「ん……、ここは……?」
耳を打つ波の音と背中から伝わる温もりを感じて、私はゆっくりと瞼を開く
「望……?」
聞き覚えのある声が私の名前を呼ぶ……、その声が聞こえた方を向いてみると未だ覚醒しきっていない私の瞳に誰かの姿が朧気に映る。恐らくこの人が私の事を呼んだのだろう、そう思って私はこの声の持ち主を思い出す為に記憶の糸を手繰り寄せ、ある人物の姿を思い浮かべます
「……神風?」
私が思い浮かべた人物の名前を声に出したところで、段々と私の視界がハッキリとしてくる。するとそこには先程私が頭の中に思い浮かべた人物の、神風の姿がありました
「望、私の事が分かるの……?」
神風はその瞳に涙を湛えながら私にそう尋ねます、彼女の質問の意図がよく分からなかったけど、彼女の様子を見る限りどうやら私は彼女を心配させてしまったようです
「神風……、ごめんなさい……、心配させちゃって本当にごめんね……」
私が神風に謝ると、彼女は私を強く抱きしめ声を上げて泣き出してしまいました
「どうやらこちらの方は一件落着、と言ったところでしょうかね?」
「そうッスね~、これで後は光太郎さんが来てくれたら役者は揃うって感じッスね~」
私が神風を落ち着かせようとその頭を優しく撫でていると、不意に誰かの話し声が聞こえてきました。私と神風以外にも誰かいるのかな?そう思ってそちらの方を見てみると……
「え……っ!?」
私の視線の先には人とは思えないほど真っ白な肌をした女の人が2人、何かに乗っているわけでもないのに海の上に立っているじゃないですか……っ!?
私は一瞬パニックになりそうになりましたが、そこでふとある事に気付きます。この人達だけではなく、神風も、そして私自身も海の上にいるじゃないですか……
そこでようやく今まで自分の身に何があったのかを思い出します……、そういえば私はあの火事のせいで……、そして気が付いたら人間じゃなくなっていて……、それから……
「どうしたの望ちゃ~ん?もしかしてそこの野郎共が怖かったのかな~?だ~いじょ~ぶ!心配しなくてもこの超イケメンの俺様が望ちゃんの事シッカリバッチリ守ってあげちゃったりしちゃうからね~!」
私が今までの事を思い出していると、なんか変な人が私に声を掛けながら近寄ってきます……。って言うかこの人は何で私の名前を知っているんですか……?
「おいそこのナル公、恐らく今一番怖いのはお前だと思うんッスけど?」
「すみません、先程不審者がいると言う通報を受けまして……、ちょっとお話いいですか?」
最初に見た2人が後から来た人にじっとりとした視線を送りながらそんな事を言っています、特に鬼のお面みたいなものを付けていらっしゃる方の発言はまるで本物のお巡りさんのようでした
「あの……、皆さんはどうして私の名前を……?」
「そ、そそそれは、かか、神風さんが……、そ、その……は春雨さん達をたた、助けて欲しいって……、いいい言ってきたんだよ……、ぼ、ぼ僕達に……」
今度は私の左の方から声が聞こえました、かなり緊張しているのか吃音が酷いみたいですけど……
「んあ?藤吉?」
「ほら、先程先輩達が来たじゃないですか、恐らくそれで九尺が引っ込んだのかもしれません」
先程の2人のコソコソ話が聞こえてきます、私はその中で聞こえた藤吉という名前に思わず反応してしまいました。藤吉……?それに酷い吃音……
そこで私はとある同級生の男子の事を思い出しました、吃音が酷くて皆から虐められていた男子生徒の事を……
「藤吉君……?貴方……、戸部 藤吉君なの……?」
私がそう言うと、先程どもりながらも私に話しかけて来てくれたちょっと姿が人間からかけ離れた人が、ビクリと身体を震わせました
「……お、覚えててく、くくくれてたんだ……」
やっぱり……、この人は私が知っているあの藤吉君なんだ……。そうなると藤吉君も何らかの原因でこの世から去って、それから私と同じように……
私はそんな事を考え、藤吉君にどんな言葉を掛けてあげるべきか悩んでいると……
「光太郎おおおぉぉぉーーーっ!!!おっま速過ぎんだってぇっ!!!ちったぁ俺らの事も考えて走りやがれえええぇぇぇーーーっ!!!」
誰かの叫び声が聞こえてきました、何事かと思ってそっちを見てみると、激しく水飛沫を上げながら物凄い速さでこちらに向かってくる人と、その人を追い掛けていると思われる水上バイクに2人乗りしている人達の姿が見えました。水上バイクの後ろに乗っている人、目を閉じて凄く必死になって運転してる人にしがみついてるみたいだけど大丈夫なのかな……?
