/序
「では~~~~~~!! うちの課長さんのN崎県知事就任と勅任官昇任を祝って、ついでにわたしのN崎県転任を祝ってぇ、かんぱ~~~~~~い!!」
チリン。
やっぱり鈴谷ちゃんが音頭とると華があるね。
「鈴谷ちゃんも、転任先でも頑張れよ!」
「わたしゃ左遷だよ~~~~……とほほ」
「おい!! 滅多なこと言うなよ。俺が連れてくんだから、恥かかすな」
「ならさ~~せめて、任官とは言わないまでも、警務課とかに見習させてくれればいいのにさあ~~~~! 帝都の見習警部が田舎の水産課の見習ですよ! 魚とるんか!!」
「バーカ! N崎は北海道に次ぐ水産県だ! それに警務課一本の警察畑なんぞ使い物にならん! それに佐世保が大事だって何度も言ってるだろ!!」
「わかったから次は戻してよ~~~~お願いだから……」
「……おまえ、警務課長なんぞになったら所轄みたいに明るく元気で仲良くやりましょーでは通用せんのだぞ」
「へぇーい……」
ある冬の小さな居酒屋。
鈴谷と男が二人、座敷で卓を囲んでいた。
「はあ~~~~……漁師さああああん、大和は~~?」
「ゴルフコンペのあと、偉い人のお宅で集まりあるから、ちょっと遅れるって」
「相変わらず大変だなあ」
「……まあ、それはともかく、伊澤さんもとうとう知事ですか。本省めっちゃ長かったですもんね」
「おかげで後輩には恨まれてるよ。人事の停滞が酷いと下が不穏になる」
鈴谷に漁師と呼ばれた男は、伊澤に酒を注ぎながら言った。
「……知事になっても、マジで結婚する気ないんですか」
「ないな」
茄子田楽をつつきながら、素っ気なく言われる。
独身知事なんて他にいるのかよ、という言葉は飲み込みつつ、
「それは……困りますよ」
「はあ? なんでおまえが困るんだよ」
「たとえば……たとえば、ですよ。俺と大和が入籍するすることになったら、ぜっったい大和は伊澤さんに仲人頼むと思うんですよ。そんとき、細君どうすんですか! 披露宴のとき、『俺仲人なんだが独り身だからキミ(部下)の細君貸してくれ』とでも言うんすか!!」
「いっ意味がわからん!! おまえは何を言ってるんだ!!」
「あはは! 漁師さんって想像力豊かだねえ」
「いや、俺はマジで言ってるんだ……。伊澤さん、結婚してください!! 他の偉い内務官僚なんて二回も三回も結婚してるじゃないすか!! 恥ずかしくないっすよ! みんな娘みたいな年齢の女性と結婚してるじゃないすか!! 四十路の結婚なんてありきたりですよ!! 大丈夫っ大丈夫ですよおおおお!!!!」
「おい鈴谷、こいつ黙らせろ」
鈴谷ちゃんはゲラゲラ笑っていた。
「うちの課長さん……じゃなくて、知事さんが結婚できないのはしょうがないの、漁師さん!! この人なんだかんだ言って艦娘っていうか仕事のことしか頭にないから!! それよりさ、四月から始まる例の制度。そっちの方が大事じゃない、漁師さんにとっては! 大和さ、今すごい大変だから、そっちの方が大事じゃんってわたし思うんだよね! もうこの人ことなんか放っておいてさ!!」
フキノトウの天ぷらを食べながら鈴谷ちゃんが言った。
「…………うん。その通りだ。鈴谷ちゃん、言うことが大人になったね」
「え~~~~前からじゃん! その言い方じゃ前は子供だったみたいじゃん!!」
鈴谷ちゃんは一番に艦娘鎮守府を抜けて、いろいろな事情が積み重なり、今は内務省に有資格者(キャリア)として採用され、見習をしている。
見習先の所轄署での活躍(?)も大和から色々聞いている。
今の話しぶりで、所轄での活躍が見えるようだ。
その大和も、今は艦娘鎮守府を背負って立つ艦娘で、艦娘の父親役だった提督がテロで倒れてから本格的に休む暇も無く働いていた。
だから、当ても無いことを言う俺より鈴谷ちゃんの言う通りだった。
