「戦ちゃ~ん、今大丈夫~? って、あらあらお邪魔だったかしら?」
戦治郎の返事も待たず執務室の扉を開ける剛、その目に映ったのは大和に膝枕され耳掃除をされている戦治郎の姿だった
「剛さん、せめて返事くらい待ってくださいよ……、とりあえずこの恰好のままでいいなら聞きますよ」
この反応から察するに耳掃除は大和が提案したようで、中断させるとむくれてしまうだろうから敢えて止めないのだろう、実際大和の表情はとても幸せそうだったので中断させるのも無粋というものだ
剛の後ろで「相変わらずやってんな~」だとか、「お熱い事で……」だとか聞こえてくるのは無視しておく、それと神通は自分が想い人の耳掃除している姿を思い浮かべるのを止めなさい、身体が火照ってきているのが丸分かりなので
「そのままで構わないわ、それで哨戒の結果なんだけどやっぱり偵察に来ている連中が増えてるわね、まああいつら相手に海賊紛いの事やってきたんだからアタシ達の事血眼になって探すのも当たり前の話よね」
「襲ったワ級の数は数百隻以上、潰した補給拠点も15から先は数えてないからな~、ただでさえ純正連中は対立してんのが多いから、そりゃあっちもブチギレますわな」
「あたしらそんなに派手に暴れてたのかよ、全く気にも留めてなかったぞ……」
摩耶が言う、摩耶と木曾は戦治郎達が初めて救助したドロップ艦なのでこの鎮守府の最古参・オブ・最古参だったりする
「提督、そういえば拠点にしていた場所に隠してきた資材や資源はどうするんだ? 他の鎮守府の連中にはまず見つけられないだろうから減る事はないだろうが、そのままにしておくのはもったいなくないか?」
今度は木曾が戦治郎に問う、そう、戦治郎達にはワ級や補給拠点を襲撃した際に大量の資源や資材を入手していたのである
救助した後仲間になったドロップ艦達は当然として、人から生まれ変わって深海棲艦になった戦治郎達にも補給は必要だったので、それらを目当てにワ級や補給拠点を襲撃したわけなのだが、資源も資材も予想以上に手に入ってしまい全て持ち歩く事が出来なかったので拠点を移動する際持ち歩ける分だけ回収して残りは誰にも見つからないようにしっかりと隠して置いてきたのである
「んだな、遠征ついでにちょこちょこ回収していくとすっか、そうなると翔と輝と太郎丸以外のこっちの面子を最低1人は遠征のメンバーに加えるようにすっぞ」
「その方が賢明ね、案内役だけなら一緒に海賊やってた子達にやってもらえばいいんだけど、襲われたときの護衛役となると少々力不足になっちゃうのよね……」
「面目ねぇ……」
「こればっかりは仕方ねぇよなぁ……、何であいつらは当たり前のように連合艦隊をまとめて4つも5つもこっちにぶつけてくんだよ……」
木曾が俯き摩耶が恨めしそうな顔をする、深海棲艦の補給拠点の物資の量から考えてこのくらいの事は問題なく出来るのだろう
最初あたりは普通の艦隊だったのだが、何度も返り討ちにしていたらドンドン数が増えてきて現在は6vs50~60なんて事がザラになってしまっていた
「まあそのおかげで俺らも強くなってんだから問題ねぇ問題ねぇ」
「提督、次は反対の耳をやりますからこちらを向いて下さい♪」
「うい、……何かごめんなさい」
戦治郎のポジティブな返答からの大和からのお願い、向きを変えた結果剛達に尻を向ける形になった為軽く謝罪を入れる戦治郎
「いえ、大和は楽しんでやってますから♪」
「ごめん大和、剛さん達への謝罪なんだ……」
「アタシが最初にいいって言ったんだから気にしないでいいわよ、とりあえず報告はこのあたりでいいかしら?」
剛の言葉で哨戒の報告はこれで終了となり、哨戒に参加したメンバーは入渠ドックへ向かっていく、大和は顔を真っ赤にしながらも戦治郎の耳掃除を続けていた
「さって、そろそろ漣達が来る頃合いかなっと……」
「今はヒトロクヨンゴーです、まだまだ時間はあるようですね」
戦治郎の耳から耳かきを抜きながら大和が答える、どうやら耳掃除は終わったみたいなので戦治郎が身体を起こそうとするが、大和がそれを手で制止する
「まだ時間がありますから……、もうしばらくこのままでいさせてください……」
「……あいよ、5分前までだからな?」
「はいっ♪」
先程戦治郎の頭を押さえていた手で戦治郎の頭を撫で始める大和、その心地良さに戦治郎もたまにはいいか、と成すがままにされていたのだった
剛達が戦治郎に報告している間、漣達はあるものを見つける
埠頭に腰を下ろし釣り竿を握り海に糸を垂らしている人影である
その姿は先程別れた神通に似ていたが別人のようだ
漣は霞にちょっと待つように頼み後ろからコッソリ近寄って声をかけようとしたが
「おや? 私が今まで感じた事のない気配が2つほどしますが……、どちら様でしょうか?」
こちらを振り向きもしていないのに、こちらの人数を正確に当て問いかけてきたのだ
「気配で気付けるって只者じゃないですね……、貴方何者なんですか……」
「人に名前を尋ねるときは先に自分から名乗るものだと思いますが、どうでしょう?」
「こりゃ失礼しました~、綾波型駆逐艦の漣っていいます、本日付けでこの鎮守府に着任しました、それで貴方の名前は何というのでしょ?」
「貴方が初期艦の漣さんですね、初めまして、私はこの鎮守府で憲兵のような役職に就いている神代 通(かみしろ とおる)と申します、以後お見知りおきを」
神代 通と名乗る腰に2本の刀を差した軽巡棲姫はやはりこちらを見る事なく会話を続ける
「貴方も憲兵さんでしたか……、この鎮守府の憲兵さんは只者じゃない人ばっかりなのか……」
「貴方も……と言う事は、剛さんにはもうお会いしたようですね」
やはりこちらを見る気配すらしない、相当集中しているのだろうか?
