昨晩地獄を見た戦治郎達がようやく眠りについてしばらく経った朝の5時、横須賀鎮守府内にある通信指令室では、丁度夜勤担当者と昼勤担当者の交代手続きが行われていた
それからしばらくすると交代手続きが終わり、本日の昼勤担当の通信士が夜勤担当者の背中を見送った後に席に着き、業務を始める前にある所に専用回線を使って通信を行おうとする……
そう、この通信士こそが桂島泊地の提督の傘下にいる問題の通信士なのである
この通信士は少し前に長門達が鎮守府に帰還した時、桂島の提督にこの事を伝えたところ、桂島の提督からしばらくの間長門達の様子を観察し、後日何か変わった事が無かったか報告する様にと指示されたのだ
この時桂島の提督は、佐世保に連れて行かれた鳳翔を連れ戻す事に必死だった為、通信士に対してこの様な指示を出したのである。もしこの時提督が通信士の定期連絡の方を優先していたなら、通信士が泊地の異常をすぐに察知して桂島に戦力を大量に送り、この世界の人間を殺さない様にしている戦治郎達を、窮地に追いやっていたかもしれなかったのである……
さて、そんな彼が今回提督に通信を入れようと思ったのは、長門達が戻って以来妙に自分の事を観察している艦娘が増えた事を、提督に伝えようと思ったからである
そう言う訳で彼は現在桂島泊地に通信を繋げようとしているのだが……
(……?通信が繋がらない……?)
何時まで経っても桂島泊地に通信が繋がらず、通信士がその事を不審に思った直後、彼はある事を思い出し思わずハッとする
彼が思い出した事とは、長門達が帰還するよりずっと前、燎と元帥が執務室で何気無く話していた話の内容、ヌ級の問題が発生していた時の南方海域の様子についてである
燎は執務室に盗聴器があるとも知らず、燎と海賊団が知り合った経緯や海賊団が南方海域でどんな事をしていたのかを、細かく元帥に話していたのである。その中で燎は、護が人工衛星を打ち上げた事や、それで得た情報を護がたった1人で管理している事についても、暢気に話していたのだ
この事を思い出した通信士は、恐らくその護と言う奴が泊地との通信を阻害し、その間に海賊団が泊地を襲撃し泊地を制圧したのではないかと予想するのであった
(もし本当にそうだったら不味い……っ!このままだと自分も捕まってしまう……っ!!)
そう考えた通信士は、すぐさま懐に隠していたスイッチの様な物を押し込み、その直後に緊急時に日本各地にある鎮守府や警備府、泊地などにまとめて連絡を入れる為の非常回線を開き、マイクに向かってこう叫ぶのであった
「緊急事態発生っ!!何者かによって桂島泊地への通信が遮断されましたっ!!恐らく新型の深海棲艦による通信妨害と思われ、桂島泊地が襲撃されている可能性が非常に高いと予想されますっ!!!この通信を聞いている全ての艦娘は桂島泊地に急行し、同泊地の救援をお願いしますっ!!!繰り返しますっ!!……」
非常回線を開くと同時にけたたましく鳴り響き出したサイレンの音と共に、通信士の声は日本各地の日本海軍の拠点内に響き渡り、横須賀鎮守府内も慌ただしくなり始めるのであった……
そしてその混乱に乗じて通信士が通信指令室から出ようとした刹那、数人の艦娘達が艤装を装着した状態で通信指令室の中になだれ込んでくるのであった
「遂に化けの皮を剥がしおったなっ!!!」
「大人しく投降すれば、私達は貴方に危害を加えるつもりはありませんっ!!」
「さあ、観念してお縄につくクマッ!!!」
通信指令室に突入して来たのは利根、妙高、球磨の3人で、その後方には三日月、菊月、そして筑摩の3人が控え、不測の事態に備えて周囲を警戒していたのであった。そんな彼女達を見た通信士は、降参する様に両手を上げて見せ、それを見た利根達が通信士を拘束しようと近付いたその時である
「姉さん伏せてっ!!!」
