ耐えてるって言わねぇ」
「じゃ、じゃあ…私とホラー映画見て特訓しようか…」
ずずりとコーヒーを啜りながら、ぼそりと小梅は言った。
「結構です。先生の趣味サイアクですもん…」
「だ、大丈夫だよ…セルビアのマイナーな映画だから…そんなに怖くないし…」
「なら、ちょっとだけ…」
(ちょ、ちょろい…)
(ちょろいなぁ…)
「オジサン、薫ちゃんの事が心配だよ…」
ずずりとコーヒーを啜りながら、ヒゲクマは呟いた。
「で、何でセンセがココ来てんすか?」
留置場の入口で新宿区警察署刑事課所属の巡査、向井拓海は小梅を睨み付け言い放った。
「まあ、そんな邪険にすんな。ちょっとした最終確認って奴だからよ」
「最終確認?何ぁんすかそれ?」
「ほ、報告書に書く死因と供述がちゃんと合ってるかの確認だよ…」
ヒゲクマの背中に隠れて小梅は拓海に言った。
「センセ、アタシ供述書キッチリ取ってんすよ?今さら何を…」
「向井」
「…何すかヒゲクマさん」
「いいから通してやれ、俺も立ち会う。なんだったらテメェも来い」
「………うす、分かりました」
不承不承ではあったが、拓海は留置場の入口を開け、ヒゲクマと小梅を中へと入れた。
「ここがあの母親の房っす。おい、監察医のセンセがアンタに聞きたいことがあるってよ!」
拓海がそう声をかけると、留置室の奥で毛布にくるまれていた塊がゴソリと蠢き、中からボサボサ髪の女が現れた。
「はい…」
消えるようなか細い声で、女はそう答えた。
「あ、あの…お子さんの死因の件でひとつお伺いします…。お子さんの首を絞めたのは貴女、ですね…?」
「………ええ」
「そうですか…ありがとうございます…そ、それと………」
『おかあさん、どうして───────』
小梅が何かを小さく呟き、にこりと笑った。
「あ………ぁああああ!!!!!やめてぇえええ!!!なんでしってるのよおぉぉ!!!なんであの子の声が!!!声がぁぁぁ!!!」
女は突然叫び、留置室の壁に頭を打ち付け始めた。
「えっ、ちょ、なんだ!?おい!どーした!センセ!アンタまた何かしたのか!おい!」
「し、知らない…それより、拘束したほうが…」
「あーーー!!!もう!!!ヒゲクマさん手伝ってくださいよ!!!」
「おう!任せろ!先生よ!他の奴も呼んできてくれ!」
「は、はい…!」
留置場には、女の声にならない叫びと壁に頭を打ち付ける鈍い音がゴンゴンと響いていた。
それから数十分後、小梅とヒゲクマは警察署の喫煙所にいた。
小梅もヒゲクマもぼんやりと煙草を吸っている。
「なあ、先生よ。あの母親に何言ったんだい?」
「お、男の子の最期の言葉だよ…」
「やっぱりなぁ、あの取り乱し方は尋常じゃなかった」
「ご、ごめんね…お騒がせしちゃった…」
「別に気にするこたあねぇやな。あんなん何時ものこった。ヤク中よりはマシだしよ!」
ガハハとヒゲクマは豪快に笑い、小梅の肩をバシリと叩いた。
「しかしまあ難儀だよなぁ、死人の遺言が聞こえちまうなんてよ。しかもそれを伝えたい奴に伝えねぇと耳にこびりつくってんだから…」
「で、でもお仕事に役に立つこともあるし…最期の望みだもの、できれば叶えてあげたいの…」
小梅は煙草の煙をぷかりと吐きながら言った。
小梅のちょっとした「特技」の正体は死人の最期の言葉、『遺言』を聴く能力だ。これのおかげで死因の特定はやり易くなるし、内容によっては事件の捜査にも役立つ。ただ、困ったことに一度聞いた遺言はそれを聞いていた人間に伝えないと、小梅の耳から離れてくれない。
死を看取った人、たまたま近くにいた目撃者、殺人事件の犯人を探すのは中々に骨だが、小梅のいい退屈しのぎにもなる。
今のところ、伝えられなかった遺言はひとつしかないので、そこまで困ってもいない。
「なあ、今回の遺言。何だったか教えてくんねぇか?やっぱりダメかい?」
「ううん、もういいよ…あの男の子の遺言はね…」
『おかあさん、どうして───────』
『おかあさん、どうしてわらってるの?』
「………なるほど、通りであの母親、男連れでホテルに居たわけだ。妙に服も小綺麗にしてたしよ」
「うん…心中なんかじゃなかったの…あの人は子供が邪魔だったから…殺したの…身勝手に…」
「でも、なんで最初から言ってくれなかったんだい?」