「まったく。それよりも、おまえが大和に振られることを心配しろ。周りには若いエリート揃いだぞ。おまえなんか鼻くそ以下。まさしく、雑・魚だな!!」
「グッ!!」
「『大和ちゃんには良い婿くれてやらにゃなあ』って連中の口癖だぞ。爺共に受けがいいし、若いのにはギラギラした目つきで影から見られてるし! おめー俺がどんだけ紹介してくれって言われてるか知ってるか?」
「ぐぐっ!!」
「最悪? 振られても? 俺を頼れよ? 水交社でも階行社でも、内務系でも俺が良縁紹介してやるから!! あ、まてよ! N崎で良い嫁さん探しといてやるってのもいいな!! おいッこれ名案だろ!! 待ってろまず写真おくっから!! 漁師だし向こうの方が絶対いいって!!」
「うぅぅうううう…………」
「うちの課長さんはさっぱりしてるのかねっとりしてるのかわかんないねえ、漁師さん!」
「もう独り身のことはいいません……」
「あっ、大和! こっちこっち!」
「ごめんなさい、遅れて……」
「あ~~! そのマフラー漁師さんからもらったヤツでしょ~~! かわいー!! すっごい似合ってるよ!! あ、ネックレスもすっごくいい!! いいなあ! そっちはどう見ても漁師さんのセンスじゃないけど!!」
「うるさい」
「なんだ? ずいぶん荷物だな」
「ええ、あの、掛け軸や色々、いただいてしまって…………」
そういった大和は、困惑を柔和な笑顔で隠していた。
「……とりあえずお疲れ、大和」
「はい。やっと一息つけます」
そう言いながら、俺を手で制して大和は奥の方に座った。
そして鈴谷ちゃんが楽しそうに手を挙げて、
「じゃあ、僭越ながら、お刺身盛り合わせ、願いしま~~~~っす!」
と乗り出して言っていた。
「あれ? そこのコート鈴谷の? それってカシミアじゃない?」
「そうだぞ。愛人からのプレゼントだ。高いぞ」
「愛人じゃないってば!! 戦略的パートナー!!」
鈴谷ちゃんには、伊澤さん以外にも内務省の後ろ盾がいるらしい。
詳しくは知らない。
「……ああ、そうだ。大和には言い忘れてたな。提督のテロときに提出された進退伺い。本省では警保局長以下保安課長、属官まで。本庁(警視庁)では総監以下特高部長から係の巡査まで。それが、受理されなかったのは知ってるだろうが……その実質的な左遷が次の人事で行われるそうだ」
「…………そうですか」
「保安課長だった萱場さんも知事に転出だってさ。一応栄転だから、今度お祝いするんだけどさ…………」
「先輩、さぞがっかりしていたろうな」
「うん…………。かわいそうなぐらいズーンってなってる」
その「戦略的パートナー」がその萱場さんという人らしい。
知事は内務官僚を志す者の目標だ。ガッカリするのというのは、左遷とは言え正直よくわからない。採用されたって知事や勅任官級のポストまで行けるのは一部。そして江戸時代の大名みたいに扱われるのだ。
なれる基準とかあるんですか、と聞いたら、「見た目」「気が利く」「中央に顔が利いてカネが作れる」と返ってきた。
だから本当は知事なんて雲の上の人で。
ぶっちゃけ普通に話してるが、この目の前の伊澤さんもタメ口きいたらいけない人間です。
N崎県の知事だって本来高等官一等のポストなのに、この人は二等で就任する。
最近の知事は、官選とはいえ完全自治体のように間接選挙制のような慣行ができている。ある程度、政党に評判がよくないと内務官僚とは言え知事にはなれないのだ。
「まっ!! また異動の前に一緒に二人で歌舞伎行くんだけどね!!」
「こいつ、生意気にも花道の前の桟敷以外じゃ見やがらねえんだよ。先輩も懐が寂しくなるわけだ」
「高いんですか?」
「たけえよ馬鹿!! あ、でもそういや、この前所轄の男と一緒に座敷に居たって聞いたぞ」
「えへへ。奢ってもらっちゃった」
「…………おい。所轄の男共から、花束なんかもらってるとも聞いたぞ」
