「本当に申し訳ありません……」
空のスーツを購入した後、休憩がてら立ち寄ったカフェにて翔鶴がションボリしながら空に向かって謝罪する
「何、気にする事は無い」
そんな翔鶴を気遣う様に空が言う、そんな空の傍らには翔鶴が選んだ3着のスーツの他に先程の翔鶴鼻血事件の原因となったモーニングコートと燕尾服が紙袋に入れられて置かれていた
あの後、空が翔鶴の鼻血を拭ってあげたその直後に、翔鶴が今度は勢いよく鼻血を噴出してしまったのだ。主な原因はモーニングコートを着た空の翔鶴の鼻血を拭う時の仕種と、拭い終えたところで柔らかい微笑みを翔鶴に向けながら……
「よし、綺麗になったな。あのままではお前の綺麗な顔が台無しだからな」
この様なセリフを空が言った事である。それらの言動は翔鶴が異性にやって欲しいシチュエーションの1つだった為、翔鶴は更に興奮してこの様な事になってしまったのである
その際、翔鶴の鼻血がモーニングコートを試着したままの空を襲うのだが、空はそれを間一髪のところで回避、何とか試着しているモーニングコートを派手に汚さずに済んだのだが、もしかしたら空が気付かないレベルの血痕が付いてしまっている可能性がある事と、店内で騒ぎを起こしてしまった事に対しての詫びとして、試着しているモーニングコートと燕尾服を購入する羽目になってしまったのである
「これのおかげで翔鶴の好みが分かったし、何より好きな時に翔鶴を喜ばせられる様になったのだからな。こちらとしては寧ろ幸運だと思っているさ」
「あぅ……」
空が続け様にそう言うと、翔鶴はそう言って耳まで真っ赤にして縮こまってしまうのであった
それからしばらくすると注文していた品がテーブルに運び込まれ、それから少しの間翔鶴と空は他愛もない話をしていたのだが……
「空さんは戦治郎さんの事が本当に好きなのですね」
空が戦治郎の話題を出したところで、不意に翔鶴がクスクスと笑いながらこのような事を口にするのであった
「ん?ああ、戦治郎は俺の親友であり恩人だからな」
「恩人……、ですか……?」
空が翔鶴の言葉にそう答えると、翔鶴が不思議そうな顔をしてそのような事を言うのであった。その言葉を聞いた空は、自分と戦治郎との出会いについて懐かしむ様に語り始めるのであった……
幼い頃の空は先天性の脳障害を抱えて生まれてしまった結果、自分の力や思考を上手く制御する事が出来ず、毎日の様に物を破壊してしまったり大怪我を負う日々を過ごしていたのであった
それをどうにかしようと考えた空の父親は、ある日空に空手を習わせようと思い立つのであった。空手などの格闘術を学ぶ事で力のコントロールのやり方を覚え、武術の心構えを学ぶ事で精神的に成長するのではないかと考えたからである
こうして空は家の近くにあった空手道場に入門する事となったのだが、ある日空がそこで問題を起こしてしまったのである
その日、その道場の師範はちょっとした用事があって道場を空けており、その間の門下生の指導を師範代に任せていた。そしてその師範代は幼い門下生達にミット打ちを体験させようと考え、空達に手の付けたミット目掛けて蹴りを入れるように指示するのであった
他の門下生達が次々と師範代が持つミットに蹴りを放っていき、遂に空の番となり空は指示通りに師範代のミット目掛けて蹴りを放つ。すると空の蹴りを受けた師範代が50cmほど横に吹き飛び苦悶の表情を浮かべ、それと同時に空の足から血が噴き出すのであった
師範代の様子がおかしいと思った他の大人の門下生達が、師範代の腕を見たところその腕は見事なまでにくの字に折れてしまっていたのである。それに気付いた門下生達が大慌てで救急車を呼び、師範に連絡を入れるのであった
この時に空の両親から空の障害の事を聞いていた師範が、師範代にその事を伝えるのを忘れていた事が発覚し、この件の責任問題は師範が受け持つ事となるのだったが、これ以降空は門下生達から畏怖の念を抱かれ、道場内で完全に孤立してしまうのであった
組手をする際も皆から避けられ、この件を耳にした同年代の門下生達の保護者達からも非難される。自分は望んでこんな身体になったわけではないのに……、好き好んであんな事をした訳ではないのに……、何で自分がこんな目に遭わなければいけないのか、空はそう考えている内に空は日を追うごとに人間不信になっていくのであった
そうしていつか道場を辞めようと考えたある日、戦治郎が道場に入門して来たのである
空はその時は戦治郎の事を気にも留めていなかったのだが、ある日を境に戦治郎に興味を持つ様になる。それは戦治郎が入門してからしばらく経ったある日、組手をする事になった時だった
他の門下生が次々と2人組を組んで組手を開始する光景を、空は道場の隅でしばらく眺めてからいつも通り独りで練習を開始しようとしたその時だった
「お前そこで何やってんだ?今から組手するんだろ?」
不意に声を掛けられ、そちらに視線を向けるとそこには戦治郎が立っていたのである。急に話し掛けられた為空はほんの少し驚き呆然とするのだが、すぐに我に返り戦治郎の事を無視して独りで練習を開始する。すると
「もしかしてパートナーがいないのか?だったら俺と組んでくれよっ!」
戦治郎がそう言って空の腕を掴み、皆が組手をしている場所に向かおうとしたのである。それに気付いた空は慌てて戦治郎の腕を振り払うのだが、戦治郎は空の行動に対して不思議そうな顔をして再び空の腕を掴もうとしたのである
「やめろ!あっちいけっ!」