「ですね~、先程お話してましたが、その間全く隙が無いというかいつでもこっちを組み伏せる事が出来るぞ~って雰囲気を出しっぱなしでしたね~、あれって何なんでしょ?」
通がその事を何か知っているようなら教えて欲しいものである
「あれはあの方のクセのようなものですね、あの方は先輩の店に来るまでは軍隊で結構高い階級にいたそうなので」
元軍人、それも結構偉い人だったのか……、それなら何か納得してしまう、でも何でそんな人が先輩の店に……? って、先輩?
「先輩って、ご主人様の事でしょうか? 通さんとご主人様ってどんな関係だったんです?」
「私と先輩は剣術の道場にいた頃の先輩後輩の仲だったのですよ、その道場の師範は私の祖父だったのですけどね」
そういえば護達が言っていたっけな、つかこの人のお爺さんの道場だったのか、そうなるとこの人も相当凄いんだろうな~、実際気配だけでこっちの人数当ててきてたし……、というか戦治郎は空手もやって剣術もやってって色んな事やってるな~
そんな事を考えていると
「キィー!」
通の隣にあるバケツから変な声がした
「こら金次郎、バケツの中に入らないで下さい、釣った魚達が驚いてしまいます」
通がそう言うと、バケツの中から何かちっちゃいのが飛び出してきた
「キキィー!」
「大人しくしていて下さい、っと失礼しました」
通が謝罪する、が、漣の耳にその声は届くことはなかった
「何ですかこの生物! ちっちゃくてチョー可愛いじゃないですかー! この子、通さんのペットなんですか?! 漣に譲って下さいオナシャス!!!」
金次郎と呼ばれた漣絶賛のこのちっちゃな生物、人はPT子鬼群と呼ぶれっきとした深海棲艦なのだが、この個体は普通のPT子鬼群とちょっと様子が違った
まず、普通は3匹セットのはずなのが金次郎は1匹しかいないのだ
そして何より小さい、本来なら赤ん坊くらいのサイズなのだが金次郎は漣の手のひらサイズである
「漣うるさい! 一体どうしたのよ……、って何よそれ?」
騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた霞、漣が全力で頬擦りしている金次郎を見て問う
「その子は金次郎(きんじろう)と言って、先輩が生前飼っていた琉金が生まれ変わった子なんですよ」
「今度は金魚か……、あいつどんだけペット飼ってるのよ……」
霞が呆れるように言う、それに対して
「シェパードの太郎丸、琉金の金次郎、ミドリガメの甲三郎(こうさぶろう)、白頭鷲の鷲四郎、ヒグマの大五郎、コーカサスオオカブトの六助(ろくすけ)、ベンガルトラの弥七の7匹ですね、皆こちらに生まれ変わって来ていますよ」
「馬鹿じゃないのあいつ?! っていうかベンガルトラ!? なんてモンまで飼ってるのよっ!? ホンット馬鹿じゃないの!? てかこっちにいるの!?」
尋常じゃない勢いで捲し立てる霞、ああ、折角弥七の事黙ってたのに……
「っていうか、あんたも人と話をするなら目を見て言いなさい!」
霞から指摘される通
「それもそうですね、折角の非番だったので精神鍛錬のつもりで釣りをやってましたが、どうも今日は調子が悪いようですね……、このあたりにしましょうか……」
そう言って通が立ち上がろうとした時、竿に当たりが来る
「っと、最後の最後に来ましたか……」
言いながら竿を引きリールを物凄い速度で巻いていく通、獲物の影がみるみる近づいてくるもあまり大きくないようだ、それを確認した通の表情もちょっと残念そうだ
「さて、姿を見せなさい……っ!」
通の声に合わせたように獲物が海面から飛び出してくる、さて、その釣り糸の先についていたものは……
「……なんと」
通が釣り上げたもの、それは金次郎と同じくらいのサイズのPT子鬼だった
それを見て漣が目を輝かせ金次郎を掴む手の力を緩める、その隙に金次郎は漣の手から脱出し通の元へ駆け寄るが、釣り糸の先のものを見てギョッとする
「……金次郎、貴方いつの間に分身の術を覚えたのですか?」
PT子鬼から針を外しながら通が金次郎に訳の分からない事を尋ねるも、金次郎は激しく首を左右に振るばかりだ
通が子鬼から針を外すなり、漣は通から子鬼をひったくり天に掲げながら
「ちっちゃ可愛い子、とったどーーー!!!」
などと叫んでいた、その様子を見た霞は額を押さえ溜息を吐く、漣に捕まったPT子鬼も一体何が起こっているのか分からずアタフタとしていた
これが、漣とその相棒との出会いであった