「えへへへ。もらっちゃった。だって、お花って一番嬉しいじゃん!! 変なプレゼントより綺麗だし香りもいいし、重くなあい!!!! オールフォー鈴谷! 鈴谷フォー鈴谷!!!!」
「このやろう……」
このよおに、キャリアなのにキャリアぶらない上、女性署員とも結託してるからもうその所轄は鈴谷ちゃんの天下らしい。
「鈴谷ちゃん、いい内務官僚になるよ」
「でしょ!! 漁師さんもそう思うでしょ!!」
「やめろ!! 図に乗らせるな!! 俺が被害を受けるんだから!!」
大和がようやく笑い始めた。
負の感情を隠しているようには見せない強さが、艦娘全般にある。大和は特に強い。
「鈴谷。今度一緒にスーツ仕立てに行きましょうね」
「えええ~~~~!」
「提督が転任先ではスーツにしろって言ってたでしょう」
「はあい」
その不似合いな素直さには、色々理由があるのだろう。
「スーツと言えば、大和、須賀の自治会周りじゃ面白いことがたくさんあったな」
「ええ。ふふっ、伊澤さんは意地悪なんですから」
艦娘交流推進指定団体制度、つまり艦娘が鎮守府や決められた場所以外で自由にその市町村で住めるようになる制度。それが、今春から須賀で始められる。
始めると言っても上から「始めますから」とはいかず、自治会などに懇々と説明をしてお願いをして回ったらしい。
「基本自治体と大和で回ったんだが、ひとつ大事なところで艦娘嫌いの糞爺がいたんだよ。で、何食わぬ顔して茶話会に呼び出して俺も潜り込んで、大和に和装させて茶を点てさせて、散々交歓したあと、ヒラみたいな顔してた俺が名乗り出て大和を紹介したんだよ! あの爺さんおったまげてたなあ、くくくっ」
「あははっ、歌舞伎みたいじゃん! っていうか、知事さんも子供っぽいことするなあ!」
「まさか、本省の課長さんがわざわざ来るとは思いもしませんもの。ひどい人です、まったく」
「おまえだってノリノリだってじゃねーか! 『粗茶ですが』『先生に褒めていただけるとは光栄ですわ』『大和撫子だなんてそんな』って、わははは!! 騙しておいておまえ、そりゃねーーだろ!! うひひひひ!!」
「一度やってみたかったんです! いいじゃないですか!」
ようやくいつもの大和に戻ってきた。
こういうときは、俺は静かにしている方がいい。
「はーあ……。で、何もらってきたんだ、その荷物」
「揮毫とか、色々です」
「なんて揮毫だ」
「『宝積』と」
「……そうか」
深い意味があって、書いたわけではないだろう。
某政党の幹事長室にも飾ってある言葉だし、熊野ちゃんの文通相手が言うには盛岡では今でも子供達に筆をとらせて書かせているそうだ。原敬の言葉。
でも、今の大和に合っている言葉だとは思わない。だから伊澤さんも黙っているのだろう。
「ねえ、ホウジャクってどういう意味?」
「うるさい! おまえは鈴谷フォー鈴谷でいってろ!!」
「ひ、ひどい…………。こんな雑な対応、久しぶりだよよよ」
泣き真似をする鈴谷ちゃんにとっくりをついで慰める。
大和が話す気になっているのだから、ちょっと静かにしてて。
「掛け軸も…………なんとなしに褒めてしまったら、持って行けと強く言われまして……」
「誰のだ?」
「○○省の──さんです」
「あれか。コンペはどこで?」
「茅ヶ崎の……」
「そっちはいいか……」
「それで…………」
大和が、俺をちらりと見た。
俺に聞かせたくない、仕事の話。そういうことだろう。
「じゃ、鈴谷ちゃん、早いけど次の店行くか!」
「ふええええ!! まだ残ってるんですけお!! じゃあいいけど駆けつけ一杯は漁師さんの奢りね!! あと鯨ステーキとた~~っぷり大根おろしが乗ったおいしーー出汁巻き玉子が食べられるところね!! あと肉!! なんでもいいけど肉ね!」」
