「わぁ……♪」
リチャード達の演奏を聴いた翔鶴が、その素晴らしさに思わず感嘆の声を上げる
「まさかリチャードさんも楽器の演奏が出来るとは……」
そんな翔鶴の隣で、空がそう言って少々驚きながらステージの上の奏者達を眺めていた。因みに今は観客のリクエストに応えてリチャードと戦治郎の2人が某大怪盗三世のテーマを演奏していた
「私からしたら、その……、失礼なのは分かっているんですが……」
「ああ、戦治郎と翔か」
空の言葉を聞いた翔鶴が困った顔をしながらこの様な事を言い、翔鶴が何を言おうとしているのかを察した空が、翔鶴が言おうとした事を先回りして言う。それを聞いた翔鶴はコクリと1度頷いた後に話を続ける
「戦治郎さんは修理工場の経営者と聞いていますけど、普段やっている事は空さんと同じでどちらかと言えば技術者さんのようですし、翔さんは料理人さんでお二人共楽器に触れる機会があまりなさそうな感じでしたので……。正直、今お二人がステージの上で演奏している姿にとても驚かされています……」
「それは翔鶴だけではないと思うぞ?あっちを見てみるといい」
そう言って苦笑する翔鶴に対して、空はそう言ってある方向を指差す。翔鶴が不思議に思いながらその方向へ視線を向けると、そこには目を丸くしながらステージで演奏する戦治郎達の事を見ている海賊団の艦娘達の姿があった
「そもそも俺達は、この姿になってから楽器に触れる機会が無かったし、普段斬った張った撃ったばかりやっている俺達の姿から、俺達に楽器演奏スキルがあるなど想像出来んだろう。だから翔鶴やあいつらから、この様なリアクションをされても仕方が無いと言うものだ」
「そう言えば空さん達は、ヨーロッパからここまでずっと旅をしていましたね……。それなら……、って、今俺達と言いましたか……?」
空のセリフを聞いた翔鶴が、納得しようとしたところで思い出した様にそう尋ねて来る
「ああ、長門屋の面々は何かしら楽器の演奏が出来るぞ。楽器に触れる事になった切っ掛けは、殆どの者が中学の頃の学園祭のステージだったな……。で、各自の腕前は戦治郎と通、そして今ステージの上で演奏している剛さん以外はアマチュアレベルだな。まあ、楽器の修理依頼が来た時くらいしか触る事が無かったから仕方ないと言えるだろうがな」
空は翔鶴の問いにそう答えると、再びステージの方へと視線を向ける。その視線の先には戦治郎のピアノと翔のドラムの間に、鉄琴を設置しようとしている深海棲艦達の姿があり、他にもテナーサックスとトロンボーンの奏者が増えていたりしていた。どうやら戦治郎達の演奏に触発されて、自分達も参加したいと名乗り出た者達なのだろう。空がその様子を見てそんな事を考えていると
「という事は……、空さんも何か楽器の演奏が出来ると言う事ですね?」
鉄琴を設置している者が手を滑らせて鉄琴を落とし、ステージの上で大きな音を発生させても動じることなく演奏を続ける戦治郎達が奏でる旋律と共に、翔鶴がこの様な事を尋ねて来た
「そうだな、俺はエレキギターなら弾けるぞ。とは言っても、警察を辞めた後アイドルとなった妹のバックバンドになろうとして凄まじい努力を重ねた通と比較したら、どうしても劣ってしまうがな……。他の面々……、光太郎と司、それと本来ベーシストだが必要ならばギターもやるシゲとどっこいどっこいと言ったところだ」
他の奏者に申し訳なさそうに謝る鉄琴奏者と、フルアコースティックギターを片手にステージに上がる隼鷹の様子を眺めながら、空は翔鶴の質問にこの様に答えるのであった。と、その時だった
「皆さん、盛り上がってらっしゃるようですね」
不意に背後から声が聞こえ、その声に反応した空と翔鶴が後ろを振り返れば、そこにはスウの姿があった
「貴女は……?」
ショートランドで寝たきり生活を過ごし、その後も碌にガダルカナルに戻っていなかった為、彼女と面識が無い空が彼女が一体何者であるかを尋ねると
「空さん、この方は穏健派のもう1人のリーダーのスウさんですよ」
