異動希望パンデミック発生から数日が過ぎたある日、戦治郎は燎と共に横須賀鎮守府内にある作戦司令室へやって来ていた
何故戦治郎達がこの場所に来ているかと言うと、如何やら元帥が提督としての戦い方を知らない戦治郎と、横須賀に来てから未だに元帥の戦い方を見た事が無いと言う燎に、自身の戦い方を見せて今後の作戦指揮の参考にさせる為に、2人を此処に呼んだ様なのである
此処で疑問に思うのは、燎が元帥の戦いを未だに見た事が無かった事であろう
話を聞く限り、如何やら元帥は相当切羽詰まった状況では無い限り、艦娘達の実力と自主性を信じて自分から指示を出すのは極力控えているのだとか……
そうして戦治郎達が元帥の話を聞き終えたところで、今回出撃する事となっている長門、利根、妙高、飛龍、蒼龍、翔鶴、そして長門の代わりに元帥の秘書艦を務める事となった陸奥が作戦司令室に姿を現すと、元帥は彼女達に今日の作戦について説明し始めるのであった
今回の出撃の目的は、先日空達が遭遇したシャングリラに所属する連中が、日本近海に潜伏していないかを調査し、もし発見した場合撃滅すると言うものであった
さて、何故この様な作戦が行われる事になったのかと言えば、元帥と剣持による調査の結果、如何やら桂島泊地以外にもシャングリラと取引している海軍関係者や陸軍関係者、更には民間企業が存在している事が判明したからである
尚、軍の関係者に関しては、桂島の提督が捕まった事が知れ渡った時点で、軍の強硬派に所属していた多くの将校が、日本帝国軍の手が及ばない海外に逃亡し、以降足取りが掴めなくなっているのだとか……
この調査結果が出たところで、剣持は部下を引き連れてシャングリラと取引をしていると思わしき企業の立ち入り調査の為に行動を開始し、元帥は日本に向かって来ているであろうシャングリラを叩き潰す為に、この作戦を実行する事にしたのである
因みに、作戦に参加する艦隊がやや重めなのは、転生個体を相手取るつもりならば、せめて元海賊団の誰かを1人でもいいから連れて行くべきだと主張する戦治郎と燎の意見と、艦娘の水雷戦隊でも問題なく完遂出来ると主張する元帥の意見を折半した結果である……
さて、元帥が艦娘達に今回の作戦についての説明を終え、今回は自分が最初から最後まで指揮を執る事を艦娘達に伝えたところ、転生個体を相手にすると聞いた途端不安そうにしていた艦娘達は、その言葉を聞いた瞬間一瞬驚いた後……
「それなら何とかなりそうだな」
艦娘達を代表して長門がそう言うと、彼女達は揃って不敵な笑みを浮かべるのであった
「ぬ~ん……」「う~ん……」
「あら、何だか不満そうね?」
「いや、これマジで大丈夫なんかな~?って……。相手は転生個体だぜ?最悪俺らみたいなのが出る可能性だってあんだぜ?ソースはトラック泊地で戦ってた時乱入して来たアリーさん」
「それに関しては俺も同感だな……、元帥は転生個体を舐めてるんじゃねぇかって、本気で思うんだわ……」
元帥と長門達のやり取りを見守っていた戦治郎と燎が揃って唸っていると、陸奥が不思議そうに2人にこの様に尋ね、それに対して戦治郎達は今の自分の考えを口にするのであった
「まあ、2人は元帥の戦い方を知らないから無理も無いか……。大丈夫よ、普段はアレだけど元帥はこういう時は本当に頼りになるから」
2人の不満を聞いていた陸奥が、クスクスと笑いながらこの様に返答している間に、長門達は出撃の為に作戦司令室を後にし、元帥は作戦指揮を執る為に作戦司令室内に設置された司令官用の席に腰を下ろすのであった
こうして作戦は開始され、不安を抱えた戦治郎達が長門達が転生個体と遭遇しない様にと天に祈るのだが、その祈りは天には届かず、長門達は髪型をドレッドヘアーにしたタ級が率いる3隻のワ級を含む輸送艦隊を発見するのであった……
「あ、これ間違いなく転生個体ですわ……」
「中身は恐らく野郎だな……、でなけりゃドレッドヘアーとかねぇわ……」