突然後方に控えていた筑摩が叫び、腰に携えていたマカロニを構えると、三日月達と共に通路の方へ向かって発砲し始めたのである。そして筑摩達が弾倉交換の為に通信司令室の中に飛び込む様にして入って来ると、通路の方から機銃の発射音の様な音と共に、大量の弾丸が先程筑摩達が立っていた場所を通過して行く
「一体何事じゃっ!?」
「桂島の提督傘下の憲兵さんと思われる方々が、武装してこちらに向かって来たんですっ!!」
「何ですってっ?!」
筑摩の叫びに反応した利根達は、慌てて通信指令室内にある机の影に隠れ、利根が筑摩に現状について尋ねたところ、筑摩はこの様に答え、それを聞いた妙高が驚きの声を上げる
この憲兵達は恐らく通信士が呼んだのだろう……、しかしいつの間に……?この場にいる彼女達がそんな事を考えていると……
「あっ!!待つクマッ!!!」
混乱する彼女達の隙を突いて、通信士は通信指令室に設置された脱出口目指して走り出し、それに気付いた球磨が声を張り上げて通信士を制止しようとするのだが、その声は通信指令室に乗り込んで来た憲兵達の発砲音によってかき消され、通信士は脱出口を使ってこの場を後にするのであった……
さて、この憲兵達だがどうやって事態を把握し、通信指令室に乗り込んで来たのだろうか……?その答えは通信士が非常回線を使用する前に押し込んだ、懐から取り出したあのスイッチにある
あのスイッチは桂島提督傘下の陸軍兵達に、横須賀鎮守府に突入するタイミングを伝える為のスイッチで、本来は桂島提督の思惑通りに事が進み、たった独り生き残った大和が作戦失敗の報告を元帥に行っている最中に、執務室を盗聴している通信士がスイッチを押し込んで陸軍兵達を横須賀鎮守府に突入させ、元帥とその関係者を拘束した後に桂島提督が国民に向けて演説を行い、作戦失敗の責任を全て元帥に押し付けて国民のヘイトを元帥に集中させ、その元帥を国民の視線が集まる中で自身の手で始末して見せて自身を国民にとって英雄的な立場に仕立て上げ、空いた元帥の座に桂島提督が座るようにする為の物だったのである
通信士は提督の思惑が外れたと知るや否や、このスイッチを自分が逃走する為の時間稼ぎの為に使用したのである。これにより、先ずは横須賀鎮守府に配属されている憲兵達が、既に桂島提督が拘束されているにも関わらず行動を起こし、横須賀鎮守府周辺にある陸軍の拠点からも、多くの提督傘下の陸軍兵達が横須賀鎮守府目指して集まって来ていたのであった
この出来事は、後に『横須賀の乱』と呼ばれるようになり、当時の大日本帝国軍最大の汚点として、後世に語り継がれていく事となるのであった……
一方その頃、横須賀に証拠を届ける事になっている戦治郎とペット衆はと言うと……
「オラオラオラァッ!!!急げ急げ急げぇっ!!!」
「この辺ホントに誰もいないからすっごく快適~~~っ!!!」
「岩川と鹿屋の艦娘達……、マジで出て来てねぇんだな……」
「オラとしては、誰も傷つけず、誰も傷つかないからいいと思うんだぁよ~」
戦治郎と太郎丸、そして弥七と大五郎がこの様なやり取りを交わしながら、鹿屋基地と岩川基地が防衛を担当している海域を悠々と抜け、四国方面へとダッシュしていたのであった
そんな中、突然戦治郎の頭の中に、鷲四郎の声が響き渡る
『旦那、進行方向上に艦娘の団体さんがお待ちだぜ』
「確か佐伯湾、宿毛湾、柱島、そして呉の大連合だったっけか……?」
『ああ、加賀が言ってた通りならな』
戦治郎は鷲四郎とこの様なやり取りを交わした後、前方を目を凝らして見てみる。すると戦治郎はある人物を発見し、思わずこの様な事を呟くのであった
「マジでいやがった……、仁王立ちしてお待ちしていらっしゃいますわ~……」
戦治郎が発見した人物……、それは戦力不足の呉鎮守府に出向していると言われている佐世保鎮守府所属の大戦艦、大和型戦艦の2番艦である武蔵であった……