拙作、転生した者は喜びの声を上げ、のアフター、おまけ話です。TSオリ主の一人称エロ話なので訓練された変態向け。

1 / 1
転生者は喘ぎの声を上げ

 平坦な心でふらふらと、生きるともなく生きている。

 壊れている、というなら壊れているのだろう。

 正常である、というなら正常なのだろう。

 目的も無くなってしまい、風に任せ、流れに任せ、舵の折れた船のようにただ進んでいる。

 先に何かがあるとも思っていない。遠くに目をやることさえない。ただ、目前の出来事を片付けるだけ。

 

 最近は妙なモノを引き寄せてしまう事が多くなった。

 それは例えば、かつて埋葬機関のナンバー無し、代行者ですらない備品の一部であった時、会った事のあるもの。

 もうすぐ出そうなソレに向かい「食べても良いよ」なんて台詞と共に、撒き餌にされた事もあった。

 第六架空要素、なんて気取った名前でも呼ばれるそれ。誰にでも知られた呼び方なら悪魔なんて分かりやすい名前もついている。

 人の願いに取っ憑き、歪んだ形で、ある意味では酷く素直な形で、その他の要素、精神やら魂やら肉体やらを変質させるそれ。成ってしまったものはもう洗礼詠唱なんかじゃ片付けられず、もっぱら代行者による力尽くの浄化が必要になる事ばかりだ。もちろんそんな時は決まって事は起きた後、煮込まれた地獄の釜に足を踏み入れ大掃除するのもまた聖堂教会のお仕事の一端だった。

 一言で悪魔といってもその形は様々、体系なんてありはしない。それでも一応分類はできる。

 七つの大罪で分別するならそれは「色欲」だろう。ほとんどの人は抱く性衝動、その強い願いに憑いた悪魔。

 簡素な言い方をすれば淫魔とも言える類にどうもこのところ好かれやすくなっているようだった。

 

 夜の街をそぞろ歩く、

 ひたひたと歩いていると、やがて隠しようもない、荒い吐息が付いてくる。

 角を曲がり、細い路地へ。

 さらに細い路地へ。

 ビルの裏に設置されたエアコンの室外機、よく判らないコンテナ。街灯すらない路地を歩く。

 背後から付けてくる荒い吐息は激しさを増し、もはやそれは獣の吐息。

 こうこう、こうこうと人の喉では苦しい、人の身では苦しい、と言うかのよう。

 私は振り向き、その姿を確かめる。

 蟲を放ち、半径二百メートル内に人が居ない事は確認した。

 その人影に向かい、そこまで苦しいならもう解きはなっても良いだろう、と一押し。

 物好きにも程があるけれど、何が欲しいかは判っている。

 私は荒い吐息の男の前で、黒いコートを脱ぎ捨て、ワンピースのスカートの中、何も履いていないそこをさらけ出す。

 

「我慢はされず、どうぞ」

 

 男、その男は夜目にも酷い相貌だった。病気だったのかもしれない。怪我だったのかもしれない。顔には包帯をし、黄色い染みが浮いている。爛々と光る目は焦点を結ばず、どこか虚ろ、それでいて欲望に煮えたぎり──

 かつ、口元は悲しみに染まっていた。

 優しい人なのだろうと思う。己を強く持っている人なのだろうと思う。

 ここまで、機会は幾度もあった。でも、襲えずにただ後ろを付けた。

 こうまでなっても、なお躊躇い、戸惑っている。

 だからこそ私は、そんな人には何を思い出させないよう、全てを吐き出してもらうため、男にとっての、許しの言葉を吐いた。

 

「これは、一夜の夢です」

 

 言うや、組み敷かれた。もはや肉体にまで及び始めている変異、巨大すぎるそれが、私の狭苦しいそこに押し当てられ、それでもぬれぬれと準備が整っている事を知ると、喜びか、おののきか、声にならぬ声を上げる。

 ごつり、と押し込まれる。

 

「ん……ふッ……大き……ッ」

「ウ……グ、ガアアアアアアアアッ!」

 

 我慢、ならなくなったのだろう。

 ガツガツと、こちらの事など考えずに腰を打ち付ける。

 まるで巨大な岩塊が内臓を打ち付けるような衝撃。粘膜や肉など耐えきれず、血が吹き出る。こそげ落とされ、腹膜を押しつぶす。子宮口など容易く割開き侵入し、犯しつくす。この男は大きさにでも不満があったか、それとも怪我で失いでもしたのか。

 痛い、熱い、神経が痛覚を激しく伝え、腹を割かれた蛙のように体が勝手に反応を返す。

 構わない。

 気が狂いかねない苦痛も慣れ親しんだものだった。

 この程度の破壊は序の口だった。

 私を破壊している感覚をどこかで理解してしまうのだろう。精神が変わりきってないのだろう。男の顔は悲しげでとても愉悦に歪んでいる。

 だからこそ、私は笑った。この男に与える印象さえも、全て愉悦に見せてしまおうと。快楽に見せてしまおうと。一抹の夢にしてしまおうと。いずれ暗示で忘れ去るとしても夢で見る事はある、罪の意識など背負って貰いたくもない。

 

「ひ……あッアッ……アアアッ駄目、凄い、大き、こん、な……はあッ」

 

 淫靡な顔と声、その程度は作ってみせる。悦んであげよう、歓んであげよう。あなたは罪ではない。あなたのやる事は罪ではない。その証明程度には演じてみせよう。獣のように盛ってみせよう。

 

「やっ……ああっ、ああッ、もう、私は駄目、です、考えられなく──白く、もっと、もっと」

 

 足で男の腰を押さえ込む。

 ごつごつ、ごつごつ、私のおなかを、男の巨大な何かがノックし続けた。

 

「グッオオオオオッ! アアアアアオッ!」

 

 叫びながらひたすら男は私を骨が折れるほどに抱きしめ、限界の限界までとばかりに奥の奥に叩きつける。

 ぐちゃぐちゃびちゃびちゃ、私の股間は盛大に水音が鳴っていた。きっととんでもない惨状になっているに違いない。

 

「あっあっあッアッ、ん、んあ……アぁッ、もう駄目、いって……しまう、や……ん、は……あ──」

「オオオオッ! グ、ガ、ゴ……オグ……」

 

 どれほど経っただろう。

 時間も忘れるほど突かれ、抉られ、私の声も枯れそうになってきた頃。

 一際深く、杭打ち機のごとくに打ちこまれ、その奥深いところで、熱いものが私の腹奥に注がれた。

 

「……ん、あ、熱い……ああ」

 

 私の胎内で脈打つそれ。いつまで出続けるのだろうかというそれをただそうだろう、というように表現し、やがて全て注ぎきったとでもいうかのようにもたれかかってきた男を受け止め、支える。獣臭が鼻につんと染みた。

 繋がった魔力の路を通じ、望みを遂げ、私というモノを咀嚼するソレに語りかける。

 

「──我らの内に棲みたもうからだとなりし言葉、捧げし子羊はここに。罪、咎、憂い、全ては拭い去れん」

 

 本来この地では効果の弱まる洗礼詠唱、極東のこの国ではあまり通じないそれ。

 それでもここまでパスが繋がった状態なら多少は通じる。悪魔憑きの悪魔をおもてに出す程度には──

 

「今その魂を海に委ね、祈りに答え慰め給わん」

 

 水葬式典の魔術付与を施した黒鍵をおもてに出てきた姿無きソレに当て、霧散させる。

 力を失った男の体重がずしりとのしかかる、気を失ったのだろう。

 

「……メドゥーサ、この人に暗示と、記憶の操作をお願い、安全そうな所にでも置いてきて」

「承知しました」

 

 長身、月の光に輝く美しい髪の英霊がふわりと現れ、男を私から引きはがす。

 どうやら人のモノとなったらしい男根が抜け、ごぽりと音を出した。下半身の感覚は既にない。どうも色々神経とか千切れ過ぎた。死なずに再生させるか、死んで再生させるか悩み所だ。