「はいはい。わかったから行こう行こう!! つーか鯨飲の鈴谷がなんか酔ってね?」
「酔ってない!! ってゆーか鯨飲ってゆーな!! 吐くぞコラア漁師ィクジラァァ!!!!」
二人が去ったのを確認して、伊澤が切り出した。
「で、どうした?」
「実は…………次のゴルフコンペ、別の場所なんですが、艦娘の服を着て……出て欲しいと」
「は、はあ? 何言ってんだ?? 許されんだろ」
「それが、どうもよろしいらしくて」
「信じられん。どこだそのクラブ。…………はぁ~~……。あれでも、内務『系』官僚の末席だ。そんなだから本省が外局通して艦娘の教育見なきゃならんし、あんなのの為に歴史ある人事課が人事局だ。無能が頭数増やして自分らで自分の仕事作ってんだからワケねえよな…………チッ」
「こんなこと、課長さん……じゃなくて、伊澤さんに頼んで申し訳ないんですが」
「いや、むしろ当然だろう。異動の前には、ちゃんと脅しておく。敵にして本望。理運理運。『飲ます抱かす』でのし上がり、自分もそうするのが当然だと思ってやがる。モラルのモの字もねえ、理性途上国のどうしようもない人間だ」
「あなたが一番嫌いなタイプですね」
「はっ。だが、あの手の連中はしつこいぞ。女の腐ったヤツのようにしつこい。気をつけろ。ああいうのばかりでは、もちろんないが、腐ったヤツほど綺麗には済まない」
「はい。わかっています。みなさんにたくさんお世話になっているから、私も艦娘鎮守府を仮にもやっていられますから」
「……そうだな。提督も、おまえなら任せられると思って覚悟していたはずだ」
「………………はい。ですから、必ず」
「……はあ。やっと、なんか帰ってきたって気がします」
実際飲み終わって帰ってくるまで電車で一時間以上掛かっていた。さらに我がボロ屋は須賀中央から数駅離れている。心苦しいなんてものじゃない。
「お疲れ。やまと。粗茶ですが」
「うふふ。ありがとう」
飲み終わったあと、どこか適当なバーに入ろうかと聞いたが、流石に首を振られた。
「わたし、この掘りごたつ好きです」
「俺は大和がいる掘りごたつなら、好きだよ」
「ふふ、まだ酔ってるんですか?」
「独りで座ってたって寂しいだけ……」
並んで、狭っ苦しく掘りごたつに入る。
あ。最近大和が忙しくてご無沙汰なので、ちょっとムラムラしていた。
でも明らかに疲れている様子だ、大和は。
「きゃっ! どうしたんですか!」
「大和分の補給…………」
「はいはい。わたしも……」
四月からの艦娘交流指定団体の制度が施行されて。それで大和と一緒に暮らせる。
今は、目の前に漁港がある。もちろん、俺の船もそこに。
そしてボロ屋だが……いなくなった家族との唯一の絆である、この家。
でも、「そっちの方が大事じゃん」ってそうだよな。
そっちの方が、大事だ……。
「大和、四月になったら一緒に住もう」
「ええ、でも」
「みんな良いようにするから。いくつか用意して、大和のいいようにしようと思う。ダメ?」
「ダメじゃ、ないです……」
それまでは、「こっかあんぜんほしょー」上の理由により、居住の自由すら制限されていて、大和も例外ではなかった。
艦娘にはそういうことがたくさんある。
それでもいつもは「普通の女の子」にように振る舞える艦娘は、きっと人間よりずっと強い。
けれど無制限には我慢できるはずがない。そんな当たり前のことが、忘れられる。気にされなくなる。
「今日は泊まっていきなよ」
「はい…………」
うとうとし始めた大和のスーツを引っぺがして着替えさせ、それから鎮守府に電話した。
電話番は卯月のやろーだった。
俺達が付き合いだしたとき散々冷やかされたが、自分も付き合いだしたので顔を合わせるたびに煽り合いになる。こいつと付き合っている男の顔が見てみたいぜ。
だって、「うーちゃんうーちゃん」言ってる卯月だぞ?