「だって証拠はなかったし…何より、あのタイミングであの人に伝えたかったから…」
「タイミング?」
「警察に吐いたウソが、信じてもらえそうで、悲劇のヒロインになれるって安心しきったあの瞬間に伝えてあげたかったの…」
「先生って、かなりのドSさんよね…」
「ふふ…」
小梅は、にこりと笑いながらぷかりと煙を吐いた。
焼肉屋の個室で、ビールジョッキ(大)を持って薫は立ち上がった。
「じゃ、今回の事件解決を祝いまして!乾杯といきましょう!しかも、今回は………なんと!先生のオゴリです!」
「イヨッシャー!センセ太っ腹!太ってねぇけど!」
拓海は手に持っているビールが溢れそうな勢いで手をあげて喜んだ。
「ガハハ!ちげぇねぇ!先生はもっと肉食わねぇとな!」
ここにいるメンバーの中で最重量のヒゲクマが、バシリと小梅の背中を叩く。
「も、もう…私、一応標準体重だよ…は、はやく乾杯しよ…?」
ここにいるメンバーの中で最軽量の小梅は、ぶうと頬をふくらませて薫を急かした。
「先生の標準体重は小学生のですよ…。まあ、それはさておき、では皆さん!乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ガチン!という大きな音が個室に響く。
「んぐっ…ぷぁー!おいしーい!」
「んぐ…あー腹減ったよ!薫!早くなんか食おうぜ!」
「ん………ふー…遠慮してやれよ?先生の財布まで軽くなったら風で吹き飛ばされちまうからよ!あ、ビールおかわり!」
ヒゲクマはビールを飲み干して、おかわりを頼む。
「んく………いっ、いっぱい食べるから大丈夫…!」
その代わりに財布が軽くなるからトントンだ。
「さーて、何食べます?今日らんぼそあるって店長言ってましたよ!」
メニューを広げて薫が問いかける。
「おっマジ?じゃあ、らんぼそだろ、タン塩にサンチュに骨付きカルビにレバ刺しに…あとオイキムチでいいか?」
「拓海さんって割と健康的ですよね」
「んだとぉ?警官は身体が資本!バランス良く食わないとダメに決まってんだろ!」
「ふふっ…拓海さんは真面目だね…もっと脂が多いとこ食べなよ…サンカクにトウガラシもお願いね…」
「おう、まてまてイチボの刺身も頼むわ。それとカイノミもな」
「なあ、薫。この二人の頼むもん食ってたら健康に悪りぃよなぁ…」
「なんか聞いてるだけで胸焼けしてきた…サンチュ多めに頼みましょうか…」
「ああ、そうだな…すんませーん!注文いいっすかー!」
それからしばらくして、頼んだ肉がテーブルに揃った。
「お、おいしそう…」
「じゃ、焼いていきますね!」
「おう、薫ちゃんすまねぇな。さーて、イチボの刺身っと………む、うめぇ!今日のアタリだな!」
ヒゲクマが唸ってウマイと言うことは本当にウマイ。3人の目の色が変わり、箸が皿に向かっていく。
「え、マジっすか?じゃ、アタシもひとくち………うめぇ!とろけるっすよ!これ!」
「じ、じゃあ私も………お、おいしい…!んぐ…ビールと、良くあうねぇ…!」
「あっ!私も私も!………おいしー!」
「ああ…ほんとうにうめえなぁ…」
イチボ刺しの甘い脂と旨味に舌を奪われたヒゲクマはしきりに唸っている。
「あ…そうだ、拓海さん。この間は留置所で騒ぎ起こしちゃってご、ごめんなさい。あの後、大変だったでしょ…」
「イヤイヤ!大丈夫っすよあんぐらい!まあ、あの後なんでか知んないすけど、泣いて謝ってきましてね。嘘を吐いたから、もう一度取り調べてくれって。調書取り直したら最初と全然内容も違ってて…むしろお礼を言わなきゃいけないっすね。最初の調書を検察に出してたらウチが赤っ恥かくとこでした」
「そ、それなら良かった…」
「ま、真相が分かって何よりって奴だわな」
「あの男の子も少しは浮かばれますかね…」
「う、うん…」
「おいおい!しんみりしねーでくれよ!折角の肉がしんみりしちまう!俺たちゃ肉食って明日も頑張んねぇとよいけねぇんだからよ!」
「そうっすよ!ウメェもん食ってこそ人生なんすから!薫!もっと肉焼け肉!」
「はーい!」
網の上で焼ける肉のじゅうじゅうという音に混じって、何か聞こえた気がした。
『小梅さん、なんで────────』
小梅は素知らぬ振りをして、肉をぱくりと食べてにこりと笑った。