 無造作に男を肩に抱えた美影が、どこか迷うように顔を上げ、静かに口を開く。

 

「アカネ、このような方法でなくとも手はあるのではないですか」

 

 私は仰向けのままぼんやりと答えた。

 

「うん。でもこれが一番確実、それに、私が大丈夫な事はメドゥーサも知っての通り」

 

 むろん、極東で洗礼詠唱が効きにくいとはいえ、手は幾つもある。ただ、肉体の損傷さえ考えなければの話。もっとも相手に負担のかからない祓い方となると、この方法しか思いつかなかった。

 私を心配してくれる優しい英霊は小さく溜息を吐き、その場から離れて行く。

 ただ何となく、というように景色を見た。

 ビルに囲まれ、四角く枠取られた夜空。

 月は朧がかかり、ただ柔らかく雲を照らしている。

 いつまでも股の間から流れ続ける、血か精液か定かならぬもので水たまりを作りながら、私はぼんやりとこれからどうしようか、なんて考えていた。

 

   ◇

 

 あれから──

 聖杯戦争なんていう馬鹿げた魔術儀式の後始末をある程度見終えた私は、間桐の管理地、霊地を虱潰しに回った。一箇所に一週間はかけ、蟲の一匹も逃さない包囲の術式を敷き、聖杯戦争でのライダーのサーヴァント、私の馬鹿魔力で現界させているメドゥーサを伴いマキリ・ゾォルケンを構成しているあらゆる種類の蟲を殺して回った。

 途中までは気付かせずに不意を打てていたものの、さすがに最後に至っては十分な対策をとられてしまい、マキリ・ゾォルケンの五百年もの執念との対峙となった。場所は北海道のとある山林。結局あの時は完全に地脈と一体化した特殊過ぎる蟲のために、メドゥーサの宝具、鮮血神殿を広範囲に展開、他の生物も諸共に溶かしきり、地脈を歪ませてしまう事になった。今では死の山と化している。元に戻るには数百年の時間が必要だろう。

 その時点で、二ヶ月。マキリ・ゾォルケンを滅ぼしきるまで二ヶ月。長かったのか短かったのか。私には分からない。感慨もあったような気もする。

 ただ、目的はそれで無くなってしまった。

 冬木市に足を向けるにはまだ早い、教会の目も協会の目も向いている最中だ。

 それに冬木市に足を向けたとしても、既に間桐の問題は遠坂の頼りになる姉妹に譲り渡している。問題もそう起こらないだろう。

 やる事がなくなってしまった。

 

 悪魔憑き、それもとても分かり易いたぐいのモノが私の近くで見つかりやすくなった事に気付いたのは、割と早い時期、間桐で管理していた霊地巡りをしていた時だ。

 悪魔憑き、ミュリエルとして教会にいた頃すら潜んでいるソレに会った記憶は無かった。私が対処した事があるのは、もっぱら事後。人から外れ、成ってしまった後。祓う事など出来ず、力で滅し、滅ぼす事しか出来なくなった魔。代行者達や、さらにそれすら外れた異常者達と共に事に当たった事くらいだろうか。

 何と言っても悪魔なんてのはまず見つかるような事はない、潜んでいる限り吸血鬼よりなお見つかりにくい、そんな存在だ。見つけるためだけに特化した異能を持つ人材も代行者に居た気がするが、それと似ているのかもしれない。そこまで無差別ではなく、ある一部の方向性を持つモノのみが反応する。

 淫魔誘因体質、言葉にしてしまえばそんなものだろうか、どうにもチープだ。色欲に取り憑いた悪魔を引き寄せる情婦の性。成っていない悪魔すら引きずり出し、霊障を顕在化させる因子。

 もっとも、思い当たるものはある。

 聖杯戦争の最後、私は誰により、何を降ろし、何を堕とさせたか。

 英雄王の時代、古代の神殿娼婦は、同時に神に仕える巫女であり、性交渉は神事でもあった。

 ギルガメッシュの友、エンキドゥもまた、イシュタルに仕える神殿娼婦シャムハトとの七日に及ぶ交わりにより理性を得ている。そう、娼婦といえど、それは交わりを通じて神の助力を得るためのものだった。

 では、この世全ての悪(アンリマユ)なんていう余りに人らしい「願い」に汚染され、引きずり堕とされた女神イシュタルはどんな存在に力を与えるのか。

 世界により再生される、とはいえ私の魂自体は不変ではない。神霊の依り代なんてものになり、魂が跡形もなくなるまでに破壊された後の再生──墜ちたイシュタルの巫女としての縁のようなものが出来たとしても、それはおかしくはないのかもしれない。

 墜ちた神の巫女にして娼婦。それはもう一部の悪魔には美味しそうに映るだろう。肉欲の願いに憑いた悪魔にとっては「これはお前の食べ物だ」と言われているようなものだ。神ではなく魔に捧げられた供物、猫の前をまたたびを持って通り過ぎるようなもの。見た目が幼いのは……まあ申し訳ない、無関心だったから気付かなかったけど、成長はまた始まっていた。いずれ抱き心地もそこそこ良くなるに違いない。

 

「いや……良くなって、どうするというのだろう私は」

 

 本当に。悪魔に対してサービス精神を発揮しても仕様がない。

 とはいえ、アレも元来願いを叶えようとするもの。人にとって忌むべきものでも、在り方はむしろ優しい。多少は気遣うべきだろうか?

 ぼんやりと妙な思考に浸っていると、蟲による下半身の細かい修復が終わったらしい。痛みというより掻痒感に近い感覚が襲い、いつものように無視した。

 ロアといい、マキリといい、自分を好き勝手してくれた者の知識や技なのに、平気で使うあたりはやはり性格なのか、あるいはこだわりがなさ過ぎるのか。

 苦笑に近い衝動のようなものを感じ、顔には出ず、小さく息を吐く。演技は出来るのに、こういうものが表に出せないのは変わらない。

 のろのろと立ち上がる。まとわりつき、こびりついた血と精液の混ざり物に指を付け、魔術で水に変化させる。色々使わせた場所にも同じ作業をし、流れるただの水をハンカチで拭き取った。物質変換、アインツベルンが大得意とするようなものとはいえ、水に関する事もあり、私にもそう難しくはない。

 乱暴にされたゆえか、少しほつれてしまったワンピースの形を整え、脱ぎ捨てたコートを羽織った。

 戻ってきたメドゥーサにねぎらいの言葉をかける。

 言葉少なだが、彼女の性格も分かってきた。限られた人に暖かく、それ以外には冷たい。

 内界と外界をはっきりと区別し、内に居る者にはとても優しい。

 彼女とラインで繋がっているためか、記憶を共有することもままあった。彼女の姉のステンノ、エウリュアレ、メドゥーサの言うところの上姉さま、下姉さまの所行を目にすることもまた。

 体型ゆえか、メドゥーサは私とその姉を重ねている部分が少なからずあるらしい、性格はさすがに似ることがないが、確かに容姿のみで言うなら似ている部分があると言っても良いのかもしれなかった。

 聖杯戦争が終わり、令呪の縛りもなく、それでも力になってくれるという彼女にはどうにかして報いたい。どう報いれば良いのか、それが目下の悩みだった。

 

   ◇

 

 曇った空から雨粒が落ちる。

 しとしとと三日も続いた雨の下で紫陽花が揺れ、その陰で私も揺られていた。

 

「……ふ……う……ああ、く……」

 

 私の語彙も既に尽きている。

 下からガツガツと突き上げられ、突き立てられ、腫れあがったそこから愛液だか血だか分からないものがしぶく。私はといえば、呻きに似た言葉を延々と吐き出すのみ。

 

「まだだ、まだ足らんッ!」

「あぁ……う」

 