「貴方とは初めましてですね、先程紹介に与りました、深海棲艦穏健派の純正深海棲艦のトップを務めさせてもらっています、中枢棲姫のスウと申します。以後お見知りおきを」
1度ガダルカナルに向かった際、彼女と会った事のある翔鶴が彼女の事を空に紹介し、スウが改めて空に自己紹介しながら丁寧にお辞儀をする
「貴女が穏健派のもう1人の……」
空が呟くようにして言った言葉に彼女は頷いて返し
「貴方の事は戦治郎さんとリチャードからよく聞いています、リチャードは海賊団の中に貴方がいると初めて聞いた時、それはもう大はしゃぎしていましたよ。あのオリンピック金メダリストの、カラテアーティストの石川 空が来る!って」
クスクスと笑いながらスウは言い、空は自身と会う事を心待ちにしていたリチャードとの面会が遅くなってしまった事に対して申し訳なさを、自身の事を賛美するリチャードの言葉に気恥ずかしさを覚え、思わず照れた様に頬を掻くのであった
その後、3人で他愛もない話をしていると……
「あら……?スウさん、それは……?」
翔鶴がある事に気付き、スウに尋ねる。翔鶴が見た物、それはスウの左薬指で輝きを放つ指輪だったのである
「これですか……?これはその……、リチャードとの結婚指輪なんです……♪」
恥ずかしがりながらも、どこか嬉しそうに答える彼女の言葉を聞いた途端、空と翔鶴はステージの上にいるリチャードの方へと顔を向け、左薬指をじっくりと観察しリチャードの指にも同じ物がある事を確認する
「お互い、何時何が起こるか分からない立場なので、普段は外していてこういう場に参加する時だけに限って填める様にしているんですよ」
最早ジャズ・オーケストラと呼んでも差支えが無いくらいに規模が大きくなったステージの方へ視線を向ける2人に向かって、スウは恥ずかし気にモジモジしながらこの様な言葉をかける
その後、スウは空と翔鶴に自身の惚気話を話すだけ話して……
「それでは私はリチャードのところに行きますね」
そう言って2人の下を離れ、ステージの方へと歩いて行くのであった
「リチャードさん……、中々のやり手だな……。そう思わないか?」
スウの話に出て来たリチャードの行動を参考にしようと、真剣に話を聞いていた空が話が終わったところで翔鶴に話しかけるが、翔鶴はウットリしたまま空の言葉に反応を示さなかった。どうやら翔鶴はスウの話を聞いている時、スウのところを自分に、そしてリチャードのところを空に置き換えて話を聞いていた様だ
「……翔鶴?」
「はっ!?ひゃいっ?!」
空が怪訝そうにしながら翔鶴に話しかけ、それによって我に返った翔鶴は裏返った声で返事をする。その後2人は先程の話の感想を、ステージを眺めながら話すのであった
それからしばらくすると2人は静かにステージの演奏を聴くようになるのだが、その途中で不意に服の裾を引っ張られた空が、不思議に思いながら引っ張られた方へ視線を向ける。するとそこには沈んだ表情を浮かべながら空の服の裾を引く翔鶴の姿があった
「どうしたんだ翔鶴?」
「……、この祝勝会が終わったら、空さんと会えなくなりますね……」
心配した空が翔鶴に尋ねると、翔鶴は寂しさを込めた言葉をその口から零す
「今生の別れではないだろう」
「それは分かっています……、けどどうしても不安で……。私が知らないところであの時みたいに、空さんがまたボロボロになってしまうんじゃないか……、そう思うと……」
そう言って涙ぐむ翔鶴、そんな翔鶴を見た空は彼女の手を取り……
「もうあの時の様な無様を晒す事は無いさ、今の俺には龍気もあるし、何より信頼出来る仲間達がいるからな」
不安に押し潰されそうになっている彼女を励ます様に、空は彼女の目をしっかりと見つめながらそう言い放つのであった
「空さん……、うぅ……」
空の言葉を聞いた翔鶴が、遂に泣き出してしまった
「結局、私は貴方に助けられてばかりでした……。貴方の力になりたい……、貴方を支えてあげたい……、そう思っていても何一つ行動に移す事が出来ず、最後の時までこうやって励まされて……」
