空がシドニーのショップ情報を頭にインプットし終えたところで、彼の方へと向かってくる足音が1つ聞こえて来る。空がそちらへ視線を向けると、私服に着替えこちらに慌てた様子で駆け寄って来る翔鶴の姿がその目に映るのであった
その姿はいつもの凛々しく美しいものとは違い、どちらかと言えば可愛らしさを感じるものであると空は思うのであった。当然の事ながら、空はこの姿もしっかり脳内翔鶴フォルダに保存する
「すみません、遅くなりました!」
「特に急いでいる訳ではないから、もう少しゆっくり来てもよかったのだが……。転んで汚れが付いてしまったら、折角の可愛らしい姿が台無しになってしまうからな」
息を切らせながら謝罪する翔鶴に対して、空が微笑みかけながらそう答えると翔鶴は恥ずかしそうに視線を逸らし沈黙してしまうのであった
「翔鶴も来た事だ、早速……、っとその前に……」
空がそう言いながらライトニングⅡを展開し、中から何かを取り出す
「それは……?」
「変装セットだ、今から街中に行く訳だからな、俺達の姿は深海棲艦のものだからそのままの姿で行くと騒動になりかねん」
空がライトニングⅡから取り出した物を不思議そうに見つめる翔鶴に、空はそう答えながら変装セットを装着していく。その内容は黒髪ロングストレートのウィッグに、色が薄いサングラスと非常に簡素なものとなっている
本当はマスクや含み綿、帽子に衣装もあるのだが、マスクは日本でなら兎も角海外だとマスク着用者=病人のイメージが強く、マスクを着用して表を歩けば変な誤解をされる可能性が高い為使う事が出来ず、含み綿は途中で食事をするつもりでいる為使うのを避けた。最後の帽子と衣装だがこれはどちらも女性用のものなので、翔鶴とのデートで着るのはどうかと思った空が使うのを拒んだのである
「よし、こんなところだろう……。待たせてしまって済まないな、では行こうか」
空がサングラスを掛けウィッグを被って髪型をポニーテール状に結ったところで、翔鶴に向かって声を掛け、ライトニングⅡに乗る様に促すのであった
翔鶴もそうなるだろうと予測していた様で、空の言う事に素直に従ってライトニングⅡに跨る様にして搭乗し、それを確認した空もすぐに翔鶴の前に搭乗してライトニングⅡを起動しエンジンに火を入れる
そしてしばらくするとライトニングⅡが垂直に上昇し始め、ある高さに至ったところで空中で停止するのであった
「これから出発する訳なんだが道中でもしかしたら強硬派の対空射撃を受ける可能性が考えられる、もし実際にその様な状況に陥った場合機体を激しく動かす事になるから、落ちない様にしっかりと掴まっていてくれ」
「は、はいっ!それではその……しっ失礼します……っ!」
発進前に空が翔鶴に注意事項を伝えたところ、翔鶴は頬を染めながら恐る恐るといった様子で空の腰に腕を回し、落ちないようにしっかりと空に抱き着くのであった
正直、翔鶴のこの行動は空にとって予想外の事であった。空はライトニングⅡ本体に掴まる様にと言ったつもりだったのだが、どうやら翔鶴は空に掴まる様にと解釈した様なのである
翔鶴に抱き着かれた瞬間、空は表には出しはしなかったものの内心では非常に驚くと同時に、背中に当たる柔らかい感触に思わず歓喜の咆哮を上げるのであった
「よし掴まったな、では行くぞっ!」
空が出発を宣言すると同時にライトニングⅡが前進を開始するなり一気に加速、見る見るうちにショートランド泊地が小さくなっていくのであった。その際、翔鶴が可愛らしく短い悲鳴を上げていたのを空は聞き逃さなかった
「これは……っ!凄まじい速度ですね……っ!」
「今回は翔鶴が乗っている事もあって、速度は抑えているんだがな。こいつはその気になれば音速飛行も可能だぞ、まあ今回はやらないがな……」
目を閉じて必死になって空にしがみつく翔鶴が空に向かってそう尋ねると、空は涼しい顔でそう答えるのであった
それからしばらくすると翔鶴もライトニングⅡの速度に慣れたのか、道中で他愛もない話をする様になるのであった。尚、道中では空が懸念していた強硬派との遭遇もなく、平和な時間を過ごす事が出来たのだった
そうこうしている間に空の視界にシドニーの街が見えて来る、普通に考えればここでオーストラリア空軍とドッグファイトを展開するところなのだろうが、そんな事にはならなかった。何故なら空が提督に外出許可をもらった際、提督がオーストラリア海軍に話を通しておいてくれたからである。因みに空の着陸地点もシドニーにあるオーストラリア海軍基地の敷地内だったりする
こうして空達は無事にシドニーに辿り着き、予め準備してもらっていた車を使い目的地まで移動するのであった
「それで、最初は何処に向かうのでしょうか?」
「それなんだが、先ずは部屋着を買っておこうと思ってな……、っとここだな」
空が運転する車の助手席に乗った翔鶴が尋ねたところで、空はこの様に返し車を停めて最初の目的地に到着する。翔鶴がそのショップを目にするなり怪訝そうな表情を浮かべる
「ここって……」
「見ての通り、作業服などを取り扱っているショップだ」
空はそう言ってショップの中に入っていく、その様子を見た翔鶴は疑問を抱えながらも空の後を慌てて付いて行くのであった
ショップ内を歩き回り目的の物を発見した空は早速物色を開始、その中からいくつかの候補を選び出すのであった。それを見た翔鶴が空に尋ねる
「それは……、作業ツナギですか……?」
「ああ、俺はツナギを部屋着にしているんだ。トイレの時こそ不便ではあるが、思いの外動き易くてな。まあ仕事の時よく着ているものだから着慣れていると言うのもあるのだが……っと、こんなところか」
空は翔鶴の問いに対してこの様に答えながら、先程選び出した候補の中から5着ほどを選出する。空がどの様なものを選んだのかが気になった翔鶴は、空が手に持っているツナギを見るのだが、その全てが迷彩柄のものなのであった。違いがあるとしたら、森林用、砂漠用、市街地用、雪上用、そして夜間迷彩であると言ったところだろうか……
空はそれらのツナギを手に意気揚々とレジに並ぶ、そんな空の背中を眺めながら翔鶴はある言葉を思い出す
『俺のセンスだと周囲にドン引きされてしまう事が多くてだな……』
空が翔鶴を買い物に誘った時に言った言葉である
この言葉を思い出した翔鶴は、自分の役割がどれほど重要なものなのか、ここに来てようやく気付くのであった
部屋着はまあ空のセンスで選んだもので問題はないだろう、だが外行きの服となるとそういう訳にはいかない、場合によっては自分や戦治郎達も好奇の目に晒される可能性があるのである
それだけは何としてでも避けたい、そうならない為にもここは自分が何とかしなければいけない、翔鶴は心にそう固く決意するのであった
翔鶴がそんな事を考えている間に、会計を済ませた空が戻って来て次の目的地に向かう事になる。そこで翔鶴は空に提案してあるショップに向かってもらう事にしたのであった
そうして向かった先は、男性用のスーツをメインに取り扱っているショップであった
そう、翔鶴はこう考えたのである。空のセンスに問題があるのならば、空を自分のセンスに染め上げてしまえばいいと……
「さあ行きましょう!私が空さんに似合う服を選びますので、楽しみにしていて下さいねっ!」
翔鶴はそう言って空を伴ってショップの中へと入っていくのであった