 男は延々と目を血走らせ、まだだ、まだだ、と言っている。

 今度はそのまま地面に押しつけられ、正面から挿れられた。じゅぶ、と汚らしい音が雨音に混じる。

 既に事が始まってから二日以上が経っていた。

 射精する事もなく、ただ私をじっと二日も犯し続けている。

 私を抱いているこの中肉中背、あまり印象に残らない男、途中で気付いたのだが多分……早漏のコンプレックスに悪魔が憑いた。笑い話のようだけど、こんな願いの叶え方をするなんて。きっとこのままでは終わらない。いや、男の体力が保たない。これだけ 激しく動いておいて何も食べていず、何も飲んでいない。

 こういう時どうすれば良かったのだろう。もっと、上手く痴態を演じる事ができれば、男の快楽を引きずり出す事も出来たのだろうか。

 心の中で溜息を吐く。仕方無い。最後に少しだけ痴態を演じ、それでも駄目なら精液を通じてのパスを作るのは諦めよう。

 私は、男をくわえ込んでいるそこを締め上げた。

 

「おッ……はッ……狭、ぐ……はあッ、まだ、もっとだ、いいぞ、いい」

「はい、私で、もっと感じて、くだ……さい」

 

 男はぐいぐいと腰を押しつけ、かき混ぜてきた。子宮口にまで触れられ、えづきたくなるような感覚が神経をかき乱す。

 もう何かをぶちまけたんじゃないかというくらいに濡れている敷布に押しつけられ、潰される。

 嬌声を、卑声を上げる。淫乱に。この男にはそれが良いらしい。

 

「ひゃ、ああ、もっとです、あなたの、その熱いのが、太いのが、私をかき混ぜて、ああッ、凄い、凄いです、ひあァッ」

「ああ、イイだろう! この腐れ淫乱、ビッチが、は、はは、まだだ、終わるわけないだろう、ガキの癖に、はは、もっとだ、こんなもんじゃない」

 

 じゅぶり、と音がし、引き抜かれる。乱暴にひっくり返された。四つん這いにされ、後ろから一気に貫かれる。勢いが余り、私は男に潰される形で手を突いた。

 突く、激しく、奥までねじ込み、引き戻し、これ以上なく激しく突きだす。

 

「んあッ、アアッ、んあッ、凄い、す、ご、ああッ、んうッ、もう、お兄さんのっ、がッ、奥までっ、奥までっ、来て、もっと、来てッ」

「ハアッ、こんなもんじゃねえ、こんなもんじゃねえッ! もっとだ、もっと啼けよ、ほらッ、イイんだろう! もっとだろう! なあッ!」

 

 男は片手を私の口の中に突っ込み、空いた手で後ろの穴を弄びはじめた。

 いきなり指を三本、当然裂け、急な刺激に体が勝手に反応を返す。

 

「んゥッ、ん、ふうッ、んんッ、む、んフゥッ」

「はは、締まった、もっとか、もっとなんだなッ! なあ行くぞ!」

 

 がり、とお尻の中に爪を立てられた。そんな事をしながら器用に腰を動かす。びちゃびちゃと下半身は凄い音がしている。

 

「そらッ、はあ、はは、もっとだろう、まだまだなんだろう!」

「うッ、んんッ、んんんッ、ふッ、うッ、むッ」

 

 動きはどんどんエスカレートする。

 ただやはり、もう、駄目だ。

 私が、ではなく、男がもう保たない。

 口の中を指で弄られているが、その指にも力がない。

 私は負けを認め、メドゥーサに自己封印を指示した。

 メドゥーサを前にぴたり、と動きを止める男。自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)彼女の魔眼を抑え込んでいる宝具。使い方を変えれば、悪魔の憑いた人間の、魔以外の部分を封じる事さえできる。ただしそれは一時的とはいえ、人の肉体という殻を悪魔という存在に譲り渡す形にもなり、場合によって危険度は高い。

 急ぐ。一呼吸で体を強化、もう一呼吸で黒鍵を構成、ロナの福音書よりサリアの賛歌、未だに押し倒している形の男の下で身をよじり男を軽くはね上げる。ずる、と未だに元気なものが引き抜けていった。

 心臓を狙い、黒鍵を突き入れ──

 反応は弱い、びくりと動き、一瞬で消滅したらしい悪魔の残滓のエーテルが漂った。

 ここからが忙しい。

 私自身の痺れた下半身の神経に魔力を押し通し、強引に痺れを取る。

 

「メドゥーサ、その人、そこで支えていて」

「……はい」

 

 何となく不承不承といった形で従ってくれる。

 私自身が手を加えて一から作った刻印虫、数秘と組み合わせる事が前提の、使い魔というより礼装に近いそれを心臓の代替とし、一時的に動かす。応急処置はこれでよし、ただこれでは魔力源である私が離れれば同時に動きも止まってしまう。宝石魔術の利便さがあればと思わないでもない。言っても仕方ないのだけど。

 心臓の修復が完全に終わったのは一時間も経った頃だったろうか。心臓が再び動き出した時にはほっとしたものだった。

 

「じゃあメドゥーサ、封印を解いて……あと、暗示、記憶も──あれ?」

 

 魔術での強化を解いたら力が入らなかった。ふらつき、倒れそうになり、メドゥーサに支えられた。せっかく治癒したってのに、男の方は支えを無くして木に頭をぶつけていたが。

 

「アカネ、駄目ですよ。無理をしすぎです。いくら魔術師とはいえ、二日間飲まず食わずで体を使っていたのですから」

「……ああ、そっか。じゃあ、後はいつも通りに……お願い……ね」

「はい、任されました」

 

 言葉少なに答えるメドゥーサに後を任せ、体の力を抜いた。いっそさっくり死んで記録されているらしい健康な状態に巻き戻れば効率的なのだけど、それをするとメドゥーサが微妙に悲しそうな顔になるので最近では出来るだけ死なないようにしている。

 体が重い、疲労が重くのしかかる。

 体内を這いずる蟲に体の修復だけ命じ、私はコールタールのような眠りに溶けていった。

 

 馴染みになったベージュの天井が見える。

 化学繊維百パーセントのそれは、基本的に巣に篭もる魔術師にはまず縁のないものだ。

 耐水圧二千ミリのふれこみの通り、ここのところの長雨を一滴たりとも通す事はない。

 はふ、と欠伸を一つ。起き上がり、自分の体の状況を確認する。体そのものは綺麗にされていた。夏向けにと買ってあったネグリジェに着替えさせられてもいる。メドゥーサがやってくれたものらしい。

 一見してクールな王女さまにも見えてしまうメドゥーサだが、ひとしきり家事は出来たりもする。たまに鎖を洗濯紐代わりに使ってしまうルーズさもまたあるのだけど。

 どれほど寝たのだろうか、外は明るくなっている。明るく……といってもやはり雨は続いているのだろう、テントのフライシートを叩く雨音が聞こえ、薄暗い。

 入り口のファスナーを開き、外に顔を出してみると、メドゥーサが雨除けのタープの下で椅子に座り、本を読んでいた。こちらに気付いたのか、振り向こうとし、動きを止める。

 

「と……すみませんアカネ」

「大丈夫、直視してないし、少し体が重くなった程度だから」

 

 本を読むには自己封印を外しているわけで、そうなると制御の効かない魔眼の影響も当然あるわけで。

 もっとも石化の魔眼の石化対象は認識が重要らしく、植物や小動物など、意識があまり向かないものまで無差別に石化するというものでもないらしい、石にしようと思えば出来てもしまうらしいけれど。

 メドゥーサは視線を本に戻して言った。

 

「体調は大丈夫ですか?」

「ん、問題ない」

 

 簡単に答え、テントからのそのそと出た。タープの下のテーブルに置いてあるペットボトルを取り、飲み干す。何の変哲もないスポーツドリンクだけれど、溜息が出そうな程美味しく感じた。デタラメな体をしていても脱水症状には敵わない。どろどろに濁った血が動き出し、ようやく霞がかかったような頭が正常になるのを感じる。