ボロボロと涙を流しながら、翔鶴が言葉を紡ぐ。するとその身を震わせながら嗚咽混じりに話す彼女の姿を見るのが耐えられなくなった空が、彼女の身体を引き寄せるなり優しく、包み込むように彼女の事を抱きしめる
この時、ステージの上からその様子を戦治郎がバッチリと見ていたりするが、今は気にするべきではないだろう
「翔鶴、何も行動を起こす事だけが相手を支える、相手の力になると言う訳ではないんだぞ?何もしなくてもただ傍にいる、それだけでも人の支えに、力になる事だってあるんだ。実際俺がそうだったからな」
「空……さん……」
空の言葉を聞いた翔鶴は、そう呟きながら空の背中にその両腕を回して抱き着き返す、それはまるで不安や恐怖を取り除こうと、必死になって母親にしがみつく赤子の様にも見えた……
「例えお前と離れ離れになったとしても、お前が俺の事を想ってくれているならば、それは全て俺の支えとなり、力となってくれるんだ」
空がそう言いながら、翔鶴の事を抱きしめたまま、その頭を優しく撫でてやると、翔鶴の震えは止まり、安心したのか空の事を抱きしめるその腕の力も弱くなっていくのであった
尚この時、何故かステージから流れて来る曲はやたらムーディーで、大人の魅力満載のセクシーな曲になっていた
「翔鶴、俺と約束してくれないか?俺達が無事に日本に辿り着き、戦治郎が提督となった時、俺がお前を迎えに行く。だから……、その時まで待っててくれないか?」
「分かりました……、この翔鶴、空さん達が日本に辿り着くまでの間、空さん達の力となれるよう己を磨き上げ、空さん達が目指す日本を守り抜きながら、その時を待ちましょう!」
空の言葉に対し、翔鶴が涙を拭い、凛々しい表情でそう答えた刹那
「「「エンダアアアァァァーーーっ!!!イアアアァァァーーーッ!!!」」」
シゲと護と伊吹がそう叫びながら、アンプやエレキギターやらを担いでステージに突撃し、司と通もその後に続いていた
「皆さん今の聞きました?!お前を迎えに行くですってよぉっ!!!こりゃもうプロポーズみたいなもんでしょうっ!??」
「それに対して翔鶴さんは分かりましたとっ!!!しっかりハッキリと了承しおったのうっ!!!」
「こんな人が沢山いる中で結ばれた2人っ!!!こりゃもう盛大に祝ってやらないといけないッスよねえええぇぇぇーーーっ?!?」
アンプや楽器の設置を行う司達を余所に、シゲ達3人がマイクを片手に観客達を煽る。それを聞いた観衆が、ステージの上の奏者が一斉に歓声を上げるのであった
「でもその前にっ!!!先程プロポーズを実行した、今回の祝勝会の主役である空さんにっ!!!何か一言言ってもらいましょうかっ!!!」
「待てやシゲッ!!!それだけで終わらせるんは勿体ないじゃろっ!!!どうせじゃから何か1曲、空さんにこのステージの上で歌ってもらうのはどうじゃっ??!」
「あ^~、いいッスね^~っ!!!って訳で空さんっ!!!ステージの上にカモンッスッ!!!」
ステージの上で騒ぐ3人がこう言うと、観衆達はその場を退いて空達とステージの間に道を作るのであった。その様子を見た空と翔鶴は互いに顔を見合わせ……
「済まない、呼ばれたようだから行って来る」
「はい……、その……、頑張って下さいね」
この様なやり取りを交わした後、空は翔鶴から離れステージに立つなり主犯3人を殴り飛ばした後に、簡単なスピーチを済ませて自身のカラオケの十八番を歌い始めるのであった
この曲を歌う度、空は戦治郎との出会いを思い出す
自身を苦しめる脳障害の事をどうにかしたいなら協力すると言う約束
他者との壁を壊す切っ掛けと脳障害に立ち向かう為の勇気を戦治郎がくれた事
そんな戦治郎が自分の希望を照らす光の様に思えた事
もうあの様な思いはしたくないと、二度と戻りたくないと思える様になれた事
そして親友として、立ち止まる事無く、共に歩んでいきたいと思える様になった事
これらの気持ちを、空はその歌声に乗せて、ステージの上で熱唱するのであった
空のカラオケの十八番は、アニメ【ドラゴン ドライブ】のOPで下川みくにさんが歌う『TRUE』となっております