長門の通信を立ったまま聞いていた戦治郎と燎が、この様な会話を交わしていると……
『……っ!?タ級が攻撃態勢に移ったっ!!』
『この距離で気付かれたのっ!?って言うかあの距離からこっちを狙えるって言うのっ?!此処ってどう見ても長門の射程の外だよっ?!!』
通信機の先にいる長門が声を荒げ、飛龍が驚愕しながらこの様に続く
飛龍が放った彩雲からの情報によると、件のタ級はあの大和の主砲の最大射程よりも遥か先から、こちらに照準を合わせているのだとか……
そしてその次の瞬間……
『ぐっ……!!至近弾……、だと……っ!?』
問題のタ級が砲撃を行い、タ級の主砲から放たれた砲弾は、旗艦である長門のすぐ傍に着弾するのであった
「大丈夫か長門っ!?」
「戦艦主砲の射程外から狙えるって……、まさか能力持ちかっ?!」
長門からの通信を聞いた戦治郎が、長門の安否確認の為に声を上げ、燎はタ級のその長すぎる射程は、能力から来るものではないかと推測する
そう、燎が予想した通りこのタ級は、自身が放つ砲弾の飛距離を無条件で伸ばすと言う能力を持った転生個体で、先程の砲撃もその能力に依るもの奇襲だったのである
そして戦治郎と燎が動揺する中、タ級が連れていた2隻のヲ級が艦載機を発艦し、長門達に追撃を浴びせる為に殺到し、タ級は次弾の装填を終えると、再び長門達を砲撃しようと構え始めるのであった
これは不味いっ!そう思った戦治郎が通信機で高速飛行が可能な空を呼び出そうとしたその時だ
「飛龍、蒼龍、2人はあちらの艦載機の相手をしてあげなさい。翔鶴は2人が作ってくれた道を通って噴式で強襲、そして妙高は今から私が言う方角に向かって砲撃しなさい。いいね?」
突然今まで沈黙していた元帥が、艦娘達に指示を出す
\了解っ!/
そして元帥の指示を受けた艦娘達は力強く返事をし、それを聞いた元帥は妙高に砲撃する方角や角度等を伝え、妙高はそれに従って砲撃を開始するのであった
空母達への指示は兎も角、妙高への指示は一体何だ?戦治郎達が不思議に思っていると、驚くべき事が発生する。何と妙高が放った砲弾は、ものの見事にタ級が放った砲弾に直撃、タ級の砲弾を空中で撃ち落としてしまったのである
飛んで来た砲弾を撃ち落とす事は、戦治郎達も度々やっていたのだが、これに関しては流石の戦治郎も驚愕せざるを得なかった。何故なら、この作戦司令室には戦場を見る為のディスプレイなどと言う物は無く、今までのやり取りも全て通信機から発せられる音声のみで行われているのである
そう、元帥は何も見えていない状態でタ級の砲弾の弾道を予測し、妙高に撃ち落とさせたのである
戦治郎達がこの事実に驚愕する中、元帥は艦載機の挙動に関する指示や、砲撃を行うべき方角、移動するポイント等を次々と指示し始め、転生個体であるはずの2隻のヲ級と3隻のワ級を沈めて見せ……
「長門、徹甲弾を装填し、今から私が言う方角へ砲撃を」
『了解したっ!!!』
長門とこの様なやり取りを交わすと……
『長門の徹甲弾、タ級に直撃っ!!』
『タ級の撃沈、確認しましたっ!!』
艦載機でタ級を牽制していた二航戦が、タ級が沈んだ事を報告して来るのであった
『取り敢えずこれで相手は全滅したが、まだ続けるか?』
相手艦隊の全滅を自身の偵察機を使って確認した長門が、元帥に対して作戦を続けるかどうか尋ねたところ……
「シャングリラの艦隊がこれだけとは限らないだろうからね、引き続きお願いするよ」
元帥は長門達に作戦続行を指示し、その指示を受けた長門達はこの後にもシャングリラの艦隊を発見、撃滅を繰り返し、元帥から撤退指示が出るまでの間に、7つものシャングリラの艦隊を叩き潰す事に成功したのである……
因みにこれらの戦いは、全て戦艦主砲の射程の外で行われていた……
そして撤退指示が出たところで、戦治郎はダッシュで帰還した長門達が来るであろう埠頭へ向かい、戻って来た長門達に相手が転生個体だったかどうかを尋ね……
「信じられんかもしれんが、42隻全て転生個体だったぞ」