 用意してくれていたのだろう、これも、と出されたお馴染みスティック状の栄養食品を囓り、メドゥーサに状況を聞いた。

 野外で男に憑いた悪魔を祓ってから丸一日経っていたらしい。

 あの後、体力を消耗していた男の体調を考え、病院の前に置いてきたのだとか。二日間の記憶喪失の上、栄養失調、事件は事件でもあるけど、そこはメドゥーサが上手く記憶を操作してくれただろう。魔術の秘匿については厳密にするようにも言ってある。

 失敗したな、と思う。

 魔力パスを直接繋げて釣り上げる、というかむしろ追い出すに近いのだけど、それで今まで上手くやってきたものだから、まさかそんな形でひっくり返されるとは思わなかった。

 ああいう強引な剥がし方では、多分あの人の本来の人格部分にも少し欠損が出て、それを補うために歪みが出る。記憶をそのままにしたり、悪魔憑きのままにしておくよりは遙かにマシとはいえ。

 ただ、現状魔術協会にも聖堂教会にも知られたくもなく、地元の退魔組織には伝手がない。私に触発された悪魔憑きを放置すれば、被害が大きくなる。結局どうしようもない現状で、私がとれる手段は少なく、仕方がない、と思う他ない。行きずりの他人を十全に助けられる程の余裕は私にはないのだ。

 

「六体目……日本でも結構悪魔憑きが潜在してるね」

 

 もちろん西洋が本場なのは違いない、ただ多分宗教の広がり、教会の持つ最も巨大な神秘と共に悪魔もまた日本でも発現するようになっているのだろう。吸血鬼に加え、悪魔憑き、混血の存在、蒼崎という現存する魔法使い、もう壊れたけど冬木の聖杯、日本の退魔組織はそろそろ泣いても良いと思う。

 しかし気が滅入る。協会や教会の目に付かないようにあちこち移動しているのが裏目に出るとは。一月に二度のペースで遭遇している事になる。日本でこんな状態では、海を渡ったらどうなってしまうというのか。

 ついでに考えられる事もある。簡単な推測。

 

「もしかしたら、ですがアカネ、土着の存在が引き寄せられる……という可能性は」

「……うん、あまり想像したくないけど、そっちにも私はご馳走に見えちゃうかも」

 

 悪魔憑きだからこそ、今のところ対処できているのだ。

 多分今まで会った人達はどれも洗礼を得た、言わば宗教圏内の人、信仰の軽重はともあれ、認識しているかしていないかで洗礼詠唱や黒鍵の効きは天と地ほども違う。霊体への直接干渉手段としたら魔術に頼るしかなくなってしまう。

 猩々だの猿猴だのに輪姦される惨状が頭をよぎる。さすがにそんな事態になったらメドゥーサの魔眼で睨んでもらう事になるだろう。

 魔術で常に卵子は保護している、妊娠する事はまずないのだけど、それでもさすがにぞっとしない。蟲で散々犯されてるとはいえ、それが楽しいなんて思うわけもない。

 やはりここは聖堂教会にでも行き、その庇護下に?

 冬木に居るミサゴと慎二については遠坂の保護下なのだし、魔術協会側からは守られると思っても良い、私自身が進んで教会に所属すれば──イシュタルなんてものを降ろした以上、異端中の異端でしかなく、むしろ審問される側、特定の悪魔憑きには驚くほど効果的な私の配属先となると……埋葬機関の長が焼きごて片手においでおいでをしている姿しか浮かばない。

 いや、埋葬機関に身を置くとしたらあれが弱みを握らないはずがない。かえってミサゴは危険すぎる立場に置かれる。教会もやはり鬼門。やはり自分のこの性質を抑制する礼装を作る方向だろうか。

 厄介を避けるためにはむしろ一箇所に留まり、魔術師らしい工房を作って引き籠もるのが最善手なのかもしれない。

 

「アカネ、誰か近づいて来ます」

 

 メドゥーサがふと顔を上げ、そう言った。

 町の外れにあった廃工場、撤去費用も賄えず不動産主が逃げてしまったかのような佇まいのその敷地に仮の拠点を得ている。周囲は人に忘れられたかのように木々が鬱蒼と茂り、そうそう人が立ち入るような環境でもない。おまけにメドゥーサが直で張った結界付き、人避けと感知程度の簡易なものだけど、まず一般人が迷い込むような事はない。

 この町に魔術師の工房めいたものは確認できなかったのだが、それもざっと探った程度、いないとも限らない。無論、異能者や実践派の僧侶や退魔の人達なんて可能性もあるし、いずれにせよ出会いたい相手ではない。

 

「逃げる時間はある?」

「はい、男性が二人、この早さは歩きですね。撤収には十分かと。いえ、しかしこれは……覚えがあります」

 

 メドゥーサはどこか不思議そうに首を傾げる。

 やがて、ああ、と一つ頷いた。

 

「アカネ、確か一度聖杯戦争中に隣町まで行きましたね」

「うん……え? もしかして覚えって」

「はい、少なくとも今来ているうちの一人は、その時アカネが会っていた男性のようです」

 

 ……雁夜さん、どこで嗅ぎつけたのか。

 頭が痛い。いや、しかし、これまで移動してきた場所は念入りに証拠隠滅をしてある。最後に間桐臓硯を倒したあの森はもうどうしようもなかったとはいえ、そこからの移動には特に気も使った。教会や協会から嗅ぎつけられる事はまず無いと言って良い。

 科学捜査? 確かに今の時代なら髪の毛一本でもあれば個人の特定は難しくはない、しかし万が一そうして生存を知ったとして、何でここに居る事を把握できたのか。

 

「……仕方無い、会って話をしてみようか」

「いいのですかアカネ」

「うん、ここが判った理由も知りたい。メドゥーサは周囲の警戒をお願い、肉親を使っての釣り出しかもしれないから」

「承知しました、ただアカネ、今は令呪で呼ぶ事もできないのです、危険を感じたらすぐに知らせてください」

 

 そしてふわりとその姿を藪の中に消した。

 さて、と私は小さく呟き、テントに戻った。さすがにこんな格好で人と会うわけにもいかない。

 適当に買った白いワンピース、なぜかメドゥーサに妙なこだわりがあるようで、フリルやリボンのついたものに誘導されてしまった。革の編み上げサンダルを履き、外へ。タープから滴る水滴を見て、タオルを二つ用意しておく。

 まだ、時間はあるようだ。ならばと、テーブルの上にこれまた適当にスポーツ用品店で買った携帯コンロを出す、コッヘルに水を入れ点火。しばらくぼーっと何するでもなく待ち、湧いてきたら紅茶を直に投入、火を止め蓋をして蒸す。乱暴なやり方だけど手軽にそれなりの紅茶が飲めるやり方。もう一つの小鍋に何かのセットに付いてきたザルを乗せてお茶を移し、茶葉をこしとる。

 ふわりと良い香り。とはいえ私にはあまり紅茶へのこだわりがない、アッサムの茶葉だったろうか。

 試しに一杯、これまたセットの中に入っていた何製だか判らないカップに入れ、一口含んでみる。ふと、栄養が足りてないな、なんて事を思い出し、ミルクと砂糖を多めに入れ、ちびちびと飲んだ。なかなか体に染みわたる。

 お茶請けにクッキーでも出したいところだけど、生憎人目を避けている身。食料の調達すら、監視カメラのない店を探し、魔術で顔を認識しないようにして買い込む、なんて面倒臭い事もしている、栄養食品系や持ち運びに便利なものが中心になってしまうのは仕方のない所だった。当然、お菓子のような口に甘いもののストックはない。

 

「……間桐の食事に比べれば、人間らしいか」

 

 あの屋敷で私が食べるものは体の調整のために私のものには薬が多量に入れられていた。ミサゴが誤食すると間違いなく死ぬので一人でもそもそ食べるのが当たり前だったのだ。もっとも、それでも蟲を食べるよりはずっと美味しかったしまともな食べ物だったのだけど。

 しばしの追憶にふけっていると、足音が聞こえてきた。長雨の中、あの荒れた道を来るのはさぞ大変だっただろう。湿った足音。

 

