さて、戦治郎達が雑談を興じている頃、翔とゾアは自室で資格取得の為の勉強を行っていた
彼等が最低限取得しようとしている資格は、調理師免許の他に栄養士及び管理栄養士、食品衛生責任者に防火管理者、そして自動車運転免許の6つとなっており、恐らく長門屋のメンバーの中で最も取得しようとしている資格が少ないのではないかと思われる
此処で幾つか疑問に思う点がある者もきっといるだろう、なので今回はこの世界の資格や就職関係について触れていこうと思う
先ず誰もが思うのは、果たしてゾアは資格取得試験を受ける事が出来るのだろうかと言う点であろう……
これに関しては、横須賀鎮守府に所属する給料艦を含む艦娘達が書いた嘆願書を片手に、翔と長門、そして燎が関係者に直談判して資格取得試験の受験資格をもぎ取って来た為、安心してゾアも受験出来る様になっている
ゾア関連の次の疑問点は、恐らく栄養士及び管理栄養士の資格に関する事だろう
この栄養士と言う資格は、専用の養成施設で2年以上栄養士としての必要な知識及び技能を修得しなければ取得出来ないものなのである。しかし翔はこれを特別措置など無しに、独学で取得しようとしているのである
これは一体どう言う事なのか……?その答えはこの世界の日本の就職事情に関わっている
この世界の日本では、艦娘の登場以来艦娘ブームが巻き起こっている。それに伴い多くの女性が艦娘に憧れ、多くの男性はそんな艦娘を指揮する提督に憧れていた
事実、小さな子供に将来の夢を尋ねると、女子の75%は艦娘に、男子の98%は提督になりたいと答えるほどである
その後、女子は艤装適性検査を受け、艦娘になれるか否かを教えられる事となり、適性がある者は艤装使用免状を取得した後に軍に入隊して正式に艦娘になったり、戦争を嫌って艤装競技の選手になったりし、適性が無い者は縁が無かったと割り切って一般人として生活していく事となる
先程の将来の夢に関する質問で、女子の25%が艦娘以外と答えたのは、この様な事情がある為である
一方男子はと言うと、どいつもこいつも揃いも揃って提督になる為に勉学に励む。例え人の上に立つ才能などが無かったとしても、取り敢えず提督になる事を夢見て熱心に勉強に打ち込むのである
その意志は成長する毎に強くなっていく、大体は思春期を過ぎた辺りからである……。そう、彼等は艦娘達とお近付きになる為に、艦娘といい関係になる為に、必死になって提督になる為に勉強するのである……。まあ、中には真剣に国の事を思って提督を目指す者もいるのだが……
そんな中、極稀に提督以外の職に就こうと考える者が出現する。知識に自信がある者は軍医に、手先の器用さに自信がある者は艤装の整備兵、また体力に自信がある者は憲兵や特警になろうと考えるのである
このラインナップを見て分かると思うが、アプローチの仕方を変えるだけで、結局艦娘を彼女にしたいと考える提督になろうとしている者達と、大して変わらないのである……。強いて言えば、例え望んだ結末にならなくても、多少潰しが利くと言う強みがあるくらいだろうか……?