「そういえばおまえは鎮守府出んの?」
「それは考えちゅーだぴょん! ……ねえ、漁師さんは艦娘で横須賀市軍を名乗って三浦市に攻め込んで京急沿線を割譲させるのってどう思うぴょん?」
っていうか、後ろでオールナイトニッポンが流れてるぞ!
「はあ?」
「もちろん和田義盛ぴょん碑あたりも全部!! あっあっやっぱり百三十四号線に沿って全部割譲だぴょん!!」
彼はどうやら半島の先の方に済んでいるらしい。まあ思いっきり市外だ。
「そりゃおまえ、その名の通り和田合戦だろ……。大体相手は高校生なんだからしょうがないじゃん。電車ですぐ会いに行けるじゃん」
「うーちゃんねえ! 今休みなしで入り嫁みたいになって農作業手伝ってるの!! とっても大変なの!!」
「へえ~。なら尚更構わないじゃん」
「三浦はいつもでしゃばるぴょん!! 和田合戦のときも奴らが裏切りやがったから和田ぴょん負けたぴょん!!」
聞いてねえ。
「いいぴょんか、作戦を説明するぴょん!! まず、三崎港を制圧し上陸! やつらは慌てふためき無抵抗だぴょん! そのまま海上から支援砲撃をくわえつつ三浦市役所の防御陣地を粉砕するぴょん!! 更に北上して警察署をとって──」
暇なのか延々と馬鹿なことを言ってるので適当に切った。
大和はこたつでもう寝ている。
いずれにしろ、俺のやることはもう決まっていた。
/破
「大臣閣下並びに諸君! 本日はご招待を辱うし、大臣閣下と諸君らと交歓の盃を挙ぐる機会を得るは、予の欣喜かつ光栄とするところにして、謹んでこれを感謝し、大臣閣下並びに諸君のご健康を祈る! 乾杯!」
「乾杯!!」
何度も繰り返される乾杯。
私は人々の間を回って挨拶を繰り返しています。
一番多いのが内務省OB。お爺様方が麹町で麻雀大会をしているところに提督に入れてもらって広げた人脈。
次に自治体OB。これは仕事上の付き合いで自然に増えていきます。
最後に海軍。この人達はあまりこういう場に来ないから、見知った顔は多くありません。
政治家やその関係者もいますが、あまり伝手はありません。提督も政治家の線はさほど使わなかったようです。使うときは元帥を通していたようで、私もそうしています。
皆さん、パートナーを連れての来場が多く、私はちょっと失敗したな、と思いながら挨拶はひっきりなしでした。
こういう場で目立つのは、やはり勲章の差です。伊澤さんも嘆いていましたが、例えば高等官三等。官僚なら課長相当、軍人なら大佐相当で勤続年数はだいたい同じ。だから位階も同じなのに、勲章は天と地の差だと。従五勲六の課長は死ぬほどいても、勲六の大佐なんてあり得んだろ?! と怒っていました。それに瑞宝章だけでなく、軍人には旭日章も金鵄勲章も記章もあります。華々しいです。こういう場で軍人がモテるのは当然なのでしょう。
…………艦娘には勲章も位階もありませんが(怒)。
「やあやあ大和ちゃん、今日も綺麗だね。この前は随分無理を言ってしまったようで、反省しているよ」
例の方です。できれば、会いたくはありませんでした。
「こんばんわ、先生。こちらこそ、私の方が誤解を招いてしまったようで申し訳ありませんわ。ですけれど、艦娘の服は軍服、戦闘服とローブデコルテを合わせたような特別な意味をもつものでして、私のように一線を引いた艦娘は、もう着ることはあまりないのです」
「でも、着てはいけないというワケではないんだろう」
「ええ、まあ……」
「実は後日、大臣閣下の祝いの席が身内だけで開かれるんだ。政治家の先生方もたくさんいらっしゃるし、何より艦娘と我が省は内務系にも関わらずあまりに没交渉だったと思わないかい。本来は我々が艦娘と手を取り合って、艦娘の教育方針を定めていくべきじゃないか」
