「あぁ~……、今日も頑張った、よくやったぞ僕~……」
横須賀市にある一人暮らし用アパートの一室で、真っ白い肌の女性が大の字になって畳の上に寝そべり、この様な事を口にする
彼女はこの日、フルタイムでコンビニのアルバイトをこなし、たった今帰宅してこうして疲れ切った身体を休めているのである
「ご飯は外で食べて来たし、この後は特に予定も無し……。よしっ!今日は残りの時間はゴロゴロして過ごすかっ!あぁ^~、帰宅出来るってホント素晴らしいね……」
彼女がそう言って、残った時間を全て寝て過ごそうと思った刹那、不意に彼女のスマホが震え出すのであった
至福の時間を邪魔された彼女が、ムッとしながらスマホを取り出し画面を見てみると、そこには彼女がとある事情で知り合った女性の名前が表示されていた。それを確認した途端、彼女はバネでも入ってるかの如く勢いよく上半身を起こして、通話を始めるのであった
「もしもし?久し振りですね」
彼女が電話に出たところ、電話の先の相手は挨拶も無しに、彼女にあるお願いを始めるのであった。普通なら相手の態度に対して、何かしらの悪感情を覚えるものだろうが、彼女は特にそんな事を感じる事はなかった、何故なら彼女はちょっと前まで、電話の先の相手にかなり世話になっていたからだ
それからしばらくの間、彼女は電話先の相手の話を静かに聞き……
「……それってちょっとしたクーデターみたいなもんじゃないですか……、それが横須賀鎮守府で発生する可能性があるんですか……?」
彼女の言葉を電話先の相手が肯定したところ、彼女は大きな溜息を吐いた後、この様に言葉を続ける
「それを何故民間人の僕に話すんですか?僕には関係無い話ですよね?」
彼女の言葉を聞いた電話先の相手が、とある言葉を口にしたところ……
「僕はもう引退したんですよ……、この横須賀には僕の力は必要ないんですよ……」
彼女は何処か寂し気にその様な言葉を口にし、その言葉を聞いた電話先の相手は、彼女に向かってこの様な言葉を掛けるのであった
『確かに横須賀の街には、貴方の力は必要無いかもしれないわ。でも、今は私が貴方の力を必要としてるの』
「……そう言われたら何も言えなくなっちゃうじゃないですか……」
電話先の相手のこの言葉を聞いた彼女は、この様に答えた後具体的にどう協力したらいいのかについて、電話先の相手と話し合いを始めるのであった
それからある程度時間が経ち、話が纏まったところで通話を終わらせる流れとなり……
『それじゃあ、その時はよろしくね。頼りにしてるわよ、ムサシ』
電話の先の相手がこの様な事を言いながら彼女の……、いや、彼の名前を口にしたところで……
「その期待を裏切らない様、努力しますよ陸奥さん」
武蔵と呼ばれた女性はそう言って通話を切った後、徐にクローゼットの方へと視線を向けるのであった
「……まさかまたあのスーツに袖を通す日が来るとはなぁ……」
武蔵と呼ばれた女性……、否、深海鶴棲姫の転生個体となった元システムエンジニアの27歳男性である
彼の視線の先にあるクローゼットの中には、内側に防弾性と防刃性に優れた特殊繊維を張り巡らせた漆黒のレザージャケットとレザーパンツとマント、そして白文字でデカデカとZの文字がプリントされている覆面と伸ばせば全長が60cmにも及ぶ高電圧スタンバトンが収納されていた……
「ふぅ……」
ムサシと長らく通話していた長門型戦艦の2番艦である陸奥が、通話を切ってスマホを仕舞い一息ついていたところで、不意に部屋の扉がノックされる
それに驚いた陸奥が思わず身体をビクリと震わせたところで、陸奥の返事を待たずに工廠での話し合いを終えた長門が部屋の中へと入って来る
「ここにいたのか、探したぞ」
「長門……、返事が無かったら部屋に入らないでって、前にも私は言ったわよね?」
「ああ、済まない。今度から気を付ける」