その次の瞬間、空はそう叫びながら感情に任せて戦治郎を突き飛ばしたのだ。空から突き飛ばされた戦治郎は、かなりの勢いで吹き飛び道場の床を二転三転と転がってようやく止まる。そこでようやく師範が空達の事に気付いて慌てて駆け寄って来るのだが……
「おっまえスゲェなっ!!!どうやったらこんな事出来るようになるんだ?!なぁなぁ俺にもその技教えてくれよっ!!!」
空が師範に叱られる中、吹き飛ばされた戦治郎が戻って来て空に向かってこんな事を言い放つのであった。この戦治郎の発言には空も師範も愕然としてしまうのであった
「あの時は本当に驚いたな……、あの言葉もそうだが何よりも俺に突き飛ばされたあいつが無事だった事がな……。まあ後から聞いた事なんだが、あいつは俺に突き飛ばされる直前に、無意識のうちにガードを入れると同時に自分から後方に飛び退いてダメージを軽減したとか言っていたな……。この辺りは恐らく御大のバトルセンスを色濃く受け継いだ戦治郎だからこそ出来た芸当だったのかもしれんな」
空はそう言ってクックッと笑うのであった
それからと言うもの、戦治郎は空に付き纏うようになり組手の時も空を引っ張って参加し、事ある毎に空に絡んで来るようになったのである
そうして遂に空が戦治郎に何故自分にそんなに執拗に絡んで来るのか、あんな事されてどうして平然としていられるのかについて尋ねたところ……
「だってお前皆に避けられていつも独りぼっちじゃん、そんなの普通の人間だったら寂しいに決まってんだろ。それに父ちゃんや祖父ちゃんが言ってたんだ、自分がされて嫌な事は他人にするなって、だから俺は皆から避けられて独りぼっちになるのは嫌だから、皆みたいにお前の事避けてお前の事独りぼっちにしたくないんだよ。あいつらと一緒くたにされたくないんだよ」
戦治郎の言葉を聞いた空は、今まで周りから言われた事の無い言葉に動揺しながらも、戦治郎に自分の身体の事やこの道場にいる理由を打ち明け、戦治郎を自分の厄介事に巻き込まない様にする為に遠ざけようとするのだが……
「そう言う事ならもっとお前の事独りに出来ねぇじゃん!お前が力の事どうにかしたいって言うなら俺も協力する!だって1人でやるより2人でやる方がどうにか出来そうじゃんかっ!そんでお前の事化物扱いしてる周りの連中に思い知らせてやろうぜ!お前が化物なんかじゃない普通の人間だって事をなっ!お前が嫌だって言っても俺が勝手に手伝うかんな!これはもう決まりだからなっ!!!」
空の事情を聞いた戦治郎は、腕を組み胸を張ってそう宣言するのであった
「あの時、戦治郎にああ言われた時は思わず泣いてしまったな……。俺にそんな言葉を掛けてくれるのは両親以外いなかったからな、あいつの口からあの言葉が飛び出して来た時は本当に嬉しくなって、つい……、な……」
空は当時の事を思い出し、恥ずかしそうにそう言うのであった。そして空は更に言葉を続ける
「それからと言うもの、俺は道場を辞めるなんて事は考えなくなり、戦治郎の事を傷つけない様にする為に必死になって空手に打ち込み、戦治郎に御大を紹介してもらって色々と教えを乞い、何とか自分の力をコントロール出来る様になったんだ」
「なるほど……、お二人にはそんな過去があったのですね……」
空の言葉を聞いた翔鶴が、その目尻に涙を浮かべながらこう呟いた
「もし戦治郎と出会わなければ、俺はあのヌ級のようになっていたかもしれない……、そう考えると今でもゾッとする……。本当にあいつと出会えて良かった……、俺は心からそう思っている、だからあいつは俺にとって恩人であり親友なんだ」
空の言葉を聞いた時、翔鶴は空がショートランド泊地の医務室で言った言葉を思い出す。そして初めてヌ級と戦った時、空が激怒していた理由をようやく悟るのであった
空があの時あんなにも激しく怒りを露わにしたのか、それは自分を傷つけただけでなく空の事をこんなにも思ってくれる親友を侮辱する様な事をあのヌ級が言ったから……
翔鶴がこの様な事を考えた時、あるちょっとした不安が頭の中を過る。自分と戦治郎、空にとって大事なのはどちらなのかと言う当事者以外にしてみれば下らない、そんな疑問が浮かび翔鶴の胸を締め付けるのであった
「戦治郎さんは空さんにとって本当に大事な人なのですね……、空さん、もし……、もしもですよ?戦治郎さんと私、どちらかしか助けられないような状況になった時……、空さんはどちらを助けるのでしょうか……?」
翔鶴が空に向かってそのような質問をする、翔鶴自身この質問をする事に関して空に対して意地悪な質問をしていると自覚し罪悪感を感じるのだが、どうしても気になってしまった為意を決して尋ねる事にしたのである
「愚問だな」
翔鶴の質問に対して空はそう言い放ち……
「その様な状況になったなら、助けるのは翔鶴、お前の方だ。あいつはそんな状況になったとしても簡単に死ぬはずがない、それどころか自力でその問題を解決してみせるだろう。だから助けるのは翔鶴の方だ」
空は自信たっぷりにそう続けるのであった
「なるほど……、戦治郎さんの事を信頼していらっしゃるのですね」
翔鶴は内心で馬鹿な質問をしたと反省しながら、空に向かってそう言うのであった
「当たり前だ、でなければあいつの事を親友などと言えんからな。っと、いい時間になった事だ、そろそろ泊地に帰ろうか」
空はそう言って荷物を手に席を立ち、会計を済ませてカフェから出て行き、翔鶴の手を取りオーストラリア海軍基地へと向かうのであった