「──あ、か……ねちゃん……かい?」

 

 さあさあと降りしきる雨の中、私は泣いていいのか笑っていいのか判らないかのような顔をした雁夜さんの顔を見、結局どう反応すれば良いのか判らず、いつもの無表情で頭を一つ下げて言った。

 

「久しぶりです、雁夜おじさん」

 

 隣でほっとした様子の真っ黒な雨合羽を着た人は誰なのだろうか。妙にその、かつて見た遠野志貴に似ているのだけど。

 

 雁夜さんから話を聞いてみれば簡単な事だった。

 聖杯戦争の結果がとんでも無い事になったのはやはり伝わってしまったらしい。すぐさま飛んで冬木に入り、調査していたそうだ。

 遠坂の姉妹にも当然聞いた事だろう、聖杯戦争の概ねの経緯を知る事はそう難しくもなかったと思う。ある程度関係者と思われていただろうし。

 多分、私が表向き行方不明という事になっていても、事実上死んだのだと教えられたはず。神霊の依り代になったなんて危ない情報はさすがに教えないとは思うけども。

 ただ、雁夜さんは信じられなかったらしい。私が死んだ事も、間桐臓硯という怪物がいなくなった、という事も。あるいは私が、その前に「聖杯戦争には参加しない」なんて言ってしまった影響かもしれない。

 間桐家の魔術的な資産の整理、あるいは霊地を貸し付けている魔術師との折衝を遠坂家から委託される形で引き受け、何か見落としはないかと調べていたそうだ。

 その際、手助けを頼んだのが、今、私の淹れた紅茶をのんびり啜る両儀幹也さんらしいのだが、どうもその、蒼崎……魔法使いではなく封印指定の方とも関わりがあるらしく、何と言うか、雁夜さんは裏事情に関わらずに生きる事は難しいのかもしれない。

 しかしまあ、何と言うか。

 そんな疑心からここまで辿り着かれるものなのだろうか。

 

「あの、ここが判ったのはどうしてですか」

 

 そんなに慎重さが足りなかったかと自問しつつ聞く。答えてくれたのは首にタオルをかけた両儀幹也さんだった。

 

「霊地十七箇所を線で結ぶんだ、その線上で普通ではありえない情報、浮いて見えるそれを抽出すると、段々日を追って動いていくのが判るからね、後は当たりをつけて虱潰し。この廃工場付近では一週間ほど前から極端に人が入り込まなくなっていたしね」

 

 もっとも、基点は北海道だったんだけど、と穏やかに言って紅茶を啜った。

 ──正直、絶句というか。

 さらっと凄い事言っている。情報を抽出とか言っているけど、一体どれほどの件数になるのか。

 それはまあ、あるだろう。暗示をかけても微妙な整合性の取れなさから、そのおかしさを周囲に聞いたりなど、些細な異常は残ってしまう。もっともそれは「そんな事もあったか」程度のもので、日常に容易く埋没していってしまう情報だ。

 あとは目立つ事があるとすれば、悪魔憑きを祓った六人、しかしそれも二日以上かかった事はない。記憶のすり替えもまず問題ないはずだ、メドゥーサの魔術の腕は信頼できる。少なくともこれまで地元の新聞にすら取り上げられた事はない。

 小さく息を吐く。

 

「……両儀さん、魔術師は基本危ないですから、迂闊に探し出さない方が良いです」

 

 言うと、目を丸くして、思わず、といったように笑みを浮かべた。髪で隠れているけどよく見たら左目は義眼かもしれない、焦点が微妙に合っていないようだ。

 

「ああ、うん。そうだね。本当にそうだ」

 

 橙子さんにも注意されたもんだ、なんて笑う。

 だからその……封印指定の人の名前を、一応魔術師だって事になってる私の前でぽんぽん出すとか。何と言うか私は異次元時空に投げ込まれている気がしてならない。いや、こんな見た目ではそんな危ない存在とは思えないのは当然なのだろうけど。

 私は内心で大きく溜息を吐く。

 ひとまず疑問は解けた。ただ、そういう形で居場所がばれたというなら大丈夫だろう。この人のような真似をそうそう出来る人間が居るとは思えない。

 

「それで、雁夜おじさんの用向きは……」

「……ああ。冬木市に帰らないのかとか、臓硯がどうなったのかとか、色々疑問はあるんだが。きっと話せる事、話せない事も多いと思う、だから何も聞かないよ。ただ、そうだな。行き場所に困っているならおじさんの所に来ないかい?」

 

 最後の言葉部分だけ切り取るとちょっとアレかもしれない、なんてふと頭の片隅で思ってしまう。

 私はラインを通じてメドゥーサと二言三言話しをしたのち、首を縦に振った。

 

   ◇

 

 失敗せぬよう、触媒の一つとなっている自分の髪を使い、羊皮紙に丁寧に模様を縫い込んでいく。

 それそのものが数秘の神秘、幾万通りの数の神秘を同時に含有する紋様、これ自体は設計図に過ぎず、魔力を通さねば何の意味もない。最後の締めにマキリの蟲を殺す時に少しだけ踏み入れた呪詛への反転式も組み込む。全体に予定している模様からすれば一割といったところだろうか。はたから見れば刺繍をやっているようにしか見えないだろうそれは、魔術師からの目で見ればかなりデタラメな魔術礼装と言えるかもしれない。

 失敗せずに縫いきり、ひそめていた息を吐く。

 

「アカネ、そろそろ休憩にしましょう」

 

 メドゥーサが頃合を計っていたのか、読んでいた本から目を上げ、そう言った。

 その顔にはメガネの形の魔眼殺しがかかっている。蒼崎橙子製作の礼装。少し解析してみたけど、見事な出来だった。基本を忠実に突き詰めたというか、余程の魔眼でも抑えが効くだろう一品。

 廃工場から撤収するため、荷を運ぶのにメドゥーサを紹介した後、当然ながら顔を覆う眼帯について聞かれたので、これくらいならと魔眼を封じている事を教えると、翌日ひょっこりと両儀さんが現れ「不便そうだから」なんて余りにも普通過ぎる理由で置いていったものだ。

 何でも彼の奥さんも魔眼を持っているのだとか、かつてその蒼崎橙子に貰ったものらしい。ただ、貰ったものの必要ではなかったそうで……いやそもそも、メドゥーサの石化の魔眼を抑え込む程の魔眼殺しでなければ抑えられないような魔眼、それでも要らないと。

 メガネ姿の式も良いと思うんだけどね、なんて惚気ておられたが、彼にとってはあんな礼装もただのメガネ扱いらしい。

 しばし常識について考え、静かに放棄。考えてみたら私が常識を考える事ほど馬鹿な事はなかった。そういうものだと思う事にしよう。

 ともあれ魔眼殺しについてはとても有り難かった。聖杯のバックアップの無い今、霊体から実体化させるプロセスでの魔力は依り代の私が捻出せねばならないのだけど、彼女はそれを嫌って実体化したままでいる事が多いのだ。魔性と魔眼を封じている自己封印は見えなくする事も可能だったが、それはそれでメドゥーサ自身に負担がかかるものらしい。

 

「あ。そろそろ雁夜おじさん帰るしお鍋温めておこうか」

「確か牛肉の煮込みでしたか」

「赤ワイン煮込み。ん……ニケイアの辺りの料理って言えば通りが良い? 前日にマリネしておくのがコツ」

「なるほど、煮込んでいる最中良い香りがしましたがそれでしたか」

「……残ってるワイン飲む?」

「是非」

 

 なんて他愛ないやりとりをしながらキッチンへ行く。

 雁夜さんは何てことのない片田舎のアパートに居を構えていた。ダイニング、キッチン、部屋が三つという独身男性にはかなり広い間取り。ただ、資料や機材、旅行時の装備一式などの収納で一部屋が占められてしまっていて、残りを仕事場と寝室に使っているようだった。