「先生……」
「おっとすまんすまん。それでだ。内務省や海軍の連中は見飽きたかもしれんが、儂らは艦娘の本来の姿というのを直に見たこともないのだよ。是非披露してくれればみなの艦娘への理解に繋がるではないかと思ってね。もちろん、一人一人ちゃんと紹介して回ろう。きっとキミの力になってくれるはずだ」
と言いながら、手を握ってきます。
物好きの目で見られながら紹介されても誤解が広がるだけだ、とは言いませんでした。
提督がいなくなったから、こうして言い寄ってくるのです。
さらば艦娘鎮守府の司令官代理としてはすることは決まっていました。
「光栄ですわ、先生。是非お招きに預からせていただきます」
某豪商の邸宅で、先日のパーティーで主役となっていたお大臣様と、その取り巻きの政治家や官僚が招かれ、飲み食いの大騒ぎです。伊澤さんは賭交などと申しますが、このらんちき騒ぎより麻雀していてくれた方が幾分マシです……。
私は例の先生に紹介されて回り、その後は自分でお酌をして回りましたが、ふともも、二の腕、お尻、腰! ともう数えたくないほど触れられて居ります。さっきは膝を突いたところをスカートの中に手を入れられました。……信じられません!!
とまあ、怒っても仕方ないのでにっこり笑います。
見かねた知人の官僚が仕事の話で側に引き止めてくれました。
たぶん、皆さんには嫌われてしまったでしょうね、無粋な人だと……。
ありがとうございます。
そして宴が終わりになる頃、大臣閣下は求める人に揮毫を書いていました。
「これおよしなさい、はしたない」
色紙を持ってはにかむ女中さん達の求めにも気前よく応じています。
私も頂戴致しました。
「ふう…………」
さて、これで終わりなら、「綺麗」なのですが……。
「大和ちゃん、よかった、ちょっと話そう!」
そうもいかないわけでして……。
控えの一室に連れ込まれると、大げさに絶賛されました。
「いやあ、先生方の評判がとてもよくてね!! 是非また呼んで欲しいと、今度はもっとじっくりと話せるところでと、皆さん仰っていてね!!」
「そうですか、それはよかった。でも先生、申し訳ありませんけれど、私もそろそろお暇致しませんと……」
「そう言わずに!! もう少し、今後のことについて話そう!!」
眼が、ギラついています。
欲情した男の眼。今後のことなんて、少しも話す気はありません。
「まあまあ座って座って!!」
座布団が露骨に隣り合わせに置かれ、間近に、息が掛かるほど近くで喋っています。
「しかし、大和ちゃんのその格好はなかなかすごいな! 本当にその格好で戦いに出ていたのかい!」
「ええ、本当です」
「す、すごいな。そうして、正座をして少し崩されると……」
ふとももが露わになって艶めかしいと仰りたいのでしょう。
「先生、今後のお話というと」
「ああ、ああ」
もう、こっちの話など聞いては居ません。
「なんと芳しい。なんと綺麗な瞳だろう。大和ちゃん」
肩を強い力で掴まれました。
「痛いです、どうか、離して……」
「なんとモチのように吸い付き男の手を離さない肌だ」
「……うっ」
あっという間に上着の中に手が滑り込んできて、ブラの上から乳を掴まれます。
そして慣れた手つきでブラのホックを片手で外す。そんな人。
「うちの大臣閣下は、将来総理になるお方だ」
正座をしたままの私の首を舐めながら、
「きっとよくしてやる」
服の上から、生の乳房を揉まれ。
興奮し欲情した中年の男の息が、耳に掛かり。
一心不乱に揉んでは、乳首を抓み。