「でいやあああぁぁぁーーーっ!!!」
先頭を走っていた人が、気合の掛け声と共にブレーキをかけ私の目の前で止まり、すぐさま私の顔を見つめてきました、この人は一体どうしたんでしょうか……?
「望ちゃん……、本当に目が覚めたんだね……」
凄い速さで走って来た人が、私を見つめながらそう尋ねて来ました。その人の表情はとても穏やかな感じなのですが、その中には私の事を凄く心配していた……、そんな感情が含まれているような気がしました……
「え?あ、はい……」
私は戸惑いながらそう答えると……
「そうか……、よかった……、本当に……よか……った……」
その人は私の返事を聞くなり、そう言いながら海面に両膝を突き泣き出してしまいました……
「あ、あの……っ!どうしたんですかっ?!何があったんですか!?」
「生前に果たせなかった事をこの世界でようやく果たせたんだぁ、そうなりゃぁいい歳こいたおっさんでも泣きたくなるわなぁ、だから今は思う存分泣かせてやんなぁ」
突如泣き出してしまったこの人に私が慌てて話しかけると、また違うところから声を掛けられました。何処かで聞いたようなやたらネットリした声の方へ視線を向けると、全身真っ白な女性が腕を組み、泣き出した人の方を見ていました
「え……?それってどういう……「あっ悟さん、皆の処置終わったんッスか?」……え……っ!?」
あの人が泣き出した理由を聞こうとしたところで、~ッスとかなり特徴的な喋り方をする人の口から思い掛けない人物の名前が飛び出してきて、私はとても驚いてしまいました
「その話し方に悟って……、もしかして貴方は伊藤先生なんですか……っ!!!」
思わず大きな声が出てしまいました、でもそれも仕方ないと思うんです。もしこの人が本当に私が予想した人物だったら……
「……藤吉だけでなく、俺の事まで覚えてるたぁなぁ……」
やれやれとばかりに頭を振る伊藤先生……、私は突きつけられた現実に驚愕してまともに話す事が出来なくなってしまいました……。まさかこの人まで死んでしまうなんて……
「ん~?悟さん、望ちゃんとはどういう関係だったんッスか?」
「恐らく護が考えているような関係ではないと思いますよ?確か望ちゃんの家の近くに悟さんの診療所がありましたから……」
「って事は望ちゃんのかかりつけの診療所が、悟さんの診療所だったりしちゃったりするとか?」
皆さんが色々話をしていますが、私はショックから未だ立ち直れていないのでそのあたりの事情を上手く皆さんにお話出来そうにありません……、本当はそれだけじゃないんですけど……
「あ~……、昔ちょっとなぁ……、まあそれは機会あったら話す事にするわぁ。それよりもだぁ……」
そう言って伊藤先生は水上バイクに乗っている人達の方を向きました
「ようやく話終わったか、んじゃ悟、この姉ちゃんの事頼むわ!」
「輝、貴方いい加減私の名前くらい覚えなさいよ……」
どうやら私達の話が終わるのを待っていたようです、話を聞く限り後ろに乗っていた女の人を伊藤先生に診てもらおうとしているみたいですが……
「お~お~加賀ぁ、輝の事呼び捨てにするたぁなぁ~……、生憎俺はそっち方面の処置は出来ねぇがよぉ……、その足の方なら今すぐに何とかしてやんよぉ。輝、加賀をこっちに連れて来やがれぇ」
先生は加賀と呼ばれた女の人の足を見るなりニヤリと笑いました、そして輝と呼ばれたこれまた真っ白な女の人は加賀さんをお姫様抱っこして、そのまま先生のところへ連れて行きます。その様子を見る限りどうやら加賀さんは足を怪我しているようです
「……今日の俺はちぃっとばっかし機嫌がいいんだわぁ……、この怪我、瞬殺してやんよぉ……!」
そう言って先生はちょっと怖い笑顔を浮かべながら、加賀さんの足の治療を開始するのでした