 転がり込んだ分際で申し訳ないながら、その寝室に使われていた部屋を丸々貸してもらっている。私自身はどこでも寝れるので文句は言わないのだけど、雁夜さん自身が仕事部屋で寝てしまったり、長く留守にしてしまう事が多く、元々あまり使っていない寝室だと言うので、遠慮無く使わせてもらっていた。

 そして、この部屋に転がり込んでから早くも一ヶ月。魔眼殺しを得たおかげでメドゥーサが堂々と表を歩けるようになったのを幸いにと、私自身は引き籠もりを決めこんでいる。どの程度の距離まで近づくと悪魔憑きの悪魔が顕在化するのかも把握しきれていない、今の所この部屋を中心に段々近づきたくなくなる程度の結界を張り、人避けをしている。おかげでか、今の所周囲で悪魔憑きの霊障が表に出るような事は無いようだった。

 もっともご近所さんについては申し訳ないのではあるけど。

 

 家に戻った雁夜おじさんも交えて晩餐。家賃を払うと言ったのだけど、受け取ってくれなかったので、せめてもと家事くらいはしている。

 メニューは牛肉のワイン煮込み、ちょっと邪流だけどもベーコンも入れてタイム多めで、ベースのオイルはバター、醤油と椎茸を加えて日本人の舌に合うようにアレンジしたものだ。粘りのあるソースはお米との相性も良い。副菜にはそれこそメドゥーサに説明したニケイア、ニースのサラダを一盛り、即席ピクルスに、ナスや玉葱のファルシ、肉詰めか。十年以上のブランクがあってもそれなりに料理出来たのは自分でもちょっとした驚きではあった。ロアであった血生臭い記憶も思い出してはしまうものの、それ以上に地中海の潮の香りを思い出す。

 雁夜おじさんは意外そうに、メドゥーサは目を細めて堪能してくれた。メドゥーサが残っていたワインを終わらせてしまったので、新しいボトルを一本開ける。雁夜おじさんも仕事を終えた後らしく、今日は飲み明かすつもりだったらしい。ペースが早い。

 

「ライダァー、飲み過ぎだろお前ェ、全くサーヴァントってのは際限ねえんだから。言う事聞かねーわ、現界するだけで魔力バカスカ食うわ」

「……カリヤ、誰を思い浮かべているか知りませんが私を一緒にしないでください、とそう言えばカリヤも聖杯戦争に参加していたのでしたね。どんな英霊を呼んだのですか」

「おおー、聞いて驚け、サー・ランスロットだよ、湖の騎士の。ただなあ、バーサーカーだったからなあ。結局あいつが何考えてるかなんて最後まで判んなかったなあ」

「それはまた……私はバーサーカーなんて括りで呼ばれなくてよかったですね、いえ、そんな枠で呼ばれたら拒否していそうですが」

 

 アルコールのためか雁夜さんが普通にメドゥーサと話している。結構珍しい光景だ。

 さすがに真名は憚りがあるので、対外的にはライダーで通している。もちろん聖杯戦争に参加した事のある雁夜さんにはその意味も、彼女がどういう存在かも判るのだろう。どこか苦手意識というか、距離を空けた付き合い方をしていたのだ。

 ……もっとも、雁夜さんの参加していた聖杯戦争を思い出すと、あの時のライダーはかなり破天荒な人物だったような気もする。なにぶん十年前の事だし印象しか覚えていないけど、そんなのと重ねている部分もまたあるのかもしれない。

 まあ、仲良くなる分には良いので全く構わないのだけど。

 何やら視界の中で段々妖しい雰囲気が出来てくるのは何故なのだろう。

 コンプレックスか、トラウマか、弱いところを刺激されたのか、雁夜さんがネガティヴ思考に落ち込み、メドゥーサが「ふふ、駄目人間ですねあなたは」なんて言って弄っている。一応ほどほどにねとだけ声をかけ、私は私で食事の後片付けに回る事とした。

 

 翌日、いつもよりわずかに機嫌の良い雁夜さんを不思議に思い、メドゥーサに何かしたのかと聞くと。

 

「悪夢は眠らせて沈殿させておくより、表に出した方が良い時もあります。正対できるだけの成熟を得たならなおの事」

 

 なんて、しれっとした顔で言っていた。何か琴線にかかるものでもあったのだろう。

 

   ◇

 

 例年より蒸し暑い日が多く、熱中症の絶えなかった夏も終わりを告げる。

 一夏の寿命を迎えようとする力無いヒグラシの声が物寂しげに響いていた。

 買い物帰りのメドゥーサを迎えて玄関の鍵を開け、出迎える。

 

「ただいま帰りましたアカネ」

「うん、おかえり」

 

 何の変哲もない、短い挨拶。お互い口数が少ないとこんな感じになってしまう。

 聖杯からの現代知識があったとはいえ、さすがにそこまで細かく網羅されているわけでもない。食料品の買い込みなどはメドゥーサの苦手なものだったのだが、やり方次第という事で、作る料理と食材、何人前なのかを書いたメモを持たせ、スーパーではなく商店街のお店に直接メモを見て選んでもらう事で対処していた。残っていた神性のためか、美貌のゆえか、段々おまけの品が増えてくるのが凄いところだろう。キュウリを買って西瓜をおまけでつける八百屋の主人とか頭がどうにかしているとしか思えない。

 買ってきたものを冷蔵庫に仕舞い込み、それまでやっていた作業に戻る。

 

「そろそろ完成ですか?」

「うん、雁夜さんの言うには冬木も落ち着いてきたみたいだし、これが出来たら様子を見に行こうと思う」

 

 乳青色の蟲を手の平で転がす。直系三センチ程の、一見したところトルコ石か何かのようにしか見えないこれも立派な魔術の産物だ。魔力を込めたアクアマリンをベースにしたカイガラムシ様の蟲。自分で動く事はないが、中身はかなりエグいかもしれない。蟲自体が蟲毒の壺となっていて、その内部で微少の蟲達による共食いと再生産が行われている。その生成され続ける呪詛を転換して魔力源とする外付け魔術回路というか、魔力炉のようなものだろうか。最初に私が込めた魔力が尽きるまでは動き続けるはず。

 それを動力とし、羊皮紙にびっしりと髪で刺繍された術式の中心部に絡め、マジックスクロールのようにくるくると巻き、捻り、端と端を結びつけ、ここでちょっと一手間。羊皮紙の微少な繊維、タンパク質で編まれたそれを紐解き、融解、再接着。ウロボロスの環を気取るわけでもないけど、こうして閉じてやる事で、術式が完成する。見た目は有り得ない捻れを伴った輪。腕時計ほどの大きさだろうか。一見すれば何の変哲もないベージュの輪っかに過ぎないが、中身を見れば節操の無さに呆れられるかもしれない。

 大きさ的に丁度良さそうなので買った革のシガレットケースに入れる。

 

「よし、できた。結構渾身の一作」

「私の知る系統のものではないですが、手が込んでいますね」

「……魔術師が中身見れば逆上して壊したくなるかもしれないけどね」

 

 これほど魔術という学問を小馬鹿にしている礼装も珍しい。そういえばもううろおぼえなのだけどシエルさんにも武器改造癖があったろうか。案外、無意識のうちにロアの魔術師としての知識をこういう形で貶めて鬱憤の捌け口にしているのかもしれない。

 ようやく礼装が仕上がった事で安堵の息を吐き、ソファに転がる。

 霊脈上でもないので、魔力の消耗が早い。さすがに疲労を感じていた。

 

「魔力切れですかアカネ」

「ん、じきに回復するけど、いろいろやりすぎた」

「カリヤの精気でも吸ってみますか?」

「……えぇと、そういうのは」

 

 私自身はもうヨゴレ中のヨゴレなので今更だけど、被害者の心情はかなり複雑なものになる気がする。

 