口を吸おうと顔を近づけてきますが、それは避けます。
するとむしゃぶりつくように耳をなめ回し、乳房の扱いだけは優しく、
「きっとよくしてやるから」
黙って抱かれろ。そういうことなんです。
「……」
そっとブラをつけなおし。
そしてこの人の首に両手を回しました。
「センセイ……」
「ああ…………」
感嘆のため息。
ごめんなさいね。
「先生には、何人ご家族がいらっしゃいますか?」
「は? んっ?」
「……私には、何百人という家族がいます。先生と同じで、私も家族のためならば何でも致します。でも…………」
ぎゅう、と背中に回した両手で万力のように抱きしめました。
「先生では、私が股を開くには能不足ですわ。先生ご自身が総理になられ、私をお求めになられましたら、その時は喜んで股を開きましょう」
本当になられても困りますけれど、そうであるならこのようなことは致しません。
この人は、有資格でありながら汚れ仕事を率先してやるロジ屋。
あることないこと周りに吹き込む困った人です。
「ぐっ、うっ」
「先生。今後、私以外の艦娘にご用命あるときはお爺様……ではなく、海軍元帥にお話を通してください。直接お話してお招きなさることは避けてくださいね。みんなまだ子供ですから、私もほとほと困っているんです」
「がっ……」
「でも、私は先生のことをとても尊敬していますから……どうかまた、お招きくださいね。そうでなくとも、皆さんと親しくなってしまいましたから、またやってくるやもしれませんが……」
「わっ、わかったっ」
わかってはいない。
卑怯な臆病者という言葉を常々提督は言っていました。
提督ならもっとうまくするのでしょう。私にはこれが精一杯です。
「先生、大好きですよ」
そう言って離すと、私は一瞬自分の容姿を確認してから、部屋を出ました。
「──まっ、まってくれ!!」
「はい」
長い廊下。わたし達しかおらず。
「……いっいくら出せば、もう一度してくれる? さっきの、万力のような、抱擁を! カネならいくらでも省からいくらでも出せる!!」
ふう。
ふうううう。
ふう~~~~~~…………ッ。
/急
今日も今日とてお仕事です。
世間は春。みんな浮ついていますが、わたしども艦娘鎮守府は通常営業です。
「大和、今日は先にあがったら?」
矢矧が執務室のドアを開けていいます。
接待がなければ事務仕事。事務がなければ接待。
一度みんな放り投げて海に出たいものです。
ふぅぅぅ~~~~~~…………。
「……ごめんなさい。悪いけど、いいかしら」
「当然でしょ」
「やまと~~~~! 三浦市侵攻作戦要綱できたぴょんよ~~~~!」
「もうっ! 違うでしょ、卯月!」
「あっ、そうだった!! お疲れぴょん、司令官代理! びしっ!」
なんだかみんなの様子が違いますが、とにかく部屋に帰りましょう……。
「大和」
「はい?」
「帰るところ、違うでしょ」
矢矧にそう言われ……勝手に宿舎に向いていた脚を見ました。
「そ、そうでした」
「ふふ。お疲れ様」
そう送り出され、まだ陽が明るい内に鎮守府の門を徒歩で出て……。
まっすぐ坂道を登り、そう大きくもないマンション。
彼は自分の職場が遠くなるのに、わざわざ近くを選んでくれた。
マンションのオートロックを鍵で開けて、部屋の前で少し佇み。
そして、チャイムを押した。
「はーい」
「…………わたしです」
「ははっ、おかえり。大和」
わたしの家。
わたしの……家。
「料理、できてるよ」
「はいっ」
鈴谷も伊澤さんも提督も、みんな、みんな変わっていってしまうけれど、この人はずっとわたしの味方でいてくれる。
だから頑張れるんです!
だって、家族なんですから!