勝手に部屋に入って来た長門に対して、陸奥が不快そうな表情を浮かべながらそう言ったところ、長門は苦笑しながら謝罪を入れるのであった
「それで?何で私を探していたの?」
「いや、作戦が終わった後まだ顔を見せていなかったからな」
「そう……、それはそうと長門……、貴女私に何か隠し事してない……?」
「いや……、そんな事は無いが……?」
「ふ~ん……」
陸奥は長門とこの様なやり取りを交わした後、腰掛けていたベッドから立ち上がり、長門が立つ部屋の入口の方へと向かって歩き始める
「な、何だ……?」
突如自分の方へ歩み寄って来た陸奥に対して、長門が表情を強張らせていると……
「お花摘みに行くだけよ」
陸奥は短くそれだけ言って、長門の横を通り部屋から出て行くのであった
「何だトイレか……、突然歩み寄って来るから、桂島の件が陸奥にバレていてその事で問い詰められるかと思った……」
自身から離れていく陸奥の背中を見送りながら、長門はそう呟くと安堵の息を漏らすのであった。そう、長門は陸奥を桂島の件に巻き込まない様にする為に、問題が解決するまで陸奥にこの件については秘密にするつもりだったのである。とは言っても、既にこの件は陸奥にバレてしまっているのだが……
さて、陸奥は一体どのようにして知ったのか……、それは今彼女とすれ違いそうになった艦娘が関係しているのである。その艦娘とは……
「あ、陸奥さん」
「妙高、さっきは助かったわ。おかげでムサシに協力してもらえる様になったわ」
そう、陸奥に桂島の件を伝えたのは、長門達と共に最初に戦治郎達と接触した妙高である。長門は戦治郎達が桂島を叩く事を決めた時、戦治郎達と関わった事がある艦娘達にこの事を伝えていて、そのメンバーの中には妙高も含まれていたのである
で、妙高と陸奥の接点についてだが、彼女達はある日偶然非番の日が重なり、一緒に横須賀の街に買い物をしに行ったのだ。その時に彼女達はムサシと遭遇し、妙高がムサシに彼が転生個体である事を説明したところ、その帰りに妙高が海軍内で公開されている情報以上に転生個体について詳しいと踏んだ陸奥が、妙高に対して改めて転生個体について根掘り葉掘り尋ね、転生個体について知る切っ掛けとなった戦治郎達の事を話していた妙高が、勢い余って桂島の件を話してしまったのである……
こうして桂島の件を知った陸奥は、長門に対しては知らないフリをしながら、水面下で桂島の問題の解決に協力する事を決意するのであった。先程ムサシに協力要請をしていたのはその一環である。因みに先程長門に隠し事をしてないか尋ねたのは、勝手に部屋に入って来た長門を、ほんの少し懲らしめようと思ったからである
それはさて置き、陸奥がどうやって先程工廠で行われた話し合いを盗聴したのかについてだが、これはそんなに難しい話ではない。妙高にスマホを通話状態にしたまま話し合いに参加してもらい、陸奥はただそれを聞いていただけなのである
さて、陸奥の頼みでムサシが協力してくれる事を知った妙高は
「ムサシさんが協力してくれるのは、本当に有難い事ですね」
安堵の表情を浮かべながらこの様な事を言い、それを聞いた陸奥はクスリと笑いながらこの様に返答するのであった
「そうね、何たって横須賀の治安改善に最も貢献したヒーローが助けてくれるんだから、大船に乗ったつもりでいてもいいんじゃない?」
「ただ……、ムサシさんのバイトの方は大丈夫なのでしょうか……?いつ作戦が開始されるのかは、戦治郎さん達次第ですし……」
「ああ……、ヒーローやってた頃の無断欠勤や早退が積もり積もったせいで、今度そんな事があったらバイトをクビになるって言ってたわね……。まあその時は私達が次の仕事を斡旋してあげたらいいんじゃないかしら?」
それから2人はしばらくの間会話を楽しんだ後、それぞれの目的地に足を向けて歩き出すのであった
大和型2番艦の武蔵と差別化する為に、鶴棲姫のムサシはカタカナ表記にしていきます