「簡単なことです、私が淫夢に引き込んでいる間に体をですね」

「いや……でもそれは」

「アカネ、大丈夫です。叔父と姪なのですからそのくらい当たり前ですよ」

「ん……あれ? 当たり前だったっけ」

「はい。それにきっとカリヤも満更ではありませんよ、聞けば十年前も救いに来てくれるほど執心だったようではないですか」

「うん、あんなにボロボロにならなくて良かったのに」

「そこまでしても欲しかった花なのですよ、ですから、今晩あたりいかがです?」

「こ、今晩あたりって」

「魔術の基本は無いなら有るところから持ってくるものでしょう、さあ」

 

 唐突にどたんばたんとドアが開き、雁夜さんが飛び込んできた。

 いつの間にか帰っていたらしい。

 

「良くないッ! 断じて良くないぞそれは!」

「おやカリヤ、帰っていたのですか。ところで、話は変わりますが、私は耳が良いのです」

「……あ、ああ。それがどうしたんだ」

「生唾を飲む音が──」

「ッない! 俺は興奮なんてしていないぞ!」

 

 メドゥーサは獲物を見つけた蛇のように目を細め、くすくすと笑った。

 

「自爆属性でしたか」

「づっ……あ、あんたはッ!」

「雁夜おじさん?」

「違う、違うぞ茜ちゃん! おじさんはそんな邪な気持ちなんて」

「目一杯でしょうに」

「あんたは、黙ってて、くれ!」

 

 何ともまあ。

 メドゥーサはすっかり雁夜さんを弄り対象に認定してしまったらしい。にしても雁夜さん、もう壮年に近いのに。すっかりペースを崩されてしまっている。多分そっちの方面に話を振り向けたのも、雁夜さんが帰ってきたのを勘づいたからだろうに。

 まあ、楽しそうなので良い事だ。私ではメドゥーサも今ひとつイジりようがないだろうし。ともあれ、あれだけ騒げば喉も渇くだろう、と茶でもいれる事にした。

 お湯を沸かし、お茶をいれ、お茶請けに先日貰った栗羊羹を切って運ぶ。

 どうぞ、とお茶をすすめると雁夜さんで遊んでいたメドゥーサも、ここまでですか、と引いてくれた。

 恥ずかしい話にでも発展してしまったのか、微妙に赤みの残る雁夜さんが何かを誤魔化すかのように、ぐっとお茶を飲む。

 いい年なのにどこかそんな少年めいたところを見せる、何となくほっとするものを覚えてしまった。

 私も一口お茶を含み、いい機会だから、と先程完成した礼装を渡しておく。

 ほとんど魔術回路が機能しなくなったとはいえ、元魔術師の家に生まれただけあって感じるものはあったのだろう。雁夜さんも顔を真剣なものに戻した。

 

「茜ちゃん、これは?」

「お守りです。シャツの胸ポケットにでも入れておいてください。接触している衣服、ひいては体表を境界として結界を張ります」

 

 渋い顔を見せる雁夜さん。

 説明した方が良かっただろうか。少し悩み、話しておく事にした。

 

「私の作ったものです、物理なら車にはね飛ばされるくらいの衝撃、魔術なら並の魔術師の儀式魔術くらいなら耐えると思います。妙な霊に憑かれる事もないでしょうし、なまじの呪詛なら返します。ただ「逸らさず」「受けきる」ので、同じ場所に強い衝撃が加わるのには弱く……その、銃弾飛び交う中とかには入っていかないでください」

「あ、いや……茜ちゃん、俺はちょっとこの手のは」

「雁夜おじさん、持っておいて下さい。どうもおじさんはこの先も魔的なものに否応なく関わってしまいそうですから」

 

 今までの事を考えると抗弁できないのか、雁夜さんは乱暴に髪を掻いた。

 

「シガレットケースに入れてますが、中身は捻れた円環にしてあるので魔力反応も漏らしません。お守り、と言いましたが常に起動し続け主を守る使い魔のようなものです。何か強い攻撃などから守る度に稼働年数を減らしますが、何も無ければ多分二百年くらいは動きます」

 

 発想そのものはかつて会ったネロ・カオスの固有結界。混沌の因子を如何にして内包するか、往時のカオス──フォアブロ・ロワインと名乗っていた頃の彼と議論をし、新解釈に目を輝かせ頭を悩ませた。そんなロアの記憶もまた引き継いでいる身なので、どういう身の守りにするかは最初から浮かんでいた。

 結界を自動で張り続ける使い魔、動力がマキリの蟲なんて知ったら嫌がるだろうからそこは秘密にしておかないといけない。

 しかし、手の平にシガレットケースを乗せて眉をひそめ眺めている。

 雁夜さんも色々あったろうし、色々な思いもあったろう。魔術嫌いになっても仕方無いとは思うけど、ここは曲げてもらわないといけない。

 私は両手を伸ばして包むようにその手に握らせた。真っ直ぐ見据えて言う。

 

「雁夜おじさんが心配なんです」

 

 何故か驚いたように目を見開き、二度三度をまばたきをする。小さく、私の名を口の中に篭もらせた。

 ややあって、はあ、と大きく溜息を吐き、頷いてくれた。肩の力を抜き、礼装を自身のシャツの胸ポケットに入れる。

 

「ありがたく頂くよ、茜ちゃん」

「よかった」

 

 一つほっとした。

 そしてメドゥーサがなぜかラインを通じて妙な事を言っている。

 

「さすがですアカネ、これは──墜ちましたね」

 

 あざとい、でもそれが良いのです、などと続けている。メドゥーサも本やテレビを見て知識を吸収するのはいいけど、妙な文化まで吸収しているような、そんな予感がしてならない。

 

   ◇

 

 聖杯戦争のサーヴァント、どんな枠にはめるにせよ、英霊は英霊だった。人とは隔絶した存在。

 そんな存在が未だ現界しているだけでも魔術協会の降霊を専攻している魔術師などには垂涎のモノ。雁夜さんのアパートは住み良く、久しぶりに人の暮らしを味わわせてもらったが、いつまでも留まっているわけにはいかない。現に霊脈とは離れたこのアパートでメドゥーサのような、あるいはもしかしたら私のような、魔を引き付ける存在がいたためか、よからぬ存在、悪霊だの怨念だのというモノが引き寄せられてしまっている。私達が居なくなれば霧散するだろうけども。

 妙な事件に首を突っ込みやすい雁夜さんに礼装を渡したのち、私は冬木市に舞い戻っていた。

 

「でもメドゥーサ、男ってそんな……早漏気にするもんだったっけ」

「ええ、私の時代においてもやはりそれは恥とされていましたね」

 

 新都の東端、顔見知りがあまり居ない場所の月極め契約のマンションを適当な偽名で借り、ひとまず敷いた結界の中でそんな埒も開かない話をしていた。

 冬木市に来て早々に悪魔憑きに襲われたのだ。

 新都側で、冬木教会があったからこそ余計そうだったのかもしれない。

 結局また、早漏を治したいなんて、私にはもう判らない切実な願いに取っ付いた悪魔を祓うのにメドゥーサの力を借りてしまった。

 願いとしては情けないとも言えるのに、厄介極まりない。

 

「いっそマキリの淫蟲で人の身では味わえない快楽を得させて射精させるべき?」

「アカネ……私は夢で同調した限りですが、あれは暗示でどうこうなるレベルではありません。魂すら歪みかねない快楽です」

「……そっか」

 

 ちょっとずれてしまっていたらしい。ロアの罪業を色濃く引きずる私としては多分、快楽がそのまま心の苦痛を伴っていたからこそ耐え切れていたのだろう。そんなに効果の高いものだとは思わなかった。私が一番嫌悪するものではあったにせよ。

 メドゥーサはしばらく考える様子を見せ、少し惑いを残しながら言った。

 

「アカネ、少し経験を増やしてみますか?」

「……経験?」

「はい。あなたの痴態はとても初々しく、それは可愛らしいものなのですが。やはりその、貴女は経験そのものが少ないのでしょう?」

 

 考えてみる。

 確かに、そうかもしれない。

 ロアである時を除いては、私自身が受動的に、相手の求めるものに応えるだけの存在だったように思う。

 私自身が罪の意識に苛やまされていたというのもあるけども。

 経験が少ないと言われればそれまでだが……

 