「相手が沈むところを艦載機で見てたんだけど、皆真っ赤な血で海を染めながら沈んで逝ってたよ?」
「まあ幾ら転生個体でも、目や口の中を攻撃されたら、たまったもんじゃないだろうからね~」
「ちょっち待った、そこら辺詳しく」
長門と二航戦の返答を聞いて思わず自身の耳を疑い、詳しい話を聞き出すのであった
彼女達が言うには、元帥が指示した場所に攻撃を加えれば相手に吸い込まれる様に攻撃が当たり、元帥が指示した場所に行けば確実に相手の攻撃を回避出来るそうだ。しかもそれらは艦娘達だけでなく、彼女達が放った艦載機にも当てはまるとかなんとか……
更に言えば、元帥が指示した場所に放たれた攻撃は、恐ろしい程に正確に相手の急所、目や口の中、砲身の中や積み荷に直撃していたそうだ……
「戦治郎の奴、相当驚いておる様じゃのう」
「それは仕方が無いと思いますよ?私達重巡や航巡の射程を、並の戦艦以上の射程に引き延ばすだけでなく、弱点を狙い撃ちさせていたなどと知れば、誰でも驚くと思いますから……」
「それが通信機から聞こえる音だけで行われていたと知れば、更に驚いてしまうでしょうね……」
「はぃいっ!?それってどう言う事だってばよっ?!」
今回の出撃に参加した艦娘の話を聞いて愕然とする戦治郎を見て、利根、妙高、翔鶴がこの様な事を言うと、戦治郎はそれに反応して即座に我に返り詳細を尋ねようとするのだが……
「今の日本海軍が使用している通信機と電探は、悲しい事にそこまで性能が良くないのだよ」
戦治郎の背後からやって来た元帥の、この言葉によって遮られてしまうのであった
「それの何処にこんな頭おかしい芸当が出来る要素があるんです?」
「どうも今使っている通信機は、電探が発する電波を僅かながら拾ってしまう様でな、その度に通信にノイズが走るのだよ。先程の作戦の最中にも、通信の中にノイズが走っておっただろう?」
戦治郎が元帥にこの様に尋ねると、元帥はこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は作戦中の通信内容を思い返し、確かに通信にノイズが僅かながら入っていた事を思い出す
「私は只、電探が発した電波を拾って発生したノイズと、相手に当たって戻って来た電波を拾って発生したノイズの間隔や、通信機から聞こえた波の音や風の音で相手の位置や砲弾の弾道、艦載機の挙動をを予想特定し、そこに攻撃する様に指示したり、その着弾点から遠ざかる様指示しただけだ。この程度の事ならば、君達も頑張れば出来る事だろうからな」
その後、元帥はさも当たり前の様にこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎と元帥の後を追って来た燎は、只々愕然とするのであった……
「私はな、艦娘は砲撃が出来、艦載機が飛ばせれば、艦種も練度も一切関係なくどんな相手であったとしても確実に倒せると、心からそう信じておる。実際、この作戦でもそうだっただろう?私達提督と艦娘達が協力すれば、転生個体だろうと容易に倒せていただろう?君達は心配し過ぎなのだよ」
元帥はそう言った後、作戦に参加した艦娘達に労いの言葉を掛け、入渠する様に指示を出すなり踵を返し、執務室へと帰って行くのであった
御英圃元帥が元帥に就任した頃、世界中の誰もが深海棲艦は人類の敵であると、話し合いが通用しない相手であると、そう信じられていたのである。そんな時代だったからこそ、御英圃元帥はその艦隊指揮能力のみを買われ、元帥に就任してからは上から言われるまま、深海棲艦を撃滅する為にその手腕を振るったのである
そうしている内に、やがて元帥は戦いに虚しさを覚えると同時に、本当に深海棲艦とは話し合いが出来ないのか?と疑問を抱く様になり、元帥は海軍内に穏健派と言う派閥を作ったのである
そんな元帥の背中を、愕然としたまま見送っていた戦治郎と燎は……
「「そんなん出来るの、アンタだけだろ……」」
声をハモらせながら、思わずそう呟くのであった……