そうして時が過ぎ、彼等の前に提督や艦娘に関わる仕事に就く為の試練、軍学校の入試が立ち塞がるのである……
提督希望者と特警希望者だけでなく、軍医や整備兵にまで軍学受験をさせる理由だが、それは碌に実力が無い者に国の存亡がかかっている艦娘を任せたくない、中途半端な知識や技術のせいで艦娘を失う訳にはいかないから、その者がしっかり知識や技術を持っているかどうかをこの試験を通して確認したいからなど、様々な理由があって軍医や整備兵にも軍学受験に参加してもらっているのである
尤も軍医と整備兵の場合、提督と違って実務経験がある上で、前の勤め先からの推薦状があれば、中途採用と言う形で軍学入試及び軍学入学をパスして海軍に入隊出来るので、実は軍学卒業が必須となっている提督よりも有利だったりするのである……
この事実を知らずに提督になる為に軍学受験に挑む者達の多くが、入試のレベルの高さに打ち負かされ、ほんの一握りの人間だけが提督になる権利を勝ち取るのである
因みに入試の難易度が高い理由は、下心丸出しの馬鹿共を一網打尽にする為である。もしそんな者を提督にしてしまえば、すぐさま憲兵達や特警達のお世話になり、海軍の品格を疑われてしまう為、仕方ないと言えば仕方ないのである……
尚、戦治郎が受ける事となる入試の難易度は、横須賀の乱の影響で過去最高の難易度になるだろうと予想されている模様……
さて、こうして軍学入試を切り抜けた提督の卵達には、漏れなく提督に必要な膨大で難解な知識がこれでもかと言うくらい叩き込まれ、軍人である以上体力も必須と言う事で、非常に厳しい訓練が課せられるのである
まあ当然の事ながら、これらに耐え切れず逃げ出してしまう者も存在し、これらの厳しい訓練に耐え切った者だけが、提督として艦娘を指揮する存在になれるのである
ここまでの話を聞いて、これの何処に就職事情が関わっているのか疑問に思う者もいるだろうが、此処からが重要なのでよく聞いて欲しい
日本の男子の多くが提督に憧れて軍学入試に挑戦し、その中のほんの一握りだけが提督になれる……
では、提督希望者で提督になれなかった者達はどうなるのかと言うと、悲しい事にその殆どがニート化してしまうのである……
入試に失敗した者や訓練から逃げ出した者の中には、民間の技術屋として再出発した後、上記の方法で少し形は変わるが整備兵として軍に入隊する者や、艤装メーカーに就職して営業と言う形で軍と関わる者もいるが、多くの者は浪人して再受験したり、実務経験無しで整備兵として再受験して再度蹴落とされを幾度となく続け、ブラックリストに乗ったり、受験資格の年齢制限に引っかかって受験不可能になる馬鹿がいたり、入試失敗でこれまでの努力が全て無駄になったと意気消沈し、無気力人間に成り果ててしまったりするのである……
この状況を重く見た政府が、入試失敗者や提督のなり損ないを積極的に雇用して欲しいと企業に呼び掛けるのだが、肝心な企業の方も問題を抱えていたのである
そう、企業は艦娘ブームのせいで慢性的な人員不足に陥り、艦娘が使用する艤装に余り関わっていない零細企業や中小企業が、次々に潰れているのである……
仮に働き手が来たとしても、艤装適性を持っていない女性が僅か、男性の働き手はそれを更に下回るくらいの数しか来ないのである……
それを解消する為に、入試失敗者などを雇用したらいいのではないかと思うところだが、入試失敗者や提督のなり損ないの殆どは、提督になる為の勉強ばかりやってたせいで、体力は無い、資格も無い、入試失敗のせいで仕事を続ける気力も無いと、碌な奴がいない上に、雇用する企業の方も金銭的に余り余裕が無いのである……
これでは日本が滅ぶ……、そう思った政府は急いでこの問題の対策を練り、その中の1つとして、就職に必要な資格を取得し易くすると言う案が持ち上がったのである
そしてこの案は実行に移され、人命や法に関わる職業以外の資格は、殆どが年齢制限や実務経験年数を撤廃し、試験もペーパーテストのみ、たまに実技試験もあるものがある程度になり、技術的な部分に不安こそ残るものの非常に資格を取得し易くなり、資格取得によって多少自信を取り戻した入試失敗者などが、国の支援によって何とか持ち堪えられる様になった企業に就職する様になり、多少なれど問題を解消したのである
この様な事情があった為、翔達の世界では現状では取得出来ない様な資格も独学で取れる様になっており、翔達はそれをフル活用して失った資格を取り戻すだけでなく、新しい資格も取得しようと考えたのである
そう言う訳で資格取得試験の勉強をしていた翔とゾアの部屋に、真夜中であるにも関わらず誰かが来たのか、不意に扉がノックされるのであった
翔が訝しみながら入室を許可して扉を開くと、そこには真剣な表情を浮かべたまま入口の前に立つシゲの姿があった
そんなシゲを部屋に招き入れ、座る様に勧める翔に向かって、シゲは表情はそのままにこの様な事を尋ねて来るのであった
「なあ翔、お前クトゥグアって旧支配者を知ってるか?」
「え……?」
シゲの言葉を聞いた翔が、お茶を出した姿勢のまま固まると……
「ぶふぉっ!?クトゥグアだとっ?!どうしてシゲがそいつの事を知っているのだっ!?!」
ゾアが驚きの余り思いっきり噴き出した後、目を見開きながらシゲに尋ねる。すると……
「俺な……、如何やらそいつのおかげで助かったみたいなんだわ……」
シゲは相変わらず真剣な表情のまま、この様に返答するのであった……