「その気になりましたか?」

「うん、違ったアプローチで対処できるかもしれない。お願い」

「承知しました」

 

 その言葉と共に、ぷつりと私の意識は──奈落に落ちた。

 

   ◇

 

 黒い髪、黒い瞳、朴訥な顔つき。

 ああ、どこにでもいそうだ。

 でも結局どこにもいない。

 彼はゆっくり私の肩に手を回し、どこか躊躇いながらこつんと肩と肩をキスさせた。

 痺れる。

 触れあった場所から痺れが走る。

 そして私は何となく彼の顔をまじまじと見つめ──

 戦慄した。

 いけない。

 いけない。

 この人は、この人だけはいけない。

 

「茜さんはいつもそう逃げてばかりだから、だからね」

 

 いとも当たり前のように言った言葉が耳朶を打つ。遠野志貴、あなただけは駄目なんだ。

 私は泣き顔を晒していたかもしれない。

 どうしたのかな、なんて困り顔で接してくる。

 

「だから、駄目なんです。それは、アルクェイドさんやシエルさん……に」

「茜さん、よく判らないよ。俺はただの学生だし、さ。そんな留学生っぽい名前出されても」

「あ……」

 

 当たり前にこの人は私の唇に唇を近づけ……

 当たり前に普通の人で……

 それでもこの遠野志貴という人を奪うわけにはいかなくて……

 ぐちゃぐちゃになる。

 思考が撹拌される。

 どうしたらいいのだろう。

 私はどうしたらいいのだろう。

 ただ、目の前の確かな存在にしがみついたらそれは遠野志貴だった。

 彼の指はまるで竪琴を鳴らすかのように繊細で、本当に嘘のように繊細で。

 ──嫌だ。

 快楽なんて嘘だ。

 とろりと溶けるものがある。

 慣れ親しんでいる。こんなもの嘘だ。私はその中に罪を犯した。

 志貴の指が私の隠している部分に触れた。

 溶け出した。

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。

 溶けるはずがない。私の罪が、こんな快楽で溶けていいはずがない。

 なんで、なんで、なんで。

 

「……いや、いやあ、いやああ」

 

 首を振る。

 構わず志貴は指を奥深くへ。

 

「う、ああ、あああ、やめて、志貴さん」

 

 罪を感じる。私はこんな快楽など快楽として感じて良いはずがなく──

 指はさらに奥深くへねじ込み、繊細に刺激した。ピアノを弾くように。

 

「ふ……ん……あ……」

 

 股ぐらからはだらしない音が鳴っている。

 ちゅるちゅるという水音。本当に下品でだらしない。

 

「わ、私はッ! そんな。普通にしないで。殺して、滅茶苦茶にして、痛めつけて、絶対に許さないでください」

「それが君の望みなら、と言いたいけど。許すよ」

「……え」

「俺は人だから」

 

 ハ、と笑ったような気がする。

 皮肉げに笑ったような気がする。

 ただそれ以上に、私は私を抑えられなかった。

 

「あ……ああッ、ふん……ん、んん、あっ」

 

 いつしか私はのしかかられている。

 膣を蠢く彼の何かがとても熱くて篤くて厚くて。

 粘膜を引きはがすような強引なそれでなく、ただ私にも楽しめと、歓べと。

 腰を振った、狂ったように振った。

 

「あああ、あん、好きです、私は、こんなのが、好きな、嫌らしいんです」

 

 もっと感じたい。この人を感じたい。普通でないのに普通でありえる存在を感じたい。

 ぎゅうと股の間に割り入れられたそれを締め付けると、なおさら動きが高まった。

 

「ひ……、ひぐ、あ、やああ、志貴、さん、駄目です、駄目なんです、私は感じたら」

 

 涙が、涙があふれ出る。

 私は本来女ですらない化け物。

 エディを裏切ってしまった。

 エディを殺してしまった。

 抱かれながら遠野志貴に悦んでいる。

 抱かれながら遠野志貴を裏切っている、。

 感じたくなかった。悦びたくなかった。

 それでも私は。裏切りながら快楽と愉悦に頬を歪ませている。

 それは特別な技巧なんかじゃない。

 むしろ普通であり、当たり前過ぎる人の営み。

 づん、と突き上げられ、私は痛いよ馬鹿と相手を信頼している一言を投げた。

 涙があふれ出る。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 いや、いやあ、いやああ。

 苦悶から苦鳴へ、苦鳴から苦悦へ。

 自分の声が際限なく高ぶるのを感じる。

 

「ひっ、ひっ、ひっ……ごめんなさい! ごめんなさいッ! ああ、や」

 

 激しくない。乱暴じゃない。普通の愛撫。人の営み。なのに私はこれ以上なく、快楽を感じていて。

 もう駄目だと思った。

 壊れちゃえ、と思った。

 じゅぶじゅぶじゅぶじゅぶ、音ばかりが聞こえる。

 

「ん、ん、あ、あ、もう、うう、は、私、私、溶ける、溶け──いや、く、嫌だ、あ、ん」

 

 口を塞がれた、目が丸くなるのが自分でも判る。

 最中にキスされるなんてなかった。

 口内を浸食される。

 私が際限なく彼に塗り替えられる。

 

「ん、む、は、ふうう、あ、ふ」

 

 最後の力を振り絞って──

 股間に力を入れて、締め上げてみた。

 最後の抵抗。

 

「ふゥ──んああ、ああ……」

 

 熱。下腹部に高まる熱。

 脈打つモノが感じられた。

 びくり、びくりと。

 ゆっくり二度三度、未練があるよう往復させ、彼は引き抜いた。じゅぼんと大きな音がする。

 もう、どれだけ恥ずかしい思いをさせるのと、彼の胸に額を当て、段々と眠りに落ちる。

 

 ──そして目覚めると、とてもイイ笑顔のメドゥーサがいた。

 ぐはぁ、と血を吐けるなら吐きたい。

 聖杯戦争末期でも淫夢見せられた事はあるけど、今回のはそれにも増して。

 私は頭を抱えて転げた。

 というか登場人物が遠野志貴とは何事か。

 彼にはシエルさんとアルクェイド、それに妹までいるわけで私なんぞが入り込める隙間など。

 いや、なんでブルー入っているのか、まるで私がその隙間に入り込みたいようじゃないかと……

 

 ヒグラシも鳴き終わり、秋の入り口ともなるその時期。

 私はメドゥーサに弄られ、煩悶する日々を送っていたのだった。




まず言っておきます。
このSSの登場人物は十八才以上です。
逆算しないでください、お願いですからしないでください。
ソレナンテエロゲ属性に塗り替えられた主人公のお話でした。
型月世界でそんなのを持ち合わせればそれはもう大変。
次話でhollowアフターにつなげて終わりの予定です。
悪魔憑きについてはDDDを参考に結構強引な設定付けをしてしまってます。信じないで下さい。

一応年代はこう合わせてあります

1976 エレイシア誕生
1991 遠坂茜が養子に出され間桐茜に、間桐雁夜がこれを知り魔道に落ちる
1992 第四次聖杯戦争、間桐茜が何とかやりくりして雁夜を逃がす
1993 アルクェイド、ロアが顕在化したエレイシアを殺す
1996 エレイシアがシエルとして復活、聖堂教会でしばらく殺され続ける、三重の矛盾に陥り茜の成長も止まる、マキリの胎盤としては既に完成済み
1999 間桐茜、鶚を出産
2000 両儀未那出生
2001 月姫本編、遠野四季に転生したロアを遠野志貴が直死の魔眼を以て殺した
2002 第五次聖杯戦争、聖杯戦争の原型も留めない結末を迎え大聖杯ごと吹き飛ぶ
   同年、夏、三咲町でタタリ事件

時系列設定には諸説ありますので、これもまた捏造設定の一部とお考え下さい。
ではいずれまた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。